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第16話 迷う暇はない


 白馬姉弟の買い物ということで、明良たち三人はビルから程近いショッピングモールに来ていた。


 ジェイルは基本的に閉鎖空間あるが中身は殆ど普通の街そのものだ、客層も、店の雰囲気も、ジェイルの外と何ら変わらないだろう。……と明良は思う。


「しっかし、買い物って言ったって何を買うっていうんだよ。大抵のものはあっただろ?」

「殆ど切れかかってたわよ。朝ごはんの材料もコンビニでそろえたわけだし」

「あぁ」

「なんでそんなに無関心なの? アンタのことでもあるんだけど?」


 生活のこととなると確かにそうだ。そんなことに遅れながら気が付いた明良だったが彼は三大欲求のうちの一つが満たされていればそれでいいという男だった。


 食事を含めた生活のもろもろ、正直な話、どうでもいいの一言だった。


 明良が求めているのはおっぱいだけだ。


 かと言って、このショッピングモールに二人を放置して帰るわけにはいかないというのもまた事実。


 あくび交じりに体を伸ばして、白馬姉弟に目線をやった。


 特に何かを会話をするわけではないがとても仲がよさそうだ。手をつないで、二人並んで歩いている。犬耳と尻尾を除けばどこにでもいる普通の姉弟に見えた。


 ショッピングモールを行きかうほかの人にしてもそうだ。学生っぽい集団に、家族と思われる集団。


 誰もが、幸せそうに過ごしている。もしかすると、ジェイルで生まれ、育ったという世代なのかもしれない。ジェイルの外を知らなければきっと今ある日常を平和として享受できる。

「さくっと買うものかって帰ろう、なぁ? 守もそっちの方がいいよなぁ?」

「え、あ、僕は……。どっちでも」


 心の手を握って、いいや、むしろ腕に抱きつく程に体を寄せて。守はもにょもにょと答える。なるほど、お姉ちゃんと一種ならばそれでいいというわけか。と、胸中で納得するとともに明良は頭の後ろで手を組んだ。


