第70話 表か裏か
ロッドが目覚める少し前の事。リオンVSジャックVSエンドの三竦みがド派手に戦闘を繰り広げていた。ポツンと離れた場所で男共を眺めるリゼットは相変わらず不貞腐れた顔を見せる。
「はっっ!」
「ヌゥっ」
「ハハッ」
この頃になると互いの法術も力量も大まかだが把握出来る為、様子見など一切されず全員が全力で拳を突き伸ばす。
空中にランプを浮かせたジャックがリオンの鳩尾に炎を纏った拳を叩き入れるが盾変化で難なく対処し、代わりにジャックの拳を左手で掴み引き寄せ顔面に膝を入れるリオン。
此方も盾を出し大事には至らず、二人が組手をしてる隙を狙い、エンドが飛び出した。
「ファントムよ。霊族に協力するのでは無いのか?」
「アッハッハ。ボクを縛ろうなんて考えない方が身の為だ強い霊族さん。ボクはボク自身の意志で動く。リオンをファントムに連れて来いって父さんが言うものでね!!」
「てめぇら勝手抜かしてんじゃねぇぞ。俺は霊族にもファントムにも世話にはならん」
「ヌハハハッッ火龍の力を試す相手が増えたと考えれば得のようだ!序でにファントムの力も奪ってやろう」
二人の間に割り入るように水球を喰らわせるも不発に終わる。リオンはエンドから距離を取るがジャックは身を乗り出して彼と対峙を決めた。ジャックとエンド、リオンにとって敵同士である二人が言い争う内に息を整える。
三竦みと言っても二人の狙いはリオンなのでどうしたって二重に疲労が溜まっていく。
「さて、そろそろ本気で行こうか」
「なに!?」
「〈法術 壮厳なる霊柩〉選ばれしアスト能力に選ばれし二つの属性を掛け合わせる。アルカディアじゃ良くある事さ……!」
「ならば此方も手を抜く道理はない!!!」
「お前の身体ごとぶっ飛ばしてやるッ!〈法術 海廻天水龍〉」
常に動き回りつつ必要ならば法術を発する。エンドはそれまで一度も見せていなかったアスト能力を解禁した。力の温存の為か本気にならずとも勝てると判断していたのか、何方でも良いが今の今まで手抜きであった事実がリオンには屈辱であった。
掌から出現させたアスト能力、光球を空中に浮かせ次に火と水二つの属性を出現させると光球に注入した。法術クライムアークは掛け合わせの技だ。リオンとジャックに向かって無限増殖する属性入り光球を放った。
ギルティアークが光球と属性球を放つ技であるのに対し、クライムアークは光球に属性を付与させる技のようだ。
二人に向かってと言いつつ、全体の七割型はリオンの動きを封鎖にし掛かっていた。初見の技だが細かく盾を出し切り抜けると、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるエンドに大技で突っ込んで行った。
「コレは返せ。んでお前が持ってる?!」
「くくっ〈壮厳なる霊柩〉」
(チッ。技を使わせられた)
「カハッ!」
「ヌゥッッ!」
「何だ。エトワールは使わないのかい?」
水龍斬の斬撃に回転が伴う大技、海廻天水龍を往なして回避するエンドだが接近してきたリオンに首元のペンダントを掴まれる。鬼の形相で詰め寄るリオンに対し、待ってましたとばかりに両目を吊り上げ両手の標準を喉元に合わせ、クライムアークを放つ。
リオンがペンダントを掴むまでの動作、全てを計算していた。道理で最初に放った法術を避けるのに労力を必要としなかった訳だ。
