第81話 ロッドVSエンド
霊族信仰教会ファントムの司祭が息子、ロード・ガイスト。ファントムのボスであるニコラスの嫡男として産まれ、其の身に余る教育を施されてきた。
かの器の女神を貶めし自らが唯一人の主となり信徒を服従させよと、常々教わるも彼はファントムの教義に背き続けた。
「貴方にも名は合ったろうに」
象られた偶像に願うは、女神と為る以前の名。時期、女神の偶像は堕ちる。ファントムの教義は霊族信仰へと皆々を逸す。人の都合で崇められた女神は人の都合で身を砕かれる。
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「ロス此処で待っていて」
「…」
愛しい人を雪原に寝かせ、髪を撫でる。今にも目覚めてしまいそうな寝顔を見つめていると此方まで目を瞑りたくなる。己の命運は既に決まった。行ってきますと心の中で呟きロッドは立ち上がり、正面を歩いた。
正面には因縁の相手が首を長くして待っている。
「兄さん来る頃だと思ったよ」
「エンド、機嫌が悪いな」
「ボクからのプレゼントは受け取ってくれたかい?兄さんの泣きっ面が見れなくて残念だよ」
「どうした早口になってるぞ。それでは呂律が回らんだろう」
「〜ッボクを怒らせたいのか!?」
朱色の髪と白色が髪が靡く。ファントムの兄弟は旅の最終地点にて相見え、息を吸う。エンドを煽る理由は特に無いが彼と会話しようとするとどうにも言葉に棘が刺さる。きっと説得を諦めたからなのだろう。
「〈法術 偉大なる霊柩〉!懺悔の時間は十分に与えた。死に晒せ!!」
エンドが左手を掲げると巨大な光球が出現し、光球から掌サイズの粒子が生まれ次々に放たれた。嬲り殺すのはやめたらしい。一気に決着を付けようとするエンドに、ロッドは盾で対処しつつ右旋回で接近していく。
光球粒子はスピードも然る事ながら、威力も絶大で一つ一つが雪下の地面を抉る。感情の隆起によりギルティアークは普段以上にキレを増していた。何度も受けた技だからロッドには分かるのだ。
「法術…」
「甘いな!兄さん!!」
「っ!」
「弱い癖にファントムに背き、今日まで生き長らえた罪は重い。背信者は殺す」
「ファントム…教会の教えに背いたのは教会自身だと言うのに。自分が産まれる前の歴史は見えない振りか」
「嗚呼そうさ。見えないし知らない!兄さんの観念は古臭くて錆付きそうだ」
巨大な光球を掲げているエンドはそれだけに隙が生じている。無数に襲い掛かる粒子を回避しエンドの懐へと入り、至近距離から法術を放とうとした。
前方ばかりを見ていたエンドの眼球が、ロッドの居る斜め下に向き嗤った。粒子の放出を止めずに左手の照準をロッドに合わせると巨大な光球を放った。
至近距離での攻撃はエンドが制した。眼前に迫った光球を盾変化で防いだ。光球のサイズに合わせ盾の大きさも調整したのだが粒子は止まらず、両側面に回り込まれてしまったので小規模な爆発に巻き込まれ手傷を負った。
サッと飛び退いたエンドは実の兄を全否定して攻撃の手を緩めない。
「あの日ボクは兄さんを殺した。一度負けた癖に這い上がって来るな!!ギルティアーク、ギルティアーク、ギルティアーク!!!」
「おれを殺すのはお前じゃない」
「戯言がッ!」
「〈法術 クロス・フェーロン〉」
所構わずギルティアークを放ち、ロッドの接近を止める。エンドの言葉をはっきりと否定してロッドは光球に向かってクロス・フェーロンを放った。瞬く間に光球を全弾破壊し、地面に幾つかの十字形の痕を作った。此処までワンアクションで終わらしたロッドにエンドは僅かに表情を崩した。
「兄さんにこんな力があるだと?!有り得ん。ボクの法術をこうもあっさり撃ち落とした?!」
「お前と本気で向かい合う時が来た。おれの力を出し惜しみするのは止めだ」
「ボクとやった時は本気じゃなかったと、そう言いたいのか。今の今までロッド兄さんの本気を引き摺り出せなかったのか!?このボクがッ!」
「そうやって気に入らない事がある度、感情を剥き出しにして壊してきたんだろう」
「ファントムから離れた分際で語るな!!〈法術 荘厳なる霊柩〉」
皮肉にもピキッと引き攣った顔は済まし顔より幼く見え、年相応に感じる。エンドにとって力とは正義だ。己の力が正義の全てだ。ロッドが強いとは思わないがロッドの実力を引き出せなかった事実は屈辱にも等しかった。憤怒するエンドは遠距離からのギルティアーク滅多打ちを止めて自ら前に打って出た。
