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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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第98話 シュガー ✕ スパイス

 ティアナ・メイプルには果たさなければならない目的と、強くならねばならない理由がある。


 霊族が封印から解かれ、起こった百年前の戦。停戦協定の締結されるより前にティアナの人生は破壊された。

 実母を殺し消せない焼印を施した黒鳶所属の霊族ガロブー・ストロング。何百回と助けを求め、それでも来てくれなかった実父。二人の男を探す為だけにティアナは呼吸する。


「納得出来ない」

「納得してください。反抗期ですか?」

「…ッ!」


 だだっ広い空間にティアナの声が反響した。家具も装飾も無い裏寂しい空間はトレーニングルームの様な場所だろうか、よくよく眺めると人為的な損傷が残されていた。

 さて、ティアナの声に反応して返したのは一言余計なカエデだ。何を考えているか分からぬ糸目が余程気に食わない彼女は、反抗的な態度でカエデに不服を申し立てる。


「どうして寄りにも寄ってあんたが師匠なんだ!」

「だから先程から言っているでしょ。リゲルの爺様に志願したのです。娘っ子の面倒を見ると」

「だから!!納得出来ないと言っただろう!あんたに教わるくらいなら独学の方がマシだ」


「面白い事を言う。選べる立場だとでも?」

「…、あんたは信用ならない」

「結構。出ていってくれても構いませんよ。その場合、復讐も綺麗さっぱり忘れなさい」

「クッ……」

「それともスパーリングで自力を確かめますか?」


 初対面の時から胡散臭い距離の詰め方をする男を手放しに信用出来る筈もなく、ティアナのカエデに対する警戒心と不信感は一層強まっていた。何故自分に構うのか、解りたくもない心情を切り捨てるように出入り口に爪先を向けた。

 素性を晒さないカエデに彼此(あれこれ)言われても逆に反発するのがティアナだ。無視出来ないほど復讐の二文字は彼女の心に深く刺さって抜けない。


「あたしが勝ったら…あたしに関わるな」

「生涯を懸けても勝てませんよ。…何故なら」

「な、ん…!?」

「勝負は付いてますから」

「がっ!?!?」


 戦闘態勢に入ったカエデを数秒見つめ、勝利後の条件を突き付けたティアナだったが、甘かったと後悔するに三秒。

 爪先を出入り口からカエデへ向き直した直後、彼は"真下に居た"。懐へ入られたと言う認識もままならず、防御の構えも碌に取れず、ティアナの身体は数メートル先の壁際に激突した。


「隙あり」

「カハっ!!?」

「隙あり」

「うぁっ!?」

「ほらほらどうしたんですか?この程度の実力では到底、復讐などと口に出来ない」

「くそ…」

(あたしは、強くなるんだ!!)


 流石は七幻刀の住処。尋常でない力で叩き付けられても壁は崩れず、ティアナにのみ負担を強いた。強烈な一撃に視界がふらつき足元も覚束ないティアナに、更に追い打ちを掛けるカエデは二撃目、三撃目を繰り出す。

 成す術がない力量差に(つくづく)己が嫌になる。攻撃が止んだ隙に周回遅れの戦闘態勢を取り、攻守権を奪いに走った。


「〈法術 火箭・三連武〉」

「フッ」

(避けない!?)

「避けるまでもない」

「ゥがっ!?!…っ……」

「あ〜あ。気絶するほど力は込めていないのに」


 様子見するまでもない全力の法術をカエデは真正面で受け止めた。三方向から迫る火矢が到達するより先に、握り拳に込めた火属性をティアナの腹部に一発叩き込まれる。

 法術ですらない一撃は、余りに重く鈍い痛みが全身を駆け巡った。瞬間的にカエデから距離を取ったティアナだったが、遠過ぎる力の差に(ひれ)伏し意識を失った。


「所詮は子供の戯言。娘っ子の復讐劇など誰も見向きしない」


 ティアナの吐血痕を一瞥し、彼女を抱き上げたカエデは態々声に出してまで復讐を否定した。


――――――


「〈治癒法術 スペランツァ〉」


 仮の病室に治癒法術が花を咲かす。カエデの要請を受けたピオがティアナの治癒をする。花冠が消え、険しい顔付きだったティアナの表情が緩んだのを合図にカエデが病室に顔を出す。


