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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
スコアリーズ編

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55/123

第55話 前夜祭

NO Side

 雨上がり、暗雲去りて天弓心映したり。


 フェストの延期に始まり、二度に渡る霊族とファントムの襲撃は紆余曲折ありながらも無事、幕を下ろした。


 神器級が覚醒め、エトワールに眠る魂達が使用者を主と認めた。


 マコト映しの魔鏡が覚醒め、いっとき欠片散ろうとも真価を発揮した。忘却の撚り子は狐の子、失った故郷の色を取り戻した。


 寄せ集められた偽物は、出逢うべくして出逢った本物へ。悪意が入り込む隙間も無いほど強固な絆となった。


――――――

―――


「地上、無事生還っと!」

「あぁ…。雨も収まりましたね」


 天音、朧、フォルテの三人は魔鏡越しに戦場を見渡し、決着がついたのを確認すると地下から地上へ戻った来た。

 見上げた上空には星が疎らに散らばり、夜の訪れを報せていた。緊張を解すように天音は伸び伸びと腕を上げ、息を吐く。長らく降り注いだ雨の出番も終わり空一面が晴れ渡る。


「それにしても良かったんですか?朧さん明鏡新星を、あのまま放置しちゃって」

「何か有れば、直ぐに判ります。それに戦いは終わりましたから」

「それもそうだ」


「ところで。天音さんには()()()()があるようだ」

「止める力…?もしかして盾変化の事ですか。まだまだ全然です……。盾だって速攻で割れてしまうし、さっきのは偶然で」


「いえ、魔鏡に映されていましたよ。天音さんの"止める力"」

「それって…?」


 地上へ出る際に明鏡新星を台座に乗せ、無防備の状態で出た。僅かに不安が残る天音だが朧は彼女の目を見て、戦いは終わったと言い切る。朧の一言に納得した天音は安心した様子で歩き出す。


 何やら考え込んでいるフォルテの隣に並び、朧は二人の一歩後ろで確信めいた言葉を発す。彼の意図が分からずに困惑気味に思い当たる節を述べる。魔鏡の詳細な使用方法を知る者は三人の中では朧しか居らず、同じ魔鏡を眺めていても彼にしか伝わらない事実が合っても不思議はない。


 天音が言葉の意図を聞き返そうとする横で、それまで黙っていたフォルテが短く叫んだ。


「あっ!!」

「へっなに?!」

「忘れてた。…キャロルのこと。バレてないかなぁ

…バレてないとイイなぁ。二人とも、ごめん!俺先に戻る。じゃ!」


「…?うん分かった」

「さぁ、私達は頭主様の下へ魔鏡についての報告に行きましょう」


 脈絡無く、隣で叫ばれ思わず手を上げ自分も叫ぶ天音。半刻前に戦場を見ていた身としては、少しばかり心臓に悪い。と言っても天音自体は魔鏡越しであろうと戦闘を視界に入れたくなかったらしく薄ら目で眺めていた程度だったのだが。それでも未だに盾変化の感触は残っていた。


 フォルテにとって重大な何かを思い出したようで冷や汗を流しブツブツと呟くと天音と朧に断りを入れ、自宅方面へと走り去った。状況説明が足りず、理解が追い付かないまま去りゆくフォルテに小さく手を振る天音と何かを察しフッと笑う朧。フォルテの影が小さくなると朧は頭主達の居る方角へ足を向けた。


「あの朧さん…その前に……」

「…フフッ。そうですね、リオンさんに会うのが先でしたね」

「っリオンって言うか…皆が、って言うか……!」


「行きましょうか」

「全員のところに、ですよ!?偶々リオンが最初なだけですからっ」

(アレ…!?わたし、何でこんなに焦ってんだろう…何でもないのに)


 真っ先にリオンの居る方向に行こうとする朧に天音は慌てふためいた様子でやんわり訂正した。ゆらゆら揺れる尻尾は、まるで天音の心情を把握しているかのようであった。


 天音は必死に心臓がトクリと跳ねる言い訳を考え、心音を落ち着かせようとするが中々どうして上手くいかない。


――――――

 天音と朧はリオンとランスの居る場所へ到着したのだが…。


「「はっ!」」

(何でまだ闘ってるの!?味方同士で!)

