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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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第94話 夢幻空間を抜け出して

 七幻刀の住処に、不穏な空気を舞い起こす者が居た。天音を見送った後、シオンは風の気配を察知して迎え撃つ姿勢を取った。


「さて、そろそろ来る頃合いか。三、二、一…」

「甘い」

「っ!…フッ」

(流された…)


 空気の振動を読み取り見極めたタイミングで、シオンは振り返って牽制の一撃を加えようとしたが相手は彼の行動を見越していた。

 シオンの目線が移動した瞬間を狙って死角に入り、目にも止まらぬ速さで蹴りを加えたが直後当たったはずの蹴りが受け流され、急襲した相手は不満げに着地した。


「オレの結界に何をしたシオン」

「アイニーさん…別に何も」

「解除したな」

「天音様の力であり、意志だ」

「それは……貴様自身の言葉か?」

「我々七幻刀は国の中枢であり、懐刀。天音様の意志そのものが我々の存在意義だ」

「新参者の貴様に言われる筋合いはない!」


 片足を伸ばし両手を床面に接着させるほど深々身体を沈ませる着地はアイニー独特の着地方法だ。上体を起こし開口一番シオンを問い質す。余程シオンが信用ならないのか、彼が何を言っても眼光は鋭くなるばかりで初めから対話など無意味だった。

 アイニーを野放しにすれば折角己の道を進む天音を強制的に連れ戻しかねない。彼女が皆と帰ってくるまでシオンは時間稼ぎをする事にした。


―――――― ―――

―――

ティアナSide


 焼印の見当たらない左肩を何時までも眺めていたティアナは、良い夢と悪い夢の境界線で揺れ動いていた。


「はいっティアナが欲しがっていたお人形!お父さんの仕事は長引いちゃったけど、元気出して。直ぐに会えるわ」

「うん……ありがとう」


 父親を一目見さえしたならば現実が何方かハッキリする筈だ。然し、肝心の父親が居ない。夢の中でも仕事で忙しいらしい。夢の中ならせめて居てほしかった。

 するりと出た御礼の言葉を最後にティアナは自室の戸を閉じた。真昼の太陽のお陰で部屋には満遍なく光が差し込み、鬱陶しい考えを落ち着かせていた。


(昔は人形遊びが好きだったんだ……それに可愛い衣服も沢山着た。…どうして忘れてしまっていたんだろう……どうして思い出そうとしなかったんだろう)


 ずっと欲しかった人形は優しい()をした薔薇乙女。髪の毛一糸に至るまで丹精込めて造られた薔薇乙女は宝箱に眠るどの娘よりも美しく、華麗であった。当時の自分が欲しがるのも頷ける。

 生温い夢に浸かれば浸かるほど心は苦痛で歪んだ。きっと夢幻を受け入れたなら痛みから解放される事だろう。夢が幻であっても心が救われるのなら喜んで意識を手放そう。


「全部夢だったら……」

(お母さんは死なずに済んで、私が家を出る事も無かった……全部が全部、夢だったなら)


 現実逃避などさして珍しくないが、ティアナは現実を受け入れ過去を捨てる覚悟を持っていた。いっときの夢幻で揺れ動いてしまうほど自分の覚悟は弱かったのか、覚悟が足りなかったのか、心さえも退化していく。

 薔薇乙女の人形は物言わぬ姿で彼女を慰める。人形遊びなんて随分可愛らしい夢だと鼻で笑ったら少しは気が晴れた。現実を見失わない為に彼女は過去を否定し続けた。


「あたしはお母さんを殺した相手に復讐すると誓った!こんなことで惑わされてたまるか!!あたしは、あの大男ガロブーに復讐するまで死ねない。立ち止まれないんだ…!」


 弱さの証、と捨てた涙が頬を伝い薔薇乙女を濡らす。折角の新品が無意味な抵抗で傷物となり、ティアナは涙を止めようと袖で拭った。"良い夢"の中で泣いていたら世話がない。薔薇乙女を棚に飾ると、もう一度姿見の前に自分自身を曝した。


 左肩には強く握り締めた痕が付いていた。自分で痕付けした紅葉が嘲笑っているようで、たまらなく惨めだ。

 弱い自分が小綺麗に映る姿見の前で桃色の髪を結い上げる。シンプルなポニテは彼女らしい姿であり、強さでもある。復讐を忘れぬよう髪は切らない。



 そうして場面が変わる。

「っ!」

(なんだ!?ココは何処だ…!!?)


