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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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86/124

第86話 撤退とそれから

「結界の必要はありませんでしたね」

「だね」


 雪崩騒動は当然、麓にも伝わっている。長年雪山で暮らして来たドラグ家の面々とカシワは雪崩の気配を察知し、一足早く結界を張っていたのだが必要は無くなった。

 結界術の記された書物をパタリと閉じてカシワは金色の名残りを眺めた。隣には同様に窓の景色を見つめるウィルが居た。


「それにしてもさっきの光は一体…」

「深く考えなくても私達を救ってくれた光にお礼言って、後はリオンの帰りを待てばいいんじゃない?」

「…ふっ」

「ふふっ」

「……それは少し楽観視し過ぎかと」

「うっ」


 分家当代としては霊族が撤退するまで気が抜けない。無事帰ってくると信じていても。


―――――― ―――

 溢れて止まない紅涙も時間が経ち、ようやっと収まりかけたらしく赤い鼻をヒクヒクさせ啜った。


「顔、拭いておけよ」

「ん…。私、リオンの邪魔した……?」

「いや。それより何でこんな所に居るんだ」


 熱が離れる。リオンから一歩離れた天音の顔は彼の血で汚れていた。髪の毛にも少量の血液が付着しており、涙を拭う前に血を拭った。と言っても完全に拭えた訳でも無い為、リオンに罪悪感が生まれる。

 頼りなさげな赤目がゆらり揺れて青目を見上げる。一歩距離が離れた事で今更ながら天音の首元にペンダントが戻っていると気付き同時に、泣きじゃくった訳を察した。


「わたし…ロッドとロスちゃんと別れて二人を止められなくて……でも止める力が私に勇気をくれた」

「……止める力?」

「アストエネルギーをエトワールに注ぎ込んだら雪崩が止まって……その足でリオンに会いに来たの」

「!」

(とうとう目覚めたか……アスト能力。待てよ?なら、深海から俺を引っ張り上げたのは……まさかな)

「勝負は終わった。俺達の勝ちだ」

「ほんと!?良かったぁ」

「おっと」


 天音は心優しい、純粋な少女だ。ロッドとロスに対して思うところはリオンの何倍もあるだろう。話し足りない相手とどう別れたらこんなにも泣かせてしまうのか、未来へ逝った二人に随分遅い溜息を付いた。


 アスト能力に関して、リオンは予見していた。天音の事は何時でも対処出来るように見てきたが、よりにもよって自身の力が及ばないところで覚醒させるとは。予見してはいたのだが結局、側に付いてやれなかった自分は騎士失格だ。其の瞬間を独りで乗り越えて来た天音もまた成長していると言う事か。

 せめて、安心してもらおうと勝利を宣言したリオンは次の瞬間、天音の肩を支えた。安心し、腰が抜けそうになったのだ。


「あ…ありがとう」

「?」

「あぁっとさ!早く帰ろう!ね!!」

「?おう」


 別の意味で頬を赤く染める天音は、慌てた様子で身振り手振り加える。彼女を離し同意するリオンは、全く気付いていない。どころか、慌てふためく天音を変な奴とさえ思っていた。鈍いにも程があるが、今はリオンの鈍感さに救われた。

 泣き止み冷静さを取り戻した事で、逆に感情が表へ出てしまった。リオンから視線を外して下に落とすと、雪山に似つかわしくない破片と目が合う。


「これ、なに?」

「……結時雨の鞘」

「……えっ!?鞘、壊れちゃったの!?」

「ジャックとの戦いでな。本体は無事だ」

「刃が剥き出しで危ないよ」

「そーだな。ドラグ家で何か貰っとくか」

「そんな都合良くある?」

「無いよりはマシだろ」

「それもそうだよね……」


 よもや結時雨の鞘の破片とは思わず、素っ頓狂な声を上げた。如何に激しい戦闘であったか暗に物語り、落としかけた破片を握り直した。此処まで粉々になってしまったら修繕不可能だろう。結時雨の鞘はきっとリオンを守ってくれたのだと天音は思う事にし、彼に内緒でポーチに仕舞った。


