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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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第66話 ロッドとロス

NO Side


記憶に残る光景がある。

無我夢中で息を切らした先、誰かが象った偶像。何百年も見上げない天井画。


犯した罪をかの器の君に赦されたくて私は女神様に祈った。


____ _ ____ _ ____


「てめぇはファントムか?」

「その質問には答えかねない」


 リオンとロッドが表へ出た直後から戦いは始まっていた。分家の離れを巻き込まない位置まで無言で歩を進め、立ち止まる。

 眼光鋭いリオンが訊く。星の民である事は既に感知済みなので可能性としてファントムが候補に上がるのは必然だ。


 リオンを見据えながらも彼の質問には答えずにロッドは静かに闘志を燃やす。


「俺や天音の正体を知っての行動か?」

「王女を守れず見当違いの行動に出る男なら目の前に居る」

「ッ!てめぇは何モンだ!?」

「力尽くで聞いてみろ」


「〈法術 水龍斬〉」

「…!!」


 相手が何者であるか、自分たちにとって害のある人間かを見定めようとするも、頭に血が上った現状のリオンでは質問を投げ捨て手が出てしまう。例え如何なる理由があろうとリオンがロッドの行動を手放しに称賛する事は無い。


 リオンVSロッドの野良バトルが必然的に起こった。水龍に返してもらった法術を早速使い、手加減無しでロッドに斬りかかる。

 予知出来る真正面の攻撃、避けるなど造作も無いとばかりにワンステップ横移動の後、水龍斬が不発に終わったリオンの背に回る。


(コイツ戦い慣れてんな)

(……流石に一発で終わるほど舐めた動きはしないか)


 回避されたと認知した瞬間、リオンは重心を傾かせて右手を地面に沈ませると身体の向きを変え着地した。反撃に対応出来るように警戒した動きを見て、途中で攻撃の手を止めロッドはバックステップで距離を取った。

 たった一度の攻防で互いに思うところはあれど口には出さなかった。


「はっっ!」

(見極めるのがおれの役目だ)

「防ぐだけで手一杯か?んなタマじゃねぇだろッッ!!本気で来やがれ」


「大事な時に傍に付いてやれない騎士長には言われたくない、な!!」

「あ゛ァ!?」


 結時雨を持たない現状のリオンは近距離型の戦闘スタイルだ。距離を詰めなければ勝ち目は薄い。両足に力を込め一気に飛び上がると水龍斬を発動した状態のままロッド目掛けて技を叩き込んだ。


 何処から攻撃が飛んでくるか分かっていれば対処も容易い。両腕をクロスさせ盾を出現させて確実に防ぎ切る。力任せに振るった拳は思いの外、ロッドに衝撃が伝わったらしい。防御の体勢を取った状態で、足を擦りながら数メートル後退させられた。


「この程度で終わりか?本気出させてみろよ。挑んでいるのはお前の方だ」

「てめぇには聞かなきゃならねぇ事が沢山あるからなぁ、口だけは達者でいろよ」


 水龍斬を解除せず、近接戦に縺れ込ませてロッドの負担を増やすリオン。何故か反撃する素振りも見せずに防戦一方のロッドだが舌はよく回る。


「…!」

「ハッ!!」


 遂にロッドが反撃に転じた。それまで防御の構えを取っていた両手を前へ突き伸ばし、技を放った。ロッドが両手に力を込めると同時に地面から広範囲に渡る隆起が出現する。

 無数に生えた三角形はリオンの足先、的確な位置を狙い撃つ。地面の流動と言う名の異変に気付き飛び退かなければ傷を負っていた。


(地属性…他の属性に比べて数が少ない。隠し玉晒す前に倒す)

「まだまだ行くぞ」

「なに!?水属性だと?」


(驚いてはいるが反射は鈍くない。百年間、ただ待ちぼうけていた訳ではない…か)

(複数属性を扱えるのか!?)

「常人には理解出来んだろう。常人には。女を殺った時に使った技で屠ってやろう」


 属性には四種類ある。リオンは知っての通り水属性だ。では相手のロッドは何属性だろうか。地に作用する力の持ち主だと、先程判明した。地属性が最有力候補であるがリオンの考察など鼻で笑うかのように今度は水属性の攻撃を繰り出した。


 完全なる不意打ちで左手から発せられた攻撃を持ち前の反射神経で避ける。複数属性など幾らリオンでも前例が思い付かず驚愕する他無かった。適度にリオンを挑発し、彼の意識を自分に向けさせ続けるロッド。彼の真意が明かされるより先に"雪の華"が咲いた。