 人気のない薄暗い空間に投げ出され、覚悟がどうの云々より、只々戸惑うばかりだ。これも夢の一部だろうと割り切るには少しばかり熱が足りない。

 じっと目線の先を眺めていると徐々に暗がりに慣れ視野が広くなる。


『直ぐに戻るよ』

「っ…あたしはこの道を覚えてる。ココはメトロジアのお城で、お父さんに連れられて来て…迷子になったんだ」


 不意に蘇る記憶は父親の声。頭を撫でられた感触すらも蘇り両目をぱちくりさせる。記憶の扉に手を掛けた状態で思い出したのは、幼少期の出来事。

 久方振りに帰って来た父親に手を引かれ、王都メトロポリスに足を踏み入れた。きっと昔の自分は目の前のメトロジア城に目を輝かせていた。興奮する余り、父親の手を振り切って走ってしまった。待っているよう言われたにも関わらず、気付けば見知らぬ場所で呆然としていた。


(お父さんの姿が見えなくなって怖かったんだ。どうして素直に待てなかったんだろう。…これは実際にあった出来事だ)


 感情とは切り離された震える両手から伝わるのは底知れぬ恐怖。弱虫で泣き虫でつくづく昔の自分が嫌になってくる。

 これ以上夢幻に拐かされないように今一度心を強く持ち、暗がりの中を一歩ずつ進んでいく。


(こっちの道も覚えてる…)


 壁の色も柱の彫刻も、壮麗な絵画もティアナは記憶していた。この先に夢幻空間の出口は無いかも知れないが進まなければ始まらない。一度通った道を辿り、とある部屋の前で立ち止まった。


(ここの扉は開いていた…だからあたしは部屋に居た子供の泣き声が聞こえたんだ……。声を掛けようか迷ってたとき、段々眠くなってきて気付いたら城のベッドで目が覚めた…)


 微かに開いた扉から部屋の光が漏れ出て、幼少のティアナは近付いて覗いた。後ろ向きで顔は確認できなかったがティアナと同い年か少し歳上の少年が独りでに涙を流していた。少年の名も涙の理由も知らずに部屋を離れ、欠伸が出る。

 目覚めた時、近くに父親が居る事を願ってパタリと眠った。昔の自分の事だ、怖がるのに疲れて疲労が溜まったのだろう。



「貴方は何処から来たの?」

「えっ」

「今日も良い天気ね」

(…、カグヤ様)


 目を開けた先に父親は居なかった。また場面が変わり、記憶は混濁する。メトロポリス内の庭園に突っ立っていたティアナは腰を下ろし目線を合わせる女性をマジマジと見つめた。

 実際に起こった事実だ。優しさの中に品性を感じる女性はカグヤ。メトロジアの姫である。ティアナが戸惑っているのを見るや否や話題を変え空に向かって背伸びした。


「少し散歩する?」

「う…ん。……あ、そのペンダント」

「これは王妃様から受け継いだ大切なペンダントよ。見てみる?」

「キレイ…」

「日の光に翳すと紋章が浮かぶの。ほーら」

「本当だ。…やっぱり本当のことだったんだ」


 艶のある紺色の長髪がさらりと流れ、気品溢れる顔を傾げるカグヤに何か言わねばと歯切れの悪い相槌を打った。ごく自然と差し伸べられた手を握り暫く散歩し、見覚えのある首飾りを発見する。

 値の付けられぬ高価なペンダントを一頻り眺め、日に掲げた。これもまた実際に体験した出来事だ。ペンダントの秘密は此処で知ったのだ。



「カグヤ様あたし、お父さん探してくる!」


 ならば、矢張り父親は近くに居る。父親に合う事こそが夢幻空間の突破口だと推察したティアナは庭園を駆け出した。現在との体格差故に地面を蹴り上げた直後バランスを崩してしまったが、何とか体幹を整え先を急ぐ。

