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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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74/122

第74話 ティアナVSマーシャル

 夕刻を過ぎた頃、瞬間的にコインの光が強まり緩やかに落ち着きを取り戻す。ティアナは無言でコインを仕舞うと目の前の男と向き合う。


「遅かったねー。メイプルさん」

「〈法術 火箭・三連武〉!」


「いきなり攻撃?やる気満々じゃん」

「〈法術 火箭・五連武〉!!」

「ククッ。フライングした甲斐十分ッ!!」


 立ち止まりはしなかった。マーシャルを捉えた瞬間に速度を上げ先制攻撃を仕掛ける。三つの火矢が出現すると、ティアナは火矢の動きと連動し得意の体術で勝負した。然し、マーシャルはいとも簡単に火矢を盾で防ぐとティアナの拳を受け流し躱す。


 受け流されたティアナには隙が生じていたがマーシャルは敢えて狙わずに口を開く。対話をしたいらしい彼にティアナはお構いなしに連続で攻撃を加えた。ランダムに襲い掛かる五つの火矢を盾変化で完璧に防ぐには少々、心許ないと考えたマーシャルは四つを防いだ後に残り一つを両腕をクロスさせ自らの身で受け止めた。


「あたしは虫の居所が悪いんだ。あんたの下らない会話に耳を傾けるほど、お人好しじゃない」

「じゃ大人しくさせないとな。俺の話、最後まで聞かせる為にも…〈法術 アシッドバインド〉」


「負けるものかっ!〈火箭・三連武〉」

「ハッッ」

「ぐっ…!」


 生身で受け止め、平然とするマーシャル。明らかな力の差に表情筋が働かなくなるが、マーシャルに気取られぬように強気な姿勢で己を奮い立たせた。


 準備運動のつもりで関節をポキポキ鳴らしてから両腕を下げ、アシッドバインドを発動させる。一度見た技だ、負けじと火箭・三連武を繰り出すティアナだが思うように近付けず歯軋りする。


「どうした?近付けなきゃ終わりか!?」

「……あたしは負ける訳にはいかない!!母さんを殺した霊族に復讐するまではな!」

「復讐出来るほどの力はお前には無い!!」

「あんたに何が分かる!?」


「分からんよ、分からんから教えてくれよ!人が人を殺す理由を!殺す感覚を!!」

(なんだこの男……)

「ゔっ!しまっ……た」

「アシッドバインドは拘束技だけだと思ったら大間違いだ。掠った傷口が痺れるだろう。じわじわ嬲り殺してやる」


 爪先から伸びる紐状の攻撃を回避しつつ接近を試みる。既に火矢は防がれており、法術の効果も切れてしまっていたが構わずに突っ走る。ティアナの得意とする地の利は小回りの利く屋内だが、舞台は雪山。見渡す限りの雪景色。加えて慣れない雪上ときた。雪に足を絡め取られて肝心なところで力むタイミングを見誤る。


 マーシャルにとっても雪上は馴染みない筈だが戦闘センスに於いては彼の方が一枚上手だ。動きのキレも抜群でティアナの回避した方向にアシッドバインドを先回しさせ、ココぞと言う場面でティアナの太腿に傷を付けた。


 微かに流れた血よりも傷口から感じる不愉快な感覚がティアナを苦しませる。痺れるような痛みは彼女の思考回路に侵入し、打開策を練る邪魔をした。


「次はどこが良い!?」

「これしきの事で立ち止まれるものか」

(然し…決定打を打つ為にはどうにかして近付かなければ)

「俺はずっと星の民と闘いたかった。なのにメトロジアに行く事すら出来なかった」


「?何を言っているんだ」

「そんな時に、親父の知り合いが連れ出してくれたんだ」


 縦横無尽、滑らかに動くアシッドバインドを紙一重で避け続ける。直前まで引きつけ技の軌道から外れる事で何とか回避は可能になるが、それには常に神経を尖らせておく必要がある。鯔の詰まり神経が切れた瞬間、眼前に死が迫ると言う事だ。小さな掠り傷には構う暇もなく目を瞑る他無い。文字通りじわじわと嬲られる。


 脅威は彼の法術だけでは無い。一定の距離を保ちながらアシッドバインドを操っているが時折、数秒ほど法術を解除し直接ティアナを叩きに行く。解除した瞬間にティアナも法術を発動すれば良いのだが彼には隙が無い。


(隙が…!)