意地で盾を間に合わせ直撃は避けたが、速攻で破られ衝撃が全身を駆け巡る。バランスの崩れたリオンの背後から、頭蓋骨を割らんとする勢いのジャックが蹴りを入れたが鍛え上げた体幹で此れを回避。
エンドとジャックが衝突したところでロッドの目覚めを逸早く悟り、彼の下へ駆けた。
そして現在軸。
「エンドはおれが引き受けます。アイツだけは、おれじゃないと駄目だ」
「任せたぞ」
「ペンダントも必ず取り返します。……だからどうか天音様にはご内密に。天音様に落ち度はありません」
「兄さん目が覚めたんだ。やっぱりボクが殺さなきゃ楽しくないなぁ!!」
「〈法術 クロス・フェーロン〉兄失格だな。碌な娯楽を教えてやれなかった」
「なんか勘違いしてる?……はっ!」
「仮にもおれ達は兄弟だと言う事だ…!!」
作戦と言う程ではない。予てより予定していた立ち位置にリオンとロッドが戻っていっただけだ。此れより先はリオンVSジャック。ロッドVSエンドになる。
クライムアークの集中砲火がロッドに移る。先程まで原因不明の昏睡状態に陥っていたとは思えない洗礼された立ち回りで、エンドに喰らいつく。水晶石から眼球サイズまで様々な大きさの属性入り光球が尾を引くが、眼前に迫った球をロッドはクロス・フェーロンで相殺し距離を詰める。
何処までも軽々しい態度を止めないエンドに若干力み気味のロッドが激しい戦闘を繰り広げている最中、リオンとジャックも拳を交わし鎬を削っていた。
「矢張り男の勝負はサシでなくてはな!!」
「そりゃあ言えてるが、お生憎今はその時じゃねぇんだ。帰らせてもらう」
「ヌハハハハ。逃げ出せるものかッ」
「暑苦しい奴はこれだから嫌なのよ。あ〜あ、早くアース様に会いたいわ」
「結時雨…お前等の出番だ」
「リオン、さては限界が近いなァ?」
「違ぇよ帰る準備ってやつだ」
溢れ出る闘気を纏わせ攻め一択のジャックは火龍の力を振るう。全てを飲み込もうとする灼熱の剣幕にリオンは押され気味のようだ。盾変化もほぼ使わず素の動体視力のみで猛攻を回避し一撃を入れる機会を見極めていた。
退屈過ぎて指に髪を絡め弄りだすリゼットを余所目にリオンは結時雨を抜刀した。抜いたにも関わらずエトワール式法術を発動しないリオンに確信めいた一言を吐く。
ジャックの言葉は図星だった。動く度、傷口が刺激され激痛が走る。通常の人間なら即刻治療しなければ手遅れになりかねないほど、リオンの傷は深く広く心身を蝕んでいた。
(とは言ったものの……俺の身体は何時まで持つか)
「ふぅぅハッ!!」
「りゃあっ!!」
「念を押すようだけど殺しちゃあ駄目よ。後、私に攻撃飛ばさないで」
雪山に相応しくない上半身裸のジャックもそれなりの傷は負っている。が然し、彼は筋肉を圧縮させ力尽くで止血して傷を塞いでいた。火龍の力による身体機能の向上も彼が倒れない一因を担っているかも知れない。
地を蹴り、超スピードでリオンとの距離を詰めるジャック。彼の熱気により降り積もる雪が溶け始めていた。リオンはジャックを正面から受け止めず、回避を選択した。無闇矢鱈に飛び出さない賢い選択と言えよう。
ただ逃げているだけでは勿論意味がない。隙を見て結時雨の間合いに入りジャックの動きを牽制するも然程効果がないように見える。
「リオン、貴様の力はそんなものでは無い筈だ!!!全てを出し切れ!かかってこい!」
(さぁて勝負だ!)