「治りました?」

「治したさ、そりゃね。どうせ修行相手を断られ戦闘で力量を分からせた…だろう?全く無茶をさせる」

「流石ガーディアンの里で重宝される御方だ。ピオさんには敵いませんね」

「その態とらしい口調、と偽名…何時まで続けるつもりだい?」

「さて、はて、どうでしょう」

「…不器用なお前さんには似合いの恰好だ」


 ティアナが聞いていないのを良い事に二人は病室で世間話を始めた。ピオを大袈裟に褒め称えた彼は据え置きの椅子に浅く座ると、胡散臭い笑みで追及を躱した。七幻刀が仲良し集団でないのは分かり切った事だが、ピオとカエデの間には信頼関係が築かれているようであった。


「この子をどうするつもりだ」

「どうもしませんよ。何度目で復讐などと口にしなくなるのか、には興味がありますが」

「心に受けた苦痛と言うのは、一生消せない。治癒の力を用いても気休め程度にしかならない。諦められるなら此処には居ないさ。復讐を生き甲斐にしてるような子なら尚更に」


「間違った選択だ。目の前に元凶が現れたところで娘っ子は戦えない。染み付いた恐怖に人は抗えないのだから」

「"愛する者を失い死ぬほど後悔してもし切れなくて今尚、自分を許せないでいる男"は言う事が違うねぇ」


 徐ろに立ち上がったピオはツンと鼻に付く薬瓶の整頓の為、カエデに背を向ける。世間話の延長を背中越しに問い質せば、鼻に付く答えが返ってきた。

 それなりの戦場を潜り抜けた不器用な男に皮肉を込めた声音でおちょくってやれば、分かり易く肩を落とした。


「ところで」

「話の擦り替え方不器用か」

「スタファノくん、でしたっけ?修行の方は」

結界(フラワーガーデン)に逃げられた。…やる気があるのか無いのか」

「ピオさんなら無理矢理従わせる事も可能でしょうに」

「さっきも言ったが、心に受けた苦痛は一生消える物ではない。私はあの子のソレを増幅させてしまった」

「存外、貴方も不器用だ」


 最後の話題は此処には居ないスタファノについてだ。七幻刀として再会する前からスタファノの師匠だったピオは当然、今回も師を名乗り上げた。然し、弟子は逃げてばかりのようで困り顔を晒す。


 互いに不器用な面が見えてしまった。治癒はとっくに完了済みだ。自分が此処に居る必要は無いと思い出したピオは、グローブで隠された左手を重々しい目付きで見つめ、立ち去った。


――――――

―――


(あたし何時の間に)

「誰か居たような…気のせいか」


 ぼやける視界が見知らぬ天井を映した。煩わしい事に、記憶は鮮明としておりカエデにボロ負けした屈辱を忘れさせてはくれなかった。

 自分は一体どれほど寝過ごしたのだろう。上半身を起こしても立ち上がっても、不思議な事に痛みどころか傷痕すら見当たらなかった。


 思考回路も正常に作動している。どうやら治癒法術が使われたらしい。スタファノの仕業か、若しくはスタファノの師ピオの力なのかと考えたところで、ふと一枚の紙切れに目を留めた。


「なんだ……」


 "買い物メモ 1香料スピカ 2食べ歩き焼串 3お好きなジャム 4…5……6………"等々。


「〜〜あたしに買えってことか!?!」


 達筆な字は明らかに大人が書いたもの。自分の側に主張するようにメモを置く大人は今のところカエデしか知らない。達筆な割に軽々しい話し言葉で書かれたメモを読み進める度、怒筋が浮かび遂にはグシャっと握り潰していた。


「追伸……余った金はご自由に。………。…今更あたしに必要なものは無い…が……」


 紙切れが飛ばされないように乗せていた巾着袋を持ち上げる。てっきり重し代わりだとばかり思っていたが中身は買い物資金のようで、自分に買わせる気満々の見え透いた心が鬱陶しい。

 ずっしり重い巾着袋は兎も角として、今更ティアナが金で欲するものなど何も無い。盗賊時代は旅費と生活費さえ有れば問題無かった。現在も同様だ。然し、態々くれると言うのなら貰ってやらなくも無い。ので、


――――――


 真昼の太陽が()メルメイスを賑やかす。此処はポスポロス最寄り市場。そもそもメルメイスとは交易に特化した街で、街の数も一つや二つでは無い。カラットタウンの隣が南メルメイスで、此処は北と行った具合に点在する一風変わった街である。


(あたしは何だってまた、使いっパシリに…)


