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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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第79話 フラワーガーデン

スタファノSide


 昔から色んな音を聞いてきた―。

 楽しい音、嬉しい音、悲しい音、嫌な音。


 ずっとずっと聞いてきた。どれだけ強く耳を塞ごうが離れようがオレには聞こえる。


 例えば、皆は想像した事があるだろうか。陰口が聞こえたらと。聞きたくもない音が濁流の様に流れ込んで来る不愉快な感覚を。


『耳を塞いで、逃げ回って、探した。人の声が聞こえない場所を。無限に広がる無音空間を』

そして、そして……。


____ _ ____ _ ____


『ねぇ家族ってそんなに大事?』

「家族が大事でないとな」


 スタファノVSヴォルフの戦場は言葉が飛び交っていた。長耳の出血は治まったようで、スタファノは押さえていた手を下ろし強く鞭を握り直した。薄っすら噛み締めた唇は何を意味するやら、本人しか分かり得ない感情だ。

 単なる子供の疑問にしては言葉も表情も非常に冷ややかであるが、敢えてヴォルフは気付かない振りをした。彼の心を引き摺り出す為に。


「たかだか血が繋がってる程度の他人に過ぎない人達を、さも崇高な存在であると掏り替えるのは好きじゃない。居心地悪い家族の輪に求めるものなんて無い。オレは家族愛とかとは相性が悪いんだ。おじいちゃんはオレの事理解出来ない?」

「否定はせん。家族の在り方は人其々。後ろ向きな感情を抱くなとも言わん。だが他人を突き放す事はオススメ出来んな」

「…」


「家族を語る者に、見える形で邪険し粗雑な態度を示した時スタファノお主は人と心を通わす事すら困難となろう」

「……。心を通わせられたら言葉なんて要らない。オレは何も聞かなくて済む」

(オレの心を捨てたのは家族だった)


 家族とは所詮血の繋がった他人だと言い切るスタファノの目は過去も未来も映していなかった。現行を見る目の色は果たして何色だろうか。

 スタファノは一例だ。彼のように家族に対して後ろ向きな思いや疎外感を抱く人は少なくない。ヴォルフは彼の思いを無碍にはしない。肯否を主題にするのではなく対人関係における立ち振る舞いを据え置いた。


 今一度強く鞭を握った。過去に何があったのか飄々とした態度が崩れる。自分達の対話は平行線だ。何処まで言っても正解なんて絶対に無い。意味の伴わない話は仕舞いにしよう。


「こんなこと話す気無かったのに…家族が大好きな人達と一緒に居たからかな。けどどうしてだろう離れる気も起きないや。彼等の音が好きだからかな」

「目の色が変わったな。子供だからと容赦はせん…!」

「おじいちゃんだからって身体を労ってあげられないよっ」

「〈法術 馬上山波〉」

「地面がっ!?」

「地属性ならば容易い事。スタファノ同一属性を持つお主も出来よう」


 不意にスタファノの表情が和らいだ。下を向いた彼の柔らかな音はヴォルフには見えていなかったが空気の変わり目は見逃さない。

 彼等とは最早言う必要も無い。明言するだけ野暮ったい。視線を戻すと黄糸の髪がふわり揺れた。橙色の目が覚悟の色へ変わる。

 戦闘開始の合図だった。


 戦う気は毛頭無かった。コインを渡して引き返してそれで済む話だった。然しヴォルフは受け取ってくれず流されるままに心の内側を捲り上げてしまった。心の内側に彼等が居て存外ホッとした。もう一度心を縫い直す為にスタファノは戦う。只それだけの理由で。


 早速地を蹴り間合いを詰める。鞭を遠距離から操ったところで兎に角速いヴォルフに詰め寄られ即ゲームオーバー。スタファノが戦闘の素人出でないからこそ間合いを詰めても対応出来るのだが、ヴォルフの法術は予想外に広範囲に渡った。

 馬上山波発動後、スタファノを中心に地面が隆起しガタガタ崩れた。アスト能力でも何でもない地属性が本来持ち合わせる力であるとヴォルフは言った。


「〈法術 荊棘(ローザファッシ)〉」

「視界を塞ぐかッ!」

(荊棘が覆うより速い…!)

「おじいちゃんやる〜」

「馬上山波はこう言った風にも使える」

(詰められたっ!)