 大技を出そうと構えるロッドと警戒を強め、先手を打とうとするリオンとの間に割り込む形で其の少女は両手を広げ立ち塞がった。


「ロス!?」

「誰だ」

「…った…」


「連れだ」

「…退かせろ」

「下がってくれ」

「やっ!!!」


「退け!」

「やっ!!」

「ロス……」


 目頭に涙を溜めたロスは自分より、一回りも二回りも体躯が違うリオンを睨み、待ったを掛けた。ロッドの連れならば彼女にも責任の一端はあるとの思考が過ぎったが、戦えもしない人間に手を出すほど腐ってはいない。戦いの邪魔をさせるなとロッドに命じた。


 前に出るべき場面でないと言った思いを声に乗せ短く口を開いた。ロッドに向き直っても尚、頑なに退避を拒む。何が彼女を駆り立てるのか、リオンだけが知らない。ロスが退かなければ埒が明かないので弩を射るかの如く、強く言葉を吐き出すが肝の据わったロスにはそれほど効果は無いように見える。


「うっ」

「ロス!!落ち着いてゆっくり深呼吸をするんだ」

(発作?)

「…や、…」


「そこまでして止めたい?けど騎士長の強さを見極めなければならないんだ。分かって」

「い…」

「悪いが俺達は勝負をつけなきゃならねぇ。巻き込まれたくなければ退け」

「あ…っ!」


 不意にロスが苦しみ出しゲホゲホと激しく咳き込み、地面に座り込んだ。ロッドも把握済みの発作らしいが押さえた掌には血の痕が付着していた。ロッドが優しく諭すも意固地なロスには通じず、出ぬ声で必死に訴えかけていた。


「居た。りおっ、…!ほぎゃ」

「天音?」

(雪…慣れない!!)


 遅れて皆の集まっている場所に到着した天音は駆け寄ろうとして、すっ転ぶ。彼女の擁護をしよう、雪が滅多に降らない地域で育ったので雪上を歩くのに慣れておらず、足が縺れただけだ。リオン目線で見れば単なるドジで片付けられてしまうが。


「リオン!戦っては駄目だよ」

「何やってんだ。帰れッ!怪我治ってないだろ」

「スタファノが治してくれたもん」

「本当に完治したのか?」

「…それは…その」

(完治するのはもう少し先って言ってたけど……)


「〜〜兎に角私の話を聞いてリオン。あの人は悪人じゃないの!」

「なぜ奴を庇う」

「あの人は私を助けてくれたんだよ!!」

「助ける為なら深手を負わせられても満足か?治るから万々歳か!?ちげぇだろッ!」


「っ!…だったらリオンは今のあの人を見ても人を傷付けて平気な悪人だと思うの!?」

「……」


 躓いてもリオンを説得し、誤解を解く目的を忘れずに雪の上を駆けて彼の下へ辿り着く。スタファノの処置は完璧に近かったが最後は天音自身の生命力と自然治癒力に委ねられる。傷痕が消えるまでは時間が掛かるだろうと確信しているリオンは天音に帰宅を命じる。


 此処で食い下がらなければ意味が無い。三割増しで厳ついリオンと真っ向から視線を交わして誤解を解かんと躍起になった。言葉では通じないなら見て聞かせる!無駄に圧が強いリオンをロッドとロスの方向に向けさせて、悪人では無いと再度語る。


「ロス…平気?」

「う…」

「君が傍に居てくれたからおれは生きてる。なのに君の気持ちを無碍にしてしまうところだった。ごめん」


「どう考えたって優しい心の持ち主だよ。話を聞くだけでも良いから……」

「はぁ…」

「あの時、私達の他にもう一人居たの。もう一人に捕まらないように助けてくれた」


「少しだけ耳と目を塞いでくれる?」

「?」

「おい。一発殴らせろ、そんで俺を殴れ。コレで相子だ」

「え゛」

「ッ…男のケジメってやつですか」


 ロスを支える手付き、心配する声、表情、何処を取ってもロッドの心根は慈愛に満ちていた。誰にも邪魔は出来させないと言う心情が垣間見える雰囲気に押され、漸くリオンが折れた。


 リオンにも慈愛を向ける相手が居た。ロスに向けるロッドの全てが深愛だと一目で解る。溜息一つ、気怠けに髪を掻きながら膝を付くロッドに向かって行った。

 何かを察したロッドはロスの視覚と聴覚を遮り一部始終を見せないようにしてから腰を上げリオンに向き直った。


 ロッドの返事を聞く前に顔面を拳で殴った。ドン引きの天音を余所目にリオンはロッドに殴れと言った。互いに一発ずつ入れてケジメとするなど天音には分からない世界だ。ロッドもロッドで間髪入れずに殴り返し、二人の頬には仄かに腫れた痕が出来上がった。


