第46話 オルクVSキャス
「おお〜。エース張り切ってるな!」
「彼とも闘いたかった」
「明日闘えば良いんだよ」
訓練場にて。オルクとキャスが互角の戦闘を繰り広げていた。他の戦場は殺伐とした空気が蔓延っているが二人の間に流れる空気層は他とは違い、照りつく太陽の如き熱い。
「オルク、余所見は禁物だぞ」
「あと五秒だけな」
「ハハッ後、三秒だけだぞ」
「んー!」
「三秒経ったぞ!!てりゃぁっ!」
「おっっと、んじゃ再開するか!」
「〈エトワール式法術 デスバーン〉」
「よっ、ほっ」
エピックの行先に興味を惹かれ、目を細めて眺めるオルクを話半分に聞き流すキャス。彼に迷いは無い、三秒経過直後に宣言通りオルクへの攻撃を再開した。後方上空から足蹴りするキャスをスルリと躱す。大鎌を背負っている分、総重量が嵩張るキャスはそのまま地面へめり込む。
軽快に二度ステップを踏むと、キャスを正面から見据えて両刃斧タイプのエトワールを構えるオルク。大鎌を振るい的確に逃げにくい位置に追いやるキャスに対して、オルクは身軽さを活かし小回りを利かせる。デスバーンは切っ先だけでも触れれば身体が忽ち燃え上がってしまう為、一旦間合いの外に出るのが正解なのだ。
「中々やるな。流石俺が認めた好敵手!」
「毎日エースと特訓してるからな!毎日逃げられるけど!!逃げられたら他の奴と闘う!特訓って楽しいんだぜ」
「特訓が楽しいと言う感覚は分からない…」
「血反吐なんか吐かねぇって、…キャス」
「?兎も角、実戦で熱くなれれば良いのだ。神器はローグが必ず俺の手元まで届けてくれる!それまでトコトン付き合ってもらうぞ」
「仲間じゃねぇのに信頼はするんだな?」
「ローグは強いからな。強さを信じている」
(良い奴…)
「キャス!俺絶対、お前をスコアリーズの戦士にさせたい!だから俺が勝つ」
「望むところだ」
血反吐を吐きながら叩き込まれたとキャスは語っていた。彼にとっては過ぎた話だが、オルクはずっと覚えていた。だからこそ"楽"を強調した。
仲間意識は無くとも信頼するだけの実績を見てきたキャスはローグを認めている。彼に慈悲や妥協は微塵も無い。そんな彼が認めているのだからローグの実力は高いのだろう。
少しばかり闘いたい欲に駆られるが我慢してキャスと向かい合う。何方も愚直な性格ではあるが育った環境が違うので、キャスに関して言えば何処か危うさを持ち合わせていた。
「〈エトワール式法術 バリスティック〉」
「爆弾玉、見切ったぞ!」
「まだまだ行くぜ!!!」
「む?!」
「!エースみたいな事するなぁ」
「案外癖になるなコレはッッ!」
「そうだろ!?」
キャスから距離を取った後、一気に詰め寄りながらバリスティックを発動した。正四角形のキューブを両刃斧の面で撃つ。一度見た技を避けられない程キャスは弱くない。爆風にも巻き込まれないように飛び上がり回避すると大鎌をオルクに向け走り出した。
だが不意を突かれたのはキャスの方だった。オルクは続けて正四角形のキューブを三つに増やすと次々に撃ち込んだ。一つ、被弾し軽傷を負ったキャス。二つ目は回避に成功し三つ目は着弾する前に撃ち返した。
一瞬驚いて直ぐに切り替えるところを見るに普段の訓練でも撃ち返されていたのだろう。リフィトが投げた時限式の手榴弾タイプでもタクトが扱うエトワールの設置タイプでも無いので衝撃を加えなければ何時まででもラリーが出来てしまう。