 直ぐにでも治療しなければならない手傷をものともせず、リオンは結時雨と外套を手に取った。少しは己の怪我を鑑みてほしいが、強くは言えない天音だった。


(コインは…あー…持っていく必要ないか)

「帰るか」

「うんっ」


 宝玉暴走に伴う意識の喪失、自我を取り戻した時にはコインは何処ぞへと消えていた。軽く確認してみても見当たらず、リオンはコインを放っといて天音とドラグ家に帰る選択をした。

 コインの在り処はいざ知らず、あのジャックが一度の敗北を隠滅する筈が無い。敵ながらリオンは認めていた、彼は戦闘に関しては真面目な男だ。ルールを捻じ曲げて襲ってくる事は無いだろう。


――――――


「リオンおかえり」

「嗚呼」

「天音も一緒だったんだね」

「うん。ただいま!」


 分家に戻り出迎えてくれたのはイリヤとリュウシンだった。玄関口に居たイリヤが最初にリオンにただいまと言い、開閉音に気付いたリュウシンが気さくに笑う。


「それで……勝負は」

「俺の勝ちだ。ドラグ家の分もしっかり叩き込んでおいてやったから安心しろ!」

「リオン……っありがとう。直ぐに包帯持ってくるね」

「きっと君は勝つって信じてたよ」

「おう」


「それと天音、ペンダントは隠したほうが」

「あっ!」

(ーっイリヤさんに見られ、…たよね!?)

「他人にペラペラ話すような一族じゃねぇから心配すんな」


 右拳を軽く突き上げ、ニカッと笑うと勝利を伝えた。それがドラグ家にとってイリヤにとって、計り知れない救いになる事をリオンは自覚しているのだろうか。救われた彼女は涙ぐみながら礼を言い小粒を拭った。

 隣の天音に意味深な笑みを浮かべイリヤは包帯を取りに奥へと戻っていった。


 何時までも玄関口に居る訳にもいくまいと思い、リオンと天音は家へ上がると広々とした居間に腰を下ろした。流石のリオンも傷が痛むらしく顰めっ面で息を吐く。そんな彼を見守っていた天音はリュウシンの一言で心臓を跳ね上がらせ、急いでペンダントを仕舞った。ギリギリアウトだ。


「じゃあ僕はティアナに知らせてくるよ」

「あ、私も行く。リオン…ちゃんと休んでね」

「スタファノも居てくれたら治癒が使えるんだけどね……」

「…そういえば見掛けないや」


 ティアナとスタファノに勝利を伝えるべくリュウシンは動いた。彼に付いていこうと天音も止めた足を再び動かし、リオンから離れる。最後に振り返って微笑むと他愛ない会話に花を咲かせた。

 丁度良く擦れ違ったイリヤにまたもや意味深に微笑まれ、完全にペンダントを見られてしまったのだなと天音は心中で反省した。



「手当なら私に任せて」

「オリヴィア」

「エリサーナやカシワほどじゃないけど、これでも得意な方なんだ」

「此処に来てからずっと世話になってるな」

「とーぜん!」

「アロマ達は……」

「アロマもサラくんもテオドーナさんも皆ホッとしてる。…戻る途中、アロマに会ったの。リオンの事伝えたら後で話があるって」

「俺は今でも構わねぇが」

「先ずは傷を癒してって…アロマなりの気遣い」


 戻って来たイリヤはオリヴィアを引き連れ無地の布を敷いた。包帯やら薬草やら塗薬やら並べ、袖を捲くるオリヴィアは実に頼もしい。五姉妹の末っ子だからこそ皆を追いかけ様々な事を学んだ。医療技術はプロとはまでは行かないものの医者の居ない雪山ドラグに於いては頼りになる。


 オリヴィアの治療をサポートしつつイリヤは、アロマに頼まれた言伝を伝えた。彼女はリオンの怪我を治療出来るようになった自分を誇らしく思う。幼少の頃は出来なかった事が出来るようになり、少々不謹慎だと自戒しながらも小瓶の蓋を開けた。


