第56話 吟剣詩舞の宴
NO Side
翌日、スコアリーズに"音"が舞い戻る。昨日の今日で一体全体何処から鳴るのやら雅楽の街らしく至る所で弦を弾く。
陽気で愉快な音楽は旅人からすれば、活気が戻ったように思えるが住人曰く、序の口に過ぎないのだとか。
何はともあれ、楽しめれば問題ない。
――――――
「やっほ〜ルルトアちゃん」
「!…スタファノ?」
「名前、覚えててくれて嬉しい〜」
頭主邸の一室で暮らすルルトアはフェストの様子を見ようと外に出たところでスタファノに遭遇する。彼の醸し出す空気から察するに待ち伏せしていたのだろう。
「えっ…と?」
「"たゆまぬ努力"受け取ってくれる?」
「グラジオラス…!」
「祝い花〜」
「ありがとうございますっ…」
何故、自分の前に居るのか戸惑うルルトアの目の前でスタファノは花を咲かす。二人が初めて出会った時、彼女に贈った花一輪は花束となり祝い花となった。
かつてのルルトアはグラジオラスを受け取ろうとせずに跳ね返していたが、現在は違う。スタファノの気遣いに感謝し抱き寄せるようにして花束に触れた。
「ルルトアちゃんには笑顔が似合うね」
「あの時は…自分の感情に振り回されて精一杯だった。……本当に綺麗な花」
「ウンウン。舞台頑張ってね〜」
心底大切そうにグラジオラスを見つめるルルトアに満足したスタファノはゆるりと手を振り去って行った。
――――――
「わぁっ凄い…!昨日と全然違う」
「久々に賑わってんな」
街中がフェスト一色となり、目に映る全てがキラキラと輝いて見える天音。美味な薫りに心地良い旋律、気に入らない訳がない。興味津々に左右に首を動かす天音のすぐ横でリオンは旧友について思い出していた。
「アイツがスコアリーズに行った理由はフェストだったのか」
「アイツって?」
「アレン、昔の友人だ。デートでスコアリーズを選んだ訳が漸く分かったぜ」
「で、…!?あ〜〜……っとリオン!向こうのお店行ってみよ!!」
「おい急に引っ張んなって」
アレンがデートに行ったのは事実だが天音にしてみれば、突拍子もなく二人っきりの時にデートなどと言う桃色の単語が飛び出せば、多少なりとも意識してしまう。リオンにバレる前に正面を向いて彼の前を歩く。外套を引っ張られ首が閉まりそうなリオンはそれどころではない。
「天音ちゃん、デート?」
「フラットさん!?ち、違いますっ!このお店で働いてるんですか……?」
「えぇ、そうよ。副業」
入った店でせっせと働くフラット。振り返り目が合えば天音が気にしている事を的確に突く。素直で無垢な反応を誤魔化す為に天音はフラットに問い掛けた。本業はエトワール技巧師だが、此処ぞと言う場面で稼ぎを得る彼女らしい生き方だ。
「飴細工の店…言っとくが俺は買わんぞ」
「そう言わずに買ってって。甘くないのもあるから!」
「色んな形がある…!狐にしよっかな。リオンはどれにする?」
「買う前提で進めんな」
「あ!打刀タイプもあるよ」
「…」
店頭には実に色とりどりの見本が並べられていた。フェスト開催に合わせ九尾狐や檜扇、打刀型など目を惹くデザインばかり。悩みに悩んだ天音は九尾狐型の飴細工を注文した。リオンは若干、天音のペースに持ってかれるも何とか踏み留まる。
「おや、天音さんにリオンさん」
「朧さん!それにフォルテにロアくん、奇遇ですね」
「おひさ〜」
「お邪魔でしたか?」
「何がだ」
「いらっしゃい三名様!朧さん、尻尾が飴につかないように気を付けてくださいね」
「尻尾の数は自由に変えられるのでご心配には及びません」
「えっ凄い…!どんな仕組みなの……」
