第118話 花のワルツ
花は美しくも儚く散る運命。枯れない花は無いのだ。時を止めてしまわぬ限りは。
『造花こそ最も美しき時の奇術』
少女は時の移ろいを栄枯の花園に見た。其れは、少女自身の運命であった。
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スタファノVSキフトの戦場。時はティアナがブリオッシュの元へ辿り着く少し前から針を進める。
「うーん……レディと闘う趣味は無いけどなぁ」
「だったら大人しく喰われなさい」
「!」
常にスロースターターなスタファノはキフトと対峙し彼女が女性型であると見るや否や肩を竦ませた。折角、出現させた植物鞭も心無しか元気が無いように思えるが無表情のキフトはこれ好機と捉え、造体の一部を植物に変化させた。
二枚貝をぱっくり割ったような植物は形状的に見ても食虫植物と見て間違いないだろう。植物に関する知識が豊富なスタファノも瞬時に見抜きキフトと距離を取った。
「避けるのね」
「捕食されるのも趣味じゃないからね。オレを食べても栄養にはならないよ」
「キフトの此れは栄養を欲している訳では無い。植物と造体を馴染ませる実験の副産物…それ以上でも以下でも無い」
「植物……ねぇ」
「人を喰い殺した後は切り取って終わり」
「オレってばモテモテ〜」
キフト自身は動かずとも食虫植物を自在に操りスタファノとの距離を詰め、捕食しに掛かるが只で肉体を差し出すスタファノではなかった。鞭で食虫植物を往なしつつ背後を取られまいと常に全体を見やる。
脅威的な場面で縦横無尽に動き回るスタファノは食虫植物を具に観察し、薄っすら微笑んだ。腹の中で認めた策でもあるのか、不意に間合いを詰め始めた彼は食虫植物の間を潜り抜け細長い指先を茎に滑らせた。
「キフトちゃんのこと、もっと知りたくなっちゃった」
「キフトに何を話しても無駄。懐柔しようと思わない事ね」
「違うよ。オレはキミと話がしたいんだ。ゆっくりお茶しながらね」
まるで鍵盤の上を踊らせるような左手の仕草に隠した右手が策を披露する。右手首を捻り鞭を撓らせると次第に長々と地下を覆う。気紛れな雲のように地下室を浮遊する鞭は一定数伸ばし続け一気に縮小した。
「これしきで動きは封じられない」
「オレの鞭、結構便利なんだ〜。大丈夫、キミを拘束したりなんて酷いことしないから」
「鞭が葉脈のように!これでは未動きが」
「取れないでしょ?」
「!やる気が感じられないけど少しは歯応えありそうね」
直ぐさま食虫植物を切り離したキフトの判断は見事なものだったがスタファノの策略の一部であると数秒後、気付かされた。綺麗サッパリ切れた食虫植物の破片が消失するより先にスタファノの鞭が部屋全体に伸び壁に床に突き刺さる。まるで網状脈の様に張り巡らされた鞭は、単体ではそう上手く事は運ばなかった。キフトの切り離した食虫植物を支柱代わりに使えたからこそ完成したと言えよう。
網状脈の仕掛けに一瞬気を取られたキフトを横目に流れる手付きで鞭を手放し、間合いを詰めるとウィンク一つでキフトを誑かす。特段、効果のほどは見受けられないがスタファノにとっては重要な要素らしく彼は実に生き生きとしていた。未動き取れないのを良い事に、割れ物を扱うようにキフトの金色のモミアゲに触れると静かに持ち上げた。
「やっぱりキフトちゃんはオレとお揃いだ」
「まるで解っていたような物言い……!」
「おっと。危ない危ない」
見た目以上にボリューミーな髪の毛に秘匿された真実とは何処かで見たようなトンガリ長耳。ガーディアンの里の住人等と身体的特徴が一致し、加えて植物を操るときた。スタファノの確信めいた声帯がモミアゲを擽り長耳を震えさすが、キフトも黙ってはいない。
敵方に近寄らせてしまった事実を反省し、新たに胸元から出現させたのは腺毛の特徴を持つ植物だ。先端がぷっくりと膨らんでおり今度こそスタファノの表情を崩してやろうと一気に伸ばしたが、僅かな空気の振れる音を聞き取った彼はひらひらりと躱した。
「オレの推測が正しければキフトちゃんはガーディアンの里の人間を素に造られた…違う?」
