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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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80/122

第80話 その涙は誰が為に

ロスSide


 祈る様に目を閉じて震える身体を抱き締めて。空想世界の偶像に縋り付く。


 何処までも広がる無限の空が見えない環境で彼方まで響く鐘の音が届かない地下空間で、声を失った。


 激痛の末に得た力は自らを滅ぼす自滅の力。

 あの頃の私は死が恐ろしかった。

____ _ ____ _ ____

天音Side


 雪山の澄み切った空気が頬を撫で、眠ってしまっていた意識を抱き起こす。



「!…この声」


 昨日は夕食前にも関わらず泥のように深い眠りに付き、今朝方目覚めた。まるで内なる力を蓄えるような眠り方に夢見心地が悪く。

 不意に彼等の声が聞こえた。心を律し見送った彼等が帰って来てる、急く心を抑え天音は声のする方へ早足に向かった。


――― ―――


「天音」

「リュウシン!ティアナも!!帰ってきたんだね。おかえりっ」

「ただいま」


 扉をガチャリと開けた先にはリュウシンとティアナ、そしてリオンが居た。戦闘を終えた二人の生傷が目に入り、萎縮しそうになるが何はともあれ五体満足で帰って来た事が嬉しい。天音の明るい挨拶に応えたのはリュウシンだけだったが、ティアナも心の中で挨拶を返している筈だ。


「リオンは…まだ行かない?」

「ん、嗚呼。アイツ何やってんだ」

「どうしてだろう?」

「どうしてだろうね…」

「どうしてだろうな…」

「?」

(…コイツら何か知ってんな)


 衣服も所々汚れや解れが見える中でリオンの衣服だけは汚れが見当たらない。彼がまだ戦ってない証拠だ。戦闘開始日は昨日だと言うのに何故にコインが光らないのだろう。

 何か知ってそうなリュウシンとティアナは白々しく視線を逸らす。


「コインが光るまでちょっくら身体動かしてくっか」

「じゃあ…私も行ってくるね」

「行くって何処に?」

「ちょっとね」

「待て何処に行く」

「!」


 時にスタファノは何処へ行ったのか。見当たらないし話題にも出されない。少々心配するが彼の事だ、その内ふらっと帰ってくるだろう。一通り皆の顔を見つめた天音は踵を返し外出しようとするも、リオンに手首を軽く捕まれ半歩よろつく。


「……ロッド達のところだよ」

(ロッド…なるほど今日がペンダントを取り返す余命の日、か)

「えっと離して?」

「天音。あんま遠くに行くんじゃねぇぞ」

「?霊族には見つからないようにするよ」

「リオン、あんたのコイン」

「光ってる…」

「俺の出番がやっときたな」

(……リオンこそ…)


 ロッドと聞いて、離れでの対話が過る。彼は言った。ペンダントを必ず取り返すと、自分達は永くないと。ロッドとロス、二人の旅路は最終地点に到達しようとしていた。天音が居合わせたのは偶然か必然か。

 戸惑う天音を余所に彼等の覚悟を肌で感じたリオンは"天音のペンダント"が戻る事を信じて細い手首を離した。


 そうこうやり取りする内に欠けたコインが光る。何気ない仕草が天音の心を掻き乱す。血で血を洗う戦闘が幕を開けると言うのに、リオンは静かに闘志を燃やしていた。

 遠くにいってほしくない想いは同じだが、必然と擦れ違っていく。

―――――― ―――


「お邪魔しま〜…す?」

「天音様、来てくれると信じてました」

「えっ?」


 離れには鍵が掛かっておらず、すんなり扉が開き足を踏み入れた。二人は何処かとあちら此方に目を向け、衣服を整えるロッドと目が合う。たかが口約束一つ、信じていたなんて大袈裟な表現に間抜けな声が漏れ少々気恥ずかしくなる。


