第72話 襖雪、人知れず
?
時は雪山ドラグの騒動が起こった当初に遡る。両目を覆うほど深い兜を被った女が、上空に留まり笑みを浮かべた。
「フッ此処に居たか。然しまぁ何と奇怪な」
地上では今正に、イリヤに付き添う為に天音とスタファノが飛び出す。彼等を見て兜の女は、ぷっくりとした唇から凛々しい音を奏でた。ひらりと踵を返し、雪山とは反対方向へ音も無く移動した。
―――
某所。
「内部から探りを入れてもファントム、霊族共に動きが活発になっていると報告が」
「…」
若い男が老いた老人と向かい合わせでとある報告を入れる。入口付近に立つ若人と最奥で豪奢な椅子に座る玄人二人の姿は、影に隠れ見えず。
「っ!」
「追加で報告。見付けたよ、行くかい?」
「…!」
「全員を呼びます」
バッと開け放たれた扉から先程の兜女が現れ一報を追加した。入ってすぐ若人の肩に手を回し、陽気に引き寄せたもので若人は焦り、戸惑った。
一報を聴き、玄人は目を見開き腰を上げた。彼等の尻尾を掴み行動を始めた瞬間だった。
――――――
―――
時は現在軸に戻り、時刻は深夜を回る。足音は最小限に抑えて、ロッドが一人離れへ向かうも灯りが乏しい事に疑問を抱く。
「皆は分家へ戻ったのか」
?「皆、じゃねぇな」
「!…リオン様。てっきり誰も居ないかと思い引き返そうかと」
「俺一人の方が話せるだろ」
閑散とした離れに夜風が窓を叩く。人の気配は皆無で、事前に聞いた分家の方へ向かおうと思考した最中に声が降ってくる。灯りを携えて声の主、リオンはロッドを歓迎した。
「他の奴等は分家だ。俺だけ残ったんだ。話を聴く為に。ロッドお前は何者だ」
「おれは…」
「…」
「霊族信仰教会の司祭であり、ファントムボス"ニコラス"の実子。天音様のペンダントを奪ったアイツはおれの弟。母親は違うが…兄弟は恐らく他にも居る。ニコラスは口癖の様に言っていた。遺伝子は多い方が良いと」
「ファントムの目的は霊族と一緒だな」
「大体は同じです」
椅子も片付けた後なので直に木製の床に座り灯りの元を置くとロッドにも座るよう促す。月明かりに恵まれない夜はランプの灯りが実に頼もしい。
直球のド直球。回り諄い質問で得する人間は此処には居ない。男二人、腹を割って話す。
ロッドの正体は霊族信仰組織として悪名高いファントムの血筋であった。ファントムだとは薄々感じていたものの、まさかの正体に真顔が崩れ目を見張った。
ロッドの表情は真剣そのもの。これまでの彼の行動を思い起こし虚偽ではないと判断したリオンは質問を続けた。エンドもボスの血筋であれば天音を救ったロッドの行動は正しいと言える。
「ロスは何者だ。あの子もファントムか」
「ロスは違う。ファントムとは関係ない。……孤児院の生まれで、おれが巻き込んだも同然だ。出会わなければ何処かで平和に暮らせたかも知れないのに。…怪我をする事も泣かせる事も無かった」
「…」
「危険な目に合わせるくらいなら離れた方がロスの為だと思った事もあった。彼女はおれと出会う前、後天的にアスト能力を植え付けられた。ファントム以外にも警戒しなければならない組織がある」
「ポスポロスにか?」
「はい。詳しくは知りません。ロスが話したがらないので」
ロスは現在、離れの屋根下に居る。ロッドと話し合い自ら邪魔にならぬよう外で待つ事にした。彼女の話題が出た途端、著しく表情が読みやすくなった。ロッドが口にした懺悔に似た言葉は彼が初めて吐く弱音だ。全てを伝えると意気込み、知らず知らずの内に溢れてしまったのだろう。
彼の台詞にはリオンも思うところがあった。危険な目に合うくらいならと手を離せば護るべき対象を引き寄せるのだと、かつて誰かが呟いた。話の主軸がズレれば元も子もないので余計な一言は心に留めるに終わる。
「ファントムのボス、ニコラスつったか。ソイツの子どもだからお前は俺達を知っていたのか?」
