第62話 水晶石の地
霊族Side
「あのさぁ、有り得ないんだけど。私の機嫌損ねたい訳?"ジャック"!!」
「ヌハハ。貴様の機嫌など微塵も興味無いわ"リゼット"よ」
宗家に居座る霊族。
半裸の男の名を"ジャック・ジャーマン"、高飛車気質の女の名を"リゼット・クロセル"と言う。
リゼットは先立って開かれた黒鳶の会合にも参加していた。ジャックが戻るや否や矢継ぎ早に不機嫌さを顕にする。
「勝手な事しないでくれる?火龍の力を試すだとか…。お陰で目立ちまくり。どうしてくれんのよ」
「なるほど。先程の雪はリゼットが降らしたものか。道理で妙にしつこい」
「気安く名前呼ばないで。許可した覚え無いから。私が雪降らしてなかったら今頃麓には邪魔者が大勢集まっていた」
「ヌハハハ!収穫はあったぞ。それも願ってもない目当ての人物だ」
「意外と早くお出まししたの…。一人逃して正解だったわ。流石私」
(愛しのアース様……!リゼットが報酬を持って参ります。私を待っていてください)
リゼットには雪に関する特別な能力があるらしく、火の海に舞い落ちた雪花弁は彼女が態々火消し用として用意した。二人は霊族な上に黒鳶で、ある程度は仲間意識が芽生えても何ら可笑しくはないがリゼットの方は言動から分かる通りジャックを毛嫌いしている。
一切、気にする素振りも無ければリゼットに苦言する様子も無いジャックは自分本位で話を進めた。彼の結果報告に表向きは淡白な反応で終わらせたが内心は雪をも溶かす熱烈な恋情を沸かせていた。
「派手に振る舞った所為で火龍の力も空になってしまった。補充せねば」
「目的は殆ど終わったから水晶石はジャックが持ってても構わないけど…!アイツ等は何なの?!どうせあんたの連れでしょ」
「如何にも俺が連れてきた部下達だ」
「お、ジャックさんガキの子守は飽きたぜ」
「逃げ出さぬように見張っておけ」
「私の近くに寄ったら殺す。一人までは兎も角、どうして三人も連れてきた訳?」
「ヌハッハ。分かっておらんな。人を育てる達成感が。何事も実践経験が近道。火龍の力を手に入れた後、組手を行う!!」
(耐えなさいリゼット!アース様の為よ!!例え薄気味悪い連中が居ようともアース様への愛があれば乗り越えられるはず)
ジャックも火龍の力を奪う算段があり、早速試した。それがポスポロス近くの集落でリオン達が聞いた爆発音の正体だ。ジャックの帰宅に気付いた部下一名がサラの髪を引っ張り、適当に扱う。この場で心を痛めているのはアロマだけだった。
リゼットとジャックの他にも三名程、霊族が潜んでいた。一人はサラの側に居る舌の長い男"マーシャル・ビリジャン"。一人は何処ぞの部屋の隅でブツブツ呟く全身包帯男"ホプロ・ピーコック"。一人は二階で座禅を組む男"ヴォルフ・エボー"。ヴォルフはジャックの部下だが彼よりも年上で老兵を思わす歴戦のオーラが滲み出ていた。
「さて、水晶石。法術…」
「貴方たち霊族の目的は龍の力を奪う事?」
「ヌゥ目的の一つだが?」
「なら何故、イリヤを見逃した?!態と見逃した事くらい分かってる…!!」
「へぇー。脳回ってておもしろ〜い…。隠す必要も無いかな。私は賢いからね、レオに聞いた情報とメトロジア城にある情報を調べて双龍に辿り着いた。此処を襲えば出てくると思ったの。騎士長と王女が。アース様が生け捕りにせよと命じられた……。私ってなんて賢いの…ふふっアース様大好き」
アロマの近くに転がっている水晶石に右手を翳すジャック。水晶石を傷つけまいとアロマは対話を試みる。彼女のみならず、ドラグ家の人間は全員感じ取っていた。態とイリヤを見逃した事実に。強大な敵に成す術無く大敗を期したが心までは侵されてはいない。
それまで、アロマと一切視線を合わせずに想い慕う王を心に浮かべていたリゼットが問い掛けに答えた。単なる気まぐれに過ぎず同等の立場に成り得る筈も無いとアロマは唾を飲み込み、霊族から漏れ出る情報に聞き耳を立てる。
霊族の目的はリオンと天音を己の領域まで引き摺り出す事だった。アースに褒美を貰う妄想をして勝手に火照るリゼットを無視し、アロマは目を見開き絶望した。
(王女…カグヤも生きてる?いや、それよりも私の考えは甘かった。まんまと罠に嵌り選択肢を選ばされた…、ごめんリオン……)
「よし、水晶石」
「ジャックさんの法術は見物だぜ。ホプロも来いって」
「……さい」
「んあ?」
「煩いッッ!!!今行くところだ」
「ふーん、そ」
「包帯…増やしてやるな」
再び水晶石に向き直るジャックを見つめるマーシャルは良い物が見れるぞと部屋の隅に居るホプロを誘う。ホプロの端切れの悪さに若干苛つくマーシャルだが、彼以上に苛ついていたのはホプロだった。何が癪に障ったかは不明だが突然バタフライナイフを取り出し己の右腿を突き刺した。
ドン引きするリゼットを他所にホプロは何事も無かったようにジャックの側に近付いた。日常茶飯事なのだろう。誰も驚かない。二階のヴォルフが一言身体を労うのみで誰も何も言わない。
「〈法術 ジャックランタン〉」
(火龍!)