「安心しろよ。てめぇを叩きのめしたい気持ちは変わんねぇからッ!」
何時まで経っても勝負のつかない平行線の戦況では深手のリオンが不利なのは明白。無理をしてでも勝負に出なければジャックを止める事など出来ないだろう。今のリオンは恐らく一度しか法術が使えない。たった一度で勝敗が決する。
握り拳を突き出すと同時に出現した超巨大な火球がリオンを襲う。戦場が雪山である事を忘れる勢いで吹き出す汗を雑に拭い、リオンは走った。盾変化ではガードし切れない火球の影が彼を覆い、そして地面に激突した。
「ヌゥ?潰れた……?そんなものか!?!」
「んな訳ねぇだろ!!」
「ー!ヌハッハ。そうでなくては!!!」
「〈法術 水龍斬〉」
「抜かったな!」
「なんてな……」
「!?」
火球が激突した衝撃で小規模のホワイトアウトが発生する。鉄板上のステーキのように熱を受け入れる雪がリオンの姿を隠す。音沙汰無しのリオンを早々に潰れたと解釈したジャックだが、彼は生きていた。姿が見えぬのを良い事にジャックの懐まで接近し、結時雨を左手に持ち変えると水龍斬の構えを取った。
一瞬の攻防が勝敗を分かつ。水龍斬を撃つと予想していたジャックは敢えて直前まで撃たせる振りをしてリオンを近付けさせた。隙が生じる絶好のタイミングでリオンの項付近に狙いを定めダブルスレッジハンマーを喰らわせようとするが、更に先を行ったのはリオンだった。
「〈エトワール式法術 結時雨〉!」
「…!ぬぉおっ!?」
「お前の足、暫く使いモンにならねぇな」
「ぬぐぐ」
一段と上体を沈ませダブルスレッジハンマーを喰らう前に、リオンはエトワール式法術を発動させた。左持ちのままジャックの両膝を結時雨で斬りつけた。水面揺らぎの打刀は初見では破れまい。アストを斬った一秒後、膝から多量を出血を誘う。
「面白くなってきたではないかァ」
――――――
リオンとジャック、ロッドとエンドが其々熾烈な争いを繰り広げている頃に宗家付近に到着した者が二名居た。
「はぁ…はぁ…」
「ロスさん!取り敢えず一度落ち着いて…」
「っ!」
「あぁ…ロスさん……!」
聞かん坊と化したロスと彼女を追うカシワの二人が着実とリオン達に接近していた。普段は大人しいロスが過剰なまでに前へ進む理由すら分からずカシワは振り回されていた。
一方その頃、宗家内ではジャックの部下三名が待機していた。
「逃げられちまったな。ホプロもか?」
「……い」
「あのまま戦ってたら絶対勝てたのにな」
「…さい」
「ホプロもそうだろ?て言うかジャックさんに加勢した方が早いと思うんだけどなぁ俺は」
「煩いッッ!」
ウザ絡みと言う程でもないがホプロにとっては耐え難い苦痛だったらしい。マーシャルの問いに一切返答せずに、ナイフで己の左腕を突き刺した。そんな彼を心配する素振りも見せずマーシャルは興味を失くしたように伸びをする。
「二人ともアスト感知を忘れておるな」
「んっ!」
「誰か近くに…?!」
「お〜ホントだ」
「ドラグ一族の者と結界法術の使い手だな。危害は加えん。出てきたらどうだ?」
「此処は俺が引き受けます。ロスさんは…」
「……」
「危害は加えんが場を離れるのならば話は別だ。此方も容赦しない」
最初に気付いたのはヴォルフだった。彼より人生経験が浅いマーシャルとホプロは油断しアスト感知を解いていたが、彼の言葉でハッとし意識を集中させた。
黒鳶の暴挙を止める目的でヴォルフ等に接近を試みたカシワは早速先手を取られる結果となった。後手に回ってしまったが下手に出る事はない。強気な姿勢を保ち、物陰から顔を出す。ロスも今この場を離れる方がリスクが高いと判断しカシワの近くで霊族を睨む。
「なんだ。あの女は居ないのか」
「俺は交渉しに来ました。そして貴方は俺の目的を知ってて危害を加えないと言いましたね?」
「少し考えれば分かる事だ。我等の目的は、騎士長と王女の生け捕り…。騎士長は既に捕捉出来る位置に居る。今更ドラグ一族に手出しはせん」
「ヴォルフさん俺は分からない。何故なら標的を全員で囲んだ方が早いと思うからだ」
「俺もそれには賛成〜。なんで待機?」
「余り刺激すると返り討ちに合うと言う事だ。お前達は知らなくとも良い」
(矢張りこの人、他とは考えが違う)
