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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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110/123

第110話 ファントムの刺客

 ファントム本拠地にて。


「エミィ・マルデュース。七幻刀と接触したとは、一体どう言う了見だと訊いている」

「あららん。わたくしこそ伺っておりますの。何故そのような話を貴男に言葉として残さなければなりませんの隆筋様」


 九条卿二名の静かなる睨み合いが続いていた。一方は先日ソフィアの幻の一冊を追い求めたエミィ・マルデュース。濡羽色の長髪をサラリと揺らし、興味の失せた瞳を光らせた。もう一方はファントムの会合で生真面目に場を取り仕切ったガントロ。眼鏡の位置を直しエミィに食ってかかる。


「九条卿を仕切ったところで貴男に徳があるとは思えません。それにわたくしは美しさを求めて羽撃く鳥、束縛は有り得ないの」

「大事の前に余計な支障を来すなと言っている。九条卿の一人として行動には責任を持て」

「ならば情報を一頁お渡ししますわ。それで隆筋様が満足なさるのなら」

「情報だと?」

「運命は粛々とわたくしの元へ……」


 別段、ガントロが九条卿のリーダーと言う訳ではないが彼はファントム、挽いては九条卿の行動を管理したがる。それがエミィとの相性に亀裂を生じさせたのは火を見るより明らかだ。

 何時までも続く押し問答を嫌ったエミィはガントロに向き直り、小鳥の囀りの様な言葉を並べて差し渡した。

――――――

―――

 ファントムの奇妙な会合の一切を視界に入れない太陽はポスポロスのとある一角を照らした。

 街外れと言う程でもない立地に建築された建物の前にリオン、シオン、セイルの三名が立っていた。なんて事ない建物に真剣な眼差しを向けるシオンが咳払い一つで口火を切った。


「どうしてもリオンを此処に連れて行きたかったんだ。表はカモフラージュ用の結界さ」

「今度は一体何を見せられんだ」

「良いから良いから」

「ボクは不要でしたかシオンさん」

「全っ然。リオンが連れてきたのか」

「いや。セイルが勝手に付いてきたんだ」

「次は何時、修行をすっぽかされるか分かったもんじゃないからな…!」

「悪かったって」


 砕けた会話で間を持たせつつ慣れた手付きで空中に文字を描くシオン。疎らだが人の目がある都市部でいきなり結界を解除する訳にはいかないので、人一人分の入り口のみを結界式で現しリオン等を手招きする。

 何だかんだ素直に入り口を潜り、"カモフラージュが必要な空間"の広がりに目を見開き、遅れて戸惑いの声を漏らした。


「なっ此処は、……!」

「古い時代の神殿……。年代が古過ぎて所々朽ちてる部分もあるけど形は保ってる」

「ポスポロスに居て、こんな建物見た事ありません……」

「ぼくも最近まで知らなかったよ。そして此処を知った時、どうしても研究したくなった。付いてきて」


 其処には都市部のざわめきを感じさせず水を打ったように静謐な空間が在った。寸分の狂いなく等間隔に配置された列柱は、細部の宝飾・彫刻ですら永い時間を感じさせ思わず息を呑む。極限まで高められた外観美は何処からどう眺めても神殿と呼ぶに相応しい造形であり、神殿に踏み入る者を選別するように銀翼の天使が出迎える。

 悠久の時に忘れられた神殿はシオンの言葉通り、人の手が離れ朽ちた箇所も目立つ。然しソレすらも神殿を形成する造形美に組み込まれているような感覚に陥る。


「本来は見せてはいけないモノなんだけどリゲル様に無理を言って特別に許可を貰った…。この神殿が造られた最大の理由は中心に在る」

「ーっ!」

「何かしらの儀式に使われていたのでしょうか…。この空間だけ他とは空気が違う」


 銀翼の天使に睨まれながらシオンは神殿へ踏み入る。続けてリオン、セイルも天使の眼下へ進んだ。外観も然ることながら内観も当時の最高峰技術が練り込まれた形跡が至る所に見受けられ、自然と背筋が伸びる。