「それを聞いてどうと言うの」
「確かめたい事があったんだ〜。ロザリオについて」
「……」
「その様子、メリーさんが時の器と呼ばれてる所以はロザリオにあるんだね」
「……元々ロザリオはガーディアンの里の所有物と聞いた。里の人間が語るのも可笑しくは無い」
二本の触手のような腺毛にスタファノは見覚えがあった。先端部から毒性粘液を纏わせる特性を見て間違いないと頷く。これもまた食虫植物の一種である上に腺毛粘液は生身のスタファノにとって厄介なアイテムである。先程と違って適度な距離を保ちつつ鞭で対応していく。
傍ら、ロザリオに関する話題が真っ暗闇の地下に反響した。飄々とした態度を崩さないスタファノに対してキフトは存外、思考が表に出やすい。特定の語彙を嫌うように腺毛粘液を撒き散らしながら自ら打って出た。
一刻も早くスタファノの口を塞ぎたい様子だが、残念ながら逆効果だ。キフトの動揺を感じ取った彼は、師との会話を思い起こす傍ら完全に戦闘モードから口説きモードへと転換していた。
――――――
―回想―
突撃隊が絡繰人形屋敷に侵入する直前、ピオはスタファノを呼び出し、人目を忍んで影法師を踏んだ。
「え〜オレ関係なくない?」
「そう薄情にしてくれるな。七幻刀は余り表を空けられぬ」
封印法術から解かれた直後で、ようやっと状況を飲み込んだスタファノは開口一番、薄情さを顕にした。彼の性格を鑑みれば致し方無いがピオにはスタファノを地点空間に行かしたい理由と目的があった。
「スタ。少し、ガーディアンの里の話をしよう」
「!」
「私が七幻刀へ加入した理由は知っての通り"失われた古代種ロザリオ"の調査と監視だ。然し、数百年前から行方が知れなくてね……時を渡る力が在るとも云われていた。どうも今回の件と無関係とは思えない」
「それでオレにロザリオの調査をしてほしいって?」
「これは只の願望さ。ガーディアンの話を無理に聞く必要はない、スタは自由だ。だがほんの僅かで良い、頭の隅に置いてくれ」
「…ピオさん」
"失われた古代種ロザリオ"。其れはガーディアンの里の秘密であり秘宝でもある。幾千年前、当時の星霊様が友好の証として王家に献上した代物だ。王家とガーディアンの里は神話の確執により永らく交流が途絶えていたが、物が物だけにピオは自ら監視と銘打って七幻刀へ加入した。
平穏無事に終わる筈もなく、ロザリオは数百年前に消失した。果敢に王家を問い質しても要領の得ない回答ばかりで、やるせない気性が目元の皺を彫る。
そんな折、此度の一件が舞い込んだ。純粋な想いで救出に乗り出す小さき王を憚り、里を抜け自由の身になった弟子に里の事情を持ち出し、申し訳無いと目尻を下げたピオはスタファノに選択の余地を残した。
初めて師匠を遠い場所に感じた。物理的な距離は常にあったが、故郷と引き離された事で得も言えぬ感覚に襲われた。あれほど望んだ自由を手に入れ、選択肢を与えられたスタファノは師匠の名を口にするだけで喉が渇いてしまった。
―回想終了―
――――――
無知だった幼少期、卑屈だった少年期を過ぎて漸く精神的な成長に向き合えるようになったスタファノはピオの願いのみならず自らの意志でロザリオの状態を確認しようと躍起になった。
口説きモードと言う多少の雑念が混じるのが玉に瑕だが。
「ロザリオは時の器と適合した。既に消滅したと言っても過言ではない」
「そっか〜。キミももしかして適合実験でもしていたのかな」
「キフトは時の器ではなかった。其れは侵入者に関係の無い事」
「オレにとっては大アリだけどねっ」
表情は涼やかなれど鞭を振るう姿は逞しく靭やかで、一種の美しさすら感じる。元々天才肌な彼は腺毛粘液の応酬を悉く回避し、遂に明確なチャンスを生んだ。位置関係は常々変化しているが攻守が入れ替わる事は無かった、されど腺毛粘液を鞭で弾いた直後、一本の糸のような細道が眼前に現れる。
しめたと鞭を握る手に力を込め、キフトを捉えようと糸道を走らせたスタファノだったが脅威を感知したキフトは冷静に対処した。
「!鞭が裂けていく」