「はぁっっ」

「ジャックさんとヴォルフさんには感謝してんよ。……けど条件は守れそうにない!!」

「!?カハッ…後ろ、いや下から攻撃が」


 合間合間に聞こえてくるマーシャルの独り言は疑念と執念が織り混ざっており、ティアナは違和感を感じる。互いの距離が近付い時、彼に隙が生じた。顎目掛けてアッパーを喰らわせようとしたが一歩先を行かれた。


 だらりと下ろす左手から放たれた一本が地面を突き破って潜りティアナの背後を取った。

 気付かれぬ内に直線状に迫り、彼女の身体に先程よりも深い傷を負わせた。衣服に染みる血の感触、傷口からの痺れ、動きが鈍っても可笑しくない場面で、地に足付けて直ぐさま追撃を躱した。


「勝利条件は相手を殺さない事、コインを重ね合わせる事だったな」

「コインなんかどうでも良い。俺は星の民を殺して確かめたいだけなんだッッ!」

「ぐっ…戯言を!」


「親父は黒鳶でも何でも無かったが、実力は黒鳶級だった。メイプルさんの復讐相手もな黒鳶だ」

「なにっ!?!…ッあぁ!」

「捕まえた。今度は逃さねぇよ!!!」


 再び開いた距離で睨み合い、マーシャルが手を出す。次は何時近付けるかチャンスを見逃す訳にはいかない。一進一退と言うよりは防御で手一杯のティアナ。初手で傷が出来手負いとなってしまったのが悪手であった。


 勝利条件を破棄して襲い掛かる彼の目は酷く濁っているように見えた。大振りに見せ掛けて細工を施す。但し瞬間的な隙は大きい。

 不安定な戦い方だとティアナにも分かっているが今の彼女では隙を突く事は難しいだろう。手数の少なさが嫌に目立つ。


 皮肉めいた敬称の付け方は無視出来ても復讐相手が黒鳶だと言うマーシャルの言葉は無視出来なかった。結果、彼以上に隙が生じ呆気なくアシッドバインドで拘束される。


「ぐぅっ……!あたしが探しているあの男が黒鳶、なのは…本当か?!…ぐっ」

「そんな分かりやすい印付ける奴は一人しか居ない。分かりやすくて良かったな!!」


「ぁあ゛っっ!!ハァハァ…」

「このまま苦しみながら死ね」

「黙って殺られはしない!捕らえたのは此方も同じ事〈火箭・三連武〉」

「はっ…チッ!」


 拘束されて困る場所は首元。縊り殺され死に直結するからだ。幸いにも首元に巻きつかれてはおらず、ティアナはマーシャルの言葉の真偽を確かめようとした。


 不機嫌な彼は腕に脚に巻き付いた法術を更に強める。一般人なら即気絶するような痛みに耐え、逆にアシッドバインドを両手で掴む。

 自分を捕らえたと言う事は彼も自由には動けないと言う事だ。ティアナの放った火矢は、標的を見逃さない。


 一本は背後に回り込み背を残りの二本は両目を狙い撃つ。正面は盾で防御したが眼前に出現させてしまったので視界が不明瞭になる。

 拘束が緩んだ隙に力尽くで抜け出し、背後の一本と合わせて突進する。前後で挟まれた彼は仕方無く法術を解除し距離を取った。


「奴の名は!?奴は今何処に!?!」

「俺と戦ってるって事忘れちゃ困るんだよ」

「うっ!」

「俺に殺されろ星の民!!」

「ッ…!星の民に恨みでもあるのか?ヤケに突っ掛かる」

(まぁ目的も無くメトロジアに来る霊族は居ないか)


