第63話 二つの水晶石
「辛〜っい!でも美味しい、でも辛い!」
「お口に合って良かった」
腹が減っては戦は出来ぬと何処かの誰かが発したように分家に居る彼彼女達も食事に手を付けた。怪我を治してもらえなかったカシワは歯痒い思いをしながら食欲を唆る辛味スパイスの匂いを吸った。
比較的、気力があるオリヴィアが中心となり中辛カレーを作った。大人数が満足し身体が温まる料理と言えばの発想でコトコト煮込んだ。リュウシンやティアナも勿論手伝ったが天音は何故か手伝わせてもらえずスタファノに至ってはそもそも手伝う気すら無かった。
「私、テオドーナさんに持っていきますね」
「本当は俺がしっかり引っ張っていかないと行けないのに、つくづく自分が情けない」
「カシワは治療に専念しなよ。霊族が来ても返り討ちにするから」
自分が食事を摂る前にオリヴィアは部屋に籠もるテオドーナにトレーに載せたカレーとチーズパンを持って行く。精神面で相当削られたカシワはウィルに励まされ大口でカレーを放り込んだ。
「ティアナ食べないの?」
「あたしはいい」
「む!ティアナ食べてっ」
「腹は空いてなど…むぐ」
「美味しいでしょ」
「まぁ、まぁ…」
「根詰めし過ぎないで。食べる時は食べる…約束だよ?」
「ティ〜アナ、あ〜ん」
「あんたのは要らん!!」
「え〜残念」
ティアナの性格上、天音のように天真爛漫に生きる事は難しいのかも知れないが食事すら遠慮する彼女に天音が動いた。そっぽ向いた状態のティアナに話し掛け半ば強引にカレー付きチーズパンを食べさせる。
ほんのり温かいカリっとしたパンに蕩けるチーズとスパイスの効いたカレーが合わさり美味が舌に乗る。
漂う料理の匂いと口に残る食材の味は、ツンデレのティアナをデレされた。天音と一緒に食卓に戻り、パンを片手に取る。彼女の隣にちゃっかり移動してきたスタファノを往なし軽く椅子を蹴った。
「……我々はリオンに助けを求めました。然しながら彼にばかり頼るわけにも行きません。アロマさんとサラくんを救出する為には作戦が必要です」
「同意見です。霊族五人の内、二人は黒鳶だと確定している。だけど現状知りうる情報が少な過ぎる。何とかして残り三人の素性を知らなければ…動こうにも動けない」
「救出するだけでは全ては解決せん。手を出したのは向こうだ。あたしは霊族と戦うぞ」
「…、そうだね。話し合いで解決出来る域は超えた。どうしたって血は流れる」
(戦ってほしくないけど戦いが始まったら私も自分の身を守らなきゃ!)
食卓を囲み、カシワは皆に聞こえるように指揮を取る。リオン一人に負担が掛からぬように情報収集に力を入れる。リュウシンもカシワの意見に同意し、情報を整頓をするが不動を余儀なくされ中々、逆転の一手が思い付かずに居た。
ティアナの言う通り、先に仕掛けたのは霊族であり話し合いや交渉が通じるとは思えない。霊族を倒し、敗北を認めさせなければ根本的な問題は解決しない。敵うかどうかは二の次だ。
(誰か移動した)
「今度は何を聞いたの?」
「え?」
「スタファノって何か聞くと耳がピクピクするから分かりやすいんだよ。知ってた?」
「えっ。そ〜なの……!?」
「うん。みんな気付いてるよ」
「そ…うだったんだ。吹雪の音で掻き消えてるから確証は無いよ。でも誰かが宗家から出て移動してる足音が聞こえたんだ」
「ソレって此方に向かって来てる?」
「ううん。逆方向。人数までは知らない」
スタファノ自身は完全に無意識だった両耳の特徴を柔らかに指摘され、急激に頬の熱が上がった。割と表情にも出やすいので聞いた内容の良し悪しも推測出来る。普段は自分が相手を誂うタイプの彼は一度懐に入られると弱いと見える。
頬紅を通常色に戻し、両耳より得た情報を話す。向かいに座るリュウシンが恐る恐る分家に来るのかと訊くとすっかり落ち着きを取り戻したスタファノは左右に首を振った。
(逆方向は小屋しか無い筈…まさか、水晶石の地に入る気か!?)