「コホンッ宜しいですかお二人さん」


「その声はアカ……え?」

(何か生えてる)

「狐?…あー、そう言う事かよ」

「よく納得出来たなお前…」


 目先の二人は何故か闘っていた。傷口を治療する間もなく、傷を増やす。心の中で雑にツッコミ唖然とする天音が声を出す前に朧が咳払いで二人を注目させた。


 知り合いの声に手と足を止めて視線を向けたまでは良いが、自分の知る外見と異なり思考停止したランス。アカメの耳と尻尾が狐だと瞬時に理解し、全てを悟るリオン。クラールハイトで過ごした経験が役に立った瞬間だ。


 ランスは知識はあれど獣人に会った事もなければ獣人の街にも行った事がないので思考停止は致し方ない。逆にリオンはアカメが獣人と判明し、如何に己の忠告が杞憂であったかと知り、若干の気恥ずかしさすら感じていた。


「九尾狐の朧です。怪我の具合を確かめに来てみれば、少しは身体を休めて下さい」

(心臓、落ち着いてしまった…)

「…朧さんはマホロちゃんのお父さんでもあるんだよ。朧さん行こ……」


「しかも子持ち?」

「クラールハイトの主様、姿見てそんな気がしてたぜ」

「主様の父親…!?」


 先程まで煩かった心臓の音はすっかり正常に戻り上昇した熱も冷め切った。リオンと目を合わせる事なく、アカメが朧だと伝えると回れ右した。


 只管、理解出来ないランスは三人を見比べて困惑しながら独り言をツッコむ。


「天音?何ヘコんでんだ」

「リオンには分かんないよ…絶対!」

「逃げやがった。何しに来たんだアイツ」


「アカメさん……記憶が戻ったのか」


 流石のリオンも天音が落ち込んでいる事には気付くが、残念ながら理由までは察せず。話し掛けたのが失敗だったのか、天音はリオンから逃げるようにして走り去っていった。

 一方のランスは、意味不明な状況下で唯一理解した事実をポロッと呟いた。


――――――


「すみませんでしたっっ!!自分の身勝手さを自覚しないばかりか、間違った道から戻れなくなるところでした。挙げ句の果に家族を手に掛ける寸前まで堕ちてしまいました」


 戦場全体を見通せはしないが、リフィトとタクトは戦いの終結を感じ取っていた。


 リフィトが意識の戻らぬローグを牢に運び、タクトはカノンの下へと直行した。途中で合流したビワに案内され、辿り着いた矢先にソプラが深々と頭を下げ謝罪の言葉をタクトに向かって述べた。


「それを自覚してるなら大丈夫。墜ちた自分を受け入れて前へ進みなよ」

「はい……っ」


「タクト、ご無事で何よりです」

「頭主様こそ…良くぞ無事で。ルルトアちゃんもね!」

「タクトさん…」


 ソプラの態度から反省の色を確信し、タクトは短く返事をした。長々と話すのは自分の役目ではないとカノンに気遣っての短さだ。


 泣き止んだルルトアは涙声のままタクトの名を呼び、頭を下げた。感情の整理に時間を要す為、多くは話せない代わりに精一杯の感謝の気持ちを伝えた。目元はしっかりと腫れているが、胸中はスッキリと晴れていた。


「ビワ、タクト数日以内に後処理を終わらせフェスト開幕といきましょう」

「「はっ」」


「フェスト、…」

「そうフェスト。ルルトア舞台へ立つ覚悟、出来てますね」

「舞台…!立ちますっ、舞子として必ず!…あ、でも私は良くても同じ舞子のフォルテのほうは……」


「心配要らないよ。フォルテくんは体力が有り余ってるみたいだからねぇ…!」

(顔怖い)


 カノンは母親の顔から頭主の顔へと戻り、二人に指示を出す。カノン、タクト、ビワの三人が揃った時、場の雰囲気は粛々と引き締まる。若者のソプラが間に入るにはまだ場数が足りない。