「天音様はおれとロスの…いいやこの国の希望の光です。…貴方はおれ達と出会ってくれた」

「一体…それは、何の話?」

「参りましょう。ロスとの合流地点に」

(なんなの、この違和感。心がザラつく。圧迫感で息が出来なくなる…この感じ前にも)


 ロッドの畏まった態度は今に始まった事ではないが、天音の脳内は激しく警鐘を鳴らした。心がざわつく。違和感を確定させたくなくて必死に抗う。抗う理由も判らずに。

 舌足らずな呂律は天音の心と直結した。憂いを帯びた面持ちで彼女を一瞥したロッドは揺れる赤目に向かって明るく笑ってみせる。


「ドラグ家の皆さんには迷惑を掛けてしまった。鍵は天音様が持っていて」

「自分で渡せなくなるから?」

「!」

(あれ?私は何言って)

「いっ今のは忘れて!何でもないの!!」

「では鍵、受け取ってください」

「うん」

(……器が覚醒め始めている)


 施錠完了。離れの扉は閉ざされ鍵は掛けられた。募る思いで手元を見つめ、ロッドは天音に鍵を差し出した。素直に受け取ってくれるものだと考えていたが、如何に己の思考が浅はかであるか天音の一言が告げた。

 無意識下で、違和感の確信とも取れる発言が飛び出し天音自身が困惑していた。彼女の困惑に乗じ鍵を受け取らせ先を急いだ。


「それでロスちゃんは何処に」

「天音様のペンダントを取り返しに。今ロスは戦っています」

「ーっなん、…戦ってるって、まさかあの人と!?」

彼奴(あいつ)はおれの弟エンド。ファントムのボスであるニコラスの意志を継げる者」

「……そんなのロスちゃんが勝てる訳ない。ロッドはそれを承知で見送ったの!?」

「ペンダントを取り返しさえすれば良い。天音様は一つ勘違いしてますよ」


 天音のロスへの印象は皆々と差異はない。とてもでは無いが戦闘経験を積んでいるとは思えずロッドの言葉がまるで理解出来なかった。

 告げられた事実よりロスが気掛かりな天音は平然と進むロッドに詰め寄った。彼女は戦いに行く皆を見送るのが心底苦痛であった。ロッドは辛くないのだろうか。そこまでして自分に関わろうとする二人が分からなくなってくる。


「ロスは強い」

――――――


「はぁ…」

(バカな、バカなバカなバカなバカなッッ!!!)

「このボクが傷を負ってるだと!?!しかもしかも兄さんの女に……!!!」


 ロスVSエンドは既に始まっていた。ドラグ家もリオン等も知らぬ内に始まり、知らぬ内に終わる戦いだ。

 ロスがエンドの前へ現れた時、彼は高らかに嘲笑し侮蔑の言葉を並べた。己が見下す兄の女ともなれば、顔が変形するまで潰し送り届けたくなるのも分かる。


 早速潰しに掛かるエンドに、ロスは結界法術コミューンアウトで姿を晦ませ死角に回った後、解除の瞬間アストを一点凝縮させ放った。流石、実力主義で完璧主義なだけある。エンドは死角からの攻撃を反射神経で回避して見せた。然し己の行動は理念に反していた。底辺だと罵ったロスの攻撃を避けてしまったのだから。

 自分自身の行動でブチ切れ、周りが見えなくなったエンドにロスは冷静に同じ手順で攻撃を続けた。幾度目かで漸く当たり、現在に至る。


「姑息な真似ばかりしやがって…!!!」

(それは君の事)

「てめぇ如きにボクが倒せるとでも思っているのか!?舐め腐ってろ!!!」

(君を倒すのはロッド…)

「逃げ隠れるしか脳のない下等生物が手を出してんじゃねぇぇ!」

「ーーァああぁ!!」

「そこかぁぁ!!苦痛を味わえ!!!」

(苦痛…君は私が受けた苦痛に耐えられない。激痛の末に得た力を君は使えない……!)