「初めに言った筈。不変の花こそ美しい」
ノーモーションで放たれた一輪は花は刺々しく鞭に突き刺さり、キフトの意志を代弁するかの如く鞭を裂かせていく。さしものスタファノでも予想だにしなかった反撃に一瞬出遅れ、鞭を手放し回避行動を取ったが完全回避とは行かず彼の端正な顔に赤筋が流れた。
綺麗な華には棘がある。突き刺す視線に、難攻不落な城を幻視し微笑のまま赤筋を拭う。これが彼女の口紅だったらどんなに高揚しただろうと無関係な戯言に笑える程度には余裕があるのだが、地面に転がる薔薇に向けた視線は何処か含みを持たせた。
「薔薇で攻撃なんて、可愛いところあるね。女性ばかりに物を贈らせるは男の恥……オレの一輪も受け取ってよ」
「生花は要らない。刹那の命に価値など無い。散ると分かっていながら何故、贈り合うのか皆目理解出来ない。然し贈り物として不適切且つ無価値である生花は、脆弱な人間には誂向きかもね。枯れゆく命に怯え、刹那の定めを受け入れ暮らすが良い」
「花には言葉を、心には想いを。限りあるオレたちは一輪の命を抱えて暮らしている。雨の日も風の日も野晒の命を抱えて生きている。花には元来、人を癒やす力がある。其れは野晒の目では視えない治癒。機械では測れない心の琴線がそうした生花の壮麗美と結び付き言葉と想いを託された、とオレは思う。……なーんてねっ!本当のところはただ、想いを伝えるのに手っ取り早い花を利用してるだけだよ。其処に生花も造花も差異は無い」
スタファノが放った一輪は可憐な百合の花。キフトに似合うだろうと贈ったが彼女は左ステップで一輪を避け、一瞥すらしなかった。贈り相手に振られた百合は食虫植物の攻防で亀裂が走った壁面に突き刺さった。脆く儚い生花は衝撃により一枚の花弁が舞い落ち、地下の黒と同化した。
互いの主張は平行線、一輪の軌道のように交わる事なく花弁を振り落とす。無意味な口論だと理解しながら花に言葉を乗せ、心に想いを宿していく。
「造られた命が疼く。蠢く。キフトは造花の子」
スタファノの言葉に想いに痺れを切らしたキフトが不意に嫌った百合の花を手に取る。掌から伝わる刹那の命の鼓動は見る見る内に潤いを捨て、萎れ枯れ紛い物の命へと変わった。潤沢を奪われた百合に言葉も想いもどうして託せよう。
何物をも拒絶、否定するキフトはアストを体外へ放出した。演劇を彩る演出のような花弁千枚は部屋中の景観を一変させ、転調させた。指先に舞い落ちた花弁は花弁らしからぬ硬質な感触であったがスタファノの思考は別のところを見ていた。
「花吹雪?」
(……この花、ヘレボルス・ニゲル)
「そんなに花が好きなら花になりなさい。キフトの能力プリザーブドフラワーによって!」
「ーっ!?」
(身体が、花に…?!いや、これは造花!?)
キフトの能力プリザーブドフラワー。触れた対象を"造花"へと造り換える、所見では防ぎようもない能力である。相手を天換させる能力など聞いた事も見た事もなく、些細な気の緩みがスタファノを窮地に落とした。速攻で花弁から離れるも時既に遅し、自身の肉体は内側から裂け造花の如き質感を纏わせていった。
「ーー〈治癒法術 フェリチタ〉!」
「無駄」
「っ、また」
「何度でも天換されていく。只の一度では攻略出来やしない」
「くっ、〈フェリチタ〉!」
「何時までも抗えると思わないで。キフトの創造した造花の命は生花とは違う」
キフトの睫毛がピクリと上下に揺れた。万事休すかと思われたが、治癒法術を駆使し辛くも喰らいついた。が然し、キフトの態度までは崩せず花吹雪に塗れて再度、スタファノの肉体は造花へと急く。
修行中の連続治癒はあくまで目的の為の手段だったがよもや此処で役立つ事になろうとは。慣れた戦法とは言え、アストエネルギーの無駄遣いも甚だしい。攻略法を思い付かれば敗北は濃厚だ。
(キフトちゃんの言ってる事は強ち間違いとも言えない。造花に触れる事が発動条件かと思ったけど触れていない箇所からも天換していってるのを見るに、カラクリがありそうだ)
「っは、粘液!?」
(花吹雪の音と騒音で気付くのが遅れた…!)
