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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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107/124

第107話 ソフィアを追いかけて

 某日某所。黒髪のストレートヘアが風に揺られてサラサラ流れた。薄桃色の指先が一冊の本を手に取り頁を捲る。黒髪が靡くように気紛れに、楽しげに物語を辿る。


「報告します。……例の捜索の件ですが、進展はありません」

「捜索範囲を広げていますが…余り期待はしない方が宜しいかと」

「可笑しな事をお喋りになるのね。"ソレ"は必ずポスポロスにありますわ。…探しなさい」


 物語を捲る手を止めて、女性は部下らしき者達の対応に当たる。上機嫌に鈴の音を鳴らしていた女性は部下の報告に下唇を噛んだ。

 紫水晶の様な瞳が冷気を纏い、冷酷に突き放す。それほどまでに執着心を顕にする目的を部下に任せるには理由があった。


「然し、エミィ様!」

「あららん。私の事は"文藻(ぶんそう)様"と呼びなさいと声に出して言葉を残しましたわ」

「…失礼しましたっ!」

「正しくなければ言葉は美しく羽撃けない。私の前で言葉を間違えたくなければ、お早めに再開しなさい」

「「はっ」」


 女性の名はエミィ・マルデュース。文藻のエミィと言えば、ファントムの九条卿だ。九条卿が表立って行動すれば厄介な連中が目を付けかねない。目的達成の為に部下を使う事を仕方無しとエミィは考えた。


「必ずや我が至宝、見つけてみせますわ」


 綴じられた物語は再び捲られる。

――――――

―――

 カタカタと忙しく動き回っていた荷馬車が停まり、コロロンと愉快な鈴の音が多方に到着を報せる。馭者は連れ添う二頭の馬を労いながら荷車の幕を上げ、開店の準備に取り掛かった。

 此処はポスポロスの端っこ、荷馬車の正体は移動書店。古書から最新技術の新書まで、子供向けの童話集から哲学書まで幅広く扱っている。定期的に鳴らされる鈴に釣られて疎らなりに近隣住民が往来した。


 近隣住民、ではないが翠緑色の天然パーマを揺らした少年が物思いに耽った横顔を上げ移動書店に立ち寄った。


「此処ならもしかして、……やっぱり無いか」


 少年こと、リュウシンは真っ直ぐ童話コーナーへ向かい神妙に視線を巡らせていたが目当ての本は見当たらず、がっくりと肩を落とした。


「坊主、見かけない顔だな。掘り出し物は見つかったかい?」

「いえ…探してるものはあるんですけど、中々見つからないものですね」

「一応これでも本屋やってんだ。相談に乗るよ」

「ありがとうございます。"ソフィア"と云う方の本を探してまして…童話作家と聞きましたが」

「ソフィア?……ソフィアか」


 リュウシンが探す物とは童話作家ソフィアの本だ。アイニーの呟きが切っ掛けで彼の中の好奇心が駆り立てられたのだが、何故かソフィアの名が記された童話は見付からなかった。此処で三軒目だ、三度目の正直を信じよう。

 馭者と兼任の店主に心当たりが無いかと問うと、少しばかり考え込んで手荷物から手書きの目録を取り出した。


「ソフィア……はないが、似たような名前の"ソフィー・ヴァレンタイン"ならあるぞ」

「ソフィアとソフィー……」

(そうか。通名を使ってる可能性も…!)

「うちにあるのは二冊だ。買うかい?」

「はい!お願いします」


 ソフィー・ヴァレンタイン。ソフィアとは語感が似通っており通名を使用している可能性もあるが、本人か否かは定かでは無い。それでも手掛かりになるならばとリュウシンはソフィー・ヴァレンタインの作品を購入した。無論、七幻刀から資金が下りる筈もないので自腹である。


