第58話 終演
翌日、朝日の昇る頃に天音は目を覚ました。窓を開け朝の風に目一杯吹かれる天音は、女子部屋にティアナが居ない事に気付く。
(…?)
「天音、起きてるか?」
「リオン?起きてるよ」
不思議に思うが、特に気に留めては居らず明日に迫った出立の方が今の天音にとっては大事だった。
スコアリーズの面々に別れの挨拶をしに外へ出ようかと考えた矢先、扉が数回ノックされリオンの声が聞こえた。リオンから女子部屋に来るなど珍しい事もあるのだなと思い、扉を開いて歓迎する。
「良いか今日一日、部屋から一歩も出るんじゃねぇぞ」
「えっ?何かあったの…」
「大丈夫。大事にはならないよ。だからリオンと此処で待機してて」
「…。うん分かった」
「リュウシン」
「万が一の脱出経路はスタファノが確保してる。ほら、彼ってそう言うの得意だし」
リオン一人だけかと思ったがリュウシンも居たようだ。扉が開かれるなり、いきなり突拍子もない事を言い出す。何か大事が起こったのではないかと勘繰る天音だがリオンとリュウシンの表情は切羽詰まっていると言うよりは冷静に物事を見極めんとする表情で、自然と心が落ち着いた。
リオンが部屋に入ったのを確認すると何やら小声で話し込み、リュウシンは扉を閉めた。知らされていないと言う事は自分は知らなくて良い事なのだと心の中で納得させる。
―――――― ―――
ソワレSide
与えられた食事も碌に摂らずに目を瞑る。エトワールの無い両手を握り締め、脳内で雨音を再現する。雨の中が心地良い。
(おにーさん強かった…ボクも強いのに、勝てなかった。あのエトワール絶対欲しい…どうして負けたんだっけ)
何度も蘇る戦場に疑問が絶えないソワレ。欲に駆られると同時に敗北の理由を知りたいとも思うようになった。
(雨の日は絶対負けなかったのに。何だか、ボク…人生萎えちゃった。隙を見て逃げて、ボクのエトワール取り戻したら、おにーさんのエトワールも奪って…。でもラルカフスを付けられてるし……テンション下がる)
反省する気は更々無いソワレだが流石の彼女も無抵抗を余儀なくされ、テンションが程々下がる。脳内で奏でる雨音と現実世界の喧騒が交じり、ソワレの意識は覚醒に近付く。
(足音が聞こえる…誰かの声も)
「…ん」
「ソワレ、目覚めたか…」
(ローグの声?)
「ぇっ…!?何この状況」
「俺もさっき目が覚め、混乱していた所だ」
不貞寝を始めた時と変わらぬ横向きの体勢で目覚める。最初に感じたのは土の匂い。霞む景色はどうやら牢屋では無いらしいと教えてくれた。徐々に合う焦点、声の主を辿り身体を起こすも絶句。
頭から血を流し膝をつくローグの背にコケラとキャス、そしてソワレ。三人の視線の先は朱色の髪の少年が不敵な笑みを浮かべ、佇んでいた。己の身長より幾分か低い、見覚えの無い少年とローグを見比べる。
「全員揃いも揃って無能で無様だな」
「誰?」
「下っ端は知らなくとも無理はない。高貴な身分様を濁った眼で見える訳も無い」
「その高貴な身分サマがいきなり俺等を集めて何しようってんだ」
「口を慎め無能」
「グッ…!」
「コケラ!?」
「何で反撃しないんだよ…」
「彼はファントムの人間だ。それも上層の。スコアリーズの誰にも気付かれる事無く全員を集めるなど不可能に近い」
高圧的な態度は自信から来るもの。現実世界は雨が降っていないのでポツリと呟いた一言も容易に拾われてしまう。
嫌な汗がベタつくコケラ。高々、少年一人に怯むなど彼の無駄に高いプライドが決して許さない。少年を煽った直後、顎に足蹴りが直撃した。
ラルカフスがあるとは言え、ローグもコケラも黙って殺られるような人間ではない。偶々利害が一致して共に行動しているだけだったが、それなりに性格は理解しているつもりだ。ソワレの疑問にはキャスが答えた。
「ローグ・スキュロス。報告を」
「作戦失敗。神器、及び魔鏡回収不能」
「お利口さん、任務の失敗は死を以て償え」