「気付いたところで回避不可能。天井に張り込んだ粘液は侵入者を逃さない。刹那の命を散らしなさい」
此処は絡繰人形屋敷、種も仕掛けもありふれた玩具。地割れこそ見当たらないものの地下深くまで慟哭が響き渡り、また至近距離で視覚と聴覚を刺激する花吹雪に翻弄され、スタファノ本来の力である超聴力は半減していた。偶然にも彼の厄介な性質を攻略したキフトだったが、知らなかったからこそ見落とした事実もある。
食虫植物の攻防戦でヒビ割れた天井に毒性粘液を張り込み、散らしたまでは良かったが粘液の音までは誤魔化しようが無い。花吹雪に紛れ込んだ粘液が付着した花弁の音を聞き取ったスタファノは答え合わせをするように天を見上げた。彼に勝利を確信させた瞬間であったと後にして思う。
「そうだね。丁度頃合いだ。キフトちゃん、オレとデートしよう」
「?何を…」
「場所はそうだね、秘密の花園なんてどうかな。キミに似合う花を見繕ってあげる。おいで〈結界法術 フラワーガーデン〉」
「ー!」
粘液の逃げ場がないならば天井を無くせば良いではないか。感味の王の慟哭はスタファノによって弱点になりかねない騒音、フラワーガーデンは彼の弱点補って余りある静謐な避難所だ。
唐突でそれでいて柔らかな場面転換にギョッとしたキフトは二歩、三歩と野花を散らした。驚愕の表情を引き出したスタファノは何時になく満足げに笑窪を作った。
「なっ、結界術…!ここまでの精度の結界…ハッ、太陽!?」
「安心しなよ。ホンモノの太陽じゃないから。キミを傷付ける太陽はココにはない」
「何故。何故、キフトが太陽が苦手だと分かった」
「いいや。分からなかった。それでもキミの繰り出す植物が創造されたものだってのは初めから気付いてた。だから確かめたかった。それにキフトちゃんに似合う花は太陽によく似ている」
「……」
一秒後、意表を突かれたキフトは態勢の立て直しを図るより先に防御の構えを取った。但しスタファノにではなく結界の天に向かって。体内の絡繰仕掛けを回し内蔵されたパラボラを天の星へ向ける様は、宛ら天敵に一矢報いる小動物のようであった。
余程、太陽に堪えたらしいキフトはスタファノの語りを許してしまい、ペースを持っていかれる。戦闘とは綱引きのようなものだ、何方が手綱を握るかが勝敗の鍵を握るのだ。
「例えば"サニーチルドレン"」
「それはキフトが世界で一番嫌いな花」
「四属性、地の献花。花言葉は"想いは地中深く"太陽の子とも称される理由は、いじらしい特性にある。地中で花咲き、実る……その特性に」
「その花は嫌い。散らして咲かせない」
「地中の太陽。んーキミに似合うと思ったんだけど、キフトちゃんにはやっぱり太陽を見つめてる姿がいじらく愛らしいね」
何時か花咲かせた四属性の献花の噺。地属性を象徴する花はチューリップに似た黄色の小花。スタファノの手に抱かれたサニーチルドレンは地中の太陽とも称され、仄かな華光を放っているのが特徴的でキフトの毛嫌いする一輪花でもある。
後先考えずサニーチルドレンに一直線に向かってスタファノの手から奪おうとするが、持ち前の冷静さを欠いた今の彼女ではスタファノはスルスルと抜け徒に愛を囁く。
キフトの動きに合わせて何処までも位置を固定するパラボラは彼女の表情に陰りを寄越し、暗雲を齎す。一方スタファノは避難所に来てからと言うもの二割増で橙色の瞳を瞬かせた。陰陽を浮き彫りするワルツは時期、足を止める。
「ウっ…!」
「キフトちゃんは生花も太陽も嫌ってなんかいないんだ」
「!」
「太陽を見つめた姿は想望、生花を見つめた姿は憧憬…手を伸ばして尚、届かない想いは軈て負の感情を引き寄せ心を奪う。それでもまだ慈しむ心を忘れられない」
「何が言いたい。キフトを暴いてどうするという。キフトは地下で十分、地上の太陽に焼かれたくなどない。去れ!ココから!!」