 暫くの後、シオンが足を止める。どうやら本当の目的地に到着したらしいと知り彼の背中越しに中心を見た。


 神殿の中心地には祭壇が有り、壁側には女神様を模したと思われる彫刻細工が永い眠りに付いていた。

 床下に広がるのはリオンとセイルが最も表情を崩した図式。中心点は真円を描き、伸びた一線は五つの円と真円を繋いでいた。円の内側には不可思議な幾何学文様と古代語が描かれ、それが節々に見られた。五つ円の内、一箇所のみ異常に崩れているのが気になる所ではあるが、紛れもない超巨大な法陣に背筋が伸びるどころか身体の感覚が冷えるようだ。


「忘れられた神話の異物。……五大宝玉の生まれた場所だ」

「な、……宝玉だと?!」

「神話時代の建築物は時代と共に流れたがこの神殿だけはリゲル様の判断で遺された。何故遺したのか、多くは語られなかったがリオンなら解るんじゃないか?同じ宝玉を宿す者として」

「俺を神殿跡(ここ)へ連れてきたのはその為か?」

「少し違う。ココは神聖な場所であるのと同時に精神統一しやすく、大いなる力を制御するのに役立つ場所でもある。言いたい事は分かっただろう」

「なるほどな。宝玉の修行には宝玉の発生地が似合いって訳だ」


 神殿と銘打つからには時代を象徴する施設だろうと予測は立てられたが、よもや五大宝玉の発生地とは思わずスッと肝が冷えた。セイルも似たような戸惑いを覚え、視線を右往左往させた。

 シオンが此処へ連れてきた理由は他でもない。リオンの宝玉修行にお誂え向きだと判断したからだ。彼の言わんとした提案を察したリオンは心に熱を灯した。肝も感覚も心の熱が平常に戻してくれる。


(海神の文様はこの位置だな……)

「スゥッーー………ハァッッッ!!!」

「自力で宝玉状態になれないならぼくが手伝ってあげようか?」

「…今集中してんだ。シオンの手は借りん」

「じゃあ頑張れ。ぼくもアップしとかないと。セイルくん、協力お願い出来る?」

「無論。断る道理はありません。宝玉姿にも興味がありますので」


 律儀に海神発生地と思しき文様の位置まで歩を進め、意識を一天に集中させる。基本的に宝玉状態はアストの深淵、意識が削がれる程の重体に陥り初めて顕現する力。リオンにとっても未知な試しに空間がビリつく。

 宝玉状態のリオンは元より、万一暴走しても対処出来るようシオンは準備運動を始める。次第に空間が歪み出したのを頃合いにシオンとセイルは準備運動代わりの組手を終了させ、リオンと向き合う。


「グゥッ…、クッ」

「意識は…………ありそうだ」

「あァ…、ギリギリな」

(っ、これほど禍々しいアストを感じた事が無い。シオンさんは平気なのか…!?)


 水飛沫のエフェクトを纏わせたリオンがシオンの問いに答える。幾ら神聖な場所といっても顔面蒼白な彼を見るに負担はキツいようだ。眉間を押さえていた右手を退かし今一度意識を現実に縫い付ける。目立たぬ程度の角と牙は、暗に宝玉の不完を表していたがアスト感知したセイルは眼前の禍々しさから逃げるように喉の奥を鳴らした。


「先ずは維持から始めた方が良いかな」

「…っ直ぐにでも戦えるぞ。グッ…ッ」

「意固地になるなよ」


(何だ、感知に引っ掛かる…?これは、…!)

「誰だっ!?」

「「!」」

?「流石に此処まで近寄れば反応されるか」

(ダレ、だ…?)


 宝玉の禍々しさに感知を歪まされ、自分達以外の人間の接近に気付けなかったのが悔やまれる。咄嗟に放ったセイルの声に何者かが嘲笑を含んだ言葉を反響させた。何故、結界の中に見知らぬ星の民が居るのだろうか。

 揺れ動く人影は三名。不用意にも此方に近寄って姿を現した。


「マルデュースの情報は正しかった。何故なら戦える状態では無い騎士団長が目の前に居るのだから」

「シオン、…結界はどうなってる……!?」

「おっかしいなぁ。ちゃんと閉めた筈なのに」

「どうせ時期に伝わるのだから自己紹介でもしよう。俺は九条卿のガントロ。騎士団長の身柄を回収しに来た」

「ファントム…!」

「ふーん。ファントムには優秀な結界破りがいるんだ。…ぼくって熟、運が無いと思うよ」


 暗色を含んだ緑のオールバックに線の細い眼鏡の男がガントロ。彼が主軸と見て間違いなさそうだがサイドの二人も癖が強そうだ。右側の男は癖のある明色を含んだ茶髪を適当に纏め上げたギャトロ。左側の男は口を噤んでいても犬歯が見える表情筋を一切働かさないゴルドロ。