 一度目を瞑り再度開ければ夢幻空間は時と場所を変える。意識を己の内側に集中させ、夢見る場面を願い続けて漸く叶う。


「お父さん!!」

「……」

「あたしずっと待ってた!あのとき…来てくれなかったから探し始めた」


 視界から花弁が通り過ぎた時、父の背が見えた。振り返ってくれない背中を父親と断定出来たのは、過去の記憶か現在の執念か何方のお陰か神のみぞ知る。

 日の当たらない場所に居る父親に向かって呼吸を整えたティアナは正直な想いを吐き出した。


「今更姿を現したってあたしの中にあるのは復讐心だけだ。それでも…母さんの笑顔を守ってほしかったとずっと思ってる。だって、父さんは強い、そうだろう?」

「……」

「何とか言ってくれ。それとも現実のあんたじゃないと答えてくれないのか…?」

「此処は夢見る者の夢幻。おいでティアナ、お母さんと三人で楽しい夢を見よう」


「夢なんて見れなくていい」

「そうは言っても、下、沈むよ」

「はっ!?」

(地面が、…ぐっ沈んでる!?)


 涙は流れなくなった。父親から受け継いだ黄色の瞳を細めて、本音を訴えかけても夢幻空間の父親は要領の得ない枯葉ばかり返してくる。一歩、日陰に近付くと父親はようやっと振り返るが一向に視線が合わない。

 どれほど幸福な夢でも幻と知りせば、彼女は目覚めを選ぶ。


 空の色が青から赤へと移ろう直前、"身体が沈んだ"。液状化した地面が底なし沼と化し、ティアナを引き摺り込む。突然の変化に抗う術を忘れた彼女は父親の方へ走るが、間に合わない。



「あたしの身体、元に戻ってる……」

『精神が不安定な状態では向こうに戻れないだろう』

「あんたは…誰だ」


 次なる場面は朝焼けの空と虹。投げ出された身体は元の姿に戻り、地面に膝を付いていた。…こんな光景は、記憶に無い。明らかに夢幻の術中とは違う世界に戸惑いを隠せずにいると上から見知らぬ声が聞こえた。

 声の主を見上げて確認すると、其の人は慈愛に満ちた表情を向けていた。桃色の長髪を束ねた男性をティアナは()()()()


『私は魂。此処に在る魂』

(弓…エトワール……あっ)

「アルコバレーノ?まさか、あんたは」

『順序よく行こう。ティアナ、此処には来たらいけないよ。道も覚えなくて良い。浮世へ帰ろう』


 自身の胸に手を当て魂と言った男性は弓箭を背負っていた。量産された護身用エトワールかと思ったが数秒後、認識を改める事に。物覚えは良い方だ。僅かに見える弓箭の造形には見覚えがあった。

 導き出された答えに紐付いて男性の正体も見えてきたのだが、訊いても答えてくれそうにないので訊くのは止めた。


『手を出して』

「…アリちゃんに会ったんだ。あんたのことをずっと想っていた。そう、伝えるのはそれだけで良い」

『ありがとう。魂の拠り所』


 ティアナと男性の手が重なり、光が生まれる。警戒心の強い彼女が素直に従った訳は明言するだけ野暮ったい。強まる光の中で微笑む姿は、覚えていようとティアナは心に決めた。


 今、目覚める。

――――――

リュウシンSide


 覚めないでほしい、醒めなければならない、の矛盾した二択は存在する。


「お兄ちゃんぼーっと何考えてるの〜?」

「皆の事考えてた」

「みんなってだれー?」

「勿論、ライランの事もね」

「んー?わかんない」


 王都近くのゼファロに結界は施されていない。常識だった当たり前を噛み締めるように風見殿屋上で寝転がる。隣には実妹が同じように寝転がる。日常の風が恋しくて堪らない。


「今日も風が気持ちいいね」

「うんっ」

(穏やかな風が続くと思っていたあの頃の僕は、こうして寝転がってばかりいた)

