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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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108/124

第108話 盗賊集団フック隊

 香の間にて。


「はぁはぁ、どうだ……一本取ったぞ」

「やるなぁ……久々に汗水流した」


 砂時計が落ちる間にパウルから一本取らねば強制送還されると言われ、無我夢中で戦闘し見事一本取り即座にカエデを睨んだティアナだが、


「これで二度と強制送還なんて下手な事言うな!」

「はて?」

「〜〜!!!コイッ……」

「まぁまぁ良いじゃないか。ティアナの実力が見れた訳だし」


 飄々としたカエデは今回もまたティアナの怒りの火花をスルッと躱して微笑を張り付かせる。口でも実力でも足元に及ばないと自覚している彼女は自身の感情を拳に乗せたまま落としどころを探した。


――――――

 例によって例の如く、使いを頼まれたティアナは買い物メモ片手にメルメイスに居た。断れるものなら是非とも断りたいが修行にはカエデの機嫌次第な部分も含まれており、下手を打てないのが現状なのだ。


「で、あんたまで付いて来ることないだろう」

「序でだよ序で。寄宿学校に顔を出す前にティアナとの親睦を深めようと思ってな」

「あたしは別に関わる気などないが……」

「そー言わずに!」


 勝手に現れては勝手に消えるスタファノが封印されていると聞き一安心したのも束の間、今度はパウルがティアナに絡んできた。自分本位なスタファノと違い、パウルには少なからず世話になっている。余り突き放す気分にもなれず、仕方無く隣に並び歩く。


「はいっオマケもどうぞ!」

「何時も済まない」

「私に出来るのはこのくらいだから遠慮しないで。ウルさんもどうぞ」

「ありがとう。話を変えて申し訳ないが、あの籠に入っているのは店の物品かい?」

「あぁ、あれね。誰かの落とし物みたいなの」


 毎日と行かずとも隔週でトレーネの働くベーカリー店に昼食を買いに来ていた。人と縁を結ぶ事に躊躇いを感じるティアナだが共通の負い目がある同士ならば話は別だ。

 ちゃっかり昼代を浮かすパウルは不意に視界に入った小さな籠について店員に問うた。


 快活としたトレーネはパウルの質問に笑顔で応えると手編みの籠からルーペを取り出し二人に見せる。ルーペと呼ぶには少々もどかしいサイズだが細部にはポスポロスの技術と思しき装飾が施されており、持ち主の几帳面さが窺える。

 トレーネ曰く、数日前に店内に落ちていたのを発見し、持ち主が現れるやもと暫く飾っておく事にしたらしい。


「綺麗なガラス細工でしょ?出来れば持ち主に返してあげたくて」

「……これは、単なるガラス細工と言うより」

「?」

「だったらウチとティアナで持ち主を捜して返してあげるよ」

「は?!」

「本当に!?でも、忙しそうだし悪いよ」

「任せな。騎士団所属の身として困り事は放っておけないのさ」

「……あたしを巻き込むな」

「良いじゃないか。少し、心当たりもあるしな」


 トレーネの悩みの種を引き継いだパウルは小綺麗なルーペを受け取り、ティアナの肩を組んだ。ティアナとしては幾ら知人の悩みとて時期が悪い。然し拒否する隙間はとうに無く、パウルの強引な腕に引かれる形で依頼未満を受け入れた。


―――

 ポスポロス技術が含まれているのであれば持ち主はポスポロスに居るだろうと至極単純な理由で絡繰仕掛けの街に戻ってきたパウルは、漸くティアナの腕を解いた。


「心当たりと言うのは?」

「それよりティアナ、さっき何か言いかけただろう。教えてくれ」

「遮ったのはあんただが、まぁ良い。そのルーペ…何方かと言えばエトワールの技術に近いように見受けられた。少なくともあたしにはそう見える」

「ほぅウチは小洒落たルーペにしか見えんが…。ティアナに目利きの特技があったとは意外だな」

「色々合ったんだ。色々」


 心当たりとやらに一直線に進むパウルの一歩後ろを歩くティアナは早速彼女に疑問を投げ掛けたが逆に質問されてしまった。パウルの質問に答えねば先へ進めないと判断したティアナは抑揚なく淡々と答えた。

 盗賊時代を思えば手放しに自慢出来る目利き能力ではないが、よもやこんな所で役立つとは。


「それで再三、訊くようだが心当たりを」

「到着。持ち主候補のお家だ」

(答える気は無いんだな……)