「イリヤ」

「なに?」

「俺からも一つ良いか?」

「っうん?良いよ……」


 剥き出しの刀身を覆うように布切れを巻きながらリオンはイリヤに向き直った。手元を見ていた彼女は彼の声に応えるよう顔を上げたのだが、予想以上の近距離に狼狽え危うく目を逸らしそうになった。此処で逸らせば怪しまれるに決まっている、然し息が掛かりそうな距離は身が持たないので勘弁してほしい。


 イリヤの胸中など露ほども知らないリオンは真剣な面持ちで彼女を見つめて一言言った。

―――――― ―――

 場所は変わって半壊した小屋。


 棒立ちリゼットが気配に気付き視線を合わせるとジャックと目が合う。別段勝負にもジャックにも興味がない彼女は一秒も経たずに再び銀世界を見つめた。


「ジャックよ。帰ったか」

「ヴォルフ…ヌハハッ!実に酔狂であったぞ。礼を言おう」

「その様子、随分と苦戦させられたようだ」

「左腕の事かァ。宝玉の力を手に入れる手筈だったが少々計画が狂った。あれは強い。宝玉だけではない。リオンはまだ奥がある」


 マーシャルとホプロの側に居たヴォルフが一歩前に出る。負傷具合を一見し、ジャックの敗北を知る。だが彼の眼には普段と変わらぬ傍迷惑な闘志が宿っていた。リオン自身も然る事ながら、宝玉暴走時も強かったと話すジャックは早くも脳内で、次の戦闘シュミレーションを構築していた。


「ジャックさんまで破られるなんて」

「マーシャル…戦いに敗れた程度で女々しい顔付きになったな」

「!それは…」

「何を狼狽える?一度戦士と名乗りを上げたならば死ぬまで戦士だッ!!闘え!闘志を焼き尽くせ!!死闘から目を背けたくば目を潰せ!」

「ジャックさん……」

「選んだのはお前だ。ホプロも同様だ!!下ばかり見るな。敗者を見下げる時のみ下を見ろ!」

「ジャックの言葉に真っ向から従わずとも良い。己の心に従うのだ。自ずと答えは出よう」

「ヴォルフさん…はいっ」

(選択肢を増やさないでくれ。俺は今、考えているッ。従えば従うほど間違っていると言われるッ)


 ヘアバンドを外し、指でくるくる回していたマーシャルは手を止め思わず身を乗り出した。ジャックの強さは常日頃、手合わせと言う名の修行を付けてもらっている彼もよく知るところ。

 同じ敗北者である筈のジャックはマーシャルを見るなりいきなり眉を釣り上げ、持論を持ち出した。ジャックの眼には復讐の意義を失ったマーシャルは女々しく映り、見るに耐えなかったようだ。彼だけでなく、隅で膝を抱えて縮こまるホプロにも苦言した。


 最早敗者の風格とは思えない自由っぷりのジャックを余所目に尚もリゼットは黙秘を貫いた。



?「霊族」

「ヌゥ?貴様等は星の民」

「双龍の一族の者か」

「ええ。此処へ来た理由はお判りですね」


 不意にコインが弧を描いた。誰かが霊族に向かって投げたコインを一瞥せずキャッチすると霊族は彼等を見た。身勝手な理由で侵された彼等は霊族と一線を画す為に態々此処へ出向いて来た。

 ドラグ家当主代理のテオドーナ、ドラグ家の三女ウィル、分家長カシワの三名が前を見据える。


「勝負は此方が勝ちました。貴方方の指定した状況下で」

「異議を唱えるつもりは毛頭ない」

「だったらココから出ていって!王命だが何だかは私達に関係ない。家族を傷付けた事に変わりはないから!」

「騎士長の力の根源は双龍に依るところが大きい。利用した事には謝罪しよう。標的二名も時期此処を離れる。我らが留まる理由もない」


 カシワはあくまで冷静に事を進める。霊族の中で最初に口を開いたのはヴォルフだった。そもそも、彼がコイン勝負を提言したのだ。彼が対応せずして誰が対応しよう。

 当初、カシワとテオドーナのみで霊族の下に向かう予定だったが話を聞き付けたウィルは半ば強引に同行した。家族を傷付けられ、家が破壊された。人一倍強い想いを抱いているからこそ霊族に物申せる。