「ねっ、お兄ちゃん私は将来何になってるでしょーか!?」

「アハハっ三日前は占い師だったよね」

「占いも好きだけどもう違うの!」

「じゃあスイーツ屋さん?」

「ううん。教えてほしい?!うんとね……あれ何だっけ」

「ふふっ思い出したら教えて」


 徐ろに起き上がったライランが可愛らしい質問を寄越す。気分は博識学者、蓄えた知識を披露するかの如きテンションで自慢げに人差し指をピンと立てた。

 突拍子無いように見えて、ライランの質問は何度も聞いた。外ハネ髪を揺らし、ウキウキと答えを待つ。待たせた挙げ句忘れる姿は何ともライランらしい、安堵の笑みが漏れる。


「お兄ちゃんは何になりたい?!」

「僕?」

「ちゃんと真面目なの答えてね!」

「僕は……風使いかな」

「風、つかい」

「風使いは、世界で一番自由な旅人だよ」

「わぁっライランも旅してみたい!!」

「いつかね」


 思い出す事を諦めたライランは会話を続ける為に兄に将来を訊いた。質問されると思っていなかったリュウシンは少々驚いた顔でライランを見つめた後、空を流れる雲に視線を移した。

 ゆっくり考え、出した回答は彼の誇りでもある風使いだった。過去に囚われても一番星だけは決して見失わない。


 パッと花が咲くように旅がしたいと笑うライランに願望にも似た想いでリュウシンは笑い返した。何時かきっと笑顔で旅立てる、そんな日が来ると見えない星に願った。


「こんな日は鼻歌でも歌いたくなる」

「お兄ちゃん歌ヘタなのにー?」

「いっぱい練習したんだ。雨宿りの序でに」

「ライランもね、歌う!」

「じゃあ一緒に歌おうか」


 心地良い風に催促され、雨宿りの序でに稽古付けられた(うた)を口ずさむ。そう言えば過去の自分は人に聞かせるほどの歌唱力を持ち合わせていなかった。平和な世界が続いたなら、今でも自分は歌が下手だったのだろうか。



 感傷的な胸中に目を伏せた瞬間、場面が変わる。


「うわっ!」

(さっきまでと違う…ライランは何処にっ?)


 意識が場面変化を受け入れた時、リュウシンは遅れて短く叫んだ。叫ばなくとも良かったが、叫びたくなる気持ちも分かるというもの。

 人通りの多い場所で、片手だけが妙に温かい。まるで先程まで誰かと手を繋いでいたような、と考えに至り心臓が大きく跳ねた。ライランは何処へ行ってしまったのだ。心臓に悪い変化を振り切って辺りを見渡す。


「やっと見つけた」

「ライラン…!こっちの台詞だよ……」

「あのね決めた、来て来て」

「決めたって?」

「あ!とぼけてもダメ、お兄ちゃん言ったもん。どれでも好きなの買うって」

「あぁ…言ったかも…?ん?」

「これが良い!ね、良いでしょ…?」

「髪留め、これで良いのかい?」

「うんっ。みんなキラキラだけど一番輝いてたのがコレだったから!」


 只でさえ平均より小柄なライランが人混みで迷子になったらと心配する兄の心知らずな妹は当たり前のように現れ、温もりの残る手を引っ張っる。

 とは言え、何事もなかったのでホッと胸を撫で下ろし引かれるがままに歩き出す。途中に聞いた経緯(いきさつ)に覚えがあるような無いような有耶無耶な記憶を整頓していると、ライランは指を差して目を輝かせていた。


 三角形の小さな髪留めは他の商品と比べて、シンプルで味気ないようにも見えるがライランは大層気に入った様子で心躍らせていた。本人が決めたのならと売店の店主に定額を払い、髪留めを受け取る。