 とある路地裏、隠れ家的な立地の民家のベルを弾いた。ピロピロと愉快な音を奏でるベルを聞いていると愈々面倒事に巻き込まれた自覚が嫌でも湧いてくる。

 数秒待っていると、呼び出された家主は忙しく戸を開け外の空気を目一杯吸い込んだ。


「はい……何用で?」

「いやぁ実はお宅の前にこんなのが落ちてまして」

「ん!!」

「ん?」

(はて……?落ちていたのはトレーネの店の前だったような)


 ターバンを巻いた無精髭の親父は顔だけ出していたが小洒落ルーペを見るなり血相を変えて酒気を帯びた息を吐き散らした。

 何故、パウルは嘘を交えて小洒落ルーペを渡したのか甚だ疑問に残るが今は事の成行きを見守ろう。


「おいっっ!ピンスこっちへ来い、そーっと来い」

「煩いなぁウォンジー、あ!それ…、は…」

「やっぱそうだな!?ピンスの落とした物だな」

「多分、そうだけど…えーこっちに返ってくるんだ」

「余計な事は言わんで良い!お二人さん、これは娘の大事な物で、拾って頂きありがとうございました」

「ムスメ……」

「気にするな。困った時はお互い様だ」


 ターバン親父ことウォンジー・フックは歯車の付いたオーバーサイズの手袋を右手にしていたが、さり気なく後ろ手に回し逆の手で娘を呼び寄せた。彼女はピンスクック。深青色のショートヘアに茶系の毛束を金具で繋いでいた。

 気怠そうに頭を掻いていたピンスクックは小洒落ルーペを見るなり矢張り血相を変えた。余程重要な持ち物なのか、受け取ったのを確認したウォンジーは慌てた様子でガバガバ頭を上下に揺らした。柄物のターバンがズリ落ちるほどに何度も。


「何かお礼でもさせてください!ええ是非」

「ウォンジー……お父さん、止めなよ見苦しい」

「礼と来たなら受け取らねば損だな。では一つ茶でも頂こう。なぁティアナ、喉が渇いた頃合いだろう?」

「そう言う事にしておいてくれ」

「ささっお上がりください。ピンス、お兄ちゃんは床で寝てるだろうから起こしてきなさい」

「アイツ、お兄ちゃんなんだ」

「これ!余計な事は言わんで良い!!」


 勝手に事と次第を進めるパウルとウォンジーに対して少々気後れ気味のティアナとピンスクックは流れる時間に身を任せた。此処で断ろうものなら後々の方が面倒になりそうだ。あくまで妥協だと、笑みを絶やさないパウルにはこっそり小言を付いた。


――――――

 地上から一段下がった隠れ家は意外と広々していたが兎に角、物と言う物が溢れ返り足場を狭めていた。足場と言えるのは精々木製のテーブル回りのみ。


「お兄ちゃんでーす。狭いところで悪かったな」

「まだ何も言ってないが……」

「ウチは喉が潤えば何だって良いさ」


 先に奥へと入って行ったピンスクックは不自然にお兄ちゃんと連発し、一人の男を起こした。茶系の短髪に、深青色の毛束を金具で留める彼はオスカー。客人を見るなり、面倒そうに顰めっ面を見せティアナ達の視界から消えた。


「ティアナ」

「今度は何だ」

「このメモに書かれた品が有るかどうか確かめてくれ」

「メモ?」


 先んじて冷えた椅子に腰を下ろしたパウルは、座るのを躊躇うティアナを呼び寄せ小声で指示とメモを託した。パウルの行動には些か疑念が生じるが与えられたメモの内容を見たティアナは薄っすら口角を上げた。

 さして面白味のない字面だが疑問点が消し飛ぶ瞬間は何時だって気持ちの良いものだ。


(ハハーン…なるほど。ウルの考えは読めたが、物を漁ってたら不審に思われそうだ…)

「さぁどうぞ、苦味が癖になる味です」

(〈法術 スパイクドライバー〉)

「なっ」

「おっと危ない。不幸な事故だ。ウチが支えてる間に噛ませを入れるなりしたらどうだろう?此処には山ほど物が溢れかえっているのだから」

(全く……無茶をする)


 何故、出会って間もない人達の家中を探る必要があるのか。何故、丁度良くメモを取り出せたのか。それらはフック一家の秘密に繋がる。薄ら笑みを浮かべたは良いものの、客人が周りの品を必要以上に見つめていたら不自然に思われかねない。