「標的二名……騎士長と王女…」

「双龍に手を出すのは止めだ。少しばかり惜しいがな。然しッ!霊族は任務を放棄した訳ではない。双龍の遣い手には関係のない話になるな」

(関われる筈も無い)

「それについては問答不要です。…交換条件を守っていただけるのなら」

「ほぉ交換条件とな」


 とっくの昔に察した王女について、霊族の執拗な任務について、ドラグ家が関わり合いになれる筈も無い。双龍の継承者と結び付きが深いと言っても所詮はその程度、力になれる力も無い。

 次にカシワに代わって話を進めるのはテオドーナだった。彼は霊族全員に視線を送るとジャックと向き合い、当主代理としての仕事を果たす。


「ドラグ家に代々伝わる双龍の力は、門外不出の秘術。これに懲りて下山後は決して口外しないよう願おう。もし守れぬと言うのなら此方にも考えはあります」

「ハッタリはよせ。貴様等は霊族に抗う力など無い。見苦しいぞ」

「…っ。最終手段が無いとでも?」

「ヌハハ。怖じ気づいたと思ったが根性見せたではないか!!良かろう!」


「では交換条件を呑んでいただけると?」

「そう言っているッ!秘術が世に知れたら秘術を手に入れる意味がない。ヌハッハ!次は正式に申し出よう」

(…嫌です)


 果たして口約束が通ずる相手なのかとツッコミたくなる気も分かるが考えほしい。目の前の霊族は停戦協定を破って民間人に手を出している。書面で記したところで意味を持たない。ならばテオドーナとジャックの取引は無意味かと言えば、嘘になる。

 言葉に出す事で言霊となる。万が一破られても今回のような後手後手にはならない。


「最後に」

「まだ何か用か」

「雪崩を止めたのは霊族ですか」

「ヌゥ…知らんな。ヴォルフ知ってるか」

「雪崩を止めるような力の持ち主は此処には居らぬ」

「そうですか……」

「聞き捨てならない台詞ね」

「リゼット」

「平民が貴族に向かってまだ呼び捨てにする気?…まぁ良いわ。よく見てなさい」


 最後、と銘打ちカシワは雪崩を止めたのは誰かと問うた。実際に雪崩を止めたのは天音だが、帰って来てから彼女を見掛けても立ち止まって話をする機会は無かったので、よもや味方側の所業だとは露ほども思わなかった。

 雪崩が起こった当時、ジャックはレオナルドと共に暴走リオンを相手取っていた。雪崩など一切視界に入れずにいたので彼はヴォルフに問い直した。


 話は知らないの単純な一言で終わるかと思いきや、それまで黙秘していたリゼットが声を発する。

 細く靭やかな指先を峰へ向けると彼女は法術を発動した。それは小鳥と戯れる声音だったとウィルは感じた。


「〈法術 離れ難き心(ブリザードテザー)〉」

「ーっ!!」

「私は雪崩以上の力を有する黒鳶。この程度訳無い。有り難いと思え星の民、黒鳶が大人しく引き下がってやろうと言うのだ。貴方達を一秒以内で殺せる力を有していながらね」

「それでも私は家族を守る為に前へ出る」

「下劣な星の民に残された選択肢は戦う、じゃない。罪を改め受け入れる事だ」

「霊族の言う罪が何なのか知らないけど、ただで受け入れられるほど私の心は支配されない!」


 放たれた威力は正に先程の雪崩そのもの。寧ろよく知る雪崩の数倍だと星の民は立ち竦んだ。息をするのも忘れ、恐れた。眼前の脅威が勝負などと言う一種のゲーム要素を含まずして問答無用で襲ってきたならばと。実力の半分も出していないと言うのも事実だろう。説得力のある一撃であった。