「恨みか、そうだな俺は星の民を恨んでいるのかも知れない。別に復讐がしたいワケでも無いが。知りたいんだ確かめたいんだ。お前は俺の質問に答えろよ。アシッドバインドは親父譲りの力だ」


 何としてでも自分に消えない傷を負わせた男の素性を聞き出さねばならないと言う焦燥感が膨れ上がり無謀にも真正面から突っ込む。

 無我夢中で距離を詰め、マーシャルの顔面に横肘を打つが僅かに掠ったのみで致命傷には程遠い。


 マーシャルは避ける際に上体を捻り、起き上がる力を利用しながら反撃する。一瞬で彼女の額に到達したアシッドバインドに力を込め斬り付けるが、ギリギリのところでティアナが回避に成功する。雪上の滑りやすさを逆手に両足を滑らせ身体全体を倒す事で一先ずの事無きを得る。


 視界が空を向いたままでは此方が不利だ。身体全体を倒した時、同時に両手を地面に付きバク転する勢いで脚蹴りをかます。マーシャルの追撃を警戒した動きだ。


「切れろ」

「ーっ…!避け切れていなかったのか」

「逃げられないようにちゃんと捕まえてから答えてもらわなきゃ意味がないよな」

(不味い、視界が…)

「親父は黒鳶ぐらい強かったけど、争い事が嫌いだった。だから黒鳶にはならなかった」


 攻めの好機は今だと確信し、息を吸い込んだ瞬間に額から血が吹き出す。成功したように見えた回避が一秒程遅かった。出血の位置が悪いと気付くのに時間は掛からなかった。

 拭い切れない血液がだらりと流れ出て眼球に触れようとしていた。視覚が完全に使い物にならなくなる前に瞼を閉じたが結局のところ解決には至っていない。


 既に数カ所、傷口が開いておりアシッドバインドの効果が最悪なまでに発揮されていた。痺れの効果が続けば身体が麻痺してしまう。早いところ決着を付けねば。


「アルカディアにはそりゃ争い事嫌いな人間は居るさ。今は立派な国だもんな。けど戦士で争い事が苦手な霊族は珍しい。親父は戦には消極的だったんだ」

「目が見えない時は……アスト感知。そうだったなリオン…」


 マーシャルの言葉に惑わされぬように聴覚を戦闘音のみに集中させる。其れは救出作戦が始まる前の事、ティアナを含めた皆はリオンにアドバイスと言う名の指南を受けていた。


 "もし、両目が見えない状況に陥ったら冷静にアスト感知を働かせろ。敵の位置、法術の軌道が見えてくる"と。はてさて、誰の受け売りだったか。兎にも角にも元騎士団団長は簡単に言ってくれる。

 アスト感知を継続する。法術を避けつつ敵の正確な位置を把握して攻撃を加える。数日の内に実戦で熟せるようになれるほどティアナは器用では無かった。いや、誰だろうと困難だ。


(悔しいが避けるので手一杯だ。生憎、あたしはリオンほど生きちゃいない)

「親父は星の民にも優しかった。一夜戦争も先の大戦もあくまで防衛に務めた」

「っ!?!」


「星の民は霊族を親父を裏切った。ハッッ」

「ゔぅっ!何度拘束しようと無駄だ…」

「俺の属性、同じ火だ。アシッドバインドに流したらどうなると思う?」

「!ぁああっ…ー!!」


 アスト感知すると言っても爪先から伸びる十本とマーシャル本体の区別をつける為には、数秒の思考が入る。一撃離脱を繰り返しても大した手応えが無く、歯噛みした。

 元々自覚通り力の差は存在したのだ。徐々に勝利への道が閉ざされて行く感覚は軈て現実となる。


 何度目かの拘束。嫌な事に首を絞め、華奢な身体を持ち上げた。直前でアシッドバインドと首の間に手を入れ即死は避けたが、悠長にはしていられない。アスト能力に属性付与し更なる激痛が全身を駆け巡り、僅かに意識が飛ぶ。絶対に勝つ、固い意志がティアナの意識を現実に繋ぎ止める。