そこから先は長かった。本人達は至って真面目にラリーを続けているのだが傍から見れば遊んでいるように見えなくも無い。雷雨を物ともせず縦横無尽に訓練場でキューブを撃ち合う音が木霊する。
「ほっ〈デスバーン〉!」
「いっ!?ゎちょっ!?!」
「はぁっっ!」
「っ!!」
天高くキューブを打ち上げ、デスバーンを発動させる。距離を取ってのラリーが続いていた為、オルクは大鎌を両刃斧で防ぐのが精一杯だった。意識せずにキューブを目で追ってしまったが故に招いた事態。隙が出来た彼に足蹴りをかまし態勢を崩してから至近距離で落ちてきたキューブを撃ち込んだ。
「二回戦目行くぜッ!〈バリスティック〉」
「何度でも正面から受けて立つ!」
「あ?」
「む?」
キューブが直撃し地面へと埋もれたオルクは二度ほど咳き込むが何事も無かったようにスクっと立ち上がると再びキューブを出し闘う意志を見せる。彼の両目の輝きは誰にも奪えやしない。
高揚感に包まれた今のオルクは強いと気合を込め直したキャス。前のめりになり過ぎたのが原因かも知れない。大鎌の切っ先にキューブがブッ刺さり、二人の時が一秒止まる。後、大爆発。
「ーーっ!!」
「キャス!大丈夫か?!」
(……う、勢いのままに言っちまった)
「プッ、ククク…ハハハッ!!」
「?」
「心の底からこんなに笑ったのは初めてだ。ハハハッ!」
「何かよく分かんねぇけど俺も笑えてきた。ナハハッ!」
「オルク三回戦目だ」
「おうよ」
世の中、敵に情けを掛ける武人は居れど敵対認識を忘れる人間はそうそう居ない。鯔の詰まり単なる馬鹿なのだが指摘する仲間が居ない現状では気付きようもない。
オルクが近付くとキャスは地面に座り込んだまま大爆笑していた。彼はスコアリーズに襲撃して来たファントムの中では笑う方だ。然し、彼の笑みは娯楽ではなく快楽から来るもの。生まれて初めて"楽しくて笑う"経験をした。釣られて笑うオルクと一緒に雷鳴にも負けぬ笑い声を轟かせた。
一頻り笑うと落ち着いたのか、キャスが立ち上がり大鎌を構えた。
「〈デスバーン〉!」
「〈バリスティック〉!!」
「ふぅっっ!」
「!」
同時に飛び出した。今までより一回り大きい正四角形のキューブを飛ばすが追尾型でない為、回避されてしまえば隙が生じる。
また、キャスの大鎌は能力的に見ても近接戦闘向きなので近付けば近付くほど有利になる。火花散らし二つのエトワールがぶつかり合う。
「へっ」
「くっ…!」
「ッいて!」
「オルク……せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう一瞬で終わらせよう」
「…。キャスは良い奴だからな、きっと旦那も分かってくれる。その為にも勝たねぇと」
オルクが不利かと思われた近接戦だが、彼は至近距離でキューブを出し地面に落とした。肉を切らせて骨を断つ。キューブに気付いたキャスが飛び退くが一歩遅かった。お互いの実力と負傷が均衡を保ち、中々に勝負が長引く。飛び退く直前、振りかざした大鎌の先がオルクの太腿を刺し傷を増やした。
楽しい時間は過ぎ去るもの。切っ先に纏う炎が大鎌全体を覆った。次の一手で勝敗を分つつもりのキャスに対して、オルクもまた彼に乗る。勝たなければ始められない街への勧誘を掲げ両刃斧を一層強く握り締めた。
大鎌を操るキャスは、死神の様にも見え死神に憑かれている様にも見える。
「「はぁぁっ!!!」」
「!」
(エトワールが…!?)