カシワとヴォルフが互いに一歩前へ出て対話する。ジャックよりカシワより歳上の老兵は落ち着いた口調で淡々と事実を述べる。
不意にナイフを懐に仕舞ったホプロが疑問を投げ掛けた。彼の疑問は最もで、合理的な策にマーシャルも同意を示した。
先程までの態度から一変して曖昧に返答するヴォルフ。当然、後ろの二人は納得しないが彼に言われては何も言い返せず複雑な表情を浮かべていた。一方でカシワは霊族三人の中で唯一話が通じる相手だと確信した。
「百年も前に星の民と霊族は停戦しました。貴方方のやっている事は明らかに二種族への冒涜。あってはならない違反です!即刻退去願いたい」
「交渉決裂だ。我等は目的を達成するまで、この地を動きはしない。もし騎士長と王女が逃走したならば二人を追い、この地を離れるであろう」
「そうは言っても俺はあの女と戦いたい。ジャックさんやヴォルフさんの指示でもこればっかりは譲れない」
「俺も……ヴォルフさん…俺も、久しぶりに血が滾っているらしい。昔の感覚を取り戻せるかも知れない」
停戦協定の内容の詳細は知らないだろうが、少なくとも二種族の争いごとに関して否定的である事は内容を知らずとも分かる。協定を盾に撤退を申すカシワだが、ヴォルフは一蹴した。未だに雪山ドラグに居座るのは標的に一番近いからだと吐いた。
リオン等を追い出せる筈も無く、かと言って霊族を追い出す手立てがある訳でも無い。手詰まり状態から切れるカードを探し唾を飲み込んだところで、思わぬ方向から意見が飛び出た。これにはヴォルフも驚いたようで眉を顰め、二人に目を向けた。
「なに?!マーシャルは兎も角、ホプロよ……本気で言うておるのか?」
「嗚呼。流れた血が痛覚を望んでいる」
「では我々が勝負に勝った暁には、この地を去るのですね」
「ジャックならば其れも酔狂だと捉えよう。"勝てば"良いのだ。勝負は勝負でも真剣勝負と忘れるなかれ。敗北した瞬間ドラグ一族をも勝者の手中になるぞ。覚悟は良いか?」
「元より双龍の使い手とドラグ家は強く結び付く。首を差し出す程度訳無い」
交渉の余地は端っから皆無。ならば敵の会話から一縷の希望を見出す他無い。再び無関係な皆を巻き込む事となってもカシワは覚悟を決めた。腹を括ったと言っても差し支えないだろう。
ジャックの返事を待たずに承諾したヴォルフは、自分達の勝利を信じて疑っていないように見受けられた。互いが無駄な血を流さない為に、星の民と霊族は取引を交わす。
――――――
雪雲が気まぐれに世界を覆う頃、霊族三人とカシワ、ロスがリオン達の下へ到着する。
「終わりだジャック。拳を下ろせ」
(コイツ…!)
「ヴォルフか…ヌゥ?何を考えている」
「カシワ!?」
「っ?」
(ロッドは何処に)
リオンとジャックが一直線に衝突する直前でヴォルフは間に割って入って二人を止めた。闘気が満ちる二人に臆せず指先だけで引き離したヴォルフを視界に捉え、リオンは彼の底知れぬ力を察知した。
「話がある。悪い話では無い」
「聞かせて貰おうか」
「ジャックとジャックの部下?何してるの」
「どう言う事だカシワッ!」
(居ない……何処にも)
呑気にネイルに興を投じていたリゼットは戦闘が止み、人数が増えている事に気付き"嫌な予感"を感じ取った。
ジャックにはヴォルフがリオンにはカシワが其々事の成り行きを説明し反応を窺う。
「ヌハハハハハハッ!!!酔狂なり!面白い事を考えるではないか」
「マジで言ってんのかカシワ」
「君に戦いを強いる事になる。済まない」
「んな事はどうでも良いんだよ!…」
「自分の所為で、なんて気負わなくて良い。リオンだから安心して命を預けられるんだ」
「リゼットさんは参戦しますかな?」
「する訳無いでしょう。馬鹿にしないで」
(ジャックがしくじっても、私が居れば目的は達成出来る。適当に時間潰そう…アース様にも会いたいし)
想定通りジャックは声高らかに笑い、提案を受け入れた。反対にリオンは難色を示す。結時雨を鞘に収めカシワの真意を探る。リオンの葛藤などお見通しとでも言うかのように彼は青空の瞳を見据えた。
馬鹿らしい男には付き合ってられないと言いたげな態度で仁王立ちし、衣服の皺を整えたリゼットはジャックとその部下達を蔑み、彼等を脳内から追い出し大好きで堪らない御方で思考を埋め尽くした。
