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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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92/124

第92話 マスカレード・タイム

NO Side


 仮面とは、隔てる物。心の仮面、仮面夫婦などと謂われるように仮面は素顔を隠すだけでなく、心をも見えなくしてしまう。

 己を守る為、又は他者を拒絶する為、人は状況に合わせ仮面を脱ぎ着する。


 質の違うアストエネルギーは仮面により、感知不能となった。星の民も霊族も入り乱れる仮面舞踏会を開こうとは、とんだ物好きな人間も居たものだ。


――――――

―――

 寂れた劇場の奥に、怪しげな灯りあり。潜入の為に見繕われたリオン達は灯りを全面に浴びる。


「思ったより人が多いんだね」

「この状況で黒鳶を探せるのか…」

「だが、取り敢えず潜入には成功した。後はそれとなく情報を集めるしかないな」


 金色のシャンデリアが妖しく劇場を照らす場でリオン、リュウシン、ティアナの三人は思わず立ち竦んだ。仮面舞踏会の会場には想像以上の人数が集まっており、少々気後れしたのだ。

 中心で華やかに手を取り合っている者や、端で内緒話をする者などなどが目に映るが、矢張り全員仮面をつけているので種族の区別は不可能だった。然し参加者はアルコール度数の高い酒に酔っているのか見渡す限り皆、体温が熱い。


「そう言えばスタファノは何処に?」

「アイツならさっき向こうに行ったぞ」

「順応の早い奴め…」

「アハハっ一番楽しんでるね」

「耳の長さで星の民だと気付かれそうだが」

「ガーディアンの連中の特徴は知名度低いからな大丈夫だろ」


 いきなりスタファノの姿が見えないと思った矢先、彼は仮面の婦人と優雅に指を絡ませ合っていた。何処からか流れる音楽に合わせステップを踏んだ数秒後には別の婦人に手を差し伸べる。

 余りにも手が早すぎるが、幾ら仮面を着けていたところで彼の長耳は誤魔化せまい。種族についてが禁句なら身体的特徴を持つ彼は舞踏会を追い出されるのではとヒヤヒヤするが、心配なさそうだ。


「レディー。私と一曲どうですかな」

「っ…あたしの事か」

「えぇ」

「ティアナ情報を探る為だ。が、頑張ろう」

「ぐぬぬ」


 ティアナの元にシルクハットを被った男性が現れる。仮面の奥から色素の薄い瞳がティアナを誘う為、優しげに揺れる。条件反射でガンを飛ばしそうになるが間一髪で思い留まり相手と向き合う。これも情報を得る一貫だとリュウシンに言い聞かされ、むず痒さに苛まれながら相手の手を取ろうとした瞬間、第三者が颯爽と現れた。


「麗しのアサガオ…絡み付くならオレの手に」

「スタファノ」

「先客が居りましたか失礼しました」

「じゃあね〜」


 ティアナの手を取ったのはスタファノだ。きっと長耳で会話が聞こえていたのだろう。横取りと思われなかったのはティアナが彼の名を呼んだから。偶然にも確執が生まれずに男性は頭を下げ場を後にする。穏便に済ませられてホッと一安心だ。

 男性が去った後も片手を離せず握ると、安堵の眼差しでティアナを見つめて口元を緩ませた。


「ティアナ、オレと一曲踊ってください」

「…あんた本来の目的忘れてないか」

「こんな日があったって誰にも見付からないよ。ほ〜ら!」

「ちょっ…!?あたしはダンスなんかでき…」

「エスコートは退屈させないから」

「一曲だけだ。最速で終わらせる」

「また後でね〜」

「サボったな」

(この格好で調査は心が持たない……)


 背景にオンジジュームの小花を咲かせスタファノはティアナを誘った。乗せられるのもかと塩対応するが、ふわり全身を引かれて彼の方に倒れ込む。スコアリーズの舞子とは違う社交的な踊りなど、不器用を自覚するティアナには難易度が高そうだ。

 陽気な声が余りにも楽しそうに投げ掛けてくるものだから一曲のみ、折れた。


 残されたリオンとリュウシンは去りゆくサボり魔を止められず、肩を竦めた。四人での調査がいきなり半分になり幸先悪い出だしとなった。

 それから黒鳶の情報を探る為、二手に別れ参加者との交流を積極的に進めたのだが中々核心には辿り着けなかった。


「貴方素敵!名を訊いても宜しくて?」

「り…オリオン」

「オリオン様、面の仮面が貴方を隠すのならせめて心に触れさせて」

「心は外に預けてあります。内に触れても見付かりません」

「まぁ」

(イロカ流、落とし文句ここで役立つとは)

「でしたら私の心にお触れになって」

(そもそも参加者は霊族が主催者だって知ってんのか)