「そういえば、ソフィー・ヴァレンタインの名は童話以外にも聞いた事があるなぁ。確か史録関係だった気が……」

「このお店にありますか?」

「スマン!風の噂で絶版になったのを聞いたんだ。だからうちには無いね」

「いえ!此方こそお邪魔しました!」

「昔はよくソフィーの名を見掛けたんだが……大戦以降めっきり見なくなって…元気で居てくれたら嬉しいんだけどねぇ……」

「あ…。きっと、元気ですよ。…………きっと」


 童話二冊を受け取り、場を離れようとしたリュウシンの耳に独り言が割って入る。ポツポツと呟かれた言葉はソフィア、ソフィーの新たな手掛かりだ。然し仮にソフィアの通名がソフィーだった場合、店主の素朴な願いは叶わない事になる。同一人物と断定されていない今だからこそリュウシンは、希望的観測を口にし場を離れた。


―――――― ―――

 "絶版となった史録関係の本"、通常の書店は元より中古店にも中々置かれていないだろう。途切れかけた手掛かりを途切れさせまいと、思考を巡らせ一つの答えに辿り着いた。


「此処ならあるかもと思ったけど……」


 七幻刀の住処、資料保管室。普段は施錠されており入りたくとも入れないが本日は何故か開放され、不思議に思いながらもリュウシンは意を決して潜り込んだ。

 室内は意外と広々しており貴重品の宝庫と言っても差し支えなかった。多少なりとも吟遊詩人として過ごした性が資料保管室の貴重さを嗅ぎ取り、自然と足取りは軽くなった。


「あ」

「ひゃ」


 目移りしながら棚の合間を眺めているとよく知る人物の姿が見えた。思わず漏れ出た息が声となり、相手の肩がびくりと震えた。

 何故鍵が開いているのか、答えは簡単だ。先客が開けたのだ。何故偶発的な再会なのか、リュウシンの入室に気付かぬほど唸っていたからだ。赤目をぱちくりする人物の名は。


「あっははは…」

「天音、何か調べもの?」

「ううん!?何でもないよ、えへへ……まだ、まだ何も調べれてないかな…あっはは…」

(分かりやすい)

「リュウシンこそ、どうしたの!?」

「僕はとある人の史録書を探しててね」

「?」


 天音だ。明らかに挙動不審の彼女は手元の本を背に隠して一歩仰け反った。右往左往両目を泳がす天音が口を噤むのであればリュウシンは無理に聞きたいとは思わない。不器用な隠し方に苦笑を零して、常連であろう天音に一つ尋ねた。


「ソフィー・ヴァレンタイン?」

「そう。心当たりとか無い?」

「う〜ん…聞いた事ないかも。力になれなくてごめんね……」

「ううん。そんなに気を落とさないで。僕はもう少し調べてみるよ。此処に居ても良いかい?」

「もっちろん!歓迎するよ。ところでその本って」

「これはソフィーさんの童話だよ」

「童話…この世界の童話って初めて見た。読んでみても?」

「良いよ。調べ物の区切りが付くまで預かってて」


 今度は天音が唸る番だ。うんうん唸って結局、著作名に心当たりは見付からず力になれない自分に肩を落とした。序でに、さり気なく、背に隠した日記を腰ポーチに仕舞い込んだ。女神装束に似合わぬポーチを装着していた理由は日記を隠す為らしい。

 隠し事が苦手だと自覚している天音は半ば無理矢理話題を変えリュウシンの意識を逸らそうと大袈裟に身振り手振りする。


 閑静な室内が少々賑やかになってきた頃合い、再び来訪者が現れた。


?「何だか懐かしい名前が聞こえたような」

「「!」」

「何時の間に…!?」

「シオン!」

「やぁ面白い事になってるね」

「シオンさん、懐かしい名前と言うのは」

「リュウシン、きみの思う通りだ」

「ソフィーさんを知っているんですね!?」

「よーく憶えてる」


 随分近くで声が聞こえたと思ったら息のかかる距離でシオンが天音の持つ童話に手を伸ばしていた。聴覚がシオンを捉えるまで一部たりとも気配を感じ取れず、驚嘆と同時に実力差を突き付けられた気分だ。