「おれは教会に居た頃から聞かされていました。天音様の名前はファントムの情報を盗み聞きして知りました。只、ファントムは一枚岩では無い。全員が全員リオン様と天音様を知っているとは限りません」
「スコアリーズで会った奴も知らない様子だった。大まかで良い、何人動いてる?」
「各地を回っているのは少数、十人足らず。多くの者は表の職に就いてます。幾らファントムが戦闘集団だからと言って血眼で探していると言う訳でもありません。……然し、御二人の位置が知れた瞬間、あの人達も全力で狙うでしょう」
何処で情報が流れたか、知る必要がある。自分の名は、と言うよりも噂話上死亡済みになっている自分とカグヤの生まれ変わりである天音の存在は何処で知ったのか。ロッドは直接聞いたと話す。天音の存在に至っては盗み聞きらしく、警戒が和らぐ。ごく一部の人間にこそ知られているが全員では無い。
次にファントムの動向を探る。意外と少ない人数に拍子抜けしそうになるがスコアリーズで出会ったファントムも強かった。油断大敵を肝に銘じよう。少し間を置いて文末に一言警告を付け加える。
「そんな組織なら抜けるのにも一苦労だろうな」
「命懸けでも足りない。ニコラスが赦す訳もありません」
「逃げれば追われるってのに何故……?」
「そんな組織、だからです。元々の始まりは霊獣を尊ぶ小さな祠でした。何時しか女神様に目が眩み…ニコラスの三代前からは霊族を崇めるようになってしまった。そんな原初の想いを忘れてしまった組織に、居たくないのです。おれは全てを犠牲にしてでもロスとの短い旅を選んだ。リオン様の旅はポスポロスが終着点ですか?」
「嗚呼。今んとこな」
単なる興味本位でリオンはロッドに尋ねた。疑念を浮かべるリオンにロッドはファントムの成り立ちを手短に語った。霊獣から女神様から霊族へ信仰心の欠片もない変移にロッドは背を向けた。父親の呼び方からも、分かる通りロッドは教会を見限った。
彼のような善人が寄りにも寄ってファントムの子どもとして大戦が起こった時代に産まれてしまった。三代前に生まれていれば或いはと考えてしまうのは些かお節介と言うものか。
「現時点での星の民の最高権力者を探す為にポスポロスへ向かう。心当たりはある。何処のどいつかは知らねぇがメトロポリスが入れないのであれば十中八九其処に居る」
「その人にあって何を?」
「取り敢えず話を付ける。何時までも停戦のままじゃ何も変りゃしない。後は、合ってから決める」
「それを聞いて安心しました。おれはその人を知ってます」
「!」
「こんな時世でないと、表に出てこない人達です」
リオンと天音の旅の目的は停戦協定を締結させた謎の星の民を探し出す事。つまりは最高権力者だ。王都メトロポリスと言っても王族や貴族、従者などの住処が立ち並んでいるのみ。其れ等囲いの中心にメトロジア城が構えている。
メトロポリスに居ないのであれば、隣接する都市部ポスポロスに居ると考え目指した。
一瞬緩めた表情は何を語るのか。ロッドは謎人物について初めて明言した。
「人達、か。俺の予想は当たったらしい」
「はい…。彼等もまた、リオン様天音様を探し動いているものと思われます」
「そうか。知ってる事はコレで全部か?」
「最後に。ファントムと霊族の繋がりは想定以上に大きい。霊族を崇める余り傀儡と化した組織はメトロジアの膿。リオン様天音様の行く手を阻む膿。だからどうかファントムを壊滅させてください……。此れはおれの頼みです」
共通の人物を浮かべているが二人とも口には出さず、意味深に流さす。気になるところではあるが謎人物についての話題を終わらせて切り上げようとする。
俯きがちに床を見つめた後、ロッドはすっと立ち上がった。最後は彼の知る事実と拙い依頼を零す。後ろめたさを感じているからか彼の声は暗かった。
「そして、ニコラスを倒してください。リオン様ならニコラスに…父に打ち勝てます!」