「親父は星の民に殺された…。教えてくれよ、何で殺されなきゃならなかったんだッ!!!親父を裏切って殺した星の民の気持ちは何なんだッ!?!」

「父親が……星の民に…?」

「そうだ…百年前の大戦で親父は殺された」


「父親は戦士だったんだろう。だったら覚悟の上で戦場に向かった筈だ」

「知った風な口を利くなッ!戦場を作ったのは星の民だろ!!…。ヴォルフさんに全て聞いた。俺は未熟な子供だったからな。子供の俺は何も出来無かった」

「……あたしも未熟で弱い子供だった。何方が先か、など子供には分からない」


 微かに開いた眼がマーシャルの怒りを含んだ声によって見開かれる。最初から違和感を覚えるほど様子の可笑しかった彼は、この時の為に延々独り言を吐き出していた。

 互いが互いの種族に親を殺された子供が力を持つようになる時間は十分にあった。


 子供にとっては目に映る物が世界の全て。

目に映らない物は全て理不尽の種。成長した現在の彼女等は兎も角、大戦時の子供時代に感じた理不尽と云うのは何歳になっても収まりはしない。


 目頭に溜めた水滴がマーシャルの過去を映し出す。

――――――

―回想―


 三百年と少し前の頃。海を分かち隔てられていた両種族が和睦を締結し一つに成った頃。


「とーちゃん今日から行くの?」

「嗚呼。お留守番、頼むよマーシャル」


 少年の名はマーシャル・ビリジャン。少年の頭を撫で回す大人はミッシェル・ビリジャン。二人は仲の良い親子だった。父親の仕事には基本的に口出ししないが、遠出するとあらば話は別だ。自宅を飛び出し海岸沿いで仕事話をする父親を見上げてうるうる瞳を揺らす。


「メトロジアで何するの?」

「国からの大事なお仕事でね。メトロジアとアルカディアが仲良くなれるように手助けをするんだ。争いの蟠りを失くす為にも」


「とーちゃんがしないとダメ?俺とーちゃんが居ないと一人になる」

「マーシャルお土産を買って来るから…ね」

「少年、であればワシの孫と遊ぶと良い。丁度同い年くらいだ」

「おじいちゃん誰?」

「仕事仲間のヴォルフさんだよ」


 ミッシェルは所謂外交官的な職に就いており和睦以降、仕事上アルカディアを離れる事も屡々あった。近所の子や学校の子と心の距離が離れているのか、マーシャルには友達と呼べる子が居なかった。


 俯く我が子を連れて行く訳にも行かず、膝を折り手を握ってやる事しか出来なかった。

 不意に上から声が降る。親子が目を向けるとニカッと笑う老人が居た。禿頭に馬の尻尾のような髪結をしたヴォルフはミッシェルの仕事仲間だ。因みに職業は違う。


「ホプロと言って、少々口数は少ないが君のお友達になれる筈だ。此処からそう遠くない白い屋根のお家に行ってみると良い」

「行ってみる」

「じゃあとーちゃんはお仕事行ってくるよ」

「うん」


 ヴォルフも膝を曲げ、マーシャルと目線を合わせると白屋根の家を指差した。不満顔からほんの少し和らぎ、ミッシェルはホッとして胸を撫で下ろす。安心して仕事に行ける。


 程無くしてミッシェルとヴォルフを乗せた船が出航し、マーシャルは白屋根の家を目指して走った。


―――


「…いてて、転んだ」


 急いで走ったものだから小石に躓き、顔から転んでしまった。膝を擦りむき顔面が砂に塗れる。テンションはただ下がったがムスッと立ち上がると今度は転ばぬようにゆっくりと歩いて行った。