 文句を垂れつつも、素直に従うティアナは順調に買い物を終わらせ焼串に噛み付いた。彼女の怒りを買うのはカエデの買い物メモだけで無く、しれっと居る隣の男もだ。


「ポスポロスの最寄りってだけあって流石に規模が大きいね〜ティアナ!」

「勝手に付いてくるな!!」

「デートみたいだねっ」

「大体あんたの修行は良いのか?」

「休憩だからイイのイイの!」

「はぁ…散歩がしたいなら一人でしろ」

「ティアナの買い物に付き合うよ」

「ほぼ終わった」


 何故か付いてきたスタファノは上機嫌に笑い掛ける。超聴力の存在を忘れかけ、不用意に外出を示唆する単語を声に出してしまった過去の自分を恨む。

 如何に冷たく距離を置こうが、お構いなく歩く速度を合わせる彼をティアナは未だ理解出来ず、目を合わせない。


("香料スピカ"ってのは何処にあるんだ)

「ティアナ〜。香料スピカ、オレ知ってる」

「……」

「ね!知りたいでしょ」

「…分かったから寄るな」

「そんな嫌そうな顔しないで〜。香料スピカって言うのは"九つある金色種"の一つで、その名の通り香料として使われる事が多いかな。ほらこうして振るだけで良い香り」

「ちょっと待て。どこから出した」

「さっき女の子達がプレゼントしてくれたんだ〜」

「……あっそ」

「他にも何か知りたくない?金色種の由来とか、金色種はね"ある特定の条件下でのみ金色に輝くから金色種"なんだ〜」

「興味ない」


 一通り買い終わり、残りは一切の説明がない香料スピカのみ。香料と手前に付いている分、用途は分かりやすいが肝心の姿形が記憶になく、難関となっていた。

 訊いてもいない香料スピカについてペラペラと舌が回るスタファノ。今だけは彼の存在が役立ち黄み色が強い瞳を和らげた。


 "香料スピカ"。垂り穂のような見た目と一振りすれば漂う芳しい香りが特徴的な植物だ。ある特定の条件下でのみ金色に輝く由縁から金色種と称されている。

 興味を唆られない訳ではないがスタファノの口から知るのは少々気に食わないので、ティアナは敢えて素っ気無い態度で早足に帰路を目指す。


「じゃあコッチは興味ある?女の子達の噂話…。左肩に紅葉模様のある子が最近越してきたらし…!」

「紅葉の模様!?それは、焼印の事か!?」

「さぁ?そこまでは分からないけど居場所なら聞いちゃった。……行く?」

「飛んだ買い物が出来た」

「……」


 ティアナの早足を意に介さず、容易に並び歩くスタファノは長耳をピクピクさせ唇に薄く弧を描いた。左肩の紅葉模様と聞き、腰を折って覗き込む彼を鬼気迫る形相で睨む。

 目的の為ならば、僅かな情報でも何でも欲しいティアナが食い付かない筈が無い。普段からキツい表情が更に深く暗くなるのも予想通り。邪魔はしないと言った手前、スタファノは彼女の手を掴む真似はしなかった。


「オレが先に行って会わせたげる」


――――――


「えっと…私に用事とは一体……?」


 薄橙色の制服に身を包む女性は、北メルメイスに構えるベーカリー店舗の店員さん。隣でニコニコ笑うのは彼女を拐かしたであろうスタファノ。


「あんた、あたしと同じ焼印があるだろ」

「ーっ!はぁ、…!!」

「矢張り有るのか」

「すみません取り乱してしまいました。……外では、話せません。良ければ私の部屋へ案内します」

「行こっか」

「あんたは帰れ」

「え〜!?」

「頼むから…帰れ」

「は〜い」


 大筋は話してないのであろう、仕事も半ばに呼び出され女性は戸惑っていた。更に困乱させる覚悟で、右手で隠した焼印を女性に見せつけた。彼女の目線がベーカリー店内からティアナの焼印に向いた直後、浅い呼吸と共に全身が脱力し目が眩んだ。

 心臓の叫びを聞き取ったスタファノが彼女を支えた事で余計な怪我はせずに済んだが、良く知る嫌なフラッシュバックに今度はティアナの心臓が短く叫ぶ。


 人通りの多い店舗横では人の目がトラウマを助長させる。女性の提案を受け入れ、ティアナは無言で頷いた。

 そして。聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、破裂してしまいそうな大きな心音で、目の前の男に帰れと言った。一応は剽軽に返事してみせたスタファノだが、脳内は拾い集めた音が沢山転がっていた。


―――


「狭いところですみません」

「いや、別に…」


 ベーカリーの二階部屋に案内され適当な所に腰を下ろす。何か淹れようかと女性は言ったが長居する気は無いと断った。穴の空いたカーテンから漏れ出る光が二人の心の穴を照らす。


