第59話 空き玉座
NO Side アルカディア王国
メトロジア王国の海の果て。行き着く先は此処、アルカディア王国。メトロジアの様な街と街の区別は無く、云うなれば全ての土地が王都になる訳だ。
国としての規模は全盛期より縮小してはいるが国を見渡せば霊族皆が前を向いていた。空き地では子供達が仲良く歌を歌う。
小鳥の囀りが聞こえる中、国史を語る人物が居た。彼の目線には語りを聞く霊族が大勢、老若男女問わず真剣な表情を浮かべる。彼は先生だった。…中にはウトウトと微睡む子供も見掛けたが特に忠告はしない。
「……以上で本日の講義は終了です」
一区切り付け、終了の合図を鳴らす。最初に飛び出したのは前列に居た子供達。次に扉に向かったのは大人達。各々、先生に別れを告げ講義室を後にする。ただ一人を除いて。
「どうしたの?」
「…先生、わたしね、アース様にお歌を歌う約束してたの」
「…」
「歌う前に不思議な光に包まれて、それが封印ってお名前なのはさっき知ったけど…。封印が無くなってからアース様はどこにも居なくて…どこに行っちゃったの?」
「アース様は今、メトロジア王国に居るよ。少しだけ用事が長引いてしまったんだ。直ぐに帰ってくる…」
「ホント?絶対?」
「うん、きっとね」
居眠り生徒の隣で外の景色を眺めていた少女は、全員が居なくなったのを確認すると先生に近付き、控え目な声で精一杯の心情を表した。膝をつき少女の目線まで頭を下げると柔和な声帯で安心させる。
確信を持って答えられる質問では無かった。代わりにポンポンと頭を撫でてやれば少女は泣きそうな顔を漸く落ち着かせた。
「お歌の練習して待っていよう?」
「もっと上手くなるっバイバイ先生!」
元気を取り戻した少女は先生に手を振ると笑顔で講義室を去った。少女に手を振り返し見送ると神妙な面持ちで、自ら書き記した板書の字を見つめ直す。
(明るく振る舞っていたが、…)
――――――
―――
彼の名は"エドモンド・ガブリエル"。藍色の髪を結い上げ、質の良さげな衣服に身を包む。講義が終わり、国で暮らす一般の霊族等と談笑を交えつつ、とある場所へと向かう。
「"エディ"」
「…その声はエドか」
「此処に居ると思ってました」
「ルーティーンってやつさ」
アルカディア王国の要、国王陛下の住む城。国自体が城壁都市の様な造りになっており、中心地は城塞の役割を担っていた。
エディと呼ばれたガタイの良い男性は玉座に片膝ついて右手を心臓部に添え、空き玉座に祈る。エドモンドに声を掛けられると立ち上がり伸びをした。
「城下の様子は変わらずか?」
「変わっていません何も。百年前より落ち着きを取り戻してはいますが、不安を隠し切れない者も多数」
「んじゃ今日も一日生きますか!」
「…」
「物言いたげな顔してるな。その不満顔はガキの頃から変りゃしない」
エディの本名は"エディフィス・ガブリエル"。エドの父親だ。準備運動をしながらエドの報告を聞くが、空は昼過ぎを報せていた。何処か気の抜けた父親に息子が向ける視線は疑心。
「何故アース様のメトロジア入りを許可した?アース様の暴走は目に余る。衰えた肉体とは言え、エディならば止められるだろうに。何故何もしない」
「痛いとこ突くの好きだね〜」
「誤魔化すな」
「お〜怖。…単純な力比べだったら勝てる。けど無理矢理、拘束したとして納得出来る?」
「……」
エディの実力を買っているからこそエドには疑心が広がってしまった。不機嫌なエドから視線を逸らし、空き玉座を見る。出来る限り穏便に済まそうと考えた末、素直に白状した。
エドは力技で解決出来る話ではないと頭では分かっていながら、エディに言われるまで思い出せずにいた。ほんの数秒の会話で父親に負け、悔しげに背を睨む。