 兎にも角にもシオンはリュウシン等が無視出来ない台詞と共にソフィー・ヴァレンタインについて真実を告げた。


「ソフィー……本名ソフィア。彼女は七幻刀の戦士だった」

「七幻刀の!?……それでアイニーさんと関わりがあったのか…」

「へぇー何処でソフィアの情報を見たのか疑問だったけど彼がきみに話すとは」

「あ…いえ。僕が勝手に聞いてしまったんです」

「あぁ…なるほど」

「やっぱりそのソフィアさんって人も強かったりするのかな。七幻刀ってくらいだし……あれ、でも私は見掛けた事無い……よね」

「ソフィアは既に亡くなってるから。会えなくて当然だ。ぼくは彼女と入れ違いに七幻刀に入ったから、よくは知らないが死なすには惜しい人だったと誰もが悲しんでいたよ」

「そう、だったんだ……」


 ソフィアとソフィーは同一人物と判明した。これにより童話作家の死亡も確定的となってしまったが手掛かりの意味は十分に発揮された。七幻刀としてのソフィア、童話作家としてのソフィー。意外な二面性を持ち合わせる彼女を読み解くにはまだまだ手札が足りそうもない。

 何処か他人事の様に話すシオンとは真逆に自分事の様に心を痛める天音。聞かせる必要のない話を聞かせてしまったと複雑な表情でリュウシンは後悔した。


「それで、どうしてソフィアについて調べようと?」

「アイニーさんの言う"繋がり"を知りたくて…って本人に聞かれたら怒らしてしまいそうな安易な行動ですけど。それに、ソフィーの通名で史録書を出版していたらしいので目で見て確かめられたら何か分かるかも知れないと思いまして」

「史録書……それはまた楽しそうな響きだ。よし決めた!ぼくも協力するよ!」

「リュウシン!私も気になるから手伝うよ」

「アッハ。ありがとう頼もしいな」


 シオンは幼少期から現在まで、ありとあらゆる文字列を追った。超が付くほどのシオンが七幻刀ソフィアの史録書に惹かれぬ訳がない。少年のような高揚感を抑えられずに前のめりに協力を申し立てたシオンと、興味本位で首を縦に振る天音に囲まれたリュウシンは気圧されつつ感謝を零した。

 人手は多い方が捗るだろう。


「あ〜言い忘れていたけどソフィアは()()()()()の持主だったよ」

「え…」

「ん…?」


 資料保管室は広い!三人で探し回っても中々満足のいく成果は得られなかった。


(宝玉の持主……)

(御霊…?)

「見付からないねー」


 天音とリュウシンはシオンの一言を上手く飲み込めず、痰の如く絡み付き思考回路を阻害されていた。七幻刀で、シオンほど尋ねごとをしやすい面子は居ない筈だが最適なタイミングを逃し、結局聞けず終いで悶々だけが募った。


「視点を変えてみよう。此処に無いって事はもしかしたら全く別の場所に保管されている可能性が高い、とは思わない?」

「そうですね…、ソフィアさんの史録書が通常有るべき場所で見付からないのなら、それなりの理由がある……と」

「つまりお宝探しみたいな!?けどヒントがないなら探しようもない気が…?」

「ヒント…か」

「ヒント……」

「ん?」


 行き詰まったら思い切って視点を変えてみよう。シオンを筆頭にリュウシンと天音はソフィアの胸中を考察する。本棚に本が無ければ無い理由が隠されている可能性を考えよう。そして、七幻刀入り出来るほどの能力を持つソフィアが手掛かりも無しに挑戦状を送るとも思えそうにない。鯔の詰まり、手掛かりは有る。

 最初に察したのはシオン、遅れてリュウシンが視線を一点に注ぐ。最後に天音が二人の視線の先を追って確かめた。


「この童話が手掛かり…?」

「可能性は無きにしも非ずと言ったところかな」

「ですがソフィアさんの童話って多分二冊だけじゃないですよね。どれがヒントに該当しているか、考える余地はありそうです」

「だったら訊いてみたら?」

「えっ」

「それは良い考えかも。頼んだよリュウシン」

「えっ?!」


 宝探しの様に緩やかに、けれども確実に答えに(にじ)り寄る。童話が手掛かりと言うのは良い線を辿っているかも知れない。然しソフィアの童話は移動書店の店主の話からも分かる通り、沢山ありそうだ。