「霊族の一人が龍の力を奪うって言ってた。雪山の小屋に行ったのだとしたらアロマもその場に居るかも知れない」
「人質を無闇矢鱈に殺すとも思えない。アロマさんは少なくとも無事だ」
「……けどね、火龍と水龍がどう判断するか解らないけど最悪の可能性が一つある……」
「最悪の可能性?」
カシワとウィルは速攻で霊族の道筋を悟り、共有する。情報が増えたと喜んで良いものか悩みは尽きないが、アロマは水晶石を扱える程度には生かされていると仮説を立てた。
ドラグ家には判る。懸念材料がジワリと浮上し、カシワと目配せの後ウィルは何時もより低めのトーンで声帯を震わせた。
「二つの水晶石は繋がってるの。……だから、リオンが霊族と会敵するかもって話」
(っリオン…!!)
――――――
水龍の水晶石
「また此処に来る事になるとはな」
辺り一帯、見渡す限り不変の水面。少年の頃に訪れた景色は色褪せず水面を弾く雫ですら彼は懐旧の情を抱いた。
「水龍ー!…?居ねぇのか、返事しろ水龍」
「聞こえておるわ戯け!!!」
「水龍!?耳元で叫ぶんじゃねぇ!鼓膜が破れるだろ」
「カーッカッカァッー!!弱っちい鼓膜だな耐えてみせろ!!」
「だーぁ!!話が進まん黙れ!!」
「クックック、少し誂っただけでは無いか。生意気小僧ちっせぇままだな」
「お前からすれば俺は永遠ちっせぇままだよ水龍この野郎」
水面を弾かせ姿の見えない水龍の影を探す。水龍の返事は無く、水滴の落ちる音が虚しく響き焦り始めるも、杞憂に終わる。
昔の様に背後から現れた水龍は姿を現すなりいきなり咆哮した。
鱗を光らせて爪を立てる。何一つ変わっていない水龍に再会の雰囲気皆無でリオンは文句を言いまくる。両耳を押さえ、水龍に負けぬ声量で黙らせようとする。リオンの様子に満足したのか、水龍は大音量を止め彼に向き直る。
「ちょっとでも心配して損したぜ。相変わらず元気そうだな」
「小僧よか長生きしてるんだ。心配されるタマは、お生憎持ち合わせちゃあいない」
「フッ。本題に入るぞ。ドラグ家で何が起こってるか何処まで分かってる?」
「何処まで、か。強いて言うなら小僧と同レベってとこだ。ムカつくがッ!!お呼びでない者共が来てるんだろ」
「話が早いな。んじゃ水龍の力、返し…」
「イ・ヤ・だ・ね!!!」
「はぁあ!?こんにゃろ……今はてめぇと遊んでる場合じゃないんだ!とっとと返せ」
「だ〜〜れがッ返すか馬鹿モン!!!」
皮肉めいた言い草は旧知の仲である証拠。再会の挨拶も程々に早速、本題に入るリオンと水龍。声量は先程より控えめだが、人間の聴覚からすれば水龍の大声は未だに鼓膜に響く。
リオンが水龍の技を使えなくなっている事にどうやら気付いている様子だったので、彼は力を返して貰おうと提案するが言い切る前に水龍は却下した。予想に反した返しに躍起になるリオンだが水龍も水龍で頑固なまでに意見を曲げない。
「ったく、なにヘソ曲げてんだ」
「カーッ解らんのか!!?!態々、小僧の身体に干渉してやったのにか!!?」
「!……もしかして、カラットタウンでの事言ってんのか?」
「そうだ。余計なモン取り込みよって」
「宝玉、…!てめぇの仕業かッ。道理で使えないと思ったら。遊び相手が居なくて暇なのか?序に宝玉の枷も外してくれ」
「今頃気付くとはなぁバカめ。良いかよく聴け枷を外したが最後、お前"弱くなるぞ"」
「……大切な人が遺した力だ。返せ」
鋭利な爪を立て、地を震わす。腕組みをして水龍の吐き出す単語に頭を撚り、漸く正解を導き出す。
リオンはカラットタウンでの暴走以降、宝玉の力を感じず実質的な使用不可状態だった。水晶石にて、原因が判明しリオンは静かな憤怒を水面に落として枷外しを願った。
巨頭をグッと近付け、牙がリオンの身体に触れるギリギリの距離で水龍は忠告した。虚偽などでは無く、正真正銘の事実だと水龍は語る。心当たりがあるらしいリオンは一瞬黙り込み、改めて意志を示した。