「今付けるからじっとしてて。…ハイ出来た!」

「えへへ……ありがとうお兄ちゃん」

「どういたしまして。似合ってるよ」

「これで旅しても安心だね」

「え?」


 逸る心を落ち着かせて丁寧な手付きで髪留めを付ける。妹の喜ぶ顔をもう一度見れてこの上ない多幸感で満たされていると、不意の言葉に間抜けな声が出た。


「だって、暗いところで光るって書いてあったから目印になるかなって」

「っ…そうだね。お兄ちゃんもライランが迷子になったら髪留めの光を探す。そして絶対見つけるよ」

「お守りと目印だもんねー!」


 目印の光を見上げて旅がしたいと笑う。時刻は昼過ぎ、太陽に隠れ髪留めの光は見えないがリュウシンは膝を付きライランと目を合わせると誓った。必ずや見つけ出すと。


(それにしても人通りが多過ぎる…ちょっとしたお祭り騒ぎだ。ゼファロでこんな賑やかだった日は……まさかっ)

「みてみて向こうの馬車、馬が居ないよ!」

「四輪駆動だ。…確かその日は試運転だったんだ。ゼファロには沢山の人が居て、騎士団も大勢見かけた……!」

「行こー!!」

「あ、待っ…ライラン、そっちに行ったら」


 手を繋いだままリュウシンは幼い思考を回す。記憶の中のゼファロは大通りだろうと人の数は一定に留まっている。然し、夢幻空間のゼファロはどうだろう。まるで祭りでも催されているような空気感が辺りを賑わせていた。

 スコアリーズのような催事はゼファロに無かったが、思い当たる節が一つ。


 考えられるとすればポスポロスの技術で設計された四輪駆動の試運転日。王都に近いゼファロだからこそ実現したと言っても過言ではない実験に多くの人が興味を唆られる。

 試運転に伴う危険性を考慮し、騎士団から視察と言う名目で何人か派遣されており、目を凝らせば容易に見つかる。


「あれに乗ったら、たくさん旅出来るね」

「うん…」

(霊族が復活した影響で四輪駆動の運用は止まってる筈だ。馬車も余り見掛けなくなった…)


「お兄ちゃん、なんか馬車の様子がヘン」

「えっ」


 子供二人では肩車しても見たい光景は見れない。幼い兄妹は人混みの合間を縫って最前列に躍り出た。興味津々に身を乗り出してまで四輪駆動を見つめるライランを余所目にリュウシンは現実世界のアレコレについて深く考え込んでいた。

 故に"経験した筈の出来事"に対して反応が遅れた。突如として制御不能となった四輪駆動は運転手を乗せたまま有り得ない速度で暴走し、


「危ないっ――!!」

「ひっ」


?「ハァっっ!…グッ止まれ!」

(…暴走した四輪駆動が目の前で止まったのを憶えてる……)


 プチパニックに陥った民衆に押され、ライランが四輪駆動を目の前に倒れ込んでしまう。所詮子供の握力など高が知れてる。離してしまった手を再度繋ぎ、妹を守ろうと抱き寄せた瞬間"風を切られた"。


 青髪によく似合うペリーヌを翻し、暴走四輪駆動に向かっていった彼は自らの身体で愚直に受け止め歯を食いしばった。彼が止めた数秒間にゼファロの長バオが運転手を助け出し、何とか強制停止に成功する。

 若干擦り切れた両手の治療より、彼は子供達に向き合う事を優先した。


「怪我してねぇか?」

「うん、お兄ちゃんが守ってくれたから…」

「そうか。妹を守ってんだな」

「……ーっ騎士団長リオン」

(あの日、君に憧れたんだ)


 幼い兄妹を救ったのは他でもない近衛騎士団団長リオンだった。逆光の下、颯爽と現れた騎士長は兄妹が無事であると分かると、一層目元を細め破顔した。仲間に呼ばれ騎士長は背を向けたが助けられたリュウシンは目を逸らせずにいた。


(君の様に強くなりたくて、隣に並び立ちたくて僕は風使いを目指した…!)


