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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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第77話 影射す星霊

天音Side


「落ち着くでしょ」

「はいっ。とても気持ちが安らぎます」


 皆々が戦闘中、仮部屋に戻った天音は漂う香気に気付き辺りを見渡してベッド横の机上に目を留めた。一歩進み香りがふわりと舞った時、開かれたままの扉からオリヴィアが顔を覗かせる。

 話を訊くと見えてきたのは彼女の献身と気遣いで胸がいっぱいになった。天音が玄関前で弱気になっていたのを目撃し、小さな茶香炉を設置したのだ。


「きっと皆無事に帰ってくる」

「…はいっ」


 オリヴィアは天音が茶香炉の香りを気に入っているのを確認すると柔和に微笑み扉を閉めた。人一人が立ち去った風でキャンドルが揺れ、茶葉の香気が深くなる。ベッドまで小股で歩くと掛け布団を退かさずに腰掛けた。


「信じると心配するは別物なんだよ皆…」


 茶香炉の影響で心が安らぎ身体の力が抜けた。上体を倒すと視界を腕で塞いでポツリと呟く。嗅覚を堪能する為に視覚を塞いだと誰も侵入しない心の中で言い訳した。


――――――

ジャックSide


「生憎、客人用の飯は用意していなくてな」

「俺の主食は煙草だから良いの良いの」


 再び服を脱ぎ半裸となったジャックは小屋の椅子にドカッと座る。対面するはご存知、レオナルド・ヴィンス。かつてカラットタウンでジャンヌ・コールドと共にリオン等と激しい戦闘を繰り広げた人物だ。本日ジャンヌは欠席のようで彼女の姿は見当たらない。


「一服付き合う為に態々雪山登ってきたのでは無いだろう。レオナルド何をしに来た」

「一服くらい付き合っても損はしないぜ」

「ヌハハハハッ!勿体振らずに話せ!お前らしく無いではないか」

「正直誰に話すか迷ってたんだ。お前さんが此処に居るって聞いて決めた」

「ほぉー。此方は例の騎士長との戦闘を先延ばしにしているのだ。手早くな」

「もう会ってるのか。手早く済みそうだ」


 ジャックとレオナルドの接点は黒鳶に所属している以外は無いが旧知の仲を彷彿とさせる打ち解けた会話にそれなりに交流があったと見える。煙草を吹かし寛ぐレオナルドに腕を組むジャックは熱気を飛ばした。雪山の小屋とは思えぬほど蒸し暑く煙草臭い空気が溜まる。ドラグ家の者達からして見れば傍迷惑極まりない。

 おっと接点と言えるか微妙なところだが、一つ加えよう。何方もリオンと拳を交えた仲ではあった。


「騎士長の能力について話しておく」

「能力?双龍の事かッならば案ずるな。俺も手に入れた」

「いんや少し違う。なんて言えばいいかな。騎士長が後天的に手に入れた力の事だ」

「何っ!?」

「簡単に言やぁ、莫大な力を得られるアイテム。名を五大宝玉、神話の遺物らしい」


 城内を探り入手した五大宝玉の情報。アースに圧と念を押されたがレオナルドは王命に叛いたとも取れる行動を続けていた。彼が神話の遺物の情報を手に入れた事にリオンは勿論の事、アースですら"まだ"知り得ない。


「ヌハッハァ!!!面白い実に面白い!!是が非でも手に入れなくてはなァ!話はそれだけか?!レオナルドにしては気が利く情報では無いかッ!」

「そう興奮するな。話はまだある」

「星の民が名付けた一夜戦争について、だ」

「まっこと懐かしき戦よ」

「当時俺はアルカディアに居たからな。メトロジア側に居たお前さんの証言が欲しい」

「酔狂な事を教えてくれた礼よ。話せ」


 猛獣のような荒々しい立ち方で椅子を倒し勢い誤って血肉化ランプが出現する。今直ぐにでも五大宝玉の力を手に入れたい欲に駆られるが、一夜戦争と聞くとスッと目を細めて平静した。アスト能力を解除し、倒れた椅子に座り直すとジャックは前のめりになりレオナルドを促す。


「あの日アース様とメトロジア王族の間に何が起こったかは側近のアスト能力で戦士全員知った。俺が知りたいのは其処じゃない。"誰が事を起こしたか"だ。ほんの僅かでも良い、手掛かりが欲しい。王サマに心酔してる側近に訊く訳にもいかん」