クライムアークは火と水二つの属性を光球に付与し、殺傷力を一段も二段も上げる法術だ。両手に光球を携えエンドはロッドと距離を詰めるべく走った。相手を殺す事だけを考え、彼は地を蹴る。
「〈クロス・フェーロン〉」
「なっ、ぐぁ…!ロッド兄さんだけはボクが殺すんだーっ!」
「っう」
「〈荘厳なる霊柩〉!!ボクは火と水、二属性を体内に宿す選ばし者だ。アスト能力すら持たない兄さんにはボクを殺せないだろう!?」
接近するエンドに対してロッドもまた接近し、代名詞の法術を放ち正確に属性光球を射抜き無効化する。だがエンドは先程のように怯まず無効化に伴う小規模の爆炎が起ころうとも、構わず突っ込んで来てロッドの頭を押さえて雪上に押し倒す。
ロッドがエンドの拘束から逃れる前に法術を心臓部に向かって放ち、終わらせようとする。間一髪で盾を出現させ直撃は避けられたが、ダメージと衝撃は付いて回る。
軽く呻くロッドに自分勝手な持論を展開するエンド。兄の力が相当に癪に障ったと見える。
「アスト能力なら生まれた時から発現している」
「抜かせ…!」
「ある特定の条件下でしか発動しないだけだ。お前のように誰しもが攻撃に特化しているとは思うな」
「抜かせ!」
押し倒れるロッドの上に馬乗りになり、エンドは無我夢中で自我を振るう。何方が上位か分からせる為に態々ロッドの髪を鷲掴みにして地面に打ち付ける。幸いにも此処は柔らかい雪上だ。然程ダメージはない。もし仮に硬い石畳の上だったらと思うとゾッとする。頭部出血は勿論、最悪頭蓋骨が粉砕されていた。
エンドは台詞を回す。それが世界の全てで在るかのような言い草で。ロッドもまた応える。黙ったが最後、殺し合い勝負とは別の意味で敗北を認めた事になる。
「弱肉強食こそ世界の心理であり正義だ。弱き者は強き者に貪られ自我すらも摂取される。アストが流れ続ける限り、いや流れてなくとも人と人とが無駄に繋がる限り弱肉強食の構図は変わらん!!脆弱なままで楽して生きられると思うな!」
「霊獣は弱き者に手を差し伸べた」
「!」
「人と人とが繋がって何が悪い。何が弱い。お前の言う弱肉強食は強者がただ弱者を嬲ってるだけに聞こえるぞ。その理論だと変わるべきは強者だ。力は誇示する為に与えられた訳じゃない、慈愛から生まれた光だ…!」
「それがどうした!?ボクは違う!愛などと戯言を抜かす兄さんには理解出来ないだろ。絶対的な力の前では人間は愛すらドブに棄てる。所詮は自分が恋しいだけの種族だ。どんな理論を並べようと弱肉強食だけは揺るがない心理だ!!!」
互いの思想が正反対に衝突し合う。自分達の言い争いに決着が付かない事は重々承知の上で主張を止めない。それが兄弟の闘う理由だから。なまじ教会に生まれてしまったが故に思想の規模が大きくなり過ぎてしまった。
ロッドの眼には何時だって意志が宿っている。エンドはそれが気に入らない。向き合っていると余計に見えてしまうから彼は左手を高く上げ、光球を出現させるとロッドの顔面を潰す勢いで振り翳した。
「〈法術 イノセント・フロンタル〉」
「火の玉…!?ぐぁあー!」
「うぐっ…!」
「おのれぇ…ロッド兄さん、今の力は何だ!兄さんの属性と違う……何だソレは!?」
ほぼ同時にロッドもエンドに向かって両掌クロスさせると法術イノセント・フロンタルを発動させた。エンドが火の玉と称したように明らかに火炎の塊だった。しかも只の火炎球体ではない。球体を覆うように風が纏わり付いていたのだ。
火と風を操っているような法術に気を取られエンドは防御する時間を失い、火炎球体をモロに喰らった。ロッドも放出する位置が近過ぎた為、火炎球体の衝撃を受け負傷する。肉を切って骨を断つ、何はともあれエンドの拘束からは逃れられた。
着実に負う傷痕など二の次と言った挙動でエンドはイノセント・フロンタルについて、問い詰める。
「愛から生まれたおれの力だ」
「そんな答えが曲がり通ってたまるかッ!」
「属性の後天的発現…」
「!?有り得ない。アスト能力とは違うんだぞ。…属性は個人につき一属性のみ。天賦の才であるボクが例外なんだ」
「地獄のような場所で地獄を見た。火、水、風、地、おれは四属性全てを扱える」