 フェストの現状は中止ではなく延期。鶴の一声は日を跨ぐことなく街中に知れ渡るであろう。

 ルルトアはフェストの花形役者とも言える舞子だ。数日前まで舞子としての自分に自信が持てずにいたが、此度の出来事により吹っ切れたようだった。


 ビワはフォルテの話題になると怒筋を浮かべ、ニッコリ笑う。目が笑っていない理由はルルトアには関係ない事だ。


――――――

―――

NO Side


 其れから三日間、戦よりも慌ただしい催事フェストの準備が滞りなく行われた。非戦闘員は勿論の事、戦士等も傷の癒えぬ状態で建物の修繕を行っていた。

 治療に専念させるのが理想だが、危険が伴う高所の修繕は矢張り常日頃飛び回る戦士等が適任なのだ。


 準備期間の間にアカメの真名が朧で正体が九尾狐だと告げられ各々自由な驚き方をしていたが、ご想像にお任せしよう。


 魔鏡、明鏡新星についても議論は成された。朧から諸般の事情が伝わり、フェスト後に詳細な話し合いが行われる事が決まった。今は朧に魔鏡の管理が一任されている。


 舞子二人はフェスト決行の報せにより、最終的な調整を踏まえ稽古に邁進中だ。


――――――

天音Side


「えっ!?リュウシンがフェストで伴奏を?!」

「そ!舞台には上がらずに客席でほんの少し、音を足すだけだから大した出番は無いよ」


 漸くリュウシンの手元に、馴染み深いかつての相棒リュートが戻る。二度目の襲撃直前に彼が話そうとしていた内容とは、吟剣詩舞の舞台で所謂"伴奏、囃子"の役割を担うと言う大出世の話であった。


「それでも凄いよっ!!」

「ありがとう」


「……」

「余所見してると危ないぞー」

「いっ!?」

「プッハハハッほらな」

「笑ってんじゃねぇ…!!」


 天音は建物の修繕と言った力仕事は出来ないがフェストの危険度が低い準備なら可能だ。宿屋から頭主邸へ向かう道中、リュウシンと再会し今に至る。


 二人が会話に花を咲かせる背景でリオンとランスは建物修繕の為に木材を両手いっぱいに持ち歩いていた。余所見したリオンの頭上からは崩れた大量の瓦が降り落ちる。


 …何だかんだ楽しそうではある。


――――――


「どう思う?」

「どうもこうもねぇだろ!チッ」


 技巧師三人の前にはファントムのエトワールが並べられている。戦士等が回収し、分析の為に技巧師の手元に回ってきたのだが、調べ始めるや否やクリートとハモンの表情は険しいものとなっていった。


「何時にも増して荒れてますね」

「フラット、確かめてみな。恐らく今回のエトワールは全員同じ造り手だ」


「はぁ…、同じ造り手。ぇ待ってください、今何と言いました…?此等を同じ人が…?!握っただけなのに使い手の体格が目に浮かぶ…。ヒビ割れても失われない光沢、分解して判る寸分の狂いも無いカラットの量……。そして何より、エトワールに対する真摯な熱意。此れではまるで…!!」


 ハモンの激昂は最近でも見掛けてはいるが、クリートも態度に出ていないだけで内情は穏やかではない。会話にならないハモンを一旦放置し、フラットにエトワールを渡す。

 一言付け加えて。


 杖、小剣、大鎌タイプのエトワールを見比べそして、気付く。ファントムの武器はただの汎用品に非ず、一作品ごとに丁寧に造られている逸品であると。加えて造り手の能力の高さにも恐れに似た感情を抱く。ファントムのバックには、秀逸な技巧師が居るのだと。


 手にしたエトワールは、どれもこれも初見の品であり分析して見なければ詳細な設計図面は判別出来ない。然し、調べれば調べるほど浮かび上がる人物が居た。フラットが思わず言いかけた名をクリートが静かに呟く。


「バジル先生」

「俺は認めねぇぞ!!」

「じゃあまさか、レコートもバジル先生が」


「エトワール…と言うよりは物造り全般の話な、造り手には其々特有の癖がある。腕が立つ造り手ってのは癖を巧く練り込んで唯一無二の作品を仕上げる。バジル先生も例外じゃないが…レコートはポスポロスの技術も含んで造られていたから気付くのが遅れた」


「脅されて造らされているとか……」

「脅されて造ったように見える?」

「いえ、見えません。…自らの意志で造らなければココまで精巧には出来ません」


 かつての先生が敵側に居るなど誰だって認めたくはないが正真正銘の現物が目の前にある。先日、ソプラが酒場で買ったと言うポスポロスの技巧が組み込まれたエトワールを解析していたが、バジル先生の物である可能性が急浮上し戸惑い、荒む事でしか正気を保てなくなりつつある。