「それを聞いてどうする?」

「詮索は無用だ。ただ敢えて言うならパズルのピースを合わせる為かね」


「フン…。一夜戦争の始まりはメトロジア城の爆発だった。次いでグライシスから滾る開戦を聞き、黒鳶の力を存分に使った。死闘こそ人間の残された本能だ。それはそれは良き時間であったぞ」

「…」

「星の民も牙を隠しておったが簡単にへし折れた。十本の牙を抜いたところで漸く待ち望んだ強敵に出会ったッ!おお〜確かメトロジア城内だったな」


 レオナルドの目的は本人が話さない限り不明だが、彼がアルカディア王国に対して疚しい感情を抱いているのは薄々気付いた。気付いた上でジャックは話を続ける。戦闘狂の男が戦と聞いて飛び上がらない訳がない。前半はレオナルドに無関係だったが、後半の足掛け言葉に眉が動いた。


「青髪の男だ。ヤツは血湧き肉踊る死闘の最中でも上の空であった。実に口惜しい、ヤツの本気を最後まで引き出す事が出来なかった。ヤツには仲間が居てな途中で入れ替わり逃走した。身形の良い服でよう動いた!ヤツが消え半刻と経たず封印の光に意識を奪われた」

「つまり…?」

「誰が事を起こしたかなど知らぬッ!」

「あぁ……そうだよなぁ…」

(幾ら若かりし頃とは言え、アース様がメトロジア王族に遅れを取る筈が無い。側近も護衛も居た現場で戦のキッカケを与えた人物は誰だ?)


 続く言葉に期待を寄せたが流石は戦闘狂、何一つ目星い情報は得られなかった。唯一の手掛かりである青髪の男もジャックは素性を知らぬまま戦っており、しかも逃走されている。城内に居て身形の良い衣服を身に纏っていたと言う事は恐らくは騎士団か専属の護衛と思われる。

 一夜戦争の切っ掛けを与えた人物、つまり戦犯は誰か。レオナルドの探りは続く。


「…」

「ヌゥ。リゼット遅いではないか。戦闘開始に遅れるなど…黒鳶失格だ」

「〈法術 離れ難き心(ブリザードテザー)〉」

「…!」


 ハイヒールの音が小屋に木霊した。三人目の黒鳶リゼットの登場だ。意識してなければ彼女が側に立っている事にすら気付けない。ジャックとレオナルドは当然気付いており馴れ馴れしく声を掛けた。

 ジャックの言葉をガン無視し、リゼットはレオナルドに目を向けた。真顔ほど怖い顔はない。一点を見つめる感情の読めない両眼ほど怖い眼はない。艶めく唇から放たれた言葉は冷たくレオナルドを拒絶した。


 小屋はあっと言う間に半分吹き飛んだ。ジャックは標的対象から逸れた為、椅子に座ったままだ。レオナルドはと言うと殺意の波動を察知し、盾変化でブリザードテザーを完全防御したので室外に追い出されたが無事だ。


「レオ何をしていたの?」

「アース様にも言われたなソレ。随分気が立ってるようだが相変わらずだな雪娘」

「レオ…私の問いに答えなさい!」

「ちょっとしたパズルゲームだ。スリル満点のな」

「此処へ来たのなら協力しなさい。アース様の命令に従って」

「…そりゃ出来ない相談だ」


「貴方、何様のつもり?!相談じゃあない事知ってるでしょ?王命よ!アース様の命令に叛く貴方こそ黒鳶失格だって……自覚してる?」

「黒鳶…ね」

「〜〜っ!」


 リゼットは雪山へ戻って来る前にレイガとシエラ、二人に会い反りの合わない会話をした。その足で戻ってきたが何故か居るレオナルドが王命とは別に何やら画策中ときた。アースに熱を上げる高飛車な彼女は実に明快で攻撃的だ。


 黒鳶三名揃い踏みで内部から亀裂が走り初めている事実にリオン等は一向に気付く気配が無い。霊族と遭えば即戦闘の現状では知らないのも無理はない。


「黒鳶は王直属の幹部。…王に従い、敬愛し、差向けられたありとあらゆる思念から御身を守護する。……レオナルド、アース様の命に従わないなら私が今此処で切り捨ててあげる」

「ヌハハ!面白いレオナルド俺と戦え!」

「ジャックは黙ってなさい!!」

「ふぅー…。アース様への忠義は揺るがない」

「!」

「その上で柄にもなく世界平和望んでんだ」

「!!」


 同士討ちが勃発しそうな険悪とした場面でもジャックは変わらず酔狂を求めた。それがリゼットの地雷を踏み抜くとなってもお構い無し。ジャックとリゼットのやり取りに煙草を添えるレオナルドは愛用の灰皿に灰をトンと落とした。

