第22話 決戦へ
死与太珍教団が支配するジェイルのある区画内、普段は死与太珍教団の教徒たちが闊歩するまさに地獄といった街並みであるが、深夜の、それも雨天となるとさすがに人はいない。
黒い夜の影に満たされた街並みを駆け抜けるのは、二つの更に黒い影。
月夜と明良だ。
その足取りには一切の迷いはなくある一点を目指すこの区域の中央に鎮座する巨大建造物。死与太珍教団第一教会。
「こっちのが近道だ!」
「よく覚えているものだまったく……!」
近道の裏路地を走り抜けて大通りへ。その先には禍々しい城が見える。
ビル群の中に堂々と聳え立つ純白の城。テーマパークからそのまま引っ張ってきたような城は雨の中にあってより一層不気味に見えた。
大きな壁に囲まれた城、当然とでもいうように巨大な門が道を塞いでいる。
「乳ッ!」
「いいや、ここはオレがいく!」
月夜が強く踏み込んだ。直後、紅の光が雨を蒸発させて夜の街に朝を運んだ。
マントが開かれて、黒い翼のように後ろに広がる。月夜の白い素肌が、最低限肌を隠したマイクロビキニが、夜の街に晒される。
「紅潮ッ!」
夜の闇を、降りしきる雨を吹き飛ばし、真っ赤な炎が解き放たれた。一切の躊躇も、一切の迷いもなく飛んだ炎が巨大な門を消し炭にする。
城を守る壁はもうない。広場を抜けて、常に開かれた入り口から中へ。円形の空間は寒々とした空気で満ちている。
天井から散り下がるシャンデリア、吹き抜けの二階に上るための階段は左右に、中央奥にはさらに空間が広がっている。
「センスのない空間だぜ」
「お前のビルとさほど変わらんぞ」
二人はそこで一度足を止めて辺りを見回す。そして。
「うそでしょお……。まさかほんとに来るなんて……」
心底面倒くさそうな声がする。奥の空間からあくびをかみ殺してやってきたギャル風の少女。キョウコだ。
「ッ!!!! ぅううううううううううううう。オゥオゥオゥオオオオオオゥォウッ!?」
「キショイオットセイみたいになりやがって! この!」
月夜は明良のことを殴り飛ばした。
正気を取り戻した明良は、本の一瞬だけ迷ってから、キョウコの横を潜り抜けるために走り出す。
「逃がすわけないじゃない」
「だろうな」
キョウコの動きを、氷の壁が阻害する、一々見て確認するまでもなかった。
「ここはオレに任せて先に行けッ!」
「……任せる! 出来たら生け捕りにしてくれ! 全部終わったらおっぱいもませてもらえるか頼みに来る!」
「はぁ……」
「お前の相手はオレだ」
「あっそ、ま、王が相手なら不足はないってかんじぃ?」
「無駄口をたたくのはよせ。最後の言葉は丁寧に選びたいだろう」
「定彦ちゃんにボコボコに晒された裸の王様ちゃんが偉そうに」
「オレは裸の王様じゃない。裸より恥ずかしい格好こそ我が正道、これを裸の王様と一蹴するような奴に、オレは負けないさ」
「馬鹿げた格好であることは変わらないでしょうに」
「かもな。だがそれが野外露出の真髄さ」
月夜とキョウコは互いににらみ合って構えた。
「第四位。野外露出の月夜」
「死与太珍教団幹部、オスガキのキョウコ」
次の瞬間二人は同時に叫ぶ。
「「異能性癖ッッッ!」」
直後、台風のような勢いで光と音が吹き荒れる。オスガキと露出狂。二つの性癖が交差する……!