「なん、ッだと……!なぜ、…兄さんに出来る筈ない…なぜだ。兄さん如きが!」
「伴に未来へ生きたい人が居るから。さっきも言っただろう。愛の力だ」
「認めてたまるか…そんな理由でボクの上を行くなど認めてたまるものかぁぁっー!!!」
(アストが乱れているな…)
愛から生まれたなどと突拍子も無く、曖昧で不確かな理由を伝えたところでエンドが納得する筈も無い。そして、真実を話しても彼は認めない。何方にせよ彼には通じない、理解する事を脳が拒否してしまっている。
地獄のような場所とは如何なるものか知りたいところだがエンドはロッドへの嫌悪が限界値を突破し突っ込んで来た為、有耶無耶なまま会話が流れた。
アストエネルギーが乱れていると言っても技のキレも威力も研ぎ澄まされていくばかりで彼の才能の高さには頭が上がらない。
加えて光球は尾を引き始め、常人には視認する事すら困難になっていた。少しでも回避に迷えば傷を負い、ヒビ割れた鏡が僅かな衝撃で崩壊するように肉体に亀裂が走る。
「〈荘厳なる霊柩〉」
「〈イノセント・フロンタル〉」
「光球を貫通させた…!?」
「単純な力勝負なら或いは敗けていたかもな。だが、此れは真剣勝負だ」
「ぐぅっ…!!!」
「はっっ!」
同じ大きさ同じ形の、属性光球と火炎球体が真正面で衝突し合う。嘸や激しい攻防が繰り広げられるかと思いきや、火炎球体は属性光球のド真ん中を貫通しエンドの喉元に向かった。クライムアークの小規模爆発により視界が一時的に覆われたが、エンドの様子は分かる。盾変化でイノセント・フロンタルを受け止めている最中だ。
何故、貫通出来たかと言うとイノセント・フロンタルには火属性のみならず風属性も含まれているからだ。風属性特有の風発を利用しロッドは火炎球体に貫通力を持たせた。
エンドはそれを受け止めていた。矜持を保つ為か、否か。何方にせよ彼は受け止め続けた。じわじわと足元に擦り痕が出来ていく。
真剣勝負の場で何時までも待ってやれるほどロッドはお人好しではない。地を蹴り跳躍すると盾を展開中のエンドに向かって両手を構えた。エンドに防ぐ術は無いと確信した瞬間、彼の眼球が此方を見据え口元に弧が描かれた。
「兄さん如きに殺られるかッ!!」
「っふ!そう簡単に倒れてくれないか…」
なんと、盾を持ち上げ火炎球体ごとロッド目掛けて飛ばした。エンドらしくない力技に意表を突かれたロッドは対処に追われた。自らの術で自らが傷付いてしまったら意味が無い。イノセント・フロンタルを即時解除し、霧散させた。エンドは既に防ぐ術を取り戻した為、攻撃しようとした手を止め近くに着地する。
「〈クロス・フェーロン〉…!」
「その技は知ってるぞ!!地面に穴を空けるだけの駄作に過ぎない!」
「そうだな。確かに地に作用する属性技だ。だが相手の法術を打ち砕く事も可能だ」
「使わなければ済む話だ!そしてボクは使わずとも勝てる!!殺せる!!!」
着地した、瞬間にロッドは駆け出した。地面に十字形の痕を多数作りながら距離を詰める。ロッドの攻撃に臆せず、ニヒルに笑うとエンドも接近する動きを見せた。互いの距離が近付くと何方かとも無く体術を繰り出す。
息衝く暇もなく閃光の如きスピードでエンドは攻め続ける。彼の左拳が心臓を轟かす前にロッドは身を引いて掌底で受け流す。拳と掌、時々脚の勝負は長くは続かなかった。
「ロッド兄さんの動きは…」
「見切った。そう言えるか?」
「何っ」
「クロス・フェーロンは地属性と水属性の合わせ技だ。つまり人体に作用される…!」
「ガバッっ…?!」
右脚を軸に回転蹴りするエンドはさも勝利したかのような台詞を吐く。吐こうとしたがロッドによって遮られた。随分近くから声がしたと感じ、下を見下げれば懐に到達したロッドと目が合う。ギョッとしたのも束の間、後退されないようにエンドの片腕を掴むとロッドは指先で十字を切った。
何時ぞやに説明した地属性と水属性の合わせ技の意味が明かされた。水属性を含ませる事で本来の用途でない人体破壊が可能となった。
「血が少し多めに出るだけだ。エンドお前の技はおれには通じない。分かっただろう」
「くくくくっ」
「何が可笑しい」
「可笑しくもなるさ。ロッド兄さんに"この技"を使う羽目になるとはね…!」
(隠し玉?!)