「お前は宝玉が如何にして生まれたか理解しているのか?」
「嗚呼。逆に何で水龍が知ってんだ」
「かつて言ったな、ドラグ一族に於ける最初の人物について話す義理は無い、と」
「んな事言ってた気もするな……?」
「どうやら話す時が来た様だ。邪な者を退かせた後、此処へ来い。話してやる」
「覚えてたら来てやる。で、技と宝玉返すのか?」
「宝玉を取り込んだお前に力なぞ返したくも無いが火龍のヤロウの目ぇ覚まさせたら考えんでも無い」
「火龍?」
水龍が主導権に握っているのでリオンの疑問には一切、答えず自由気ままに話を進める。五大宝玉と言えば、神話時代の遺物だ。水龍が認知していると言う事は水龍もまた神話に生きていたのだろうか。
現状、先延ばし出来ない物事が立て込んでいる為水龍は今直ぐ語る事はせず全てが終わり次第リオンに伝える意思を見せた。話す内容を知らぬリオンは然程重要視せずに此処へ来た当初の目的を再度、口にした。
何処か曖昧な返答に引っ掛かりを覚えるが、それまで話題に出さなかった火龍の名が飛び出て意識はそちらに注目せざるを得ない。
「実はな、二つの水晶石は繋がっておる。何方か一方に異変があれば即、気付く」
「つまり火龍の身に異変が起きたと?」
「そうだ。現在、火龍の水晶石には何者かが入り込み力を奪い取ろうとしてる。ワシより弱いからなぁ!奴はッ!!カーッカッカァ!火龍のところまで、行くか?」
「誰に聞いてんだ。行くに決まってんだろ」
「生意気小僧め、乗れ。ひとっ飛びで連れて行ってやろう」
「そうこなくっちゃ、らしくねぇぜ!」
リオンにとって初耳の情報であるが、大して驚きもしない。水晶石が繋がっていようが、いまいが今更感も相まって彼が驚くには少々インパクトが足りない。少年の頃に聞かされていたならば嘸や驚いた事だろう。
助けに行くかと問われ見捨てる道理も無い。リオン自身には火龍と面識は無いが、水龍の片割れでありアレンと繋がりを持つ火龍の危機とあらば駆けつけずには居られない。
「乗り心地はどうだ?」
「最悪だ」
「生意気なバカ野郎だな。しがみつけッ!振り落としてやる」
「なっ!?水龍っ安全飛行しやがれ!!」
「カーッカッカァ!!!飛ばすゼェェー!」
――――――
火龍の水晶石
「!」
「あっつ…ココが火龍の水晶石」
(なんでぇコレは。酷い有様になっちまって)
二つの水晶石の丁度狭間、見えない境界線を飛び抜けて盛大に着地した。中途半端に折れている頭部の角を掴みバランスを取っていたリオンは衝撃で宙に投げ出されるが、何とか地面に両足を付けた。
翼を翻した風圧で空気中に溜まった熱気がリオンに直撃する。雪山と言い水晶石と言い気温の変化が両極端で、常人なら体調を崩しかねないがリオンは平気そうだ。
「アレンはこんなとこに居たのか」
(妙な亀裂まで走ってやがる)
「昔はもうちっと穏やかな熱だったんだが…。亀裂を辿った先に火龍が居る。乗れ、今度は振り落とされんな」
「おう。次、振り落としたらぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけ」
地面に降り立った序に手前数メートルの場所に見えていた亀裂を確認する。膝を曲げ、そっと亀裂に触れるも地平線の先まで続いている以外の情報は得られなかった。
水龍に促され、再びゴツゴツとした鱗に乗り上がる。リオンに微塵も配慮せず、熱風を巻き起こすので彼は若干、苛つきつつも文句を堪え片目を瞑り我慢する。
―――
突如として、耳を劈く咆哮が全身を襲った。リオンと水龍は言葉を交わすまでも無く、咆哮の主が火龍だと断定し急ぎ影を追う。
「てめぇは…!?」
「ヌハハハ。龍の導きかァ」
「火龍はどうした?!」
「程良く頂戴した。もう片方の龍の力も頂くのも此処での醍醐味…!」
