第82話 運命共同体
霊族信仰教会ファントムの司祭が息子、エンド・ガイスト。ファントムのボスであるニコラスの次男として産まれ、其の身に余る才能を得た。
次男として産まれたが悲運。幾許の権限を与えたところで彼は満たされない。端から信仰心の欠片も持ち合わせていない。
「理想郷には遠き、腐敗した土地よ」
果てしなく広がる荘厳な土地を、掌に乗せて彼は野望を抱く。人類のものでない地を掌握する為にファントムを利用する。後ろを振り向けば、犠牲と成りた腐敗した肉体が怨恨を募らせていると言うのに。
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愛だの恋だの馬鹿らしくてやってられない。弱者は皆俗物だ。そう教えられ育ってきたし、自分でも思う。愛情の欠片もない醜悪な欲情のもと産まれてきたボク達兄弟は最たる例だろう。何故、兄は愛に屈した。
「どこまでも俗に堕ちるかッ」
兄弟と出会って月日が経過した。騎士と王女が扉を抜けたのだと父親は語った。そんな事はどうでも良かった。背信者と新たな信徒が取っ替え引っ替えするファントムでエンドは遠目からロッドを睨んでいた。
何時からか、ロッドの隣には恋人が居た。エンドにはそれが許せなかった。限られた時間、逃げ隠れるようにして逢瀬を重ねる。
「ロード兄さん、ボクから逃げるのは何度目だ?素直に粛清されておけば傷付かなくて済むのにねぇ」
「!エンド…ロス離れていて」
「う…ん」
「何時まで庇うつもりだ」
「おれの名はロッドだ。ロードではない」
「あ、そっか。ロッド兄さんってコレからは呼んであげるよ。最後の挨拶は済んだかい?それとも猶予を与えようか。背を突かれても生きていられるのなら振り向いて別れ話でもしたら良い」
「今はまだ死ねない」
「…はぁ?ボクが殺したら兄さんは死ぬ。それが運命ってやつさ」
ロッドとロスの不義逢瀬はファントムの誰にも祝福されない。故に不義。何時までも傍に置いておける訳もなく、名を改めた彼はとある決意を固めていた。そんな時、エンドが征く道を塞ぐように堂々と正面から現れた。
何度でも立ち塞ぐ。何度でも罵倒する。エンドはロッドが許せない。ロスと過ごすようになってからと言うもの、ロッドは以前にも増して鋭く冷ややかな目付きをするようになった。冷ややか、とは少々表現が主観寄りで乱暴かも知れない。正確には憐れむ目付きだ。
「抗いようのない運命に抗えるほど兄さんは強くない。弱い奴が運命と踊る様は観てみて滑稽だが玉代には至らない」
「おれは運命に従って行動している。抗うつもりなど無い。唯一抗うとすればそれはファントムに対して」
「ボクに逆らったらどうなるか、其の身を以って刻め。〈法術 偉大なる霊柩〉」
「ぐっ」
「女が出来てから避け始めやがって…ッ」
憐れむ目付きも済まし顔もエンドにとっては逆撫で材料にしか成り得ない。ロスを下がらせたロッドはエンドと対峙し、一撃目を躱した。初めは見せ付けの為に光球を放った。然し徐々に過剰になっていき遂には生死を懸けた戦闘が幕を開けた。
袂を分かつ兄弟は、互い違いの世界を見つめ血で血を洗う。ファントムの血だ。兄弟の遺伝子の血だ。僅かに逸れた未来が空いた溝に流血を納める。
「ーっ…!!!」
「ろ…!」
「遂に兄さんを殺したんだ!ボクに逆らう奴は消えてしまえば良い!!フフフアハハッ」
「…俺はお前の手では死なない……」
十分にも満たない戦闘は唐突に終わりを迎える。教会の一角に背信者が倒れ伏せた。ロッドが倒れエンドが立つ、深く刻まれた致死量の流血が流れ出てエンドは高笑いをした。
とうとう遂に憎き兄を打ち取れた。歪んだ事実に脇目を振らずに嘲笑し、トドメの感触に浸る。
愛しい人が目の前で亡くなったと言うのに顔色一つ変えず、此方を見据えるロスだけが気掛かりだが気にする必要も無いだろう。さて次は死体をどう甚振ってやろうかと膝を曲げた時、躯が動く、喋る。
「なぜだ。確かに殺した筈だ」
「………それは――」
「っ!」
"それは愛の力"などと、抜かした。ロスもロッドの生還を確信していたからこそ身動ぎ一つしなかった。何度、地雷が踏抜かれたのだろうか。数えるのは止めた。ロッドと相対する時、決まって矜持に傷が付く。エンドにはそれが許せなかった。
―回想終了―
――――――
「倒せないなら殺すまでだ。ボクの手で死んでくれロッド兄さん!!」
(アストが…切れる。次の一撃で使い切ろう)
「…弟を一人で逝かせたらそれこそ兄失格だ」