「こら、男のケツなんか見に行くな」
フラットが飴細工を作っている間、新たな客が入店する。真ん中に九尾を揺らす朧、左右にフォルテとロア。左右の二人が天音に挨拶する最中、朧とリオンが言葉を交わす。
万が一、尻尾が飴に掛かれば後が大変だ。ごもっともな意見に朧は尻尾の数を減らし一尾にすると見本を見ながら顎に手を乗せて飴細工の種類を見比べる。
当たり前に変化する尻尾に全員一歩引いた目で見つめ、天音は好奇心に駆られたらしく仕組みを知る為に朧の背後に回ろうとしたがリオンに襟元を掴まれ、止められた。
「俺も初めて知ったんだけど、…」
「生きる為に得た知識ってことか!?朧さんかっけぇ」
「尻尾が邪魔な時もありますので。因みに人型の状態で獣姿になる事も出来ます。普段は必要ないのでしませんが」
「クラールハイトも全然知らない事だらけだなぁ」
「と言うより狐の生態だな」
「天音ちゃん、リオンくん飴細工どうぞ。狐と打刀」
「きれ〜!」
「買うなんて一言も言ってねぇぞ」
「甘くないからガブッといっちゃって!」
(意外と悪くねぇ)
実際にクラールハイトに訪れた経験は無いが職業柄、九尾狐を研究している身としては驚きを隠せないフォルテ。こっそり尻を見たのは此処だけの秘密。
九尾狐と言えば、魔鏡が反応するアストを持ち合わせてもいる。獣属は矢張り他の人間とは根本的に創りが違うのだろう。
二人分の飴細工をスラスラっと完成させ、差し出す。ちゃっかり定額を払わせる事に成功したフラットは商売上手と言えよう。買う気がなかったが差し出されてしまったら仕方ないと素直に飴にかぶりつく、飴細工の見た目をほぼ見ずに。
「美味しい〜!」
「狐型良いなぁ!」
「狐も良いけど檜扇型も捨て難い…」
「子狐型ありますか?」
「作れますよ〜」
「そう言えば舞子の舞台って何時だっけ」
「月が円形舞台に掛かる頃だからまだ平気!その間にクラールハイトの事聴かせてよ」
「私も知りたいです。あれからどうなったのかを」
「もっちろん!けど私が知ってるのは少しだけですよ?」
「ほんの僅かでも知れるなら知りたいと思うのが性です」
ロアは九尾狐型、フォルテは檜扇型、朧は子狐型を頼み完成するまで他愛ない会話を続けた。ロアは制作過程に惹かれ、じっと飴細工を眺めている。
何時の間にやらリオンは飴細工を食べ切ったらしく棒切れを専用の屑籠へと入れた。最初に立ち寄った街、クラールハイトでの出来事を話し始めようとした時、リオンが独りでに店の出入り口に向かった。
「リオン?」
「俺も訊かなきゃなんねぇ事思い出した。酒飲みながら広場んとこ居るから何かあったら呼べ」
「…分かった。飲み過ぎないでね」
「やっぱオッサンだな。酒の良さがまるで分からん」
「子供だな〜ロアくんは」
「っ!!フォルテだって飲めないだろ!!」
「俺は飲めないんじゃない、飲まないの。この後舞台が控えてるからな」
「……俺だって」
「ロアさん、フォルテも飲めないので相子です」
「朧!言うなって…」
酒に対して、理解が乏しい天音だがリオンが酒飲みなのは知っている。主な原因が義父だと言う事も。何処か気難しい横顔を見送り朧達に視線を戻す。
15歳の天音から見ても子供なロアは彼女以上に飲酒について理解を示さない。飴細工を受け取りつつロアにマウントを取ろうとするフォルテだが、朧の横やりにより逆にロアがニヤリと笑い勝者となった。
店内が満席だと知り一同は食べ歩きしながら座れる場所を探しに行った。
――――――
ティアナSide
「神器は貴方を選んだ。持っていってもバチは当たらんよ」
「いや…」
