第24話 矛と盾。即ち『おねショタ』
赤と白の光が凄まじい勢いで弾けた。
轟音が遅れて響く。金属の板を無理矢理引きちぎる様な歪な音と、風船が破裂した時の音を数千倍にしたような爆音。
その次に、明確な現象が巻き起こった。柱が砕けて壁に亀裂が入る。床は砕けて部屋が震えた。
それらの現象を引き起こしたのは、たった二人の少年。
西条定彦と立花明良。
「ハハハハハ!」
「笑ってんじゃねぇよイカレ狂人の腐れショタコンがァ!」
「テメェは楽しそうにしろよ! ボケ童貞オットセイ!」
明良が腕を天高く掲げた。ズンッ! という音と共に、光が形成される。
「乳……ッ! トンッッッ!」
凄まじいスピードで解き放たれた矢を彷彿とさせるスピード。
白い光をこぶしの先に宿した明良が空をかける。まるで隕石のようなスピードで、乳トンが命中した。
重力の塊は床に衝撃を与えて壁に、天井に巨大な亀裂を入れる。
その中心、爆心地にあって。
「これが無敵の盾」
「ちっ……」
「それがテメェの全力かァ? 巨乳お姉ちゃんの攻めはそんなもんじゃないと思うぜ?」
無傷。肉体への僅かなダメージどころか服への綻びさえもない。そこにいる定彦はまるでこれから学校にでも向かいそうな程に、普通にそこに立っている。
圧倒的な破壊の中心にあって、当たり前のようにそこにいる。雄太郎のように認識を書き換えているのではなく、本当に無傷。
「ッ!」
真っ直ぐに伸ばした明良の手が定彦に握りこまれる。
「いいか? 巨乳お姉ちゃんってのはこうやって弟クンを攻めるんだよ」
赤い光が、定彦の手に宿った。
明良の拳を包み込むように握る腕とは、また逆側。
バチリ……ッバチリ……ッ! という、電気が漏れるような音が静かに響く。赤い光がグンと伸びた。暴力的なまでの力の密集を感じる。
逃れられないッッッ!
「この……ッ! 細腕のくせになんつう力だッ! テメェカーディガンの下はゴリラだろおい!」
「お姉ちゃんに向かって生意気な奴だ……。お仕置きが必要だなァ」
「ッ!」
歌うように告げられる。
「最強の矛」
音はなかった。
代わりに揺れるような感覚が、全身の神経を麻痺させる。視界は真っ白で全神経の動作が静止してしまったようだった。
「ッ! ハァッ……ハァッ!」
最初に鼓膜に響いたのは自分の浅い吐息だった。次にドクッドクドクドク! という駆動音がした。それが自分の心音だと気が付くのにしばし時間を要した。
「おねショタとは、お姉ちゃんの攻めとショタ君の受けによって成り立っている。不変の受けと攻め。それを実現するにはお姉ちゃんサイドの徹底的な攻めと、ショタ君サイドのそれを受けきる力が必要になってくるわけだ」
部屋は、もう、今にでも崩れそうだった。
その中で、定彦は指を立てて告げる。
「俺はこの能力を矛と盾と呼んでいる」
「……ッぐ」
右腕がひしゃげていた。左腕は半ばでちぎられている。粗雑な断面を見て、明良は自分の身に何が起きたかを思い出した。
定彦の最強の矛が炸裂する直前。明良は、つかまれたままの自分の腕を引きちぎる形で拘束を脱し、攻撃を回避したのだ。
ほとんど無意識の行動。
明良の凄まじい戦闘経験が、通常不可能な回避を可能に変えた。
それでも、破壊をそのまま形にしたような異能性癖から完全に逃れることは出来なかった。
右腕は辛うじて残っているが衝撃の余波によってあり得ない方向に曲がっている。まともな感覚もない。砕け散った骨が腕の内側からあらゆる場所に突き刺さっているような激痛。
叫び声をあげることもできず、明良は過呼吸気味にもがく。
「おっぱいってのは、手でもむものだよな? お前の異能性癖は、両手からしか使えない……。片腕はなくなったしもう片方は折れてる。どころじゃねぇ。骨がバラバラの粉々だ……。それに対して……」
カーディガンのポケットに手を突っ込んだまま、定彦は蹴り上げるように足を真上に挙げた。
真っ赤な光が、噴火のように空に昇る
ゴッ……! という音を立てて、天井が崩壊した。巨大な瓦礫が雨になって降ってくる。無数の瓦礫がさらに細かく砕かれていく。
「俺の最強の矛は両手足からどころか全身から解き放てる。全身で謳歌するのがおねショタだ。おっぱいがもめないと巨乳を愛せないお前と俺とは違うんだよ」
あざけるような口調で、定彦は明良の胸に足を乗せた。
「ぐぅ……」
「俺に、服従しろ」
ミシ……という、軋むような音がした。明良の胸からだ。正確には、その奥の骨から。
「……ッ!」
「許しを請え! 泣いて謝罪しろ新たな秩序になァ!」
「ッ……ッ!」
「アァ? なにうめいてんだ? 聞こえねェよ雑魚。もう異能性癖を発動できねぇテメェがなに今更あがいてるってんだァ?」
「……ッぐぁ」
「? マジで聞こえねぇな、何だって?」
ほほをくすぐる感覚がやけに大きく感じる。
身をかがめた定彦のツインテールがくすぐったい。明良の耳に顔を近づけるような恰好。体に重たい圧力が掛けられる。
そこへ、明良は告げた。
「緑色のストライプ柄、チョットガキくせぇんじゃねェのかぁ!? なァ!」
「!」
一瞬だった。
ソレは轟音と呼ぶには余りにも小さな音だったのかもしれない。ソレは爆発などと称するには余りにも小さな威力だったのかもしれない。
しかし、明確な衝撃が、定彦の腹部に命中する。