「抵抗するな。ヌハハハハハ」
「ヌ!?」
「水晶石にヒビが!!?」
「なーんだ中止か。戻ってろってホプロ」
「人が行動する前に口を開くな!!!」
法術発動後、ジャックの背後には空中に七つのランプが浮かんだ。火龍の力を吸収する際ランプも連携し、一つずつ中心の球体が満杯になっていった。三つ目が満杯になる直後、予想だにしない事態が起こった。
ピリッと短く音が響いた。水晶石からだ。アロマの絶望する両目には小さな亀裂の走った水晶石が映っていた。別段水晶石に思い入れが無いマーシャルとホプロの態度は変わらず、ジャックに関しては一瞬驚きはしたが静かに法術を解除しただけだ。
「こうなる予想も立ててある。力を寄越せ。ドラグ家、当主の力で」
「!誰が…」
「子供を殺す」
「ーっ」
「ヌフフ。時間を掛けても良いぞ」
「くっ卑劣な」
(早く助けに来ないかな。捕獲対象…何をモタモタしてるのよ)
アロマとサラを捕らえて生かしておいた理由はジャックの驕りだ。時間を掛けたところで出る答えはジャックに勝利を齎す。駆け引きなどさせてはくれない。
一方のリゼットは痺れを切らし、捕獲対象に対してイライラし始めていた。
――――――
オリヴィアがイリヤに飛び付いた後、彼女から現状を聞かされ一同は身を引き締め分家に足を踏み入れた。
「リオン!」
「イリヤか…ん?」
「うっ」
「天音…!何で此処に」
「ひぇっ」
全員が集まるには広い部屋が都合良いと考えイリヤ達は居間に腰を下ろした。オリヴィアは他の者を呼ぶと言い、パタパタと忙しく廊下を駆けて行った。彼女と丁度入れ違いになるタイミングで居間に立ち寄ったリオンはイリヤの怪我がほぼ完治している事に安堵すると同時にバツが悪そうにスタファノの影に隠れる天音と目が合った。
待機を自信満々に宣言したにも関わらず、ノコノコ来てしまったので気まずさからリオンに見つからぬよう隠れるも彼にはバレバレで怪訝な表情を浮かべ、天音と距離を詰める。
「近く…じゃねぇが霊族が居る」
「霊族が!?」
「だからお前は」
「はいストップ〜。天音ちゃんを一人にするより側に居させた方がリオン的には良くない?」
「……それはそうだがッ!」
「ひっどい顔〜天音ちゃん震えてるよ」
「寒くて震えてるだけデス…暖炉が温かいなぁ…」
(二人の関係って!?…いやいやいや、今はそんな事気にする余裕無いって!)