「ザコの火龍と違ってワシは倒れぬぞ!!小僧、惰弱な人間と自覚をしろ」
「火龍は何処だって聞いてんだッ霊族!」
「〈法術 ジャックランタン〉一つ分、使い切らせて見よ!」
火龍の咆哮は轟く。姿見えずとも苦痛に歪む眼が一人と一匹には視える。水晶石の亀裂は火龍の悲痛な叫びでもある。火龍の居場所を探ろうにも水晶石全域に咆哮が反響している為、探そうにも探せない状況だった。加えて目の前には霊族一人。
一人でドラグ家を壊滅させた男、ジャックが何故故に水晶石に居るのか、の疑問よりも火龍を優先し即座に行動するリオン。縛りを受けた身体で真正面からジャックに攻撃を喰らわさんと力を込める。
「〈法術 滾清流〉」
「効かァーぬゥ!!」
「がはっ!……ぐっっ!!」
「ヌハハッ。力加減の実験だ!!」
唯一使える法術で一発逆転を狙うリオンだがジャックは一枚上手だ。ジャックランタンを発動し、空中に浮かんだ赤玉入りのランプから今さっき奪い取ったであろう火龍の力の源を体内に取り込んだ。
リオンが指の第一関節まで曲げた右掌から、滾清流を発しようとした時見越したジャックは握り拳を彼の右掌に合わせる様に撃った。滾清流は不発に終わり、殺られると咄嗟に身を退いたが一歩間に合わずジャックの左拳がリオンの胸元にめり込む。
決して軽くはない身体が吹っ飛び、地面に叩きつけられる。フィールドの不慣れさも相まってリオンに不利な展開が続きそうだが彼は苦しむ間も無く、サッと起き上がり利き足で地を蹴った。飛ばされた御陰で助走距離は十分確保出来た。
(俺は火龍に会った事はねぇが今の感触、何度も受けて来た…火龍の力だ。不当な遣り口だからか、アレンよか威力が上がってる)
「ガキ同士のままごとに興味ないわい。ワシの機嫌が変わらぬ内にさっさと幕を下ろせ」
「わ〜ってる」
「ヌハ。水晶石の中で人間を殺せないと言うのは辛いなァ双龍よ!無様であったぞ!!」
滾清流の使い時を探しつつ、組手で近接戦に縺れ込ませた。思考する時間が欲しかった為だ。正直、組手でもジャックの力を上回れるか微妙なところだが、手数の少ない状態では何れにせよ立ち回りは後手に回りやすいので同じ条件で戦える組手は最適解だ。
ジャックは翼を下ろした水龍に向かって言わなくても良い事を態々大声で話す。
表情は一変も変わらなかったが水龍の瞳孔はゆっくりと動きジャックを捉え、蒼茫たる瞳に人間の愚蒙を映した。
「水龍に触れる前にてめぇは俺に倒されるんだ。余所見すんな!!」
「ヌハハ焦るでない。リオン、貴様の力も頂く手筈になっている」
「!俺の名を」
「言っていなかったか?我等が此処へ来た目的の一つが貴様だ」
「なん、だと?!」
盾変化を間に挟みながら組手で互いの動きを見極めるリオンとジャック。体格差で言えばジャックより数センチ低いリオンが有利で懐に入りやすいが、一撃の重さで言えば火龍の力を取り込んだジャックの方が重い。
法術が使えない状況と言うのは裏を返せば、盾変化にアストエネルギーの配分を通常より多く割けると言い換える事が出来る。滾清流が不発に終わり、隙で生じようとも横殴りの火球を纏った拳を頑丈な盾で防ぎ切れる。
手堅い攻防に亀裂が生まれたのは間もなくの事。身体が温まってきたジャックは口角を上げリオンの名を、さも同然に発した。想定より動揺するリオンに対して、此見がしに本来の目的を突き付けた。
「アース様の命により我等は動く。騎士長の力は龍由来の賜物だと推理し、此処へ来た。根源を襲わば必ず助けに来ると踏んでな。力を奪うのは趣味だ」
「!!?俺の所為………ッ」
心臓が嫌に跳ね上がった。見開く両目を過ぎ冷や汗が頬を伝う。まるで身の丈に合わない鎧を着てしまった様な感覚が全身を駆け巡り身体が硬直する。脳内には傷付きながらも脅威に抗う昔馴染の面々が浮かぶ。脅威を呼んだのは自分だ。
(俺の、所為……そんなことの為に…ッ!)
