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第11話 将来性について


 死与太珍教団の支配はまるで蜘蛛の巣のように様々な場所に張り巡らされている。


 ジェイルで生きていく限り、王の支配から逃れることはできない。その中でも死与太珍教団は凶悪だ。支配区域の中で行ったショタコンならざる者への弾圧。

 おねショタNTRを専門としていたサークルを西条定彦が単騎で壊滅させた事件は記憶に新しい。

 さらに、ショタっ子アンソロジーコミックを支配区域内の学校にまで流布しているらしい。教徒たちは定彦の名前を出して各地で大暴れしている。



 最悪の軍勢。それが死与太珍教団だった。そんな集団から、逃れることなど、不可能。



 さて、明良は心と守を連れて歩いていた。


 曇り始めた空の影響であたりは暗い。

 第三教会襲撃の影響を受けてか、辺りは少しざわついている。


「ねぇ、これから、どうするの……」


 我慢できない、といった様子で白馬心が口を開いた。それは白馬心の弟、守を救出してから十分ほどたってからのことであった。


「あ? あぁ、まぁついてくればわかる」


「大丈夫なのアンタ……」


「気にすんな……」


 対して、明良は面倒そうに答えるだけだ。目は半分以上閉じられていて、呼吸は若干荒い。足取りはふらついているがそれでも真っ直ぐに、普通にすれ違った程度の相手には異変を感じさせない程度の足取りであったが、ずっと後ろを歩いている心には明らかな異常事態を感じ取っていた。


 明良は途轍もなく疲れていた。結論から言えばたったそれだけだ。


 強力な異能性癖者との連戦、異能性癖の酷使、精力の消費、そして精神的にも限界が近い。疲労困憊の明良は時折苦しそうにしながらもある目的地を目指して歩く。


「……だ、大丈夫ですか?」


 今度は、守が声を掛ける。おどおどとしている上に小さい。

 それはまるで子供の内緒話のように優しい声だった。


 明良はピタリと足を止め、首だけを軽く動かして守を見下ろした。


「ちょ、ちょっと」

「……」


 心が守をかばうように半歩前にでた。


「ぅ」


 明良は、怯えてうめく守に視線を合わせて屈むと、そっと、守の頭を撫でた。


「お~心配してくれてありがとうな? ありがとなぁ? でも俺は大丈夫だから。もう少しで安全な場所につくからな? もう少し歩けるか? 頑張れるか?」


「っ……。は、はい!」


 突然の猫なで声に一瞬うろたえた様子の守だったが、すぐに取り繕う。

 明良のばかげた言葉に、神妙な面持ちで頷いた守は心に向かって手を伸ばす。


「そうよ! あと少し! 一緒に頑張って歩きましょう!」

「……うん!」


 そうして二人は手を取り合う。


「美しい姉弟愛じゃねぇか。泣けるね」


 冗談っぽく笑いながら立ち上がる明良に、心は冷めた視線を向けた。


「てかアンタ、私と守で対応違うくない?」



「あ? 当たり前だろ、だって守には将来性あるじゃねぇか」


「……しょうらいせい?」


「あぁ、将来性だ、いいか守。お前は巨乳に育つんだぞ」


 スパァァァァッン! という途轍もなくいい音が響き渡った。ひっぱたかれた頭を、もはやさすることもせず、明良は心を睨んだ。


「お、おねえちゃん!」


「離れなさい守! この変態に近づくと魂とられるわよ!」


「とらねぇよ。俺が欲しいのは巨乳だけなんだよ!」


 明良はいたって真剣に、大真面目な声で叫ぶ。その声に重ねて、氷のように冷たい声が割り込んだ。


「守は男の子なんだけど?」



「それがなんだ」


「それがなんだって……」


「俺は巨乳ならいいんだよ。男だろうが、女だろうが、関係ない。いいか守。お前はいい姉ちゃんを超えるんだぞ。肉親を超えて強くなるのは男の使命だ」


「これ以上守にセクハラするようならぶっ殺すわよ」


「お姉ちゃん。超える……男の使命!」


 しかし、守はといえばその語感が痛く気に入ったらしい。尻尾をブンブンと振りながらうなずいている。


 姉を超える決意、いい根性だ。例え白馬心の貧乳が遺伝子に刻まれたものだったとしても、その気概があれば、守はいい巨乳になる。


 明良は確信していた。


「はぁ……」


 そして、白馬心は頭を抱えてため息をつく。

 完全についてくる人間を間違えたことに気が付いたらしい。 しかし、気が付いたところでもう遅い。今更だ。


「っと、やっと着いたぜここだ。ここ」

 