 フラットの仮定は逃げ道に過ぎない。誰の目から見ても精巧なエトワール、技巧師の目から見れば尚の事、作製者の才能に惚れ惚れする。


「突然居なくなったと思ったら…何やってるんだあの人は!?」

「ポスポロス…か」


「ナチュラさん…シャープさん…」

?「その事について、話があります」

「ソプラくん!?どうして此処に?」


 バジル先生との直接的な関わりはないフラットは想像でしか人物像を思い描けないが、クリートとハモン、そしてエトワールから伝わる断片ですら才能溢れる良人だと告げる。


 重苦しい沈黙を破ったのはソプラであった。カノンらがフェストの準備を始めると同時にソプラもまた行動していた。


「丁度良い、レコートについて訊きに行こうかと思っていたところだ」

「僕も同じです」

「俺はまだ許しちゃーいないが聞かせろ」


「はい。…僕がファントムに片足を入れた時の話です。遠隔操作が出来る武器が欲しくてファントム専属のエトワール技巧師が住まう酒場に行き、その人と顔を合わせました。僕がリーズ一族と知るや否や一言謝って技巧師達にと伝言を託されました。


『ポスポロスの技術は奥深い、今の内に慣れておきなさい』…と。あの頃の僕は血迷っていて…。それ以外の事は思い出せません」


 タイミング良く現れたソプラに話の続きを促すクリートと未だにフェスト用エトワールを壊された事を根に持つハモン。心の中でハモンに謝罪しつつレコートを造った人物についての話を進めた。


 顔は(おろ)か、専属技巧師の話すら碌に覚えていなかったソプラだが言伝だけは鮮明に記憶に残っていたようで、フェスト開催で有耶無耶になる前に駆け足でこうして伝えに来た。如何様な伝言か、息を呑んで見守っていたが余りにアッサリとしていたので神妙な面持ちから一転、呆気に取られていた。


「それ、だけか…?」

「その一言だけです」

「そうか。…ありがとう」


「あの人の説明は何時も遠回しで解りにくい…。結局何を伝えたいんだ」

「解りにくいように見えて本質は言葉の通りだ。何時もそうだったろう。…ポスポロスの技術に慣れろって意味」


「だから…!ソレが何を意味するのかが解かんねぇって意味だ!!」

「言葉通りに行動すればその内見えてくるだろ!」

「その内って何時だよ!?」


「ナチュラさん、シャープさん落ち着いてください。年下の前でみっともないです。ね、ソプラくん」

「いえ…僕は別に……ハハッ」


 拍子抜けも拍子抜け。バジル先生と断定した訳ではないが一同は本人だと決めつけ伝言の意味を考える。かつて弟子だった二人は完全に意見が割れ、言い合いに発展しそうになるが、フラットのお陰で二人は睨み合いだけで済む。


 ニッコリと笑いかけるフラットに対して否定も肯定も出来ないでいるソプラであった。



 エトワール技巧師と次期頭主が工房で話し込む中、別の場所でもとある人物達が意見を酌み交わしていた。


――――――


「ごめんなぁ…」

「構わん。寧ろコレが正しいのだ」


 スコアリーズの地下牢にはファントム所属の彼等が居た。不貞寝中のソワレと奥でそっぽ向くコケラと牢の前に居るオルクと会話するキャス。堂々と胡座を掻き、牢内とは思えぬ人の良さそうな笑みで口角を上げる。


「せめてラルカフスだけは外してもらえるように旦那をもう一度説得するから」

「何度頼んだとて俺の罪は消えない。気付かせてくれたのはオルクでは無いかっ!暫し、ラルカフスと共に過ごそう。俺の身体に染み付いた返り血を忘れぬ為にも」


「キャス…」

「叶うならファントムを抜け、スコアリーズの戦士に…と願うがファントムに恩義を感じているのも、また事実。物心付き始めた頃から孤児院で育ち何もなかった俺に生きる目的を与えてくださった」


「ファントム、抜けれると良いな!」

「ケッ。本当にファントムから抜けられるとでも思ってんのか?」


 善悪の区別を知る機会に恵まれなかったキャスはオルクと出会い、変わった。自らの所業と向き合い反省の色を見せる。キャスの変化が嬉しかったのか、オルクも口角を上げ太陽のような笑みを向けた。


 ファントムの離脱を望む二人に水を差したのは壁際に座るコケラだった。特別声量を出した訳ではないが良く通る声は地下全体に響いた。


「む、コケラか。分かっている。脱走を試みた者は必ず死よりも恐ろしい苦痛を味わい、最後は無残に殺される」

「それだけじゃない。任務が失敗したと分かれば、来るぞファントムが」


「スコアリーズに来てキャス達を連れ帰るつもりなのか」

「そんな甘っちょろい連中じゃねぇよ」

「来てしまったなら、潔く受け入れよう。スコアリーズに、オルクに、迷惑は掛けたくないのだ」


「巻き込まれたって良い。だって俺達は仲間だろ?遠慮すんなって!」

「っ嗚呼」


 一度目の襲撃後、ローグはファントムに現状を報告したが、二度目は誰も報告出来ずにスコアリーズに拘束されているので様子見に来る可能性が極めて高い。否、様子見だけで済ますほどファントムは甘くない。