「オルク・トーマホック、…君の名を心に刻もう。安らかに眠ってくれ」
「今寝たらキャスに会えなくなるだろっ!〈バリスティック〉…」
「ぐっっ!?」
(キューブが吸収された……)
「ハァハァ」
エトワール同士が衝突した衝撃が手首を伝い大地に流れ出て、衝撃波を生む。互角だった勝負が遂に決壊した。炎を纏った大鎌が両刃斧を砕き、その先に居るオルクへと迫る。諦めを知ろうとしないオルクは砕かれ落ちる破片にキューブを吸収させ大爆発を起こさせる。
吸収前に柄でキャスの鳩尾を刺突し、防御を阻害する隙の無い二段構えだがオルク自身も被弾してしまう決死の技なので使いどころを間違えると一気に敗北する諸刃の剣だ。実際本人も結構な深手を負った。
一瞬にして意識が飛び、倒れ込むキャスを正面から支え地面に下ろすとオルクは柄を手放し派手に倒れる。仰向け状態の二人は雨に濡れたまま目を閉じる。
「初めての経験だ。敗けたのに後悔が無い。敗けた後にこんなにも澄んだ感情を抱くとは思っていなかった」
「なぁキャス神器が欲しいなら良い案があるぜ」
「真か?!」
「スコアリーズの戦士になれば良いんだよ。そうすれば、何度でも挑戦出来る」
「ー!不思議だ…。少し前までは考えた事も無かった。ただ俺はファントムの一員として大勢の人間を殺した。殺す事が悪い事だと思うか?」
「そりゃあ悪いだろ。エトワールは壊れたら直せるけど人は生き返らねぇ」
「俺は今まで悪い事をしていたんだな、…」
「じゃあ今日がキャスの一歩目だ!!この街で色んな事学ぼうぜ」
「っ!…出会いが人生を変える、か。君に追いつくには後何歩進めば良いのだろうか…」
「俺が隣で引っ張ってやるよ」
オルクVSキャス 勝者オルク。
雷音を全く気にする様子もない二人は会話を続けた。怒涛の初めての感情、経験を知りスコアリーズで生まれ変わろうとするキャスは戸惑いながらも確かに一歩、踏み出した足を見ていた。
オルクはキャスの事を良い奴だと言うがキャスもオルクの事を良い奴だと思う。自覚なく人に慕われる彼を前に、なるほど勝てない訳だと納得するキャス。
人知れず、大鎌タイプのエトワールに亀裂が走った。まるで死神がキャスを解放するように…。
――――――
「エトワール…ボクにちょーだい!!」
「大事なモン手放す訳ねぇだろ…!」
リオンとランスVSソワレの戦場は屋根が崩壊した一階建ての古民家へと移っていた。ランスの善戦も虚しく、リオンは相変わらずのポンコツっぷりを遺憾なく発揮し窮地に追い込まれる。壁際に押し込まれたリオンは顔面スレスレのソワレの攻撃を避ける。彼女の右手にある小剣は壁を打ち付けられ、もう片方はリオンの心臓部近くにあった。
ソワレの手首を掴み、心臓に刺さらないように抵抗するが彼女の力も凄まじくギリギリの駆け引き。単純な握力で言えばリオンの方が上だが現状の調子で言えばソワレの方が圧倒的に上だ。エトワールに対して何処までも貪欲である為、力の乗り方が違う。
(使うか…)
「〈エトワール式法術 潮騒〉」
「なにコレ…?!」
「的?」
(よし、第一段階成功……)
「はっ!」
「!ボクの邪魔しないで!!」
「神器返してもらうまで邪魔するさ!」
「いっつも、いっつも邪魔が入る!!」
「コレが言ってたやつか」
「うんまぁ、…。潮騒は隙を突く技だから隙の無い相手には効きにくいんだ。僕が強くないとエトワールも強くならないって寸法」
「偏屈な技だな」
「偏屈で悪かったね…」
ソワレの攻撃を受け、床に這いつくばった状態だったランスはゆっくりと立ち上がるとエトワール式法術 潮騒を発動させた。
直後、ソワレの身体の一部分に塗り潰したような円型の的が出現する。一つではなく合計で三つ程のソレをランスは槍で突く。壁に突き刺した右手の小剣を手放しリオン達から離れるソワレ。
