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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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105/123

第105話 暗影を追う者

 とある日の真夜中、群れから離された影法師が優雅に風に吹かれていた。


「と、このように宙に散らばるアストエネルギーを足元に収集し、空中に留まる方法を"リーヴェ"と云う。名の由来は初代霊族王の正妻から戴いたとの事」

「なるほど。意外と単純な原理ですね」

「継続的に飛ぶのではなく、あくまで空中に留まる事に特化した補助技なので単純なほど浸透しやすい」


 空中に留まる人物は霊族レア・メアリム。地上で彼を見上げているのは星の民カエデ。レアはご存知、仮面舞踏会を開き夜な夜な活動していた捕虜だが、現在はラルカフスも装着されずにカエデと対等に言葉を交わしていた。

 レアの口から伝え聞いたのはアルカディアの技術"リーヴェ"について。法術に秀でた戦士は専らアストエネルギーの使い方が巧い。大気中のアストを収集し、さも空に浮いているように見せる技術はメトロジアには然程伝わっていない。


「使い方は人によりけりですが、中には長距離を移動出来るほど収集癖が身に付いている者も居る。霊族との戦闘に於いては距離感に惑わされぬよう」

「ご丁寧にどうも」

「それより、仮面を付け替えたいのですが。自分、顔半分を被う仮面を付けていないと好い夢が見れないもので」

「捕虜の立場を忘れてもらっては困ります。拘束具がないだけマシ、と妥協してください」

「ウー…ン。仕方無い」


 リーヴェを解除し、ふわりと降り立ったレアは嫌に協力的だ。カエデが1を訊くと2で返してくるほど協力的である。捕虜となり開き直っているのか、はたまた何かしらの策略か、対等のように見えて内心は腹の探り合いが展開されている。

 僅かに視線を落としヒビ割れた仮面を擦る姿は本心のように見えたが、残念ながら許可は出来ない。


「私から切り出すのも可笑しな話ですが、何故こうも協力的に?取り入ろうたって無意味ですよ」

「ノン。邪心など持ち合わせていない。……種族の壁など仮面一つで消え去る。自分も貴方も他の人間も、霊族でも星の民でも何方でも善いのです。睡ってしまえばいっときの交わりと海割れも夢幻の中……」

「よく分かりました」

「隠したい本音を態々示すのも些か心が痛む。貴方の霊族に対する怨恨の眼差し、見なかった事にしましょう」

「それはそれは助かります。人を見掛けで判断してはいけないものですね」


 今晩は風の強い日であった。気温も心無しか昨日より下降し、冷気がアストを運んでいた。互いの微妙に離れた距離に吹き抜けた冷風は何処まで進み、体温を攫っていく。

 感情の変化に敏感なレアは笑みを崩さないカエデの閉ざされた本心を言い当てた。さりとて脅す訳でもない彼は肩を竦めて目を瞑った。


「では本題に入りましょう」

「霊族の動向…」

「はい。吐くまで夢は見れませんよと言おうと思っていたのですが、夜明け前には貴方の言う好い夢が見れそうです」

「自分の知る情報を開け渡そう。その代わり、柄の良い仮面を頂戴したい」

「情報次第です」


 七幻刀が最も欲する情報としては霊族の、アースの動向だろう。黒鳶ともなれば多少の融通が利く筈だと手を打ち、本題に入った。

 曖昧な空模様に近付く降雨の気配。話は手短く頼みたい。


「陛下が黒鳶とファントムに命じたのは、王様と騎士長の生け捕り。それこそが至上命令であり、それ以上の何を欲するものでは無い。誰も彼も陛下の目先には映らない」

「黒鳶でも生け捕りにする理由が不明確と?」

「えぇ。知り得ない事情を暴こうと陰ながら暗躍する者も、無きにしも非ず」

「では暁月を期限としたのは何故です?」

「暁月……幾多の心を奪う毒々しくも美しい天象。聡明な貴方なら答えは見えている筈…」

「大掛かりな法術を発動させる可能性ですね。うちの国の王女様を巻き込まないでほしいのですが、仮にそうだとしたなら王族の血を流す羽目になるでしょうね」


 独特な台詞回しで、霊族とも星の民ともどっち付かずの中立を貫く。互いに敢えて既に知り得た情報を話す事で立場を揺るぎないものとし、絶妙な距離感を生んでいた。

 百年に一度の周期で訪れる暁月。アストエネルギーの量が通常より二倍になり皆の力が増す天象。暁月の日に限ったと言う事はアースは超法術級を発動させる可能性がある。それもメトロジアの王族の血筋を使って。


「お次に、黒鳶の居場所と能力を正確にお願いします」

「居場所は判りかねる。能力は、多種多様。大戦の最中に亡くなった者も、脱退した者も居ますので正確に把握可能な霊族は居りませんよ」

(全員の把握……グライシスなら可能か…。然し彼が陛下の側を離れる事は決してない)


 霊族幹部、黒鳶と言えば取り分けアスト能力に優れた者が多い。レアもその一人だ。同族の不利益を洗い浚い吐いてしまおうか、レア自身も判断しかねているようで堅苦しい物言いが更に遠回しになっていた。



(陛下……貴方様は、よもや人種族の越えてはならない一線を越えようとメトロジア城に鎮座しているのではありませんか…………自分の知り得る範疇では陛下の心の何処は解らない)


