第51話 カノンVSアクト
スタファノSide
「ティ〜アナ!」
「…」
「ティアナってば〜」
「…」
「ティアナちゃん??」
「おい!」
「やっと振り返ってくれた〜」
弓箭タイプの神器アルコバレーノを獲得しエピックとコケラが待つ戦場に駆け足で向かうティアナだが、背後から緊張感のないだらしない声が自分を呼ぶ。スタファノを無視して突き進むが、ちゃん付けで呼ばれ思わず鬼のような顔で振り返った。
「手、出してみて」
「っあたしは別に」
「治癒させてよ」
「…時間はかけるな」
「は〜い」
スタファノの意図に気付き、そっぽ向くも一声トーンを落とした根っからの優しい声にティアナが折れて、火傷痕が残る両手を差し出す。陽気な返事に似合わない男らしい手がティアナの手に絡まる。
「〈治癒法術 スペランツァ〉…。治ったよ〜」
「お礼は言わないからな」
「分かってるって!」
治癒法術発動直後、桃色のデイジーの花冠がティアナの額に現れる。両手の火傷痕は淡い光を放ちながら徐々に消え掛かり程無くして完治した。同時に額の花冠も消え、ゆっくりと両手を離してスタファノはへらへら笑う。
「ティアナ、オレ旅の目的決めたよ」
「ほー」
「聞きたい?聞きたい!?」
「興味ない!」
「後で教えてあげるね!……それから、目的の為にオレも戦う事にしたよ」
「…あんた戦えるのか」
「一応ね。使う機会ないと思ってたケド」
唐突な旅目的の宣言を聞き流すティアナ。深い意味はない、ただ興味ないだけだ。加えて今はだらだらと無駄話をしている暇は無いのだ。
二つ目の宣言はティアナにも直近のコケラ戦にも関わる事なので一応、それなりの反応を見せた。スタファノの戦闘スタイルを知らぬティアナは脳内で一頻り想像すると満足したのか、走るスピードを上げた。
因みに治癒する際、手を絡ませる必要は皆無だったのだがティアナに知られると不機嫌さが加速してしまいそうなのでスタファノは黙秘を決め込んだ。
ティアナとスタファノは先を急ぐ。
――――――
カノンVSアクトの戦場にて。
「〈エトワール式法術 脈楽音〉」
「芸がねぇな。何度も効くかよ!!」
檜扇の様相が変化し、部屋全体がうねると太枝がカノンの周りから出現する。天井を含め、計六本の太枝が一斉にアクトを襲う。アクトは嘲笑を崩さず余裕で避け続け、更に太枝から何本も分裂した細枝が現れても自慢の鎖で叩き落とす。
脈楽音に順応してきたアクトは鎖での回避に飽き足らず、細やかな鎖を使い太枝に乗ると湾曲を利用して枝の上を自由に滑る。太枝のバランスが崩れるとまた別の太枝に移り同様の行為を繰り返す。細枝が迫っても弾き返し彼には掠りもしない。
「てやぁぁ!!」
「…〈エトワール式法術 歌風〉」
「おっとっと、ハハッ破れたり」
「霊族、貴方は二度と日の目を見る事は叶いません。魔鏡を知る者は生かしておけない」
「何勘違いしてる?先に死ぬのはそっちだ。オレの鎖が心臓を貫く。結果は決まってんだよ!!!」
太枝を伝い、カノンの前に現れたアクトは何本もの鎖を彼女に向ける。鎖のスピードは素早く普通の人間には目で追うのがギリギリだ。カノンはと言うとステップで短く後退し右側の鎖を檜扇で往なすと状態を左寄りへと傾け鎖と鎖の間に割り込んで、再び右側の鎖を往なす。此れを何度か繰り返し鎖が離れるとカノンも太枝に登りアクトと目線を合わせ歌風を発動した。
歌風の発動を分かっていたような反応速度で、アクトは鎖で身体を覆い別の鎖で壁を突き刺し自分を固定すると無傷のまま攻略してみせた。部屋全体の植物が瞬間的に消え去り二人は静かに着地し、口を開いた。
沈黙の時は僅か、一秒。好戦的なアクトが鎖と共に飛び出す。図らずも後手に回ったカノンは鎖は檜扇で、組手は組手で返した。アクトが鎖を纏わせ攻撃した際には正面から受けずに流動的に受け流し回避した。