 リゼットに腕尽くで根掘り葉掘り追及されたらレオナルドと言えど無事では済まない。彼女はレオナルドにとってそれだけ厄介な存在なのだ。解決策は聞かれる前に自分から話す事。


「雪娘。アース様に執着するのは良いが盲目には成るな。今のアース様は明らかにかつての王ではない。黒鳶は路を踏み外そうとする王にすら頭を垂れるのか?意見した程度で首をハネるのが我等が忠義を尽くす王か?」

「レオナルド……」

『…本当に、あれがアルカディアの王様だと思うのか?リゼットはあれで良いのか』


「…アース様が間違ってるって誰が決めたの?アース様の行く路に従うのが黒鳶だ!自分が間違ってると思っただけで、それが正義だと決め付けるな!自分が正しい事をしてるだなんて思うな!ツケ上がるな!!」

「じゃあ訊くが雪娘は昔と今、何方のアース様に会いたい?」

「ハァ…?!そんなの、そんなの」


 霊族の王は霊族に大層慕われているらしい。側で付き従う大人は勿論、子供達からも敬慕の眼差しを向けられていた。冷徹な彼とは一線を期す姿に矛盾が生じる。故に今回のような衝突が起きた。

 レオナルドに諭され冷静になったかに見えたリゼットだが全く変化無し。それどころかだいぶ悪化した。レオナルドとレイガの台詞が重なったのが不味かった。


 怒涛の畳み掛けに堪忍な汗が出そうになるが煙草を吹かして上手く力を逃がす。自分なりに言葉を選んだつもりだが逆効果と分かり呆れて煙草臭い息が漏れる。最後の質問ですら突っ跳ねる様ではリゼットは現実をも擲った事になる。


「…どっちのアース様だって……」

「自分で判っているだろ」

「わかって……ふざけるのも大概にして。私がどれだけアース様を見つめてきたか、あんたらには解らないわ。あの御方に私の全てを捧げると決めた日から…私は黒鳶を目指し成し遂げた。その辺の人間と一緒にしないで」

「答えにはなっておらぬな」

「熱中ランプ…雪娘刺激するのは止めてくれ」


「アース様から笑顔を奪う人間は星の民だろうが霊族だろうが許せない」

「話の続き、聞いていくか?」

「その前に本当に貴方、アース様を裏切った訳じゃないのね?上で私達を監視してる奴等と繋がっていないよね?」

「本当だって。何度も言ってる。上の奴等は知らん。コソコソするのが好きなんだろ」

「この私が特別に信じてあげる。けど勘違いしないで、アース様に叛いたと判断したら即切り捨てるから」


 現在と過去とを天秤に掛けられ即答出来なかった自分に心底失望する。何を言われたってリゼットには響かない。既に理解している事だから。揺るぎない愛が揺らぐ時、人は本質を問われる。リゼットは本質に目を逸らした。


 上の奴等とは、以前ロッドとロスも気付いた遥か上空からの視線。数名の星の民は気配を隠すのが非常に巧妙で、余程敏感な人間か若しくは余程手練でないと察知は不可能。上空の星の民も気付かれている事に気付いているが未だ傍観を決め込んでいた。敏感か手練か、レオナルドとリゼットは後者だろう。


「さて、アース様の目的だが…姫サマと騎士長をとっ捕まえて何を成そうとしていると思う?」

「生け捕りにせよと命じられた。私達が知る必要無い」

「裏が在るとしてもか?」

「先程言った宝玉が関係していると?」

「嗚呼。そこは間違いないがアース様の目的はあくまで姫サマであり騎士長は関係ない」

「なんであんたが知ってるの」

「毛色の違う鼠が囁いた」

「適当な事言ってんじゃないでしょうね」

「ホントだってば。毛色の違う鼠は言った。"アース様は姫サマを生け捕りにし、何かを成そうとしてる。そして騎士長の生け捕りはアース様ではなく別の者が望んでる"…と」


 王命は命じられたままに従うのが鉄則。疑問を持つ事自体、本来合ってはならない叛逆行為。故に命を承った皆が疑問を疑問と思わずにメトロジアの地を踏んだ。疑問に思い、行動を始めた者こそが毛色の違う鼠と言う訳だ。正体は如何ほどか。