 緊迫した状況にも関わらず何処か抜けてるシオンは既に破られた結界について疑問符を飛ばしていた。


「リオン」

「ったりめぇだ。戦えるに決まってんだろ!それよりセイル!」

「仮にも七幻刀。末席として、今のお前より戦える」

「言ってくれんじゃねぇか」

(相手は騎士団長と七幻刀二名、不足は無い)

「ハッッ!!」


 気合を入れ直しシオンがリオンに、リオンがセイルに発破する。何方にしろ招いてしまったものは仕方無い、倒すか倒されるかの二択で双方臨戦態勢を取った。

 空間に音が消えた一瞬、地を蹴り標的に向かったのはガントロだ。生真面目な性格に似合わず雑に取っ払われた包帯は隠した真実を露わにする。


(ツノ!?)

「リオンっ!」

「さっせないよ〜」

「グ…、ッ」

「ギャトロがソッチ行くならゴルはコッチ」

「ファントム…っ、ボクが相手になる…!」


 包帯がガントロの手から離れると同時に皮膚は赤褐色に変化し、右こめかみ付近には有ろう事か小さな突起物、"角"が生えた。まるで赤鬼のようだと呑気に余所事を考える余裕はなく、リオンはガントロの突進を盾変化で受け止めた。踏ん張りの利く地面で良かった、でなければ今頃壁に激突していただろう。

 リオンとガントロに意識を削いだシオンはギャトロを眼下に招き入れてしまい、咄嗟に防御に切り替えた。残されたセイルとゴルドロは睨み合いながらジリジリと距離を詰めていく。


「その姿は…、…」

「何とでも想像すれば良い。大した話でも無い」

「リオン!その男、ガントロは単純な肉体強化を扱う。気を付けていけよ」

「嗚呼!丁度良い相手だ」

「此方の戦力は筒抜けか」

「ん〜僕ちんを前に余所見はヤめてくれない?」

「安心しなよ。これっきりだからさ」


 ギャトロに牽制されつつシオンは敵の情報を簡潔に伝えた。七幻刀の彼の情報が敵方に漏れているのなら逆も然りである。赤鬼の如きガントロの姿は単純な肉体強化の成れ、力加減が掴めぬ今のリオンならば戦いやすいだろう。

 リオンVSガントロ。シオンVSギャトロ。セイルVSゴルドロの戦闘が幕を開けた。

―――

 セイルVSゴルドロの戦場。睨み合いが続く中、相手の間合いを先に制した方が優位に働く。


「髪型被ってんじゃん」

「被ってないが!?…ファントムには個人的な恨みがある。大人しくやられろ!」

「七幻刀のセイルだったかな。…あ〜思い出した。カハハッ父親が四卿の捨て子か」

「…!コイツ」


(落ち着け。コイツはボクを苛立たせて隙を見せるのを待ってる。姑息な手には乗ってやるものか)

(意外だな。考え無しに突っ込んでくれたら楽なのに、詰まらん)

「んじゃゴルから行ってくるかッ!」


 ゴルドロは犬歯をチラ付かせ必要以上にセイルを煽った。然しセイルも七幻刀に身を置く者、見え透いた挑発には乗らず眼光鋭く相手を射抜いた。

 挑発が効かないと分かるや否やゴルドロは生地の薄いシャツを乱暴に乱して突っ込んだ。無論、考え無しの特攻でなく明確な勝ち筋に則って行動を開始したのだ。


「〈法術 唸り海伽藍(ガルラブル)〉」

「しゅあ!!」

「なっ」

(今の角度を避けただと!?)