フェストの囃子から離れ、とある建物内にて。ティアナは呼び出したタクトに弓箭タイプの神器、アルコバレーノを差し出す。神器の意志はティアナと共に在る事であり、其処にスコアリーズが入る余地はない。彼女からアリちゃんと天樂の間の一部始終を聞き、出した答えだ。
「アルコバレーノは此処に置いていく。あたしの旅の目的は復讐だ。あたし個人の問題にアルコバレーノを巻き込む訳には行かない。たとえ、目の前のエトワールが神話時代に大勢の人間を葬っていたとしてもだ」
「……よーく分かった。ティアナさんが其処まで言うのならアルコバレーノは預かろう。だが、一つだけ頼むならフェスト中は貴方に持っていてほしい」
「それは…構わないが何故だ?」
「なーに、眠れる魂にもフェストの囃子を聞かせてやりたくてね」
「聞こえないと思うが…」
「細かい事は、いーの!」
アルコバレーノは己の手に余る、復讐の道具にはしたくない、手放す理由は大きく分けて上記の二つだ。彼女なりの気遣う想いを受け止め、タクトは最後にアリちゃんにフェストの囃子を届ける事にした。
神話時代、神話戦争で使われたのであれば十中八九、射抜かれた者達が居る筈だ。然し既に血塗られていようとティアナは個人的な復讐にアリちゃんを巻き込もうとはしない。
――――――
リュウシンSide
「力になれずに悪い…」
「……僕の方こそ無理言ってごめん」
時折リュートを弾くリュウシンとソプラは広場の椅子に座り言葉を交わしていた。内容はリュウシンの妹について。実の妹がファントムに居る可能性があると長代理のジャオから聞かされ、ソプラに妹の所在の心当たりが無いかと話していたのだ。
「その、気を悪くしたら謝る…実の妹がファントムに居るのは」
「有り得ない事実だよ。嘘であってくれと思う反面、妹に会えるかもしれない可能性を持った事実でもある…」
「会えると良いな」
「僕も心底思う。ソプラも妹は守れよ」
「言われずとも家族は守るさ。ん?向こうから誰か来る」
?「よぉ。こんな所に居たのか」
「!リオン」
ソプラですら耳を疑う事実。リュウシンの心情を考えれば適度な距離を保つのが正解なのかも知れないが尚、踏み込んでしまうのは彼自身も妹の存在が大きい。
三日前の抗争を経て、リュウシンや他の者に散々言われ続けた"家族について"改めて守ると宣言した。フェストの空気にそぐわない二人の前に、これまた重い空気を纏わせた男、リオンが登場する。
「てっきり天音と一緒だとばかり思ってたけど?」
「途中まではな。ソプラ、お前に訊きてぇ事がある」
「霊族の事か?」
「!」
「そうだ。話が早くて助かる。リュウシンからも聞いたが俺と天音の正体は霊族側に漏れてないな?」
「少なくともビューさん…スコアリーズを襲撃した霊族には話していない。だから、ファントム側にも伝わってない筈だ」
「……間一髪だったな。一先ずの脅威は去ったが…それにしてもファントム、俺が居ない百年の間で随分のさばらしちまった」
リオンは椅子には座らず、仁王立ちでソプラに問い掛ける。酒を啜っている分、二人よりは幾分か空気の質が軽い。
質問内容を話す前にソプラは察する。丁度、ファントムの話題を話していた事もあり手短に真実のみを語った。スコアリーズの脅威は去ったがリオンは常に気を引き締めなければならない為、ソプラの話を聞き安堵の溜息を漏らした。
然し、それも束の間。ファントムも脅威の一部であり霊族より敵味方の見分けが付きにくい点が懸念される。
(ファントムの本拠地は教会、つまりはポスポロス…。やっぱ天音をポスポロスに近付けるのは危険か…?)
