第25話 オスガキと露出狂
鈍い音が響き渡った。
月夜のストレートがキョウコの顔面に突き刺さる。
「ッ! ァ……!」
声とすら言い難い音がキョウコの喉からこぼれた。
のけぞった体に拳と足を連続で叩き込む、それはもはや一方的な暴力だった。
キョウコは、他人の異能性癖の制御を奪う能力を持っている。相手が強敵であればあるほどその異能性癖も強力になっていく。
しかし……。
「お前は、能力を使わない暴力に極端に弱い。異能性癖をオスガキに見立てて理解らせる。だったら異能性を使わない攻撃、即ち、オスガキ以外からの攻撃にめっぽう弱いのは道理……!」
「ッ!」
一瞬。キョウコが目を見開いた。そこに、さらにこぶしを叩き込む。大きな体が揺れて、それに伴っておっぱいが揺れた。まるでスライムのように。
暴力、暴力、暴力。暴力暴力暴力、圧倒的な暴の力の雨あられ。それらに一方的に晒され続けてなお立っていられたのは“究極のショタ”の恩恵か。
「正直な話、ここまでやって気絶しない事に驚いている」
「……ッ。こっちも、必死って感じねぇ……」
「見事と言わざる負えないな。あっぱれだよキョウコ」
「……」
パチン! という子気味のいい音が響いた。月夜が、両手を合わせた音だった。
その瞬間に、熱波と冷気が室内を支配する。
「この一撃で終わらせる」
「異能……!」
キョウコが腕をまっすぐに掲げた。熱波と冷気、その制御の約半分が奪われる。
直後、全く同じ異能性癖が違う者たちによって振り下ろされた。
ズッッドォォォォォォオオオオオオオンッ! という爆音が響いて城の壁と天井を八割以上も消滅させた。真っ白な蒸気が沸き立って、その中で一つの影が立ち上がる。
スレンダーな体付き。圧倒的貧乳。
月夜は口から血の塊を吐き出してから腕をまっすぐに掲げた。目の前には床に四肢を投げ出して、巨乳少女が横たわっていた。
「オレの勝ちだ」
「ふ、フフフ……。負けちゃった……かぁ」
キョウコは、僅かに口元に笑みを浮かべると、まるで独り言でもつぶやくように尋ねた。
「何で、最後に能力を使ったの? あのままボコボコにすれば余計なダメージを受ける必要もなかったじゃない?」
「決まっている」
「?」
「オレ達が、異能性癖者だからだ」
「! ……。フフフ、アハハハハハハハ。そうね……」
「オレ達が戦う理由なんてそれだけだ。オレが全てを掛けて戦うためだけに死与太珍教団を探っていたように、結局のところ根本はくだらない理由なのさ」
「またくもって、そのとおりね……」
「……オスガキへの理解らせ。いい性癖だすべてが終わったら互いに語ろうじゃないか」
「……。そういう未来も、ありかもね……」
それから、キョウコはゆっくりと指をある方向に向けた。
「出て、右に、その後一つ目の階段を降りて突き当り……」
何が、とは言わなかった、月夜は静かに頷くと走り始めた。
その時。
ズオオオオオオオン……と、重たい何かが崩れる音がした。
「向こうも佳境だな……」
一瞬。脳裏に最悪の可能性がちらついて、月夜はすぐにそれを否定した。
だから、階段を飛び降りて、その先にある扉にタックルを決めるような形で飛びついた。
「心! 守! いるか! オレだ……!」
「えっ!? つ、月夜さん!?」
「心か。守もそちらか!? 無事なのか!?」
ドア一枚隔てた向こう側。その事実が妙にもどかしくなって、月夜はつい矢継ぎ早に質問をかぶせてしまった。
せかすような自分の態度を数秒反省してから、それはそれとしてじれったさに負けて続ける。
「今から突撃する。離れてろよ……! 0で突撃するからな!」
「え!?」
「0だッ! 突撃!」
月夜が思いっきり蹴飛ばすと扉は大きな音を立てて吹っ飛んだ。室内は上等なホテルの一室のようになっていた。
白を基調とした壁に天蓋付きのベッド、大き目のクローゼットや大時計。
そのほかにはソファや机が置かれていて少なくとも一日過ごすのに何ら苦痛はないであろう。
さらによく見ればベッドの上では守がぐっすり眠っていた。ウサギのぬいぐるみを抱きかかえてうずくまるように眠っている、その顔は安らかそのものだ。
「心!」
「普通カウントダウンしない!?」
「すまん、間違えた」
「えぇ……」
入って真正面から少しずれた位置。一人がけのソファ裏に隠れる形でひっくり返っていた心が抗議の声を上げた。
「まぁあれだ。どうせ時間もないんだ、多分」
「多分て、貴女もたいがいあれがあれね……」
「まぁ良いだろう。兎も角、この場から離れよう、このままだとここも崩れるかも……」
その瞬間だった、まるで消しゴムで薙ぎ払ったように月夜の背後の壁が、消えた。
「ッ!」
「伏せろッ!」
直後、爆音と爆風が部屋を叩き潰した。家具も、中にいた心達も、抵抗の暇もなく叩き潰される。はずだった。
それを阻害したのは氷の壁。すんでのところで発動した月夜の異能性癖が発動した。
凄まじい練度のなせる業。まさに王の偉業。
「ぐぅ……ケガはないな……?」
「こ、こっちはなんとか……!」
ギリギリの月夜に心が答える。
ぶ厚い氷に覆われた部屋は全くの無傷だ、驚いてこけたらしい心も、まだ眠っている守も無事らしい。
しかし、いきなり強力な異能性癖を発動した月夜のみは無事というわけにも行かない。
小さな穴に無理やり巨大な棒を突っ込んだようなものだ。
「……」
額に大粒の汗をかきながら、顔を上げた。
半透明の、氷の向こう、そこで凄まじい光の嵐が巻き起こる。
「なに……あれ」
心が呻くように呟いた。全てを塗りつぶす純白の精力。
何かが起きている、少なくとも、絶対に良くない何かが……。
「明良……」
かすれるような声はぶ厚い氷に阻まれてどこにも届かない。ただ、こうしている今にも月夜たちの視線の先では“最悪”が進行していた。