「はぁっ!!」

「ーくっ…、…」


 地面が崩れ、足場が完全に機能しなくなる前に荊棘で、ヴォルフを覆い視界を塞ごうと画策したが無意味に終わる。老体に似合わぬ俊足で荊棘拘束から脱出すると崩れた地面に向かって行った。幾らヴォルフ本人が馬上山波を発動させたと言っても無闇に足を踏み入れるとは無謀だ、なんて考えは甘ったるいと突き付けられた。

 崩れ隆起した足場をひょいひょいと乗り換え、一気にスタファノの懐に到着すると腹部に拳をめり込ませる。


 ヴォルフの動きに付いて行けずガラ空きのスタファノはモロに拳を喰らい、一歩二歩後退りして腹を押さえる。余所見してはいけない、俯きがちになっていた顔を素早く上げたが既にヴォルフは正面から消えていた。


(もう居ない……コッチ!)

「ほぉ…!良くぞ見破った」

「オレの耳、聞こえが良いんだ」

「なるほどのぉ。だが聞こえるだけでは身体は追いつかんぞ」

「分か…ってる!」


 アスト感知より超聴力の方が処理が早い為聴覚を頼りにヴォルフの居場所を割り出す。彼は背後に移動済みで気絶させようと手刀を振るおうとしていた。瞬間的に聞こえた音に従い、振り返ると同時にスタファノは飛び退いた。隙だらけの我が身を鞭によって補う。

 器用に鞭を操るが手刀のみで弾かれ徐々に距離を詰められていく。スタファノは後退気味に戦いつつ、タイミングを見計らって前に出る。現状スタファノが不利だがヴォルフに喰らいついていく彼の目は真剣だった。

 崩れた足場を嫌って平坦な雪上に着地したのだが彼の思考は読み取られていた。


「引くか…ならば〈馬上山波〉」

「また地面がっ〈荊棘(ローザファッシ)〉」

(距離を取っても詰めても破られる!)

「ここいらが良いところだろう。そろそろ本気を出したらどうだスタファノ」

「オレは何時だって本気だよ」

「はっはっは。嘯くのも大概にせい!」


 馬上山波でスタファノの着地点を的確に崩し、行動範囲を制限する。無駄のない動きにうっかり立ち止まりそうになるが意識を一点に集中させ荊棘を発動した。自らの手前に荊棘を出現させる事で馬上山波を相殺しに掛かったがギリギリで荊棘が負けた。

 負けはしたが退避する為の時間は稼げた。勝手に聞こえてくる超聴力を使い、ヴォルフと距離を詰め鞭を振るう。相手に法術を使わせる訳にはいかない。


 ヴォルフはスタファノが産まれる何百年も前から人生を歩んでいる。戦闘中の観察、心理の程を察知する能力は並の人間の比では無い。会話する事で相手を知り足元から崩しに掛かる。それがヴォルフの戦闘スタイル。


「ねぇ戦いなんてそれこそ心が通ってない証明だと思わない?星の民と霊族が今更争ったって何にも成らない」

「甚だ承知の上!王を知らぬかスタファノ。王命はそれだけに重い。心など無い。有るのは王の存在そのもの」

「嫌な王様だね。…まるで違う」

(何時も健気で可憐な音を弾ませるオルレアの様な天音ちゃんとは大違いだ)

「そんな天音ちゃんだから、あの日助けたくなったのかな。キミがアルカディア王の為に戦うのならオレはメトロジアの天音ちゃんの為に戦うよ」


 物知りなスタファノでもアルカディアの霊族王アースの事は人並み程度にしか認知しておらず、アースが何を想い何を考え王命に至ったか皆目検討も付かない。自国の王、王族も滅んだ為、何故ヴォルフが此処まで尽くすのかスタファノには理解出来なかった。


 が然し。王族が滅んだ国メトロジアで唯一王の血筋を引く者になら出会った。身近に居る天音の為と思えば不思議と力が湧き上がる。産まれた時代も違えば出会った王様も違う二人が、駆け出した。


「はっ!!」

「まだまだ軽いなッ」

「おじいちゃんなら正面から受けると思ったよ〈荊棘(ローザファッシ)〉!」

(正面で牽制、後方で遮断…)

「少しチクッとするけど直ぐ終わるよ」

「並の人間ならば当たっていただろう!」

「仕込み武器!?」


 ヴォルフが一直線に接近しているのを視覚と聴覚で確認するとスタファノは雪上を深く踏み込み飛び上がった。頭上を取り最大限に鞭を伸ばして振るう。回避ではなく盾変化で対応するとの予想が当たり、次いでヴォルフの背後に荊棘を引いた。

