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第26話 覚醒


 事の発端は何だったのか。考えていた。


 きっと。始まりはたった一つ。


 気に食わない、世界が、そこに生きる有象無象が、理不尽を黙って許容するその他大勢が。


 どいつもこいつも、どいつもこいつも、生きている。ただそれだけで神を気取っているように見えた。生きているだけで偉い? そんなはずがない。


 ただ漠然と毎日を消費するだけの大勢が気に食わなかった。神を気取る大勢を、殺さなくてはならないと思った。


 決定的な理由なんてない。悲しい過去なんてない。でも関係なかった。



 西条定彦は、この世界をひっくり返してやりたかった。


「ぐっ……! ハッ……!」

 口いっぱいに鉄の味が広がる。

 自分が今どこにいるのかわからなかった。

 でも、よく考えるとそこは瓦礫の山の中だ。


「……」


「ッ!?」


 ほとんど壊れたこの一室は定彦にとっては奪い取った玉座だったと思い出す。

 そして。


 寝そべるように埋もれていた定彦は見る。


 強烈な光、その向こうに、誰かが立っている。


 高身長、金髪の男性、立花明良にほかあるまい。夕焼け色の瞳が真っ赤に染まっていた。そして。光の中にたたずむ悪魔は再生させた手のひらをギュッとにぎりしめた。


(まずいッ!)


 そう思った次の瞬間には、顔面に拳が付きたてられていた。血反吐をはいて床を転がりながらも両手に赤い光を集めていく。


 自身の精力を絶対的な攻撃力、光の槍に変換する異能性癖。最強の矛を発動する。


 ぶつかれば容赦なく敵を滅する破壊の力は床にたたきつければ凶暴なまでの推進力を生み出す。


 加えて。


「ッ!」


 加えて、定彦はその力をそれぞれ四肢の先端からも行使できる。それらをうまく使えば重力の縛りから離脱することも難しいことではない。


 立花明良の姿が。定彦の城がみるみるうちに小さくなっていく。


(何が起きた!? 何が起きたんだ!? 明らかに、明らかに能力の質が違う……ッ! ここは一度距離を置いて……ッ!)


 ズバッ! という空気を切る音が響いて、遅れて風圧が定彦の体をたたいた。ツインテールがほどけているせいで肩にかかっていた緑色の長髪が揺れた。


「!」


 眼下にそびえる城が粉々に砕けてくずれていく。


 上層部は確かに先ほどの先頭によってぐちゃぐちゃになっていた、しかし。


(バカな!? 城が殆どブッつぶれてあがる! 守はどうなった!? ッ!)


「立花……ッ! 明良ァァァァァァァアアアアアアッ!」


 敵は、いつの間にか真上に回り込んでいた。


「死与太……ッ! 離詩ッ!」


 五つに分かれて解き放たれた光が一つの巨大な束に変化する。



 ドンッッッッッ! という爆発音と共に、光が真上に伸びていく。一人で一つの国を機能停止に追い込めるとまで言われた王が解き放つ全身全霊の究極の一撃。


 死すらも与太と笑った男が、自らの敵を殺すために、自分の性癖(たましい)のすべてを放出する。


「……」


「ッ! はッ!?」


 ところが、そんな魂の一撃すら、たたき割って進んでくる。


 立花明良。


(なんだ……ッ!)


「乳……」


(なんだッ!?)


「トン……」


(何なんだッ!)


 落ちる、明良の一撃が、定彦の顔面に振り下ろされる。そのまま、定彦の体が砕けた城をさらに壊して地面に突き刺さる……


「倍十……」


 ことはない。


 実際にはその時間は数秒にすら満たなかったに違いない。


「輪廻……」


 静かな声が、緩やかに響く。


(俺は……ッ!)


「最強の矛……ッ!」


「転生……」


(俺はッ!)


「繚乱ッ!!!!!」


(何と戦ってるんだ!?)


「大・連弾……」


 もはや、異能性癖と異能性癖のぶつかり合いですらなかった。


 一方的な虐殺、圧倒的な性癖の押し付け。


 定彦は、もはや、自分の体がどうなっているのかすらもわからなかった。ただひたすら、自分の体が砕け散っていく音を聞いている。


 巨乳に囲まれるのも、二や四、或いは六までなら天国かもしれない。幸せなお姉ちゃんハーレムがそこにあるのかもしれない。

 しかし、これはもう暴力の領域だ。


 明らかなる異常事態。立花明良の身に、何かが起きた。それを認識しながらも、それが何かは解らない。


 西条定彦はぐちゃぐちゃになりながら落下する。


「……」


 もはや、血反吐を吐く事すらできなかった。





 気に食わない。


 走馬灯のように様々な記憶が駆け巡る。


 ジェイルに来る前、自分を散々馬鹿にして嘲笑った同級生たちをぶちのめしてやったこと。


 おねショタ漫画と宣伝しておいて、その内容が実はショタの逆転を許すショタおね作品を書いた同人作家にリア凸してボコボコにしてやったこと。


 その直後に精力に目覚めたこと。


 ジェイルに収監されてから王になるまでの日々。


 この世界は、何となく腐っていると思った。全てがくだらないと思った。


 その中で、おねショタだけは生きる希望を与えてくれた。進む勇気を与えてくれた。現実とは真逆の優しい世界を見せてくれた。


 まるでぼろ雑巾のように地面に転がりながら定彦は歯を食いしばり、考える。


 満たさなくてはならない。



 腹の立つこの世界を。間違ったこの世界を、満たさなくてはならない。新たな秩序で。優しい秩序で……。


 死の淵、あの世とこの世の境目に立って、定彦は至る。新たなる領域に。走馬燈のような情景の中で、定彦は答えを得る。




 おねショタとは何か。




 異能性癖とは何か。


「……」




 その時。男の胸の底で紫色の炎が点火する。




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