 其の日、一人の少年が風を切られた。向ける眼差しは憧憬の念。憧れのあの人に触発され、リュウシンは立ち上がり色無き風を掴んだ。



 世界が、空間が、次第に崩れていく。夢幻の術中を乗り越え、目覚める。


――――――

 仮面の本性が垣間見える仮面舞踏会にて、リオンとスタファノはレアと対峙していた。膠着状態が続き持久戦になれば何方が有利か、答えはリオンとスタファノだ。未だ超法術を解除しないレアは己が不利だと自覚していながら、自分からは攻めようとしなかった。


「ふっ!」

「ノン。いけない焦りだ」

「ーっ」

「スタファノ!」


 このまま有利な持久戦に持ち込んでも良いが、それでは七幻刀は納得しないだろう。決着は早めに終わらせるに越した事はない。靭やかな鞭を伸ばし、レアを捕らえようとするスタファノだがまたしても彼は擦り抜けるように回避した。

 優雅なバク転回避の瞬間を狙ってリオンは背後に回った。人数で勝っている場合は敵を死角を突くのが基本だがレアは一歩先を行った。


 着地した後、リオンが斬りかかってくる前に振り向き再度バク転で距離を取った。レアの動作はそれだけに留まらず、警戒するスタファノに当然のように接近すると思いっ切り足蹴りをかました。


「…」

「自分が、夢を見せてあげると言っているのに、何故に拒絶する」

「残念だったな。俺はコッチでやる事残ってんだ。そうそう寝てられっかよ」

「ウンウン。夢って強制的に見るものじゃないし」


 鈍い痛みに耐え、片手を背に回したスタファノは伸びた脚に鞭を絡ませ拘束しようとするが、直前で察したレアは身を翻して鞭拘束から逃れる。

 一向に変化を見せない戦場に攻め倦ねていると一呼吸置いて、レアが壇上の語りを始めた。彼の言葉に嘘偽りなど無いが、聞くだけでペースを持っていかれそうだ。


「時として哀しみは本音を狂わせる。飲み込んだ言葉、妥協した心、諦めた道、それらが作り出す本音は果たして本音と言えるのでしょうか」


?「あんた如きに覗き見されたくはない」

「…」

?「ごめん皆遅れた」

「ちゃんと起きてきたな。フッ」


 揃えられた爪先に軸のブレない身体、まるでレアの独壇場だ。然し、長くは続かない。長耳の反応に合わせスタファノが僅かに上体をズラしたタイミングで"誰か"が投げたらしいハイヒールが真横を過ぎる。避けるまでもなく洒落付いた靴を受け止め、新たに目覚めた者達を彼は見つめた。

 誰か、とは夢幻空間を脱したリュウシンとティアナだ。彼等は起き上がると同時に戦闘態勢に入り、主催者を睨む。


「それにしてもこの格好、動きにくくて敵わん」

「えぇ〜可愛いのに」

「フンッ!」


 ヒールを投げ捨て、装飾品を投げ捨て、ドレスの裾を引き裂くと漸くティアナはスッキリした表情を見せる。折角の衣装が台無しだと眉を下げるスタファノを一蹴し、髪を結び直す。


(つくづく)、可笑しな人達。極稀に嵌まらない人が居ると思えば…態々愉しい夢から逃げ出そうとは。仮面舞踏会に相応しくない人達だ。睡れぬ帳には月夜を渡り歩くのもまた一興」

「!何を」


 左半分の素顔は哀しそうで、それでいて可笑しげに歪んでいた。幾ら黒鳶と言えど四人を相手取るのは骨が折れるだろうが、レアは汗一つ流さず何故か背を向けた。

 敵前で背を向け、何をするかと思えば彼は崩れた壁に向かってアスト放出を行った。破壊力の伴うソレは壁をいとも容易く崩壊させ風穴を開けた。


 驚嘆し、剥き出した警戒をあやすように次なる行動に移す。


「何を?決まっているでしょう。好い物を見せて上げますよ。〈法術 マスカラーズ・タイム〉」


 超法術マスカレード・タイムを解除し、冷えた空気ごと振り返ったレアは自ら少量の血を流すと"法術マスカラーズ・タイム"を発動させた。



 滴り落ちた血液が胎動を始め、リオン達に襲い掛かるまで後一秒。

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