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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
スコアリーズ編

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53/124

第53話 ユイナとシグレ

 リオンVSソワレの戦場


「はっ!」

「はぁっ!!」


 二人の実力差は定かでは無いが、エトワールの扱いに長けているのは何方か、一目瞭然である。リオンとて打刀一振り程度はお手の物だがソワレの小剣の扱いはリオン以上だ。三叉槍を失い、馴染んだ小剣に武器を変えた事で逆に切れ味が増していた。


「何時までもそうやって避けれると思ったら大間違いだッ!」

「く…。(ぬる)いな、さっさと倒してみろよ」

「はぁ!?ムカつく!」


 刀身の伸びた小剣を大振りするソワレ。右手で放たれた剣先をリオンは打刀で受け止め、彼女の身体ごと飛ばそうとするが透かさず左手の小剣を振るう。想像に容易い二撃目は盾変化でガードする。エトワールを二つ持ちしている為、大振りしても難なく追撃が可能なので短気なソワレに合っているエトワールと言えよう。


 ソワレを押し返すには形勢不利だと考えたリオンは押し込むと見せかけて一歩大きく後退した。ソワレの攻撃から逃れたのも束の間、迷わずリオンを追い二刀流の捌きを披露した。打刀を鞘に収め両手が自由になったリオンは連撃を紙一重で躱しつつエトワール式法術発動の機会を窺う。


(どうすりゃコイツの動きが止まるか…)

「ボクに渡して。ボクのほうが巧い!!エトワールの名前、教えるだけで良いから」


「大事なモンだからな。手放さねぇよ」

「直ぐに手放す羽目になるから!!」

「てめぇには、もう既にエトワールがあんだろ!?」


「そう!!良いでしょ!ボクのエトワール手にしてから一度も壊れてないボクだけのエトワール!!」

「エトワール式…」


「当たらせないって!!!」

「ぐっ」


 意識がエトワールに削がれ、普段使いの法術すら使わなくなったリオン。エトワールで決着を付けるつもりだ。慣れない技をぶっつけ本番で放とうとする彼の度胸とプライドは昔から変わらない。


 自分のエトワールを会話に持ち出され、ギザ歯を見せながらテンションを上げるソワレ。僅かに隙が生じた瞬間、打刀を抜刀して流れのままに法術を撃とうとするが、簡単には撃たせてもらえない。抑、此処で決められたら何度も戦ってはいないのだ。


 リオンの目線の先に小剣をぶつける事で彼の視界を遮ると同時に身構えさせる事が出来、ソワレが攻める側となり優勢に立てる。


「身体固いぞーリオン」

「ランスてめ、適当な野次飛ばしてんじゃねぇ!」

「エトワール使い方ヘッタクソだなー」


「ランス!!」

「余所見、するな!!!」

「ッ!…ランス、後でぶっ飛ばす…」

「ボクにちょーだい!」


 三叉槍の手入れをしながら観戦中のランスはリオンに適当な野次を飛ばす。別段、意味は無いがリオンは知略より本能で動くタイプなので野次を飛ばした方が身体が(ほぐ)れると考えランスは実行した。実際リオンの動きに切れが戻ってきたようにも見える。


 ランスを睨みつけ、ソワレから視線を外すリオン。自分と戦っているにも関わらず、余所見する余裕があるリオンが気に食わないソワレは二つの小剣を縦に振り下ろした。盾変化は間に合ったが衝撃までは吸収出来なかったようで上体が下へ沈み、ランスへの報復を堅く誓った。


 左手の小剣を逆手持ちにし、リオンの打刀へ手を伸ばした。沈んだ体勢のまま蹴り上げてソワレの魔の手から間一髪で避けるとリオンは打刀を振るう。横一文字を右手の小剣で受け止め、左小剣の持ち方を戻して再び斬り合う。


「!?っよ、と」

(お、今のは舞子ぽい)


「くぅ〜!!全然取れない!!なんで!?」

「なぁに俺より刀の扱い慣れてる奴の動きを参考にしただけだ」


 ソワレの動作は只、単純に振り翳しているのでは無く隙あらば打刀を略奪しようとの魂胆が見え透いていた。小剣を下から掬うようにして当てる事で打刀を上空へ飛ばし、それを奪い去ろうと躍起になるがリオンも黙って奪われるような玉ではなかった。


