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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
ドラグーン編

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第64話 戦火迸る

水晶石にて。


 火龍と水龍が睨み合い沈黙の時が流れる。熱気を振り払うように武者震いした水龍が沈黙を破った。


「リオン、ワシらに弱点は無い。弱点だった角をへし折られたモンで。…だから火龍を止めるには一点集中の技を奴に叩き込む。その役目をくれてやろう。人間のお前だから効果があるんだ」

「顔面に叩き込んで一発で戻してやる」


「ぐおぉぉおッッ!!!」

「チャンスを作るまで衝撃に備えてろ!」

「っく、こんなの衝撃の内に入んねぇよ」

「だとよ火龍!生意気言われてんぞ」

「ぐぅぅう」


 双龍共に、かつて立派に聳えていたであろう一角を折られていた。現在は弱点がない代わりに水晶石内で人間を殺める行為が出来なくなっており、そう言った弱みに漬け込まれた結果が今の火龍だ。


 冗談抜きの真面目な声で水龍に言われ、一層気を引き締めるリオン。直後に火龍は咆哮し水龍に突進した。正面で受け止め、短く合図する水龍に威勢を崩さず、彼は余裕の笑みを見せた。


(こりゃ衝撃より水蒸気の方がキツイぞ)

「がぁあ!!」

「おお!!?」

「なっさっきまで目の前に居ただろ!?」

「グッ…!」

「水龍、腑抜けた阿呆め……」

「聞き捨てならんなぁ!?!」


「オイこら俺を忘れてんじゃねぇ!」

「ちっこい奴は目立たんからな、小僧を気にかける余裕は無くなった。己でしがみつけ」

「我等は…人を守る戦い方、を知らぬ……」

「派手にやれよ。俺が合わせる」


 水龍の上は安全だが、蒸発した熱が辺りを覆い天高く昇っていた。人間の耐えうる温度は恐らく裕に超えている。視界が霞掛かった瞬間火龍が水龍を一段と強く押し、倒すとまでは行かなかったがバランスが崩れた合間を縫うように火龍は"飛んだ"。


 火龍に翼は見当たらない。然し、ジャンプ力が著しく高く翼が無くとも空中に留まる事が出来る。先程、火龍を見付けられなかった原因でもある特性だ。飛んだ後にする行為は踏み潰す以外、余り無い。避け切れないと判断したリオンは水龍から飛び退き、地面に足を付けた。


 微かに自我が残る火龍が初めてリオンに対し言葉を発した。苦しみながら絞り出した声の根は隠し切れない情念が入り混じっていた。


「いっそ空中戦も愉しむとするか。昔のように本気で殺ろうぞ火龍!」

「…相分かった」

「「ハァアア!!!」」

(俺が合わせる……とは言ったが水龍も火龍もやり過ぎだッ!)


「水龍…思い出せ。わしゃあに一度も勝てなかった事を。いっつも旗色が悪くなるとお空へ逃げ帰る。その姿は実に無様であったぞ」

「なにを〜〜!?火龍こそ、おんどれが有利なフィールド以外では戦おうとしなかったくせに。小癪、小癪!」


 リオンが定位置に戻ると同時に水龍は飛翔を始めた。翼が上下に動く度、人間にとって害のある域に達した熱気がリオンを襲うが水龍は最早、見向きしなかった。余程、本気のバトルがしたいらしい。


 双龍はリオンそっちのけで空中戦を愉しみ、ド派手に火花を散らした。攻守が入れ替わる闘いと言うよりは何方も攻め一択なので只管殴り合いが続き、切が無い。


 水属性のエフェクトを爪に纏わせ地面と鱗を剥ぎ取ろうとする水龍と火属性のエフェクトを纏わせリオンごと水龍の身体に噛み付こうとする火龍。


「ゔお゛ォ!!」

「今だッッ!」

「ようやく来たなッチャンス!」


「特別にバリアのプレゼントだ。クソの役には立つだろう。但し、効果時間は短いぞ」

「お、水龍にしては気が利くな」

「一言余計だ」


 リオンの外套マントに焦げ目が付く頃、漸くチャンスが訪れた。水龍と違い、火龍は辛うじて自我を保っている状態であり、技の掛け合いに関して現時点では水龍が一枚も二枚も上手だった。