「あの時、助けてくれてありがとう…。まだちゃんとお礼言ってなかったから」

「…フン」

「自分には勿体ない御言葉です。天音様」

「!やっぱり私の事知ってたんだ」

「天音様を助け、リオン様を見極める為とは言え数々の非礼お詫び申し上げます」


「何もそこまで畏まらなくても……ねぇ?リオン」

「嗚呼。建前なんざどうでもいい。お前等の目的と正体を明かせ」

「本来の立場なら自分は格下。対等の話し合いは有り得ません」


「本来なら、な」

「…今は権力の欠片も無い。私は名ばかりのお姫様だから友達に接するみたいに気さくで良いよ」


 目を開けたロスにアイコンタクトで軽く状況を伝えたロッドはリオンと天音に目線を向けた。矢張り彼は悪役の振りした善人だった。リオンと天音に対して礼儀を重んじ、頭を垂れる姿は忠義を貫く臣下の様であった。


 本来のロッドの立場が如何なるものであれ、現在の二人に敬拝は似合わない。膝を付く彼と目線を合わせる為、同じく腰を下ろした天音は微笑した。自分に謙るのは勝手にしろとでも言うような態度でリオンはロッドを睨む。まだ完全に気を許した訳では無い。


「あ…」

「ロスもそう思う?」

「う…」

「君がそこまで言うなら」


「話はついたか?」

「…。ついた。最初に…ロスには何も聞かないでほしい。彼女はとある出来事がキッカケで声を出す事が出来なくなった。答えたくとも答えられない。それに、持病で長く持たない」

「…」

「そんな」


「……」

「おれの名はロッド。何処から来たかはまだ話せない。貴方には、最優先でやるべき事がある筈だ」


 衣服を掴み、口を半開きにするロス。彼女の伝えたい事項がロッドには分かるらしく、眉を下げ敬語を取り下げた。口調は敬語では無くなったがロッドの心は二人に対する敬拝を常に持ち合わせている。


 一言ロッドと名乗り、正体を明かさずリオンに詰め寄った。自分等への過度な追及を避け話題を切り替える為だが、リオンにはバレている。


「コッチ側の事情は誰に聞いた?」

「リオン様のお仲間さん」

「そーかい」


「帰ろっみんなで」

「天音様ペンダントは取り返します。暫しご辛抱を」

(バレてるー!)


「?」

「何でもないよ」

(リオンにもバレたらずっごい怒られる。ぜったい……)


 屋外で積もる話をしても良いが、情報は大勢に一発で伝えた方が効率が良い。天音の方を一瞬チラ見し、とっとと離れに帰ろうとするリオンに付いて行く一同。リオンが背を向けた瞬間を狙って周りをキョロキョロとし出す天音。


 ペンダントを失くしたとリオンにバレれば十中八九、雷が落ちる。加えて一人で飛び出しかねないリオンに態々言う必要も、否。言いたくないのだ。


 天音の心情を知ってか知らずか、ロッドは彼女の耳元で誓いを立てるに留まった。


――――――


「おかえり」


 扉の開閉音が聞こえ、イリヤは呟いた。面と向かって言った訳では無い。近付く足音に紛れさせ誰にも聞こえない様に口をついた。戻って来た彼の前で何時もと変わらない笑みを見せる為に、影で気持ちを落とした。


「あ!ティアナ〜!」

「天音、ペンダ…」

「うぉおと!?ティアナちょっとこっちに来て」


「なんだ?」

「ペンダント見つかった?」

「手掛かりナシだって言おうとしたんだが……」

「探してくれてありがと。……リオンにはナイショにしてくれない?バレたら怒りそうじゃん?」


「それは…まぁそうだな」

「でしょ!」


 離れには幾つか部屋がある。あくまで離れとして利用していたので天音が治療を受けていた部屋が一番広く、後は物置場として使用していた。早急に皆を集めようと狭い廊下を一列に並んで歩いているとリオン達の帰宅に気付いたティアナが向かいから来た。


 ペンダントの有無についてリオンにバレる訳にはいかないのでティアナを隅に呼び、ひそひそ話を始めた。その昔、彼女はメリーさんと盗賊と組みペンダントを奪った。そして鬼の様な形相のリオンに追い掛け回された経験を持つ。懐かしさすら感じる過去を思い起こしティアナは天音の言葉に同意した。