 下から当てられた際に、態と微妙に打刀を浮かして次の瞬間には柄を握り打刀の向きを変える。何度か繰り返しながら、時には斬り込みソワレを往なす。一連の行動はランスも思う程に舞子の所作によく似ていた。

 それもそのはず、魔鏡の欠片を探す途中で見せてもらったフォルテの剣舞を参考にしており、粗さは否めないがソワレ一人避ける事など造作も無い。


「おりゃぁあっ!!」

「はぁっ!」

(…!フッ)


「どうやらリオンも見つけたようだ」

(敵が絶対止まる瞬間を)

「たった今、お前は俺に勝てなくなった」

「ボクが勝つんだってば!!」


 埒が明かないと踏んで、ソワレは一旦リオンから距離を取る。速攻で真っ直ぐ向かうと見せかけ小剣を大振りしリオンが打刀で防御しようと刃を近付けた瞬間、地を蹴り勢いで縦に一回転して加速したスピードを小剣に乗せて振り下ろす。


 彼女の行動を目で追ってしまい、一歩対応が遅れるリオン。下から斬り込むが左頬が擦り切れ髪の毛も数センチパラパラ落ちたのみで、幸いにも流血は戦闘に支障を来す量を下回っていた。ソワレと睨み合いが続く中、リオンはふと勝ち筋に気付く。


「は…?なにを」

「ふっっ!」

「グッ!これしきのこと…!!」


 そこから先の行動は速かった。リオンは打刀をパッと手放し、下へ落とした。突然の奇行に眉を顰めるも小剣を握る手を弱めるつもりも無く、ソワレはリオンを仕留めにかかる。打刀を手放し小剣と自分との間に盾を出現させ防御すると打刀が地面へと落ちる前に拾い上げ、手首を狙った。


 リオンの狙い目が手首だと察したソワレは回避する為に身体を浮かせ後方に下がろうとしたが、打刀の方が一秒早くソワレの手首に届きリオンの頬より酷い出血を負った。形勢が不利にならぬようにソワレは一度後退し、体勢の立て直しを図る。


 直後、打刀が彼女の目の前に"飛んできた"。


「ちゃんと受け取れッ!」

「え、…!?はは、何考えるか知らないけどコレでエトワールはボクの物だ!!」

「終わりだ」


「ーッ!!ゔッッ」

「目ン玉ひん剥いてよーく見ろ」

(負ける?!ボクが?)

(成功するか、…)

(負けたくないっッ)


 気迷ったか、リオンが投げつけた打刀を小剣を捨ててキャッチし悦に浸り打刀の造形美を確かめる。故にリオンの接近には気付けず、気付いたところで動けない。リオンは飛び上がって駆けるとソワレの片足を思いっきり踏み付け身動きを制限してから打刀の柄を握った。


 エトワール式法術の使い方が初心者なリオンは敵を足止めしてからで無いと当てられるか五分五分なところ。なのでソワレが"必ず"足を止める瞬間を作り出し、遂に放った。


「〈エトワール式法術 結時雨〉!!!」

「ーー!!!」


 打刀、結時雨(ゆいしぐれ)を中心に辺りが光に包まれる。ソワレに結時雨が当たる、当にその時、()()が変わった―――。


―――――― ―――


「此処は!?」

(水晶石…じゃねぇな)


 まるで、透明な硝子瓶に幽閉された様な気分に陥る。不可思議で曖昧な空間が彼方まで広がっていた。一歩進めば、天色の地面に白い波紋が浮かび上がる。不可解な事に地面は水面でも、空間は水の中でも無いが、辺り一帯に水の気配を感じていた。


?「ずっと待っていたよ」

「!…お前らは」


「エトワールの中に眠る魂ってやつ。僕の名前は"ユイナ"そして、僕の後ろに隠れているのが"シグレ"」

「ユイナとシグレ…。魂との邂逅、承認の話は本当だったんだな」


「信じてなかった?」

「全然な」


 揺らぐ波紋は一つから、三つへ。

 何処からとも無く少年二人がリオンの前へ現れた。リオンと話す少年の名は"ユイナ"、深海を彷彿させる黒色の髪は上に行くに連れ鮮やかな青へとグラデーションしている。同色の瞳を細め、リオンを映す。ユイナの後ろに隠れているのは"シグレ"、ユイナより身長が低く気も弱そうだ。ユイナの影に隠れ一向に前に出ようとしない。