 ともなればソフィアを知る人物に尋ねるのが手っ取り早い。託されたのは動揺するリュウシンである。

―――


「言いたい事はそれだけか」

「っ!すみません……ははっ」


 風の間にて。アイニーを呼び出したリュウシンは早速、事の発端を説明した。アイニーは振り向かない。リュウシンも顔を覗きに行けるほどの勇気は無い。背中越しからも彼の怒りが伝わってくるようで、実に恐ろしい。


「何故だ。何故関わろうとする」

「それが大切な事だと思ったからです」

「……」

「勿論無理にとは言いませんので…」

「"白鳥"」

「えっ」

「二度は言わん。ソフィアが生前語っていたのは、

"真実を受け継ぐには白鳥と片翼が必要"だと」


 アイニーが何故、素直に答えたのかはリュウシンにも背後で隠れている天音やシオンにも分かりはしない。彼自身も理解に苦しんでいた。ソフィアか、はたまたリュウシンか、何方の悪影響か判別しかねたアイニーは一言告げると風のように立ち去った。

 お礼を言いそびれてしまったとリュウシンは僅かに寂寥を抱いた。


――――――

 何はともあれ無事手掛かりは掴み、顔の広いシオンのお陰で手元には童話"白鳥""片翼"が揃った。


 『白鳥』は美しい羽毛を有する白鳥が群れから逸れた醜い黒鳥と共に美しさとは何かを考えながら旅をする童話。

 『片翼』は片割れを失った成鳥がお揃いだった緑玉の翼を売り払い片割れが目指した都を探す童話。物語の結びは何方も"私の魂は翼と成りて飛翔するだろう。そして刻限に眠る。"


 リュウシンが移動書店で購入した童話には結びの一文は変わっており、結び言葉が何かしらを比喩しているのは明白だ。


「つまりソフィアさんの本は空に……あったりして」

「その可能性もあるけど……」

「ごめんごめん忘れて!?」

「何方も旅をする鳥の話だね。他にも共通点が無いか探してみよう」


 白鳥は美しさとは心だと言った。成鳥は毎日決まった時間に飛べない空を見上げた。白鳥は最初に見つけたベルを鳴らした。黒鳥は自らが同化する夜が目覚めが良いと詠った。成鳥は都に流れ落ちる星に片割れを視た。

 "時を計る羅針盤がくるくる回った。回り回って焦がれた天を射した。それは移ろいだ。

 白鳥と黒鳥は流星を追い掛けた。成鳥はベルの音を聴いた。"


「ここだ。一箇所繋がってるところがある」

「時を計る羅針盤……」

「ベルの音……」

「「…………」」


 結び言葉と合わせて三人は共通の一節を穴が空くまで見続けた。ソフィアの遺した幻の一冊は、何処に流れたのだろう。三羽の鳥達が向かい辿り着いた場所は……。

 天啓を得たようにビリっと電撃が走った天音、リュウシン、シオンは一斉に声を揃えた。


「「「時計塔!」」」


 時を計る羅針盤は時計塔そのもの。ベルの音は決まった時間に打ち鳴らす大鐘。飛翔とは、つまりは塔のような高台を指す。そうと決まれば善は急げ。

――――――

―――

 此処はメトロジアの都ポスポロス。時刻は黄昏を指そうと言う時に天音達は外へ飛び出した。


「久し振りだね。その服」

「コッチの方が私って感じ!」

(誰かが視てるような……?)


 七幻刀の住処から出させるのを躊躇うリュウシンを余所目に天音はせっせと通常服に着替え直し、大丈夫だと笑ってみせた。夜も間近に迫った空が自分達を隠してくれよう。

 時計塔に向かう道中、暫く振りの会話に花を咲かせる天音とリュウシンは気付いていないがシオンは不穏な気配に神経を尖らせていた。何事も無ければ問題無いが用心に越した事はない。