解き放たれた異能性癖が、音となって世界を揺らす。明良はその音を背中に、長い廊下を駆け抜ける。
白い巨城は円を描くように並ぶ八つの塔と、その中央に鎮座する四角形の建物からなっている。
この城自体は、西条定彦が撃破した“前任の第三位”の所有物だった。
明良は長い階段を駆け上る。
二階。人の気配はない。次の階段は目の前。三階、目の前にあるのは大きな扉のみ。それ以外は何もない。
「ッ!」
木製の扉は明良が全力でぶつかると何の抵抗もなく壊れた。
「……来たか」
荘厳な雰囲気で満たされた空間が奥に向かって広がっている。
左右には柱と窓が等間隔に並んでいて、最奥にはステンドグラスが備え付けられていた。そして、その部屋の中央には長方のテーブルが置かれていた。明良の、向かい側、テーブルの向こう側には定彦が座っていた。
緑色の髪を高い位置で束ねたツインテール。何処かの制服と思われるブラウスにカーディガン。そして首元のリボン。
一見すると少女にしか見えない少年はテーブルに並べられた食事を口に運んだ。
ナイフとフォークを少し雑に使ってステーキをもさぼる。可愛らしい姿からは想像もできないほどの男らしい食い方だった。
「こんな時に飯かよ、吞気なもんだ」
「構わねぇだろ。晩飯食ってねェんだ」
人参と思わしきオレンジ色の付け合わせをいやいや口に運ぶと表情をゆがめて咀嚼する。
完全な無防備。一見するとそう見える、だがしかし、定彦は明良の連続攻撃を受けてなお平然としていられるような実力者だ。おまけに赤い光を解き放つ異能性癖の力も凶悪。
まさに無敵の盾と最強の矛。攻防一体の第六位はただそうしてそこにいるだけで要警戒の対象。
「そう睨んでくれるなよ。正直言ってよォ。結構びっくりしてるんだぜ? まさか、マジのガチで殴り込みに来るとは思ってなかったからなァ」
座れよ……と、目線で促した定彦は手近にあったグラスに、瓶から紫色の液体を注いだ。それを一気に仰ぐと同時に明良は定彦の向かい側に腰掛けた。
「で? まさか俺とお話でもしようってわけじゃあねぇよな?」
「……? そのまさかなんだが?」
さも、当たり前だとでもいうような表情で定彦は首を傾げた。恐ろしい内面に似合わない可愛らしいしぐさに見えた。
ツインテールの少年は口元に付いたソースを紙ナプキンで拭うと指を鳴らした。
カラカラという子気味のいい音がする。
胸の小さな少女がどこからかカートを押してやって来た。静かに、明良の前にも食事が並べられる。
ステーキ肉にスープ。ワイングラスに謎の瓶……。
「俺は酒は飲めんぞ」
「俺もだ。まぁジュースだな。ダメだったか?」
「……。何を企んでやがる」
「さっきも言っただろうが。ただ話をしたいだけだって」
こともなげにそう言い放つ、定彦は息を吐きだして続ける。
「正直、マジで来るとは思ってなかったんだよな。キョウコの奴を引き上げさせなくて正解だったぜ。お前、キョウコが近くにいるとオットセイみたいになるだろ?」
「ならない。あれはチョット緊張してるだけだ」
「なってるじゃねぇか」
「なってない。あ、いただきます」
「あぁ、どうぞ」
まるで友人宅での食事のように、気軽な口調でそう言って、ナイフを使って半分ほどに切り分けた肉を口に運ぶ。
「……。ん、結構行けるじゃねぇか」
「当然だ。王の飯だぞ」
得意げにそう言ってのける定彦はナイフを軽く回してつづけた。
「俺のもとに来れば毎日食えるぜ」
「……」
「なぁ、お前、俺の部下にならねぇか? 用意するぜ? 幹部の席」
「断る」
定彦が言い切るより先に明良はそう答えた。肩をすくめてわざとらしいしぐさを取った定彦は椅子に深く座りなおした。
「なんでだよ、つれないな。悪い話じゃないと思うぜ? お前の巨乳への造形と俺のショタへの愛。合わせれば究極のおねショタが完成する……。かもしれない」
「そりゃ魅力的な提案だな。お前の描く巨乳お姉ちゃん。確かに魅力的だ、が、興味ねぇよ、そもそも俺はお前と敵対するつもりで来てるんだぞ」
「白馬心が理由だろ?」
肩をすくめて、定彦はあきれたようにそう言う。くだらないと、でもいうように、ツインテールの片側をクルクルと弄び机の下で足を組み替えた。
「それだけじゃねぇよ、そもそも俺、お前のこと嫌いなんだよな。シンプルに」
「ソレ、マジで心当たりがねぇんだよな……」
「んじゃあそれもまたお前の罪だ」
「残念だよ。俺たちが協力すればこの世界を思うがままにできると思うんだが?」
「興味ねぇ」
「本当か? 本当にそうか? 立花明良ァ……」
定彦は机に肘をついて。まるで昔話を語って聞かせるように語り始める。
「俺たちが協力すれば、この世界の頂点だってとれる。ジェイルの第一位、なんてくだらねぇ領域じゃない。世界のてっぺんを取って好きに……」
「興味ねぇって言ってるだろ」
「……そうか」
明良は目の前に出された皿の中身を空っぽにすると両手を合わせた。
「なかなかうまいじゃねぇの。ごちそうま」
「そりゃ何よりだ。お前にとっては最後の晩餐だろうからな」
「ジョークにしちゃあ笑えないな」
明良は特攻服の裾で、定彦は紙ナプキンで口元をぬぐった。
お互い手元に残った瓶の中身を一気に飲み干す。
そして空っぽになった瓶を投げ捨てた。
直後、重たいテーブルがおもちゃのように舞い上がる。軽々と規律したテーブルはもはや巨大な壁のようであった。
そんな壁を、紙を破るように光の束がえぐり飛ばす。
片方は白、もう片方は赤。二つの精力、二つの異能性癖。
パチッ! という静電がはじけるような微かな音が鼓膜をたたく。
その直後。
ズガァァァァァァァァァアアアアアアアンッ! という轟音が大きな部屋全体をたたいた。柱にひびが入ってステンドグラスが悲鳴のような音を立てて割れた。
色とりどりのガラスの破片。カラフルな雨の中。二人は、敵を滅する為に、宣言するように叫んだ。
「「異能性癖ッッッ!!!」」
直後。室内に暴風が巻き起こる。
すさまじい戦いが幕を開けた。