「リオン、クラールハイトの時みたいに置いていこうだなんて考えてない?」
「!」
「天音はきっとリオンを追い掛ける。危険を冒してでもね。彼女にとって君はそれほどまでに大きい存在なんだ。君にとっても天音は守るより先に死なせたくないが来る相手だろ?義務感とか関係なしに」
「ファントムは強い。全員が全員バカ正直に正面から襲って来るとも限らねぇ。天音が捕まればアイツにだって血が流れる」
ポスポロスに天音を連れて行けば、天音が己の近くに居れば、余計に危険度が増すと悩むリオンにリュウシンが声を掛けた。彼は二人と一緒に居る期間が長く、内に秘める心理も理解しているつもりだ。故に此処には居ない天音の気持ちを代弁出来る。
当初、天音に抱いていた感情が現在は僅かに変化したリオン。感情の整理が付かず嫉妬として戦闘にも支障を来していたがリュウシンに言われ、漸く感情の落とし所を見つけた。
「俺一人じゃ…」
「僕等が居る。そんなに頼りない?」
「フッ。どっかで聞いたような台詞だな」
「どっちにしたって、停戦協定を破棄させて霊族と戦うなら仲間は必要だろ?」
「仲間…か」
――――――
「……と言う訳で無事クラールハイトに平和が戻りましたとさ!」
場面は移り、フェストを楽しむ天音達に。拙い語彙力ながらもクラールハイトの一連の出来事を語り終わり、天音は満足そうに両手を合わせニッコリと笑った。
「そのような事が……猫又族…!」
「顔コワッ」
「マホロちゃんも皆も無事ですから!」
「フフッ冗談です」
(全然冗談に見えなかった…)
「皆の成長が微笑ましい。ミツとミワも自由に飛び回れるほど翼を広げられたか」
「俺も会ってみたいなぁ」
「絶対仲良くなれるよっ」
「交流は途切れてしまったけど、神話時代のようにまた二つの街が繋がる為にも今日の舞は気合を入れないと!」
朧の表情が忽ち鬼の形相へと変わり、怒りで稲荷寿司を持つ手が震えた。再度、皆が無事であると伝え落ち着かせるが次の瞬間には元の柔和な朧に戻っていた。フォルテも天音も朧の言う冗談を信じられずに少々笑いが引き攣る。
クラールハイトの仔烏達とロアは歳も背丈も近く、二つの街の交流が戻ればきっと仲良くなれるのだと天音は確信していた。
故郷を思い浮かべる凛々しい横顔は月夜に映え、彼が"元"主様である事実に説得力を持たせていた。
「寄宿学校の同級生にも獣人が居るんだ。早く今の話を聞かせてやりたいな」
「そうなの?」
「うん。何だったかな、狛犬族だったかな。朧さんみたく獣耳とか生えてないからなぁ」
「獣属はクラールハイトを出ると弱体化してしまうのです。普通の人間のようになるか、はたまた完全な獣の姿で固定します。霊獣の墓場辺りまでは平気ですがね」
「へ〜…」
(つまり弱体化した状態で自在に姿を変えられる朧さんはとても強い…と)
「うわっと、もうこんな時間だ」
「行ってらっしゃい!此処で見てるね」
「準備とかもあるし早めに控えに行かないと…朧も連れてくるように言われててさ」
「私を?ふむ…」
神話時代、クラールハイトが広く認知されていなかった原因の一つが結界だ。そして結界は獣属を守る為でもあった。クラールハイトの外へ一度出れば弱体化してしまう。但し、朧のような戦士としての格が高い者は弱体化しても矜持を保てる。
飲食を摂りつつ、会話に花を咲かせていると時刻は何時の間にか月がお目見えしていた。円形舞台には月は掛かっていないがフォルテ自身の準備があるので彼は此処で離脱した。何故か、朧を連れて。残された天音とロアは獣人の話題を膨らませ、盛り上がっていた。
「翼があったら高いところから弓打てるから格好良いよな〜…!急に生えないかな」
「ふふっ急に生えたら大変だよ?…本当に吃驚する…したよ」
「フラットさんが造ってたエトワールも俺がじゃんじゃん打つつもりだ!強くなるぞ」
「ほ〜…その話詳しく聞かせて貰おう」
「!?」
「クリートさん…!」
「フラットさんが、エトワール造ったって」
「あ…いやその、へへへ」
「笑って誤魔化せないよ〜。此方においで」
「ひぇ…天音、助けて」
「ロアくん……ごめんっ」
「そんなぁ〜」
翼に憧れを持つロアに急に翼が生えた前科がある天音が苦労を呟く。振り返り、余程堪えたのか徐々に声量が途切れる。
天音の様子を不思議そうに眺めるロアの背後から低い声が聞こえた。声の主は偶々近くを通り掛かったクリートで目元が笑っておらずタジタジに対応するロア。フラットの意識外で秘蔵コレクションがバレかけ心の中で彼女に謝りつつ、連行される途中で天音に助けを求めた。
助けてやりたいのは当然だが、危険な戦場に勝手に飛び出して行ったロアの事を思うと如何ともし難い。せめて正しく反省してくれとロアを見送る天音であった。
「一人になってしまった…。舞台までまだ時間あるかな」
――――――
ルルトアSide
(うっ…お婆様の帯締めしんどい。中身出そう)
舞子の控室は大忙し。着付けから化粧まで息付く暇もない程、常に誰かが動き回っていた。舞子衣装の着付け担当はお婆様こと、ラヴィ。剣詩舞の舞台は激しく立ち回る場面もあるので通常よりもキツく縛る。何時体験しても慣れない窮屈感に弱音を吐く。
「ほら立って、わたしの方を見なさい。化粧調整するから」
「う…うん」
「キャロル、ルルトアの準備が終わり次第、貴方も調整に入りなさい」
「はい、分かりました!」
(ったく、何でわたしが!!ルルトアの前座なのよ!?)