「ぐはっ……っ!!」
「案外、生きるね。もう一発」
「ぐおっっ」
「…庇うんだ。謎」
「?!理解不能…コケラ、何故前へ出た」
「クソッ別に…ただ可哀想な奴だと思った。そんだけだ」
「うん…即死させては償いの意味が無い。確かにそうだ。朽ちてゆく身体と共に精々ファントムに詫びて死ね」
ローグの肩に足を掛け、報告を促す。失敗と言う結果だけを淡々と伝えるローグは表情が強張っているようにも見える。この先に起こる血潮を覚悟した顔だ。右手でローグの髪を鷲掴み、左手に出現させた光の玉を顔面に直接当てた。
手足で完全に固定されているので直撃は避けられない。衝撃で意識が飛び、死の際まで追い詰められるが絶命は避けられた。少年は手足を退かし二発目を構え、発した。
瞬間、コケラが動いた。ローグを庇い自らの身体で光の玉を受け、倒れ込む。自分らしく無い行為だと分かっていながら彼は反射で動いた。誰も知らないコケラの脳内に焼き付いたシーンがある。幼少期のローグと母親が生き別れになった現場近くに彼は居た。叫ぶ男児を見て、現在の行動に至る。
「今度からはジワジワと嬲り殺す方式で行くとしよう」
「少年、俺の中で沸々と湧き上がる怒りがある。ファントムのやり方が漸く間違いだと気付けたのだ。俺はファントムを抜ける」
「背信者は殺す。殺す理由が増えただけだ」
「臨むところだ!」
「お、仕事に夢中で忘れるところだった。一つだけ助かる道がある。白髪赤目の女、それに青髪青目の男を見つける事。男は元騎士長リオン、女はメトロジアの王族…名前は何て言ったかな…うん、アマネだ」
(あま、ね…!?)
ファントムと少年の残虐非道な行動の数々にキャスは声を上げた。昔の彼ならいざ知らず現在の彼は変わった。ラルカフスで縛られて居ようと居なかろうとキャスの意志は固い。
キャスVS少年の戦闘が始まろうとした矢先に少年が目的を与える。アース筆頭の霊族の目的でもあり、少年と少年の父親の目的でもある。四人の内、ソワレだけは他とは違う反応を見せた。
(そーだ。白い髪、間違いない。ボクが欲しかったエトワール持ってるおにーさんは青髪でリオンって呼ばれてた気もする……)
「そ、その任務を達成したらボクたちは自由になれる…?」
「達成したらの話だ」
「ソワレ?知っておるのか」
「うっ…ソワレ……」
「言え、命令に従え」
唯一ソワレだけはリオンと天音に出会っていた。情報共有をしていなかったのは不幸中の幸いと言うやつか。自由の為、生き延びる為、彼女は口を開く。己の命が懸かっているのだ。責め立てるなど、どうして出来よう。
息は荒いが余力を残すコケラ、ソワレが目覚める前に既に一発喰らっているローグ、早急に治療しなければ命の灯火は吹き消える。
「嫌だ。ボク、おにーさんにこれっぽっちも興味無いから!ファントムを抜けた方がエトワールを手に入れられる…ならボクもファントムを抜けるッ!!」
(??何言ってるんだろボク…)
「はぁ。言ったよな、背信者は殺すと」
「俺も便乗するぜ。どうせファントムに居たところで殺されるのがオチだ。なら一か八かの勝負に出る」
「…当機立断」
「要するに全員死にたいと。殺すのは戦犯一人だって決めてたのになぁ仕事増やすな」
自分でも理解していなかった。目の前の少年に楯突くより、素直に情報を明け渡した方が堅実だとソワレでも判る。にも関わらず彼女は結果的にリオンと天音を守った。
ずっと機会を窺っていたのだろう。コケラもファントム脱退に便乗する。ラルカフスは未だに身体の自由を奪っているが、ローグ以外の三人が立ち上がり、臨戦態勢を取る。少年は呆れ返った済まし顔で上乗せされた仕事に取り掛かる。
「皆、俺が囮となる。時間を稼ぐ間に逃げてくれ」
「今更、仲良しこよししよーってか」
「ハハッ。コケラの言う通り、今更だ。人殺しは悪いと教わった。さぁ逃げろ」
苦し紛れの囮作戦。自らの命を顧みない作戦に全員が彼の心境の変化を見る。突如として現れた不本意な強敵の前に"今更"仲間意識が芽生え始め、息を呑む。