「白屋根の家、ココ?」


 白屋根に煙突の家が一軒。辺りを見渡しても白屋根の家は視線の先以外に無く、ヴォルフの話していた家をマーシャルは発見した。

 早速ドアノッカーを叩こうかと思ったが直前で方向転換する。丁度良く出窓が開いており膳板に手を伸ばしてひょいっとジャンプすると家の中を覗き込んだ。


「誰か居る…同い年くらいのホプロってアイツか。くんくん良い匂い、何か食べてる」


 窓から見えた光景は色素の薄い金髪の少年が椅子に座り、食事している風景だった。何を食べているのか背に隠れて皆目検討も付かないが、程良く嗅覚を刺激する匂いに腹の虫が反応する。


「朝ごはん…食べたばっかなのにな」

「誰?」

「見つかった、俺ヴォルフっておじいちゃんに言われ」

(!?やば手が滑っ)


 腹の虫の活動に気付いたホプロが振り返る。窓辺で見知らぬ子供に見られて良い気分はしないだろう。それが同年であっても。怪訝な顔で自分を見るホプロに慌てて身振り手振りで説明しようとした時、誤って手を滑らせ地面にすっ転ぶ。序でに無意識に掴んだ壁掛け観葉植物をひっくり返し泥を被る。


「……素直にノックしときゃ良かった」

「誰だ?」

「な、なんで包丁持ってんだよっ物騒だな」

「一応」

「一応!?おれはヴォルフおじいちゃんに言われてココに来たんだけど…」

「なんの用事で?」

「友達になりに来た。遊びに誘いに来た…」

「家のもの壊さないでくれ」

「ごめん」


 子供の手でも持てる小さな鉢を割り、指先の出血に気付かずマーシャルは泥を払った。

流石に怒られると覚悟し、バクバク心臓の音を鳴らしながら扉が開くのを待ったが、いざ開くとホプロは台所から取ってきたであろう包丁を手にして此方を見た。


 よもや凶器を携えてくるとは思っていなかったので思わずホプロから距離を取る。今の一瞬でマーシャルは彼の事が少し怖くなった。

もっともらしい言葉を最後に二人の間に無言の時間が流れ、気まずくなったタイミングでとある女性が駆け付ける。


「ホプロ!?包丁なんて外に出しちゃダメだよ?トマトソースも付けたままで……」

「ラフィーネ姉さん、あっち」

「え?まぁ大変!君大丈夫?!」

「お姉さん…?」

「指怪我してるじゃない。それに泥まみれ」

「ごめんなさい。鉢割っちゃった」

「態とじゃないんでしょ?」

「うん」

「お家に入ろう?…て膝も擦りむいちゃって」

「あー…うん」

「おっちょこちょいさんね」

「うん………」


 ラフィーネ姉さんと呼ばれた女性は包丁を持ち出したホプロを咎めてからハンカチを取り出しトマトソースを優しく拭う。ラフィーネを見るホプロは嬉々とした表情を浮かべおり、一目見て懐いているのが良く分かる。


 泥塗れで尻もちを付いているマーシャルを見つけるや否や、ラフィーネは側に近寄り髪に掛かった泥と蔦を払う。二箇所の怪我を確認するとフッと微笑んで立ち上がらせる。

 心無しか歳上の女性に微笑まれたマーシャルの顔は赤味が増していた。


―――


「はいっコレで完了」

「ありがとうございます…。……ホプロのお姉さん」


 ホプロの姉、ラフィーネは絵に描いたような穏やかで淑やかな女性だった。テキパキと傷の手当をすると後片付けを始めた。


「君、ミッシェルさんの子どもね」

「!なんでわかったの?」

「眉毛とかお目めとか良く似てるから」

「ラフィーネ姉さん…そいつと知り合い?」

「今知り合ったわ!」


「ホプロ、遊びに来た。暇なんだ」

「遊んできたら?ホプロも暇なんでしょ」

「姉さんが言うなら」

(なんか渋々……)