(?決して動きやすい服装ではない、なのに何故動ける)
「気になりますか?私が動ける理由」
「!」
「大根役者、顔に出ていますよ」
「ー!どんだけ動けようが関係ねぇ。オレの前に敗れ去るのみ。はっっ!」
「〈脈楽音〉!」
ふと、疑問に思う。カノンの留袖に似た五つ紋の装束に身を包んでいる。留袖と言えど、袖丈はそれなりにある。足幅の制限もある。戦闘に適した装束でない事は誰の目にだって明らかだ。アクトには理解出来ない、カノンが何故故に自分と然程変わらぬ動作が出来るのかを。
されど、カノンは答えず口減らずなアクトに一言言わすと戦闘に集中した。
鎖の先端を鋭利な形状に変え、カノンを捕捉しに掛かる。前後左右から相手を絡め取る動きを見せる幾つもの鎖を直前まで引き寄せ脈楽音を発動させた。カノンを覆い掛けた鎖は一斉に弾かれ、変わって太枝と細枝が伸び伸びとアクトを襲う。
アクトに脈楽音が迫れば鎖で弾き、カノンに鋭利な鎖が迫れば脈楽音で弾く。一進一退の攻防が続き戦況は拮抗していた。
(フッ…馬鹿が)
「っ!?」
「ハハハッ掛かったな。鎖の色が全部同じだとでも思ってたかぁ?!」
「うぅ。……フフッ奇遇ですね。同じ事考えてた…」
「なっ!?ゔっ!!クソッ、…!」
ジワジワと、獲物を狙う蛇のように鎖を這わせるアクト。ド派手で操る鎖は王手を掛ける為の手段に過ぎない。壁際に寄った鎖の色は背景に溶け込み、戦闘中のカノンは気付けず太枝の間を潜り抜け一気に色と太さを変え、今度こそ捕捉しに掛かる。背後に突如として出現した鎖にハッと振り返るも遅い。カノンの身体は鎖で縛り上げられ、床から数センチ浮く。足場が無いと言う事はそれだけで気力が削がれる。
余裕綽々と高笑いしながらカノンを縛り上げ窒息させようとするが、彼女は不敵な笑みを浮かべアクトと同様の戦法で細枝を這わせ、瞬間的に細枝から太枝を生やし拘束する。片脚のみ床面と固定し、片方は浮かせて縛り付ける。天井からも枝が降り首回りに纏わり付く。首が締まる上に脈楽音は生命を吸い取る木々の生成、二倍苦しむ羽目になった。
「うっ…!」
「くっ!!」
(早急に脱出しなくては、…)
「ーっ!」
「木、如きが鎖に敵う筈ねぇだろ。…てめぇより早く、てめぇを締め殺す」
「であれば、次のステップへ移りましょう」
カノンとアクト、互いに首と身体が締まり後がない状況。先手を如何に速く打つかで優劣が付くと考えたアクトは色を変えた鎖をカノンに近付け、殴打した。それだけでは死に直結しないが意識を逸らす事で太枝の縛りは弱くなり、その隙に脱出を図る。
苦しみながらもカノンは檜扇を手放さない。アクトが先に束縛から逃れ、自由の身となりカノンを一層強く締め出した。当にその瞬間彼女は檜扇の新たな能力を発現させた。
「〈エトワール式法術 霖合奏〉」
「室内に雨?」
「当然、只の雨ではありません」
「ーーなにっ!!!?」
「酸の雨、鎖を抜けるなど造作も無い」
「ふざけた能力がッ」
(出来る事なら使いたくなかった)
霖合奏の能力は酸の雨を降らせる事。アクトの能力で出現している鎖は普遍的な金属だ。幾ら拘束力があろうと、鋭かろうと、酸の雨には勝てまい。金属は酸化し軈て腐食する。長い期間を置く場合もあるが霖合奏はそれを数秒の内に行う。
「…ふっ最初っから使わなかったのは万能な力じゃないからだろ?デメリットがある。違うか?」
「ご名答。影響が大きすぎるのです。然し、話してばかりで良いのですか?貴方の肩…使い物にならなくなりますよ」
「ゔぐっ!…人体にも影響するのか」
カノン自身を縛る鎖に霖合奏を当てると見る見る内にボロボロになる鎖。少し身体を動かせば容易に拘束は解け、序に腐食した鎖は何時の間にか消えていた。形勢が振り出しに戻り中々決着がつかない状況に苛立ち混じりの焦りを吐き出したアクトは冷静に思考回路を回し、答えに辿り着く。