共通の記憶を持っていても感じ方は対極の二人が同時に駆け出した。性格こそ違えど、出血量もアスト残量もほぼ同じで互いの目に互いの最期を映す。
(ロス…君を見つめる眼を)
「〈法術 偉大なる霊柩〉!」
「ぐぁっ!!」
「何故避けない!?アハッハ、避ける力も無いと言う訳だ!!そうだろう!?!」
(君の声を聴く耳を)
「〈法術 イノセント・フロンタル〉」
「何度やっても無駄だ!!!」
一直線に向かい、エンドはギルティアークを発動した。偉大なるアスト能力は彼に力を与えた。彼に驕る欠片を与えてしまった。イカれた面で最大級の光球を放つ。
何故か、ロッドを避けなかった。避ける事を止めたのだ。エンドの知る昔の彼なら攻撃を受けた後、不動を貫いていた事だろう。今は違う。直撃してもロッドは足を止めなかった。目線を弟に向けたまま速度を上げる。果たしてイカれているのは何方か。
「がっ…!!!」
(君に触れる手を)
「…っ兄さんには地面がお似合いだ!這いつくばって消え失せろ!!」
「うぐ…ー!」
(君を支える足を)
「…な、来るな…!やめろ…ボクの前では全ての意志は砕かれる〈法術 荘厳なる霊柩〉!!」
エンドの法術は全て直撃している。両手を貫かれ流石に動きが鈍くなったロッドに、シメたとばかりにエンドはクライムアークを放つ。
が、依然としてロッドは回避せず只々肉の抉れる音が冷風に混じり法術を放った張本人であるエンドに届く。普段の彼なら気分は最高だっただろうに、現在は兄の一挙手一投足に怯み表情が険しくなる。
他人の不幸は蜜の味。甘い蜜を啜ってきたエンドはロッドの変わりように、心が追い付かなかった。否。彼は知らなかった、ロッドの本質を。両手両足を貫かれても尚、歩みを止めない兄を避けるように後退り足跡を作る。
「何が其処まで兄さんを動かす!?」
『愛の力だ』
「ほざくな……欲望から産まれたボク達が愛を知って溜まるかッ!愛を語って溜まるかッ!不愉快なんだよ!!愛情の欠片も無い只の道具のお前が、他人と関わろうとするのが…紛い物の感情で幸福を手に入れてるのが大嫌いだ!!!」
「ロスと出逢って心の器に愛が流し込まれた。彼女が幸せで在るならおれは愛に使われる道具で構わない」
「〈法術 光啓なる霊柩〉ー!!跡形もなく消滅しろ!!!」
「ぐぁあああっっー!」
「ハァハァ…」
(君を大好きな心を)
「囚えた」
「ーッな!?!」
ロッドが名を改めたのも幸福なのも全てが気に入らない。目の前で兄が幸せになるのが堪らなく嫌いだ。エンドがロッドに向ける感情は逆恨みでも況してや嫉妬でもない。単純な憎しみだけなら此処まで声を荒げる事も無かった。様々な負の感情が混じり膨れ上がり、歯止めが利かなくなっていた。
プリズメイトアークはエンドの最大級の攻撃技。二度も直撃しておいて、形を保っているのが不思議なくらいだ。エンドが次なる一手を画策する中、ロッドは辿り着いた。
弟の両肩を掴み無理矢理目線を合わせる。尋常でない出血に無頓着なロッドはロスへの言葉を唱え続ける。…光速光球はとうに心臓を貫いていた。
(切り取ってしまおう)
「はな、せ…!やめろ」
「離さない」
「このボクが、エンド様が……?!」
「…おれは恐れていたんだ。エンドに会う事を」
「は…ぁ?」
「ニコラスの意志を受けたお前に会うのが恐ろしくて、知らず知らずの内に避けていた。仮にも兄弟なのにな。出会った時にはもう手遅れだった。あと少し、早くに会いに行くのが先に産まれた兄の役目だったのに…ごめんな」
「ロッド兄さん……。クッ何度言えば分かる!?憐れむ目付きを止めろって言ったんだ!!何度も何度も!まるでボクが不幸であるかのような語りをそれ以上してみろ……!喉を潰すっっ!不幸自慢したいなら他所でやれよ……。ボクは不幸でも幸福でもない。何も要らない。何故それが解らない!?!」
雪山轟く。轟音が何処からともなく聞こえてるが彼等には最早、現世の音は響かない。銀世界の墓標は赤色が似合いだろうか?遠くに居ても見付けられる赤が良いな。喩えば雪が溶け消えても彼等が遺した赤色も共に流れる筈だ。
ロッドとエンドの間に四色の光が現れる。其々が属性の色を表す四色が太陽の姿形と同様に熱を帯び始めた。終幕の光だ。
「アストが切れそうだ」
(未練は無い。伴に未来へ生けるのだから)
「!ま、て…!離れろ。認めないぞボクは絶対にロード兄さんを…ー!!!」
「〈法術 パニッシュメント・ロード〉」
「「ガハッ…!」」