「あの子少し神経質なところがあるけど根は優しくて良い子よ。仲良くしてあげてね」

「うんっ」


 薬箱を棚に仕舞い、くるりと振り返りマーシャルを観察してから彼の正体を言い当てた。と言うよりは恐らくだがヴォルフとミッシェルが知人である時点でマーシャルの事も知っていたのであろう。


 包丁は姉に没収されマーシャルが手当てを受ける様を警戒しながら眺めていたホプロは部屋の出入り口付近から低い声で唸った。

 火照った顔でガーゼを一瞥し、椅子から立ち上がるとマーシャルは此処へ来た目的を再度話した。渋々嫌々の了承でイマイチ遊ぶ気になれないがお互い暇を持て余していたので、出掛ける準備に取り掛かった。


「気を付けてね。もう怪我しちゃ駄目よ?」

「努力する」

「それからご飯の時間になったら帰ってくる事!マーシャルくんはご飯どうする?何なら泊まってくれても良いのよ。お父さんが帰ってくるのは明後日よね」


「うん。仕事だからね。何時もは学校で食べてる。今日もそうするけど明日は来ていいかな?」

(来るな来るな来るな)

「勿論!大歓迎!」

「ラフィーネ姉さん!姉さんの負担が増えるだけだ。僕も手伝うが…」

「手伝ってくれるの!?何時もありがとう」

「うっ…姉さんに感謝される為なら」


 海の向こう側、メトロジアに出航した外航船の役割を果たす船は基本的に日を跨ぐ事が多い。早ければ三日、遅ければ一週間は帰って来ない為マーシャルは父親の仕事を嫌がっていた。


 学校と一口に纏めてもアルカディアの学校は他とは違う。先ず義務教育では無い。次に学校と呼ばれる建物はエリア事に一軒ずつのみ。それから学校には老若男女問わず誰でも通える。最後に学校内で炊き出しも行われる。

 アルカディアはエリア区別はあっても街の区切りは無い。全員が全員、距離が近いのが特徴的だ。


―――


「…て事があって、ホプロは変な奴だけど話してみると面白いんだ!」


 父親が帰ってくる当日。船のシルエットを今か今かと待ち侘びて何度も海岸沿いを行ったり来たり繰り返した。漸く見えた帰国の報せに舞い上がり現在に至る。帰国後も当然仕事は残っているが、一足先に帰宅出来たのは他でもないヴォルフが協力してくれたお陰でもある。息子の言葉一つ一つに頷くミッシェルは親子水入らずの時間が出来、嬉しそうだ。


「留守番ありがとな」

「楽しかったぜ!!あ、お土産は?!」

「覚えていたか…。ほれ、じっとしてろ」

「ん、これヘアバンドだ!」

「メトロジアのお店で買ったんだ。似合ってるぞ」

「カッコいい!とーちゃんセンスいいな!」

「ハハハッ。褒め上手な奴だ」


 年頃の男の子が想像するかっちょいい柄のヘアバンドを付け手鏡を見せる。ミッシェルの思惑通り速攻で気に入ったマーシャルは目を輝かせた。


「ホプロに見せてくる!!」

(良い友達と出会えて安心したよ。良かったな、マーシャル)

――――――

―――

 一夜戦争。それは和睦破綻を意味する。

 メトロジア国内に居た霊族が突如として反乱し、一夜の内に封印された戦と"メトロジア側では伝えられている"


