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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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第69話 共同戦線

ティアナSide


「〈法術 アシッドバインド〉」

「〈法術 火箭・五連武〉」


 リオンがアロマに手を伸ばしている頃、移動しながら戦に身を投じる者が二人。ティアナとマーシャルである。戦況は拮抗しているように見えて、若干ティアナが押され気味のようだ。


 爪先から伸び迫るアシッドバインドを紙一重で躱し、火箭・五連武を発動した。出現した五つの火矢が自動でマーシャルを襲い、火矢の動きと連動してティアナも彼に攻撃を加える。

 巧く行くとは思っていない。火矢は盾変化で、ティアナ本体は素で避ける。


「ぜんっぜん当たらないから諦めたら?!」

「あたしが諦めたら見逃すか?」

「んなワケ」

「あたしも同じだ。命乞いしたって見逃さない」


「探してる人間が居るんだって?」

「あたしの母親を殺した霊族だ」

「確かに霊族なんだ」

「本人が自ら言ったんだ。間違い無い」

「ふーん。殺されちゃってまぁ可哀想に」


 互いの法術が当たらなければ次は体術勝負になる。マーシャルはアシッドバインドを出現させたまま闘っているのでティアナが近付こうが離れようが彼の攻撃は間合いの内だ。


 さして興味無い事を訊き一方的に煽る不可解な行動に、ティアナのストレスは溜まっていき次第に攻撃が単調になっていく。キレは増しているが動きは読まれやすくなっている事に彼女は気付かない。


「奴は何者だ言え!!」

「言わせてみなよ」

「チッ」

「捕まえた。その程度の力で復讐しようとは考えないよ俺は」


「その程度、か。舐められたものだ」

「強がってると早死するぜ!!!」

「あ゛ぁあっ!……これでも強くなろうと頑張っているんだ。倒れるものか」


 指の可動域を見定め、一旦距離を取り大回りで渦を描くようにして接近を試みるが失敗に終わる。必ずしも指の動きに作用される訳ではないらしい。十本のアシッドバインドは、予想に反し多方向からティアナを襲う。


 此処でマーシャルのペースに乗せられている事に漸く気付くが遅い。両手首に五本ずつ、拘束され身動きが取れなくなる。マーシャルは他人を煽る時、長舌をべっと出す癖があり余計にティアナを苛つかせていた。



 ティアナVSマーシャルの決着はもう暫く付きそうにもない。


――――――


「ん、帰って来た」

「ほんと!?」


 一方、離れで皆の帰りを待つ者達は荒れそうな天候を睨んでいた。ピクピクと上下に揺れる長耳をやんわり押さえ、スタファノは玄関に目を向けた。テオドーナ、アロマ、サラの三人が無事帰宅した音だ。


「アロマ〜〜!!」

「うわっオリヴィア?!」

「お帰り……!」


「サラくん怪我は無い?」

「イリヤお姉さん!大丈夫僕頑張った!」

「あとは、戦いに行った皆が無事に帰ってきますように」


 イリヤの時もウィルの時も真っ先に飛び出し抱き着いてきたのはオリヴィアだった。本人が非戦闘員だと自覚している分、帰って来た時に全身で愛情表現してしまうのだろう。何はともあれ無事で一安心。


「あの子達は?」

「リオン殿の仲間だ」

「あっちが天音、こっちがスタファノ」

「やっほ〜〜」

「初めまして」


「彼等が居たお陰でサラもアロマもこうして生きて会える。感謝してもし切れない」

「私も見掛けたよリオンの仲間ぽい人」

(向こうにもココにもカグヤは居ない…か)


 天音とスタファノはアロマとは初対面だ。気さくに手を振るスタファノは相変わらず、ぽわぽわとした雰囲気で場を和ませる。天音は、と言うと少々ぎこちなく笑い返した。


 イリヤと話をしていたサラは父親の手招きで向き直り抱きかかえられ、不思議そうに親の顔を見上げた。サラの髪を整えながらアロマは霊族の会話を思い起こしていた。


――――――

リュウシンSide


「〈法術 辻風〉」

「どうしても俺を外に出したいようだな」

「君の術は建物ごと壊すからね」


 リオンが開けた横穴を利用してリュウシンはホプロを外へ誘導した。リオンの破壊行動が役に立った唯一の瞬間であった。


「ならば望み通り壊してやろう」

「同じ風使いとして見過ごせない」

「同じだと?ふざけるのも大概にしろッ!」

「自分で自分を傷付けて……なんで…?」


「星の民は……自国がしでかした事を知らないだろ!!」

「しで、かした事?」

「〈法術 誉れ高まる狂風(ライズゲール)〉」

「がっ!!!」


 何時如何なるタイミングで、ホプロの地雷が踏み抜かれるのかホプロ自身も知らない。故に瞬間的な感情が頂点に達するのも速く、切れやすい。懐のバタフライナイフを素早く取り出し自身の手の甲に突き刺した。