 レオナルドの渾名癖は今に始まった事ではないので鼠も大方、誰かの渾名だろうと確信し敢えてスルーした。大事な場面で人名を言わないのは玉に瑕だ。


 レオナルドの座っていた椅子をリゼットが横取りし、一人だけ立つ羽目になった彼は半分屋外の小屋で雪見煙草を楽しんだ。二本目灰が落ちる頃、黒鳶内に毛色の違う鼠の言葉を共有した。覆い被さるように声を荒げたのは雪娘で次いで愉快に笑ったのは熱中ランプだ。


「アース様と対等になれる人間は居ない!何者だソイツは!!」

「ヌハハハハッ今だけはリゼットの言葉に同意する!」

「ちょっとどう言う意味!?」

「もし其の人物が"霊族の封印を解いた者"だとしたら?」


「「!」」

「話は変わってくるよな」


 アルカディアにとって王とは象徴である。王無くしてアルカディアは在り得ない。アースの命ならば従う。然し、そうでないとしたら。唯一王と横並びで霊族に命令を下した人間が居るなどリゼットは無論ジャックも良い顔はしない。

 食い気味で否定する二人に、レオナルドは一度目を瞑り開いてから核心部分を話した。事の重大さを知るが故の一瞬の沈黙に冷風が通り過ぎ、黒鳶三名の服を髪を揺らした。


「曰く星の民」

「星の民がアース様と対等……ッ!」

「星の民が封印を解いたとは聞き及んでいたが…ファントムか?」

「俺は一夜戦争の中心人物だと睨んでる」

「ヌハハ。先程の問いの意味が分かったぞ」

「星の民……これ以上アース様を傷付けたら皆殺しよ。生きる価値の無い低屑共がッ」

「それと停戦協定の場に居た者達。俺等はその場に呼ばれてないから何処の誰かは知らんがなハハハ」

「レオのクセに何笑ってんの!用事が済んだなら帰りなさい」

「叶うなら暫く此処で身を潜めたい。少しは長生きできるだろ」

「叶わないから消えなさい」

「煙草が切れたら、な」


 一夜戦争の運命の日、現場に居た人物が怪しいと思考するレオナルド。彼がジャックの元を訪ねてまで訊いた訳が分かる。尚ジャックを訪ねた意味は余り無かった。

 星の民と聞きリゼットの険しい表情が更に恐ろしく深みを増す。静かに、けれど節々の圧は凄まじい言い草の彼女は堪忍袋の緒が切れている時だ。近付けば問答無用の吹雪が降りかかろう。


 一夜戦争の他に目星い出来事と言えば霊族が星の民と締結した停戦協定。締結の場に呼ばれなければ内容を聞き出せもしない。レオナルドの笑いの壺が理解不能なリゼットは彼に理不尽な悪態をつき出て行くよう命じる。小屋からは出ている。


 遥か上空から黒鳶を監視する影は複数体。

――――――

スタファノSide


「呑気に歩いてきおったか」

「そうそ〜。雪が重かったんだ」


 リュウシンとホプロの戦闘中、スタファノも敵対する相手ヴォルフの元へ到着する。態と速度を緩めたがヴォルフにはお見通しの様だった。

 ヴォルフが戦闘態勢に入る前にスタファノは素早く行動に出る。後手に回らぬ為に。


「おじいちゃんコレあげる」

「これは…戦わぬのか」

「考えても見てよ。オレは此処で戦う理由なんて無いんだよ。ティアナも居ないし。一人くらい不戦敗でも良いでしょ?残りは皆が頑張って取ってくれる。戦う理由がちゃ〜んとあるからね」


「受け取れるものか」

「おじいちゃん何でオレを選んだの?」

「ガーディアンの里の者が居ると聞いてな。興味が湧いたのだ」

「じゃあ興味なくなったよね」

「俄然湧いた」

「…」

「そう不貞腐れた顔をするな」


 一秒前より冷えた雪山にコインが舞う。スタファノは自らのコインをヴォルフに投げ渡す。円を描いた軌道は綺麗に相手の手に渡った。器用なのはスタファノか数センチの物体をキャッチするヴォルフか。コインを見つめ指名した相手を眺め、真意を探る。

