第2話 死与太珍教団
異能の力。
かつて物語の中でのみ語られたその力は、ある日突然現実のものとなった。
催眠、ベロチュー、死体愛好、けつ、おねショタ、ドラゴンカーセッ○ス、貧乳、巨乳、足、ケツ、バニーガール、野外露出……。
数多の性癖が人の眠っていた力を呼び覚まし精力という名のエネルギーが人の肉体を一つ上のステージに押し上げた。
ビルを飛び越え、傷を治し、コンクリートすら破壊する。一部の人間に突発的に目覚めた力。それが精力。
そして、そこからさらに先、己の性癖と向かい合いその根源に至った者達。
精力を異能の力として振るう者。彼らは異能性癖者と呼ばれ恐れられていた。
巨乳を何よりも愛する立花 明良もまた恐るべき怪物の一人。獣が唸るような声で吠えてから獰猛のような笑みを浮かべる。
「なんだよ。歯ごたえがねぇぜ。お前らこの街の支配者なんだろ? 下っ端つってもよォ。もっと根性出せよ。なァ?」
裏路地の地面がクレーターのようにへこんでいる。その中央には二人の男がのびている。
「す、凄い……たった、一撃で……」
「当然だろうが。おっぱいだぞ」
「あぁ、そう……ソレは良く分からないけど……助かった。まずはありがとう……」
少し動揺しつつも震えながら立ち上がった少女の姿を明良は上から下まで観察した。
金色の瞳、黒い髪が肩に届くほどにまで伸びている。頭からはイヌ科を思わせる三角形の耳が生えていて腰あたりには黒い尻尾が生えている。
そういう特徴を持っている異能性癖者もレアというわけではない。
少年のような顔立ちに、大きめの服越しでもわかる程にスレンダーな体付き。
「ッ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ! 何で巨乳じゃないんだよテメェ! お前が巨乳でさえあれば俺は最強にカッコイイヒーローでお前は最高のヒロインなんだぞ!?」
慟哭が響き渡る、明良はその場に膝をついて地面をたたく。いや、その程度じゃ足りない、自分を罰するため、自らの腕を傷つける勢いで地面を殴りながら明良は叫ぶ。
「なんで……ッ! なんでッ! なんでクソ貧乳なんだァァァァァァァッ!」
「……」
「いや、ちょっと待て、もしかしたら着やせするタイプか」
そして明良は呆然とする心の胸に手を当てた。
帰ってきたのは硬い感触。あまりにもひどい
「ッ!? なん……だよ……ッ。これ……ッ! こんなの……ッ酷すぎるッ! 酷すぎるッッッ! あんまりだ! あんまりだ畜生ッ! ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
その場に膝をついて地面をたたく。その姿は首を垂れて許しを請うよう。それに加えて目の前の貧乳に幸あれと祈りを捧げるように。
喉の奥から叫びを振り絞って、すべてを吐き出した明良の呼吸は荒くなって、こんどは落ち着いて行く。そして。
「……。じゃあ俺もう行くわ。暇じゃないからな。もうあいつらと関わるなよ」
明良は落ち込みながらも立ち上がり、手を振った。巨乳ヒロインではないのなら、もう興味はない。
そして、歩き始めた明良は……。
「……れが……ッ!」
「ン?」
「誰がッ! クソ貧乳よッ! このッッッッ! 変態野郎がァッッッッ!」
振り向いてすぐさま視界がホワイトアウト、自分が殴られたのだと気が付くのに数秒をかけながら、うずくまるように体を丸める。
痛みにもがく明良、そこに無数の暴力が降ってくる。
「イタイ! イタイ! チョッ! 突っ込みが……! 突っ込みが激しすぎるッ!」
「くたばれッ! このっ!」
一際大きな音が響く。鋭い足が明良の顔面にクリーンヒット。当然の結末だ。
殴る、蹴る、ひっぱたく。まさに暴力の雨嵐だ。そして明良は顔をパンパンにしながら心と向かい合った。
いまだに倒れこんだままの教団たちをしり目に、二人はしばし沈黙する。
白馬心はズボンについた汚れを払うと遠慮がちに目を伏せて、やがてゆっくり口を開く。
「えっと……助けてくれてありがとう。その、本当に助かったわ」
「……ゴリラがよォ……。こんなことならテメェで何とかすりゃよかったのによ……」
「何か?」
「いや、何でも……ただお前が巨乳だったらよかったのになって」
「はぁ……そんなにぶつくさ言うならスルーすればよかったのに……」
「あ? 助けてって言ってただろお前」
「それは、言ったけど……」
「じゃあ助けるだろうが。普通」
そう言って笑って見せる明良だったが、顔面はパンパンにはれ上がっていた。凄まじい暴力の嵐を受けた影響か若干の涙声になりながらも明良は当然と言ってのけた。
「そう……ありがとう、助けてくれて……」