「守に近づかないでね。お願いだから」

「穏やかな声で言うのはやめてくれないか?」


「そう言えば。この辺りにはいないのね。教団」


 ふと、心はあたりを見回してそんなことをつぶやく。もはや明良のことはどうでもいいのだろう。一瞬、顔をしかめた明良だったが視線を外に向ければ確かに教団の姿はない。


 そこかしこで好き勝手に演説をしていた教団の姿が。


「まぁ、この辺の管理は月夜がやってるらしいからな。異常者をのさばらせたりはしないだろ」


「異常者代表がなんか言ってるわね」


「誰が異常者代表だ。誰が」


「ケ、ケンカですか……?」

「あぁ、いいや、違うぞ。ただちょっとあれがああしてるだけだ。だいじょうぶだからなまもるん」


 将来的に巨乳になって欲しい。そんな思いを込めて明良は守の頭をなでた。心に睨まれると軽い口笛を吹いて視線を逸らす。


「守に近寄らないでね?」


「お前そればっかりだな!?」


「ぼ、ぼくは全然いいですよ……?」


「だとさ。」

「……は」


 一瞬、心が息をのんだ。そして。


「ダメ! ダメダメダメ! 絶対にダメ! 守が変になっちゃう! 守が変にされちゃうッッッッッッッッッ!! そんなの絶対ダメ!」


 守を抱きしめて、心が叫ぶ。やだやだやだやだ! と駄々をこねる姿は少し恐ろしくすらある。


「キモイ」

「きもくない!」


 守を抱きしめて叫ぶ。この女も対外なものだと思ってからふと、明良は気が付いた。

 守の視線が、とある店に向けられている。


「どうかしたのか、守?」


 明良が問いかければ守は慌てて視線を逸らす。

 そして、守が見ていた方を見れば、その理由に気が付く。ぬいぐるみがメインに飾られているファンシーなお店。


「なんだお前。ぬいぐるみとかほしいのか?」

「っ。い、いや、ぜ、全然。全然そんなことないです……。僕は、その、男の子なので」


 女の子っぽいぬいぐるみには興味がないと。守はそう言う。子供らしい考え方であると。明良はそう思った。


 自分の好きなものを否定して、隠して、そして見て見ぬふりをする。人の常だ。

 誰もが自身の内側に譲れないものを秘めながら、それを覆い隠して生きている。例えば性癖。

 そして異能性癖者である明良は、守のその態度が許せなかった。だから。


「そうか。じゃあ行くか」


「……。はい」

「え、あ、ちょ、ちょっと」


 歩き始めた明良の後ろを、少し遅れ気味に守と心が付いてくる。


「待ってよ。ねぇった!」

「またん。早く買い物済ませて帰るぞ。ここに長居する理由なんかないんだからな」




 早歩き気味の明良が店に入って買い物を済ませる。

 そんなことを数回繰り返すうちにあっと言う間に買い物は終わった。後はただ帰るのみだ……。というのに。


「……」


 明良は足を止めると振り向いた。心の抗議するような視線に貫かれて肩をすくめる。大荷物を持ったまま、ある店の前で。

 具体的には、守が興味を示していた店の前。


「ぁ……」


 それに気が付いたらしい。守が足を止めた。

 視線が動く、せわしなく。


 守は一瞬だけ何かを言いかけてから、そのまま口を閉ざした。


「ねぇ、明良」

「……」


 心を無視して明良は守に歩み寄る。そして、静かに、守に問いかけた。


「お前はどうしたいんだ?」


 守は一瞬体を震わせると、動揺と共に明良を見上げた。口をパクパクとさせるばかりで何も言わない。あるいは言えないのか。

 男の子だから、変に迷惑をかけたくないから、好きなものを話すのは怖いから。どういう理由があって、守が自分の好きを押し込めているのかは分からない。


 いいや、そんなものはどうでもいい。

 明良は守に対してもう一歩踏み込んだ。

男だとか女だとか、アァだとかこうだとか……関係ないんだよ守」




「……」


「好きな物を好きでいる。そこに理由なんざいらない。わかるか? お前が好きな気持ちにフタをする理由はないんだよ」

 

 ピクリ……と、守の耳が動いた。


「言えよ。大好きなものが……ほしいものがあるんだったら。迷ってる暇はないぜ?」


 守はしばし迷ってから静かにうなずいた。そして、心の手から離れて明良たちと向かい合った。


「僕、あのお店、行ってみたいです」


 守が指さす先には当然ファンシー系の店があった。


「じゃあよって行くか」

「……」

「はい!」


 目を輝かせて、駆け込むように店に向かって歩いて行く、明良はそれに続こうとして足を止めた。


「どうした?」


 立ち止まる心に気が付いたからだ。


「や……なんていうか、すごいのねアンタ」


「……だろ? すごいんだよ俺は」

「そういう態度がなければね……」

「お姉ちゃーん! 明良さーん! はやく~!」


 少し離れた場所から守が手を振っている。


「いこうぜ」

「うん、そうね……」


 守に続いてファンシーな雰囲気の店に入る。原因不明の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。淡い色彩で彩られた店内には無数のぬいぐるみが並べられている。目を輝かせて店内をぐるりと見まわしたが、一周するよりも早く、ある一点を見つめた。