「邪魔する奴は誰だろうとぶっ倒す。お前の頼みも頭の隅に置いといてやるよ」
「最後の最後にリオン様に会えておれは幸せ者です……」
「急にどうした気色悪りぃ」
「おれとロスの余命が決まったんです。だから最後にリオン様にお会い出来て、役に立てたのなら今日まで生きてきた意味が深まる。話をするのも最後。ペンダントを取り返して、エンドと決着を付けに行きます。短い間ありがとうございました…!」
仮にも父親。愛情が無くとも非道な男だったとしても血は繋がっている。誰かに倒してくれと願えば身体の内から全身がザワつき、父親と同じ血が騒ぎ過ぎる。心優しき者であれば尚の事。育った教会が血で染まる光景を想像し、拳を握り締めた。
あくまで自分の為にファントムを潰すと言いロッドの願いは頭の隅に追いやる。横暴とも取れるリオンの言葉に、ロッドは肩を震わせた。ロッドにとっての救いの言葉だ。最後に彼は教唆の罪から逃れる事が出来た。
「……。お前の事は今でもよく分からねぇ。だが、悪い奴じゃないってのは伝わったぜ。俺と同じだ。真っ直ぐ歩けない人生に抗い、全力で今を生きてる。ロッド元気でな。次は長生きしろよ」
「……お元気で。リオン様…何があろうと天音様の傍を離れてはいけません。きっと天音様はリオン様の傍を離れませんから」
涙ぐむロッドは頭を下げ片手を差し出した。感謝と謝罪と惜別の想いを込めて握手を求める。後半の台詞は涙声で聞き取りづらかったが、溢れんばかりの感情は十分伝わった。
言葉には言葉で返す。握手には握手で返す。普段のリオンなら握らないであろう子供の手を握った。握り返す手には手汗が目立つ。
ロッドの緊張が直に伝わるようだ。大粒の涙をこれほどまでに落とす予定は無かった筈だが、片手から伝わるリオンの熱が妙に暖かくて凍えた身体が溶けていく。その過程の水分だと己に言い聞かせ水滴を拭い鼻を啜った。
灯りが消え、離れは再び人気を無くす。
――――――
ロッドSide
「お待たせ」
「ん…」
離れの外、屋根の下で丸くなっていたロスに対話を終えた事を伝える。ロッドの声に反応した彼女は手元の日記を閉じた。
「日記、書いてたの?」
「…ん」
「ページ余っちゃったね」
「……うん。…っ」
「えっなに」
小さめサイズの日記帳はロスの手に馴染む。表紙絵もなければ装飾もない無地の日記に、声に出せない言の葉を綴った。白紙のページが二人の未来を表しているようで何だか味気無い。
大事そうに抱えた日記を仕舞ってから、ロスはロッドに近寄り目元に人差し指を翳した。泣き止んでも涙の痕は誤魔化せない。憂った表情で拭う動作を数回続け、もう大丈夫とでも言うように、ニッコリと笑った。
「ふっ」
「くすぐったいよ」
「ふふふっ」
「ロス…」
「?」
「帰ろっか」
「ん…??」
ロスの指が肌に触れる度こそばゆい。見えない涙を拭い終わった彼女は手を引っ込めるとくいっと顔を近寄せ、満足した。そのままの状態を数秒程キープし見つめ合っていた。雪山の雪が二人の熱に目を背ける頃、ロッドがとある鍵を取り出す。
「実はリオン様が帰る時に…」
『ソレ、離れの鍵な』
『お気持ちは嬉しいのですが…』
『お前等の心配してんのは俺だけじゃねぇって事だ。出る時は戸締まりしとけよ』
『!…リオン様っ』
「って」
「…」
「強引だよね、ははっ」
「ふっ…」
「行こうか」
灯りを消す直前、何処からか鍵を出しロッドに投げ付けた。其れが鍵だと分かるのは彼の手に渡ってから。此方に向かって投げられてしまえば掴まざるを得ない。戸惑いながら鍵を返そうとするロッドだが、リオンは灯りを消してさっさと出て行った。背中越しの思いが熱く伝わる。
少々強引な手口に苦笑を零しつつ、ロッドとロスは指を絡ませ手を繋ぐと、離れへ戻って行った。
――――――
ひっそり、こっそりと真夜中に覗う影二つ。緑髪と長耳の男が盗み聞きをする為、離れの壁に聞き耳を立てていた。
