第23話 月夜VSキョウコ
ほとんど紐と呼んでも差し支えないビキニというふざけた格好の上から、黒いマントを羽織った少女、月夜は真っ白な息を吐きだした。
そこは死与太珍教団の本拠地である城の一室、であるはずだった。
城は、凍結していた。
永久凍土のような氷の檻。それを、一人で引き起こした月夜は少し離れた場所に立つキョウコをにらんだ。
死与太珍教団の三幹部。最後の一人、ギャル風少女のキョウコ。山のような大きな胸、くびれた細い腰回り、キョウコはただその場に立っている。
ごく普通。こともなげ、氷に包まれた世界の中、キョウコは白い息を吐きだした。
「たった数秒であたりを氷漬け……やっぱり王の異能性癖は凶悪ねぇ」
「それを真正面から受けてお前は立っていられるわけだが……」
「ふふ、まぁね」
「脱衣ッ!」
直後、氷の槍がすさまじい勢いで一人の少女に向けて飛んでいく、大型の戦車すら一撃で叩き潰す程の破壊の槍が、寸分の狂いもなくキョウコに向かって。
貫通による破壊、そんな言葉をそのまま形にしたような氷の一撃は、キョウコの大きなおっぱいに突き刺さる……前に、緩やかに角度を変えて壁に突き刺さった。
「紅潮ッ!」
火炎の渦が巻き起こされる。世界を焦がす火炎の蛇がたった一人の少女を丸吞みにせん程の勢いで唸った。
凍土の白が、火炎の赤に上書きされる。楽園を焦がす破滅。或いは魔女を断罪する浄化。
獲物を飲み込むために渦巻いた火炎は一瞬で霧散した。
キョウコは、相も変わらず無傷でそこに立っている。
「露出の恥じらい、体に生じる熱と、全裸ゆえに外気によって冷やされる体、つまり冷気。その二つが貴女の能力ってところかしら」
(正解……)
月夜は露出狂。
野外で裸、或いはそれに近い格好になることに何よりも好む。二つの力は露出を本体として枝分かれしたようなものだった。
「そう言うお前の能力、全く想像がつかんな」
「ソレ、自慢げにいうことかしらぁ?」
「見たところ防御に特化している。それは間違いないのだろうが……」
キョウコの嘲りを無視して、月夜は軽い口調で続ける。
「なかなかのまもりっぷりだ、感服したよ、が、防御しているだけではオレには永久に勝てないぞ」
「別に、こっちが勝つ必要もないのだけど、まぁそうね……」
ニィ……と、キョウコの口元が歪む。
「ッ!」
手を、真っ直ぐ掲げた。指をいっぱいに開いて、空に向かって手を伸ばすような、そんな仕草だった。
その瞬間、キョウコを中心として真っ白な渦が展開した。
冷気を伴った氷の刃の竜巻、その力に飲み込まれて月夜は軽く床を転がった。
マントが裂けて、白い素肌に血がにじむ。
せき込みながらも精力を使って傷をいやして立ち上がる。
氷の異能性癖。その力には、覚えがあった。
背中に鳥肌が立つのを自覚する。少し遅れてから、月夜は、その声を聴いた。
「脱衣っていうんだっけ」
キョウコが笑う。喉の奥で笑いをこらえるように、獲物を殺す前にもてあそぶネコ科動物のように……。
すべてが不愉快だった。
「……」
「それでこれは紅潮」
真っ赤な光が空を切る。これもまた一瞬だった。
「この……ッ!」
火炎の竜が月夜の体をかすめて床に激突した。
一瞬でも、反応が遅れれば、一瞬でも月夜が身をかがめて、回避するのが遅ければ、業火に飲まれていたことだろう。
「オスガキってぇすっごく生意気でやんちゃな子なの。やっちゃダメなことは平気でやるし誰から何を言われても聞きはしない。自分が世界で一番強いって信じてるのよね。愚かにも、そんな子供を制御することなんかできないでしょ? でーもぉ……それだけじゃないの」
月夜はぼろ布と化したマントを投げ捨てると両手に超常的な力を発生させた。氷の刀と炎の剣。
威力でいえば一国の軍隊すら一瞬で殲滅できるほどの力。
王の異能性癖……それが二つも同時に振り下ろされた。
それも、たった一人の少女に向かって。
白い冷気と紅の熱波は同時に打ち消された。
「チッ!」
それと同時に真上に向かって飛んだ月夜は、先ほどまで自分が立っていた場所がぐちゃぐちゃに粉砕されるのを見た。
「普通に考えて、自分を無敵だなんて考えてる坊やをどうこうする手段なんかない。一つの方法を除いて……ね?」
見えてきた。と、シャンデリアにつかまりながら月夜はそっと息を吐き出すように確認を取る。
「理解らせ(わからせ)……。生意気なショタへのお仕置きがお前の性癖か……。自分を無敵だなんて思ってる奴に無理やりいうことを聞かせる他人の異能性癖の制御を奪うってところか」
「子供が遊ぶ。それ故に(おしおきあそび)。これが私の異能性癖」
「……」
炎が揺れ動いて、冷気が渦を巻く。そのどちらとも、月夜の意志ではない。
「自分の能力に押しつぶされて死ねるだなんて、すてきだと思わない?」
「生きていてこその性癖だ」
短い答え。
床に飛び降りた月夜は自らの精力を火炎に変化させて身にまとう。
「素敵な考えね、じゃあそれを証明してね」