 ティアナの常識的な危惧はパウルの無茶苦茶な力技でねじ伏せられた。ティアナが多少の自由を手に入れる為にパウルはテーブルの足を威力調整した法術で折った。


 折角頂いた茶が溢れぬよう座ったまま膝でテーブルを支え、パウルは実直的な提案を申し入れた。余りの傍若無人ぷりにさしものティアナも呆れ果て、視線を逸した。

 人目を忍んで特定の逸品を調査するなどティアナにとっては朝飯前だ。パウルの指示通りの働きを終え茶休憩に区切りを持たせた二人は隠れ家を後にした。

―――


「それで、合ったんだな」

「嗚呼。間違いない。メモに記された特徴とは少しズラされているが大方一致した」

「ティアナの目利きを信じて良かった」


 自ら隠れ家を去ったと言うよりはフック一家に追い出されたと言った方が文脈的に正しいかも知れない。無論、パウルの法術はバレてやしないが厄を厄とも思わぬパウルの性格はフック一家、取り分けウォンジーとは相性が悪そうだ。


 只でさえ彫りの深い顔がニヒルに歪むと、こうも人相が悪くなるのかと知見を得たティアナはパウルと共に一旦、七幻刀の住処に帰る事に。今日はよく乾いた風が吹く。明日は穏やかであれば良い。

――――――

 翌日。願いに反して暴風となった八雲の日和、ティアナとパウルは髪束を引っ張られながら例の隠れ家にやって来た。夜半から風脚が怪しげに窓を叩いていたのだが、此処まで強まるとは。


「ご丁寧にベルを外してるな……。では遠慮なく、はぁっ!」

「!何もそこまで横暴でなくて良いだろうに」

「悪人を許しちゃあ置けんよ」

「……」


 空の暴れ具合とは対照的に一切の音を失くした隠れ家はこぢんまりと路地裏に構えていた。呼び鈴用のベルも取り外され、まるで此処に待ち人は居らぬと主張するようだが遠回しの布石などパウルに対しては意味を成さず、彼女は思いっ切り戸を蹴破った。

 足癖の悪い彼女だが今回に限り、それも役立つ事だ。何故なら隠れ家は綺麗さっぱり蛻の殻だったのだから。


「予想通り。奴等の正体は巷を騒がす盗賊集団フック隊だ!」

「盗賊……あぁ、確かに悪い奴等だ……」

「早々に根城を空け、逃げたつもりだろうが騎士からは逃れられんぞ」

「捕まえるのか?」

「当たり前だろ。フック隊はポスポロス近くの集落で既のところで逃げ仰せてきた。これ以上悪しきを働かせる訳にはいかない」

「………全くその通りだ」


 フック一家、(もとい)フック隊は巷を騒がす盗賊集団だった。家族の皮を被り悪しきを働く盗人など騎士が許しておける訳がない。今すぐにでも飛び出していきそうな暴風パウルとは真逆で、ティアナは一歩摺り足で彼女から離れた。かつての生活を庇う気は無いがかつての生活で培った本能がティアナに顔を逸らさせた。……足を洗って正解だ。


「然し、見ての通り此処は蛻の殻だぞ」

「安心しろ…仕込みは上々」

「それは……」

「あのルーペにはこっそりこの子を振りかけた。そんで火属性の火を当てるとご覧の通り、逃走経路が浮かび上がるって寸法だ」

「恐ろしいものだ…」

「何か言ったか?」

「いや。それより早く追い掛けよう」


 小洒落ルーペの仮の持ち主がフック隊と知っていたのだろう。そして根城を掴み後一歩の風が欲しかったのだろう。強奪された盗品に、先日ポスポロスで購入した特殊な粉を振りまき、重ねて火属性の火の粉を撒いた。