「僕はずっと認めていたよリオンのこと。名前を呼んでくれる日を待ってた」

「済まねぇ、名前を知るのが遅くなった」


「ううん。戦いの邪魔してごめん…シグレがどうしても会いたいって言うから」

「…リオン……」

「ん、どした」


「海、見たことある……?」

「あぁ、アルカディアに繋がってる海だろガキの頃は毎日通ってた」

「そっか、そっかぁ…毎日か。良いな……」


 おずおずと顔を出すシグレと目線を合わせる為に屈む。出来る限りシグレを刺激しないように表情と声を柔和にする。気弱な子供に何時も通りの態度で接していれば怖がられるのがオチと分かっているので会話速度もシグレに合わせる。


 メトロジアの海と言えば、思い付くのは故郷ワープケイプ。かつてリオンが少年と呼ばれていた頃足繁く通った海原を思い出し、フッと笑みが溢れた。リオンの回答にシグレは心の底から羨ましいと言った呟きが漏れる。


「海が好きか?」

「うん。好き…でも怖い」

「シグレ…」

「海が見たかっただけなんだ……なのに」


「僕達はエトワールに眠る魂。…現実世界で死んだ後に此処に来た。本当に軽率な行動をしてしまった…僕の所為で僕が死んで弟が、シグレが死んだ」

「何があった?」


「僕達が死んだのはずっと昔の話、リオンが生まれる前の話…」


 好きかと問われ、好きだと即答しながらもシグレは悲しげに俯く。寄り添うように手を繋ぐユイナは自分達が何故故エトワールの中に居るのか静かに語った。


―.其れは一夜戦争が興る前の話。

ユイナとシグレは海とは程遠い場所に産まれ暮らしていた。シグレは病弱で発熱頻度も高く、遠出の経験が無かった。病弱な弟の為に喜びそうな物を見つけてはプレゼントする弟想いの兄、ユイナ。


―.ある日の事。

ユイナが買ってきた絵本を彩る海に惹かれたシグレは一度で良いから海が見たいと呟き、咳き込んだ。今日は軽い咳のみでシグレの体調も良かった。…ユイナは海を見せてやりたかった。だからシグレを誘って二人で海が見える場所まで出掛けてしまった。


―.忘れられない運命の日。

拙い兄弟、弟は病弱でとても辿り着ける距離では無かった筈が奇跡的にワープケイプまで着いた。早速、海辺へ向かい二人はキラキラとした水平線を知った。初めての遠出で若干興奮気味な兄弟が船に興味を持つ。至極当然の事ではあった。


―.其の瞬間。

船に乗り込む、直ぐに帰るつもりだったが突然動き始めた。二人が海の乗り物に乗るのは初めてで、軽くパニックに陥る。船の中にある部屋でウトウトしていた二人は慌てて外に出る。大人達が気付く前にシグレは足を滑らせ…。


―.身体が動いた。

シグレに向かって手を伸ばすがユイナの手は届かず、小さな身体は海へ落ちた。大人達が気付いたのは落下音では無く、ユイナの悲鳴に近い叫び声だった。大人達がユイナに話し掛ける前にユイナは海へ飛び込んだ。


―.視界が海色。

沈むシグレの身体を引き寄せ、助け出す。何とか意識があるシグレを降りてきたロープに掴まらせ、自分も掴もうとした瞬間…突如全身から力が抜け、海に身体が攫われた。初めての海、碌にしていない泳ぎの練習と準備運動、未熟な身体。痙攣した足では海上に留まる事も出来ず、ユイナは意識を失う。


―.後悔と懺悔。

救助されたユイナの身体は驚くほど冷たく遂には意識が戻る事は無かった。シグレも環境変化と疲労が祟ったのだろう。直後から元々病弱だった身体は一層弱々しく、ユイナの死から数日後に後を追った。


