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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
マリオネット編

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119/124

第119話 幾億光年の独奏、或いは寓像

 リオンVSネロの戦場。蔓延る血痕が懐古の扉を開く実験場に一人分の息遣いと二人分の足音が響く。

 互い違いに駆け抜けるこの場所でリオンは長期戦を強いられ思うように決定打を与えられないでいた。


「どうした。イキっていた割にはその程度の実力で、浅ましい」

(コイツ…間違いねぇ)

「面白ぇ絡繰だな」

「気付いたところで対抗など出来やしない。寵愛のアスト能力……虚空」


 凡そ、人を人足らしめる人体構造から掛け離れたネロの姿はまるで銀河の果ての暗黒のようで黄色の続服は銀河を旅する防護服のよう。

 然し此処は銀河でなく寧ろ真逆の地点だ。短く息を切ったリオンはネロの身体に絡繰仕掛けがあると踏み、実験場に転がっていたフラスコを蹴り上げた後、水龍斬で叩き割った。無数の硝子片がネロ目掛けて飛び散るが彼は防御姿勢を一切取らず、リオンに向かって行った。


 無謀にも見える行為は彼のアスト能力によって無効化された。パリリンと床に投げ出された硝子片が告げたのは不可解な空間の歪みのみ。


「有象無象の物体を擦り抜ける虚空。ホワイトマザー直々より賜りし力、こそ泥如きがネロのカラダに触れられると思わぬ事だ」

「急に流暢になりやがってそんなにホワイトマザーが恋しいか」

「蛮人がッマザーを愚弄するな!!」


 アスト能力 虚空。ありとあらゆる物体は暗黒の造体を擦り抜け通過する。メリーさんとはまた違った可視化された透明化だ。だが実体が掴めぬとなれば弱点である懐古時計に到達出来ず不利になるばかり。

 じっくり能力の絡繰を解き明かしたいところだが、リオンには時間が無い。戦闘経験の少ない天音を何時までも独りにしておく訳にはいかないと前のめり気味に速攻を入れたのだが素早いネロに片手間で躱され、威力を高めたアストエネルギーを放射する為、掌の照準を定めた。


「よっと。…っ危ね、擦り抜けには擦り抜けだ!〈エトワール式法術 結時雨〉」

「無駄だと言っているのが判らないのか!」

「チッ」

(結時雨でも駄目か…だが、詰んだ訳じゃねぇ)


 危うく反撃を喰らうところだった。アスト放射を盾変化で往なし、転がり込むようにネロの懐に飛び込んだ。照準を乱す為、態と体勢を崩し威勢に釣られるままに放ったのは打刀タイプの結時雨。

 ネロが反応するより早く篭手に直撃した斬撃はアストを斬るどころか、空を斬り衝撃が地面へと流れ伝わった。折角得たチャンスを無碍にし舌打ち一つで結時雨を鞘に納めたリオンはあくまで冷静に思考回路を回した。


「〈迎撃法術 ガレットガントレット〉」

「〈法術 水龍斬〉!」

(コレだ。篭手の攻撃中は恐らく実体化している。ココを狙えば…!)

「浅はかな考えは捨てろ」

「!…そりゃ簡単に押し通してはくれねぇか」


 互いの一撃が一陣の風を巻き起こす。続服の篭手が新たな装甲へと変化し、特に目を引くのは円型状の刃物。篭手の重装甲と比べると円く薄い刃物は一見頼りないが打ち合うリオンは虚勢だろうと馬鹿には出来なかった。

 迎撃法術ガレットガントレットは先の通りガントレット仕様のアスト武器であり迎撃の名に相応しき威力と回転速度を誇る。長年培った戦闘経験と直感力により導き出されたのは水龍斬越しに伝わるネロの造体の振動。


 唯一の突破口と言っても差し支えないだろう瞬間に斬撃を押し込んだが暗黒造体に届く前にネロは距離を取った。振り出しに戻ってしまったが勝機が垣間見えた勝負にリオンの表情は神妙の気を放った。