脈楽音によって生み出された植物には一切影響はないが、よくよく見渡すと霖合奏が当たった壁は腐食していた。そして、使用者のカノンは何ともないのだが使用者以外の人間にも霖合奏は影響する。太枝を伝い右肩に一滴落ちただけでアクトの右肩は忽ち変色し腐食した。
「特効薬はありますが…。酸の量を調整する必要がありそうですね。雨は色無き鎖の居所を教えてくれる」
「なるほど、それが狙いか。分かったところで全てを避ける事など出来やしない」
「〈霖合奏〉この程度で十分。肌に当たると少し、痛いかと思いますが構いませんね」
(エトワールさえ壊せば、どうにでもなる)
「てめぇの武器はエトワール一つ、対してオレは無限に増える鎖…勝敗は端っから決まってる」
「神器には、まだお見せしていない能力があるのですがお忘れですか」
「出る幕は無い」
「おや。幕引きを決めるのは最後まで舞台に立っていた側ですよ」
霖合奏が人体を腐食させた場合、特別に調合した特効薬が役立つ。滅すべき敵であれば薬を差し出す必要は無いが尋問を行う必要性が出てきた場合は、霖合奏が原因で死なれては困るので檜扇を閉じ解除する。
酸の威力を調整してから再び檜扇を開く。人体に当たれば少しチクチクする程度まで威力を落とす。霖合奏を続けざまに発動させる理由はアクトの鎖にある。彼は二種類の鎖を使い分け始め、中でも背景に溶け込む鎖が厄介だ。そこで霖合奏の出番となる。鎖の色だけが変化している状態なので雨に当たれば居場所が判明する。だからと言って、避けられるかは別問題だ。出来る筈無いとアクトは見下し攻撃を再開した。
「はっ!!」
「ふっ!…〈歌風〉」
脈楽音は解除していないので部屋全体を覆う植物はそのままに、前へ出るアクト。鎖の出し惜しみはせず、黒色の鎖と色無き鎖の二種類がカノンを襲う。左右から黒鎖が三つずつ、正面から不自然な位置で雨を弾く鎖が二つずつ。
カノンは先ず、天井スレスレの位置まで飛び上がり色無き鎖二つに対し、右側へと薙ぎ払う。次にカノンが上に飛んだことで下から這い上がって追う動きを見せる左右の黒鎖に対しては歌風を発動させて風圧で一気に叩き落とし、太枝に足を掛け追加された二種類の鎖を回避しつつアクトに着実に向かう。
「ふん。枝、利用するのはてめぇだけの特権じゃねぇよ」
「当然」
アクトに近付いたと思った矢先、彼が飛び出した。太枝から足を離し空中のカノンと地を蹴り上がったアクト。空中では回避不可能と踏んでタイミングを見計らった彼は黒鎖二つを喉元に伸ばす。
アクトの動きを予測していたらしいカノンは余力を残して飛び降りた為、喉元に迫りくる黒鎖の一つを檜扇で叩き残り一つを左手で掴みアクトをグイッと引き寄せようとするも背後に色無き鎖が一つ。カノンにバレぬように遠回りで回り込ませたのが功を奏した。
カノンは黒鎖を手放し空中で向きを変えると檜扇の面で受け止めて威力を殺し、色無き鎖を上に仰け反らせてから不本意な体勢で床に着地する。一方のアクトは解放され、余裕を持って太枝に着地した。
「死ねッ!」
「ふっっ。…っ!!」
「隙あり!!」
「っ…〈脈楽音〉」
着地した直後に身体が横に流れながらも体勢を整え、カノンはアクト、正確にはアクトの鎖目掛けて飛んだ。アクトも二種類の鎖を放つ。色無き鎖をカノンに、黒鎖をカノンの檜扇に向かって放つ事で彼女が処理する情報を増やし混乱させる魂胆だ。
カノンが隙を見せた。檜扇を振るう途中で遠くを見つめる両目が見開かれた。
たかが一瞬、されど一瞬。アクトは隙を見逃してあげるほど優しくは無い。檜扇に向けていた黒鎖の軌道を変えて足元を掬わんと回り込ませた。
色無き鎖は躱せたが軌道修正した黒鎖は間に合わなかった。カノンの右足を黒鎖で掴み引っ張ると体勢を崩し、新たに出現させた黒鎖で右足をぶっ刺した。苦痛に歪める口元から発した脈楽音。細枝で黒鎖を取り除き、太枝でアクトの視界を遮った。