「一夜戦争、先に仕掛けたのは星の民だ」
「百年前の戦、先に仕掛けたのは霊族だ。…アース様の御気持ちは察しますが、だからといって…、レイガ様まで巻き込む必要はありません。黒鳶もバラバラ、これでは国民が不安がるのも当たり前と解るだろう」
「レイガ様…あれから一切姿を見せていないが、お身体は大丈夫だろうか」
「レイガ様の教育係としても、一人の霊族としても、心配でなりません」
未だ全容掴めぬ一夜戦争。霊族が封印されるに至った原因の戦、エディが言うには星の民に過失があるとの事。エドも否定していないところを見るに霊族側の認識は共通の様だ。
話題は一夜戦争からレイガの事へ。エドはレイガの教育係として日々、彼と過ごした。身を案ずるのは当然だ。
「"王の居ぬ国に光無し"」
「?」
「幼き頃、アース様に言って聞かせていたんだが。効果は無かったようだ」
「もし、アース様の目的が達成されたとしても今度は星の民側が黙っていない。最悪の場合…霊族と星の民の大規模な戦が興る」
空き玉座を見つめながら、髭を擦るエディ。真摯な表情一変、目元を緩め過去を憂う。服の合間から見え隠れする生々しい深い傷痕が彼の強さに拍車を掛け、背景の修練が滲み出るようだ。
アースの目的を二人も認知しているらしく、エドは程無くして訪れるであろう予感に息を呑む。戦に対する畏怖では無く、凄惨な被害が出る事を危惧しての事だった。
「戦が興れば、此方側から仕掛けたと判断されるでしょう」
「"其の時"が来たらエドは戦うかい?」
「私の愛する者達に手が及ぶのなら容赦はしない」
「うん。予想通りの答えだ。さて何時まで停戦協定が持つかな」
「……」
二人の目線が同時に空き玉座へ向いた。主人の居ぬ王冠が玉座に鎮座しており、窓から射し込む光に当たり無常に光る。
光を掴む者など、居らぬと言うのに。
―――――― ―――
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天音Side
場面はメトロジアに戻り、スコアリーズを旅立つ旅人の元へ。本日、準備が整い次第去ると聞きつけた朧は天音を呼び出し巻物を広げて見せた。
「右から順に結界法術、自然治癒法、魔鏡について等などが記されております。最後の行には無論、先祖に関する話も」
「細か〜い…。けど、どうしてコレを私に?」
「届けてほしいのです。マホロのところへ」
「朧さんは……行かないんですか?」
「クラールハイトの主は代替わりしました。私は不要です」
朧の几帳面さを物語るかのように巻物の記述も丁重であった。巻物を閉じ、紐で固定すると天音に手渡した。受け取った天音は二、三秒ほど眺めた後にポーチに仕舞つつ遠慮気味に尋ねる。
前クラールハイトの主として現スコアリーズの撚り子として冷静な決断をした朧を尊重したい気持ちは山々だが、天音が理解するには少し、人生経験が足りない。
「クラールハイトに行ったらマホロちゃんも喜ぶと思いますよ?」
「良いのです。スコアリーズを第二の故郷と捉え、余生を過ごすと決めました。巻物、マホロ以外にはくれぐれも渡さぬように…。私の事も口外しないでください」
「寂しいですけど朧さんが決めたのなら…私もマホロちゃんには言いません!」
「……ありがとうございます」
朧の赤目は本気だ。決めてしまったのなら、自分が兎や角言う訳には行くまい。物寂しいと思いつつ、天音は同意した。多少の申し訳無さもあるのだろう朧の目尻は下がり、天音に微笑みかける。狐耳がピクピク動くところはマホロに良く似ていた。
「では…行ってきます!」
「はい。お気を付けて」
スクっと立ち上がり、天音は頭を下げた。感謝と惜別が混じった礼は彼女の育ちの良さが窺える。