直後、紅蓮の炎が鞭のようにしなった。ビュオォッ! という音を立てながら暴れ狂う火炎。それは月夜が生み出したものに他ならないが、当然のように月夜の制御下から外れていく。
無音、そして火炎がはじける。炎と炎の交錯。
まるで綱引きのように火炎がまっすぐ伸びては弾けてを繰り返す。
「ッ……」
直後、月夜の四方八方から、氷の刃が迫りくる。自らがまいた氷の牢獄が、今度は自分を処刑する刃に代わる。
「アナタが能力をまくたびに、逆に私の手数が増えていく。アナタじゃ私にはかなわないと思うわよ」
「勝手に思ってろッ!」
ドジュウウ! と氷が蒸発する音がした。火炎に包まれた月夜の体に、氷の刃は届かない。
「くたばれッ!」
その姿は、まるで小さな太陽。月夜の体を包んでいた火炎が小柄な体から離脱して巨大な火球を生成する。
生み出された火炎は内側からはじけるように拡散すると、無数の弾丸に変化してキョウコに襲い掛かった。
「はい、無意味。ねぇ。アナタじゃ私にかなわないって言ったよね?」
無数の火炎は一つたりともキョウコに届かない。静止したそれらは内側からはじけてさらに小さな火の粉になって消えた。
無論、そんなことは想定済みだ。
「その圧倒的な異能性癖も守の力だろうがッ! 一人のショタに不幸を強要しておきながら何がショタコンだ!」
叫びと共に踏み込んだ。
直後にキョウコを襲うのは暴力の雨。
氷の刃が、炎の塊が、氷山のような塊が、敵を襲う、がしかし、それらのほとんどはかき消され、潰されあらぬ方向にそれる。
城の壁と天井が砕け散って二人は雨の中に晒される。
「究極のショタのおかげで私達は大幅に強化されている。でもだからってショタに不幸を強要しているっていうのは心外だわ」
「……」
氷の剣は届かない。まるでその場に固定されてしまったかのように、目の前の標的に振り下ろすことがかなわない。
いいや、ソレは“ように”ではない。
氷の剣が壁の氷と一体化してしまっている。
キョウコは、ゆっくり振り向いてから、妖艶な笑みを浮かべた。
「まさか。知らないわけはないわよね? 白馬心のこと……」
「お前たちを調べるにあたって、白馬心に関してはかなり調べさせてもらった。そもそもの疑問は、なぜ第六位がショタでも何でもない白馬心を保護していたか……だ」
「知ってるんだ?」
「……白馬心に、弟はいない」
そう。
白馬心に弟はいない。
いなかった。九歳ほどの小さな男の子がなぜ異能性癖に、中途半端な形とはいえ発現しているのか。
そもそもの疑問はずっとあった。
「白馬守は、白馬心の遺伝子から作り出された、言わばクローン。能力を上手く使えない、その上で獣系の特徴が発現している子を探すのに結構苦労させられたわ」
「白馬心より創られた究極のショタ。お前たちの、異能性癖を強化するためだけの存在。それが白馬守だった……」
「元々私達のための存在。私たちがいなければ存在すらしなかった男の子。それを使うことに罪悪感なんてないわ」
「……」
「で、そうなってくると戦う理由なんてないと思うけど? そもそもこれは白馬心が撒いた種、白馬守も存在すべき人間ではない。そんな二人を、助ける理由なんてあるのかしらん?」
「……あぁ。そうかもな」
ゆっくりと、そうつぶやいた月夜はまるで武装の解除を示すように腰に手を当てた。
まるで、自分のやっていることの無意味さに気が付いたように。
絶頂に達した後に、己が行った行為の生産性のなさに気がついてしまったかのように。
やれやれと息を吐いてから、キョウコと目を合わせる。
キョウコの瞳に敵意のようなものは一切感じられなくなっていた。そして
何のひねりもない右ストレートがノーモーションでキョウコのほほに突き刺さった。
銃撃音のように凄まじい音が響き渡ってギャル風の巨乳少女が床を転がった。
「全体的にしょうもないな、そんなことで納得すると思ったか? このオレが? だとすれば侮るのもたいがいにしてほしいものだな」
「ぅ、んぐ……!?」
何が起きたかわからないのだろう。キョウコは殴られた部分を抑えることもせず床でもがいていた。
「立ち上がることもままならないだろう。脳みそがグルグル揺れてるはずだ」
「ッ……! ッ、ン……!」
「お前は勘違いしてる。そもそもオレはお前たちのくだらん事情には興味がない」
月夜は指を鳴らしてこぶしを握った。
キョウコはようやく、正常に戻り始めた思考を必死に動かして立ち上がる。生まれたての小鹿じみた挙動だった。
そして。ひものようなマイクロビキニのみの姿で、月夜は笑う。
「残念ながらここからが本番だ。精々ついて来いよ。第六位の金魚のフン」
「生意気。でも嫌いじゃないわよ、そういうの」
パチン、と月夜は自分の手のひらを自分でたたいた。それを合図に、先ほどまで絶対のものとして部屋を満たしていた氷が消えていく。
「第二ラウンドだ」
もはや、能力は何の役にも立たない。口にするまでもない確定事項。
二人は同時に駆け出して、部屋の中央でかち合った。鈍い暴力の音が、部屋に響く。