 ファントム同士の争い事にスコアリーズを巻き込みたくないと話すキャス。何処までも前向きな性格のオルクは、彼を仲間だと言い切る。救われてばかりの自分は中々に一歩目が遠いと内心感じていた。


「…ローグの奴は生きてっか?」

「一命は取り留めたって旦那が言ってたぜ」

「そーかい…。用事が済んだんならとっとと出て行け。てめぇの顔は癪に触る」


「また来るからな!」

「待っているぞオルク!」

「来るなつってんだろうが」


 最後の最後にコケラはローグの生死を問い、相槌を打ってオルクを追い出そうとするも、恐らく明日も時間を見つけては足繁く会いに来るだろう。


――――――


「「ふぅ…」」


 頭主邸の稽古場にて。

 最終調整であるリハーサルを終え、フォルテとルルトアが疲れ切った様子で息を切らす。それもそのはずフェストの準備期間中、二人は休む間もなく稽古に打ち込んでいたのだ。


 稽古場には二人の他に指導者として、カノンとビワも居た。舞子達も忙しいが指導者二人も舞子達以上に忙しい日々を送っていた。稽古指南は勿論の事、催事の詳細な日程や修繕作業を何処まで進めるか等、諸々の調整を行っていた。


「ルルトア、怪我は完治しましたね」

「はい!完璧に治ってます」

「舞にもキレが増した…。けれど、怪我の具合とは関係なさそうね」


「フォルテくんも流石!」

「ビワさんのゴシドウあってのことデス…」

「遊びたい年頃だもんねぇ」

「そんな、まさか」


 母娘の会話の横で空気がガラリと変わる。決着がついた三日前、フォルテはこっぴどく叱られた。ルルトアは致し方ない部分もあり叱咤するにしても、ついつい甘く緩くなるがフォルテは外に飛び出す理由が弱い為、ビワが目くじらを立てる結果となった。


「失礼します。頭主様、ビワさん、全日程の最終確認をお願いします」

「…」

「分かりました」

「ルルトア、フォルテ明日のフェストに向けて今日はゆっくり休みなさい」


(いよいよ明日…!)

(…すっごい睨まれた)


 数回のノック音の後に姿を現したのは黒髪の男性、彼はフェスト関係者だ。彼の隣にはキャロルも居た。舞子達の何方にも個人的な恨みがあるのでバレない程度にキッと睨み付けカノンとビワが退出するまで視線を外す事は無かった。


「フォルテ、訊いてもいい?」

「ん?なに」

「どうして私を舞子に選んだの…?最終的に決めるのは頭主様だけどフォルテも推薦してくれたって」


「あぁ、それは…キャロルが苦手だから」

「あ〜…」

「もちろん理由は他にもあるよ!?…俺達舞子が一番大切にしなきゃいけない要素って何だと思う?」


「才能?それとも度胸?」

「それも大切だ。でも一番は演技力」


 二人っきりとなった稽古場で、ルルトアが切り出す。気になっていたが訊けずにいた疑問を彼女は遂に訊けた。内気なルルトアの成長にフォルテは驚かされ、フッと笑うと冗談混じりに質問に答えた。


 負けん気の強い高飛車気質のキャロルは苦手意識を持たれやすい。冗談のつもりで発した言葉に納得されてしまったのでフォルテは慌てて真面目な理由で修正した。


「纏様と十六夜様を吟剣詩舞で表現する為に必要なのは自我じゃなくて演技力って訳!俺はルルトアの方が十六夜様に向いていると思ったから推薦したんだ」

「……!」


「本番に至る道筋は長かった。俺もいっときは諦めかけてたけど、今は全身に力が漲る。最高の舞台にしよう」


「ーうんっ。以前より前を向けるようになったと思っても独りで舞台に立つ勇気はまだ無くて……隣にフォルテが居てくれたら心強いよ」

「舞子は二人で一人だからね」

(…本当に強くなった)


 完全に吹っ切れたルルトア。彼女の成長を間近に感じていたのは家族だけではなく、片割れ舞子のフォルテも同様だ。二人は稽古以外で会話する機会が少なく、交流もまちまちだが互いの"舞"を合わせるごとに信頼関係が一段と深くなっていった。築いた関係は自信へと繋がる。




 一度は遠退いた吟剣詩舞の舞台、フェストは明日開幕する―――。

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