「……」
リオンの視線から逃げ続ける天音は霊族の単語に反応し気まずい空気も忘れ、驚愕した。後に続く言葉を折ったのはスタファノだった。リオンの心情を突いて逃げ勝ちする彼の飄々とした態度には最早、関心すら覚える。
雪山に来て始めて寒いと発したのは天音だ。誰も寒気を感じていないのかと内心彼女は思うのだった。
リオンと天音のやり取りを間近で見て、益々二人の関係性に口を挟みたくなるイリヤは直前で言葉を飲み込んだ。乙女の葛藤に気付いているのはスタファノのみ。
「リオン、早速で悪いけどもう一度水晶石に入って!水龍に会わない限りリオンの縛りは戻らない」
「嗚呼。俺が居ない間頼んだぞってカシワに伝えといてくれ」
「うんっ任せて」
「天音」
「な、なに?」
「結時雨持っとけ」
「わっ急に投げないでよ」
「!エトワールは水晶石に入れないから、ココに置いていくしかない」
「だからリオンは結時雨を…それはそうと投げる事無いじゃん!大事に扱ってよ」
(結時雨って言うんだ。…じゃなくて他の事考えるな私、集中しろ)
息を整え、一気に吐き出す。片手に水晶石を乗せペンダントを光らせてイリヤはリオンに道を示す。己の身に起こった異変を周知している前提で話を進め、リオンも承知で答えた。情報の擦り合わせを必要としない二人は正に信頼関係が築かれている証拠だ。
帯刀ベルトからエトワールを外し、リオンは天音に投げ渡す。水晶石へ入る為の条件を忘れる筈も無いが、急に投げつけられ危うく落とすところだった条件を知らぬ天音からすれば事前に言って欲しかったと頬を膨らませた。
「家の中だと高さが足りないから外に行こ」
「だな」
「…あの小屋には行けないから別のところでも構わないよね」
「気にしねぇよ」
「それにしても霊族が五人もなんて怖いね〜」
「五人だと?!本気かスタファノ」
「微かに聞こえたんだ。さ〜てオレはウィルちゃんでも治して来よ」
「アロマ…!」
「思ったより沢山居る……私は来ない方が良かったかも」
(五人全員が黒鳶の可能性もゼロじゃねぇが、だとすれば何の為に集まった?ドラグ家は一人に壊滅させられた。残りは何の為に)
かつてリオン達が力を得る為に立ち寄った小屋は宗家と繋がっているので使えず、分家付近にある開けた場所で行うようだ。去り際スタファノは"余計な事実"を言い残し、場に緊迫感を植え付けた。
聞いた話では霊族は二人。スタファノの耳が正確な事も、意味の無い嘘は付かない事も知っているので彼の言葉を事実として受け止めた。今でこそ霊族は不動だが何れ動く時、一斉に動かれたらと思い至るだけでリオンの眉間には皺が寄る。
「もう一つの水晶石を狙って来ても……私の正体を知ってたら」
(また捕まる…!今度はあの時見たく上手く行くとも限らない)
「クソッ」
「リオン、きみは水龍に会わなければならない…。どうか分かって」
(どっちだ。手負いが居る中で襲われでもしたら一溜りも無い。かと言って俺が残っても技は使えない)
「僕達の事見えてる?」
「リュウシン」
あの時とは、旧カラットタウンの事だ。あの場を切り抜けられたのは運によるところが大きい。何時までも強運が続く訳も無く、天音の心には不安が広がり無意識に結時雨を握る力を強めた。
リオンは二択を迫られていた。分家に残り霊族の襲来に備えるか、水晶石に入り水龍に会いに行くかの二択だ。自分が居ない間に天音やドラグ家に何かあれば自責の念に囚われる事間違い無し、と自覚するリオンは二択を決め兼ねていたが不意に仲間の声が聞こえ顔を上げた。
「ほら行った行った」
「まさか戦力外なんて思っていないだろうな?」
「オレも居るよ〜。カワイコちゃん達はオレが守るから」
「頼もしい仲間だね、リオン!」
「…そーだなっ」
「その笑い方は変わらないね」
「何か言ったか?」
「言ってない」
一人で悩んでいたリオンだったが仲間の声に励まされ進む事を決断した。序に不安感を覚える天音も皆の頼もしい一言でようやっと笑みが戻る。
ニカッと笑うリオンに聞こえない程度の声量で当時を懐かしむイリヤ。彼を見てきたからこそ確信して言える変わらぬ笑みに子供時代何度救われた事か。恋する乙女からドラグ家次女に気持ちを切り替えイリヤとリオンは外に出た。
――――――
水龍の水晶石
折り返して外に出る頃には辺りは茜色に色付き始めていたが吹雪が一層強まり、景色を眺める余裕も無かった。
「髪の毛伸ばしたんだね。カシワみたい」
「伸びてたのを切ったんだ。いや切られたのか」
「折角、お揃いだったのに」
「ハハッ確かにな」
「可愛いとも言ってくれたのに」
(言ったか?んな事)
「あ、着いたよ」
束の間の談笑は巫山戯ている訳でも現実逃避している訳でも無く、久方振りの、再会した証を確かめているのだ。リオンは特に証などと言う女々しい証明は考えていないがイリヤは違う。生きて目の前に居る、それが彼女にとって如何に嬉しいかリオンには分かるまい。
他愛無い会話も程々に、目的地へ辿り着いた二人は微笑みを忘れ一点を見つめた。
「吹雪も強くなってきた。直ぐに始めるね」
(あの日、初めてパパの操る水晶石を見た時から私の物語が始まった。私の番は回ってこないと思っていたけれど、君の糧に成れるなんて…こんな嬉しい事は無いよリオン!)