 水龍は火龍の鱗に爪を突き刺し、地面に放り投げ合図を出した。翼を持たない火龍は瞬時に空中に留まれず、真っ逆さまに地面と衝突した。水龍の元から離れ、火龍に一直線なリオンの身体に変化が生じる。


 リオンの身体を覆うようにして現れたのは、球体状の水エフェクトだった。盾変化の水龍バージョンとでも言おう。水バリアに包まれている内は外部の熱を気にせずに集中出来る為リオンも心無しか、コンディションが良好に見える。


「水龍ざ…!……は使えないんだったな」

「済まぬ、抗うぞ」

「いっ!?火龍、抵抗するな!!」

「陳腐なプライドが捨てられぬのだよ」


「チャンスを無駄にするなよリオン」

「ったりめぇだ」

(次こそ顔面に打ち込む)

「水バリアの効果時間は後どの程度だ?」

「十秒」


(ほんとに短え…)

「カカカッ足りぬか?」

「フッ釣りが来るぜ!!!」


 何時もの癖で代名詞とも言える水龍斬を繰り出そうとしたが、使用不可だとハッと気付き空中で滾清流の構えに切り替えようとした。然し、予想外の抵抗に合いリオンは脇っぱらを潰されそうになる。


 水バリアと頑丈に作った盾変化で事無きを得たが、肝の据わったリオンでも流石に龍の猛威には心臓が跳ね上がった。己を鼓舞し、体勢を整えると水龍を土台に上空に向かって飛んだ。


 火龍に滾清流を叩き込む為では無く、火龍の背に乗る為の行動だ。確実に技を直撃させるにはゼロ距離が望ましい。水バリアが効果を発揮しているからこそ成せる少々強引な作戦でもある。


「乗るな!わっぱ!!」

「暴れたって無駄だ。熱苦しい身体、冷やしてやる。浴びろ!」

「ぐぉおお……!!!」


「ワシのサポートがあるとは言え生意気小僧の分際で一撃入れるとは…褒美だリオン」

(この感覚!?)

「ハハッほんっとに素直じゃねぇな。〈法術 水龍斬〉ー!!」


「ガァアアッー」

「約束を守るのがワシのプライドだ」


 リオンが放った法術は唯一使用可能な滾清流では無く、水龍斬だった。水龍の気まぐれが直前になって振りかかったのだ。先程と違い今度は滾清流の構えから水龍斬の構えに切り替えた。一見、傍迷惑な行為だが水龍の性格を知るリオンの手に掛かれば抵抗する火龍に一矢報いる策の一部になれる。


 人間で言うところの左瞼付近に、思いっ切り水龍斬を当て着地した。ギリギリ十秒は過ぎてしまったが手応えはあった。火龍の断末魔も苦痛から来るものと言うよりは苦痛の解放に伴う浄化から来ているように感じた。


「グゥ……」

「本来の奴に戻ったようだ」

「亀裂も無くなったな」


「容赦ないの〜…わっぱ」

「リオンだ。俺の事知ってっか?」

「ん、んんん。ん?リオンだと〜!?ガッハッハ!!アレンと水龍が話していた男かッ!知っているとも分かっているとも」


「火龍になんて言ったんだ?」

「フン。小僧は知らずとも良かろう」


 辺りに漂う熱は散じた。噴火した火山を彷彿とさせる火炎も灰となり消えた。火龍の完全復活にリオンはホッとし、口元を緩める。

 素直になれない水龍は変わらず不器用な態度で風情も何もない空を見上げた。


 傷を押さえ呻く火龍に自分を認知しているかと問う。決して可愛くない畏怖を植え付ける両目をパチクリさせ、じっくりリオンを観察した火龍は大袈裟に反応した。


 火龍の言い方に引っ掛かりを覚えたリオンは水龍を見るが、目を合わせようとせず青天井の空を見続けた。和やかな空気を壊す訳ではないが、時として向き合わねばならない事実がリオンにはあった。