「なるほどね〜」
「結局、彼はファントムの関係者だった訳?」
「みたい〜。ボスの子供だってさ」
「!?それ、ほんとに!?他には何て」
「ん〜」
「んん…」
「さぁ〜?」
「さぁって……!!」
明確な目的で盗み聞こうとするリュウシンは興味本位で長耳をピクピクさせるスタファノに会話内容を聞き出す。こんな時に限って嘘ではなく真実をサラッと口に出す。
ゼファロで聴いた確証ある可能性の話。実妹がファントムに居る仮説がリュウシンを駆り立てる。そんな彼の目の前にファントムの実子が現れた。気が気でない逸る気持ちも解るというもの。スタファノは恐らく分かっていない。
「ファントムと霊族って何時から繋がってるんだろうね。ま、オレには関係ないか!」
「妹を攫ったのは霊族だ。身体に火傷痕が合ったのを覚えてる。けどファントムに居るくらいなら霊族が出向かずともファントムが攫えば良い筈だ。どうして霊族が……」
「妹ちゃん可愛い?!」
「…君には教えない」
「え〜ひどいなぁ」
「お前ら帰るぞ」
「うわ!!リオン何時の間に」
「オレは気付いてたよ」
スタファノの何気ない言葉が、今日は何故か深く刺さった。考えまい思うまいとしていた思考は悪い方向へと流れていく。顎に手を当て、ブツブツ独り言を吐き溶かしていく。昔馴染で長代理のジャオのファントムに関わるなと言う願いなどとっくの昔に忘れてしまった様だ。
何時もの調子で尋ねるスタファノに少し考えてからジト目で跳ね返す。そんなくだらないやり取りをリオンが中断させ、帰宅を促す。
リオンに見つかり、悪戯がバレた子供のように乾いた笑いがリュウシンの口から出た。
「見つかってないとでも思ってたのか」
「ごめん…どうしても気になって」
「オレもオレも!」
「ったく」
(あ、忘れてた。アイツに複合属性の事、聞いときゃ良かったぜ)
夜が更けた。雪降る夜は何時になく冷える。
――――――
―――
天音Side
「天音起きろ」
「ん〜…あと5分だけ」
「オイこら」
一夜が明けた。昨晩の対話を一部たりとも知らない呑気な天音は朝日が真上に登ろうとも目を覚ます気配が無かった。天音が寝ていても何も問題はないのだが、起こしてあげるのが親切心と言うものか。天音の目覚まし役はリオンで定着しつつある。
「天音起きろ!」
「ーっ。おはよーリオン、…おや…す」
「寝るな」
「うぐっ」
何度も言った言葉を今一度強く発する。瞬間的に目を覚ました天音が、勢いよく上半身を起こす。既に体験済みの行動パターンが来たと思うと同時にひょいっと避け溜息を付いた。
上半身を起こしたまま瞼を数回上下に動かすとリオンを見て朝の挨拶する。頭が冴えず、再度眠ろうとした天音に軽めのチョップを喰らわす。頭を擦りながら漸く此処が現実世界だと認識し始めた。
「太陽が真っ直ぐ……もしかして私、とてもたくさん寝てた?」
「おう」
「またやってしまった…!!」
(目覚まし時計が無いと起きれない癖直さないとだよね…時差ボケってやつかな)
「飯は食っとけよ」
「うん…。リオンは今日は何するの?」
「ジャックとの決戦に向けて特訓だ。新しい技も馴染ませないとな」
「どんな技??」
窓から射し込む光が高い高い。メトロジアに来る前は香水ボトルを模した可愛らしいデザインの目覚まし時計を愛用していた天音としては、アラームの一つも欲しいところ。
温かい布団を抜け出し、ベッドの端に座る。部屋から出て行くリオンに本日の予定を訊くと相変わらず組手やら特訓やら余り好ましくない単語が飛び交う。天音は珍しく法術に興味を持ち、ベッドから降りるとリオンの側に駆け寄った。
「瀑布深水龍つってな」
「物騒な名前…」
『君はリオンが好き?』
『諦めるの?私は諦めなかったよ』
「!!」
「水晶石で水龍に再会した時に、ついでに貰ったんだ」
「じっ時間差トラップ!!?」
「は?」
(今!!?)
