第47話 天樂の間
時刻は少し遡る。ティアナとスタファノは神器が在る場所へと急ぎ、そして到着した。
「鍵が開いてる…」
「掛ける必要無いって事なのかな〜?」
「手間が省ける」
てっきり厳重に閉ざされているのかと思っていたが、神器の部屋の扉には鍵一つ掛けられていない。ティアナ達からすれば扉を開ける手間が省けるので大いに助かる。そもそも、鍵が手元にないので彼女が取る行動は扉をぶっ壊す、以外になく無駄な被害を減らせて良かった。
「弓あったよ〜ホラ」
「堂々と飾ってある…」
肝心の神器にも大した仕掛けは施されず、素の状態で壁に飾られていた。微かな疑問点を拭えぬままティアナは神器に手を掛けた。
瞬間、神器を中心に眩いばかりの光が部屋を包んだ。一際強烈な光を放つ神器の前に光の集合体が現れ、徐々に人型へと変貌してゆく。
「…!」
?「天樂の間へようこそ。では試練を与えましょう」
桃色に寄せた赤色の髪と同色の瞳の少女体型の女の子が光の集合体から現れた。開口一番ティアナに向かって不思議な台詞を言い放つと彼女の理解が追いつかない状況で口元に手を当て一人で微笑む。
「試練だと!?聞いてないぞ」
「ふふっ。なーっんてね…」
「わわっ!?」
「スタファノ?何をやって…」
「急に絡み付いてきたんだよ〜」
「ごめんね。少しだけそうしてて邪魔されたら嫌だもん。終わったら直ぐに解く…って、よく見たら貴方フェアリアの森…の子?」
「…今はガーディアンの里って名称だよ〜そんな事よりキミの名前知りたいなぁ」
「私の本名と似てたのに変わっちゃったのね残念…。名前は…そうだなぁアリちゃんって呼んでほしいな」
エピックの説明不足に若干苛つきつつ、少女の正体を尋ねようとした矢先に扉近くに居たスタファノが声を上げた。壁からニョキッと生えた白い鞭の様なものが彼を拘束する。
どうやら少女の仕業らしい。言葉の途中で漸くスタファノの方を向いた少女は表情を崩した。長耳に視線を注ぎ、目を細める。
何処か、浮世離れした言動のアリちゃんを不審な目で見つめるティアナと含みのある笑みを浮かべるスタファノ。天樂の間とやらで二人はアリちゃんから視界を外せずにいた。
「アリちゃん可愛いね〜」
「ありがと。私ねシルちゃんと仲良かったんだ…。
"シルク様"って言えば分かる?」
「!…あ〜……知ってる知ってる」
「その話は後から幾らでも出来る。時間が無いんだ。エトワール借りるぞ」
「待って。駄目…まだ駄目なの」
「何故?」
「ただ一人を探している、から」
「探すのは後回しだ」
「"神器アルコバレーノ"を扱えるのは、あの人しか居ない。あの人の魂を探してる。もう一度会いたい…」
「つまり個人的な問題と言う事だ。借りるぞ」
「だ、駄目!」
アリちゃんとスタファノの会話を無理矢理終わらせ、神器に手を伸ばすが透かさず神器とティアナの間に割って入るアリちゃん。少女体型ながらに必死に手を広げ抵抗するもティアナには効果が無い。
白々しい涙目で情に訴えかけるアリちゃんだが相手が悪かった。例えば天音なら即絆されていただろうが、ティアナは問答無用で切り捨てる。再び神器を持ち出そうとする彼女にアリちゃんは全力で止める。
「ところでアリちゃんって何者?神器に宿る妖精さん?」
「そんな感じ。…ティアナ私と闘って?」
「あたしの名前何処で聞いた?」
「名前くらいは分かるの。ずっと此処に居るから。本当は名前よりあの人の魂を知りたいのにね。急いでいるんでしょ?……神器が欲しかったら私と闘って。勝てるのはあの人の魂を受け継いだ人だけ。強さじゃないよ」
「どっちにしろ闘わないと此処から帰してもらえそうにもないな」
「うん、帰せない」
「どっちも頑張れ〜」
下半身にいくに連れてアリちゃんの身体は透明度を増していた。神器の前に出現した時点で現実の人間じゃない事は明白だ。何時から居るのか、あの人の魂とは何か、などは一切語ろうとせず代わりに決闘を申し出た。
アリちゃんの雰囲気に呑まれ渋々了承するティアナと他人事のように軽薄な態度で静観を決めたスタファノ。
「〈法術 幻想日和・散〉」
「?!ーっ!!」
「ティアナ!」
(何が起きたかさっぱりだ…)