 飛び上がったのは地上での馬上山波を封じる為、後方に荊棘を引いたのはヴォルフの動きを制限させる為、分かりやすい位置で鞭を振るったのは無駄に動かれない為。的確に勝利までの順序を立てるスタファノに関心し、ヴォルフはニヤリと笑った。


 牽制後、鞭が枝分かれし至近距離から彼にトドメを刺そうとするが届かなかった。

 ヴォルフは右足の靴底から仕込み刃を剥き出しにすると、目にも止まらぬ速さでザッと状態を低くし一回転しながら荊棘を斬った。

 当然枝分かれした鞭は当たらず、策が失敗したと判断するや否やスタファノは防御の構えを取った。落ちるスタファノとたった今飛び上がったヴォルフとでは何方が有利か想像に容易い。


「仕込みなんてズルいなぁ。…ガハッ!」

「傷は浅い。そう急ぐな」


 仕込み刃は鞭を斬り、盾を斬り、スタファノを斬った。胸元から腹部に掛けて傷口こそ広いが殺す気は皆無だったので出血量も然程多くなく浅い一撃が入った。


「コインを頂こうかスタファノ」

「血の音…」

「?」

「血の音が聞こえる……!」

『それだけは止めなさい』

「ハァハァ…ハァ……!!」

(様子が変わった?明らかに正常を保てなくなっている)


 双方着地し、勝負は決したように見えたが終わっていなかった。スタファノは両目を見開き雪を染める赤点を凝視し、苦しげに胸元を押さえた。べちょりとした触覚、掌に付着した鮮血が彼の正常を狂わせる。

 心臓が煩い。呼吸が浅い。視界が歪む。押し込んだ筈の痛覚がフラッシュバックする。


(ー…血の音だけは忘れられない。血の音は直ぐ分かる……とても重くて痛い音)

『それだけは…』

『探したんだ。耳を塞いで、逃げ回って、探した。人の声が聞こえない場所を。無限に広がる無音空間を。そして、そして…ーー!』

「フラワーガーデン!!!」

「!?」


 常軌を逸した過呼吸に只事でないと察したヴォルフはスタファノに寄ろうと右足を上げた瞬間"世界が変わった"。

 此処は雪山ドラグ。峰々に降る雪が一帯を純白に染め上げる地。然しどうだろうヴォルフの右足は草花を踏み気温は上昇していた。

 辺りを見渡すと見えてくるのは生い茂る草地と色とりどりの小花。雪山から雪が消えた。そもそも此処は先程までと同じ場所なのだろうか。絶え間なく押し寄せる疑問を一旦堰止めし冷静さを取り戻す。そうして見えてきた答えを合わせる。


「此処はそうか。結界だな」

「……うん。結界法術フラワーガーデン」

「落ち着きを取り戻したようだが勝敗は既に決した。結界法術を発動したところで無意味ぞ」

「探したんだ。誰も居ない場所を。…なんてね。不恰好な演戯もここいらで打ち止め」

「多才な男よ。本気を見せてみよ!」

「オレの花知ってる?"クロッカス"」


 瞬きより早く、日落ちより長く、場を転換する術。それが結界法術。スタファノの使用した結界法術フラワーガーデンは彼の心が生み出したもの。解除するには彼を倒すか彼の意思で解除させる他無い。

 フラワーガーデンを発動し心臓、呼吸、視界、其々が正常に戻る。スタファノにとってフラワーガーデンはオアシスに近い、自らと現実を繋ぎ止める場所なのかも知れない。


 ヴォルフが一段深く構える。長年培ってきた戦士としての勘が彼に伝えた。本気の攻撃が来ると。一方スタファノはゆるゆるっとした雰囲気のまま、両手で球体でも持つかのようなポーズを取った。数秒間アストを込めて見せれば球体の中心に一輪の花が出現した。

 スタファノの花、黄色のクロッカスが彼に力を与える。


「〈天換法術 待ち詫びる者(クレーデレ)〉」

(投擲武器…?)