「ホワイトマザーの邪魔する者は何人たりとも生かしてはおけない。麗しの貴公子はココロを抜かれて終いだ」

「ごちゃごちゃ面倒な野郎だな!〈エトワール式法術 結時雨〉」

「同じ手を喰らうか」

「同じかどうか確かめてみろよ」


 水龍斬を解除し再び結時雨を抜刀したリオンは姿勢を低くしながら篭手装甲目掛けて走った。勝機を逃さぬ眼光鋭い双眸に一切、怖じ気付かず真正面から受けて立ったネロは予想していたとばかりに結時雨の逆さ袈裟斬りを虚空へ追いやった。のだが、リオンの眼光は威勢よくネロの造体を射抜く。


「っ!」

(空洞化した一瞬の隙を突いて盾で攻撃し直したのか!だが、それでもネロのカラダには届かない)

(狙いはカウンター!)

「〈法術 滾清流〉」

「ガレットガントレットは人間の追い越せる速度では無い!効か……」

(刀が無い!?)


 結時雨は斬撃波を放つ事も可能だ。結時雨の刀身攻撃に見せ掛け、暗黒造体に斬撃波を放ったリオンはネロの背景が見えた瞬間、盾変化で斬撃波を受け止め死角を突いた。二段式戦略を嘲笑うかのように擦り抜けさせた斬撃波は無残に塵に返った。

 篭手装甲の解除と出現は自らの意志のみならず絡繰人形特有の組み込まれた反射神経によるところが大きい。なれば生身のリオンが追い越せる要素は見当たらない。否、端から追い越そうなどとは考えてはいなかった。


 流れる手付きで仕掛けた滾清流はネロの視覚を乱す為のもの、低姿勢は天井部に意識を寄越さぬ為、水流の合間に見えたリオンの雄々しい右手は空っぽ。直後に聞こえた空を斬る金属音に意図を察したネロが後方へ跳躍した事でリオンの戦略は失敗に終わった。


「いけると思ったんだがな、逃げ足の速え奴だ」

「俗人の考えそうなシナリオだ。ネロの速度に付いていける人間なんてこの世に存在しない」


 空を描くように降ってきたエトワールを回避したネロが一段、加速した。目で追えるギリギリのスピードに翻弄されつつ意識を極限まで高め防御の構えを取るリオンは既に敵の術中に落ちていた。


「っく…!」

「意識は遅延し痛覚は認識を乱す」

「残像……」

「人間の(まなこ)では到底捉えられない」

(本物は、何処だ!?気配で探ろうにも間に合わねぇ!)

「諦めろ。そしてくたばれ。絡繰人形屋敷(ガレット・デ・ロワ)の血肉となりて魂魄を捧げろ」


 宙に尾を引く星の様に秒針が傾く度、ネロの行動陰影は色濃く残っていた。所謂、残像と呼ばれる現象であり部屋中にネロの影がバラ撒かれた。残像軌道を幾ら素早く突こうともネロは既に一手も二手も先を行っており、鈍い痛みが全身を襲う。

 思考する時間など有りはしない。心眼で見破るにはネロは速過ぎた。ジリ貧だけは避けたいリオンが一時的に思考を放り投げ、出たとこ勝負に出た。


「部屋ぶっ壊しちまうが仕方ねぇな!!〈法術 瀑布深水龍〉」

「全方位攻撃……浅ましさもココまで来たら最早、思考停止と同義」


 尾を引く残像軌道の対抗策として範囲技である瀑布深水龍を発動した。リオンを中心に囲まれた水の球体壁と斬撃波の嵐、壁と言う壁が物と言う物が斬撃波で砕け散り残像軌道が散り散りに歪む中、実体の手応えは皆無であった。

 ネロは何処へ行ったのか節々に伝わる重苦しい痛みだけでは彼を捉える事など不可能だが、誘導は不可能とも言い難い。


「〈水龍斬〉!……ぐっっ」

「速度を上げたところで無駄な事」


 盾変化を展開し壁際に追い詰められたように見せ掛けたリオンは態と一方向の隙を作り、ネロを誘導したが渾身の水龍斬は空振りに終わり腹部に強烈な一撃がめり込んだ。

 ガレットガントレットの刃先はリオンの皮膚をいとも簡単に切り刻み、血飛沫を浴びた。激痛に伴う吐気を堪えネロの造体を見れば、矢張り攻撃中は実体化しているようで続服に赤黒い染みが付着していた。