 するとアチラ此方に無味無臭の紋が浮かび上がる。盗賊の尻尾を掴んで離さない執念の二層粉は視界の先まで広がる。


 ティアナとパウルは無言で頷き合い、二層粉の先端まで駆け抜けた。

―――

 一方その頃、フック隊はいの一番に逃げ出しポスポロスを抜けようとしていた。幸い人が多く人の波に紛れながら出口に向かえた。

 向かえたのだが。


「なぁウォンジー、昨日の奴等にバレてないよな」

「あぁきっと誤魔化せた。だけど念の為に逃げるんだ…!!!」


「居たッ!!盗賊団フック隊!!」

「「およ??」」


 逃げ足の早いフック隊でもポスポロスの技術には敵わず、風を切り裂く勢いのパウルの豪快な声に間抜けな返事をした。

 返事をしたと言う事は暗に正体を明かしているようなもの。咄嗟に足を引っ張った間抜けな自分達を攻め立て、何とか鼓舞した。


「お前達の正体はとうに見破った。大人しくお縄につきな」

「何だぁ?誰かと思ったら昨日の嬢ちゃん達じゃないの。何を言ってるのかなアハハ〜」

「そうそう。私達は只々急に引っ越したくなっただけ」

「しらばっくれるな。近衛騎士の目を誤魔化せるものか!」

「騎士?!クソ…聞いてないぞ」

「待てウル、一人足りない」

「ん…確かに。おいフック隊、お兄ちゃんは何処に行った?」

「「さぁね〜。……ヒッ!」」


 大荷物背負(しょ)って、ゴロゴロ鳴らしながら尚も難を逃れようと舌を回すが、パウルの正体を聞いた途端態度を変え盗賊の顔となった。良くも悪くも日陰で生きている彼等の違和感に気付いたのはティアナだった。

 お兄ちゃんこと茶髪のオスカーが行方を晦ましているとティアナに告げられたパウルはフック隊に事情聴取し険しい顔付きになるが、口を割りそうもない。


「もう一人の方はあたしが探す」

「宛は無いぞ」

「あるさ。この近くの換金所を教えてくれ」

「分かった」


 多くを語らずとも二人は信頼し合った。友情なんてこそばゆい情緒とは少し違う、完全な実力に対する信用だ。

 建物同士の合間を縫うように駆け抜けたティアナを見送ってパウルはフック隊を指差し声を荒げた。


「フン。ウチが何で近衛騎士になったか分かるか?お前らのような火事場泥棒を取っ捕まえる為だ!!」

「ピンス!」

「分かってるよ!!こうなったらやるしかない!」


 流石は今の今まで逃げ仰せた盗賊団、騎士を前にしても対抗策があるようでピンスクックは三歩前に、ウォンジーは半歩後ろに下がって隊形を取った。

―――

 真っ昼間に抜き足差し足、日陰を進むオスカーはポスポロス内でも取り分け目立たない換金所へ向かっていた。


「ククク…一応荷造り終わらせといて良かっ」

「はっ!」

「うぐぐっ!?………こなくそ!」

「チッ、運の良い奴め」


 換金所、換金施設には二種類の受付がある。一箇所は入口付近で外から丸見えな場所、もう一箇所は施設内部に入り最奥を右に曲がった所にある。所謂、人目を避けたい人用だ。

 迷いなく後者だと判断したティアナは先回りで天井に張り付き、オスカーが特定の位置に足を踏み入れたタイミングで首を絞め落としにかかった。然し締めが甘かったらしく、運悪くオスカーに逃げられてしまった。


「いきなり命盗ろうとするなよな!?」

「命までは奪いやしない。奪うのは意識までだ」

「…君は昨日の子だね、どうしてココが分かった?」

「簡単な話、運び切れない物は金に替えようとした…それだけだろう?」

「くっ…よくわかってらっしゃる……!」

「待て!」


 命からがらと言った大袈裟な表情でティアナから距離を取ったオスカーは真横の窓を割り、逃走を計った。オスカー自身を熱心に監視していたティアナは視界外の武器に一手遅れて、外へ逃がす。…訳にはいかないので割れた窓を跨いで背を追いかける。


「見逃しては……」

「訳無いだろう!」

「そうだよね…仕方無い……勝負だ!」

(ーあれは、エトワール!?)

「くっ」

「避けんのうっま…てか、一撃目当たらなかったら無理じゃん?」

「よく分かってるじゃないか、と言いたいところだがそのエトワール…仕掛けがあると見た」

「ご名答」


 常日頃鍛え上げているティアナと逃げ足が取り柄の盗人オスカーとでは、前者に軍配が上がるのは目に見え次第に距離を縮められオスカーの心に焦りが募った。

 否。態と速度を落としていたのだ。ティアナの手がオスカーに触れる直前、彼はバッと振り向き手元を素早く回した。


 それがエトワールだと鍛えた動体視力で瞬時に見破ったティアナは一撃が肉体を刺激する前に後方へ下がった。何もオスカー自身を警戒しての行動ではなくエトワールの性能を確認する為に下がったのだ。


「俺のエトワール、トンファータイプは回せば回すほど火力を上げ、その内火ぃ吹くぜ」

「その武器(エトワール)も盗品か?」

「そうだったらどーすんよ」

(壊す訳にはいかない……)