「今、騎士長と王女は分断されている。コレが何を意味するか分からぬほど鈍感では無いだろう?」
「っ!ざけんな。俺の目的は変わってねぇぞ。霊族を、お前らを、ぶっ倒す!!」
「ヌハハハハハ!!!水晶石を出るには龍の許可が要る。正確には龍の力が要るのだ。力はココに有る!!俺の名はジャック、次に会う時は貴様の最後と思え。ヌハハハハハ!!」
「待てゴラァア!!!」
天音は分家に居る。分家には仲間が居る。カシワやリュウシン達に一旦を託したが、天音を狙って襲来すればそれなりに被害は出る可能性が高い。己の意志で進む事を決意したが、だからと言ってジャック等を野放しに出来るほど冷静では居られない。
ジャックが火龍の力を使い、水晶石から脱出する瞬間までリオンは諦めておらず、半透明になりつつある身体目掛けて蹴りを入れた。直後に完全に消えてしまったので蹴りが直撃したかは定かでは無いが、手応えはあった。
「リオン上だッ!!」
「ー!っぶね!?!」
「姿が見えぬと思っていたが、そうかい上に居たのだな火龍よ」
(コイツが火龍……!)
リオンは火龍の水晶石に来た目的も忘れてジャックを追おうとした直後、水龍の焦りが籠もった声が聞こえた。声に合わせ、青天井を見やると巨大な影が高速で迫り来ており、影の掛からない位置まで直ぐさま下がった。
正体は水晶石の主、火龍だ。頭上からの咆哮ですら人間の鼓膜を破く勢いだったが地面に降り立ちて聞けば、流石のリオンも聴覚が役立たずある種の痛みを感じる。
「ぐおぉぉお!!!水、龍か。済まぬが際限は無いぞ…!!」
「カッカカ!断りを入れずともワシらは何時でも本気の殺し合いをして来たではないか」
「おい火龍、俺も居る見えてるか?てか、俺の事知ってんのか?」
「リオン乗れ。今の奴は普段の何倍もの大炎に包まれておる。人間如きが不用意に近付けば身を灼かれる。灰になりたく無くば、ワシから離れるんじゃないぞ」
「だろうな。アレンは傷一つ付けずに帰って来た。何時もの状態じゃない事ぐらい見れば分かるさ」
水龍と対になるような赤黒い体毛、火山岩を彷彿とさせるゴツゴツとした質感、鋭利な牙と爪は殺気に満ち満ちていた。火龍の双眸は水龍を見据えており、双龍に挟まれているリオンの姿は一切視界に入っていなかった。
乗り心地最悪な水龍の上に再び乗り、火龍を観察しながら素直にアドバイスを受ける。
昨日の事のようにドラグ家で過ごした日々を思い出せる。それほどまでにリオンの人生に与えた影響は大きいと言えよう。勿論アレンの姿もはっきり脳裏に浮かぶ。
「早く帰る用事が出来たんだ。巻で正気に戻してやる。そんで技返してもらうからな」
「フン威勢も変わらずか。……約束は守る」
水龍の鱗はザラザラとしているが一般的な人間の平熱より10度程低く、尋常じゃない火力を纏わす火龍が側に居ても熱気の影響は相殺される。
暴走した火龍を片割れの水龍と水龍の継承者であるリオンが正気に戻すべく、対峙する。一刻も早く水晶石から戻らねば天音達の命が危ない。
「しゃあ来い!!」
――――――
―――
リゼットSide
(アース様…もう少しの御辛抱です。リゼットが貴方の瞳に光を灯しにゆきます……。アース様の御姿を思い浮かべるだけで、リゼットは幸せ者です。……この男共さえ居なければ!)