「驚くなよ、ちょ〜っと他人より骨が外れやすいってだけなんで」

「薄気味悪い奴め」

「カハッ見せモンだと思ってると喰われちゃうよ。檻なんて簡単に外せるんだから」


 セイルは範囲技を含めた航海法術を扱うのに長けているが本人の性格上、近接戦闘を得意とする。速攻を仕掛けたゴルドロに対して防御すると見せかけ発動したのは唸り海伽藍(ガルラブル)

 水属性の水を一定量生み出し自在に操る技は、時に近接戦用となり時に範囲技となるセイルの性格にあった法術だ。


 ガルラブルはゴルドロの真正面一帯を覆い、さながら大波のように迫り回避は不可能と思われたがゴルドロは"身体を有り得ない角度で撚って"回避してみせた。

 生々しい骨の限界音を聞くにどうやら彼は関節可動域を自ら広げる事が可能らしい。下手に攻めれば此方が傷を負いかねないゴルドロの体質に一旦距離を取り出方を窺う。


「攻めて来いよ。詰まんねぇのな」

「所詮ボクとファントムとでは敵同士、対話のメリットは無い。はぁー!」

「それが詰まんねぇって言ってんだ!!しゅあ!」

(これも回避するか。ならば!)

「挟み撃ちぃ?詰まらん男だよ!!!」

「いいや。三段構えだ。〈航海法術 発波尖礁〉」

「ぐぁっ?!法術の同時発動か、面白いッ」


 空中に浮かぶガルラブルは水幕の様にセイルの背後に佇み、彼の意思で円筒状に変化し前方へ放った。ギラ付かせた犬歯を詰まらなさそうに下げたゴルドロは再度、関節を外しながら円筒の中を通り抜け無防備のセイルに一撃を入れる。


 そうそう巧く事が運ぶ訳もなく、一見無防備のセイルはゴルドロの背後の水幕を円盤状に変化させ殺意をチラつかせた。

 のだが、意外と守備範囲が広いゴルドロは不敵な笑みを浮かべたまま後ろ手でアストを放とうとエネルギーを掌に凝縮させた。と、此処まではゴルドロも見破ったのだがセイルは更に一歩先を行った。


 発波尖礁は液体、主に水を氷柱のように尖らせて相手を攻撃する技だ。これを応用し、水幕に発波尖礁を仕掛け無数の水柱を出現させたセイルは自ら撃って出るのと同時に水柱も背後から攻め立てた。

 幾ら関節可動域が常人離れしているとは言え、法術の同時発動には対応し切れずゴルドロは敢え無く手傷を負った。


「父親に教わった訳じゃないよなぁ。捨てられたんだもんなぁ!」

「ボクは捨てられた事が苦ではない。カイリを止められなかった事が悔しくて、止めてくれなかった世界が憎くて厭だった。それだけだ」

「チッ。どいつもこいつもイイコ振りやがって」

「まさかお前も、親に捨てられたのか?」

「ーっウルセェ!もう二度と絡繰箱には戻ってやるか!!」

「絡繰箱?」

「これで終いだ!しゅあっっ!!」

「コイツの身体、どうなって…くっ〈唸り海伽藍(ガルラブル)〉〉」


 やけに突っ掛かるゴルドロは"絡繰箱"と何処かで聞いたような単語を口にし、幾度目かの攻撃機会を作りに走った。走ったのだが、セイルの澄んだ蒼目はゴルドロの不可解な変化に目を見張った。

 なんと剥ぎ取った衣服の下、皮膚は継ぎ接ぎだらけで、それだけでは冷めたセイルは驚嘆しないがゴルドロは一部の継ぎ目を引っこ抜き二の腕辺りの骨を取り出したのだ。


 余りの超人、怪人ぷりに一瞬出遅れたセイルがガルラブルで前面を覆うのとゴルドロの骨が眼前に到達したのはほぼ同時で、互いの姿が小爆発により視界から失せた。先程放射し損ねたアストを水幕に衝突させたのだろうとは予測を立てられるが、本人は何処か。


(この勝負、勝った!)