―――


「おれの我儘に付き合って下さりありがとうございました」

「全然良いって事よ」


 リオン達の帰りを待っていたリュウシンは視線を下げるロッドに親しく笑い掛けた。まるで旧知の仲のような態度にリオンは違和感を覚え、やがて答えに辿り着く。


「リュウシン…知ってたなコイツの事!!」

「僕も初めは警戒したさ。けどリオンを試したいって言うから」

「お前なぁ」


「アッハハ。事実を言葉で説明して、君納得したの?」

「チッ」

「けどあの時、言った言葉は本当だ。君にばかり負担を掛ける」

「どうでもいい事で悩んでじゃねぇよ」


 リュウシンはロッドの思惑を知っていた。知った状態でリオンに一切説明せずにロッドとの対決を見送った。リュウシンなりの葛藤も勿論有っただろうが、リオンを納得させるには荒療治に頼るのも一つの選択肢だと考え賭けた。


 寝床確保の為に部屋を片していたリュウシンはロスや天音の乱入を知らないが、何はともあれリオンとロッドの顔付きが良好なのでホッと息付いた。荒療治成功。


「リュウシン!」

「天音!そんなに動き回って平気?」

「少しくらいなら平気。皆集まってる?」

「テオドーナさんは相変わらず姿を現さないけど、他の皆は直ぐに呼べるよ」


「聞きたい奴だけ集めてくれ。アロマとガキと水晶石を霊族から、かっ攫う作戦を立てる」

「!分かった」


「そう言えばスタファノは……?」

「その辺で寝てる」

「そのヘンって……ははっ」


 ひそひそ話に切りを付け一歩、遅れて天音とティアナが合流した。天音を心から心配したリュウシンは彼女に駆け寄り平気かと問う。これから大事な話をすると言うのに緊張感の欠片も無い天音を一瞥し、皆に聞こえるようリオンは宣言した。


 ロッドとロスが味方になるかはさておき、遂にアロマ救出作戦を立てると言ったリオンに進んで協力するリュウシンはドラグ家の面々を集めに駆け出した。


―――


「さて、一先ずおれの自己紹介から始めた方が良いかな。おれはロッド隣に居るのはロス。訳は話せないが、皆に協力すると霊獣に誓おう」


 集結した面子はリオン、天音、リュウシン、ティアナの旅仲間組とカシワ、イリヤ、ウィルのドラグ家、そしてロッドとロス。

 スタファノは強制昏睡から目覚めておらず此処には居ない。オリヴィアは皆が作戦に集中出来るように裏に回りサポートに専念、テオドーナは変わらずだ。


「先ずは人数を絞ろうか。どっちにしろ霊族とは戦う事になる。悔しいが俺は戦えそうに無い」

「当然俺は行く」

「僕も」

「あたしだって!」

「私も行くに決まってる。ドラグ家で戦える人は私しか居ない」

「決まりだ」


「うん。現地での指揮は…」

「任せろ」

「誰も文句は無いよ」

「次に、ココが重要だ。どうやって霊族の支配下から救い出すか策を練ろう」


 作戦会議の指揮を取るのは最年長であり、冷静さを見失わないカシワだ。出来る限り戦闘は避けたいが霊族が、黒鳶が、許す筈も無い。戦える面子は揃えておいて損は無い。

 作戦の実行部隊はリオン、リュウシン、ティアナ、ウィル、ロッドの五人に決定。


 各自が臨機応変に対応するとは言え、中心の軸が定まっている方が成功確率も上がると考え、カシワはリオンに現地を託した。仮にも騎士長だったのだ。異議を唱える者は此処には居ない。


 次は最重要の主軸。霊族の脅威から、無傷とまでは行かなくとも致命傷を避け安全域に戻るには相当の作戦が必要だ。


「策はある。おれが囮になり、霊族を引き付ける。その隙に救い出せ。以上だ」

「待った。勝算は?…そもそもお前の指示で誰が動くんだ」

「リオン!!!」

「険悪ですね」


「勝算がどうとかの前に、あたしは奴とは連携出来ん。素性も能力も何も知らないんだ。合わせるなんて器用な芸当はな」

「ティアナまで……。リュウシン…!」

「う〜ん。リオンは単なる個人の感情だと思うけどティアナは一理あるよ。ロッドは単独で動いた方が良さそうだ」


 単純明快な策をロッドが講じた。ロッド本人は至って真面目で失敗しないと確信している面持ちだったが、苦言を呈する者が一人。真っ向から喧嘩腰のリオンを見兼ねた天音が彼に詰め寄るも、どこ吹く風だ。


 助けを求めるようにリュウシンを見上げるも正論に破れる。皆の視点からでは、ロッドは不穏分子的存在だ。実力も素性も目的も不明な出会ったばかりの人間とは余程器用でないと適切な連携は取れまい。人質の命が危ぶまれる状況なら尚更慎重に成らざるを得ない。


「そうですか…。信頼関係が無いおれは一人で動きます。連携などしない方が勝率が高い。ただ、一つ言っておきますが今の貴方達ではおれどころかロスにすら勝てない」

「随分な物言いだな」

「天音様が囚われそうになった経緯を聞いておれなりに考えてみた。そして一つの結論に辿り着いた」


(天音……様?)