 狂気的に見える行動に常識人のリュウシンは只管困惑していた。戦闘の最中に自ら怪我を負う姿を見て、とてもじゃないが対話する気にはなれない。リュウシンが戸惑っている内にホプロはナイフを持ち直し、一気に距離を詰めてから法術を発動させた。

 懐に入られ、ハッとして視線を落とすも盾変化は間に合わずナイフに纏ったライズゲールがリュウシンを襲う。左肩にモロに喰らい、狂風の勢いも相俟って二、三度バウンドして地面に叩きつけられる。


(彼と話が通じるとは思えない。…言動は気になるけど、今は闘う事に集中しよう)

「〈誉れ高まる狂風(ライズゲール)〉」

「〈風囲い(サークルストーム)〉!」


 肩から滴り落ちる生温かい鮮血を押さえ立ち上がる。この程度の傷で立ち上がれないようでは風使いは名乗れまいと、己を奮い立たせ正面切って速攻を仕掛けた。


 リュウシンが間合いに入るより先にホプロはライズゲールで再び叩き伏せようとするが、先を読んだリュウシンが攻撃の来る瞬間に合わせサークルストームで相殺する。


「ぐっ…」

(一撃が重い……そう何度も受け止められはしないか)

「立ち上がるな。立てば立つほど苦しくなるのはお前の方だ。結界法術…」

「使わせないっ!!」


 リュウシンVSホプロの戦場は仰々しいほどの風が吹き荒れていた。此方も此方で、決着は長引きそうだ。


―――――

ウィルSide


「拳を収めなさい。お嬢さんは負けた」

「うぅ…ぐ。…!!」


 宗家内には、ウィルとヴォルフしか見当たらなかった。他の人間が何処へ消えたかはさておき、他の戦場と違って此処では既に決着が付いているようだ。床に這いつくばっているのがウィル、正面に立っているのがヴォルフだ。


「どうして……どうして、私の家族を傷付けて平気な顔してるの!!」

「敗者が問うな。命は奪いはしない。此処を去りなさい」


「去るのはそっちだからっ!」

「……申し訳無く思っている」

「!?謝るくらいなら止めてほしかった…結局霊族は星の民を下に見てるんだ」


「何方が悪かと論じたところで際限はない。我等は王の命により動く」

「そんなこと言ってるんじゃない。ココから出て行けって言ってんだ!!」


 ヴォルフの勝利は確定したが尚も執拗に拳を振るった。ウィルの縋りつくような一撃は容易に止められ、肉体に掠り傷すらつけられずに終わった。拳を突き出したまま、ウィルは己の気持ちを吐き出した。


 謝罪されてしまった事でウィルの中で何かが弾けて消えた。残り少ない力を拳に込めるがヴォルフの掌は動かないどころか、此方側に押し返していた。悲痛な叫びに一瞬目を瞑りサッと姿勢を低くし腹部に拳を入れた。


「ゔっ」

「それは叶えられない願いだ」

「なん、で」

「王の命令は命より重い。と言う事だ」

「理由になってない……」

「星の民ほど王の血筋は易々と移り変われぬのだ。…迎えが来たようだな」


(!見えているの……?)

「安心しなされ。挑む者以外は見なかった事にするつもりだ」

「ロス…さん」

「意識しておれば認識出来る」


 蹲るウィルに、ハッキリ伝わるように声量を一段上げて威厳を示した。ヴォルフ自身の威厳ではなく霊族の王、鯔の詰まりアース王の威光だ。


 妙に噛み合わない会話の末、ウィルから視線を外し近くまで来ていた結界法術の使い手、ロスに声を掛けた。

 事前に議論に議論を重ねた救出作戦には続きがある。当人達を救出した後、実行部隊組の脱出はどうするか決めかねて居たところロスが自ら名乗りを上げたのだ。


 ロッドは当然反対したが最後は根負けし、今に至る。意外にも頑固なロスに駆け寄り脱出しようとしたが……。


――――――

ロッドSide


「意外とやるではないか」

「ハァ…ハァ……」


 宗家から離れて派手に戦闘を行っても被害が出ない位置まで移動したロッドと彼を殺す気で掛かってくるジャックとエンド。リゼットは後方で傍観を決め込んでいた。


 ジャックとエンドは共闘している訳ではないので、時折二人が法術を交えて戦っているが七割方狙われていたのはロッドだ。実質の、二対一に必死に喰らいつくも額から多量の血液が流れ出て満身創痍の状態だった。