「この程度で殺られるほど七幻刀の席は軽くは無い!〈発波尖礁〉!」

「ーッウ!?がぁぁ!!」

「不愉快な相手だった……」


 最初に視界に囚われたのはセイルだ。足音を殺し忍び、死角へ潜ったゴルドロは完全勝利を確信した。

 刹那、殺気とアストを感知したセイルが真横に迫るゴルドロに手を翳し発波尖礁を発動した。ゴルドロの身体は水幕を浴び骨身から水滴が滴り落ちている、発波尖礁の発動条件である"水液"はとうの昔に達成していた。


 ゼロ距離から水柱攻撃に悶え苦しむゴルドロはセイルへの攻撃が叶わず、手前で身体を擦るように倒れ込んだ。

 セイルVSゴルドロ 勝者セイル。舐めて掛かったゴルドロの完全敗北である。

―――

 シオンVSギャトロの戦場。猫のように靭やかに動き回るギャトロを目で追いつつ、シオンは他方の情報を拾っていた。


「あっちの方で"絡繰箱"って聞こえたんだけど、ギャトロくんは知ってる?」

「…アイツは駄目だ。余計な事を何時も言う」

「じゃあコッチは答えてくれるかな。此処の情報は何処で手に入れた?」

「力尽くで聞き出してみな」

「嫌だな……ぼくは野蛮な真似はしたくないんだ。出来るなら穏便に済ましたい…」

「あっそ」


 死んだ魚のような目でシオンを睨むギャトロは如何に手を変え品を変えても得たい情報は吐きそうにも無かった。少しばかり眉を下げたシオンに対しギャトロは眉を釣り上げた。シオンの言動が相当に気に入らなかったと見える。

 延々と会話する気は起きず不機嫌を体現するようにギャトロが速度を上げた。懐に入っても深追いはせず、シオンが反撃に転ずる直前に身を引く。これを幾度となく繰り返すギャトロの狙いとは。


(速い……スピード系か)

「そんな(ノロ)い避け方じゃ飽きるぞっ!」

「おっとと、きみは武器を扱うんだね」

(不思議な形状の刀だ……避けようと思っても後追いが出来る)

「それがどうした」

「残念だと思ってさ」

「は?」


 スピード特化型のギャトロが遂に深々と地面を蹴り込み、シオンに迫った。無論、手ぶらな筈もなくギャトロの不自然に隠された左手が握っていたのは刀の柄だった。刀タイプのエトワールは飽きるほど見慣れている。伸びた刀身を盾変化で受け流しつつ右ステップで回避しようとしたが、ギャトロのエトワールは一癖違った。

 既知の刀より薄く刀身の長さは群を抜いて長かった。兎に角長かった。ウルミの如し未知なる脅威にシオンは笑っていた。完全回避は叶わず、尚も回避に専念するシオンの何処に笑う要素があるのか。不可解な仕草にギャトロの眉は益々釣り上がる。


「ぼくのアスト能力、もうバレてると思うけど一応紹介しておくよ。相手の技をコピーする汎用性の高い能力さ。けどね、幾つか際限もある」

「何言ってる」

「その1。法術やアスト能力はコピー可能だけど体質由来の術は不可能。その2。エトワールの能力もコピー不可、だから残念だ」

「はぁ?じゃあ僕ちんとは相性最悪、勝てっこないって敗北宣言?」

「フッ……。その3。術のコピーは基本的に、コピーした時点での強さが反映される。こんな風にね」


 相当修練を積んだのだろう。ギャトロの手足代わりになる(ウルミ)エトワールは確実にシオンを壁際に追い詰め、反撃の手数を減らした。然しシオンも黙って追い詰められた訳ではない、壁に両足を付け足場にすると一気にギャトロの背後まで加速した。

 (ウルミ)エトワールの間合いは自由自在に線を描くが、瞬間的に移動する点を追う際には僅かな揺らぎが生じる。既に攻略法が頭に入っているシオンは何故か突然、能力の説明を始めた。


「……はぁ!?アリかよそんなん…っ!」

「《宝玉・海神スタイル》……1%ってとこかな」

「ゔっ、ぐぎゃぁ〜!」

「お終い!」


 能力説明に気を取られたギャトロの眼がシオンの変化に気付く頃には視点は空を向いて抵抗する間も無く閉じられた。

 "宝玉・海神スタイル"。リオンの修行用にコピーしたのが役に立った。モノクルを震えさせ出現した角はリオンの牛角とは形が違ったが掌底の威力は宝玉のソレと同等であった。


「っ、キッ〜っ…流石に宝玉のコピーは無謀だった」


 地に伏すギャトロには目もくれず、コピーを解除したシオンは咳き込み血反吐を吐いた。掌に飛び散った血痕は負傷ではなく、能力の限界点を暗に伝えていた。宝玉とは海神とは此れほど体内のアストエネルギーを破壊するのか、未だ戦闘中のリオンに脂汗を一筋流した。