 本名は流石に不味いと感じたのか、リオンは偽名を使い巻き髪の女性から情報を聞き出そうとする。彼の語彙力を引き摺り出しているのは騎士団時代の仲間の一人、イロカだ。常に誰かを骨抜きにさせていたエロティックなイロカの強制的イロハが役立つ時が来ようとは。


「一目見た時から他の女性とは違う魅力を感じておりました」

「あはっ……ありがとう…。ぼ、…わたしライランって言うのよ。初めてなのよ」

(ライラン、兄を許してくれ…)

「昨晩もそのまた昨晩も貴方はいらっしゃらなかった。貴方と出会う為に私は妻と縁離れしたのでしょう。し切れてませんが」

(既婚者かい!)

「ホホホ……何度も参加してる方なら舞踏会の主催者なんてご存知かしら…〜?」


 一方のリュウシンは、優男の雰囲気を纏った男性に絡まれていた。口調が迷子の挙げ句、妹の真名を咄嗟に使ってしまい心の中で猛省した。直後、相手が既婚者と判明し呆れと苛立ちの混じったツッコミが飛び出そうになる。

 無駄に顔が近い男性と目を合わせないように視線を逸しながら探りを入れる。少なくとも自分よりは仮面舞踏会に詳しそうだ。



「それで黒鳶の情報は掴めたか?」

「俺の方は特に…」

「リュウシンは?」

「一つ。常連によるとどうやら曲が流れ終わるのと同時刻に主催者が顔を出すらしい」

「待っとけば向こうから来るって事か。スタファノは何を聞いた?」

「聞いた前提〜?まぁ良いけど。"好い夢"が見れるって噂されてたよ」

「好い夢……曖昧だな」

「曖昧が好きな人達ばかりだから」


 それとなく時間を見て、合流した皆は得た情報を擦り合わせていく。まずはリオンから、イロカ流落とし文句には成功したが肝心の情報は引っ掛からなかった。次にリュウシン、常連の既婚者から引き出せたのは一つだけだったが十分な成果であった。最後の情報はスタファノらしい曖昧さで締めくくられたが、問題視するほどでも無いだろう。


?「今晩は。ようこそ仮面舞踏会へ」

「「!」」

(出た…!)

(黒鳶…)


 程なくして、仮面舞踏会の主催者である霊族が姿を見せた。無音となった空間は寂寥感に支配されたが、それも一瞬のみ。何処からか聞こえる主催者の声を探し、辿り見上げれば彼は宙を歩いていた。コツコツ渡り歩いた靴音が揃うと霊族は皆を見下げる形で低音響かせた。

 道理で地上を探しても見付からない訳だ。霊族について辛うじて判別出来たのは仮面を付けている事、男性である事の二点。今すぐ敵陣へすっ飛んで行きたいところだが、一般人を危険に晒す訳には行くまい。リオン達が考え倦ねているとは露知らず、霊族は語りを続ける。


「何故、我等は争うのか。何故、我等は分かたれたのか。種族が違うから?姿形が違うから?思考回路が違うから?……なれば何故、我等はいっとき交じり合った!なれば何故、我等は仮面で隠す!…あぁ夢を覚ますことなかれ。傷付き憎しみ合い果てに繋がる愚かしく盲目な彼等に、夢を与えること赦したまえ。夢見る彼等は、夢幻の子」


「ーー!!」

(コレは、法陣だと!?)

「お前ら此処から離れろ!」

「ダメだ、動けな…っ!?」

「ノン。好い子は睡る時間です」

「ーっ」


 霊族の語りは恐らく地上に意識を向けられないようにする為、空中から現れたのも同様の理由だ。用意周到にじわじわと張り巡らせられた法陣に逸早く気付いたリオンは指示を飛ばす。が然し、アスト感知が阻害された所為か後手に回ってしまった彼等は法陣に触れてしまい、身動き出来なくなった。

 ならば自分だけでもと法陣から逃れようとするが、霊族が一歩上手であった。知らず知らずの内に距離を詰められたリオンは両肩を掴まれ地上に磔にされる。


 霊族、黒鳶の法陣が完成した。

「誘え〈超法術 マスカレード・タイム〉」



 意識が溺れてゆく。身体が沈んでゆく。

     ・・・夢に引き摺り込まれる。


―――――― ―――


「"超法術"?」

「はい」


 リオン達の帰りを待つ天音は開けた空間内でアストエネルギーの流れを汲む修行を行っていたが、外界の様子が気になる彼女は集中力を欠き遂には休息を言い渡される。

 精神の乱れが治まるまで、修行を見守るリゲルは一つ、"超法術"に関して口を開いた。


「"法術"とはアストエネルギーを介した術であると天音様もご存知ですね。"超法術"とは法術を強化した術です。しかし誰しもが扱えるモノではありません。身体の負荷もアストの消費も桁違い。これまでの情報を整理すると舞踏会の主は超法術を使用する可能性が極めて高い。勝機があるとすれば超法術使用直後…!」