「見破れるかな」
「〈法術 火箭・三連武〉!!」
「〈幻想日和・陰〉」
「当たらない…!?」
「ただじゃ当たらないよ」
「…」
先手必勝と言いたげにアリちゃんはいきなり法術を発動した。ティアナを囲うように空中で円を描き切ると触れてもいないのにティアナが突如吹っ飛んだ。所見では防げない類いの法術だろう。めげずにティアナも技を出す。
三つの火矢に合わせアリちゃんを攻撃するが何故か、ティアナの身体はアリちゃんを擦り抜けて地面に着地した。直前で出した技と最初の技とでは種類が違うようだ。
(クリスの透明化…?いや、少し違う)
「〈幻想日和・散〉!」
「くっ」
「反応早い」
「はぁっ!」
「〈幻想日和・陰〉」
(矢張り擦り抜ける。さっきの言葉…、何処かに穴がある筈だ)
「〈散〉」
「っ掠った」
「此処まではみんな対応出来るの…でも勝てないよ。私は死んでるからアストエネルギー切れも無い」
思考を邪魔するように二度目を繰り出す。真正面の攻撃をバカ正直に二度も喰らう訳には行かない。発動に合わせ盾変化での防御を試みる。幸いにも盾で防げる種類の攻撃だと判明し僅かに余裕が生まれる。
直ぐさま盾変化を解除して体術でアリちゃんを攻撃するが、相変わらず手応えが皆無だ。然し、アリちゃんは言った見破れるのかと。つまり種も仕掛けもあると明言している様なもの。何とかして短期で決着をつけたい所。
闘い始めて知った事だが、アリちゃんは温和に見えて実のところ好戦的だ。間髪入れずに幻想日和・散でティアナを吹っ飛ばそうとするが先程と同様に盾変化で防御した。微妙に掠り傷を負ったが気に留めなかった。掠り傷程度で狼狽えていたら負けてしまう。
「〈陰〉」
(何処だ…)
「ティアナ後ろ!」
「!」
「速さじゃないよ〈散〉」
「っ!そこか〈火箭・五連武〉」
「はっ〈陰〉」
「外れた…!!」
アリちゃんが姿を消した。自身を透過させるだけでなく姿そのものも消す事が出来るアリちゃんの法術は益々メリーさんに似ていると考えつつ出処を探す。スタファノは別段何方の味方と言う訳では無いが、見えてしまったものは仕方無い。
不本意なスタファノの助言により幻想日和・散を盾変化で防御する事に成功する。即、盾変化を解除し火箭・五連武を発動した。通常の戦闘ならばヒットしていたであろう攻撃もアリちゃんには通用しない。再度、身体が擦り抜け空振る。
「ねぇ、貴方に大切な人が居たとしてその人が国の為に犠牲になろうとしたら止める?」
「急に何の話だ?」
「答えて…」
「状況にもよる…が、あたしなら全力で止める。大切な人は失いたくない」
「そう…」
「ただ、その人があたしの言葉一つで止まるかどうかはあたしにも分からない」
「!止まらなかったらどうする?」
「その人より前に出る」
「ふふっ…。貴方みたいな強さがあったら"アルコ様"を死なせずに済んだのかな…」
「アルコ?何処かで聞いた名だな」
「リーズ一族のご先祖様〜」
「私も一応はご先祖様なんだよ」
試練の一環か、はたまたアリちゃん個人の話なのか適当に答えて追い出されたら元も子もないと考えたティアナは真面目に返答した。脈絡ない言葉だけでは想像するのにも限度がある。ティアナなりに導き出した回答はアリちゃんに届いたようだ。
アルコ・リーズ。スコアリーズの先祖にして五大宝玉を宿した人物だ。ティアナにとっては話の流れで聞いただけなので思い出すのに時間が掛かった。アリちゃんはアルコの事について話す時、寂しげに目を細める。心無しか声音も一段と低い。
「ん?宝玉のメンバーだった人と知り合い…と言う事は相当昔の人間なのか?!」
「ずっと昔の人だよ。ずっと待ってるの。スタファノ、貴方ならどう答える?大切な人が死んじゃうかも知れなくなったら…」
「オレ〜?大切な人かぁ想像つかない…。むむむ、う〜ん…逃げよっかな」
「あの時代、何処にも逃げ場は無かった」
「オレは今までそうして生きてたからね。逃げ場を見つけるのは得意だよ」
「フェア…ガーディアンの里は広いもんね。逃げ隠れしたら簡単には見つからないかも」
「見つかんなかったよ」
「もうひと頑張りしよっと〈陰〉」
(今度は何処から…!?)