エトワール式法術 潮騒は音による隙との連動だ。発動した本人にしか聴こえない微細な音が槍から伝わり、その後相手が油断している箇所が浮き彫りになる。戦闘中、随時変わる隙の的の位置を微音が知らせる。聴覚と視覚が優れていないとボロが出る偏屈な能力だ。また、相手の隙が消えると潮騒も解除されてしまう。
「ボクに隙は無い。ボクの雨が常に全員の居場所を把握してる…ふっっ!!」
「お見通しだ!くっっ!!」
「はっ!?!舐めるな!!」
「ーっ流石に上手くいかせてくれない…」
(…今のは危なかった)
「ボクに隙無いから」
「ふぅっ…」
「ランス?」
崩壊した屋根から滴り落ちる雨はソワレの支配下にある。何処へ逃げたって、死角を突いたって居場所はバレているのだ。加えて雨の戦場が得意なソワレに傷を負わせるのは中々に難易度が高い。
真正面を攻めると見せ掛けてソワレはランスの背後に突き刺さった小剣を回収しようと刃を光らせるが、安易な思考はお見通しだ。伸ばした右手に隙の的が出現し槍で突くが直前で左足を軸にぐるりと回転し躱された。回転中、サメザメによって刀身が伸びた小剣でランスの喉元を裂こうとするが瞬時に上体を低くして躱し、足元を掬いにかかる。
足蹴りをジャンプして躱したソワレは空中で体勢を変え、ランス目掛けて小剣を突き立てる。回避の体勢が間に合わないと踏んだ彼は両手で槍を構えて空中のソワレに穂先を向けた。今度はソワレが狙われる立場となる。
サメザメを解除し盾変化で槍をガードしたまでは良かったが、全体重の乗った重い槍をまともに受け反撃が出来ず、一度二人から距離を取る。
「そう、潮騒は隙を突く…だからリオン」
「なっ!?…にしやがる」
「分かっているのか、隙だらけだぞ!!!」
「!」
「仲間割れー?」
「真面目に闘え」
「ーっ……嗚呼、済まなかった」
リオンの隣で繰り返し呟く技の説明。ランスの様子が可笑しいと感じたリオンは彼の名を呼ぶが、ランスはリオンの胸倉を掴むと押し倒し穂先を眼前に向けた。当然、憤るリオンにランスは喝を入れる。ハッと我に返り漸く自分の身体の至る所にある隙だらけの的が視界に映る。
己の無能さに気付きリオンは前を見据えた。次第に隙の的が縮小していき、遂には完全に消えた。ランスが潮騒を解いたのではない、リオンに隙が無くなった証拠だ。正常に戻ったと確信したランスは手を離し、ソワレに向き直った。
二人のやり取りの合間にソワレは、しれっと小剣を回収していた。彼女も抜かりない。
「こっからが本番だ!」
「まさかエトワールを使うのか?一度も成功してないのに!?」
「今成功させりゃ問題無い。それに突発的だが発動出来てんだ。エトワール式法術…」
「あ〜〜!!神器級のエトワールに斬られるのも悪くないけどッッ!!!」
「うぐっ、!」
「グッ」
二回目の襲撃前、リオンとランスは組手を行っていた。主にエトワール式法術に慣れさせる為に。だが打刀は反応しなかった。レオナルド戦でも一回目のソワレ戦でも意識して発動させた訳ではないのでコツを掴めずに居る。本番で成功させれば良いだけだ。
ソワレが反撃に出る。自己中な台詞を叫びながらエトワールを握るリオンとランスの手首を正確に斬った。二人の距離感は然程離れていないが、譬え離れていたとしてもサメザメで刀身が伸びるのだから余り意味は無い。
「ボクの手にエトワールが…」
「させない!」
「?!?」
「よっと」
「はぁ〜〜!?」
ソワレの思惑通り二つのエトワールは空中を飛ぶ。左の小剣を仕舞い打刀に手を伸ばすがランスに阻止される。ランスが打刀を掴み、リオンが槍を掴む。既に神器、三叉槍が奪われているのでリオンより先に手が出たのかも知れない。激怒するソワレと互いの武器が入れ替わったリオンとランス、二人と一人が対峙する。
「リオン、使い方は分かるな?」
「知らん。見様見真似だ」
「…壊すなよ」
「〈サメザメ〉折角のチャンスを…よくも、よくも邪魔したなぁっー!!」
「っっ!…凄いなコレ。頑丈だ」
「お前の相手は一人じゃねぇぜ!」
「うっさい!!」