「勿論只の武器じゃないよ!」

「っこれは毒か…!」

(そんでもって只の法術でもない…)


 黄色のクロッカスが弾けて消えたと思えば針のような形状に変化し、スタファノの指と指の間に挟まっていた。合計六つ。格好を付ける事に余念がない彼は、辺りに咲く花を散らして纏いくるりと回転して見せた。

 此処にきて単なる投擲武器でも無かろう。スタファノの機敏な投擲に合わせ、頬を掠る擦れ擦れのタイミングで植物針を凝視し回避した。一瞬の観察でヴォルフは植物針に僅かなエネルギーが流れてる事と毒素を含んでいる事を当てたが、法術の秘密までは所見では見破れなかった。


「それだけか!?」

「オレに近付かない方が良いよ」

(素手で攻撃をしてきた……いや違うな)

「その力、よもや変質させたのか」

(正解っ。細かく言えば天換法術だけど。体内のアストエネルギーを一時的に毒に変質させるのが、ガーディアンの里に伝わる術だ)

「距離を取っても詰めても駄目だよ」


 六つの植物針を全回避してヴォルフは距離を詰めた。フラワーガーデン発動前のスタファノならば一旦退き鞭で対応していた。だが彼は強気にも体術で勝負を仕掛けた。先程の法術、矢張りまだ何かあると確信しヴォルフは考察した。

 天換法術とは体内を組み換える法術。スタファノが使用したのはアストエネルギーを別の物へ転換させる術だ。


 序盤で感じた苦肉をそっくりそのまま返し再度格好を付ける。口元に描いた弧は余裕の表れ。スタファノは勝利を掴む一歩手前まで来ていた。


(また離れた)

「勝利を描いた時、動きが単調になる癖があるなスタファノ。はははっ取り繕う必要が無くなるからか?」

「盾で撃ち落とす為に態と退いた!?」

(ー!!そして距離を詰めるのが速い)

「〈馬上山波〉」

(追い、つかない!)


 ヴォルフは数メートル後ろへ後退した。通常なら距離を取り過ぎている行動に違和感を覚えるところだがスタファノには見えていなかった。指摘通りの原因だろう。毒を含む植物針を直線状に放つが全弾盾変化で受け止められ撃ち落とされた。スタファノの投擲精度は悪くないのだが数メートル下がった相手に届かせるには技術が追い付かなかった。

 戦闘中、相手の動向に逐一驚いている暇はない。ほら来た。スタファノが驚愕した隙にヴォルフは間合いに攻め込んだ。


 馬上山波は結界内でも使用可能らしい。急転直下で崩れる足場、迫るヴォルフ、何方の対応を優先しても敵いそうにもない。かと言って無防備を曝す気もない。


「直接触れるのもマズイと思ってな…」

(!足場が崩れているんじゃない。これは!?)

「けど、位置は分かる!」

「何故地属性が他より少ないか分かるか?」

(この音……何重にも覆ってる!?)

「霊獣より与えられし原初の力にして大地に干渉する最強の力。故に使い熟せる者が限られるッ!」

「ぐぅっ!!!」


 足場崩壊は囮。派手なパフォーマンスで注意を散漫させて、スタファノの両側面から地面を盛り上げ土の球体を作り出しスタファノを覆い隠した。視覚が働かなくとも聴覚は働く。土球体の外で速度を緩めないヴォルフの位置を正確に割り出し鞭を構えたが、長耳に伝わる情報は未完だった。

 スタファノを覆う土球体は何重にも重なり巨大化し、彼が怯んだ隙に土球体の一角から一点突破で踵落としを喰らわせた。毒に直接触れない為の策だったが大音量が鳴り響き、期せずして超聴力をも防いでしまった。踵落としは項付近に直撃し、スタファノは膝を付いた。


(……直接触れなくとも毒が回ったか…。何と強大な力)

「結界は消えた。正真正銘の」

「うん。オレの負けだ」


 強い衝撃に襲われ結界法術フラワーガーデンは解除された。直撃した箇所を擦りつつ、何処か吹っ切れたような笑みでスタファノは敗北を認めた。ヴォルフが手を差し伸べるとゆるりと応じ、立ち上がった。


「オレは……」

「良い。過ぎた話だ。今の繋がりを大切になスタファノ」

「うん。あ、霊族が退いてくれるのが一番良いんだけどね〜」

「はっはっはっ。一国の王の重さ、時期に分かるであろう」


 欠けたコインと解毒薬を渡す。スタファノは何やら言いかけていたが制止され、言葉を飲み込んだ。リュウシン、ティアナの戦闘とは打って変わって友好姿勢のままスタファノとヴォルフは別れた。



 表か裏か。家族の有り様は人其々と解釈しても大多数は家族を愛する事だろう。だが家族の有り様は人其々どころか親子間ですら違う。芽吹いた愛情を花咲かせる為に必要な手順が人によって違うのだ。