中身が出ないように腹部を押さえるルルトアを半ば強引に引き寄せ、化粧を施すキャロル。ルルトアに対して好意的でない姿勢は崩さないが彼女の準備は手伝う、キャロルのプロ姿勢が垣間見えた瞬間だった。
―――
フォルテSide
「久しぶりだな」
「父さん…!」
「フォル…って、ぎゃー!?狐が居る?!」
控室に入ったフォルテの前には長らく会えずにいた父親が居た。親子の感動の再会の途中でフォルテの後から入った朧に瞬間的に目を取られる父親。当然の反応だ。
「初めまして、九尾狐の朧です。百年程前までクラールハイトの主をしておりました」
「きゅ、主様!?!」
「父さん落ち着いて」
「コレが落ち着いて居られるかっ!だが然し九尾狐に観て頂けるのは名誉な事でもある。フォルテ気合入れろよ!」
自己紹介する際、分かりやすく一尾から九尾へと尾を増やし、逆に混乱させる朧。自覚はない。控室には三人の他にも人は居るが、驚愕しているのはフォルテの父親のみで羞恥に耐え兼ねたらしい彼は無理矢理己を落ち着かせるとフォルテに檄を飛ばした。
「ではではフォルテ少しだけ動かないで」
(朧が呼ばれた理由、何だろ)
フォルテを直立不動にさせると父親を含めたお手伝い兼前座の男性二名が一気に装束を施し終えるとフォルテを朧の方へ向け一言。
「「どう!?狐ぽいですか!!?」」
「え」
「おや?」
(なるほど、そう言う事……)
朧を呼んだ理由はフォルテの装束と化粧が狐ぽいか確かめる為だったらしい。丁度良く朧が居るのだから聞きたくなる気持ちも理解出来るが、何処か恥ずかしげなフォルテは朧から視線を逸らした。
――――――
天音Side
「リオン、リュウシン!」
「他の奴らは何処行ったんだ」
「フォルテは準備に行ってて他の二人は…連れてかれた」
「?そうか」
天音の所にリオンとリュウシンが合流する。笑顔で二人を出迎える天音にリオンは朧達の行方を訊く。事実を伝えたが言葉足らずでリオンは半分程度しか理解出来なかった。
ふと、天音のとある変化に気付きリュウシンは髪を指差し尋ねた。
「天音、髪型変えた?」
「!うん…簪の使い方教えて貰ったの。変、かな」
「似合ってるよ。ほらリオンも」
「んで俺が」
「当たり前だろ?」
「あ〜……似合ってるぞ」
「えへへっ」
誰かから教わったらしい簪の使い方。普段下ろしている純白の髪を結い上げ頬を紅潮させる天音の姿は何処から見ても純粋無垢な乙女だ。
お世辞ではなく心の底から似合っていると言い、透かさず隣のリオンを肘で突く。態とらしく視線を外し天音を褒めるリオン。彼女は火照った状態で気付いていなかったがリュウシンは、確かに見た。
リオンの両耳がほんのり赤みがかっている事に。ゼファロの適当な反応とは違うが素直になれない彼は遠回しの感情をひた隠す。
―――――― ―――
―回想―
「真剣な顔で呼び止められ、何かと思えば髪結いですか」
「……本当はフェストが始まる前に結びたかったんですけど簪の使い方、イマイチ分からなくて……。ありがとうございます…っ」
フォルテと朧が去り、ロアが連れ去られ、リオン達と合流する前、一人となった天音の側を通ったカノンを呼び止めてダメ元で髪結いをお願いする。思いの外、嫌な顔をせず承諾したカノンに天音はこそばゆい想いを抱きつつお礼を伝える。