「遊んでないでさっさと終わらせて」

「リゼット、男の勝負に他言は無用」

「キモ…。無駄な労力よソレ」

「まぁ見ておれ」


「兄さん、そろそろ死期の迫りを感じてる頃かな!?!」

「おれの死を決めるのはおれじゃない」

「そう!ボクだ!!死ね!!!」

「うぐっ」


 自分は手を出さないが他人を使役する立場を揺るがせないリゼットは自分でセットしたであろう縦ロールを揺らした。相も変わらずの不仲だがリゼットがジャックに手を上げる事はない。逆も然り。


 互いの両手を合わせ、ロッドとエンドは全力で押し合う。ジリジリと足が地面に沈み込み全くの互角勝負は一瞬の行動の差で決まる。それまで力んでいたエンドはコンマ数秒ほど筋力を緩ませ、ロッドの身体を引き寄せると頭突きした。


「リオンと決着をつける前に潰しておくのも悪くない」

「くっ」

?「てめぇの相手は俺だっつてんだろ!!」


「来たな水龍の男!!」

「リオン様、…」

「〈法術 偉大なる霊柩(ギルティアーク)〉」

「〈法術 クロス・フェーロン〉」

「〈法術 ジャックランタン〉」

「〈法術 水龍斬〉!!」


 ボロボロのロッドの下にリオンが到着した。着くなりいきなりロッド目掛けて一撃を入れようとしていたジャックに向かって力任せの蹴りを入れた。片腕をリオンの上がった足の位置に合わせ盾変化で対応するとジャックは不敵な笑みを浮かべ、心底楽しそうに標的を定めた。


 息付く間もなく四人は同時に駆け出し、法術を発動した。四人共々が手練故に爆風により多量の雪が舞い散る。視覚の制限がある中でバトルロイヤルは激化する。


「リオン様…ありがとうございます」

「何の事だ」

「いえ。……本当に」


 背中合わせのリオンとロッドは正面に映る敵を睨みつつ短く言葉を交わした。脱出までの時間稼ぎとは思っていない。此処で倒し切るつもりで技を放つ。


――――――

ウィルSide


「はぁっ……!」

「ロスさん!?」


 脱出寸前のウィルは、ヴォルフに背中を向けまいとしていたが背後でロスに異変が起こり咄嗟に振り返った。

 突如としてロスの瞳は光を失い、床に倒れてしまった。余りに急な出来事にウィルは敵前にも関わらず敵を視界から追い出した。


「しっかりして!!ロスさん!」

「……」

「そうだ。ガーディアンの……スタファノさんなら治せるかも」


「ホォ。ガーディアンの里の者が近くに居るのか」

「っだから何!?」

「奇しい事も有るのだな。ガーディアンの里の者と言えば"世界に干渉しない一族"…表舞台には出て来ぬ筈だ」


 必死に声を掛けるも反応なし。心臓も動く、脈も正常、されど意識は戻らず。謎の症状に医療知識の無いウィルの焦りは募るが、ふと打開策を思いつく。


 スタファノなら何かしらの処置をしてくれるだろう。善は急げ、ロスの身体に傷をつけないように背負い離れへ向かう。彼女を優先した所為で漏れ出た独り言がヴォルフに届く。

 何やらガーディアンの里に詳しげな雰囲気だが、ウィル自身は余り里に関心が無い為それ以上の会話は打ち切られた。


「……早くココから出て行って」

「善処しよう」


―――――― ―――

同時刻。


「うっ…これ、は!?」

「ロッド?!!」


 ロッドの身にも異変は起こる。一歩動く間もなく、雪上に沈む。ロス同様に両の目は光を失う。


「チッ。とっとと起きやがれ」

「……」

「意識の無い兄さんを殺したって詰まらない…。さてどうしようかなぁ……?」


「私としては邪魔者が一人減って助かるわ…。ジャック、私の機嫌が良い内に邪魔者殺して、騎士長を捕まえなさい」

「心ゆくまで戦おうではないか!!」

「……へっ上等だ!!!」


 大事な場面でロッドが戦力外となった事で、ファントムのエンド、霊族のジャックと後方に構えるリゼットが一斉にリオンに注目した。ロッドとの共闘で互いを補い合っていた戦闘が一気に崩れ始める。