「エミュール、今一歩前に出た?」

「まさか。君の髪の毛が邪魔だっただけだよパンプスン」

「乙女に向かって……〜〜何なのよ」

「待て。奴等が動くぞ」

「フン。それにしても一石二鳥。文藻様の探し物に行き詰まっていたら七幻刀シオンを発見するとは」

「それにエミィ様の好んでいた童話を手に…。我等の探し物も存外、奴等が案内してくれよう」


 エミィ・マルデュースの部下、黄金色の切り揃った短髪男エミュールと雀色のボリューミーなパーマ女パンプスン。男女一組が双眼鏡を片手に獲物を付け狙う。

 運命とは、時に善からぬ邪な者達を引き寄せ白を切る。彼等がレンズ越しに捉えたのはシオンだった。


―――


「うわっ…遠くから見ても大きかったのに真下に来ると迫力が違うね」

「ぼくもポスポロスに住んでるけど此処まで近付いたのは初めてだな。さぁもう一息だ」


 一同は無事、時計塔に到着したのだが謎が完全に解けた訳ではなく時計塔の何処に幻の一冊が隠されているのか再度考察を始める。


「成鳥は決まった時間に空を見上げてる…、それから結びの"刻限に眠る"を合わせると特定の時刻が関係ありそうだ」

「星が流れ落ちる夜…」

「そうか。時計塔の大鐘は日の入り、つまり夜を告げる時に鳴る。だから……」

「!大鐘が鳴った」


 点と点を線で結ぶように一つの要素を仮定として繋ぎ合わせる。後一歩で解明出来ると言う時に大鐘は星の流れる夜を告げた。ポスポロス中に鳴り響く荘厳な大鐘は人々にとって日常であり移ろう空を見上げて帰路を急いだ。


「耳を澄ましてみて。微かにベルの音が聞こえる」

「確かに…すごく分かりにくいけど」

(嘘、全然分かんない。二人とも凄…)

「ソフィアの幻の一冊は確実にこの中にある」


 ベルの音が聞こえる。出処は時計塔の何れか。皆が耳を澄ます中で、ようやっと掴み掛けた答えに水を差す者達が高みの見物を止め下へ降りてきた。


「矢張りソフィア…文藻様の探し物だ」

「!?」

「幻の一冊とやらは我々が頂く。申し訳無いが立ち去ってくれ」

「突然現れて名乗りもせず横取り?」

「あぁそうだな。悪いがウチの文藻様は七幻刀と譲り合いなんて不可能な人間なんだ。先に謝っておく」

「七幻刀…ぼくを知ってるって事は」

(この人達ファントム!?)

(マズイ…!)


 ファントムと七幻刀、端から仲良しこよしは不可能な関係性だ。ファントム側が正体を隠して近寄る手もあるが上官であるエミィが其れを望まない。故に自ら亀裂を生む。

 突然の逆賊行為にシオンは冷静に対応するが自らの面が割れたとあらば白を切る必要も無くなる。


 ファントムだと判明し天音は無意識に身を引いた。七幻刀と共に居る者を無視するほど彼等は甘くないだろう。強張る顔に吹き付けたのは不自然な風の流れだった。


(木の葉が…!?リュウシン……!)

(天音、此処は引いた方が得策だ)

(判断、良いね)

「交渉の余地が無いのは残念。ぼく等にも事情があるもんで手を引く事は出来ないよ」

「あぁ本当に残念」

「エミュール!私が奴等を抑える間に頼んだよ!」

「させないよ」

「ーっう」

((引き離された))

(シオンさん、なんて速さなんだ…)

「リュウシン!頼めるね?!」

「あ、はいっ!」


 敵対する者達がファントムだと分かるや否やリュウシンは自然の風を操り、木の葉で天音を囲った。相手の狙いはソフィアの幻の一冊だが天音の正体を察知したならば問答無用で彼女の方に襲い掛かってくるだろう。

 リュウシンの気遣いに感謝しつつ天音はエトワールを取り出し場を離れた。


 一連の行動に違和感を覚えつつもエミュールとパンプスンは目的を遂行する為、其々の役割に付いた。最初に飛び出したのはパンプスンだ。自ら囮になって時間を稼ぐ手筈だったが、シオンが見切った。パンプスンではなくエミュールに速攻を仕掛け、二人を引き離し時間稼ぎを無に期した。


(ただ、じっと待つだけじゃ駄目だ。私がソフィアさんの本を見付けるんだ…!)