扉を開け、もう一度だけ朧にペコリと上体を曲げてから外へ出る。家の手前でフォルテと会ったので二、三言交わし手を振り合う。
――――――
リュウシンSide
「リュート、お返しします」
フェスト用に貸し出されたリュートは持主に戻った。浮ついた物が一切無い格式高い一室には様々な擦弦楽器が飾られており、状態も最上で楽器愛が感じられる。持主であるゲンはリュートを受け取ると状態を確かめ、元々合った場所に置いた。
「フェストの件、礼を言おう。ラルゴが教え込んだリュート、見事であった」
「これもラルゴさんの奇縁ですから。それにゲンさんが僕にリュートを預けてくれた事も嬉しかったです」
「丁度良い囃子人…以外の感情はない」
「最後に演奏出来て僕は幸せ者だ。ラルゴさんも誇らしく笑ってる、そんな気がします」
リュウシンを誘ったのは他でも無いゲンだ。彼はカノンからリュウシンがラルゴの意思を受け継いでいた事を聞き、腕前を見込んで提案してきたのだ。リュウシンは願ってもないと二つ返事で承諾した。不幸な事故でリュートを失ってしまい怒りに震えた日々も無駄では無かった。
暫くの後、爽やかな風を感じたく思いリュウシンは部屋を去った。
――――――
ティアナSide
神器アルコバレーノをタクトに返した後、ティアナは一人でルルトアの元を訪ねていた。
「楽しんでくれた?フェスト」
「あんたの舞台もしっかりとな」
「良かった。また次も来てね」
「それは…」
「待ってるから」
ティアナは所謂、お祭り騒ぎと言うのが好きでは無い。苦手だ。然し、スコアリーズで過ごし様々な想いを抱いた経験が彼女の感情を高揚させ、結果的にフェストを楽しめた。
次回のフェストが何時頃か、ティアナには解りかねない。言葉を濁し、明言を避けたがルルトアも察していたようで敢えて、ティアナを待つと強調した。
「改めて誓う。あたしは必ず親殺しの元凶を葬る。焼印を消してみせる」
「無茶はしないで」
「善処しよう」
同じ境遇を経たルルトアに出会った時、彼女は誓った。そして最終日の今日改めて誓う。死なせたくない反面、一矢報いたいと思うルルトアは誓いを静かに聞き届けた。
本題が終わり、ティアナはルルトアの元を去りスコアリーズの地を踏みしめた。
――――――
スタファノSide
「うにゃ」
「…」
(まるで残り香の様に辺りに漂う音粒…。耳が落ち着いてるのが分かる)
野良猫と日向ぼっこで緩やかな時間を過ごすスタファノ。彼の大きな欠伸が移り、野良猫も欠伸を一つ、伸び伸びとする。
スタファノの耳には和楽器が聞こえていた。吟剣詩舞で流れた楽器や、それ以外の楽器も自由に音を奏で、思わず耳を澄ます。音量が控え目なのも要因の一つだが何より心地良い音は聞き続けても痛くも痒くも無い。
不要で醜いヒソヒソ声は、スコアリーズから綺麗さっぱり消え去った。
(本来のスコアリーズに戻る途中なんだ)
「にゃあ」
「そうだね。オレももう行かなきゃ」
「にゃお」
「仔猫ちゃん、オレみたいな長い耳の人見掛けた事ある?」
「にゃお?」
「分かんないか〜。何処かの街に居るかも知れない"あの人"に会いたくないから居場所は知りたかったなぁ」
ゆったりとした動作で起き上がると、三歩ステップを刻み野良猫に質問をした。スタファノ自身は猫の言葉など分からないので例え知っていたとしても情報は得られないのだ。
それはさておき、スタファノには出来る限り会いたくない人物とやらがメトロジア王国の何処かに居るらしい。彼と同じ耳と言う事はガーディアンの里出身なのだろうか。親切に教えてくれそうにも無いスタファノは野良猫を一回撫でて歩き出した。
「みんな揃ってるかな〜」
――――――
「行かれるのですね」
「此処に留まる理由はないので」