「ただの盗賊にエトワール(それ)は勿体無いと思った。…それだけだっ!」

「トンファー相手に近接戦、痛い思いしても知らないぜ!」


 エトワール使い攻略の条件はエトワールを破壊する事だが盗品であれば条件達成が困難になる。不可抗力に行動が制限され、また近接武器を使い熟す相手に対してティアナは敢えて近接戦を仕掛けた。

 気が触れたのではなく明確な目的があって近接戦を選択したのだが、そうとは知らずにオスカーは優位に事を運べると口角を上げた。


「ふっっ!」

「ーっムダだね」

「く、ならば!!」

「ひゅー。今のは危なかった」

(……間違い無い)

「今、この時を以てあんたはあたしに勝てなくなった」

「はっ?」


 オスカーの懐に入るなど自殺行為だ。上体を下げた瞬間、トンファーの打撃が頭上へ迫りティアナはオスカーの振り下ろした片腕に一撃を加える事で軌道をズラしこれを回避。

 次に果敢に挑んできた強烈な振りを盾変化で受け止め空いた左脇腹に拳を叩き込んだ。ギラギラと焼けた金属音が盾を擦り上げたものの、ひょっと身を引いたオスカーに拳は届かずティアナの攻撃は不発に終わった。


 然し、ティアナは確信めいた勝算を既に出していた。


「"あたしが隙を作る"」

「隙を作ったら最後、俺は逃げるよ」

「あんたは騎士団のお縄に付くんだ。安心なんか与えてやらないぞ」

「げっ。騎士かよ、道理で強い訳だ」

「あたしは違うが…訂正するのは面倒だ」


 丁度良く火を吹いたトンファーは火力を上昇させ、思考を単調に据えた。無駄話も此処まで、先程同様に近接戦で挑むオスカーに対しティアナは普段より二、三歩離れ十分な距離を手に入れた。

 トンファーからあぶれた火の粉で距離感を測りつつ的確に攻撃を躱す。エトワールを使い熟すと言っても所詮は野良の素人、実戦経験の勝るティアナの動きを正確に捉える事は出来ず、気付けば再び左脇腹辺りの侵入を許した。


 めげずに火輪と化したトンファーを振るうが一歩間に合わず強烈な足蹴りを顎下に喰らった。口が開いていたものだから舌を噛み、無駄に増えた痛みに意識を持っていかれそうになったが、ぐっと堪え最後の抵抗としてトンファーを投げ付けた。

 当にその瞬間、


「は、あれ…!?」

(懐に隠してた指弓が勝手に、飛び出…?!)

「終いだ」

「なっ…!!!」


 ジャケットの内側から隠し持っていたエトワール、指切り短弓が不自然な放物線を描きティアナの手元に渡った。まるで()()()()が手を貸したような不可解な動きはオスカーに決定的な隙を生ませた。

 掌サイズの指切り短弓はティアナにとって初見だったが余りある経験が活かされ、オスカーの額ド真ん中を射抜いたのは言うまでもない。


「あたしにも仲間ってやつは居るのさ。元盗賊のな」

「久し振りのコンビネーション、ばっちり!」


 透明人間ことティアナの前に現れたのは元盗賊仲間クリス・シャン・メリー。天音を仮面舞踏会の会場へ送り届けて以来の再会だ。辺りが騒がしいと不審に思ったメリーさんは乱闘騒ぎが行われているらしい中心地に向かい乱闘中のティアナを見付けた。

 ティアナもメリーさんの気配を察知し、どうせなら利用してやろうと声を掛けたのが先程の"隙を作る"である。


「急に悪かったな利用して」

「ティアナらしくないね。ワタシなら何時でも歓迎だよ。こうしてタカラモノにも出会える」

「それはちゃんと持ち主に返すやつだ。……それはクリスの"探しモノ"……か?」

「う〜ん……金と銀の宝飾はステキだけど、少し違うかも…、?」

「そうか……。じゃ、あたしは奴を騎士団に引き渡してくる」

「うんっ。ワタシはもう少しポスポロスに居る。…なんだか後少しで探しモノ、探せそう」


 盗賊と言っても多少の仲間意識はあるだろう。ティアナらしからぬ発言をスクスクと笑い流したメリーさんは指切り短弓の序でにくすねた宝飾品を空を掲げる。満丸に輝く金目が宝飾品を映し、にこやかに笑うも最後にはティアナに手渡した。