「……ッ! 乳……トンッ!」
腕の骨は砕けていた、体の感覚すらほとんどなかった。自分が生きているのか、それとも死んでいるのか。そんな感覚すらあいまい中、明良は腕を無理やり持ち上げた。
「腕が折れてようが、砕けてようが関係ねェ……ッ!」
「……」
乳トン。明良の異能性癖を真正面から受けて吹っ飛んだ定彦は瓦礫の中に突っ込んだらしい。埃の煙幕の中で沈黙を守っている。
「体が砕けた程度で、性癖は折れねぇよ。だから、来いよ。お前、無敵のなんだろうが。なぁ」
「……」
定彦は、そこに平然と立っていた。可愛らしいツインテールをゆらゆらと揺らして、呆けた顔でそこに立っている。
きれいなブラウスがはだけていた、カーディガンはまるで焦げたかのようにちぎれていた。
細いおなか周りが丸見えになっている。それらすべてを認識して。
そして初めて、定彦は息をのんだ。
「ッ!? グハッ!?」
口から真っ赤な液体を吐きだして膝をつく。何が起きたのか、どうなったのか、解らないといった表情がみるみるうちに歪んで行く。
明確な大ダメージ。
「……。そもそも、おまえが無敵なわけがねぇんだ。お前はかつて第一位に敗北している。その時点でお前が言う無敵の盾には何かしらの突破口があるとみるべきだ」
「……」
「ヒントはあった、心の投石にのけぞって、俺の攻撃をわざわざ回避したこともあった。瓦礫の雨をわざわざ砕いたのは何でだ? 俺に自分のすごさを誇示するため? 違うね」
明良は震える指先で定彦の方を突き刺した。
「最強の矛と無敵の盾は同時に発動できない。よく考えれば当たり前だったんだ。ショタに自分を重ねてる時、お姉ちゃんの気持ちになれば受けながら攻めてる事になる。これは受けと攻めの逆転に等しいはずだ。おねショタの在り方に矛盾している、少なくともお前はそう思ったはずだ」
「ぐッ……!」
「最強にして無敵の異能性癖であるにも関わらず、無敵で居続けることも最強であり続けることもできない。その二つを行き来しながらも同時にそれを実現できない。まさに矛盾。だな」
「……」
明良は、砕けた手を強引に再生して、その指先を定彦に向けた。
「お前の能力は見破った、だから……。本番はここからだ。死ぬ気で行くぜ西条定彦」
「ふざけんなよ……。舐めるなクソが……ッ! 弱点が、たった一つの欠点を知っただけでいい気になるなよ……」
ズンッ! と、重たいものが砂場に落下するような音が響いた。定彦の身体から、真っ赤な光が噴出する。
「俺は王だぞ。たった一つのほころびで墜落するほど甘くねぇんだよ」
「興味ねぇよ」
何かがキレる音がした。定彦 は何のためらいもなく右腕を掲げる。真っ赤な光が、炎のように揺らいでは、右手の先に収束していく。
「死与太離詩ッ!」
出口を押さえつけられた水道から一気に水が噴出するように、真っ赤な光が一直線に伸びてそのままあたりを薙ぎ払った。
ほんの一瞬でも真上に飛ぶのが遅れていたら明良の体はひき肉になっていた事だろう。
それ程に凶悪な攻撃がまき散らされる。
「絶対防御、お前の無敵の盾は自分と、自分が触れているある程度の範囲に絶対の防御を付与する」
「ッ!」
定彦が息を飲み込んだ。それを正確に視界にとらえてから、明良は定彦めがけて落下する。
肉を殴った感覚。しかし、ダメージはない。攻撃の直前に青い光が見えた。
「それに対して最強の矛は自分の精力を光の槍として放出する能力だ数に限りはないみたいだが基本的には真っ直ぐに飛ぶ、だからッ!」
腕をまっすぐ振り上げる定彦の懐に明良は臆せず踏み込んだ。
乳トン。惑星をそのまま叩き落すような衝撃が、もろに定彦を吹き飛ばす。
「ぬっっっぐぁぁあああああっ!」
野太い咆哮が響いて小柄な体がほとんど壊れた床を転がる。
「懐に踏み込んできたやつには比較的無力。いくら攻めのお姉ちゃんとは言え、背の低いショタに抱き着かれれば一瞬反応が遅れるのは道理」
「ッ!」
定彦が動くよりも早く明良が再び踏み込んだ。万乳反発。落下のようなスピードで定彦に突っ込んでいく。
「うおおおオオオオオオオオオおおぉぉぉぉおおおおおおおっ!」
加速、攻撃。加速、攻撃。加速、攻撃。加速……そして攻撃。
四方八方、上下左右、ありとあらゆる方向から乳トンを叩き込む小柄な体は落下することもできずに空中でもみくちゃにされながらも明良を睨む。
追い詰められた獣じみた表情だ。
ツインテールはほどけていて服はほとんどはだけている、スカートのみが辛うじて定彦の腰回りに張り付いている。
「ガァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアッ!」
定彦が吠える。両手に宿った光が翼のように広がった。
「最強の矛・繚乱ッッッ!」
それはまるで真横に向かって降る赤い雨だった。
一発一発が山すら消し飛ばすほどの威力を秘めた真っ赤な雨を明良は必要最小限の動きだけで回避していく。
その先へ至るために。凄まじい風圧が明良の体を包み込む。早く、早く……。
(早くッッッ!!!)
心の中で叫んで明良は腕を大きく振りかぶった。
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
叫びが響く。その瞬間、伸ばした腕が、定彦の顔面に突き刺さった。