 シオンVSギャトロ 勝者シオン。

―――

 リオンVSガントロの戦場。


「〈法術 水龍斬〉ッ!!」

「ハハハッどうした!?当たらねば意味が無いぞ」

「クソッ…、…」


 海神状態だからと言って実力が急激に上がる訳ではなく、負荷耐性が低い内は水龍斬すらもまともな形を保てず軽々回避されてしまった。滲み出した焦りが身体の自由を奪い、一向に優勢を取れず状況は悪くなる一方だ。


「騎士団長がこれほど惰弱だとは。念入りに準備して損だったな!」

(アストが使いづれぇ…!)

「はっ!!」

「肉体で、受け止めたか」

「お前を捕まえる為だ」

「ぐっ!愚かしい真似を」

(まだ、だ。まだ足りねぇ)

「ファントムの九条卿ってのはその程度か!?」

「言ってくれる。力のコントロールも出来ぬガキが!」


 一方、赤鬼状態のガントロは存分な力を振るいリオンを追い詰めていく。意識がある状態で宝玉を扱う難解さが身に沁みて判り、底の知れぬ深海に投げ出されながらもリオンは敵の撃破のみに思考を預けた。

 衣服の上からも判別出来る筋肉の盛り上がり方に重い一撃が来ると察したリオンだが、直前で盾変化を取り止め両腕をクロスさせると自らの肉体でガントロの攻撃を受け止めた。


 第一に不安定なアストでは盾変化の強度が心許なく、第二に強化された肉体ならば衝撃はあれどダメージは抑えられると踏み、第三に至近距離ならば鈍い身体でもガントロを捕まえられると考えた。

 実際、クロスさせた両腕を解きガントロが後退するより速く彼を捕らえ腕挫腋固(うでひしぎわきがため)を決める。そのままガントロの腕を捻りながら倒れ込み、勝負あったかと思いきや更に盛り上がった筋肉で無理矢理リオンの固め技から脱出してみせた。


「オーガの力を舐めるな」

「そうこなくちゃな!!」

「「はっっ!!」」


 珍しく敵を煽動するリオンに素直に従った振りをしてガントロは、もう一段階人ならざる姿へと変貌を遂げた。衣服は薄布の如き破れ方で散り、皮膚は赤々と変色し頑丈になっていく。

 互いに肉体強化型を扱う身、小手先の調べなど必要なく肉体を唸らせた。筋骨隆々なガントロに僅かに踵が(こす)れた瞬間、リオンが上体を下げた。


「ココだ!!〈水龍斬〉!」

「ぐぉっ!!?!」

「まだ、だな……っ」

「くっ…、この程度で殺られる俺ではない」

「オーガの本気を見せてみろガントロッ!」

「……後悔しても遅い。ふぅはァァっっ!!」


 肉体同士のぶつかり合いの最中、アストの調整を図っていたリオンは隙を生じさせたガントロの腹部に水龍斬を叩き込んだ。多少形が崩れていてもゼロ距離ならば問題は無い。

 不意のカウンターを喰らい後方へ吹き飛ばされたガントロは一秒未満で意識を取り戻し上半身の衣服を破けさせながら異形の姿へと変容していく。


「威力調整が難しかったからな」

「なにッ!?」


 それが狙いだった。

「耐久力上げてくれて助かったぜ」

「抜けた事をッ!」


 態々煽動したのも、比較的力が入り衝撃を緩和されやすい腹部を狙ったのも全ては策略によるもの。ガントロの実力が上がれば上がるほどリオンにとって都合が良かったのだ。

 ようやっと己の意思で強張った身体に信号を送れるかと思うと笑いが止まらない。リオンの狙いに気付いたシオンが薄っすら笑みを浮かべた刹那、


「ふっ!」

「今更その程度の攻撃が当たる訳無いだろう!」

「どっちでも良いんだよコレは」

(おっ、進み過ぎた)

「……そうか、これが、このタイミングが狙い立ったのか」

「あぁ…避けられねぇぜ」


 形の定まらぬ水龍斬が放たれた。対処済みの攻撃に当たってやるほど情はなく、スルリと躱された水龍斬は地面を抉り辺り一帯に水飛沫を撒いた。視界の悪さは此方にとって最も都合的だ。宝玉状態のリオンは研ぎ澄まされた超感覚で、肉体のみを強化したガントロの居所を捉えると俊足で間合いに駆け込んだ。