「このボクと張り合ってる、だと」


 エンドの首元で煌々と光るペンダントが姑息の象徴であり突き刺した言葉を突き返されているが自覚無し。ロスを見下しているので同じ言葉でも自分には無効だとでも思っている可能性も無きにしも非ず。


 繰り返し結界法術を使うロスとの鼬ごっこに我慢の限界が来たエンドが、辺り一帯に光球を放つ。放つ。放つ。強大な爆発力を持つ光球が地面を割り空気を震わす。所構わずぶっ放す戦法は実はコミューンアウトには有効打である。

 視えないのだから目に見える全てを壊せば何れ当たる。当たらなくとも結界をヒビ割れさせる程度は出来よう。エンドの思惑通り、ロスに光球が直撃し居場所が割れる。

 直後から無数の球を一点に放ちまくる。只管にロスの苦痛を願って。一度攻撃が当たった程度で心が折れるなら此処には辿り着けなかった。ロスは盾変化を数個展開しつつ光球の撃ち合いに応じる。と言っても彼女の放つ力はアスト能力でない為、攻撃力ではエンドに分がある。


(ロッドの言ってた通り…どれだけ激しくてもペンダントには傷一つ付かない…!)

「てめぇがファントムに来てからクソだった兄さんが更にクソになった。挙げ句逃避行ときた。てめぇさえ来なけりゃあの日兄さんはボクに殺される筈だった」

(…教会、…女神様が居なかった場所…)

「うっ…あ゛ぁ」

「醜い声で叫べ!アイツを呼べ!!」

(ロッドが居た場所……!)


 メトロジア王国の紋章がペンダントに浮かんでは消える。相対するロスの目には見え、エンドの目には映らない。映ったところで彼は何も感じない。

 高火力戦は徐々にロスの身体に風穴を開ける。幾ら彼女が戦に近いところに居ても耐え得る限度と言うものがある。とっくの昔に超えているのに彼女の目はペンダントだけを映していた。

――――――


「ロスは戻ってきますよ」

「……」


 場面は天音とロッドに移る。昨日から降り続ける雪が齎す冷気は二人の間を吹き抜ける。まるで溝でも作るように。


「違う!私が言いたいのは強いとか弱いとかの話じゃなくて、どうしてロスちゃんが傷付くのを分かっていながら見送れるの!?…大切な人なんでしょう?」

「これは他でもないロス自身の意志。ロスは天音様が思うよりずっと頑固者です。一度決めたら揺らがない。永くない命を無駄にしたくないのかも知れません」

(永くない命……)

「分からない。そこまでしてペンダントを取り返そうとする訳が。傷付くのが痛くないの?怖くないの?」


 目の前で人が傷付く様を見てきた。自分は何時も見る側だった。見る、見送る側へ回ってきたロッドに天音は問うた。彼女にしては珍しく声を荒げて乱雑した様子で。友人と呼ぶには少々ぎこちない距離感だがロッドとロスが望んで傷付く姿は見たくない。自己犠牲とも取れる行動を許していい筈がない。天音は強く心に思った。


「十分傷付いた。辛い経験もした。それでもおれ達は生きた証が欲しい。天音様に憶えていて欲しいから。怖さも痛みも欲の前では後回しです」

「私は忘れないよ!?たとえ一生会えなくても絶対忘れない!…っ」


 嫌な予感を察して、金輪際会えないなどと口走った自分が少しだけ嫌いになった。唇を噛み駄々っ子のようにロッドを見つめると彼が目元を細めた。何も言い返してくれない、何か言って。

 天音の思いとは裏腹にロッドが口をついたのはロスのアスト能力についてだった。


「ロスのアスト能力は"代償変換"」

「だい、しょう?」

「自らの寿命を代償に突発的な力に変換する能力です。アストを使えば使うほど寿命が早まる。そう言う力を…植え付けられた」


――――――

ロスSide


「あれれ〜随分しおらしいね?」

「く…」

(撃ち合いは続けられない…コミューンアウトと他の技は同時に使えない…。どうやって首元まで行けるかな…。アストも残り少ない…)