リオンは修繕途中の頭主邸に足を運んでいた。正確には軽く挨拶しに立ち寄ったがソプラに奥まで連れ込まれた、だが。奥にはソプラの他にはカノンが居た。
「旅人さん…いえ、リオンさん貴方方に救われました。そして、僕の未熟さ故に争い事に巻き込んでしまった事…謝らせてください」
「要らねぇって」
「リオンさんなら、そう仰ると思いました」
「フッ。俺はスコアリーズに来て良かったと思ってる。エトワール、結時雨をコイツらを知れて満足だ」
円形舞台の前で初対面した時と同じようにソプラは敬語で話す。リオンを認め、感謝している証拠だ。本来の彼が戻ったと言っても過言では無い。
そっと手に触れる金属の感触が重々しい。結時雨に向ける視線は以前の只のエトワールを見る視線から信頼する相棒を見つめる柔和な目付きに変わっていた。二人の魂が眠る結時雨は魂分の重さが付属された様だった。
「スコアリーズを抜けた先、小さな集落が二、三在りますがポスポロスは既に目と鼻の先…。旅路の安寧、心より祈っております」
「ゼファロが空いた分の集落が集まったのか」
「えぇ。所謂、社会から投げ出された逸れ者達が集落を形成しているようです」
「戦士等には会われました?」
「嗚呼。序でにエトワール組手も…な」
スコアリーズからポスポロスまでの道程は本来、ある程度の時間を要するが百年前の戦の影響で通りやすくなっていた。つまり時短だ。より速く目的地に辿り着ける。
カノンの会話が途切れるのを見計らいソプラは尋ねた。間もなく出発するリオンが元同期を含めた戦士達と別れの挨拶が出来ずに出発したとあらば、心残りを作ってしまう。半ば強制的に頭主邸に連れ込んだ身に罪悪感も残るというもの。杞憂に終わり一安心だ。
エトワール組手の勝敗も気になるところではあるが先に進もう。
「この御時世、私共も故郷を護るので手一杯…。ですが戦力を欲するのであれば何時でもお申し付けください。総出で、手となり足となりましょう」
「僕も次期頭主として、尽力します」
「頭主様はやっぱ全部お見通しだな。霊族との戦は再び興る。停戦協定をひっくり返す役目は俺になるかも知れない」
「…宝玉は諸刃の剣。貴方はまだ使い熟せていないようですね」
「必ず自分のモンにしてみせる」
年の功か、はたまた吟遊詩の原曲を知っての事か、何方にせよカノンは見抜いていた。リオンも彼女の一挙一動に今更驚いたりはしない。二人の間に挟まれ、半分程しか内容を理解していないソプラだが、無理に割って入る事無く二人を交互に見る。
重い役目を担う可能性があると自らを戦いに引き摺り込むリオンに対し、カノンは掛ける言葉が無かった。そもそも彼自身が言葉を望んでいなかったので代わりに場を濁す。
切をつけたところで、リオンは頭主邸を出て決意を新たに歩みを止めない。
―――
宿屋の前にはリオン以外の四人が揃っており彼が最後だった。リオンの姿が見えた途端、天音は元気よく右手を振り笑い掛ける。
「遅いよ!リオン」
「何だかんだ名残惜しいね」
「スコアリーズは、あたしを強くした。…予言老婆の掌で踊らされた気分だ」
「最初とは違う…オレの好きよりの音が聞こえる」
「色んな事があった…きっとこれからも」
「嗚呼、出発だ」
雅楽の街スコアリーズ。
不協和音が響く街に足を踏み入れた日から実に様々な出来事が起こった。フェストの延期に始まり二度に渡る霊族とファントムの襲撃。魔鏡、明鏡新星と吟詠の解放。そして五大宝玉。
彼等の旅路は続く。暁月まで後――。
――――――
―――
―――
?
女性が一人、走っていた。
何度足が縺れようとも何度傷が開こうとも立ち上がり、ひたむきに走る。
青色の髪を靡かせながら。
「助、けて……、リオン……っ!」