何処にも居ない。見渡しても見当たらない。ロッドとエンドだけが、見つからない状況下でロスは焦りに焦った。飛び出しそうな心臓を押さえ彼女はリオンの縦襟外套を掴んだ。
「あ…ロッ……!」
「…?」
「ど…」
「ロッドなら向こうだ。そう遠くない」
「っ…とう」
ロスは声にならない思いを訴えかけた。息を吐く度、喉は焼け付くがロッドの所在を知る方が大事だ。彼女の心根を知ってか知らずかリオンは彼女が一番望む言葉を口にした。感謝すらまともに舌に乗らなかったが構わず指差された方向へ走り出した。
「戦うつったってルールは必要だろ」
「甘い事を抜かすでないッ!一対一で勝負し死した方が負けだ」
「あ?殺す気でかかって来ても文句はねぇが……殺しは性に合わん」
「…リオンに死なれたら困るのはそちらでは」
「ぬっ。では戦闘不能になるまで叩きのめすでどうだ?」
「良いぜ。乗った」
「相手と戦闘開始時刻は我等が指定する。最低限の猶予は与えてやろう」
「あくまで霊族が主導権を握るつもりか」
「無論。譲渡しているのは我等だ」
死亡イコール敗北と言われない為にルールが必要だとリオンは言ったが、即座に切り捨てられる。出来ないとは言っていないが気持ちの良いものでも無い。ルールを訂正しようとするリオンにカシワが助け舟を出した。
霊族の会話を聞き逃しはしない。単語を繋ぎ合わせ、出した答えで身勝手なルールを何とか訂正した。見た目通り単純な男で助かったとリオンとカシワは内心ホッとする。
リオン等を含めたドラグ家の面々は戦えぬ者が多いが、リゼットとジャック率いる霊族は全員が戦える。何方が優位かは一目瞭然。更に言えば総戦力も霊族が上位だろう。揺るがぬ事実に歯噛みする。
「全員が見てる場で一斉に戦う訳でも無いんでしょ。上手く行くの?」
「勢い余って殺しちゃいそうだ」
「フン。ジャック、マーシャル、ホプロ"これ"を受け取れ」
「ヴォルフさんコレは…コイン?」
「ヌハハッ。コインの奪い合いか!」
「でもこのコイン欠けてるぞ」
「なるほど。ヴォルフとやら此方用のコインもありそうだな」
「察しが良いな受け取りなされ。霊族と星の民二枚のコインを何方が一つにした時点で即座に矛を収めよ。勝利条件はコイン三つ」
当たり前だが雪山に闘技場は無い。観戦する会場も無ければ他人の勝負を見ようとも思わない。最低限のルールを決めてもマーシャルの呟き通り"うっかり殺してしまう"可能性も否定出来ない。
…事も想定済なのか、ヴォルフは懐から四枚の欠けたコインを取り出し三枚を投げた。次に意図を把握したカシワに向かって同様に四枚のコインを投げ渡した。何れのコインも欠けた状態だ。
ルールは簡単。欠けたコインを一枚ずつ持ち、戦闘中に何方か一方が二枚を引き合わせてコインを完全な状態にした方が勝者となる。そして、ルールに反する殺害が判明した時点で失格とする。
「へ〜。良いわ協力してあげる。完成したらコインを私のところへ持って行きなさい。勝利宣言してあげる。安心して、勝者に対して手出しはしないから。どっちもムカつくからね。どっちに手を出しても変わらない」
(用意が良すぎる…。この男何を考えている)
「では二日後コインの示す場で会おうッ!楽しみに待っているぞリオン」
「完膚なきまで叩きのめす。二日後、水龍の力を思い知らせてやるぜ」
「ジャックの相手は決まっておるな。…あやつは分別のつく男だが、お前達はまだまだ未熟だ。コインを渡した意味を良く考えておけ」
「意味…?なぁホプロ」
「俺に訊くなッ」
いやに協力的なリゼットはジャックの部下の見る目を変えた。突発的に決定したサシ勝負に示し合わせたかのような欠けたコイン。
幾ら熟練の戦士だからと言って、予測可能の範疇を超えた成り行きに対応出来るとは思えない。協力すると見せかけて密かにヴォルフの監視を始める。
意気揚々と捨て台詞を吐きジャックは去る。彼の残した火球の跡に向かってリオンは決意を示した。
ジャックの対戦相手はリオン、マーシャルとホプロの対戦相手も決まっている様なもの。コインはまだ一枚残っている。ヴォルフの対戦相手や如何に。
―――――― ―――
ロスSide
雪山を走って走って息付く。アスト感知だけが彼を探す頼り。立ち止まってしまったら嫌な想像ばかり浮かんでしまうから只管走った。やっと影を見つけたと思ったら轟く爆発音。
(ロッド…!)