「僕の身体を引き上げてくれたのはリオンのお父さんなんだ。あの日、船は全部で五隻。僕達はあの人とは一番遠い場所の船に乗ってしまったから助からなかったのかも知れない、でも微かに見えたんだ。あの人が必死に手を伸ばすのを」


「親父…そうだ、エトワールの元の持主は親父だったな」

「エトワールに魂を移すってことは来世を諦めるってこと。僕達が去ればエトワールも死ぬ」


「ここに居たかったから…今のお兄と一緒に居たかったからエトワールの中で眠ることにした。…リオンのお父さんと……エトワール造ってくれた人は僕らを繋いでくれた恩人」

「親父がエトワールを俺に渡した理由、分かったような気がする。エトワールじゃなくてお前達を託したんだな」


 父親の話題を出され元々の持主を思い出す。ユイナが語るリオンの父親は反射神経で他人に手を伸ばせる優しい人間だ。父親の人間性を垣間見たリオンは会った事の無い父親の姿を幻視した。


 魂だけの存在となり、エトワールの中で眠るとは他人が思うほど簡単では無い。輪廻の巡りから自ら降りなければならない。相当な覚悟と意志が無ければエトワールは朽ちゆく運命。自分よりも二周り子供な兄弟の思いの強さを感じ取り、リオンはユイナとシグレをしっかりと眼に焼き付けた。


「この場所に俺の親父も居たんだな…」


「ずっと謝ってた。助けられなくてごめんって。悪いのは全部僕なのに」

「…だから、ありがとうって返事をした。お兄に会えたから」


「そうか…。んじゃ、そろそろ戻るか」

「戦いの邪魔してごめん」

「…ありがとな。親父の事」

「「!」」


「あの人はリオンよりエトワールの扱いが丁寧だったよ」

「あー…悪かったな雑で」


 二人はリオンの父親と話した日の事を思い起こす。責任感が強いらしい父親は会うなりいきなり謝る、何度も何度も。だからこそシグレは、ぽつりと御礼を言った。


 一通りの会話を終えて、曲げていた膝を伸ばすとリオンは現実世界に戻ろうとする。そんな彼に対し最後に頭を下げたユイナ達。先程の会話と同じだ、謝罪の返しに感謝の言葉を述べ下げた頭をポンポンと撫でる。リオンの思いもよらない切り返しに頭を上げ、温かい掌の感触を確かめた。


 冗談を挟みつつ、漸くユイナもシグレも満面の笑みを浮かべた。


「これからも宜しくね」

「嗚呼」


(リオンもリオンのお父さんも一緒。僕達が目指した青い広い海のような器を持ってる)


―――――― ―――


「はぁぁっ!!!!」

(エトワール、掴めない!!?)

「あ゛ぁーーッッッ!!」


 場面が戻り、戦場。放つ結時雨は水面揺らぎで何者も掴めやしない。振り下ろした一秒後ソワレの断末魔が轟く。勝敗は決した。


 リオンVSソワレ 勝者リオン。


「成功した……コレが結時雨の威力…」

「コイツらは何度も俺を救った」

「会えたんだ。神器に眠る魂に」


 よくよく思い返せば、初めてソワレに会った日も結時雨は独りでに発動した。過去を振り返って、レオナルド戦でも結時雨が無ければ今頃どうなっていた事か。更に言えば天音と扉を抜ける際にも咄嗟に打刀を抜刀した。エトワールを受け取ったあの日から三人の縁は結ばれていたのだ。


「うぅ」

「!」

「っまさかまだ意識が!?」


「そんな訳ねぇ…暫くは立てない筈だ」

「うっー…」

「の、ようだ。吃驚させるなよ全く」


 呻き声が聞こえ、リオンとランスは警戒態勢に入るが結時雨をまともに喰らったソワレは起き上がる事無く気絶した。ようやっと一息付ける二人は弱まった雨に打たれる。晴れ間が見え始めた。


「そういやぁランス、てめぇよくも言いたい放題言いやがったな」

「えっ。ほらあれはその発破だって発破!」

「てめぇをぶっ飛ばさなきゃ気が収まらん〈結時雨〉!」

「うわっ待て待て話せば分かるって!!」


「はぁ!」

「ぎゃあ!?」



 矢張り、結時雨は雑に扱われる運命なのか。リオンVSランスの第二ラウンドが始まろうとしていた……。


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