「あ?あ〜最後の抵抗ってやつ?醜いなぁ」
「……ふぅ…」
攻撃の手を休めずに檜扇を操り、アクトから離れて壁際まで後退する。嘲笑絶やさず、黒鎖だけで迫る太細枝を往なす。彼は一歩も動かずカノンが視界に映る瞬間を待つ。次に姿を晒した時が決着の時だ。
右足を若干浮かし、壁に寄り掛かったカノンは"部屋の外に居る人物"に語り掛けた。彼女が隙を見せてしまった理由だ。
「頭主様」
「何用ですか。ビワ」
「報告します。ソプラくんが脱獄しました」
「!」
「それだけではありません。ルルトアちゃんの姿も見えず…」
「あの子達…!」
「自分の不注意です。申し訳ありません。…二人が同じ場所に居たとしても無事で居るかどうか」
「お二方は?」
「ラヴィ様、ゲン様は外の状況が見えぬ位置で安静にしております。お二方を護衛する者からの急報はありません。ソプラくんの事は露見してません」
「そう、ですか」
部屋の外に居る人物とは、ビワだった。彼はソプラの脱獄を発見してから一通りの準備を終え、カノンに報告に来た。一般人と街の要人を護衛する者達と連携を取り、戦況を整理していたところルルトアも居ない事に気付いた。
因みに、壁越しに何故会話出来ているかと言うと声帯をアストエネルギーに変えているからだ。魔鏡越しにフォルテがやってみせた様な感じだが、彼よりスムーズに声を変えている。アクトは太枝で隔てられているのでビワの存在には気付かれていないが、戦闘中故に会話は手短に終わらせた。
「一分で終わらせます。少々お待ちを」
「はっ」
「ふーん、死にたくなった?」
(二の舞は演じない。あの日、誓った……)
脈楽音を解除し、檜扇をアクトに向ける。誓った覚悟は炎を生む―。
『マッチ…』
『お母さん……』
――――――
―回想―
百年前の大戦、建物の崩壊に巻き込まれたカノンの娘、マッチは死期を悟った。薄れゆく意識の中で温かな体温を感じた。母親が手を握っていたのだ。
「待っていて、直ぐに手当を」
「いいの」
「良くないわ」
「もう、握り返す力も……無いでしょ?」
「マッチ……」
「わた、…しは幸せだった、よ。お母さんと一緒に居れ…て」
「それ以上はやめて…マッチ」
「舞子の…わたしの、次の舞台は…お月さまかなぁ」
降り出した雨にも気付かず、娘の温もりを求め手を握るカノンだが感じたのは自分の熱のみ。必死に最期の言葉を残そうとする娘は痛みすら感じていなかった。右半身が瓦礫で潰され霞む左目……舞子は眠らない。
―回想終了―
――――――
睨み合うカノンとアクト。宛ら獰猛な獣の縄張り争いの様で、緊迫感が辺りを支配していた。
「何故、戦士としての訓練を受けていない私が此処まで動ける理由、貴方は知りたがっていましたね」
「…神器があるからだろ」
「舞、とは無駄なき動作…鮮麗された作法。頭の先から足の先まで研鑽された随一の舞いを魅せて差し上げましょう。〈エトワール式法術 欒舞・炎〉」
「ーっ…!!」
アクトを無視し、彼が心の中で抱いた疑問に対して淡々と呂律を回す。カノンには戦闘能力が無い。少女の頃から舞子の稽古を継続して現在も続けているだけに過ぎない。神器があるから、との見方も確かに出来る。然し神器が無くともカノンは動けていた。
舞子としての稽古は極限まで高められた身体能力にある。そして、アストエネルギーの扱いにも長ける職業でもある。フォルテもルルトアも将来的に同様の動きが出来るようになるかも知れない。
最後の能力、欒舞・炎を発動した。檜扇の文様が変化したところまでは他の能力と大して変わらないが、欒舞・炎はそこで終わらない。檜扇を包んだ炎はカノンの身体に飛ぶ。炎を装飾のように纏う舞子が一人。霊族に挑む。
「はっ!!」
「多少動きが良くなったところで…ぐっ!」
「多少、どころではございません」
「ハハッ。全力でぶっ潰す」