「火龍、お前の口から聞かせてくれ。……アレンは亡くなったんだな?」

「…死んださ。力を得た奴は全員死んだ」

「そうか。…悲しむだけなら何時でも出来る。その一言を火龍から聞けて満足だ」


「わしゃあ外の事情は知らんが良くない事態が起こった。そうだな?」

「嗚呼、俺はそれを終わらせる為に居る」

「ガーッカッカァ!面白い事を言う!!!」


(こいつもウルセェな…)

「そやつに口を開く事はないぞ。何故なら、このバカは宝玉を取り込んだ」

「何ぃぃッ!?!宝玉だと!!!?!」


 かつてアレンは火龍に出会い、力を得た。その過程が如何なるものであったかリオンは知らないが、アレンの名を語る眼は不思議と優しかった。親が子を見守るような優しい眼が哀に変わる。


 確定してしまった真実。否が応でも全否定したいが否定したところで真実が変わる訳もない。切羽詰まった現状を考えれば戦死した親友を弔う暇すら無いのは明白。火龍との会話を打ち切り水龍に向こうとした時、水龍が一言宝玉、と漏らす。


 煩い火龍が更に煩くなり、鼻息が荒くなる。火龍は宝玉と言う単語に食い気味に反応し水龍同様、嫌悪感を示す。


「水龍、宝玉の力はまだ返してねぇよな」

「二度と返さんぞ」

「さっきも言ったろ。大切なモンなんだ」

「リオンよ。わしゃあ達にとって宝玉は忘れ形見に近い。分かってくれとは言わんが……」


「はぁ…。宝玉の思い入れなんざ、知ったこっちゃなねぇつってんだ。俺は俺の道を行く。気に入らんなら幾らでも封じやがれ、その度に力尽くで枷を取っ払ってみせる」


「ガッカッカ!一本取られたな水龍よ!!」

「詰まらん男になったと思ったが、リオン!貴様は紛う事無き生意気小僧で大馬鹿者だ!去れ!!」


 そもそも、リオンが水晶石入りした目的は法術を使えるようにする事であり再会した過程で宝玉についても知ったのだ。法術は元に戻った。ならば残すは宝玉のみ。


 双龍はリオンの宿す宝玉を忘れ形見と称す。ドラグ一族初代の人間と関係がありそうだが一先ずのリオンには関係無い事だ。水龍に向かって幾度目かの宣言をして、意志を突き付けた。


 話の通じない水龍に痺れを切らしただけだが結果的に水龍の苛つきを助長させた。火龍は口喧嘩に似た口論で水龍が負けたのが、余程面白かったらしく馬鹿でかい声で爆笑した。


「取り敢えず、全部終わったらまた来る」

「こんでいい!!」

「来いって言ったのはお前だろ……」


 水龍による強制送還。火龍の水晶石に居るがこの場合、水龍が帰したのでリオンが戻る場所は水龍の水晶石になる。火龍が帰していれば今頃リオンは例の小屋に居た事だろう。


――――――

―――

 昼食を食べ終え片付けをする者や来る霊族戦に備える者、別れた者の安寧を祈る者など各自が思うままに過ごしていた。平和とは言い難い空気が、その瞬間完全に崩壊した。


「結界が破られた!?」

(来る…!)

(っ!)