「霊族の中に結界法術に長けた者が居ると」

「もしかして目の前で消えたように見えたのが結界の一種だって言うの?」

「たかが結界とバカには出来ない。もしロスが皆さんに勝てたなら、おれの策を採用してください」


「良いぜ。乗ってやるよ」


 ロッドもしおらしく受け答えしているが全員を炊き付けるような言葉を発し一線を引いて交流を断つ物言いを止めない。


 普通の人間に様付けなどしない。疑問が膨れ上がるイリヤは、様付けされた天音をそっと見つめた。酷く悲しげな表情で。

 イリヤの思いも知らず作戦会議は進む。


 思いも寄らない提案がなされ、ロスはロッドの袖を引っ張った。思い詰めた表情が語るのは提案に対する否定では無く、つい数分前の天音がリオンの名を叫んだ時の様な心情。つまり、やりすぎだと怒りを表していた。ロスの考えとは裏腹にリオンは賛成した。他の皆も同意見だ。


「〜〜!」

「わっごめん…。そこまで怒るとは。皆の背中に触れるだけだからさ」

「むぅ」

(〈結界法術 コミューンアウト〉)


「消えたっ!?」

「全く同じだ。目の前に居た筈なのに消えて居なくなる」

「これが結界…?」

「気付かぬ内に殺られるぞ」

(透明化や同化は知っているが……)


 赤の他人には理解不能な二人の世界で何やら言い合いを繰り広げ、少々不貞腐れてロスは結界法術を発動させた。その場に居る全員、特に実行部隊組は警戒を強めた。アスト感知は意味を為さない。足音さえも聞こえない。


 メリーさんの透明化、アリちゃんの同化は共にアスト能力であり法術だ。然し、ロスの力はアスト能力では無い。其処に違いが在りそうだ。


(消えたように見せ掛けて、実のところは変わらず皆の前に居る。認識が出来ないだけだ)


 絡繰が解けず、一人、また一人と背をタッチされた。掌の触感は感じるので触れられた者は瞬間的に理解する。実戦ならば急所を突かれ即死だと。誰もが動けずに敗北する中、最後のリオンは見えない掌を躱した。


(躱した…凄い)

「位置が分かるのかい?」

「全く。直感だ。……いて」

「終了。誰も勝てなかったな」


「ふぅ」

「お疲れ様。囮作戦、認めてもらえますね」

「うん。俺は賛成。リオンは?」

「てめぇの能力次第だ」

「それは良かった」


 戦いの中に身を投じ、培ってきた経験則から来る直感で一撃を回避した。残念ながら直感は直感なので数秒後にはロスが一人勝ちを決めていた。リュウシン達には優しく触れるだけだったが何を思い至ったのかリオンには思いっ切り張り手をしてフィニッシュだ。

 完全勝利。ロッドとロスをカシワは認め、囮作戦を採用した。リオンも渋々ながら二人を認め始める。


「アスト能力以外で消えてしまえるとは」

「街全体を覆い隠すような結界法術なら知っているけど色んな使い方があるんだね」


「私も出来るかな」

「"結界法術コミューンアウト"アストエネルギーを細部までコントロール出来るなら誰でも可能です」

「……無理かも」


 エトワールを得ても、コントロールが出来ているとは言い難い天音には結界と言う繊細な力は到底無理である。悲しいかな天音を養護する声は上がらない。


 ロッドの策が通ったからと言って作戦会議は即終了と言う訳にはいかない。最後に全員で決めねばならない事があると、カシワは気を引き締めて皆に尋ねた。


「最後に、決行は何時にする?」

「三日後を希望する」

(エンドが何もせずに居られるのは恐らく、三日まで…)

「暫くは天候も変わらないだろうし私も賛成。何よりアロマ達を早く救いたい」


「そんなに早く……」

「水晶石を出し続けるのにも負担は掛かる。きっと碌に眠れてない」

「それまでに詳細な順序も考えよう」


 決行は三日後。三日以内に互いの連携繋ぎを物にし、アロマとサラ、水晶石をかっ攫う。其々の思惑の下、日は沈む。



「こっからが反撃開始だッ!!」

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