 実質、脱出不可能になった事にリオンはまだ気付いていない。


――――――


 当主家族は分家に戻り、現在離れに居るのはドラグ姉妹二人と天音とスタファノ、それに加えて既に脱出済みのリュウシンとティアナが居た。カシワは分家にて瓦礫整理中だ。


「ねぇ!!」

「ウィルさん…とそれにロスちゃん!?」

「一体何が…!」


 取り乱しながら離れへ帰宅して、スタファノの居る場所に到着するとウィルは意識の戻らないロスを床に寝かせた。只事では無い事態に不安感を胸に抱く天音はロスを見つめた。


「突然の事で私も何が何だが分からない。ロスさんの意識が戻らなくて」

「診てみるよ……」

「ウィルは、平気なの?」

「私は平気!」


「ーっ!?」

「何か分かったか?」

「分からない……」

「そうか」

「分からないけど……!」


「確かロッドが言ってた。ロスちゃんには、持病があってもう長くないって」

「じゃあ持病が悪化して…」


 スタファノがロスを診る間に、オリヴィアとイリヤはお手製の救急箱と薬草を分家へ取りに行き、残された者は息を呑みスタファノの言葉を待った。


 普段のちゃらけた態度とは一変して、神妙な面持ちでアストエネルギーの光を当てる。

 丁度、カラットタウンで倒れたマリーを診た時と似通った手順だ。光が弱まっていくと同時にスタファノの表情は重苦しいものへと変わっていった。


「病気を診るのは苦手だから分かる。ロスちゃんは病気なんかじゃない。もっと根深くて重いものだ」

「ロスちゃんは…どうなっちゃうの助かるよね…?スタファノ!」


「ロスちゃんのアスト量が著しく下がってる。無理をした所為で疲れたのが直接の原因だから暫くすれば目覚めるよ」

「本当?……良かった」

「僕達を逃がす為に…!」


 診察が終わり、結果を話す声には驚愕や驚嘆と言った感情も含まれていた。ロスには失語症のような症状もあり、身体が弱い事は此処に居る全員が理解していた。最悪目覚めない可能性だって考えつく。


 命に別状は無いと告げられ、一先ずは杞憂に終わった不安を撫で下ろす。診察の後も納得の行かない表情で考え込むスタファノを余所目にリュウシンとティアナは罪悪感を抱く。抱いたところで目覚めたロスは、それを望んでないだろう。


(とは言ったけど……不思議な症状だ。そして、とても悲しい力を宿してる)

「このままロスが目覚めなければリオンとロッドは取り残されたままだな」


「!」

「どうにかして助けに行けたら!」

「悔しいがあたし達の実力でリオン以上の動きが出来る訳も無かろう。悔しいが!」


「それはそうだけど……僕だって黙って指咥えるつもりも無いよ」

「俺が行きましょう」

「カシワさん!?いつの間に…」


 知識も経験も豊富なスタファノはロスに眠る力の根源を探るのを止めた。"とても悲しい力"が何を意味するのか、皆に共有せず一人心の中に留めた。


 問題はまだ残っている。結界法術で脱出する作戦は滞り、リオンとロッドは戦場に取り残された。同時刻ロッドが倒れ、リオンのみ戦っていると知る由もない彼等は二人が共闘しているであろう雪山に目を向けた。


 自分等を逃がす為に力を使い、昏睡状態へと陥ったロスの償いとして…と言えば、聞こえは良いが本音は役立たずの自分が許せないのだ。居ても経っても居られないリュウシンは的を得たティアナの説得を無視した挙げ句飛び出そうと踵を返すが、カシワによって止められた。


 一体何時の間に分家から帰ってきたのか全く持って気付かなかった一同。スタファノだけは知っていたかも知れない。


「カシワさん…その怪我では無理です」

「直接の戦闘は避けますので怪我の心配は御無用です。それに君達よりは人生経験もある。犬死ににはなりません」

「然し、どうやって?話の通じる相手では無いぞ」


「あ…あの人ならもしかしたら」

「ウィルさん?」

「可能性があるとすればの話だけど、居たんだ一人だけ。黒鳶の命令じゃなくてアース王の命令を優先してる人」

「なるほど。……黒鳶の暴挙を止められる可能性があると言う事ですね」


 カシワの怪我の具合は定かでは無いが、包帯を取り準備運動する彼を止められる者は此処には居ないだろう。


 正面衝突は避けると言いつつも、黒鳶の実力は言わずもがな。果たして五体満足で脱出が出来るのか甚だ疑問に残る。気を引き締め戦地に赴こうとしたカシワをウィルの声が止めた。直前に拳を交わし負かされた相手であるヴォルフならと一滴の悔しさを交えて伝えた。