 余りの速さにリオン自身の脳感覚が追い付かず、一度は通り過ぎてしまうが振り返って照準を合わせた。次に繰り出される一撃の威力と今までの行動の真意を察したガントロがフッと息を漏らした二秒後、彼は壁にめり込み呻き声を上げた。


「リオン!」

「シオン…見てたな」

「そっちが遅いんだよ。ね、セイルくん」

「シオンさんには敵いません、がリオンには勝ったと思います」

「別に勝負してんじゃねぇぞ」

「フン」

「だいぶ嫌われてるね!」

「楽しそうだなおい」


 最後の戦闘を終え、冷や汗を搔く場面もあったが其々が手堅い手応えを感じ和やかな空気が漂い始める。相変わらずリオンに淡白な一面を持つセイルにツッコミつつ、気絶したファントム達の処理を熟考していたシオンは小石の転がる音を聞いた。

 否。小石ではなく壁面が崩れた際の瓦礫が地面に転がった音だ。気の所為だと無視した音は不穏の(つぶて)を隠し、忍び潜んだ。


(ガントロが居ない…っ!?何処だ、何処に)

「っリオン!後ろだ!!」

「させないよ」

「っー!」

(まだ立ってやがる…!)

「二度も言わせるとはとんだ手間だ。オーガの力を舐めるな」

「ッチ、身体が……〈エトワール式法術 ……」


 状況を理解した時には既に一手遅かった。倒れた筈のガントロが行方知れずとなり視界を右へ左へ流して、漸く発見した居場所はリオンの背後だった。シオンの焦燥を含んだ叫び声と時を同じくしてリオンも背面の気配に気付き振り返るも、宝玉の悪影響で直ぐには動けそうになかった。

 助太刀に入ろうとしたシオンをギャトロが羽交い締めで制し、セイルも這い攣ったゴルドロに回り込まれ上手く出し抜けない。残された手立ては腰元の結時雨である。が、


「なっ!?」

「「!!!」」

(刀身が鞘に引っ掛かった…!矢張り仮の物では駄目か)

「これは都合が良い」

(この距離、不味いっーー)


 結時雨を納める鞘は仮物。納めていると言っても原型でない為、リオンと反りが合わなかった鞘と刀身が嫌な金属音を立て出だしを狂わせた。コンマ数秒の誤差は常に攻防入れ替わる戦場に於いて実に致命的だ。

 隆々とはち切れんばかりの赤褐色の筋肉がリオン目掛けて振り翳された。


「グハッ!?!」

(何だ、何が起こった)

「クァトロ、…見張りのお前がやられた…?」

?「ま、こんなもんでしょ」

「この声、まさか……!」


 既の所で乱入したのは、恐らく結界を破った者と思われるクァトロと呼ばれた人物と金髪の彼だった。その男は神殿の外からクァトロを倒しリオンとガントロの間に放り投げた。男の声には聞き覚えがあった。数日前、再会したばかりのクシャッとした笑顔が蘇る。


「ノーヴル……なのか!?」

「この感じ、リゲルさんも居るね。きっと結界の中に招き入れたのはリゲルさんだ」

「リゲル様が…」

(ノーヴルにリゲル…騎士団と七幻刀の頭か。クァトロでは敵わないのも無理は無い)

「敢えてそちらさんには行かないから、大人しく帰ってくれるなら俺は何もしないよ」


 新生騎士団を率いるノーヴルと七幻刀を率いるリゲルとが助太刀に参上した。リゲルは結界の外で事の成行きを見定め、ノーヴルは態々両目を瞑ってガントロ率いるファントム等に折衷案を呈した。

 当の本人は神殿の入口に居る人物の正体に勘付き、静かに赤鬼状態を解くと眼鏡の位置を正した。


「ガントロ!折角ターゲットが目の前に居るのに帰るのか!?」

「ギャトロ、思い出せ。我等はファントム。ファントムに従うのみ。此処は一旦退避だ」

「……お前も駄目だな」

「行くぞ。ギャトロ、ゴルドロ、クァトロ」

「お役に立てず申し訳ありません……」

「悪いけど一人は残ってもらう事にしたんだ。ごめんね」

「!」


 ガントロも無能では無い。現状と戦力差を加味して白旗を上げたが、彼の決断を気に入らないギャトロはギリギリと歯軋りし抵抗した。然しギャトロも助っ人二名に敵わないと理解しているので最後は無言で踵を返した。