「霊族の仕業と見て間違いないね」

「うん、この感じ足取りは二人かな。真っ直ぐこの家に向かって来る」


「真っ直ぐと言う事は居場所がバレていると見て良いでしょう。黒鳶の場合、最悪全滅…。幾ら吹雪で視界が悪いと言ってもイリヤさん達にも危険が及ぶ可能性はある。合図は俺が送ります」

「であれば、あたしは霊族を迎え撃つ」


 オリヴィアの持つ小皿が落ちて割れるのとスタファノの耳が反応したのは同時だった。割れた音に不穏な気配を感じ取った天音は二つのエトワールを強く握り直した。


 霊族の来襲に備え、カシワを中心に事前に案を練っていたので狼狽えつつも作戦通りの行動に出る。先ず、戦えないカシワは前線に立たずイリヤ達に襲来時の合図を送る為、勝手口から外に出た。次にオリヴィアがテオドーナに知らせに走り、ウィル、リュウシン、ティアナの三人は正面玄関から迎え撃つ準備に入った。

 スタファノは中で後方支援に徹し、天音は警戒を切らさずにエトワールを構える。


「天音は隠れてて!」

「うんっ」

「固まっていた方が攻撃が集中する…。イリヤに危険は訪れない」


 家中で待たずに吹雪の中、身を曝け出した理由は家中に閉じ籠れば、霊族が何処から襲い掛かってくるか特定出来ないからだ。

 宗家を襲ったように玄関からご丁寧に登場してくれるとも限らない。居場所がバレているのなら、寧ろ前線の領域内に呼び込んだ方が安全なのだ。


―――


「あ、王女どんな見た目だっけ?」

「一番弱そうなのが王女だろう」

「弱そうって?」

「守られている奴だ」

「何人も居たらどうすりゃあ?」

「くっ質問が多い!!!」


 バンダナを結び直しながらマーシャルはホプロに質問した。一つ回答を得ても次々に疑問が浮かび、一つずつ疑問を潰すようにホプロを頼るが彼の癇癪に障ったらしい。

 自分の腹にナイフを刺し、強制的に会話を打ち切る。吹雪を物ともしない二人は不意に足を止めた。…分家の家屋が視界に映る。


「待ち構えられてる。さっき、火花上がってたけどアレって俺等が来た合図?」

「……自己完結してくれッ!」


「標的、捉えた」

「〈法術 火箭・三連武〉」

「この先も何処にも行かせない!!」

「ホプロ」

「黙れ。お前とは暫く話さん」

「まぁいっか。テキトーに殺っちゃっても」


 アスト感知より先に気配で待ち伏せを察し、意外と言った表情で人数と配置を確認する。霊族二人が分家へ向かっている頃に、時を同じくして上空に上がった火の玉があった。特に気にする必要も無いと無視したが、どうやら急報合図のようなものらしい。


 人影が見えたのは霊族だけでは無い。会敵側の星の民、リュウシン達もまた捉えていた。先手必勝、曖昧な影に向かってティアナが飛び出した。後手に回る事だけは避けたい彼女は相手の出方を見るより不意を突く方が効率的だと思っているようだ。


 吹雪のカーテンを切り裂くように真正面から現れたティアナに対してマーシャルとホプロは二手に別れた。


「受け止められた…!?」

「この女は違うな。やっぱ家に居るかぁ」

「何を言ってる」

「ティアナ!」

「おっとと、生け捕り以外は殺していいだろ」


「霊族、あたしの質問に答えろ。あたしは…」

「ふっっ!」

「うっ!?」

(速い…!)


 ティアナの拳を受け止めたのはマーシャルだ。法術の威力を完全に殺され、先手は失敗したが諦め切れないティアナはマーシャルの掌を拳で押し返そうと躍起になる。


 ビクリとも動かないどころか、気にも止めない表情で独り言を呟くマーシャル。ティアナの窮地を救うべく動いたのはリュウシン。敵に悟られぬように迂回し、背後からの足蹴りで二人の距離を離す。


 見えていなかった攻撃も、ひょろっと躱して後から来たリュウシンの姿を把握する為に数歩大股で退く。距離を置いた瞬間ティアナは霊族に訊かねばならない問いを投げ掛けるが、会話する気は無いとばかりにマーシャルは隙の生じた彼女の鳩尾を攻撃し、次いでリュウシンにも打撃を仕掛ける。が掠った程度で直撃には至らなかった。