「光に囚われよ」
「これは!?」
尋常でない量の血液が流れ出て雪上を滑る。勝負あったとロッドが思い口にしても何ら可笑しくない場面でエンドは血に濡れながら宙を見上げて両目をガンと開く。ロッドが見抜けなかった隠し玉を披露する。
「〈法術 光啓なる霊柩〉」
「ーーっ」
エンドの左右の掌には四つずつ光球が浮いていた。ご丁寧に見せ付けるような仕草で指と指の間を広げる。ロッドは最大限の警戒をして光球を睨む。瞬きなど以ての外。
然し、瞬きしていなくともエンドの手から離れた光球は光速に達し如何に動体視力が秀麗であっても追える筈なかった。
見失った、と感じた次の瞬間ロッドの両肩が光球に貫かれた。一秒経たず今度は両脚を貫き、ロッドが流血を自覚する前に彼を囲うようにして残りの光球が檻を造った。正確には檻に見えるよう光球が光速で移動しているのだ。
光球の発光が徐々に強まると"矢"のような形状に変化していき、動けぬロッド目掛けて全本抜かりなく突き刺さった。此れが光啓なる霊柩。
「ガハッ!?!」
「お父様に試す用に取っておいた取っておきだ。気分はどうだ兄さん?」
「ぐっ…がはっ…!」
「そうかそうか。満点星だったかぁ。くくくくっ実に愉快、こうして跪くロッド兄さんを眺めるのは最っ高な高揚感だッ!!!」
(……これほどに力を付けていたとは…。血を流し過ぎたな…視界が霞む)
「うぐっ」
「ほらほらほら!!!何とか言ったらどうだ!?折角エンド様が口を利く許可を与えてやったんだぞ!!!呻き声は一芸にすらならないぞ!!」
「えん、ド…」
「はぁ?」
血飛沫がロッドを染め上げ両膝を付かせる。余りに多量な出血、度を超えた痛み、紛れもない強大な必殺技。途切れそうな意識を無理矢理縫い付ける。ロッドの身体は限界だった。一度動けば出血が出血を呼び、辺りに残るのは凄惨性のみ。
突き落とされた真っ暗闇で必死に藻掻くロッドにエンドは蹴りを入れた。何度も何度も傷口を狙って、生まれてからの憎しみをぶつけるように執拗に言葉を尖らせて。
「立ち上がる力すら無い兄さんが今更何言ったって…」
「おれはまだ、アストを切らしていない」
「ーっ…!」
ロッドを見下していたエンドは兄の双眸と目を合わせた瞬間、遥か後方に後退した。眼光鋭いなんてレベルでは到底言い表せない無い兄の双眸には、冷や汗を流し有り得ないとばかりに目を見開く弟が映っていた。
瞬間的に感じた異様なプレッシャーはエンドの矜持をズタボロにし積み上げた人生を蔑ろにした。少なくともエンド自身はそう感じている。
「全てを見透かしたような済まし顔で見やがって。昔から大嫌いだった」
「知っている」
「何なんだお前はっ!!何処に立ち上がる余力が残されてる!!?」
「倒せないんだよ。お前はおれを」
歯軋り一つ、心を叫んだエンドにはロッドの声が聞こえていない。物理的にも精神的にも。
義兄弟の鏡面に映るは過去、教会。
――――――
―回想―
「本日の鍛錬、これにて終了です。ありがとう、ございました」
「……ありがとうございました」
ファントムの戦士とロッドの手合わせが大鐘の鳴る頃、終了した。あくまで鍛錬を目的とした手合わせなので勝敗云々は無いが、立っているのはファントムの戦士の方だった。
それもそのはず。ロッドは手合わせの最中、一度も攻撃も防御もしていたかったのだ。
「馬鹿者。何故故、手を出さなかった」
「ニコラス様…。彼がおれを倒さなければ殺していたでしょう」
「ファントムに弱者は要らぬ」
「こんなの間違って!…っが!?」
「誰が口答えしていいと許可した」
「はい…」