 ガントロに頭を下げるクァトロと首の骨をゴリゴリ鳴らすゴルドロがリオン達と擦れ違った瞬間、一人を掴んでシオンは心にも無い言葉を掛けた。


「僕ちんに触れるな!」

「逃げないでよ。……なーっんて、ね」

「〈唸り海伽藍(ガルラブル)〉!」

「はっ?!狙いはゴルか…!」

「チッ」

「ゴルドロを置いていく気ですか!?」

「致し方無い。それにファントムの下っ端を捕らえたところで例の作戦に差異は無い」


 ギャトロの腕を掴み、注目に引き付けたシオンは標的に悟られぬよう付近のセイルに目配せした。リオンは兎も角、シオンの頼みならば断る道理も無いと瞬時にゴルドロを引っ捕らえ冷ややかな地面に伏した。

 ファントム側に多少の焦りはあれど冷酷に仲間を切り捨て、立ち去った。残されたゴルドロは恨むように去りた背を何時までも睨み続けた。


「シオン、何か有るんだな」

「気になる事項が出来た。一つだけね」


 一連の流れに口を挟む暇もなく傍観していたリオンは一言、シオンに確認を取った。彼の横顔はモノクルに隠され、益々表情が読めなくなってしまった。笑っているでもなく悲しんでいるでもなく、曖昧に濁っていた。

 パッと振り向いた顔は少年の頃から変わらない色を纏わせており、一安心したリオンは修行を中断し神殿を後にする事に。


――――――

 只でさえ触れてはならぬ秘密を隠す結界、二度と侵されないようリゲルは強固に張り直した。何重にも組み立てられた結界式はさしものシオンでもコピー出来ぬほど複雑に絡み合い、改めてリゲルの凄みを感じるのだった。


「手助けは必要無かった?」

「…いや、助かった」

「フッ素直になっちゃって!」

「イテッ肩組んでじゃねぇ……て」


 夕暮に欠伸したかと思えばいきなり肩を組んできたノーヴルは、相も変わらず呑気な顔でリオンを子供扱いする。見下している訳でも評価を甘んじている訳でも、況してやリオンの成長を無視している訳ではない。彼なりの変わらない距離感を暗に伝えているのだ。


「俺等は何時でも味方だからな。何度でも戦力になるぜ」

「おう!」


 小声で、恐らく言いたかったであろう台詞を吐き互いに拳を合わせるとノーヴルは漸くリオンから離れた。暫く常駐を決めたのも力になる為だろうか、器用貧乏とはよく言ったものだ。


「シオン」

「えぇ。ファントムの一人を捕らえました。彼から聞けるでしょう……"絡繰箱について"」

「リゲル様、先程から気になっているのですが絡繰箱と言うのは?」

「其れは、私の唯一の失態。正さねばならぬ罪の温床」


 セイルが何の気なしに絡繰箱と問うとリゲルは皺の寄った面持ちを更に顰めて、失態と口にした。如何なる意味があるのか、リゲルの表情は険しくなるばかりでセイルはそれ以上の問い方を無意識に追い払ってしまった。


――――――

 其々の想いを抱える中、一人抜けたファントム組も複雑な胸中を吐露した。


「良いのかよゴルドロのこと」

「何度も言わせるな。時間の無駄だ」

「奴等は絡繰箱に反応した。ファントムの内情が知れなくても向こうは……」

「其の話は二度とするな」

「ガントロ、俺はゴルドロが心配です。貴方も昔は人を思いやれる人だった」

「時は前へ進む。過去の俺を見るな」


 几帳面に巻き直した包帯に斜陽が差さる。体格の割には年下気風を感じさせるクァトロが、ギャトロに代わり苦言するも上官は何処吹く風だ。回り込んで足を止めても光を受け取った眼鏡では反射した表情は映らない。

 ファントムの影が背面に伸びている事にも気付かずに。



――――――

―――

 時計仕掛けの絡繰は時を廻した。未来にも過去にも、廻して天象が狂う時を持ち望んだ。密かに、密やかに、冷ややかに。

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