「私、…」
「…」
「まだ全然、王族としての自覚がなくて…初めて直接狙われた時や頭主様に王族の血筋を改めて言われた時、とても怖かったです。
怖いのは私に力が無いから。今は、何とかやって行けてるけど…何時か重圧に押し潰されてしまいそうで…。これからも、私は霊族に狙われると思います。頭主様のように強くない私が生き抜いて王様として認められる為には、どうすれば良いですか……?」
和楽器が辺りの雰囲気を生み出す暮夜。満月より少し欠けた灯りが円形舞台の真上に掛かるには僅かに時間はあるが行き交う人々は吟剣詩舞を今かと待ち詫びている。ソワソワとした熱は天音の根源にある悩みを引き摺りだし、俯かせた。
天音の言葉を静かに聞いたカノンは髪結いが建前だと薄々感じていた。彼女の問い掛けに対し、言葉より先に行動を取る。背後から手を伸ばすと顎に触れ正面を向かせる。
「先ずは前を見なさい」
「!」
「貴方の目には何が映ってますか」
「…人?」
「そう星の民。そして此処は?」
「スコアリーズ……街?」
「えぇ。此処はメトロジア王国のたった一つの街に過ぎない。されど、大勢の星の民が暮らす街。…彼等は悩み続けながら人生を辿る。貴方とは悩みの質が違うけれど本質は同じ、生き方の正解を探している。誰しもが自由に暮らせる訳ではないし、意図せず苦行を強いられる人も居る。見えやしない内面で悩んだ末に歩いた道が、奈落の底に通じていようものなら指差しで否定される。王族なら尚更、顕著に現れるでしょうね。そんな世界で個人は縦に、上に立つ立場の者は横に人生を広げる。己の人生に介入させたい親しい者達を選びながら。
私が話せるのは此処まで、悩みなさい。貴方の人生に大勢の親しい者を介入させたいなら」
正解は言えない。無いのだから。カノンは一人の星の民として、一人の立場ある者として天音に自身の経験したであろう人生を語った。天音の赤目には今、何が映っているのか。これから何を映すのか。一寸先でさえカノンには見えない。
自分とは人生経験が桁違いな頭主の語りを聞き終えた天音は完全に黙り込んだ。一歩一歩、脳内で処理をして糧にする彼女の行く先を案ずるカノン。
「それに、王族の自覚を持つ…霊族から逃げ延びる…生き抜く…王様になる…一度に全て悩んでしまったら脳内が追い付かないのは当然。何を優先するか決めたらどうです?」
「…暁月の日まで霊族から逃げる……」
「見えていますね」
「っ頭主様…!もう居ない……」
―回想終了―
――――――
―――
天音の胸の内を垣間見る間に前座も終わり、いざ花形の登場。
《吟剣詩舞・新月》
一度、閉じた緞帳が上がり、最初に照らしたのは十六夜の舞子。
《喧騒囃子が際立つ 街抜けて
静謐な宵を駆ける は迷人
照らす月は雲隠れ 帷効かぬ明鏡に誘われ
辿り着いた まほろば》
事前に開いてある檜扇で隠した面を見せ、立ち上がる。袈裟斬りの様に檜扇を肩から腰へ、動かしながら視線を這わせる。手首の柔軟性を意識しつつ、一歩大きく出た。
瞬く間に客席側から見て上手に移動すると下手に向き、膝を付く。
《さぁ夜行一行御来光 我が物顔で踊り明かせ
一線先の結界 透かし織りて 曖昧に揺蕩う
面形 取らずとも 宵が廻る宴》