一層精度の増した鞭の応酬を二、三回バク転で避けたキフトは触れた花園が造花へと変容していくのを目の当たりにする。当たり前の事だ、己の特性を忘れた訳ではない。然ることながら口惜しいと、硝子花瓶に閉じ込めた感情が過ぎった。
取ってつけた明け透けな態度に心を見透かされたような悪い気分に陥ったキフトは徐々に瞬発力が衰え、遂にはスタファノに捕まってしまった。
「懐古時計はココかな」
「っしま、…!」
「……」
「……?絡繰人形を破壊する絶好の機会を逃して何がしたい」
「オレはキフトちゃんと闘いたくないからね。寂しい目をしたレディに拳を振るほど野蛮で不躾な男にもなりたくない。乙女には剣より花……」
懐いた猫のように懐に飛び込んだスタファノはキフトの左太腿を持ち上げ、愛想の良い微笑を見せる。彼の超聴力はキフトの懐古時計が振れ動く瞬間を聞き逃さず内腿を擦った。常人ならこそばゆい感覚に音を上げただろうがキフトにそういった情念の変化は見受けられず、逆に怪訝な表情を浮かべていた。
それもそのはず、懐古時計にトドメをさせば良いものをスタファノは内腿を撫でた切り彼女から距離を取ってしまった。
「"サンフラワー"花言葉は貴方だけを見つめる。オレの想いであり、キフトちゃんの心をでもあるサンフラワー……受け取ってくれる?」
「貰ったところで太陽の輝きはキフトの手の中で脆く崩れ去り、命を失う」
長耳は態とらしくピクピクと跳ね、キフトの音を捉える。反転した色素を持つ瞳は己を見つめる黄色の生花に一心に注がれた。陽光知らぬ地点空間に生花が綻ぶ筈もないが、サンフラワーが此方を見つめて咲うものだから気付けば温もりを感じぬ指先で茎を掬っていた。
陰気を募らせた指先が一秒、二秒と過ぎて震えていく。微熱の灯った吐息が生花を揺らし、懐古時計が大きく跳ねた。紛れもない、動揺している証拠だ。先程から内腿に広がっていく疼きがキフトの情緒を赤裸々に暴いていく。
「ーー……っ」
「あぁ、やっぱり良く似合う」
「あの時、懐古時計に細工を」
「お気に召していただけましたかレディ?」
「懐古時計は絡繰人形本人では動かす事が出来ない。キフトの能力は覆らない。と、思っていたのは懐古時計に異常を来さぬ為の建前……だった。だけれど花瓶が無い」
「地上に上がって一緒に探そう。もし太陽を憂うなら月のよく見える深夜でも、何時でもオレが側に居て何処へでもキミを連れ出してあげる」
サンフラワーは未だ生花の状態を保っていた。他ならぬキフト自身が信じられず、負の思考回路が悪戯な答えを導き出した。当の本人は、体の良い言葉を並び立て片膝付いて上目遣いで花咲かせる。
生花に何の価値が有ろう、栄枯の花園に何の価値が有ろう、己は半永久的に時を移ろう絡繰人形。生花と造花は同じ時を歩めないのだから余長の自分が造花を好くのは当然の計らいだ。だが、果たして其れは己自身の胸臆か?
「バカみたい。……悪い気分じゃないね」
答えは選択肢を与えていた。
―――
造花と生花が入り混じった栄枯の花園が時の移ろいと共に瞼を閉じた。戻ってきた地下空間は相変わらず湿度と冷気が漂い、サンフラワーを竦ませる。
「皆はどうなったかな」
「悪いけど此処から先へは行かせられない。キフトの刻は止めたくない」
騒音を聞き分け、皆の行く先を案ずるスタファノの前にキフトは立ち塞がった。戦意は削がれた、生花を手放す真似もしない、だが絡繰人形とて命は惜しい。ホワイトマザーに反旗を翻した者達が如何なる結末を迎えたか語るまでも無い事。
「オレとデートの約束してくれたら良いよ」
「……花瓶を買うだけなら」
「決まりっ!」
キフトの至って真面目な様子に悪戯心の芽生えたスタファノは甘温い蜂蜜の様な笑みを見せ、拒否権のない選択を提案した。これみよがしな態度に毒気を抜かれたキフトが提案を受け入れたのを期に、戦闘態勢は解除された。
スタファノVSキフト 勝者スタファノ。