 マーシャルとホプロが出会い、交流を続けていたある日の事。一夜戦争は始まった。


「とーちゃん嫌だ……」

「マーシャル…行かなければならない。これは何時もの仕事じゃない。王命だ」

「アース様は戦えなんて言わない」

「分かっているよ。アース様の身に何が起こったのか確かめに行く」


「とーちゃんがしないとだめなこと??!」

「メトロジアには信頼出来る星の民も居る。ホプロ君と一緒にお留守番頼むよ」

「でも、ホプロは」

「帰ってくるから、行ってくるよ」

「とーちゃん!!」


 メトロジアへ行く者、アルカディアに残る者。上意下達によりミッシェルはメトロジア行きが決まった。親子最後の会話になるかも知れないとマーシャルを固く抱き寄せ、次の瞬間に離した。


 ぐずるマーシャルを見つめる視線は熱く、脳裏に焼き付ける。此処で父親を止めては駄目だと理解しているが納得出来るほど大人でも無い。


(ホプロとは"あの日あの時"以来会ってない。けど、ホプロは学校に行かないだろうから)


 ヘアバンドの奥、脳内で蘇るとある事件。血塗れのホプロを思い出すまいと首を左右に振り走った。走ってまた転んだ。

 白屋根の家でホプロと二人、肩身寄せ蹲っていると何処からとも無く現れる光源に気付き顔を上げた。


「何これ…!?」

「…消えてる」

「何が、…俺達が?」

「痛みも何も無い」

「とーちゃん…!!」


 光源は自分達の身体だと理解した瞬間、マーシャルは恐怖で顔を引き攣らせた。外へ飛び出す勇気は無かったが、どよめき声が聞こえ自分達だけの現象では無いと悟る。

 抑揚の無いホプロの声が一層彼を怖がらせ、震えさせる。子供が助けを求める相手は親だ。例え遠くに居ても、会える訳無いと分かっていても、助けてと心が叫んだ。


 光の粒子一粒一粒が霊族の身体。天へと昇るに連れ、次第に意識が薄らいで往く。

 跡に残ったのは、アルカディア跡地のみ。



「ーっ!ここは、俺はどうなって」

「目が覚めたか」

「ヴォルフじいちゃん何でここに。ホプロはとーちゃんは?!」

「落ち着いて聴くのだ」


 ハッとして目を覚ます。自分は何時目を閉じたのか一切思い出せない。目の前には悲しげに目を細めたヴォルフが片膝を付いて此方を見つめていたが記憶が混乱しており呂律も回らなかった。徐々に直前の出来事を思い出し、身体を擦り、身近な人物達の所在を訊く。


 少し間を置いてヴォルフは今までの出来事を掻い摘んで話した。


「とーちゃんがころ、された……!?!」

「子どもたちより先に目覚め戦に出たが…」

「星の民の所為で戦いが始まって……それで、とーちゃんは殺された。しかも…信頼してた人に裏切られて死んだって…ウソだよそんなの」


「全て本当の事だ。済まなかったミッシェルはワシが駆けつけた時にはもう……」

「うっ…ウソだ、だってイヤだ…!とーちゃんとーちゃんっっ!!!なんで…っ」


 ヴォルフによるとミッシェルは大戦に駆り出されて、信頼を寄せていた星の民と落ち合いそして油断したところで寝首を掻かれた。

 真実を伝えるには心苦しいが何れ話さなればならないとヴォルフは心を鬼にした。


 受け入れ難い真実を追い出すようにマーシャルは泣き喚いた。鼻水垂れ流し咽び泣く。涙が枯れるより先に声が枯れ、顔も腫れた。それでも泣き続けた。


「ひっ…ずぐ、うっ……メトロジアに行く」

「メトロジアには一部の者を除いて渡航禁止だ。停戦協定を守らなければ戦は繰り返す」

「じいちゃんはメトロジアに行くの?」

「協定よりも重い王命とあらば」

「俺も行く絶対行く。星の民を殺せば殺した理由が分かるかも知れない」


 誰も止められはしない。肉親なら或いは引き止められた可能性はある。然し既に居ない。流した涙が真実を滲ませ、歪ませる。



(星の民…必ず確かめてやる。お前等を殺して殺した時の気持ちを…!裏切った時の気持ちを!!)


―回想終了―

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