第15話 買い物に行こう!
「第……四位」
その言葉を、心は指先でなぞるように反芻した。
「第四位って、ジェイルの王の中で四番目に……それってつまり」
「定彦の二個上か、いつの間にか出世したもんだ」
驚愕する心を尻目に明良は自分の指先に目をやった。いつの間にかささくれ立っている。
「……定彦ごときと比べられるのはシャクだが、その通りだオレはあいつより圧倒的に強い」
「因みにこれ噓な。王の順位って基本的には飾りだから、四と六なら余裕でひっくり返るから。今回の三から上は次元が違うって噂だけど、コイツは四。西条定彦と比べても大したことないからな」
「お前がそう思うならお前の中ではそうなんだろう。ただ一つ、揺るがない事実はあるぞ。ソレはオマエよりは強いということだ」
「あぁ、精力を消耗して限界ギリギリの俺になら余裕で勝てるらしい。クソ貧乳のクソ露出狂らしいな。死にかけの俺をボコってご満悦。王はこれだから駄目だ、カスでバカな人格破綻者の集まり……」
「相変わらず口だけはよく回る。少しは頭もまわしてみたらどうだ? そうすれば勝ち目のないことなどわかるだろうに……」
「は?」
「あ?」
「ちょっと!? 友達なのよね!?」
「誰が?」
「誰と……?」
心の叫びに、明良と月夜が順番に応じた。二人は無言でにらみ合うと息を吐く。それを合図としてひとまずは話を先に進めることに決めた。
「で、お前は何をしに戻ってきたんだ?」
「あぁちょっと死与太珍教団をつぶしに」
「そうか、ならば目的は同じということになるな、不本意だが」
「そうか。じゃあ一緒に行くか?」
「まぁせっかくだからな、そうするか……」
「……え、今……えぇ?」
まるでコンビニに一緒に行くとでもいうような気軽な口調で言葉を交わす。心は少し遅れてから立ち上がって月夜と、明良を交互に見た。
「ほ、ほんき、何ですか……?」
「あぁ、死与太珍教団とはどうせ戦うつもりだからな」
「王が王に戦いを挑めば。負けた方は……」
「ジェイルの最深部、スラム街、通称懲罰房に送られる。まぁ関係ないな」
「えぇ……」
「まぁ、こんな感じの人格破綻者だが、月夜は戦力としては十分に強力だ。せっかくだし協力してもらおうぜ」
「でも……」
「……白馬心」
月夜は椅子に座りなおすと、真剣な声で心に呼び掛けた。
「は、はい」
「お前たちの抱えている問題はオレも何となく把握している」
その瞬間、心の表情が大きく変わった、驚愕、そしてやがてその瞳は伏せられる。
「……」
「安心しろ。オレは西条定彦の敵対者であってお前と敵対するつもりはない」
「だ、そうだ。まぁ、安心しろ。この貧乳が迫ってきたら俺が粉砕してやる。俺はどっちの壁か選ぶならお前の味方だ」
明良は静かに心の肩に手を置いた。静かな時間が、ゆっくりと流れる。
その直後。
「誰が壁だッ!」
「誰が壁よッ!」
暴力が真正面と真横から飛んできた。ゴッ! という鈍い音が響いて椅子から転げ落ちた明良はぼんやりした視界の中で確かに見た。
心と月夜が手を折り合うその光景を。
よかった、これなら仲良くやっていけそうだ。そんな風に思考の隅で考えながら、明良は意識を虚空に向かって投げ出した。
「ん……ぐ……」
どのくらい寝てただろうか……暗闇の中から意識が浮上してすぐ、重たい頭の片隅で、明良はそんなことを考えた。
あまりに長いこと寝すぎたせいでどうにも思考が纏まらない。ふと窓を見れば外が明るい。ちらりと青い空も見える。それほど長い間眠ってしまっていたらしい。
今の状況を正しく理解しよう。そうしよう……。
そう考えながら体を起こそうとして……失敗した。
「ぁ……?」
体がまともに動かない。直後。明良は自分の状況を正しく認識した。
「ッ!?」
体を分厚い毛布でくるまれている。まるで巻き寿司の具材になってしまったかのようにぐるぐる巻きにされている。
「何だ!? 何が起きたッ!? 敵襲かッ!?」
じたばたともがいて、明良は自分をのぞき込む陰に気が付いた。
「あ。おきましたか? おはようございます」
ふわりとした笑顔だった。穏やかな声だった。
白髪。犬耳を持った少年、白馬守が目の前にいる。
守は笑顔のまま立ち上がると声を上げた。まるで、目の前であった楽しいことを友達に報告するように。
「お姉ちゃーん! 明良さんが起きましたよ!」
「あ、じゃあ取り敢えずそのままにしておいてあげて。ほら、ご飯もできたしこっちにらっしゃいな」
「そうだぞ。あんまりそれに構ってやるな、そういう趣味なんだ」
声のする方に目をやればキッチンにて心と月夜が作業に勤しんでいる。明良はもがきながら何とか立ち上がろうと試みた。
「……。無理かこれ。おい。何でこんなことになってんだ?」
「罪人にはふさわしい恰好だろう? 罰というやつだ」
「おかしなことを言うな……。俺が罰される要素がどこにあった?」
「セクハラ魔人……」
「守には近づかないでね」
地獄の底から響いてくるような声と、優しい声。その二つの声を聞きながら明良はしばらくもがく。
「これ、いつになったらほどいてくれるんだ」
「ほどかないけど?」
平然と、当たり前だとでもいうような心の物言いに明良は一瞬黙ってしまう。
「まぁ、冗談はさておき、だ。お前、今日暇だよな?」
気がつくと月夜が目の前に立っていた。月夜は軽い手つきで明良の拘束をいとも簡単にほどくと明良が立ち上がるのを待った。
「んや。俺結構忙しい。死与太珍教団つぶさなきゃいけないし。最高のおっぱいも探さなきゃならんし」
「暇そうで何よりだ。今日、白馬姉弟が生活必需品を買いに行くらしいから付き添ってやってくれ」
無茶苦茶だ。横暴だ。こんな理不尽が許されていいはずがない。明良は、月夜をにらむと強い口調で静かに告げる。
「お前が行けばいいだろそんなもん。だいたい、俺は誰かに縛られるのが何よりも嫌いなんだよ。知ってるよなァ?」
「オレは王だ」
「だから何だってんだ?」
「胸部の豊満な友人の一人や二人。紹介してやるのもやぶさかではないのだがな」
「謹んでお供しよう。月夜。お前にもお前の事情があるのだろう、ここは暇な俺が二人についていこうじゃないか。当然、金も俺が出す」
当然だ。力がないものを守るのは力ある者の義務。明良は力強くうなずいた。そして・
「愚か……」
守を胸中に抱いたまま、少し離れた場所に立つ心は深いため息をついた。