「殺す感覚、味わせてくれよ」


 リュウシン、ティアナVSマーシャルの闘いが始まろうとする最中、二つ目の戦場が生まれようとしていた。



「此処に水晶石は無い。出て行け」

「目的は水晶石では無い。水晶石は誘導する為の撒き餌」


 分家に迫るホプロにウィルが噛み付く。背中を向けた状態で淡々と答え、再び歩き出す。水晶石が目的で無いと聞き、少々戸惑うが兎にも角にも敵を分家から遠ざける為に戦闘態勢に入った。


「〈法術 龍御前(ドラグ・インパクト)〉」

「〈結界法術 コミューンアウト〉」

「ーっ居ない、何処に消えた!?」


 龍御前はウィルの家族を守りたい思いから生まれた法術だ。双龍を模った火属性の模様が両腕に浮かぶ。当たれば火傷の比ではない激痛を伴う事になるが、残念ながら今回は相手が悪かった。


 結界法術を発動したホプロは忽然と姿を消し消えてしまった。


「どこに居るの!?」

(このまま見失ったらマズイ…!)

「…、隠れたって居場所くらい……えっ。感知出来ない。結界だから?でも、だとしても…こんなの見た事も聞いた事も無い!」


「所詮は一般人の派生だ。強くもなければ戦えもしない。殺しはしないがもう動くな」

(ー…!!殺ら、れる)

「カハッ!!?」

「直前で盾を挟んだか。どの道、暫くは動けないだろう」


 消えたように見せ掛けているのであれば、アスト感知で位置を特定出来るのだが早々に見破られるほど単純な法術では無い。ウィルの感知範囲は決して広いとは言い難いが、数秒の移動距離程度なら追い付ける。はず、だった。


 見せ掛けでは無く、実際に消えてしまった。アスト感知に何ら反応は無い。一矢報いる事すら出来ずに敵を逃すなどウィルの信念と対極にあり、募る焦りは判断を鈍らせた。見えないホプロはウィルの目と鼻の先で一瞬姿を現し、拳を振るった。


 鈍った判断で可能な行動は、せめてもの防御のみ。瞬間的にホプロの拳が直撃する前に盾を間に挟み、身を守った。


「う…っぐ」

「動くな!!!」


 深く積もった雪上に投げ出されるも何とか立ち上がろうとするウィルに対し、ホプロは切れ散らかし身体の傷を増やした。無論、自分の身体にだ。再度姿を消して目的達成の為に早足で分家に向かった。


―――

分家にて。


「吹雪が酷くなってきた……。これじゃあ、戦うどころか歩くのも難しそう」


 天候は徐々に悪化し、遂には窓越しの景色すら視認するのが困難になっていた。家中に居れば一先ずは安全だろうとの驕りが落とし穴を生む。


「ん?」

「どうしたの?」

「いや、微かに音が…」

(扉が開いてる?どうして)

(う…寒い。急に冷気が…って何処から?)


 軽く、音を拾った。正面玄関を警戒中のスタファノは音の正体を掴む為、勝手口へと向かったのだが、何故か独りでに開いていた扉がギコギコ鳴っているだけで大した情報は得られなかった。

 当然開けられた扉からは冷気が舞い込む。天音はスタファノの行動より冷気の流れに気を取られ、警戒を解いてしまった。


「弱い奴、守られている奴、目的の女だな」

「ぇ…なっ」

「!?」

(全く気付けなかった……!)

(まさ、か霊族…?!)