「見えますか…っ」

「あぁ。あたしと同じ焼印だ」

「これも運命でしょうかね…まさか同じ目に合った人が居て、会いに来るなんて」

「もう一人も似たような事を言っていた」

「私達の他にも!?」

「……あんたの話を聞かせてほしい」

「えぇ…私もティアナさんの話、聞きたいです」


 制服のブラウスを脱ぎ、包帯を取り、露わになった左肩の焼印をティアナに見せる。ティアナとスコアリーズの姫と同一の焼かれ方に凄惨な現場を幻視する。僅かに陰る伏し目が消えない焼印を受けた日を浮かべ、ふるふると震える。



 女性の名はトレーネ。心の穴から溢れる感情を堰止めし、自身の半生を語り出した。

 特別、金回りが良い訳でも一代で築いた財産がある訳でも無い平凡な家庭に生まれ育ち両親共々平和に暮らしていたと言う。そして、包帯を巻き直す手を止め、百年前の戦と口にした。


 怨嗟の渦が巻き起こる中、両親と逃げていたトレーネは霊族と名乗る大男に遭遇する。大男は恐怖で目を瞑るトレーネに両親を殺す場面を無理矢理目視させ、言った。"お前を見る俺を脳に焼き付けろ。俺を殺しに来いと"。

 焼かれる傷みと目の前で絶命する両親と、霊族の大男。一度に受ける情報が崩壊し、自分が流しているのは涙なのか血なのか判らなくなり、トレーネは眠りについた。


 気付い時には仮設病棟で涙を流していた。自分は何日眠っていたのだろうか、外では街の復興が進んでいた。脳の許容量を遥かに超えた情報を整頓するには時間が掛かる。転がり込むようにして息子夫婦を喪った祖母の家に最近まで世話になっていた。

 祖母が持病を悪化させ治療費が必要になった現在はベーカリーの二階部屋に住み込み、働いていると区切りを付けた。


「私は…受け入れてくれたお店も店長も大好きです。けど、きっとあの日の光景が私の中で消える事はありません……」

「話してくれてありがとうトレーネさん」


 震えの残る手でブラウスを着直し、ティアナに向き直る。耳を澄ませば一階の楽しげな声が聞こえる。空気を目一杯吸込めばこんがりパンの焼き立て具合が窺える。カーテンを開けば否が応でも太陽を浴びる事になる。さりとて、ティアナとトレーネは過去に心を向けていた。



 次に半生を語るはティアナ。無論リオンや天音、七幻刀については言及せず、あくまでティアナ自身の話を始めた。

 父親不在の家で母親が殺された事、復讐を誓って家を飛び出した事、食い扶持を繋ぐ為に盗賊をしていた事、現在はポスポロスに在住中な事、大男の名が判明した事、父親を探している事。ティアナから言葉が途切れた時、トレーネは悲しげに瞳を揺らした。


「復讐、……あの男、ガロブーは"俺を殺しに来い"と言っていました」

「自分より弱い者を襲っておいて、今度は復讐しに来いだなんて…、復讐自体がガロブーの思いの内かも知れない。けどあたしはアイツをこの手に架けなければ生きてる意味が無いんだ」


「下劣な男……っ。私も感情のままに全てを投げ出したかった。そんな私を止めてくれたのは祖母でした。祖母はずっと昔に経験したらしい感情の隆起を、私が持つ事を怖がっているようでしたので……」

「あたしの父親とは違って、優しいのだな」

「ティアナさんのお父さんだって、私は優しいと思います。会った事の私が言っても説得力はありませんけどね…!」


 昼が過ぎ、太陽が首を傾げた。焼串を食べておいて良かった。焼串のお陰で昼飯を食べ損ねた胃の機嫌が保たれ、トレーネに唸り文句を聞かせずに済みそうだ。

 トレーネの弾ける笑顔は場を明るくさせる為の作り顔だと分かっているが、彼女の本来の姿が垣間見え此方も息をする余裕が生まれる。


「あ…もう行かれるのですか?」

「あぁ。自分の道に戻る」

「私も微力ながらガロブーとティアナさんのお父さんの情報探してみます」

「っ!…助かる」

「それとは別に、私達の他にももう一人居るって……その子はどうしてます?」


「…今は新しい家族と笑顔で暮らしてる」

「!……良かっ、た…」


 静かに立ち上がるティアナに寂寥の混じった目で見送る。同じ境遇だからこそ曝け出せた本音は、去りゆく彼女に届いたと願い逆光に立つ。

 此処には居ない焼印付きの子の身を案じたが、振り返ったティアナの顔が一際柔しく眉を下げたのでトレーネはすっかり安心した。


 一つ違えば自分も復讐の道を選んでいた可能性も無きにしも非ず。報復行為を正当化する訳ではないが、暫しは彼女の思うままに己の道を進んでほしいと月並みに思った。


――――――

 時計塔の針が夕暮を指す手前、ティアナは七幻刀の住処に出戻った。帰宅を察したスタファノが飛び込んで来るのは容易に想像出来たので脚蹴りでコレを処理。漂う女物の香水が尚、ティアナを苛立たせるが声を掛けるまでもなく彼はフラリと何処かへ行ってしまった。