「威勢だけの人生に終止符を…!」
「っ!」
?「キャス、良く言った」
「街の人間に気付かれたか」
「オルク…ー!」
「次は自分も生かす作戦立ててみないか?」
呑み込んだ瞬間には少年がキャスの眼前に迫り、左手に力を込めていた。少年の口角が上がりキャスの視線が下がる。回避の体勢に入るも、間に合う筈もない。だが然し、攻撃は不発に終わり上空から少年目掛けて降ってきた斧タイプのエトワールを避ける為、後退させられた。
小高い丘から斧を回収する為、持ち主が姿を現す。キャスに声を掛け、少年を見据える男の名はオルク。手持ちの斧はスペアだ。
「また助けられてしまった」
「助け合うのが仲間だぜ!」
「ボクのエトワール!?」
「そうだったそうだった。大鎌と小剣、一時的に返すから待ってろ。キャスの鍵はっ…とコレか!」
「礼を言おうオルク」
「キャスお前が皆のラルカフス解放してやるんだ」
「嗚呼!」
「ファントムの話に割り込まないでくれる?何不自由なく暮らしてきた若者さん」
「スコアリーズが捕らえた捕虜だ。ファントムの話を持ち込んでじゃねぇよ」
背中には大鎌、腰には小剣、首元には鍵四つと持ち物の多いオルクは早速、キャスのラルカフスを外し大鎌を返す。次いで鍵束を彼に託すと少し離れた位置に居るソワレに向かい小剣を投げ返した。
両手が自由となり心身共に余裕が出てきたキャスは順に仲間を解放する。その間、少年とオルクは一切視線を外す事なく冷ややかな空気を纏わせた。
(面倒になってきた。これ以上目立つ行動は避けたい。仕事は早目に終わらせるに限る)
「しゃあ!行くぜ」
「うむ〈エトワール式法術 デスバーン〉」
「言われっぱなしはボクだってムカつくから!!〈エトワール式法術 サメザメ〉」
「てめぇの顔面一発入れなきゃ腹の虫が治まんねぇよ〈法術 サイズパフォーマンス〉!」
「…詰まんな。フッッ」
「「「!?」」」
「この…!」
「背信者では無いから半殺しで十分かな」
「っっぶね」
オルクの合図で一斉に飛び掛かる。唯一エトワールを持たないコケラは負傷した身体を奮い立たせ右手だけを巨大化させた。
一通り眺めた後、少年は閃光の如く動いた。最前面で斧を振るうオルクを左側に避け、次に左から順番にキャス、コケラ、ソワレを組手に掛け無力化させた。大した威力では無かったが圧倒的な力の差を見せつけられ少年を見る目が変わった。
瞬く間に踵を返し、再び少年に斧を当てようとするオルクだが、当然彼の行動を先読みしていた少年は振り向きざまに光の玉を放つ。間一髪、斧で軌道を変え直撃を避ける事に成功したが光の玉は地面を抉り、場の空気を一層重くさせる。
(避けたか…スピードを上げよう)
「はっ!…うぐっ!?」
「後でな」
「うぁあ!?」
「うおっ」
(ー…やべ)
「ファントム以外に用はない」
オルクと対峙する少年の背後に回り込み、大鎌で攻めるキャス。少しでも当たれば全身から火が出るデスバーンを避けるどころか逆に近付いた。子柄な体型を活かしキャスの股下をスライドで潜ると立ち上がるのと同時に項部分に踵落としを喰らわし、同様に正面から攻めるソワレに向かって駆け出した。
剣筋を正確に見切り、小剣が振り切る前に両手首を掴み動きを制限すると左膝でソワレの顎を突いて左手を離した後、浮遊した身体を彼女の右肩辺りに擦込ませ片手で持ち上げるとオルクに投げ飛ばした。オルクの無視出来ない性格に漬け込んだ少年は、彼に制裁を下そうとしたが瞬間"新手"を感知する。
「…」
「っと、新手か」
「エース!!」
「……」
「良く此処が分かったな?ありがとよ!」
「……借りを返しに」
「エースが来たって事は旦那も」
(旦那は別の場所に…)
「敵を助けてどうする。勝手に死んでくれるんだ。願ったり叶ったりだと思うが」
(斧を携えた奴と同等レベル…問題ないが、あの丘に居座る奴は厄介だ。時間が掛かり過ぎる)