 ヴォルフの行動が他と差異があっても、彼は歴とした霊族だ。説得には骨が折れる筈だ。そして、離れに居る中で説得が出来る程の話術を持ち尚且つ戦闘が可能な者は限られて来る。適任はカシワだ。


「うっ…っ」

「目が覚めた…?」

「良かったぁ」

「ロスさんありがとうございます。どうか、お休みになってください。後は我々が」


(幾ら何でも目覚めるのが早過ぎる……っ)

「君は疲労で倒れてしまったんだ。僕達を逃してくれてありがとう」

「…!そ…」


 無音でなければ、気付けない程度の呻き声を漏らしロスは目覚めた。視界を取り戻し早々に自分の置かれた状況下を理解したロスは、見る見る内に顔色を曇らせる。


 己に絶対的な自信があるスタファノは自身が立てた目算が外れ、一旦は驚愕したが瞬時に脳内を切り替え原因を探った。誰の声も耳に入ってないロスは一切の迷いなく立ち上がり大股で一つしかない出入り口に向かう。彼女の行動を予見し先へ行けぬように道を塞いだのは、答えを導き出したスタファノだった。


「ロスちゃん?何処行くの〜」

「っ!…だっ!」

「キミはまた悲しい力を使うの?」

「ぇ…」

「何のコト?」

「さぁな。隠し事してる同士通じるものでもあるのだろう」


「くっ…!!」

「!」

「アストが漏れ出てるのか…?!」

「この力は…ちょ待って!?」

「それ以上力を使ってはいけないっ!」

「俺が行きます!では」


 声が出せない代わりに身振り手振りで必死の抵抗をし、戦地へ爪先を向けるロスに物怖じしないスタファノが諭すように問い掛けた。意表を突かれたロスは一瞬にして身体が硬直してしまい、まじまじと金糸の彼を見やる。


 当の本人達以外は意味不明な駆け引きに疑問を持ち合わせるが、事の成り行きを静かに見守る選択をした。先に行動したのは、硬直の解けたロスであった。彼女は薄縹色のオーラを纏わせ皆が怯んだ隙に場を立ち去った。


 数秒で消えたとは言え一同が驚嘆したロスの力。天音だけは単なる不可思議なオーラにしか見えていなかったが、彼女が纏った白縹は紛れもないアストエネルギーだ。力の正体など皆目検討もつかないが、得も言えぬ力を皆は感じた。


―――

ロスSide


(目を覚ましてロッド……私はまだ生きてる…)


―――

ロッドSide


「ーっ!!!」

(ロス…無事で良かった)


 意識が戻ったロッドが瞬間的に想った事は、ロスの安否だった。何故ロスの無事が離れた位置に居る彼に判るのかは、どうだって良いのだ。何故なら現在の状況は…、


「よぉ目ぇ覚めたかロッド?」

「リオン様…。……!?」

「戦況はやや不利ってとこだな。分かったら加勢しやがれ」


「すみません。足を引っ張ってしまった…」

(少し考えれば分かる事だ。エンドと霊族を相手取っている中で、意識のない俺を守ってくださった。俺の身体に目立った外傷が見当たらず、リオン様が傷付いているのが何よりの証拠)


 決して甘くはない状況下でリオンは両手を雪上に乗せるとアストエネルギーの"風発"を起こした。風発と言っても風属性の技ではなく盾変化の応用の一種であるアストを体外へ溢れ出す技の事である。百年前、アースと対峙した際に彼が使っていた技でもある。


 風で雪弁が舞い、敵から視界が遮られたところでリオンはロッドに声を掛けた。戦闘音が、鳴り止まない状況を見るに現在はジャックとエンドが戦っているようだ。二人を相手にし意識のなかったロッドに傷を付けられぬようにリオンは守る戦いをしていた。ギリギリ、致命傷にならない傷が戦闘の規模を物語っている。


「ごめんの三文字で十分だ」

「はい…」

「次、倒れたら切り捨てる」

「はい。必ず生き延びて、リオン様におれの知る限りをお伝えします」


「行くぞッ!」

「はいッ!!」



 ロッドは明確な意志の下、立ち上がりリオンの真横に並び立った。共闘する二人の眼光は失われず。

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