水龍由来の法術なので、どことなくドヤ顔のリオンは説明を始める。法術名を聞いた天音は速攻で興味を無くすがリオンは構わず続ける。少年のようなキラキラとした青目と赤目が合うと突如、脳内でカセットテープが動いた。
再生された記憶は救出作戦に打って出る前のリオン達を見守るイリアとの会話だ。当時も相当に気が動転していたが、時間差で直撃を食らってしまった。身体が硬直し、頬が薄っすら桃色に染まる。
(イリヤさん……そんな、…そんなの)
「違いますからぁーーっ!」
「はっ!?…何だったんだ」
彼の鋭い目付きが心を射る前に大声で誤魔化して、走り去る。聞き慣れない天音の大声にギョッとして小さくなっていく背中を呆然と眺めるも何一つ理解出来ないリオンだった。
―――
「はァ…リオンに申し訳無いな……」
思わず飛び出してしまったが空気が冷えているお陰で上昇した熱はあっと言う間に逃げて平静を取り戻した。相対的にじわりじわりと押し寄せる罪悪感が天音に下を向かせる。
「天音!」
「意識したいと思ってしてる訳じゃない」
「天音?」
「そんなんじゃ無いって分かってるのに…。言葉も目付きも真っ直ぐすぎて受け止め損ねたら即ゲームオーバーみたいな……」
「僕の事見えてる?」
「好きとか嫌いとかに構ってる暇が無いってだけで…私だけ呑気に現を抜かす訳にもね。うん!そうだよ!……っあ」
「アッハハハ。やっと目が合った」
「うわぁあっ?!?リュウシン………!!」
短い通路、正面から歩いてきたリュウシンは天音に声を掛けるが全く聞こえていない。目線は下だが、目に見えているのはリオンの数々の言動。ただ漏れの独り言でリュウシンは何となくの状況を察した。
自らを奮い立たせ視線を上げた天音は馴染み深い相手とガッツリ目が合う。リュウシンに驚き、コミカルな動きで後退りするが、彼の笑い方から諸々の心の声全て漏れていた事を悟る。
「クククっ今度は何で悩んでるの?」
「笑わないでよ!も〜聞こえてたでしょ」
「ごめんごめんっフフ」
「でも…聞かれたのがリュウシンで助かったかも。相談に乗ってくれる?」
「もちろん」
「前にイリヤさんに言われたの。リオンが好きなのかって。その時は全否定したけど今はどっちなのか分からなくなっちゃって…。出会う前から探していた相手は、好きの感情を知ってる人。好きを失くす苦しみを知ってる人。好きな人の生まれ変わりの私がリオンを好いてしまったら、残酷だと思う」
笑いを堪えようとするも堪えきれず噴き出すリュウシンを頬を膨らませ注意する。まるで兄妹のような距離感が微笑ましい。陰森凄幽を抜けた先で出会った初めて出会った星の民だからこそ天音はリュウシンを相談相手として頼る。
一息整え、静かに語りだした。沢山交わした言葉と沢山感じた感情を並べてみても、心が解らない。されど悲しい自覚はある。カグヤと自分は月とスッポンだ。月のような人が愛した人に対して、何ら取り柄のない自分が浅はかな感情を抱くのは如何なものか。
「……それにね。皆、戦って傷付いてるのにこんな事で悩んでる自分が申し訳なくてさ」
「天音は優しいね。そうだなぁ確かに、リオンとカグヤ様は誰から見てもお似合いの二人だった。リオンは相変わらず無茶して、カグヤ様に叱られてたけど」