「それはもういいだろ。というか、災難だったな、えっと……」
「あ、自己紹介もまだだったわよね。私は白馬 心。ヨロシク」
犬のような耳をぴくぴくと動かしながら不安げな笑みを作る。その弱々しい姿はつい最近この異能性癖者収容都市、通称“ジェイル”にやって来た人物特有のものだ。
「立花 明良。巨乳が好きで今は死与太珍教団を壊滅させるために活動してる。おっぱいが好きだ」
「さっきも思ったんだけど、それって本気なの? 死与太珍教団がどういう組織なのかちゃんとわかってる?」
「第六位の囲いだろ? わかってるさそのくらい」
「異能性癖者収容都市を支配する九人の王の一人。西条定彦が率いる死与太珍教団は王の軍勢の中でも相当過激で……」
「異能性癖者収容都市、俺らが言うところのジェイルの中でやんちゃしてるってだけだろ?」
「強いのね……。アンタ……」
心は、そこで一度言葉を区切ると一瞬だけ視線を泳がせた。そしてやがて意を決したようにその先を口にする。
「ね、ねぇ。私もそれに協力させてくれない?」
「ソレっていうのは、死与太珍教団をぶっ潰すのに協力したい……。ってことでいいのか?」
明良はふざけた顔をやめると、極めて静かな声で囁くように尋ねた。
夕焼けの空をそのまま閉じ込めたような瞳が鋭く細められる。
「そうよ……。何でもする。囮にだってなるし、知っていることは全部話す……だから!」
「遊びじゃねぇぞ。追いかけられたことを根に持ってるって程度なら今日のことは忘れて普通に生きた方がいい」
心の金色の瞳に一瞬だけ迷いがにじんだ。
しかし、それは本当に一瞬の出来事だった。次の瞬間にはもう、そこには強い決意の炎だけが燃えていた。
「下らない復讐心なんかじゃない。私は、どうしても死与太珍教団と戦わなきゃいけないの……例え、その結果、ジェイルの王を敵に回すことになったとしてもね……」
「なるほど、どうやら本気らしいな。あぁ分かった。良いだろうついてこい」
心は目を大きく見開いた。
「聞いておいてなんだけどにいいの?」
「あぁ、巨乳をヒロインに据えたいところだが、まぁ良いだろ。よろしくな。クソ貧乳」
直後、明良の頬にこぶしが突き刺さる。
迷いのない右ストレートがクリーンヒット。空中で一回転した明良はそのまま地面に突っ込む。変な体制で地面に突っ伏す明良は時間をかけて立ち上がると無駄に整った顔を引き締めてうなずく。
「私、白馬心。さっき言わなかった? 私の名前は白馬心」
「心な、心。よろしくな……あ、俺は立花 明良。巨乳が大好きなんだ」
「頼る相手間違えたかな……」
絶望的なぼやき、それもやむなし、こんな人間に頼らなくてはいけない白馬心は間違いなくジェイル内で今一番哀れな女であろう。
しかし。
「いいや、そこは疑ってくれるな、任せろ。俺にかかれば相手が例え王だろうが何だろうが瞬殺だ」
「……大きく出たわね。正直なところアナタが死与太珍教団の幹部以上の連中とまともにやりあえるかどうかについては疑問なのだけれど……」
「テメェが死与太珍教団とどういう関係なのかは知らんがソレは過小評価ってもんだぜ。トップの王以外なら一秒で倒せる」
「……確かに、アナタは強いと思うわ。重力の塊を相手にたたきつける。あんな強力な異能性癖はそうそうないと思う。けれど、死与太珍教団は王が率いるこの街の支配者の一角なのよ?」
「行くぞ歩きながら話そうぜ」
「あ、ちょっと!」
暗がりの裏路地から人気の多い大通りへ。
ビルが立ち並び、人が行きかう。その姿はぱっと見ではごく普通の街並みと何ら変わらない。少なくともジェイル=監獄などという物々しい言葉を想像するものは皆無だろう。
微かな潮の匂いがジェイルという街がどこかの島にあるのだろう。ということだけを知らせている。
若干の心地よさすら覚える風。そして、それをかき消すほどにやかましい声。
ビルの一つに設置されたモニターからだ。
スピーカーで拡散される声は眩暈がしてくるほどにやかましい。
『異能性癖者厚生施設、通称ジェイル……。ただ力に目覚めた、それだけの理由で人権を無視され、踏みにじられこの不自由な街での一生を余儀なくされる! 我々には救いが必要なのです! そして救いとは至高のショタ! さぁ! 今こそショタの魅力に気が付く時! さぁ! 今こそ叫びなさい! 死与太珍教団万歳! 死与太珍教団万歳! ウオォォォォォォォォォオオオオオオオッ!』
ビルに掲げられたモニターではごく普通に見えるなんとも平凡な男が教団について熱心に語っている。
「愚かだな」
明良は吐き捨てるようにそう言うと、ポケットに手を入れたまま歩いて行く。ちらりと振り向いて心が付いてきていることを確認すると続けて口を開いて問いかける。