 そうこうしているうちに三人は目的地にたどり着く。


 それは巨大なビルだった。外見はホテルのようだが、見る限りは明かりもついていないし、中に誰かが

いる様子も見受けられない。


 まるで廃墟か建設途中だが、ここが目的地。


「こ、ここ……なの?」


「あぁ、まぁ、はいれよ。遠慮はいらねぇからよ」


 そうして、正面にあるガラス張りのドアの前に立った。

 中は薄暗いがぼんやりと内装が見えている。

 如何にも高級なホテルのロビーと言ったシルエットがぼんやりと見えているがやはり中に人はいない。

 巨大なシャンデリアも、ソファーもテーブルも、暗闇の中にあれば物悲しくすら見える。


「これ、入れるの?」


「なんか。ちょっと怖いですね……」


「……表口って鍵かかってたんだっけ? まぁいいや。裏から入ろうぜ」


 平然と、まるで当たり前のことかのようにそう言ってのけた明良はビルの真正面から裏口に回ると金属製のドアの前に立った。


「えぇっと鍵……鍵……鍵はっと……ん~ない。無くした」


「ちょっと、ソレ大丈夫なの!?」

「下がってろよ二人とも」


「え?」


「あ、危ないことしちゃ駄目ですよ?」


「……心、守を連れて離れた後耳をふさいでやれ」


「どっちの?」


「聞こえる方」


 それだけを告げると、明良は金属のドアと向かい合った。



「小さく! 勢いよくやる必要なんてないんだから、小さく頼むわよ!?」



 かなり離れたところから大声で心が叫んだ。心の胸中で抱きしめられる守は犬耳を両手で、人の耳を腕で防がれていた。




「は? 小さく……? 小さくだと?」


 振り向くこともせずに、明良は唱えるようにそう言った。


「ふざけんじゃねぇ……」


 明良の体力は限界に近かった。精力も連続戦闘で底をつきつつある。それでも、それでもなお……。


「ふざけんなッッッ!」


 直後、怒りが力に変質した。身体から光が立ち上り腕の先端に集約されていく。


「ちょ! チョット!」


 シュイィイイイイイイイイイイ……という何かが起動する直前のように甲高い音が響く。

 直後。

 圧倒的な精力が、質量をもって、解き放たれた。


「乳……ッッッ!!! トォォオオオオオオオオオオオオン!!」


 すべてを破壊する音が響く。爆音が、地響きが、全てがあたりに広がっていく。直後、明良の目の前にはぽっかりと穴をあける空間があった。


「よーし! これで良し! ヨォオオオオオシ!」


「馬鹿じゃないのアンタ」


「誉め言葉だ」


 心の抗議する叫び声を聞いて明良は胸を張った。

 少しばかり派手すぎる破壊ではあったが、これにて拠点に入ることができる。


「内部構造は……。まぁ変わってないか……」


 ぽっかりと穴をあけたビル、その中を覗き込んだ明良はかすかにうなずく。正面と違い狭い道が続いている。


 電機はついていないが記憶が正しければ廊下の先に配電盤があったはずだ。


「……この建物って生きてるの? 私、廃墟とか無理なんだけど」


「おまえ、結構わがままなところあるよな……。まぁそのくらいのほうがここじゃあ生きていきやすいんだろうが……」


「守のために最低限は保証してほしいのよ。環境が悪いと体調崩しちゃう。この子」


 守の手を引いて心はそういう。

 明良としては、守にはいい環境で育ってほしいと、そう願っていた。そうすれば巨乳になる可能性が少しでも……。


「何だよ、その目」


「変なこと考えてるでしょ」


「心外だな。なぁ守?」


「え? あ、あはは……」


 救いを求めて守に話を振ってみたが苦笑いと共に曖昧なリアクションをされてしまった。案外こういうのが一番傷つく。


「というかこれどういうビルなの? 勝手に入っていいの……?」


「いいんだよ。別に。誰に怒られることもあるめぇよ」


 廊下の突き当りにある扉、その中に入っていて殆ど暗闇の中でまさぐるように配電盤を操作する。


 すると明かりがついた。電機はまだ通っていたらしい。何だかんだ言いつつ少しそのあたりを心配していた明良としては一先ず安心といったところか。


「行こうぜ」


 配電盤室から顔を出して今度は明るくなった廊下を歩く。すると正面入り口からつながるロビーに出た。


 狭い廊下から広大な空間に、明良は体を伸ばして息を吐いた。


「ひろ……。でも、なんていうか悪趣味ね。部屋も無駄に広いし、家具も無駄に大きくて、成金的っていうか……シャンデリアなんてもう……」


「……そうかな? 結構センスいいと思うんだけどな……」


「そう……? 本当に大きい物が好きなのね……」


「大きい物が好きというか、俺は。まぁ……」


「……ぁ。ぼ、ぼくは素敵だと思いますよ」


 俯かせた明良の顔を見上げるように、守は尻尾を振りつつそう言った。


「そうか! 守はわかるか! よしよし。お前はいい子だなぁ。おぉ~よしよし……飴食べるか? な? な?」


「も、もう夜の七時なので……。ちょっと……」


「お前は。いい子だな……なぁ心」