「……想像出来る」
「僕には、カグヤ様を失ったリオンの気持ちは見当もつかないけど失う辛さを知ってるから天音を守って自分も生きるんだと思う。リオンにとって天音は居なくなってほしくない相手…君が倒れた時、彼凄い形相してた」
『俺にとって天音は……』
「日常の一部……か」
重い空気を嫌ってか、出来る限り明るい笑みを見せた天音だが目は笑えていなかった。透明度の高い繊細な悩みにリュウシンは自分なりの解釈で答える。
カグヤが生存した凡そ百年前、リュウシンは幼年と少年期の間を生きた。既に物心は付いていたので、何処かでリオンとカグヤの姿を見て覚えていたのか。懐かしそうに記憶の中の姿を話す。一度瞬きをすると天音と目線を合わせて言葉を続ける。
「それから天音がリオンを好きになってもリオンは残酷だなんて思わないよ。好きの感情を知る人が、相手の好意を否定する訳無い。……天音が見てきたリオンはそんなに酷い人だった?」
「!ううん。私の知るリオンは、口は悪いし、時々怖い顔するけど、何時だって周りの人達と楽しそうに話をしてた」
「悩みは解決した?」
「……あんなに膨れ上がった悩みが今はこんなにも小さい。ありがとうリュウシン!」
「どういたしまして」
好きを知る人間が好きを頭ごなしに否定したりしない。当たり前のようで当人すらも忘れがちな心持ち。リュウシンはそっとリオンはどうだろうと天音に尋ねる。ぎこちない動作で首を横に振り、彼女は思い出す。生まれる前から戦いに身を投じていた彼の笑みを何度も見てきた。他人の好意を無碍にするような人では無いと最初から解っていたでは無いか。
人間は何故悩むのか。苦悩の末に得られたものは報酬として釣り合っているのか。知恵を付けてしまったばかりにとネガティブな考えはよそう。人が悩むのは心の器が成長を始める前兆だ。成長する過程で砕けた心のピースを探している証拠だ。ポジティブでいこう。
「ところで、昨日の夜何処行ってたの?」
「えっ……と。…何の事?」
「とぼけても無駄だよ。ちゃんと見てたんだから。リュウシンが外に出るところ」
(そのあと眠気に勝てなくて結局分からずじまいだったけど……)
「見られてたか」
「教えて!」
「見なかった事には」
「出来ない!」
「う〜ん…」
「ハイハイ〜!オレ知ってるよ」
「「うわっ」」
「離れの方に行ってロッドとロスちゃんに会ってきたんだ〜」
「!!」
悩みの種がすっかり消えた天音はさり気なく話題を変え、リュウシンに問い掛ける。明るい声、今度は目も笑っていた。
リュウシンの出掛け先は知っての通りだ。隠す必要性を訊かれれば微妙なところだが、今の不安定な天音には刺激が強いような気もする。如何に上手く躱すか思索していると、近くの窓が突然全開され外からスタファノが顔を覗かせた。そして風呂敷に包もうとした秘密を風呂敷ごと天音に告げる。
「何のつもり?」
「良いじゃん。最後かも知れないし!」
スタファノの言葉を聞くなり、即座に駆け出した天音。ロッドとロスの安否を知りたがっていた彼女にとっては朗報に違いない。
―――――
ティアナSide
「早いな」
ティアナのコインは微かに光の尾を放つ。二夜経たずに光り始めたコインを握り締め、ティアナは立ち上がった。