―――

 大鐘とベルは一分間鳴り響く。天音が時計塔の螺旋階段を登る傍らでシオンとエミュールが牽制と言う名目の睨み合いを続けていた。


「七幻刀シオン、相手にとって不足はない」

「変装するべきはぼくの方だったか。まぁ良いや丁度試したい新薬が合ったんだ」

「来い!」

「遠慮なく」

「っうぐ、…!」


 互いに目的がある以上、何時までも睨み合いを続ける訳にはいかずエミュールは果敢に戦闘態勢を取った。然し、何処からともなく注射器を取り出したシオンは次の瞬間には背後に回っていた。

 くるくる回した二本の医療器具には新薬と呼称した謎の液体が含まれており、咄嗟に回避しようとしたエミュールだが敢えなく突き刺され、痛みに身を預けた。


「大丈夫。命に別状はないから」


―――

 夜の到来を報せる大鐘が鳴り終わったと同時にリュウシンとパンプスンは駆け出した。


「坊や、痛い目見たくなかったら引きな」

「僕にもそれなりの理由があるので…!」

「可愛くないね」


 天音の足音が離れるのを聞き取ったリュウシンは自然の風を解除しパンプスンと体術勝負に出た。流石はファントムと言ったところか、戦い慣れた動きでリュウシンの動作に対応し確実に事を有利に運んでいた。


(久し振りの実戦…前より強くなってる筈)

「はっっ!」

「っはぁ!」

(付いていけてる……でもそれだけじゃ足りない)

「なんか舐められてる?悪いけど坊やには勝ち手は無い!!」

「っっーく、これがファントムの実力…」

「お前、七幻刀じゃあないだろ。弱いくせに粋がるな」

「君だって話に聞いた四卿とも九条卿とも違うみたいだ」

「言ってろ!やぁっ!」

「こんな街中で!?」


 リュウシンにとっては久々の実戦だ。風使いの師アイニーとの特訓の成果を発揮すべく素早いパンプスンの動きに付いていく。一昔前の彼ならば回し蹴りを回避した後、後退していたが現在は回避の後、懐へ飛び込んだ。

 成長が垣間見えるが今回はそれが不正解だったらしく、体勢の崩れたパンプスンは片脚で跳躍すると横に半回転しながら蹴り(二撃目)を加えた。


 鈍い痛みに悶えるリュウシンが次に見たのは、ワイヤーを使い入り組んだ路地を縦横無尽に駆けるパンプスンの姿であった。手首に装着した絡繰ワイヤーはパンプスンの身軽さと相俟って、視界の端を出たり消えたり繰り返した。


「私を捕まえるなんて出来やしないよ」

「うぐっ…!」

「さて時計塔を探るとするか」

「僕との勝負はまだ付いてない!」

「!身体の自由が効かな…!?」


 目で追えば翻弄され続け、風の流れを読み先回りしたとしてもスルリと躱され、一向に決着は付かないがパンプスンは確実にリュウシンを追い詰めていた。擦れ違いざまに放った球体のアストは鳩尾を直撃し、微かに意識を持っていかれた。

 此処で彼女を時計塔へ逃したなら天音とかち合う事になる。それだけは避けなければとリュウシンは自然の風を操り、ワイヤーの設置部を外してパンプスンの身体ごと放り投げた。


「妙な技を使ったな」

「いいや。これは技じゃないよ」

「ふーんそう…なら気にするほどじゃないね」

「…!」

(このままだと埒が明かない。一か八か試してみるか)

(何かを待ってる……?)


 だが、着地と同時に再度ワイヤーを駆使しパンプスンは視界から消える。只、距離を取って翻弄するばかりではなくリュウシンの思考を阻害するように一撃離脱を数度、繰り返した。

 絡繰式ワイヤーが壁を手放す勢いで腕を振るい、リュウシンの首にワイヤーを引っ掛け締め落とそうとするが、背後に立ったパンプスンの足を掬い事無きを得る。素早さが物を言う戦場では一秒の隙が敗北に直結する。


「〈法術 辻風〉!」

「っはぁ、どうした当たらぬぞ!!」

「今だ」

「なにっ、ワイヤーが!?」

(さっきの妙な技…!)