同じくスペアを携えたエピックがオルクの窮地を救う。他の戦士に黙って現場に駆け付けたオルクだが案の定バレていたようだ。数日前の戦闘でエピックはオルクに救われたので、その借りを返しに来た。それだけだ。
タクトは現場にこそ来てはいないが、何処ぞで静観しているようだ。エピックを然程脅威と捉えずにいた少年だが、小高い丘で胡座を掻き此方を睨む男には身を引き締める。
エピック以外は知らぬが小高い丘にリフィトが陣取っていた。彼の引く境界線を一歩でも踏めば即座に迎撃すると眼力のみで伝える。
――――――
明鏡新星の安置場所、地下深くに彼等は居た。タクト、朧、ティアナ。
「現場には行かれないので?」
「老いてくると若いモンに任せたくなるのさ。向こうにはリフィも居る、安心だ。後は裏からコッソリ手助けすれば十分」
魔鏡越しにファントム達の現場を見守るタクトは朧の疑問に顎に手を当てて答える。朧は前線に立ちたい欲を我慢して明鏡新星を操っているのでタクトの回答に余り納得していないようだった。
ファントムから来襲した少年が優勢に転じる前にタクトはティアナに合図を送った。
「スコアリーズには世話になった。このくらい安い。それにあたし達の旅路の邪魔は少ないに越した事はない。〈エトワール式法術 アルコバレーノ〉」
――――――
「!」
「急に矢が現れた!?」
(…神器)
何処からともなく現れた七本の矢は少年とファントム四人の間を隔てるように地面に突き刺さった。エピックとリフィト以外は状況が分からず突然の事で困惑気味だ。
(魔鏡か。…今のは撃退ではなく牽制。身を引かなければ即座に相手になると言う宣言でもある)
「サクッと終わらせて次に向かうが吉」
「そろそろスコアリーズから出て行ってもらうぜ」
「出て行くよ。忙しいんでね」
「何ッ!?」
幾ら少年の能力が高くとも、魔鏡を使われては完全に避け切れはしない。七矢を回避する為、後方に飛び退けたが矢は少年の手前に落ちた。冷静に相手の心理を分析し、仕事の効率を上げた。
体勢を整えたオルクが真っ直ぐ突っ込んで来るが、全く意に返さずに左手の光の玉を目晦ましに使った。先程まで放つだけだった光の玉を左手に留めたまま、光量を最大まで上げてオルクの視界どころか、リフィト以外の全員の視覚を数秒、機能停止させた。
(目が…!)
「ローグ・スキュロス、懺悔の時間は終わりだ。期待して損したよ」
「ッッグゥっ!?!」
「ローグ!!」
「ファントムを抜ける?フンッ特別に許してやろう。二度とファントムを名乗るな。名乗らば始末する…この"エンド様"が」
ローグの背後に回り、抵抗出来ない彼の背に追撃した少年は脱退希望の三人に再度、警告をすると忽然と姿を消した。
少年の名はエンド。彼はファントムの仕事を遂行する為、何処かへ消え去る。後に残ったのは自らの血に溺れるローグと困惑気味の元ファントム三人、そしてスコアリーズの戦士達。
「呆気ない最期だな」
「因果応報…とも言うべきか」
「済まねぇ助けられなかった」
「助かる気など更々無かった。闊達自在の者改過自新したる彼等を撚り子として迎えてはくれないか?」
「勿論だ。皆、良い奴だ」
「ローグ…俺は過去の過ちを背負い、多くの者を助けると誓う」
「俺は人助けなんざ御免だ。食いモンさえありゃ生きていける」
「ボクは認めないッ!!」
「…ソワレ」
最後の会話であろうと普段と大差ない会話で終わらすローグとコケラ。仲間意識が芽生えたかどうかは、さておき二人の距離感は十分に伝わる。
誰よりも悔しそうに唇を噛み締めるオルクはローグの頼みを受け入れた。敵として、ではなく一人のエトワール使いとしての頼みだ。エピックとリフィトは相変わらず静観を継続し、魔鏡越しにタクト等も現場を見届ける。
瞼が閉じる前にソワレは声を荒げた。何を思ったか、小剣エトワールをローグに向けた。サメザメは未だ解除されない。