 カシワもテオドーナも想定外の実力を有するリゼットに言葉一つ吐き出せないでいたがウィルは違った。家族を守りたい、王命を遂行したい、元を正せば等しく愛の力だ。


「ふふふっ。これ以上の問答は不要。半刻以内に立ち去るわ」

(愚か。私は勝負に参加していないって知らないの?精々、いっときの安寧を抱き締めて待っていなさい。私が直々に相手してあげる)

「勝手に決めないでよ」

「平民は黙ってなさい」


「ウィルさん、大丈夫ですか」

「大丈夫。大丈夫だけど」

(子供の喧嘩が懐かしくなるよ全く。……リオンはあんなに強い相手と平然に戦ってる。私ももっと強くなるから)


 恐ろしく冷ややかな笑みを浮かべたリゼットは再度そっぽ向いた。彼女は其の時が来るまで雪景色に潜む。獲物の狩り時を見極めるのもまた強者の風格。


 黒鳶の視線から外れたウィルはようやっと息の仕方を思い出す。目を合わせるだけで、時が止まる、黒鳶とは何たる恐ろしさだと改めて体感させられたウィルは、決意を新たに前へ進む。


――――――


「黒鳶、ガロブー……お母さんの仇…!」


 無事、勝負に勝ったと知りつつティアナは席を離れていた。手放しに喜べるほど今の彼女はお気楽ではない。霊族から与えられた情報を反芻し心に深く刻み込む。


「ティーアナ!」

「天音…それにリュウシンまで」

「アハハっ声を掛けようか迷ったけどね」


 焼印を右手で擦る最中、天真爛漫な声が彼女の動きを止めた。左肩を押さえたまま、視線だけ向けると見知った顔が映る。ニコニコ笑顔の天音と違い、リュウシンは軽く手を振ると眉を下げ申し訳なさそうに笑った。


「怪我は大丈夫?」

「あぁ…。次は何時旅立つんだ?」

「予定はまだ決まってないよ」

「急がなくてもゆっくりしていこう?」

「あたしは一刻も早く、仇を討ちたい。所在だけが分からぬ霊族を見つけて、早く……」

「焦る気持ちは僕も同じだ。けど休息を取る事も大切だよ。いざってとき全力を出せるように」

「身体だけじゃない。心も休めないと持たないよ。アストは精神エネルギー、精神が乱れていたら上手く使えない。でしょ?」

「どうやらあたしは要らない心配を掛けてしまったらしい」


 次へ次へと急くティアナを天音とリュウシンは止めようとする。実は言うと二人はティアナの独り言を聞いてしまっていたのだ。話しかけようか迷ったの真意はそこにある。それでも率先して彼女の名を呼んだ天音の胸中たるや。

 何も焦っているのはティアナだけではなく、リュウシンも同じだ。旅目的は少々違うが、霊族に攫われファントムで見掛けたらしい妹を探すべく彼も動く。幾ら己を鼓舞しても騙しても心だけは誤魔化せない。擦り減った心を休息させる場所で天音は笑い掛けた。


 和やかに戻り掛けた矢先、

「ティアナ〜!」


「うわっ!?スタファノ…何処から」

「オレも心配してるよ」

「ふんっ!!」

「ありゃりゃ……相変わらずだね」

「酷いなぁ全く。キミが消えちゃわない内に手を握っておこうと思ったのに」

「余計なお世話だ。勝手に握られても困る」

「釣れないね……」


 何処からともなく現れたスタファノが場を持っていく。恐れ知らずな彼は慣れた様子でティアナに近寄ると右手を取る。スッと目元を細め顕になった焼印を見つめていたスタファノは直後に手を振り解かれる。

 特に気にする素振りを見せず、スタファノは今日もニコニコとあしらわれる。


 先行く不安を押し返し、四人は日常に戻り始めた雪山ドラグで休息を取る。また前へ進めるように今日だけは立ち止まった。

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