 先に膝を付いたのはロス。数十分の撃ち合いが終了し、息が切れた。星の民も霊族も平等にアストが切れれば自己防衛本能が働き、眠りにつく。然し彼女のアストは死に直結する。現世に留まれる時間も僅か、さてどうしたものか。


「あ…」

「また逃げた。何回やれば気が済む?隠れんぼしたら、お寝んねしな」

(この方法なら……でも)


 見えない出口に齷齪していたロスは、遂にペンダントを取り返す策を思い付いた。同時に余りのリスクの大きさに足が竦んだ。彼女が恐れているのは死ではなくロッドと生きて合流出来ない事だ。生死の境が狭まっていく。


 自分には戦える力があるが戦い方は知らない。多少強引な手段でも構うものか。コミューンアウトで姿を消し作戦を実行に移す決意を固めた。


「フフフフフッ。姿が消えたぐらいじゃペンダントは奪い返せない。弱いなりの思考回路ご苦労さま」

(両手首を折って喉元を焼いて、それからどう甚振ってやろうか)

「…っ」

(ペンダントは傷付かない。だから…!)

「あ…?」


 金色のペンダントチェーンが浮いた。姿を消したロスがエンドの首元まで一気に駆け出し掴んだのだ。序盤で実行しなかった訳は、勘の鋭いエンドは取られる前にロスの姿を捉えてしまうから。丁度今のように。

 コミューンアウトが解除され、エンドはロスの両手首に力を込めた。段階を踏んで強くしていく事で、より悲痛な叫びが聞ける。


 負けじとロスも作戦を開始する。彼女の策はエンドに掴まれてからがスタートだ。アストエネルギーの爆発力を一点放出する。鯔の詰まり、


(アストエネルギーの暴発!?!)

「バカか!?この女ッ!!」

(君とは覚悟が違うの……ーっ!)

「ぅあっ!!!」

「ぐっ…!この…!!」

(死が恐ろしかったあの頃とは違うの!)

「どこに行きやがった」


 アストエネルギーの暴発。使用者にも付近の人間にも被害を齎す力を超至近距離で受けエンドは傷を負った。暴発の瞬間、ロスから離れるも間に合わず手傷の分だけ怒りが蓄積された。

 一方ロスの傷はエンドの比ではなく、雪上に倒れ伏せていた。死に物狂いで策を講じた彼女の手にはペンダントが握られており、己の魂もこれで浮かばれる。などと考えながら再び姿を消した。眠気は段々酷くなっていた。


(ロッドと天音様の元に行かないと)

「〈法術 偉大なる霊柩(ギルティアーク)〉」

「!?かはっ」

「手応え十分。兄さんを連れて来い」


 エンドに背を向け走り出したロスだが、鈍い衝撃が背を焼き再び伏せる事となった。戦闘経験から来る直感とは恐ろしいもので、姿が見えないにも関わらず的確にロスを撃ち抜いた。

 彼にとってこの際ペンダントはどうでも良くて、ロッドを自分の元に引き摺り出す為に気力がほぼ枯渇したロスの背を撃った。


(もう何処も痛くないよ…。だからもう泣かないよ)


―――

―回想―


 絡繰箱から逃げ出し、私は走った。被験体が脱走を図ったのはこれが初めてじゃない。私で何例目か、無事逃げ切り安泰を手に入れた者、追い詰められ撃ち殺された者、私は何方になるのだろう。

 ようやっと響く鐘の音と時計塔の針が時刻を報せる。私はまだ下を向いたまま。


 ポスポロスの街は大勢の人間が暮らす。人気の無い道を通ろうとしても必ず誰かと擦れ違う。助けを求めれば追手に見つかり絡繰箱に連れ戻されるのが関の山。抑、声を失った私が誰かに何かを求める事など出来ようもない。