場面は戻って宗家。マーシャルとホプロの男二人とリゼットの女一人が、ダラダラと暇な時間を過ごしていた。上座どころか座る場所さえ与えないリゼットは乙女心を爆発させていた。
「良いコト考えちゃった…。ねぇあんた達、どっちでも良いわ。私の為に働きなさい」
「ジャックさん言ってたぜ。リゼットは無視して良いってよ」
「ハァ!!?これだからアース様以外の男は碌でも無い奴ばかりなのよ……〜〜!!」
「お前の話を聞く気は無い。ジャックさん、ヴォルフさん早く帰ってきてくれ」
「強き者に従うのは当然でしょ。常識よ。黒鳶ですらない人間が黒鳶の私に従えないワケ?身体に叩き込んであげましょうか」
リゼットとジャックが如何様な関係性か定かでは無いが、少なくとも友好な間柄では無いだろう。ジャックの部下も同様だ。二人ともジャックを慕う様子は有れど、リゼットに対しては一貫して距離を空けている。
マーシャルもホプロも黒鳶では無い。黒鳶を上位の存在だと知らしめるリゼットは二人に更なる命を下す。
「私の命令通りに動いてくれたら黒鳶に推薦してあげる。これでどう?ジャックより強い私の推薦、欲しいよね」
「どうするホプロ?」
「俺の実力は黒鳶に達していない。推薦は出来ん」
「だってよ。黒鳶はメンド〜だから良いや」
「!その内うっかり殺してしまいそう……。私の命令を聞くことはジャックの助けにも繋がるの。ジャックの役に立ちたいでしょ」
(これだけは言いたくなかったのに…!!!)
悉くリゼットの思惑から外れ、彼女の感情を怒り一色に仕立て上げる。悪気は無いが、恐らく理解ってて会話しているに違いない。
黒鳶が駄目ならばと、今度は二人の上官を話題の核に持ってきた。ジャックが嫌いなリゼットにとっては不本意で最悪だろう。表情からも窺える。結果から言えば嫌悪を我慢して伝えた甲斐はあった。ジャックと聞くと目の色を変えて、会話の継続を望み口を開いた。
「ジャックさんの役には立ちたいねぇ」
「あぁ。ヴォルフさんも褒めてくれるだろうか。リゼット、命令の内容は?」
「その前に…どうして何の疑問も持たずに私を呼び捨てにしてるの?脳みそ動いてる?」
「いいから」
「後で覚えとけ。……アース様の為に動く、私の為に動いてね。じゃあ内容を話すわ」
暗躍する霊族。
予期していても対処は出来ぬ。リゼットの命令は奇しくもジャックが水晶石で至った思考に良く似ていた。
―――――― ―――
―――
?
吐く息は白く。地を覆う白銀は、朱く彩られる。ぽつり、ぽつりと血痕は止まらない。
「やっと見付けたよ。出来損ないの兄さんはさぁ、死ぬべきなんだ」
「エンド……。何のつもりだ。ダラダラと語るなどお前らしくもない」
「アハ。懺悔の時間だよ。悔いて死ね!!」
「まだ死ねないっ」
「やっ……」
先日、スコアリーズを襲撃し失敗した四人のファントムを始末しようと動いたのがエンドだ。次の標的は例の若い男女、特に兄と呼ぶ傷男を執拗に追い詰めているようだ。
傷男が兄ならば、エンドは弟だろう。二人を見つめる女は伸ばした手の落としどころを探しているようで諦めているようでもあった。
助けを呼ぶ事は出来ない。
雪染めたる赤き怨恨、されど消えぬ。