今更、アリちゃんが大昔の人物だと気付き驚くティアナを余所目に彼女はスタファノにも同質問をした。ティアナに対しては見定める態度だったがスタファノに対しては興味本位と言った柔らかな雰囲気が流れる。
そもそもの問題点、スタファノには大切な人が居ないのだ。ティアナ以上を想像するのは困難だろう。一頻り考え込んで選んだ答えは逃走の一手。アリちゃんの質問に正解はなく彼の答えも間違ってはいないが中々に奇抜だと言わざるを得ない。
二人の答えに満足したアリちゃんは早速、幻想日和・陰を発動し姿を消す。立ち止まっていては相手の思う壺なので適度に場所を移動しながら不意打ちに備える。
「言ったでしょ。速さじゃないの〈散〉」
「ふっ!!」
「〈陰〉諦める?」
「……」
「諦めても良いと思う。貴方もまた、あの人で無かっただけだから」
(あ〜なるほど解っちゃった…アリちゃんの秘密!逃げも隠れもしてない。光を使って景色と同化してるだけ。景色に向かって攻撃しても意味無い。影を捕まえなきゃだけど、ティアナには難しいかも…)
「なに、してるの?」
「炙り出し」
「??」
数センチの距離で現れたアリちゃんは有無を言わさず仕留めに掛かる。彼女の攻撃に慣れ始めたティアナは即座に盾変化で防御し、そのまま拳で殴るが手応えはゼロ。姿は見えないが声は聞こえるらしい。声で場所を特定したいが部屋全体に反響してしまっているので中々に難しい。
拘束された状態で二人の様子を見比べていたスタファノはアリちゃんの能力について、一つの答えを出した。あくまで中立の立場を貫く彼はティアナに助言したりはしないが、多少の心配はした。…心配は杞憂に終わる。
俯きがちに何やら考え込んでいたティアナは姿勢を低くし床に手を当てた。謎のポーズに困惑を隠せないアリちゃんは疑問をぶつけるが益々混乱するばかりで要領を得ない。
「…!」
「この音、まさ、かっ!?」
「?」
「幾ら死んでるとは言え足はついているだろう?痛みも有る筈だ」
「っ熱い、あつ…!え?」
「あたしの炎で床の熱を上げる」
「ティアナ!オレも居る!!熱い〜!」
「我慢しろ」
「ヒドイ…」
(そんな方法で…!?!)
「炙り出された〈火箭・三連武〉」
「い、…」
(陰が間に合わない。でもアルコ様の魂でないと結局私には触れられない…!)
「うっっ!」
(ウソ…攻撃が当たるなんて)
両手に炎を集めるティアナ。法術ではない、只の属性放出なので自身にもダメージはあるが構っていられない。両手の炎が熱伝導で床を灼熱にする。堪らず声を上げるアリちゃんとスタファノ。
一足先に炎を散らす音が聞こえ息を呑んだスタファノだが、いざ炎の床を体験するとヒラヒラピロピロを無駄に着込んでいる為か秒で音を上げた。床に足をつけないように、彼が踏ん張っている間に決着は付いた。
アリちゃんの自負を砕く。密閉空間の熱さも相まって姿を晒した彼女に技を繰り出した。ティアナの身体は擦り抜ける事無く、直撃しアリちゃんは倒れた。熱供給が途絶えた床は既に通常の温度に戻っているがティアナの両手は痛々しい火傷の痕が残った。
「もう良いだろう?さっさと神器を…」
「うぅ」
「泣いてる?!ば、場所…打ちどころが悪かったのか…?!」
「ティアナありがとう。漸く魂に逢えた…。人は巡るのですね」
「…」
「神器アルコバレーノを渡します。ティアナなら使い熟せる。受け取って」
仰向けで寝転ぶアリちゃんに神器を催促するも突然、彼女が涙ぐむ。大粒の涙を只管拭うアリちゃんを見て罪悪感から妙な方向へ舵を切るティアナ。
ムクッと起き上がり神器を手に取る。水分を吸収した袖は若干濡れていた。人は巡る、と誰にも聞こえないように小さく呟き微笑むが長耳の彼にだけは聞こえてしまう。
振り返ったアリちゃんの瞳には既に粒は無く満面の笑みで神器アルコバレーノを差し出した。思うところはあれど、先を急ぐティアナは素直に受け取った。
「スタファノ」
「ん〜?」
「桜は咲いた?」
「…咲いたよ」
「桜?」
「シルちゃんが沢山の人を護りたくて糸桜を植えたの。此処からは桜が見えないから…。確認出来なかったけど本当に良かった」
「耳がタコになるくらい聞かされたよ。同時に外の世界に行きたがる変わり者でもあったって」
「貴方だって外に居るじゃない?」
「オレはホラ、ふらふら〜っと、ね。どうして行きたいと思ったんだろう…」