「まだだ!」

「阿呆が!」

「〈瀑布深水龍〉!!」

「至近距離でなら破壊出来ると考えたか!」

「っ届かねぇか…、…」


 揺るぎない意志は今日を穿つ動力源。一度は躱された水龍斬を右腕ごと振り下ろした即席の燕返しは脱兎の如き超足で回避されたが、彼の目は死んではいない。本日二度目の瀑布深水龍は近距離で放てばそれだけで脅威となるのだが、ネロには届かない。

 反撃のタイミングは凡そ完璧に近かったにも関わらず血反吐を吐いたのは此方側、唯一点の勝ち星が暗黒に飲み込まれていく。


「〈ガレットガントレット〉お前にはココロが在る。感情が在る。だから弱いのだ。其れが敗者を決定付ける。なまじ善人面するから重くなるのだ」

「てめぇの方こそ続服(ソレ)は窮屈そうだがな。丈に合ってねぇだろ」

「馬鹿も休み休み言え。ホワイトマザーの寵愛で満たされたカラダには一片の汚れも無い」

「満たされてるどころか空っぽじゃねぇか」

「ーーっ何も知らない癖に善人面で執行権を履き違えるな」

「そうだな。俺が知ってんのはお前のカラダはガキで、此処はガキを痛ぶる施設だって事だ」


 宇宙の果てを思わす造体は愛で満たすどころか命をも擦り抜け虚空に飢える。絡繰箱と云う、中からは決してこじ開けられない箱庭を楽園だと語るネロに外部のリオンはむず痒い事この上ない。

 されど彼はヒーロ物語の主人公ではない。ホワイトマザーに陶酔するネロを絡繰箱から無理矢理引き剥がす気も更々なく、互いの嫌味を含んだ対話は終わるべくして終わった。


「ホワイトマザーはネロに愛を注いだ。此のカラダは愛の器だ。他人が、それも蛮人が理解するには難解だろう。ホワイトマザーの愛を易易と理解出来る筈もないだろう」

「愛だの何だの勝手に語ってろ。それがてめぇの弱点だ」

(とは言ったものの、どうする…。速さじゃ勝負にならねぇ)


 リオンが残像軌道から逃げネロが追撃する。完全に不利な状況下でもリオンの脳内は澄んだ青海原のように爽快だった。

 一撃、一撃、また一撃、次々と打ち付けられた身体はガレットガントレットに鮮血を与えるのみで生産性がなく、普段は気にも留めない血の臭いも今は後引くようだ。


(!あれは…)

「ぐあっ」

「余所見してる余裕があるのか」

(一か八か試すっきゃねぇな!)


 其れは小さな閃光だった。視認不可能なネロの追撃を掠り傷に留め、半壊した培養槽の手前を通過したタイミングでネロのポニーブーツに異変を視た。些細で一秒にも満たない光を纏い、切り離すように欠けた。アスト残量に後が無いリオンは考えるより先に行動に移した。


「おい。この施設は長らく使われてないんだな」

「それがどうした。そろそろ諦めが付いたのか。そもそもお前程度ではホワイトマザーに指一本たりとも触れる事は叶わない」

「諦める訳無いだろ」

「…そこまでの価値があると言うのか、麗しの貴公子には」

「お前に譲れないもんがあるように俺にも譲れない、諦められない訳があるんでな!〈水龍斬〉!」

「何処を狙ってる。自暴自棄になったか」


 確固たる意志が宿る眼に射抜かれた虚空は水龍斬の軌道に虚を突かれるが、勝ち誇った表情で言葉を吐き捨てた。

 水龍斬はネロを貫くのではなく、背後の培養槽に放ったのだ。二度に渡る瀑布深水龍により露出を許されなかった"ソレ"が隆起した事はポニーブーツに走った閃光からも察しは付く。