 ゆっくりと歩み寄って行き、一つのぬいぐるみを手に取った。

 白を基調としたウサギのぬいぐるみ。リアルなつくりのぬいぐるみは前足と後ろ足をだらりとさせている。

 守はしばらくぬいぐるみと見つめあうと遠慮気味に抱き寄せた。


「決まったか」


 一瞬だった。守はぬいぐるみを抱きしめてうなずくと明良たちのいる方に振り返った。


「こ、このこ。この子にします!」


 守の後ろ側で白い何かが行ったり来たりしている。ブンブンと風を切るそれは守の尻尾だった。


「よし、じゃあ会計行くか」

「はいっ!」


 今にスキップでも始めそうな守を連れてレジに向かう。


 明良は巨乳が何よりも好きだ。巨乳のためならばその命すら喜んで差し出すだろう。そういう人間だから貧乳相手にはつい冷たくなってしまう。それもまた事実。しかし。


 しかしかといって、巨乳以外を憎んでいる訳ではない、たとえば小さな子供、具体的には守の笑顔や楽しそうな姿は好きだと。そう感じていた(将来性を抜きにしても)。


 その時、守の方に気を取られた明良は目の前からやって来る少女とぶつかった。


「あ、わる……。い」


「こちらこそごめんねぇ。ちょっとよそ見しちゃってた……」


 その瞬間、すべての思考が停止した。真っ白になった思考。視界に映るものがただ情報として処理される。背景は消えた。真っ白な世界に少女がいる。


 茶色の髪を短く切りそろえた釣り目の少女だ。年齢は十七ほどか、高校生くらいであることは間違いないだろう。それは服装からも判断できる。着崩したブラウスとカーディガン、短いスカート。ジェイル内の高等教育機関の制服だろう。もっとも、どのあたりの学校のものかまで明良にはわからなかったが。






 いいや、服装も、顔も、性別も、何もかもがどうでもよかった。その少女の特筆すべき点。圧倒的なまでの惑星が、圧倒的なまでの巨乳少女が、そこにいた。








「ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」







 刹那、真っ白な思考が爆発してはじけ飛んだ。何かを言わなくてはならない。何かをしなくてはならない、不注意でぶつかったのは明良の方だ。


 はじけ飛んだ思考の破片を集めて、つないで、再構築する。そしてようやく、絞り出すべき言葉を絞り出した。



「お。おぉ……おお、おおおおおおおおおおおおお! おうおうおうおうおうおうおううううううおおおうおうおうおう!?おう!おうおう!?」


「うわ! 狂ったオットセイみたいになってる!?」


「あ、あきらさん……?」


「お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、おおおおおおおおおううううううおうおうおうおうおうおうおう!!!」

「……」


 体をがくがくと震わせながら叫ぶ明良をまじまじと見つめてから、少女は薄く微笑むとその場にしゃがみこんだ。


 少し下から見上げるようにしつつ、守の頭を撫でて少女は笑う。


「君もごめんなさいねぇ? ケガ、してなぁい?」


「は、はい! だ、だいじょうぶ……です」


 徐々に、声の勢いが弱くなっていく。そして、完全に黙りこくると静かに、明良の後ろに隠れた。


「あら? 怖がられちゃったかなぁ?」


「っ」


 少女が守に手を伸ばした、それを食い止めようと心が動く、それより先に……


「悪いな。コイツ、俺以上に人見知りなんだ。気を悪くしたならすまない」


「あぁ、そうなの。ふふ、大丈夫、すごくかわいいし」


 少女は立ち上がると真っ直ぐに明良の瞳を覗き込んだ。


「……」

「……ふふ。またね」


 少女は軽く手を振ると歩き去ってしまう。その背中をただ静かに見送った。


 心は、まるで、呼吸を長時間止めていた直後のように浅い呼吸を繰り返すと明良の服の裾を握った。


「……い、今のは……」


「クッッッッッッッッソ巨乳だったなァ! おい! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああクソ! クッソ! クソ! 金をいくら積んでもよかった、何を言われてもよかった! 触れたかった、あの! 胸にぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!」


 うなだれる明良の股間をすさまじいスピードで蹴り上げたものがいた、弟に悪影響を及ぼす悪魔を滅する為に放たれた一撃は、速やかに明良を沈黙させた。






 ショッピングモールで買うべきものを買い、外に明良はまず初めにまっすぐ体を伸ばした。


「あぁ! 何の問題もなく終了したな! いやぁ良かった良かった!」

「え? あれ問題にカウントしないの?」


 すかさず食い下がった心のことなどまるで見えていないように明良は数歩歩くと思いいたったように足を止めた。


「いや、まぁ確かにちょっと問題がないこともないな。」





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