正真正銘最期の力、パニッシュメント・ロードは四属性を一点に凝縮し、放つ大技。相当に負担が掛かり、破壊力も凄まじく表立って使用した記録は無い。今回の為の一手だ。
二人の距離は近い。近過ぎる状態で放てばどうなるか、目を瞑れど情景が浮かぶだろう。両者直撃。
全機能が消滅したエンドを抱き止め、ロッドは一言呟くと雪上に寝かせた。直後、彼も視界が反転し暗黒を映した。
(ま、だ……あと一歩……)
心が暗黒と真白を繋ぎ止め、ロッドを押す。只一人愛する人の元へ彼は行く。往く。
ほんのミリ単位で構わない。もう一度触れられるのなら。
「はぁっ…ロス」
「……」
白に染まったロス。指先に触れたロッド。赤の道が作られていた。花は散る。旅路は終わる。されど二人離れず。ロッドは沈みゆく意識の中で僥倖の夢に浸る。
――――――
―回想―
「…え」
「驚くのも無理はない。それがおれのアスト能力なんだ」
此処は教会内部の礼拝堂。ロスは逃げ出した先でロッドと出逢った。絡繰箱からの追手は直ぐにでも彼女の喉元に迫ったが、これをロッドが撃破。血腥い現場を見せてしまったと申し訳無さそうに眉を下げた後、テキパキとロスの腕に包帯を巻き始めた。
何故自分を助けてくれたのか、目の前の男の子は何者か、彼は余す事なく全てを曝け出した。
「急に言われて混乱させてしまうのは解っていたけど君に伝えたかったんだ。この先、君が何処へ行こうとおれには止められない。アスト能力も制御出来ない。だから君の決断を聞かせてほしい」
「ろっ…ド…」
「!」
(伝わるかな私の心…。私を助けれくれた背中が、流した血が、熱色の眼差しが、声が、私をロッドの心に縛り付けた事を。貴方を知る前には戻れない)
「ロス……ありがとう。伝わったよ」
巻き終わった包帯とロッドを交互に見つめロスは一歩踏み出した。1cm上がった踵が答えだった。熱を持つ項に腕を回し身体を密着させ、ロッドに抱き着いた。1cmにも満たない距離で吐息が掛かり微笑んだ。二人は運命の出逢いを果たした。
「…、泣いてるの?」
「ぅ…」
「足も怪我してる。少し座れる?」
「…っ」
「……泣き顔を見せたくない?」
(貴方を愛しく思えば思うほど苦しい。私が死ねば貴方も死ぬ。…貴方を殺すのは私)
「巻き込んでしまって済まないと思ってる。出逢わなければ君の運命が決まる事も無かった。責任は取る」
(責任だなんて言わないで貴方の愛した心を無碍にしないで)
ロスは裸足だった。裸足で逃げ出し此処へ辿り着いた。汚れに染まった足にせめて白色の包帯を巻かせてくれと提案するも、項に回した腕力が強くなるばかりで中々地に足を付けてくれない。
不意の濡れ雨の訳をロッドは知っている。運命の元凶が彼のアスト能力なのだから。一頻り頬を濡らしたロスはロッドの顔を見たくなり、身体を離した。
「ロス怯えなくていい。殺さない、未来へ連れて行くんだ。おれとロス二人を君の手で未来に連れて行ってくれ」
「はぁっ………」
適切な処置で足の汚れを落とすとロッドは包帯を巻いた。彼が見上げる形で未来を望むから愛しくて切ない。出逢って数時間の二人は添い遂げる契を結んだ。それが如何に罪深く身勝手な行為だとしても、二人は伴に溺れる。
―――
在る時、ロッドが生死を彷徨った事があった。エンドに致命傷を与えられた其の日だ。ロッドは直ぐに意識を取り戻したかのように見えていたが実のところ、そうではない。
彼は意識が途絶えた後、深い闇の中で息をしていた。
『此処は……』
『此処は狭間。出口のない闇』
『!』
『おれはお前』
『…』
『出たいか?抗え。おれを倒してみせろ。新たな力が手に入るだろう。此処は生死の狭間を彷徨い、尚も生に縋りつく者が堕ちる場所』
出口のない闇、底知れぬ深海、彷徨える森。全ては同一原理に因るもの。脱出したければ外からこじ開けてもらうか、自らで作り出すか二者択一。
ロッドは眼前で仄かに光る闇、自分自身との対峙を選択した。自ら出口を作り出し、闇を抜ける彼の目は生への執着があった。
そうして四属性を手に入れた。
―回想終了―
――――――
凍えてしまいそうな体感が、次第に熱く燃えてゆく。
アスト能力:運命共同体
文字通り運命を共にする力。唯一愛する者と出逢ったが最期、二つの心は共有される。言葉も感情も……其の生死までもが共有され、二人は一人になる。愛する者が死した後、発現者も同様の運命を辿る。
ロッドVSエンド 勝者無し
雪山の地にて3名、眠る。
――――――
―――