神器を渡して終わりでは無い。魂の拠り所を確認した次は心に引っ掛かっている残り一つをアリちゃんは確かめる。糸桜自体は誰しもが遠くから眺望出来る程に巨大であるが、今日に至るまで天樂の間に挑戦してきた戦士には訊かなかった。訊けなかったと言った方が正しいのかも知れない。自分の前に現れたスタファノは心のピースを埋めてくれる存在でもあった。さて、上記について露ほども思っていないスタファノは相変わらず己の事しか頭に無いようだが…。
自然と口が動いた。スタファノが知りたがっていた疑問を答えてくれる相手が目の前にいたからだ。
「同族も外の世界の人間も大好きだから、護りたいから、以外の理由は無いと思うよ。シルちゃんは皆が思うよりずっと単純なの」
「オレとは真逆の人だ。道理で解らない訳だよ。戦いの道を選んで志半ばで戦死、なんて選択選びたくないな〜」
「私からして見ればスタファノとシルちゃんは似てるよ」
「えっ!?どの辺が〜…」
「…髪の毛の色かな?」
「髪の毛?!」
(あたしは突っ込まんぞ)
「なーっんてね。本当に似てるのは瞳の色、貴方はシルちゃん以上に大切な人達を護れる瞳をしてる」
「ホントに〜?」
「ほんとほんと!」
冗談交じりに場を濁しながらも本質を突くアリちゃん。何事も本気で向き合わず遊び暮らしていたスタファノが今この瞬間だけは真面目に前を向いている…と思われる。
告げられた予想外の答えに、スタファノは怪訝そうな表情を浮かべた。上目遣いに再度確認を取っても、アリちゃんの答えは変わらない。軽快なステップでスタファノに近付くとフワリと浮いて目線を合わせる。
(浮けたのか…!?)
「浮けたんだ〜」
「浮けるよ。死んでるから」
「?」
「よしよし、貴方にもお礼を言わなきゃ。ありがとうスタファノ」
「とうして?」
「糸桜が咲いた事教えてくれでしょう。それにね、外の世界に出てきてくれた事も嬉しかった」
「かつての英雄のような大層な理由じゃないよ」
「それでも良いの…。メトロジア王国とガーディアンの里を繋ぐ存在になれる…!」
アリちゃんが浮いた事に驚愕するティアナ。それもその筈、浮遊が可能ならば灼熱の床など意味を為さない。遠回しの手加減に今更気付き、ほんの少しだけ気まずくなる。
ふんわり浮いたままスタファノの頭を撫で、御礼を言う。不思議な手付きに疑問符を浮かべたスタファノに分かり易く御礼の理由を説明したアリちゃんは、すっかり彼の瞳の色を気に入っているようだった。
外見のみで判断すればスタファノの方が年上に見えなくもないが、実際は真逆だ。リーズ一族のご先祖様に当たるのだから。それ故の器の余裕があった。スタファノは形容し難い不可思議な感情を持て余していた。今までの人生で味わった事の無い感情の、落としどころを探すオレンジの瞳はゆらゆら揺れる。
「そろそろ神器に戻らなくちゃね」
「消えちゃうの?」
「ふふっ元々死んでるよー。神器の中で眠るだけ。私に会いたくなったら何時でも呼び掛けて。偶に会えるかも知れない」
「あたしは、エトワールを識らない。アルコって人より丁寧な扱いは出来そうにないが」
「どんな景色が見えるか楽しみにしてる」
(…アルコ様また御側に居させてください)
天樂の間の試練を終えたアリちゃんは徐々に光の集合体に戻ってゆき、神器の元へ還る。話足りないスタファノはしょんぼり顔で戦場へ戻る準備をしているティアナは凛々しい顔付きで、各々の別れの言葉を告げた。
『アリア、中途半端な私を許しておくれ。後の事を任せる』
――――――
―回想―
「お任せください」
(貴方の死を止められなかった)
アルコ・リーズは振り返らなかった。亡骸に涙は落とさなかった。泣く事をアルコ様は望んでいない。
―.己の天命託し輪廻巡る。
―回想終了―
―――――― ―――
「っ!」
「どうした?」
「なんでも〜?」
神器を持ち、雷鳴轟く外へ出る。明らかに痛覚を隠すスタファノを数秒、無言で見つめた後ティアナは珍しく彼を思っての発言をした。
「スタファノ、雷が煩くて痛いならあたしの音だけ聴いてな」
「ー…!」
「だいぶ遅れた。急ごう」
「う、ん」
(参ったなぁ……。今は雷よりも自分の心音の方がずっと煩いや……)
空返事で先行するティアナの後を追うも距離が開いていく。普段の近過ぎる距離感からは考えられない鈍足なスピードで置いていかれまいと駆ける。
スタファノの人生にとって"音"とは、良くも悪くも最重要だ。言われた事も言われたいと思った事も無かった台詞をいとも容易く呟くティアナ。無駄に着込んだ袖は赤らむ顔面を隠す為にあったようだ。彼は治まらぬ鼓動を聞き続けた。