「一か八かの賭けに付き合ってもらうぜ」

「電器、の配線!?ーーッ……ネロの弱点を見破ったのは褒めてやろう。だが、お前も感電…いや、お前が最も死に近いところに居るのだぞ。先に殺られるのはお前の方だ」

「グゥっ…!!殺ら、れねぇよ」

「何故だ!」

「俺にはお前が弱点と切り捨てた心が在って、感情が在って、譲れない信念があるからな!」

「…、ッそんなもの認められるか」


 此処は非道なる人体実験場。使われなくなったとは言え電気機器は絡繰仕掛けの元、命を宿している。先程までの攻防戦で剥き出された管状の電器配線は痺れを切らし漏電していた。それがネロの足を欠けさせたのだろう。

 漏電、水属性のエネルギーと来れば大方の予想も付くだろう。場面一帯が瞬く間に電気エネルギーの渦中となり弾けて飛び散った。人間も絡繰人形も超過する速度で噛み付かれ、互いに身動ぎ不可能だったが一歩前に出たのはリオンだ。


 人間だから心が在り、感情が在り、其れを大切にしたい思う思考が存在する。だから人の底力と云うのは得てして語れるものではない。命からがらに最後の一撃のエネルギーを溜めるリオンだが、彼は絡繰人形の、ネロ・プラスの原動力を知らなかった。


(届く……!)

「認められるか!!!」

「なに!?」


 命が光の速度で律動した。

――――――

―回想―


 歪められてなどない。望んで願って心を明け渡した。楽園の果実を貪る俗人になる気は更々無いし、俗世の興味はとうに捨てていた。


『ネロ・プラス。其れがお前の名だ。あたくしの為に命を捧げなさい。そして頭を垂れさない』


 煤けた電光に照らされた其の人は施設長ホワイトマザー、真名をブリオッシュ。初めての光だった。美しい人だと直感した。この人に命を預けるならばネロは満足だ。満たされたい、この人の光に、命ごと捕まりたい。


『あぁ、イイ子ねぇ。ロザリオの適合実験の時間だ。今宵もあたくしに命を捧げなさい』


 期待の眼差しが愛しかった。絶対的な信仰がネロを実験台に登らせた。皆は怯え嘆くけどネロの命は確かに確実に鼓動した。

 皮膚が裂けても肉体が崩れても五感がぼやけても堪らなく早鐘を打つ。


『ロザリオの実験は失敗。駄作が。せめて手駒としては機能しなさい』


 涙が枯れても命が不規則になっても、檻の中で愛して欲しい。狡猾の寓意像と恐れ慄かれても世界が廻る限り、愛の求刑は鳴り止まない。


『麗しの貴公子(ビスクドール)……遂に完成した生命の神秘。貴方はわたくしだけのマリオネット。他の誰しもが手に入れられなかった運命の権限を貴方は得たのよ……』


 擦り抜けていく。虚空のカラダから命が、愛が。監獄に循環する酸素のように尽く擦り抜けていく。逃げ場などない絡繰箱(セカイ)で愛だけが彼方へ脱獄する。



『盲目的で構わない。狂想とは正しく誉め言葉だ。幾許の刻が虚実であっても記憶が実像を歪ませようとも、願って欲したのはネロだから。其処には一点の曇りもない』

 善悪の要は端から持ち合わせていない。人間社会は知りたくもない。命が鼓動したのは時計の針が記したのは絡繰箱、出入り口は自ら閉ざした。


―回想終了―

――――――

 過剰な愛欲もまた、人の原動力である。


「〈超迎撃法術 エンプティレート〉!!!」

「超法術!?」


 閃光を弾け飛ばし、懐古時計を振れ動かし行き着いたのは超迎撃法術エンプティレート。攻撃特化型に加え法術の強化型と来た、掛け合わされた二種類の業はリオンに死を覚悟させる覇気すら纏っていた。