「今まで超法術を使う相手と出会わなかったのは運が良かったから……でもこれから先はそうとは限らない、ですね」

「その為にも無効の力を高めるのです。一度超法術を発動させた天音様になら可能」

「え!?」

(そうだっけ……う〜んよく思い出せない)


 単純な話、超法術は法術の強化版と捉えて問題ない。(てい)の良い強化術には制約が付きものだ。超法術はアスト量の消費、身体の負担、其々が重く()し掛かる。誰しもが一朝一夕で使い熟せる力ではないし、使えるものが居たならば其の者は熟練の戦士と言う事になる。

 無意識に発動させたらしい自分とは掛け離れた霊族に負けてしまわぬよう天音は祈った。


―――――― ―――

 "夢見る彼等は、夢幻の子"


「いつつ…」


 超法術が発動され、リュウシンは意識を落としてしまったが、くすぐったい風に吹かれて目を覚ました。


(あれ…僕の声ってこんなに高かった?それに此処は舞踏会の会場じゃない――!!)


 徐々に鮮明になっていく思考を邪魔したのは紛れもないリュウシン自身だった。妙に高い声と、妙に低い目線が己のものだと気付くのに時間を要した。気味の悪い違和感はそれだけに留まらず、辺りは室内ではなく室外で服装も変わっていた。否、戻っていた。


「……子供の姿に戻ってる…!?さっきの法術に違いない。皆は一体何処へ」

?「お兄ちゃん」

「ま、さか…」

「一人ごっこしてるの?」

「ライラン」

(早く、早く解除するべきだ……)


 有り得ない事態だが起こってしまったものは受け入れるしかない。縮んだ身体では上手く立ち上がれず数歩よろけた。皆と合流しなくては、前向きな思考は後ろからの声でノイズを掛けられる。

 何度も聞いた声の主は実妹ライラン。兄とお揃いの髪色に外ハネショートが良く似合う愛嬌たっぷりの妹が、此処(ゼファロ)に居た。


 霊族の術中だ。当たり前だ。……当たり前だった日常が戻って、帰って来た。


―――――― ―――

 "夢見る彼等は、夢幻の子"


「あたしの姿が…」


 姿見の前で言いかけた言葉を飲み込んだ。結び跡の無い髪質、くるりとした両目、当時好んで着ていたワンピース。幼い自分は現状を理解出来ず、只々戸惑っていた。


「焼印が無い…!!」


 震える手が肩に触れた。あの日受けた屈辱の焼印が何事も無かったかの様に綺麗さっぱり消えていた。深呼吸する度、脳は古めかしい情報を思い出す。


?「ティアナ」

「お母さん、なんで」

(あたしが小さくなってるだけじゃない…此処はあたしの家で目の前に居るのはお母さん…)

「泣いちゃってどうしたのー?」

「なんで…」

「悪い夢でも見ちゃった?それともお父さんに会えなくて寂しい?」

「悪い夢……っ」


 絶命した母が戸を開け、名を呼んだ。必死に脳内整理するが記憶の中と母と自分とが深く結び付き、涙腺が緩んだ。昔の自分は随分と涙脆かった。閉じ込めた記憶がこじ開けられても涙の止め方は思い出せなかった。

 優しい声が、柔しい温もりが、ティアナの時計を狂わせる。


(悪い夢、良い夢、今あたしが見てるのは…)


 夢か、記憶か、夢現か、醒めなければ解らない。醒めてしまったら二度と味わえない。

 現実は何方だったか。


―――――― ―――

 "夢見る彼等は、夢幻の子"


「好い夢かぁ」


 消えない音が聞こえた気がした。鬱蒼とした森の中で閉じていた目を開けた。変化した体格を一切気にせずスタファノは舞い落ちる木の葉を一枚掴んだ。


「どうせなら里から出た後の夢が良かったなぁ…。なんちゃって。出口は何処かな」


 整備された森の中は巨大な庭園の様であったがスタファノの眼には監獄が映っていた。美麗の古巣、ガーディアンの里で生まれ育った彼は目もくれず巣立ち場所を探した。


 幼少の頃から変わらない長耳はピクピク音を拾って、捨てた。

 出口の道は覚えてる、覚えてる。


―――――― ―――

 "夢見る彼等は、夢幻の子"