 パウルと合流するティアナと探しモノを探すメリーさんは静かに別れた。暫くは何方もポスポロスに居るのだ、今日のように不意の再会も悪くないだろう。


「ねぇ、ティアナ」

「クリス?」

「一つだけ、ワタシの願い聞いてほしい」

「……」


 協力した報酬と言っては現金だが宝飾品を手放したメリーさんはティアナの足音が消える前に態々繋ぎ止めた。振り返ったティアナの瞳には消え入りそうな彼の姿が映った。

 一つ、たった一つの約束が命運を分かつなど不可測な星回りだ。メリーさんの口から告げられたのは―――。


――――――

 暴風に掻き消えた約束はさておき。掌サイズの指切り短弓はオスカーを気絶させる程度の威力を発揮し、彼は情けなくお縄に付いた。


「ウル」

「おーティアナ!信じていたよ」

「表現が大袈裟過ぎる気もするが、そうだな。あたしもウルが負けるとは思ってなかったさ」

「途中、目から閃光出したり義足から閃光出したり、絡繰塗れな連中だった」

「…その引っ付いてる子は誰だ」

「逃げ遅れた子だ。ウチが守ったから無傷だ」


 パウルと別れた場所まで戻ると彼女は確りフック隊を縛っていた。小洒落ルーペを義眼に翳し閃光を放ったり、義足がパカッと開いて閃光が飛び出たり随分派手な乱闘だったらしく逃げ遅れた子供に同情の目を向けた。

 発色の良い髪を揺らしてパウルが手を振ってやれば子供は安心したように振り返し立ち去った。


「おっと騎士団もタイミング良くお出ましだ」

「引き取ります」

「悪りぃ家族が取り逃がした尻拭いさせちまった」

「副長、気になさらず。ウチもこそ泥は許せない質なので」


 現れたのは黒髪ボブヘアのラーニャと褐色寄りのレグルスの二名。意識を取り戻したオスカーは暫しウォンジーとピンスクックと口論していたがレグルスの手で再び意識を奪われた。ご丁寧な横暴ぷりに慣れないティアナだけが若干引いた。


「良いリフレッシュになったろう?」

「何処がだ。…まさか、それだけの為に無理矢理巻き込んだんじゃないだろうな!?」

「実はと言うとティアナのお師匠さんにティアナを街へ連れ出してほしいと頼まれてね。盗賊は本当に偶々さ」

「街へ?常にパシリにされてるが」

「あの人の事は雇われただけのウチも分からんが、七幻刀の住処に閉じ籠もっているばっかりでは思考も身体も固まってしまうと考えたのかも知れない」

「余計なお世話だ」

(それと復讐を終えた後、日常に帰ってこれるように……かな)


 フック隊を騎士団へ引き渡し、ティアナとパウルは帰路を目指した。暴れていた風も何時の間にやら落ち着きを取り戻し、夕日色を纏わせていた。

 カエデの胸の内は誰にも分からない。パウルの予測がどの程度掠ったのかも定かではない。然しながら今日ばかりは面と向かって文句を吐き出す気にもなれず、心の靄が一呼吸分積もった。

――――――

―――

 後日。開店準備中のベーカリー店にティアナは一人で赴いた。


「……以上が、ルーペの真相だ」

「態々ありがとう。そっかぁ盗品だったんだ。本当の持ち主に返ったようで一安心!それにしても盗賊をしてたティアナが盗賊を捕まえるなんて、人生色々あるね」

「その話は止せ、誰かに聞かれでもしたら…」


 一応事の発端であるトレーネにも結末まで話しておこうと言うティアナの人情に感謝し彼女はありがとうと言付いた。

 まだ話し足りない様子のトレーネに一言断ってティアナは北メルメイスを後にする。余計に溜まった鬱憤を発散するには矢張り自主鍛錬に限る。



「ん……?」

(あれはリオン……?と隣に居るのは誰だ)


 人の往来も次第に流れ出し朝焼けが彼女を包む頃合い、不意に視線の端を過ぎったのは良く知る人物の見慣れない顔だった。特徴的な青髪はリオンそのものだが、彼の表情には見慣れない独特な甘味が混じっていた。

 どうやら隣に並び立つ色白の女性に向けられているものらしいが、見切れて最後まで確認する事は出来なかった。


(まぁ、あたしには関係ないか)


 これが天音やスタファノならコッソリ尾行しただろうが生憎ティアナは一切の興味が沸かなかった。

 果たして、リオンと歩く女性は何者だろうか。

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