「なにその含みを持たせた言い方。と、いうか、もうそんな時間か……。守はソロソロ寝る時間ね」


「え? もう?」


「遅くとも八時半までには寝かせるようにしてるの。お風呂入って、歯磨きして……っていろいろやることあるし、ソロソロ寝る準備しなきゃ」


「あぁ……じゃあ最上階行くか……そこの部屋が一番広いんだ。殆ど全部が居住スペースになってる」


 巨大なロビーは一階から二階までが吹き抜けになっている。

 二階までは大きな階段でつながっていて、階段を登った先にはエレベーターがある。


「なんか本当にお高いホテルって感じね。どういう意図の建物なの?」


「あぁ……なんていうんだろうな。ある男がハーレムを作るためにこさえた城……的な」


「お城ですか? 何だか凄くロマンチックですね!」


「だろ?」


「多分守が思っているのとは違うわよ。その男から離れなさい。アンタも守から離れて」


「完全に不審者扱いかよ。ひっでぇな」


 そんな会話をしているとエレベーターが到着した。軽やかな電子音と共に開いた金属製の箱に乗り込んだ。


 最上階のボタンを押せばエレベーターが音もなく持ち上がっていく。


「……結構時間かかるわね。何階建てよこの建物」


「あ? あぁ……忘れちまった。何階建てだっけこれ」


「え、ぼ、ぼくですか?」


「守が知ってるわけないでしょ」


「あぁ、そういえばそうだったなァ……」


 明良は額に手をやると息を吐きだすとともにそう言った。如何やら相当疲れているらしい、まともな判断がつかなくなってきている。


「アンタ大丈夫?」


「お、心配してくれてるのか。優しいところあるのな。包容力ないのに」


「アンタ頭大丈夫?」


「それを異能性癖者に聞くか?」


 その直後、エレベーターが最上階に到着して、金属のドアが開いた。目の前には両開きのドアがあって、それだけの空間だ。


「こっちのカギは……。おぉ、あった。あった、これだこれ」


 ポケットから鍵の束を取り出して、そのうちの一つでドアを開く。

 すると目の前に広大な空間が広がった。

 どこからどう見ても大きな家の玄関だ。目隠しでもされて連れてこられてればここを一軒の家だと誤認するかもしれない。

 玄関を上がってすぐのところで廊下が左右に伸びている。


「左の突き当りが風呂場な、その隣が仮眠スペースになってるから寝るならそこに寝かせてやれ。俺はこっち側のリビングにいるわ」


 廊下の右側を親指で刺すと明良はそのままリビングのドアを開けた。


 ここもまた大きな空間だ。


 寛ぐようのソファにテーブル。大型のテレビ。キッチンや食事ところまで備え付けられたその空間は明良の記憶にあるものと寸分たりともたがわなかった。


「……」


 ソファに体を投げ出すように座り込むとぼんやりと天井を眺める。自動でついたLEDのランプが淡い光を放っていた。


 本来ならば、やるべきことがまだあるはずだ。


 ジェイルは九人の王によってそれぞれ統治されている。その中でも死与太珍教団はトップクラスの過激さで支配を広げている。


 この区画は死与太珍教団の支配区域ではない。ほかの王の統治する区画に王が直接殴り込めば王同士の抗争が始まる。


 そうなれば定彦もただでは済まないだろう。が、しかしそんなものは何の抑止力にもならない、元々が女神から支配者の席を奪った神殺しだ。そんな常識が通用するようなやつではないだろう。


「あぁ……。まぁいいか……はぁ」


 テーブルの上に目をやると放置されていたリモコンを手にとって適当にチャンネルを回す。


「しょうもねぇバラエティー番組しかやってねぇじゃねぇかよ。ジェイル外の番組はこれだから。潔癖すぎていけねぇな。もっと楽しそうな話ししろよ。性癖の話とかよぉ……」


 いくら明良がぼやいたところで番組はつまらないものばかりだ。幾らジェイルの自給率が百に近いとは言ってもこう言った娯楽面は外に頼りがちだ。


「……はぁやめだやめ……」


 ため息とともにリモコンを投げ捨てた。暫くテレビの画面を眺めていた明良だが、流石に飽きてきたらしい。


 その時、明良はリビングのドアが開く音を聞いた。


「いま、時間いい?」


 平坦な声、心のものだ。ふと時計に目をやれば、八時半を示している。恐らく守は寝たのだろうと、そう結論付けた明良は振り向くと心の方を見た。


 見ればシンプルなシャツとズボンに着替えている。風呂に入った後あったものに着替えたのだろう。


 服自体は元々男物なのであろうが、心が着ていれば妙に様になった。中性的な顔立ちとスレンダーな体が相まって少し陰のあるイケメンに見えた。



 おっぱいの……付いていないイケメンだ。



「おう、まぁ座れよ」


 明良は目の前の椅子を指さして座るように促した。守が寝てから、わざわざ改まって。

 死与太珍教団関連であろう。わざわざ考えるまでもない。



 夜はまだ始まったばかり。明良は疲れた体に鞭を打って大げさなソファに座りなおした。


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