焦げ臭い雪道を走り、ロッドとエンドを視界に捉える。
「無駄な足掻きは止めて諦めたらどう?」
「無駄じゃないさ。それにお前は勝てん」
「くっ鏡は見飽きたか?兄さんの顔面の傷はボクが刻んだものだ!!対して、ボクはどうだ!?傷一つない完璧な身体…。解るだろう?出来損ないの兄さん!!!」
「腕っぷしの強さでのし上がれる世界なら、何故弱き者は笑っていられる?!」
「馬鹿だからだッ!自分の弱さを自覚しない奴は馬鹿だ。馬鹿を守ろうとする奴も同罪、処刑っっ!」
出会っては争いを繰り返し、平行線。交わる事の無い想いが擦れ違い激化する。
ロッドの顔面には不器用に縫われた縦長の傷痕がある。エンドの仕業だ。本人は傷痕を指差した後、自分の身体をトントンと叩き自慢げに驕る。
エンドのプライドの高さは異常で、ロッドが何か言えばたとえ其れが正論だとしても彼は真っ向から否定して持論を叫ぶ。ロッドに対してのみかも知れないが兎にも角にも荒んだ性格の持ち主だ。
「兄の言葉は素直に聴くものだ」
「ファントムを背信したクセに…!!〈法術 荘厳たる霊柩〉」
(ロッド…!)
「「!?」」
「ロス!?」
「戦えない人間がしゃしゃり出るなッ!」
「まさか、!」
(私だって戦える)
「止めてくれ…ロス!」
「ーつ!?この力は……」
言っても聴かぬのなら拳で解らせる。エンドは出し惜しみせず法術を発動させた。直後、ロスがロッドの背に抱き着いた。ぎゅっと目を瞑った彼女は彼の体温を感じて、目頭から小粒を零した。
突然の出来事に油断したロッドと違い、眼前の弟はお構いなく攻める。ロッドとロス目掛けて属性入り光球を発したが、攻撃は当たる事なく無に還った。
ロッドを抱き締めたまま"悲しい力"と言われた光を纏わせるロスが行動した。右の人差し指をエンドに向け溢れる光を一点に集中させて光線の如く一撃を入れた。素早く伸びる光は属性入り光球をいとも容易く貫通しエンドに迫った。一直線にしか伸びなかったので回避は可能だ。
「…っ血?このボクに傷を付けただと!?」
「ロス帰ろう……。…終わりの時は近い」
「う……ん」
(〈結界法術 コミューンアウト〉)
「待て!逃げるな!!ぐっ…あぁあ!!」
余裕を持って左へ躱したものの頬に違和感を覚える。ツーと垂れる液体を手の甲で拭い確認し、血液だと認識した途端エンドは目を見開いた。確かに避けた筈だ、有り得ない、自分に傷を付けたのがロッドの影に隠れていたロスだと。プライドにまで傷を付けられ彼は乱心した。
全くもってエンドを意に介さず、腰元に回されたロスの一回り小さい手を握りロッドは、フッと悲しげに微笑んだ。コミューンアウトを発動させ二人はエンドの前から消えた。残された彼は感情の振るいどころ失い、光球を無駄に飛ばした。
首元には駄々をこねる子供を見守るようにペンダントの紅玉がキラリと輝いた。
――――――
―――
リゼットSide
「チッ」
ロッド、ロス、エンドの三人を見続けた者が一人。ジャックの元を離れリゼットは独りでに寄り道をした。"愛しのアース様"に会う序でに立ち寄っただけなのだ。
ロッドとロスの熱を受動的に感じ、立ち寄らなければ良かったと後悔した。
リゼットの想いなど誰も知らなければ、誰も知ろうとしない。小さな亀裂の様な心境変化も彼女すら理解しようとしないのだから。