 地面スレスレの層に辻風を吹き込ますが当然、パンプスンは回避する為にワイヤーを伸ばす。その時だ、リュウシンの狙いは。

 一秒の隙が物を言う戦場、ワイヤーが巻き終わるまで約一秒。隙としては上出来だ。加えて先程の攻防で、自然の風でワイヤーに傷を入れ込んでおいた。途切れたワイヤーに動揺する彼女の隙が一秒どころか二秒に増した。


「君が空中に逃げるその時を待っていたよ〈超法術 辻風〉ーー!!!」

「ぐわぁっー!!」

「はぁ……当たった」


 斑星の夜空に照準を合わせ、リュウシンは超法術 辻風を放った。建物への被害を抑える為、受け身の取れない空中を選んだのは正解だ。そして、見事成功させてみせた。

 通常の辻風の威力を1とするならば超級の辻風は10だ。掠りでもすれば致命的な傷となり得る。


「パンプスン!!」

「ぐぅ…エミュール?」

(あの人はファントムの…!シオンさんが負けた?そんな筈は、……)

「エミュール……顔色が最悪だぞ」

「うぅっ、シオンにしてやられた。退避だ」


 投げ出されたパンプスンの身体を支えたのはシオンと戦っていた筈のエミュールだった。よもやシオンが負けたのかと危惧したリュウシンだが真相は真逆だ。パンプスンを助けたエミュールは顔面青緑色で呻き、敗北者が何方かは火を見るより明らかである。


「配分間違えたかなー」

「シオンさん…何を」

「聞きたい?」

「止めておきます……」


 ファントムが去った後、しれっと戻ってきたシオンは当然無傷で平然と笑っていた。


「天音は…上?」

「はい。僕達も向かいましょう」


―――

 シオンから受け取った童話二冊を片手に天音は螺旋階段を駆け抜けた。


「この辺から聞こえたと思ったんだけど…、スタファノなら簡単に聞き分けられるのに……」


 階段中腹辺りで立ち止まり手掛かりは何処かとキョロキョロ見渡し、嘆いた。日の入りと同時にランプ型の灯りは点灯したが手掛かりらしき物は見付からず長大息を漏らした。


「ん…、ここだけ灯りの色が違う?…まさか」


 赤色の人工灯を長く見つめているととある変化に気付く。壁面に沿って連なる内、一つだけ色が変わっているのだ。藍色(インディゴ)の灯りが怪しいと踏んだ天音は"夜"を再現するように手探りで灯りを消した。


「"黒鳥は自らが同化する夜が目覚めが良いと詠った"」


 瞬間、藍色(インディゴ)が灯されていた箇所が沈み、代わりに掌サイズの歯車が出現した。何処までも絡繰仕掛けな街に嘆いていた天音の心は気分の上昇を感知した。

 掌サイズの歯車の中心にはより小さい歯車があり、大小が何を表すのかが次を解く鍵だ。


「"時を計る羅針盤がくるくる回った。回り回って焦がれた(そら)を射した"」


 二つの歯車は其々長針と短針を表す。焦がれた天、宵時刻へくるくる回し合わせる。するとどうだろう、歯車からベルの音が鳴り始めたではないか。

 唾を飲み込み事の成行きを見守っていると次第に歯車を中心とした一定の範囲に線が走った。小さな小さな扉だ。自然と回り回り、扉が開かれゆく。


「見付けた……ソフィアさんの遺した幻の一冊」

「大発見だね」

「お手柄だ」

「わっ!二人とも、ファントムの人達は……」

「もう此処へは近付いて来ないから安心して」


 中には著作名ソフィー・ヴァレンタインの藍色表紙の本が安置されていた。埃一筋見当たらなかったが手に取って改めて知る、永らく放置された冷感が。

 絶妙なタイミングで現れたリュウシンとシオンと共に天音は表紙を捲った。


――――――

―――

 時計の針が真夜中を指す頃、寝室で微睡んでいた天音が目を覚ます。


(ソフィアさんは命を懸けて、メトロジアの史実を受け継ぎ、後世に託した……それが真実と知りながら人の目から隠して)