 雪片が地面に落ちる瞬間を誰も気にしない。不意に視界が揺れた。人一人の腕力で重点をズラされ引き寄せられたのだ。降ってきた声を確かめようと見上げると、其処には霊族ホプロが居た。


 相手が敵で尚且つ霊族だと気付くのに少々時間が掛かった。次に自分は既に拘束されていると気付くのには更なる時間を要した。

 天音以上に唖然としていたのは、スタファノだ。彼の耳は超聴力であり人間の出す微音は決して聞き逃さない。一切、気付かなかったと言う事は彼の人生で一度たりとも無い。


「その手を離してよ?」

「スタファノ……」

「邪魔が多い。ジャックさんヴォルフさんの為だ。目を瞑ろう」


「離さないのなら無理矢理にでも……。強引なオトコは嫌われるのにね〜」

「長居するつもりも無い」

(どど、どうしよう!?!力が強くて抜け出せないっ……私を狙って来たんだ…。私は此処へ来るべきじゃなかった)


 予想外の事態に周章狼狽していても何も解決しない。平静を装い、スタファノはホプロを睨む。いざとなれば強引な手段も致し方無いが、果たして実力の底が見えない相手から天音を無傷のまま救い出せるのか甚だ疑問は残る。


 自分の身を自分で守る事すら出来ずに、此処へ来てしまったと心に暗い影を落とす天音。ホプロの使用した結界法術は所謂、初見殺しなので余り己を卑下しなくとも良いが、中々理屈通りにはいかない。非力な筋肉では大の大人に勝てないのは当たり前だ。何かしらの打開策を思考中に第三の人物が緊迫した空気を破りに来た。


「はぁあ!!」

「ッ?!」

(拘束が緩んだ…今の内に)

「お逃げなさい」

「貴方は、テオドーナさん?」

「テオさんやる〜」


 アロマの夫、テオドーナが傷付いた身体で天音を救い出した。彼に感謝しつつ、駆け足でスタファノより後方に下がる。もう一度、拘束されれば今度こそ逃げられないだろう。


「邪魔が多いッッ」

「ヒェッ。何で自分に刺すの……」

「ホント、自分で自分を傷付けるなんて変な人だね。…それより天音ちゃんが無事で良かった」

「うんスタファノもありがとう」

「防衛の要には成れずとも駒としては機能するぞ」


 テオドーナの乱入により、情緒を乱されたホプロは又してもバタフライナイフを取り出し、無駄に血を流す。ナイフが見えた際、天音は自分に刃先が向かうものだと危惧したが想定外の使い方に思わず正気を疑った。


(目立つ行動は避けるべき……と指示を出したのは、あの女リゼットだ。従う理由は無い)

「〈法術 膨れ高まる狂風(ライズゲール)〉」


「かぜ…っ!?」

「くぅっ!この威力は!?」

「家を、吹き飛ばすつもり…か……」


 バタフライナイフに体内から生まれ出た風を収集するホプロ。法術ライズゲールは一点に溜め込んだ風を一気に放つ技だ。リュウシンのような柔和に舞う風では無く、ホプロの風は外の冷気とも合わさり、執念深い狂気さを感じさせた。


 大胆な行動に出たホプロ、辺り一帯の風が彼を守っているようで誰も手出しが出来ない。大型家具から小物まで様々な物が風により損壊し始め、家中に居る者達は成す術無く身体中に切り傷を作る。


「ーっキャァっっ!!?」

「天音ちゃ、ん!捕まって!!」

(つか、めない)

(!?)


「天音ちゃん!!」

「スタファノ!!」


 ホプロはライズゲールを纏ったナイフを床に突き刺した。凡そ風とは思えぬ威力を発揮し瞬く間に分家を全壊させた。家に居た天音達は勿論の事、外で戦闘中のリュウシン達も突然の崩壊音に手を止めて目を見開く。


 風に攫われて天音が宙を舞った。建物が崩れ去る中、まともに開眼する事も叶わないがスタファノは天音の悲鳴を聞き逃さない。即座に鞭を出し天音への命綱を伸ばすが彼女の手は僅かに鞭を掠り、次第に離れてゆく。


 一歩、間に合わなかった距離は二歩先の敗北へと繋がる。


(結時雨が…!)