 スタファノの旅目的、戦う理由はティアナを口説く為であり彼女が居なければやる気も出ない。至極明瞭な男だがヴォルフの前では通じず、時間だけが過ぎていく。


「ガーディアンの者が神話の時代より不干渉を貫いた。多種多様な力を操るとアルカディアでも専らの噂でな、是非とも手合わせ願う」

「さっきからガーディアンガーディアンって酷いなぁオレでも傷付くよ。オレが決めた事だ。里は関係ない」

「おや。それは失敬」

「オレは天才だから強いけど今はモチベが上がらないんだ。終わりにしよ?」

「ガーディアンの者、名は?」

「…スタファノ」

「スタファノ一つ勘違いしておるな」

「…?」

「はっっ」

「ー…!ぐっ」


 ご丁寧にコインを投げ返され渋々受け取る。ヴォルフの声を右から左へ聞き流し、見る間に不機嫌になるスタファノ。ガーディアンの里に関して触れられてほしくない彼は詰まらなそうに地面の雪を見る。心無しか声のトーンも一段下りた気がする。

 ヴォルフがスタファノの名を呼ぶ。里は関係ないと不貞腐れた顔で言われ、彼はスタファノ自身を視る為に敢えて名を呼んだ。


 完全なる不意打ち。中途半端に会話を切り上げたヴォルフは雪を踏み締め、真正面から突っ込むと膝蹴りを顎に入れた。油断も隙も無い戦闘開始の合図にスタファノは見事対応した。ヴォルフの膝は顎ではなくスタファノが出現させた盾に当たった。間一髪と言った距離で丁寧に鞭まで構えている。


「防いだではないか」

「……」

「スタファノ。戦闘訓練を積んだな」

「そんな暑苦しい事オレがする訳無いよ」

「次行くぞ」

「っは…!」


 態と防がれたのでは無いのかと言われても可笑しくないほどヴォルフは冷静だった。不意打ちを仕掛けてきた彼に正確に盾変化をぶつけ、同時に鞭まで出すスタファノは素人の動きとかけ離れていた。ヴォルフは会敵した時からスタファノのポテンシャルを分かっていた。嫌な分析をされ不機嫌だった表情に追加で怒が含まれる。


 リュウシンやティアナの相手と違い、比較的友好な態度を崩さないヴォルフだが、一度戦闘が始まれば容赦をしない。

 右膝は現在盾で防がれている。両手を使おうにも盾が邪魔だ。つまり残された攻撃法は限られる。


(左…っじゃない!)

「良い判断だ。然し遅い」

「ーっぁあ…!」


 右足、両手が使えないのなら左足蹴りが来るとスタファノを含めた多くの者が予想しただろうが残念不正解だ。左足蹴りの直後、ヴォルフは視線を左足に向けた。何故向けたのか、盾を出現させる為だ。彼は足蹴りすると見せ掛けて盾に着地し、体勢を整えてから右足で決める気だと考え右足を警戒したが切り替えるのが僅かに遅かった。

 スタファノの予想通りの動作で黄色盾に着地すると一度きりの踏み込みで背後を回り、左顎に強烈な蹴りを入れた。立ってられない衝撃が走り、雪上に蹲る。


「のらりくらりとしたお主は己に向けられた刃をキッチリ処理する。そういう男だ。戦場でも変わらぬ。気分の話では無い。戦えるかそうでないかの違いだ」

「くっ」

(オレは……。…!血が、何処から)

「ふふふ」

「どうした。降参か?」

「おじいちゃんコインの条件に殺すなって付け加えたの?」

「…」

「…」

「子ども達の為にな。マーシャルは父親を殺され、ホプロは自ら姉を殺し、闇に落ち、闇に囚われた。家族を失った子どもの闇を晴らせる良い機会だと思った。少々荒療治だが」


 焦点の合わず中々立てずにいるスタファノは雪に埋もれる両手を見つめ無力を噛み締める。悔しがっていてもヴォルフの声は届く。聞きたくなくとも長耳は勝手に嫌な音を拾うので、惨めな思いすら湧いてくる。


 漸く焦点が合ったと思えば雪上に鮮血が滴り落ちる。ポツンポツンと白を赤に染める。無力な手で蹴られた箇所を撫で怪我の具合を確かめる。どうやら左耳が数ミリ掠り、少しずつ溜まった雫が落ちたらしい。流血箇所を手で押さえ立ち上がる。スタファノにしては珍しく不安定に揺れた。

 彼の心情は最早誰にも分からない。ヴォルフに向き直ると今まで見た事のない冷たい目でニッコリ笑った。


「そっか。おじいちゃんって不器用だね」

「家族を失う経験を早い内にさせてしまったワシの責任だ」



「ねぇ家族ってそんなに大事?」

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