「ボクはエトワールがあれば良かった。だけど、どうしてこうなった!?ボクは敗けた、ローグも死ぬ。認めてたまるかッ!!ボクを巻き込んだ理由言え!!!」
「エトワールに対する執念執着が任務遂行に役立つと思考したのみ」
「〜ッ!ボクは誰かと寄り添う暮らしなんて嫌だ!気味が悪い!!」
「精神の器を昇華させる時」
「ネチネチ意味分からん事言うな!」
「であればソワレ、旅に出てみるのはどうだ?」
「…は?」
荒んだ心のままに言葉を紡げば、表情とて硬くもなる。適当に誤魔化せば今にも小剣が突き刺さる勢いだったので、ローグは痛みを押し殺し淡々と答えた。
ソワレからしてみれば最悪な環境だったとは言え唯一の居場所であるファントムを奪われその理由も分からない内に巻き込んだ張本人が死ぬ、取り乱した言動も致し方ない。
ソワレを落ち着かせようとしたキャスが、突拍子もない提案をする。キャスは至って真面目だ。
「旅をすれば、自ずと答えは見えてくる」
「旅…?」
「闊達自在の者」
「俺っ?」
「我等、天罰覿面。ソワレの一人旅を許可するか否か任せよう」
「ボクはまだ旅するなんて言ってない!」
「う〜ん、そうだなぁ旦那の判断が必要になってくるしなぁ、エースならどうする?」
「…」
「ん?上になにかあんのか…リフィト?!何時の間にソコに居たんだ」
「オルク。旦那は貴様に一任すると言った。今此処で決断しろ」
意気揚々と語るキャスの目は仲間に向ける信頼の目だった。対してソワレは怪訝な表情を浮かべ、警戒しているようにも見える。気力を振り絞り、オルクに二度目の頼みを話すローグは己は行けぬ未来を見据えた。
腕組みで唸るオルクはエピックに助言を願うが一言も発さず小高い丘を指差した。人差し指の動作に合わせ、視線を移動させると仁王立ちのリフィトと目が合う。
魔鏡越しの対話を終えたリフィトはオルクに捕虜の扱いについて手短に伝えた。尊敬するタクトに任され、再度深く考え込み漸く決断した。
「旦那が…!?う〜〜ん……。よっしゃあ!決めた。ソワレだったよな。一人旅してきても良いぜ。けどエトワールのメンテも必要になると思うから偶にはスコアリーズに帰って来いよ!」
「…フッ」
「何ソレ」
「オルクらしい…な!」
「…、…」
「やっぱり太陽より曇り雨の方が何倍も好きだ。ボクはボクの生き方を見つける」
単純明快な回答に流石のソワレも引く。深く唸っていた割には浅いと思わずエピックが失笑する。悪気無く笑顔でエピックに接するキャス。彼もまたオルクと似た陽の属性を持つのでエピックから見れば厄介な人物だ。真顔に戻りサッと目を逸らす。目を合わせたら最後、満面の笑みで絡まれるに違いない。
ソワレはローグを一瞥した後、空を見上げながら彼女なりの別れの言葉を呟くと彼を看取る事無く立ち去って行った。
「…」
(母よ。結局託された人生、ファントムに捧げてしまった。然し、自分も少しは仲間の役に立てたのだろう……)
『ローグ、良く頑張りましたね。おやすみ』
「ケッ。てめぇにとっちゃ、詰まんねぇ人生だっただろうよ」
「埋葬してやろう…」
「そのつもりだ。ローグは大切な仲間なのだから」
閉じた瞼に母の姿を幻視する。あの頃と変わらない容姿で微笑み、愛した息子の頬を撫でる。人生の幕下ろしに、仲間が側に居たのはローグ・スキュロスにとって不幸中の幸い…だったのかも知れない。
何時までも血に濡れている事は無かろうとキャスは彼を持ち上げた。解かれた緊張にホッと一息、一同は日常に戻る。
――――――
―――
警戒するリオンの下に朗報が舞い込む。
「リオン、天音、もう大丈夫だって」
「そうか。取り敢えずは安心だな」
「二人共、ありがとう!」
「ん?」
「何でもないっ」
正直、朗報を聞くまではリオンから漂う殺気がビリビリと空気を揺らすので気が気じゃなかった天音。彼女は何が起こっていたか知る由もないが、二人の安心した表情を見るのは大好きだ。
スコアリーズ出立の日はもう間もなく。