(孤児院には…戻れない)


 孤児院で産まれたらしい私が養子にと引き取られたのは随分昔の事。まさか身売りされるとは思っても見なかった。孤児院に戻れば無関係な子供達が巻き込まれるかも知れない。頭では理解しているものの行く宛が無い私は孤児院までの道を辿っていた。


 ポスポロスの孤児院は教会と併設されている。実際何度か足を運んだ事もある。足先を孤児院から教会へ変え、扉を開けた。

 そして女神様に祈った。かの器の君に赦されたくて。偶像は固く冷たいまま。


「誰か居るの?」

「…!」


 女神様は居なかった。けど君が居てくれた。偶像から目を背け振り返った先、身分の違う男の子が私を見つめていた。


「傷だらけじゃないか。それに服も」

「…あ、の」

「怖がらせてしまったかな。おれの名前は、ロード・ガイスト。見つけたのがおれで良かった。さぁコッチへ」

「ろ…ッド?」

「ー!あぁそうか、君だったんだね。運命の相手は。…今日から名を改めるよ。ロッド、君が名付けてくれたおれの名前だ」

「え…っ??」


 不思議な男の子だと初めは思った。会って間もない子を運命の相手などと言うなんて。口説き落として何するものぞと一瞬身を引いたが、彼の瞳が余りにも哀しそうに揺れるので私まで哀しくなった。


「大丈夫。あとでゆっくり話そう。君の事は彼女に任せるよ。頼れる人が近くに居る」

?「居たぞ!被験体だ!」

「あっ…!」


 ロッドと名を改めた男の子に手を引かれ、何処ぞへ向かう直前に辺りが騒然とする。脱走した被験体の追手が遂に私を見つけた。逃げられない、無関係な男の子も巻き込まれる。下手したら彼も連れて行かれるやも知れない。


「ソイツを渡せ!」

「それは出来ない相談だ」

「やめ…」

「守るよ。同じ時を刻む為にも。最期の時、必ず傍に居るからね」


 多勢に無勢。ロッドは自ら巻き込まれに行き、儚い声音で私の心に侵入した。

 ロッドの能力、覚悟は後から知ったんだ。


―回想終了―

――――――


「ロス、お帰り」

「フフッ…」


 合流地点到着。覚束ない足取りでロッドの近くまで歩くとロスはその身を胸元に預けるように倒れ込んだ。


「ロスちゃん、どうしてこんな危険な真似を……。今すぐ戻ろう?!傷を癒やさないと」

「必要ありません。ロスは眠りに付きます」

「そんな…そんなのって!」

「に…」

「日記もだね。…分かった」


 尋常でない傷痕が語る永眠までの時間。胸を締め付けられるような場面で二人は心底幸せそうに笑い合う。理解出来ない行動に疑心が募る天音を余所目にロッドとロスは会話していた。一音ごとに深みが増す言葉に耳を塞ぎたくなる。

 ロスからペンダントと日記を受け取りロッドは膝をついた。最期の時は迫っていた。


「ロス、ありがとう」

「ろ…ッド、…愛、してる」

「おれもだ。愛してる。おれ達は運命共同体だ」

「ロスちゃん……」


 儚く散る眠り顔に額を合わせ、ロッドは愛を伝えた。運命共同体の片割れが今死した。   


 一挙一動の仕草が絵画のように感じられ、天音は二人が遠退いて行くのを呆然と見守る他無かった。ロスの声が聞こえなくなると永眠を悟り、膝から崩れ落ち項垂れる。悲しいやら悔しいやらの雫が筋を作り流れていく。