「はぁァァッーーッー!!!!」

「ーーっ!?!」


 続服から出現した鎧の様な白銀の重装甲がネロの暗黒造体を覆い尽くし、化け物じみた重圧を与える。背中付近に現れたのはガレットガントレットの強化型の装甲だろうか、後光を彷彿させる歯車形の絡繰に幾つものパーツが複雑に絡み合い、軋轢音が木霊する。

 正真正銘、最後の一撃だ。それも情念に振り回された激烈な一撃である。悶苦しみながら軸足に力を込めた瞬間、ネロは眼前に迫り回避の選択肢を叩き潰した。


『超法術、リオンなら使えるとばかり思っていたが使わないのか?』

『俺は……』

『?』

『俺は心の底から殴りたいと思った奴にしか使わねぇって決めてんだ』

『ハハッ!何だソレ』


 刹那のフラッシュバックは修行中、ふとシオンが尋ねた出来事。幼稚だとも子供じみているとも何とでも罵ればいい。それが国を変える信念も持ち、停戦協定を破棄させようとした彼なりの覚悟の現れだ。

 己の矜持を幻像で見直したリオンは溜め込んだアストエネルギーを放った。技の名は、


「降り注げ細流……〈法術 海廻天水龍〉!」

「只の法術でネロの造体が破られるものか!」

「ぉおぉおおーーっ!!」

「はぁあああーー!!……っはっ!?何だ、この力は…、!?ネロが圧されて、る………あ、有り得ない、あっていいはずがない!!!」

「其れが弱点だネロ・プラス!」

「グッーァアアア!!」


 技の名は法術 海廻天水龍。超法術VS法術の勝負、何方に軍配が上がるのか主観的に考えても超法術だろう。然し、実際に攻勢に出たのはリオンの法術だった。其処に宿ったのは反物の絡繰ではなく、唯一つの意志だ。

 互いのエネルギーごと切り裂く電光は尚も鳴り響き思考を蝕む。ネロの造体に亀裂が走りエンプティレートのエネルギーが湾曲した瞬間を狙って、更に威力を高めた海廻天水龍が空っぽの造体を撃ち抜き後方へ吹き飛ばした。


 壁に激突した衝撃で元々戦闘痕が痛々しく残る壁面は見事に崩れ去り、ズタボロのネロに鈍い小撃を加えた。盲目的な愛は清流を穿つ意志によって命にヒビ入れた。


 リオンVSネロ 勝者リオン。


「……勝てなかった、ホワイトマザー……ブリオッシュ様、お赦しを…最期は貴方の手で直接、命を握り潰してください、ネロの目の前で……」


 絡繰人形は去来する孤独を唱った。独奏した。贖罪を求め救済を祈った。命尽きる其の時は果実を握り潰すように容赦無く、冷酷に終天を与えてほしいと偶像をなぞる。

 無意識に伸ばした手を掴んだのはリオン。彼は無理矢理ネロを立たせ真後ろに引っ張った。合わない焦点が苛立たしく歪んでいたがネロには知る由もない事だ。


「っお前は要らない」

「てめぇの命はてめぇが握れ」

「外部の人間がしゃしゃり出て何だ、説教のつもりか。ネロの楽園を壊してまだ足りないとでも?!」

「これだけは覚えておけ。親に支配権なんかねぇんだよ。命を奪う行為に正当性も贖罪も無い」


 咄嗟に出たのは虚勢。ネロの言葉が聞こえてる筈のリオンは彼に返答せず、力強く唸った。


 親は子に命を授ける。心を授ける。愛を与える。子の人格形成に最も関与するのが親であり、子は親を見て育つ。其れを支配と勘違いし傍若無人の如く振る舞い剰え子の世界を歪ませてしまう親も居る。

 ブリオッシュが絡繰人形に対して架したのは正しく支配の権化。ネロが享受していようとも、親は子を奪ってはならない。親が子の世界を奪う道理など何処にも合ってはならない。



「…造られた命を人と同列に考えるなど愚かしい」


 リオンが(ひら)けた壁の向こう側の通路へ去っていった足音を聞きながらネロは虚空を見つめた。時計仕掛けの拍動は次第に不規則に不確実に、命を弄ぶ。

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