「ドラグ・ドラグーン呼応せよ水晶石の地。〈法術 ブルー・インパクト〉」
「待ってろ水龍…!!」
イリヤの独白に父の背が映る。幼き日に飛び出した銀世界、キッカケは紛れも無くリオンだ。当代はアロマで次期当主はアロマの息子サラであり、イリヤが双龍の遣い手に成る日は訪れないだろうと彼女自身が一番理解していたが不本意な状況で順番が回ってきた。
唯一、最悪な状況下でリオンに力添え出来るのが自分で良かったと心底思うイリヤ。
高らかに水晶石を空中に投げ、両手を合わせながら詠唱と法術を発動する。
少年の頃は法術発動後の眩い光に目が眩んだが、青年となった今は正面から光を受け止め狼狽えずに水晶石の地へ消えて行った。
「帰ってきた時、私が最初におかえりなさいって言うんだから。……無事で居て」
青のペンダントに祈りを込めた。不安定な地、使えない技、きっとリオンなら無事に帰って来る。
――――――
火龍の水晶石
子を想わぬ母など私は知らない。切り捨ての選択が出来るのが大人だ。霊族にとっての良い返事、ドラグ家にとっての悪い返事になったとしても目の前の愛しい我が子を守りたい。
「……わかった、分かったから子供を離して」
「良い返事、聞けたな」
「此処では水晶石は使えない…。青天井の屋外に私を連れていきなさい」
「ヌゥー…ヌハッ。子供も連れてゆく」
「っな…私は協力すると言ってる。サラは関係無い!!」
「ヴォルフ、子供を」
「御意」
「どうして……!」
霊族もまた、油断はしない。安息の隙すらも与えず利用価値のあるアロマを縛り付ける。ジャックの指示で二階から飛び降りてサラを抱き抱えるヴォルフ。部下の中では最長なので子供の扱いに長けているとジャックは判断した。
涙で目元が腫れたサラを今直ぐ抱き締めてやりたいが、触れる事すら許されない。せめてもの抵抗で雪山の中腹にある小屋まで彼等を歩かせ、サラに防寒具を着させた。
―――
小屋に着いて以降もアロマに自由は無く、空いた距離で精一杯サラを慰め続けジャックの指示通りに首元にペンダントを掛けた。
「ドラグ・ドラグーン水晶石、呼応せよ」
「ヌハハハ!連れ行け龍の元へ」
(火龍、ごめんなさい。私はドラグ家当主失格…)
「〈法術 レッド・インパクト〉」
亀裂付き水晶石が巨大化し、ジャックを火龍の根城まで誘う。流した大粒は水晶石の光度に負けず、透明な真珠の様だった。
火龍には外の様子は伝わらない。当主が誘う人物の善悪は見て確かめるしか無い。
ジャックが消え去った後、アロマは一呼吸置いて小屋に戻った。ヴォルフの当分の役目はアロマ達を監視する事なのでサラを手放し出入口に立った。
不自由な自由を与えられたサラは拙い足取りで母親の温もりに抱かれる。
「サラ……頑張ってるよ偉いね」
「うんっ……お母さん」
(助けは来る…信じるからなリオン)
「希望は捨て置け。助からん」
「希望は捨てるものじゃない。既に存在して在るものだ」
――――――
―――
?
「うっ…ひっく」
「今日の分は、終わった。後ろにはおれしか居ないよ。でも振り返らないでね」
今日を寄り添い、明日を待つ。男の顔面はよくよく見ると額から顎付近まで縦一文字に縫い合わせた継ぎ接ぎの傷があった。女は唇辺りに菱形の痣があり、絶える事なく滝の様な悲壮を流す。
女の背には男が居た。男の正面には数十人分の絶命した命だったものが転がっていた。返り血と処理が終わるまでは彼女に惨状を見せたくない。
「時期足がつく。今度は何処まで行こう?」
「ゆ…」
「良いかも知れない。…雪山に逃げようか」
「うん…」
男が流すのは血潮。女が流すのは紅涙。若い男女は雪山を目指す。其処で何が起こるとも知らずに―――。
――――――
オマケ
「はいウィルちゃん治ったよ〜」
「ありがとリオンの仲間」
「スタファノって呼んでねっ!」
「スタファノ、カシワさん達も…」
「……男はイヤ」
「何処までも自分勝手な奴だ」
ウィルの傷は治ったがカシワとテオドーナは治癒を拒否され、やれやれと肩を竦めるしか無い一同であった。強要は出来ない、されどスタファノは気分屋だ。フラフラっと治癒を始めるかも知れない。