「っ霊族……」

「抵抗?止めておけ」

(何か、何か考えなきゃ)


『あっ』

『あ?』


(!あの時の感覚…今の私にはエトワールがある。やってみせる…!!)

「はぁーっ!」

「ー、クッ」


 瓦礫と共に外へ舞う最中、片時も離さぬように握り締めていた結時雨が狂風に巻き込まれ彼女の手から離れ落ちた。気流に乗り、漸く邪魔者が居ない状態で天音に近寄るホプロ。無力な天音には何一つ抵抗など出来まいと高を括っていたが、彼女は死に物狂いで脳を回し答えに辿り着いた。


 エトワール技巧師から受け取ったエトワールをホプロに向けると足場の無い空中で"純白の粒子"を思いっ切り放った。旧カラットタウンでの出来事だ、雨宿りの小屋で盾変化の練習中に起こった事故を彼女なりに反省し、活かした。活かしてみせた。法術でも無ければアスト能力でも無いので攻撃力は、さして無さそうだが不意を突くには十分の出来だ。


「ちょ、…と待って!?!」

「何処へ行くッ!!」

「そんなの私が聞きたいよ〜!」


 天音はエトワールを胸元で持ち放出系の攻撃を行った。つまり、両足が役割を果たさない空中で前向きに力点だけ放ってしまった。

 此処から予測出来る次の不可抗力は、天音の身体が後方にブッ飛ぶだ。


 アストエネルギーのコントロールは、未だに苦手らしく後先考えずに渾身の一撃を発した事でホプロが追い付けないスピードで天音は吹雪に消えた。


―――


「ヒッ!ぶつかっ!?」

(つばさ………んん!)


 分家から程遠い距離に飛んで行った天音は地面に激突する前に純白の翼を出現させ衝撃を緩和した。二度目ともなれば、翼の使い方にも慣れ始める。エトワールを使う事でよりスムーズにアストエネルギーの伝達が出来、急転直下な場面でも瞬時に切り替えられた。


 ズボッと顔面が雪に埋もれたが無傷で霊族から逃げ仰せ、真っ白な吐息を漏らした。


(……て言うか、ココ何処ですか!?!)

「寒っっっ死ぬ凍え死ぬ!……右を見ても左を見ても正面見ても白・白・白っ」

(下手に動いたら帰れなくなりそう……動かなくても凍え死ぬ……)


 吹雪は一層、深く重くホワイトアウト状態。雪山に慣れているドラグ家の人間なら、いざ知らず天音のような非力な一般人が雪山に身を投げ出され無闇に歩いて良いものか。


 彼女はアスト感知も出来ないので完全に帰り道が閉ざされ詰み状態だ。


(……?)

「音が、聞こえる」


(ふと、感じた。音を辿った先の空気を。選んではいけない岐路に踏み込んだ感覚を)


 聴覚で悟った訳ではない。第六感とも言える感性が天音に路を示した。聞こえる筈の無い音は不思議と何方から流れて来るのか、判別出来た。ホワイトアウトを脱出する唯一の音を辿らずには居られない。


 最終警告のような全身から吹き出す嫌な汗を見て見ぬ振りして、猛烈な吹雪の中を天音は進んだ。はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。



――― ―――


 うら若き男女は足を止めた。

 ファントム所属のエンドと対峙する傷男は無口な女を庇う位置に身を置く。たとえ、其の身が砕けようとも。


「そろそろさぁ、お終いにしよ〜か」

「くっ」

「あ…」

「「!」」


「え…?!」


 無口な女が一息声を上げた。彼女の声に気付いた傷男が振り返ると同時にエンドも目線の先を追い掛ける。

 純白の髪に赤々熟れる瞳が視界に映る。



交わした双眸の心根は如何に。

真白の景色に、朱く熟れた少年少女が色を足す。奇妙な邂逅を天命は望んだ。

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