「お使い一つ、手早く済ませてほしいです」

「あたしにも事情があるんだ」

「そのまま夜遊びでもするのかと」

「する訳無いだろう!?」

「そうですか」

「それより、……カエデ、あんたに修行を、……くっ…修行を付けて下さい…!!」

「おや?おやおや。お使い一つで素直になるとは」

「それは絶対関係ない…!ただ、…」


 相変わらず一言多いカエデの元に向かった理由は、修行の申し入れをする為。素直になる事を弱いと決めつけ憚っていた所為か、いざ頭を下げるとなると頬に紅が点される。

 白々しい言い草に角が立つが、グッと堪え頭を上げる。短く息を吐き身体の熱を追い出した後、意志の籠もった瞳が正面を向く。


「隙あり」

「はぁっ!?うぐっ…!!」

「言いたい事があるなら大きな声で、ハッキリ言ってくださいな」

「この…ッあたしは!!」

「ほら隙が出来る」

「ー!ゔ、っ、…母さんを殺した男は霊族だ!黒鳶だ!!名はガロブー・ストロング……」

「それでそれで?」

「ぁッッぐ…!その大男はあたしの他にも、何人も焼いたッ!生かしちゃおけない!!だから、強くなるんだ!!!」

「弱い生き物ほど、よく咆える。それでは復讐する前に足元を掬われてしまいますよ。他の家族と過ごせばいいのに」


 向いたは良いが、カエデが居ない。またこのパターンかと脳裏を過ぎった瞬間、身体が吹っ飛ばされた。文句を垂れる暇も隙も無いカエデに真っ向から勝負を挑み地を蹴った。吐き出された感情は、先程の恥らしさを消し去りティアナの心を強く保たせた。

 正面に居たはずのカエデの声が背後から聞こえ、咄嗟に腕でガードするも衝撃を緩和し切れず床に沈む。せめて話が終わるまで意識よ保ってくれと幻日・三連舞を繰り出した。


「父親も同罪だ………!側に居てほしい時に何時も居ないッ!!」

「ほぉ」

「探し出して一言言わせるんだ。どうしっ」

「あぁその先は興味無いので、言わなくて結構」

「ーーっ……」

「手加減の手加減の、そのまた手加減で負けるような娘っ子には飯事が似合いだ」

「それでも諦めない。左肩の焼、印が……ある限り止まれない」

「……とても強い意志、に反してとても弱い」


 ティアナ渾身の力すらも片手で処して、実力差を判らせる。それでも立ち向かって来る彼女の細い両手首を掴み、回避不能な踵落としを喰らわせた。頭がかち割れるような衝撃にさしものティアナも立ってられず、両膝を付いた。心の強さは行動力に直結する。然し、心ばかり強くとも身体が追い付いていなければ継ぎ接ぎの隙間を突かれ、瓦解する。


 ティアナの矛盾した心と身体を知ったカエデは懐から薬瓶らしき物品を取り出し、手に握らせた。


「コレは…?」

「強くなりたいのでしょう。でしたら先ずは正しい方法で身体を鍛えなさい。ソレは筋力を鍛える上での補助薬品とでも思っておいてください。香料スピカを調達させたのもその為」


「…正しい方法で身体を、鍛える……」

「見たところ偏った力の付け方で、筋肉をダメにしてるようだ。そもそも娘っ子は他人より人一倍修練して初めて他人と同等の力を有するタイプ。栄養が足りていないのも致命的だ。どうせ食事を軽く見て、碌な量摂っていないのでしょう?」

「!あたしのやり方は間違っていたのか…」

「ティアナ・メイプル、逸る心を飼い慣らせ」


 何の為の香料スピカと思っていたが、よもや補助薬品に使われるとは。小さく振るとコロコロと鈴のような音を立て固体が転がった。ズケズケと踏み込む態度は変わらずだがカエデの話す言葉は正論で、図星だ。


 言われて初めて自身の傷だらけの身体と生活を振り返る。真っ直ぐ過ぎるのも良くないと暗に諭され、一本しかない茨道に小道が生まれた気がした。湾曲する小道が何処に繋がっているのか見えやしないが飛び込む覚悟はとっくの昔に済んだ。



 ティアナとカエデの師弟関係は今結ばれた。

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