「ふっ」
「…ボクの方が強いってコト忘れてない?」
ランスの元から離れた槍は自動的に潮騒を解除した。都合良く武器を手元に戻す時間をソワレが作る訳ないので一応、確認を取る。良くも悪くも正直なリオンの返答に一抹の不安を抱きつつも対峙する相手を見据えるランス。
頭に血が上ったソワレはサメザメを発動して狙いのエトワールを持つ人物、ランスに殺意を飛ばす。下半身に力を入れ、床板にヒビが入るほど踏み締めた一秒後ソワレはランスの眼前に迫った。盾変化での防御も間に合っていたが強度を試したい欲に駆られ打刀で防御した。流石、神器級と言わしめるエトワールなだけあって一切の傷がつかなかった。代わりにランスが壁を突き破り外へと投げ出されたが大した事ではない。
ソワレの背から彼女を煽るリオン。研ぎ澄まされた剣術と鍛え上げられた体術でリオンの急所を確実に狙うが、槍を床に突き刺し柄に体重を掛けてソワレを避ける。丁度騎士団時代にランスが使った行動の再現だ。
突進する事しか考えていなかったソワレは対極の壁を突き破る。無駄のない動きで振り向きざまに再度リオンを狙う彼女だがリオンは既に古民家を抜け出して、ランスの隣へと移っていた。
「も〜怒った!!!」
「!」
「神器を使う気か…?」
――――――
「〈エトワール式法術 脈楽音〉」
「そう何度も効くかよ」
カノンVSアクトの戦況は一進一退の攻防が続いていた。生命を吸い取る木々の生成、脈楽音を鎖で弾き、己の領域に近寄らせないアクト。前回同様、天井も木々の一部となり彼はカノンの居る部屋の天井を鎖で突破して外に躍り出た。
「エトワール…所詮は一発芸に過ぎん。仕組みが判れば大した事はない」
「それはアスト能力とて同じ事」
「チッ。オレには絶対勝てねぇんだよ!!」
(距離を詰めれば良いだけの話だ)
アクトに実力があるのは最早疑いようもない事実。然し、心理戦ではカノンが有利なようだ。年の功とも言うべきか。開戦から一歩も動いていないカノンに対し、アクトは自由に動き回る。
「消え失せろ」
「〈エトワール式法術 歌風〉」
「っ…!?!な、に!?」
(完全な不意打ちだった…にも関わらず鎖でガードする余裕はあった。相手を見下すだけの実力を持ち合わせている、と)
「仕組み、分からなくなりましたね」
「クソッ」
幾つもの鎖を自在に操り距離を詰める。結果から言えば彼の策は失敗に終わったが、現状で打てる最善策だったと言えよう。檜扇の能力を見切った上で懐に入られては防ぎようが無いと考え行動したまでは計算の内だったが、脈楽音を発動させた檜扇で別の能力、歌風が発動した事で状況は一変した。
檜扇の様相が変わり、上下に振った。微小な動きだが瞬間的に霊獣の咆哮の如く興った凄まじい風。目と鼻の先で風圧を喰らったアクトは有り得ないと言った表情で一瞬にして吹き飛ばされる。背に衝撃が加わる数秒の内に、全身を鎖で覆い防御した。
「神器とはエトワールの最上級、神器とは技巧師が命を削り造る代物。己の命と天秤に掛け勝るほどに神器は貴重…」
「急に何言って…?」
「故に魂が込められる。神器が一つ、檜扇。能力は四属性から成る大技」
「ふーん、…なるほど。ソレが神器。で?」
「貴方は神器の恐ろしさを知らない。全て、お見せする前に席を立ちなさるな」
「霊族で在る事の意味を知らないババアがくっちゃべってないで断末魔聞かせろ」
カノンが常時持ち歩いている扇はエトワール技巧師により造り出されし神器、檜扇タイプであった。ソプラですら知らなかった事実を聞かされたアクトは首を傾げ何事も無かったように振る舞う。神器どころかエトワールにも興味ないので何時も通り相手を見下す。
神器、と晒した意味が為す事はただ一つ、"全力で潰す"だ。カノンVSアクト戦。只では終わらない。
―――――― ―――
―――
ティアナとスタファノと?
「…!」
「天樂の間へようこそ。では試練を与えましょう」