「強くなれロード、支配者となれ、主となれ」
「…」
(貴方は間違っている)
ファントムの戦士が逃げるように場を去った。名も知らぬ彼の生存にホッとしたのも束の間、入れ違いに現れたのは父親だった。息子の憔悴した様子を見て父ニコラスは心痛するどころか、突き放すような言葉を並べる。
ロッドが口答えしたと判断したニコラスは容赦無く息子の胴体を蹴り上げた。腹を抱え蹲るロッドに只管教義を浴びせる。
「弱者と判断したのなら首輪を外せば宜しいでしょうに。態々飼い殺す意味など有りはしない」
「いかんな。遺伝子は多い方が良いと思っていたがお前は遺伝子が弱過ぎる。ファントムを継ぐ者として一切の甘えを捨てろ」
「何故其処まで冷酷に成れるのですか?何故人を傷付け平然としているのですか!?」
「冷酷だと?」
「お答えくださいお父様!…がぁっ!?!」
「何を言っているのだお前は。冷酷だと思うたか?それはファントムの主を対等に見ているからだ。対等な人間だと勘違いしているから冷酷だ。などと、くだらない感情が出来上がる。頭を冷やせ」
言葉でも行動でもロッドの心はニコラスに届かない。全く持って無意味な掛け合いだ。会話が噛み合う合わない以前に抑の思考回路が真反対、ニコラスが主導権を握っている、のでロッドは肋骨が砕ける音を聞く羽目になる。
ロッドに興味が失せたニコラスは血塗れの部屋を後にした。独り取り残されたロッドは立ち上がる力すら無く、仰向けの状態で天井画を眺めた。
(どうすれば現状を変えられる…?)
「お教えください。おれの罪を」
「くっくくくく」
「誰だ…?」
「はっはははは!!!いやぁ実に愉快」
「何者だ?」
「気付かないのかい?ボクだよ。ロード兄さん?」
「っ…噂話でしか知り得ず、会う機会も無かったが…そうか。お前がおれの弟らしいな」
「らしい、って折角お涙頂戴のシチュエーションなのに分かってないなぁ。これだから弱い奴は…乗りが悪い」
天井画に色濃く残るアストを与え給うた霊獣の姿。本来の姿が絵画の通りとは限らないが、偉大で荘厳な物怪にロッドは懺悔した。血に塗れた自分では天の霊獣に届かない。
眠気に誘われて目を瞑ろうとしたが、次第に近付く声と足音に意識が乗っ取られる。視線だけ動かして見れば朱色の髪と良く似た目元が目に入る。これが二人の出会いだった。
「そっちから話し掛けてくるとはな」
「兄さんに挨拶するのは当然だろ?ファントムの血を分かつ兄弟」
「……挨拶の為に来た、と言う顔では無い」
「いいや挨拶だよ。ファントムを継ぐのはボクだ。この力でボクは成り上がる!!」
「ー!」
在り来たりな態度のようで腹の中はドス黒い闇を囲う弟にロッドは一枚の距たりを感じた。父親の血を正当に受け継いだ弟エンドは左手を構えると仰向けのロッドに光の球を放った。
「何の真似だ」
「挨拶だって」
光球はロッドの手前で態と落とし左手を収める。当てるのは簡単だが、ヒビ割れた床からも分かる通り動けぬ兄は気絶するかも知れないと考え、当てずに見せる事で目に焼き付けさせた。
「ボクは属性にもアスト能力にも選ばれた。謂わば才能だ。格が違う。ロード兄さんにファントムを掌握されたらボクが困るんだ。こんな便利な組織、他に無いだろう?!」
(矢張りおれが継ぐしか道は無いのか……。エンドに任せたらファントムは闇から抜け出せなくなる)
「アスト能力が発現する前に何とかしなければ……王女と騎士長が舞い戻る日までに」
ロッドとエンド二人が出会ったのは王女と騎士長が消えてから再び現れる日までの百年の間。
百年もの間、ロッドは孤独にファントムと戦っていた――。