「お前。いつからこの街にいるんだ?」
「……。少し前よ……。ある日突然、耳と尻尾が生えてきて……」
「そうなると自分の意志で力を制御できてないタイプか」
異能の力を振るう者。通称異能性癖者は大きく分けて二種類。
自身の性癖を理解して、それを力として振るう者。
そして、自身のフェチが無意識のうちにあふれ出し、それが精力と結びついている者。即ち、自覚なき異能性癖者。
心は後者のパターンなのであろう。
ただの(それもおそらく無意識の)ケモ耳フェチが外にあふれ出している。
「……ある日突然、こんなのが生えてきて……訳も分からないうちにこんなところに連れてこられて……それで」
心の視線がモニターの方向に向けられる。
映像では、依然として男が熱く語っている。
「奴らに出会ったってところか」
「……異能性癖者とは秩序の破壊者。個人が核に匹敵する力を有しているようなもの」
「どこぞの研究者の言葉だな」
「仕方がなかったの。私の力は、耳と尻尾だけだから。強いやつらに守ってもらわないといけなくて……」
「でも結局、奴らの機嫌を損ねちまったんだろ? 世話ねぇな。人格破綻者に容易に近づくからこうなるんだ」
「うるさい……。だって王よ? このジェイルの支配者。そんな奴が直々に保護してくれるっていうんだもの」
「ジェイル内の異能性癖者から特に強力な九人を選別。支配者という特権を与えて他の異能性癖者を管理させる。化け物の管理は化け物が行えばいい。つまり権力も実力も共にトップクラスの王。まぁ、弱いうえに貧乳。お前にすれば願ってもない話だったんだろうだ」
「そうよ、本当に、救いに思えた。あんなに愚かな連中でもね」
『死与太珍教団に祈りを! 死与太珍! 死与太珍! 死与太珍!』
「ウオオオオオオオオッ! 死与太珍! 死与太珍! オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「やっぱり死与太珍教団だよなぁ! ほかの王なんかくそ以下だぜ! ウェイ!」
愚か者たちの声が聞こえる。ソレは、もはや声というよりは中身が空っぽの鳴き声に近かっただろう。
「一応トップは真人間に見えるのよね、表面上は」
「死与太珍教団“教祖”西条 定彦か。アイツもだいぶ狂人だろ。てか、異能性癖者なんて頭おかしい奴の集まりだぞ? そのトップとか狂ってるに決まってんだろ」
「アナタもそのうち(リビダー)の一人だけどね」
「……まともなのは俺だけだ」
「ソレ。定彦も頻繫に言ってたわ。口癖みたいに」
「ハハハ」
「何よその乾いた笑い」
「ジェイルの支配者たる王には順位がつけられている」
「ちょっと」
「西条定彦はその第六位。王の中で見れば中の下ってところだ。一対一なら俺の方が強いだろうが……奴のやばさはそこじゃない」
「……」
「王としてのジェイルを管理する権限。その一部付与、王の名のもとでの庇護、その立場と力をフルに使って奴は自分の仲間を次々と増やしていった。それが死与太珍教団」
「ウオォォォォォォォォォオオオオオオオッ! 定彦様バンザイ! 教祖様バンザイ!」
「西条定彦様ァァァァァァァッ! 一生ついていきます! 一生ついていきますぅぅううううううううううううう!」
「罪なき者こそ罪深い! 罪なき者に裁きを! 他の王に無慈悲なる天誅をッ!」
「たいしたもんだぜ。チリも積もればなんとやら……。実力は兎も角、その過激っぷりは文句なしのトップ級だ」
ピタリと心の足が止まる、よく見れば小刻みに震えていた。顔には暗い影が落ちている。
「訳が分からない……。いい奴だなって思ったこともあったのに……、こんな場所でも、友達になれるかもって、思ってたのに……突然、豹変して……それで」
「西条定彦。ジェイルの第六位。こんなクソ組織を作ってはしゃいでるような狂人だ。そんな奴の考えをまともに図ろうとするな」
そして、明良は心の肩に手を添えて、優しい声音で語り掛けた。
「そんなお前が、なんで全力の逃亡ではなく立ち向かうことを選んだかは分からないし、わざわざ聞くつもりもない。だが……西条定彦は俺がぶっ飛ばす。お前は安心して俺の後ろにいるんだな」
風が吹く。金色の髪が揺れた。
夕焼け色の瞳がとある建物をそのまま射貫く。
「さて、そんな訳で、早く行こうぜ」
「……? ……ッ! もしかして……」
明良の視線の咲にあるものを心も見た。驚愕、信じられないといった表情で、明良と建物を交互に見る。
二人の視線の先にある物、ソレは純白の城。
無数のビル群の中にあって異彩を放つ西洋風の城。
死与太珍教団・第六教会。死すら与太とのたまって見せる王の軍勢。その拠点がうちの一つ。
「これからあそこに殴り込みをかける。宣戦布告決めてやろうぜ」