次いで照らされたのは纏の舞子。客席に背を向けた状態で照らされ、じっくり二秒掛けて面を見せると一秒以内に打刀を抜刀。剣先が鞘を抜けた瞬間、指の動きのみで柄の向きを変え続け吟詠に迫力を付与する。
ジリジリと中央やや下手側に移動をし、切っ先に触れると打刀の上身を観客に見せつけてから、顔の向きを上手に変える。
《暗夜に閉ざされた古城の主
影法師が揺れる 御狐様
寄りて見るに玉響 色は無く されど可惜夜》
上空に月はあれど、演出の工夫次第で陰影は如何様にも変えられる。二方の舞子に光が当たり、十六夜の舞子は膝をついていない側の片足を後方に下げ立ち上がった。纏の舞子が上手に身体の向きを改めて中央に移動する中、最後方のホリ幕に九尾と獣耳が怪しげに揺らめく。見定める様に切っ先を檜扇に一瞬向けた後、下手に戻る。弧を描く打刀を月に掲げ顔面スレスレの位置まで引き寄せた。
《幽玄の地に 迷人は躊躇わず 幾多の佳宵を
明かせば あぁ今にも 紅頬が愛し
今宵も絆された 心が暗夜に映える
手繰る糸 後悔は後の跡》
立ち上がった状態のまま静止していた十六夜の舞子は徐々に背を追う。二歩目を踏み出し檜扇を閉じた瞬間、暗転と明転が交互に繰り返された。最中に見える扇面は一夜の逢瀬を表す様に一折ずつ広げる。この頃になると雅楽の質も変わり壮大な終着点に近付く。
《十六夜の御月様 宵の口待てずに憂う君
袖の露は引き裂かれ 垣根の障壁に消え惑う
触れた焦燥 軈て絶遠
其の身に余る光が 余を照らしたと云うのに
傍らより 去りて去りて 纏衣は暗れ惑う》
二方のソロパート。檜扇と打刀が交わるのはホリ幕の影のみ。音と光が途切れ、再び明転した時には初期位置に戻っていた。最初とは逆の手で檜扇を操りつつ、時間を掛けて全身で十六夜の感ずる苦を表現する。
焦点は纏の舞子に移る。何方も同じ感情を表現していたが纏の苦は十六夜の何十倍も激しく、荒々しく舞台を飲み込む。
《突き刺した刃 振り翳した扇
大団円への活路に一刀両断 覚悟を見せよと
一筆の紅 綾なす 影法師は何方様》
(〈エトワール式法術 纏/十六夜〉)
纏の乱舞に合わせ、和音も入り乱れる。
まるで音同士の合戦の様だ。纏の舞子が下手と中央で剣舞を続ける中で、突如として光が移動を始め上手を照らした。
此処に来て、初音が鳴る。乱れた音の中をさも当然の如く中心に居座り、一音鳴るごとに乱舞と音を平定した。
同時に十六夜の舞子が三歩で中央付近に移動した。檜扇を下手に居る纏の舞子の目線に合わせて横一文字に動かす。檜扇が無い空の片手も動かし二方の眼光が交わったその時、十六夜の舞子が舞台仕掛けを使い、上空に飛んだ。
雷鳴の如き、楽音が響き空中で二方が持つエトワールが入れ替わり、十六夜の舞子が着地する。懐から腰元から二振り目を取り出すと何度か刃を交え、二方が中央に立つ。
打刀は合わせたまま檜扇を額に当て、遂にエトワール式法術が発動。檜扇を下ろし、全面が見えた時には紅化粧が施されていた。
凪いだ音が一音、また一音と舞い戻る。
更には客席からも中央に音が集まってゆく。
《在る朔の晩頃 隔て降りた幕は
新月と代わり 失せたとさ
見初めた其方 御狐様 光注ぎし其方 御月様
連れ添う狐番よ 悠久に綴る》―――。
ホリ幕に二度目の狐耳と尻尾が映る。
尾の数は合計で十尾。
《吟剣詩舞・新月 終幕》