 子供の頃の夢を最後に見たのは何時だったか。ふとした瞬間に幼い自分が真横を走り抜けたのは何時だったか。


「まじか」


 砂浜で大の字に寝転がり、呆然と空を仰ぎ見る。聞き終わった声変わり前の声は違和感すら芽生えさせ、喉仏のあった場所を擦る。


(よく分かんねぇアスト能力に引っ掛かっちまったな。それに超法術か……厄介な霊族だ)

「能力が一段階だけとも限らんしな」


 波打ち際で飛沫が上がる。浮世離れも思いっ切りが良いと逆に冷静になると言うもの。幼い顔立ちで澄ました打開策を練ろうにもアスト能力の全容が見えず、思考は滞っていた。

 超法術も法陣も知識はあれど厄介な存在であるのは否めない。対処前に発動させてしまったのが悔やまれる。


「よっ」

「……冗談だろ」

「喧嘩売ってんのか!?」

「買わねぇのか?」

「また喧嘩してる」


 不意に影が覆った。リオンの顔を覗き込んだのはワープケイプで共に育った少年アレンだった。彼は百年前の戦で自分とカグヤを逃がす時間を稼ぎ戦死した。火龍からも証言は取った。だが真上の顔は記憶の彼と瓜二つ、全く冗談であってほしい。

 鍛え抜か、れていない体幹を駆使して起き上がった目先でシオンと目が合う。数時間前と比べて幼くなった彼は呆れた顔をした。


「お〜いっ」

「うっ」

「遊びに来ちゃった」


 喧嘩の一つでもして惑いを吹き飛ばそうと思い至ったが馴染み深い呼び声に全身の毛が逆立つのを感じた。

 振り返ってはいけない、合わせる顔が何処に有ろうか。守らなければならなかった人、守れなかった人が背後に居る。


「……カグヤっ」

「リオン!」


 振り返った言い訳に、拙い感情を使うのはいけない事だろうか。きっと笑って許してくれる、記憶の中のカグヤならば。

 霊族のアスト能力を解かなければ霊族は倒せない。二度と言葉を交わす事が無かった者達と擬似的に触れ合い、リオンの心は難儀な感傷に侵される。


―――――― ―――

 夢見る彼等は、夢幻の子?


 法陣の妖光が収まると霊族は一人立っていた。仮面舞踏会の参加者は一様に地に伏して夢幻の夢に溺れる。


「生物は皆、夢を見る。人類もまた夢を見続ける生き物だ。現実を苦と感じるならば夢を見ると良い。誰にも邪魔されない、夢の中へ溺れるも浸るも自由、夢ならば現実に怯える仕草も要らない」


 淡々と響く台詞は本心。誰に話す訳でもない言葉を拾い集めてバラ撒いて。


「自分の名は"レア・メアリム"。先天的アスト能力、夢幻。対象の記憶を辿り、幻視させる能力。昔はよく夢を見させてくれと頼まれたもの。今は夢を見れない者を睡らせている。粒さでも心が願ったならば術中に嵌る。然しながら……極々偶に掛からない者が現れる」


 霊族の名はレア・メアリム。言葉通り彼のアスト能力は夢幻。ただ単純に夢を見させるだけでなく、対象者の記憶を辿る事でより精度の高い幻視が完成する。超法術ともなれば皆々が夢落ちするのも無理はない。


「……」

「可哀想な子」


 稀に夢幻の能力が途切れる事がある。夢に掛からない者が居た。可哀想な子と称された彼の名は、スタファノ。音もなく立ち上がり霊族を見据える。


「多くの者は少年期に思い連ねる。此処に睡る仮面の者は実在する現界に苦しみ出した者ばかり。貴方は真逆の性質を持つらしい」

「昔なんて憶えてないよ。忘れちゃった」

「自分には視える。少年期、感じた苦悩が」

「オレの中にあるのは何時だって楽しい思い出だけだ。昔より今が好きだからハマらなかったんだって」


「自分、誤魔化し方のパターンは熟知したと自負しておりますが、実に典型的だ」

「今の居場所を失わない為にオレはキミを倒す。少し痛くてもね」

「戦闘は好かない。が自分の領域が侵されるのはもっと好かない」

「オレも戦うのは好きじゃないし、キミに恨みも無いから直ぐに終わらせよう」


 ゆらりと仮面を外し細長い指先で弄る。レアの話を半分聞き流し、陽気な空気を目一杯吸い込む。戻りたい過去が無い者は現実を偽る仮面舞踏会に参加したりしない。好い夢が見れないのは寂しい事だとレアは憐れむが、スタファノにとってはどうでも良い事だ。


 互いに恨み辛みも無ければ戦いも好まない性格で、本来なら正面衝突する機会など有りはしなかったが戦う理由が一つだけ合った。



 これもまた星の民と霊族の奇縁と呼ぶべきか。

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