右足の負傷を気にせずカノンは短期決戦を決め込んだ。脈楽音の動きを止め、太枝を伝いながらアクトと距離を詰める。欒舞・炎を、と言うよりはカノンを否定したい彼はその場に留まり迎え撃つ姿勢を取った。
幾多の鎖がカノンに向かったが触れる事さえ出来ずに朽ちていった。檜扇を振るい、生まれた炎は強固な鎖ですら燃やす。左足を軸に回転し太枝を飛び降りる際には身体の周りに炎の囲いが出現し何者も近付けない。アクトが炎の脅威を悟ったのは一瞬にしてゼロ距離になり、頬が檜扇で切り裂かれた瞬間だ。
カノンは此処で一気に決めるつもりだったが素早い回避でアクトが離れた為、二人の決着は先延ばしとなった。嘲笑一変、怒り心頭に歪んだ表情はアクトの全力を引き出す。
「はぁぁっ!!!」
(脈楽音、解除…)
「はっ!」
「ぐはぁっ!!?」
「浅い…ッ」
「ざけんなっ…ざけんな!!オレは魔鏡手に入れて黒鳶に入るんだ!!」
此れまで背中からしか出していなかった鎖をアクトは両手両肩からも出す。勿論、二種類混合だ。今まで鎖の本数を調整していたのは本気では無かったのもあるが実際のところ、リスクが大きいからだ。
鎖だけを操っていたアクトが前へ出た。脈楽音を解除し広々とした部屋に戻した理由はカノンのアストエネルギー温存の為だ。互いの全力が正面衝突する。但しアクトは色無き鎖を背後に回していた。カノンも予想の範疇とばかりに舞う様にして回避。両手に出した鎖で心臓部を貫こうと飛び出した所を狙って殺傷力の上がった檜扇を振るった。
確実に心臓を貫く為にはある程度、対象に近付く必要がある。だからこそアクトは飛び出したのだ。二種類の鎖を使い分けカノンの処理能力を落とした瞬間を狙う筈だったが、距離が詰まった時アクトの僅かな表情の変化を、勝利を確信した表情を見逃さなかった。両膝をグッと曲げるとアクトの頭上を弧を描くようにして飛び背後に回って炎で焼こうとしたが鎖で防がれてしまった。
「己の実力で勝負なさい」
「黒鳶に、…!!霊族の幹部に空きが出来てんだ!其処に入らなきゃ生きてる意味ねぇよ!!」
「お若いのに。貴方は生き急ぐのですね。――!」
正真正銘、最後の力を振り絞りアクトは脚力を上げた。至る所から鎖が出現し、まるで鎖に絡め取られた鎖人間のようだ、と内心思うカノンもスピードを上げアクトに対抗した。二人の近接戦闘は暫く続き、変化があったのはアクトが感情を吐き出した直後。
「ぐぅっっ!!?!……な、な…うっ!」
「終幕です」
壁際まで追い詰められたフリをしたカノンに引っ掛かり、油断を誘い込まれる。大振りを外しガラ空きの身体に欒舞・炎を思いっきり繰り出した。炎を全身で浴び、藻掻き苦しむアクトの首筋を閉じた檜扇で叩き気絶させ終幕、と台詞付いた。
「頭主様、応急処置を致します」
「必要ないと言いたいところですが、ほんの少し休みをもらいます」
「例の特効薬、使いますか」
「えぇ。お願い」
「ラルカフスも掛けますので霊族はもう抵抗できないでしょう」
「二つ…ソプラの分ですね」
「はい。ラルカフスをお持ちください…。ソプラくんに使うかどうかのご判断は頭主様に一任します」
「……」
戦闘が終幕を迎えたと察したビワが部屋に入るなり懐から小物を取り出す。事前に準備しておいた物だ。一つ目はカノンが負傷した際に対応出来るように応急処置の準備。二つ目は霖合奏の処置。三つ目はラルカフス。
アストエネルギーを封印し相手を拘束するラルカフスをビワは二つ取り出した。霊族、アクト用と脱獄者、ソプラ用。ソプラにはラルカフスでは無く単なる縄を使っていたが脱獄したならば強制処置せざるを得ない。
果たしてカノンは使うのかどうか。今すぐにでもソプラとルルトアの元へ向かいたい欲を抑えて、カノンは英気を養う。
(神器を扱う、何時まで経っても慣れない。下手を打てば此方が大怪我しかねない……)
カノンVSアクト 勝者カノン