「天音様、ペンダントをお返しします」

「……」

「それから此方を」

「…手帳?」

「ロスの日記。彼女がおれと出会う前に居た絡繰箱について書かれていると思います。彼女の思いどうか受け取ってやってください」

「から、くり」

「最期に天音様に聞いてほしい言葉があります」


 ロッドはロスを雪上に寝かせると天音の首元にペンダントを掛けた。重々しい紅玉の光がロッドの神妙な面持ちを映し出す。次にロスが直前で渡した紙の束を天音に差し出した。天音は数秒見つめて漸く受け取る。彼の話す言葉全てを理解しようなどとは思えないが説明なしに渡されても困る。


 天音が日記を受け取ったのを確認するとロッドはロスを抱えて、間を置いてから"最期の言葉"を舌に乗せた。


「天音様には王の器が在ります。貴方は王族の消えた国で王族の血筋を宿して来ました。霊族、ファントムに狙われる中で天音様の心は確実に昇華しております」

「……王の器」

「霊獣の与え給うた器、アスト。アスト能力」

「!私にはアスト能力なんて」

「心の思うままに放てばきっと器は応えてくれます。天音様には其の力がある」

「例え合ったとしても私はロスちゃんを救えなかった。……それから貴方も救えない」

「救われています。出会った時からずっと」


 何を根拠に王の器と言い放つのか天音には分からない。常に皆の足手まといには成りたくないと、盾変化を学びエトワールを学んだ。されども皆に追い付けず何時も心配ばかり一丁前にしてきた。そんな自分に王の器もアスト能力も有り得ない。ほろほろと零れる心をロッドは繋ぎ止めた。


「出会ってくれてありがとうございます。おれ達を想ってくださりありがとうございます。…同じ目線で話してくれてありがとう」

「ロッド……まって」

「待てない」

「待って…待ってよ」

「天音様……」


 同じ目線、の解説は不要だ。涙を流し続ける天音の双眸と憂うロッドの双眸が交じり、そして離れた。離れ際、彼の瞳に浮かぶ水滴が涙のように見えた気がした。

 目線が合わなくなる。ロッドが立ち上がり背を向けたのだ。ロッドの輪郭を求めるように天音も立ち、衣服を掴む。天音が動いた事で膝に乗っていた日記が落ち適当なページがパラパラ開いた。


「〜〜っ…いかないで」

「この世には断罪すべき悪があります。弟も父親も悪に染まった。手を下す汚れ役はおれが担います」

「……」

「父には最期まで勝てなかった」

「駄目、だよ…自分を犠牲にしてもやらなきゃいけないの…?ロッドはロスちゃんは幸せに過ごしたかったんじゃないの!?」

「…っ」

「いや…、いかないで」

「天音様の命だろうと承服出来ません」

「ばかぁ…っ私がいつ命令したの……!」

「ー…。これ以上幸せになれない。一生分の幸せを受け取ってしまったから…っ」


 衣服を掴む手は振り解こうと思えば容易に振り解ける。天音の手には握力など殆ど入っていないのだから。それでも振り解けないのは彼が必死に堪えているから。想いの全てが溢れ出てしまったら一体何処まで流れていくのだろう。


 ロッドの最期の言葉は酷く涙声で歳上だった彼が幼子の様に見え、天音はとうとう手を離した。振り返ったロッドは想いの全てを流していた。


(さよなら小さな王様…さよなら。生きて帰るのはおれの役目ではありません……。貴方に星の導きが有らん事を)


 天音もロッドも涙を流した。さめざめ流した。喉が詰まり言葉が出なかった。止めたいのに止められない。去り際のぼやけた光景が天音の赤目に焼き付いた。


(どうして……どうして、こんなことに!!何も出来なかった…何も言えなかった。王の器なんて要らない…!目の前の人すら救えないなら要らない…!!)


 眼前には透明な粒と白雪のみ。四つん這いになり嗚咽を漏らす。誰も居なくなった場所で自分だけまた置いてかれて。

  紅涙は星欠片と成何処へ消えゆく。




 其の後の二人を天音は知らない。リオンも知らない。せめて二人の魂が安息で在れる様に天音は涙を流し続けた。

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