 スタファノVSヴォルフ 勝者ヴォルフ


――――――

 スタファノが微弱な音を辿る少し前、雪の結晶が彼の鼻に腰を下ろした。微妙な表情で茜色の空を一頻り見上げ、足を止めた。

 治癒法術を発動し目の前で気絶中の女性、ティアナを花で包む。


「スタ、ファノ」

「おっはよ〜。ずっと寝てたね〜」

「あたしは何時の間に気絶して…。ん、その怪我は?」

「戦ってたんださっきまで。ティアナにも見てもらいたかったな、オレの華麗な姿を」

「勝ったんだろうな?」

「負けちゃった」

「!」

「さぁ行こう。オレが支えるから」

「こんな怪我大した事無い!あんたが居なくともどうにかしたさ」

「口説き文句…中々効かないなぁ」


 程無くしてティアナが目覚め、状況を確認するように辺りを見渡す。怪我をしてアストが切れ自分は治癒されている。おまけに差し込む光は仄かに赤い。状況を理解した時自分の事で手一杯だった自分が酷く情けないもののように感じ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。勝利の余韻に浸る気分でも無く、ティアナは回復した力で立ち上がる。

 今になって漸くスタファノの怪我に気付き本来の戦闘開始日が今日なのだと認知した。


 何時もの調子で何事も無かったかのように敗北したと言った。当然怒りが沸々と湧いたが、スタファノの笑顔が余りにも幼く見え毒気を抜かれてしまい、怒る気も無くなった。

 身体が楽なのはスタファノの治癒だと知っていながら彼の手を取れず、ティアナは今日も目を背ける。


―――


「今度は印付きに星霊族か」

「なんで……あんたが此処に居る!?」

「そうカッカしなさんなって。戦いに来た訳じゃない」


 半壊した小屋に居座る霊族。リュウシンと似た反応を取るのも無理はない。意表を突かれた人物との再会に抜かれた毒気が再び注入される。


「ジャンヌちゃんは居ないんだ〜。まぁ聞こえてるから知ってたけど」

「おい…あんた、あたしに焼印入れた奴の事知ってたな!?教えろ!!」

「勝負に勝ったんだってな。褒美に一つ教えてやろう。奴の名はガロブー・ストロング、黒鳶の中でも戦好きの野郎だ」

「ー!ガロブー……それが奴の名!!」

「眉間に皺が寄ってるよ。ティアナちゃん」

「…」

「聞こえてないの??……」


 再会時、スタファノが大して驚かなかったのは事前に長耳から情報が伝わっていた為。ティアナに伝えなかったのは単に気が乗らなかったから。

 ティアナ以上に怒り心頭のリゼットは彼女からコインを受け取ると意図して粉々に砕く。リゼットの苛立ちはこれしきの事では収まりそうにない。


 リゼットの行為に微塵も興味を示さず、ティアナはレオナルドに向かって一貫した態度を取る。一度打ち負かした相手だからか大人の余裕からか、レオナルドはティアナを褒めると復讐相手の名を煙草臭い吐息に乗せた。

 ガロブー・ストロング所属黒鳶。判明した事実によりティアナの目はギラギラと危うく光る。隣を見上げれば浮かない顔で身を案じる者が居てくれるというのに。


「用事は済んだでしょ!とっとと消えて」

「は〜い」


―――


「ティ〜アナ、ティアナってば〜〜」

「聞こえている!そして黙れ」

「しょぼ〜…ん」


 雪道の帰路、ティアナとスタファノが並び立ち歩く。レオナルド達と別れて以降黙り込んでしまった彼女にちょっかいを掛け、口を開かせようとするも刺々しい言の葉が返ってくるのみ。


「雪の音って知ってる?」

「知らん」

「くぐもった音だよ。降らないでほしいってお願いしたのに神様は意地悪だね」

「スタファノ」

「ん?」

「あたしの邪魔だけはしないでくれ」

「……」


 話題を一変させ尚もティアナの気を引こうとするスタファノはコロコロとした猫なで声で雪の音について話し始める。不自然な程に表情筋を動かし続けるスタファノにティアナは火矢の如き一言を突き付けた。焼け焦げてしまいそうな言葉を最後に彼女はスタファノを置いて先に行った。



(オレの声を聞いてって思ったのは久しぶりだ。随分前に思う事をやめたのに)


 道すがら雪下の声、聞こえず。

 花冷えとは正しく彼を表現する言葉だ。花が咲いても時折冷たい。

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