 思い起こされるのは数時間前の冷感。ソフィアが綴った文字列が頭の中で再生される。


 史録関係と言っても著者はかの有名な童話作家である。話題性は十分だが絶版後は一切の話題から外れ幻の一冊となった。国や王族にとって都合の悪い話は語るも難い与太話となった。


 "此れより先は慟哭となる。天地を別つ海鳴りの神話戦争は、五大宝玉により終末を迎えた。花は咲きどころを(たが)えば忽ち死する徒花となる。五大宝玉もまた輝きどころを(たが)え、幾多の死を齎した。私は五芒星の一角、御霊を継承する一族として此処に記す。"

 "此れより先は木霊となる。メトロジアには様々な種族が産まれ生きていく。海を渡れば霊族も同じ空を目指しているが、世界には滅亡した一族が居た。彼等は()()()()と呼ばれていた。霊獣と共に生き、神話荒事に猛抗した一族の声は軈て木霊に消えた。彼等については不明な点が多く理解し得ないが、唯一判明した事実がある。其れは霊獣の墓場と呼ばれる地の鍵をその身に宿していると言う事だ。"


「ソフィアさんの想いを無駄にしない為にも頑張るぞー!」


―――

 一方、此度の顛末を超法術と共にリュウシンはアイニーに報告に行ったのだが。


「満足したか」

「はいっ!……だからその、そろそろ振り向いてくれると助かります」

「……」

「アイニーさん…、……」


 中々どうして、手厳しいアイニーは期限を損ねた愛玩動物の様にそっぽ向いてしまった。折角、まぐれにも超法術を発動出来たと言うのに親睦は振り出しに戻った。

 イチから始めよう。かなり時間が掛かるだろうが。


―――――― ―――

 資料保管室に新たに加わったのは藍色の表紙が目を引く史録書。神話時代に連なる戦争と五大宝玉、滅亡した一族について記載された貴重な一冊だ。


「霊獣と霊獣遣い……。……滅亡の一手を辿った哀れな一族」


 余程夜目が利くのか、真夜中に灯りも付けず月明かりすら遮断したシオンは題名のない表紙をなぞり本棚へ入れた。それでもまだ名残惜しく、背表紙に触れた手を引く事は出来なかった。


「"霊獣遣いに関する資料はこれで二冊目か"」


 ようやっと離れた指先は微熱を帯びていたが、触れた吐息は冷たく瞬きの間に微熱は消失した。まるで心が酷く冷え込んでいる様に。

 含みのある笑みを描いたシオンは三度、咳付いて資料保管室を後にした。



 彼方より重ね(しず)ねて渡り時、我が御霊の園は何処(いずこ)かへ。

――――――

―――

 某日某所。


「失敗?」

「はっ。申し訳ありません……あー…えー…」


 エミュールとパンプスンは上官であるエミィに自らの失態を報告した。先程まで鈴の音で囀っていたエミィは、著名な童話作家の物語を閉じギロリと睨んだ。


「七幻刀のシオンです。奴が邪魔しなければ」

「あららん」

「!」

「可笑しいですわ。言葉は正しく詠わなければ美しくありません。"七幻刀のシオン"?矛盾していますわ……」


 エミィは花束に埋もれるように詠う。サラサラ流れる黒髪は今にも飛び立とうと翼を広げる鳥の様。

 愛しくて幾許の月、追いかけて、さりとて宿怨許さざるに。

―――――― ――――――

オマケ


 リュウシンがアイニーに手掛かりを尋ねる遥か後方、シオンと天音は見守っていたが。


「シオンはアイニーさんに訊かないの?」

「ん?アッハ、ぼくは嫌われてるから。そう言う天音は?」

「……私が言うと必要以上の意味に捉えてしまうようなので、…仕方無く」

(不満そうだ……)


 リュウシンが選ばれた理由は消去法らしい。

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