 荘厳な月夜に分相応な身の丈で、レアは己の胸中に目を細めた。胸に溜まる本心ばかりは、霊族にも星の民にも何者にも暴かれてはならぬよう仮面を被り直した。

―――――― ――――――

―――

 メトロジア城、城壁にて。一人の男が気怠けそうに欠伸をした。彼に近寄る影は、目一杯息を吸い込みワッと吐き出した。


「レオナルドさん!」

「んー…ジャンヌか」

「ジャンヌか、じゃありません!!今の今まで何処に行っていたんです!?」

「観光」

「〜〜……!」


 オレンジ髪のツインおさげを揺らし、レオナルドに苦言する彼女はジャンヌ・コールド。ご存知レオナルドの弟子で星の民マリーの友達である。

 あっけらかんと煙草を吸い始めるレオナルドに対し、置いてけぼりを食らった身としては何処で何をしていたのか追及する権利がある筈と口を端を尖らせた。


「その様子じゃ"毛色の違う鼠"にも会えてませんね」

「会えたよ」

「ほらやっぱり……………、え、会えた!?」

「あぁ"毛色の違う鼠シエラ・セルサス"に」

「それで彼女は何て…」

「そうだな。……誰よりも平和を重んじ、誰よりも犠牲を物ともしない意志の強い子だった」

「……犠牲、そこまでの覚悟が…」

(覚悟、か……寧ろ誰よりも心を決めかねているように見えた)


 "毛色の違う鼠"とはレイガのお目付け役を名乗るシエラ・セルサスだった。どうせ目的など忘れているだろうと諦めていたジャンヌは思わぬ返答に喉を震わせた。レオナルドは人情に厚く人を裏切るような嘘を言わない人だ。シエラに会ったと言うのも事実の可能性が高い。

 一言で彼女を表現したレオナルドの目は遠くを見つめ揺れていたが、咄嗟に目を伏せたジャンヌには見えていなかった。覚悟を持つ者の言葉とは想像以上に重く、己を揺さぶる。


―――――― ―――

―――

―回想―


 其れは、五大宝玉についての文書を調べるレオナルドの傍らにアースが詰め寄りシエラが助け船を出した後の出来事。


『お初にお目にかかります。シエラと申します』


 アースに食事の支度が整ったと言い立ち去らせ、レイガのお目付け役と名乗った女性はシエラと続けて言葉を乗せた。一つ、レオナルドには聞き覚えが合った。浮世に執着しない彼が目を見開くほどの人物の名がシエラだった。


「私の身辺など大した手札ではありません。レオナルド様、単刀直入に伺います。貴方は今、世界を変えようとしていますか?」

(驚いた。……本当に生きていたとは)

「…世界を変えようなどと大逸れた事は考えていない。これだけはハッキリさせとかなきゃな。俺の弟子ジャンヌが貴方について話していた」

「!……フッフフフ。マリーお姉ちゃんがジャンヌお姉ちゃんに話してくれたの……本当に本当に。…ふぅ…はぁ。すみません余りの嬉しさに心が舞い上がってしまいました」

「……それは良かった。ジャンヌも貴方の事を気に掛けていた」


 それまで凛とした眼を開いていたシエラがジャンヌの名を聞いた途端、一度眼を瞑り薄く開き大袈裟に笑った。まるでプレゼントを開けた子供の様な無邪気な笑い声は大人姿のシエラと矛盾し、異質な存在が見え隠れする。

 息を整えた異質なシエラに驚きもせず、レオナルドは彼女を見守り落ち着いた頃合いを見計らい会話を再開させる。


「俺は王サマのやり口に疑問がある。そして貴方も同じ、そうですね?」

「えぇ。霊族が封印から解かれ、停戦協定が締結されようとアース様は此処に居座った。理由を知りたくて私は謁見した。何と返ってきたと思います?……フフッ、一言"我の為に時を捧げろ"と。笑ってしまいます…かつて名を馳せた慈悲深き王は何処へ行かれたのやら」

「面影を求めた……」

「私ならば死線を掻い潜れると踏んだ」


 無邪気さを捨て、陰を纏う微笑を張り付けたシエラはレオナルドの言葉に浅く頷いた。両手を胸元に持ち上げゆっくり合わせ、首を傾ける。面影を探す陰は地面に這いつくばり何処へ行くのだろう。


「集めた情報を、レオナルド様を信用し渡します。一つ、霊族の封印を解いたのは星の民。一つ、アース様は王族の血筋を渇望しているが騎士長への興味は薄い。一つ、アルカディアには伝承されなかった五大宝玉の存在。……」

「俺からも一つ、騎士長の力は五大宝玉に依るもの。それを知った上で王サマは口を閉ざした」

「フフッ。矢張り現場に赴かなければ解らぬ事もありますね。……私が直接確かめられたらそれに越した事は無い。けど、私では行けない事情がある…」

「俺も、それは変わらない。同胞に背中を撃ち抜かれる可能性だってある。危険である事に変わりはない」

(私が賭けたのは二つ。一つはジャンヌお姉ちゃんが私に会いに来る事、これは少し事情が変わってしまったけど成功と言える。そして、賭けの二つ目はレイガ様との約束事…二つ目はまだ時間が掛かりそうね)


 忠誠を誓い、黒鳶を任ぜられた。刻々と迫る暁月までレオナルドが歩みを止める事はない。其れは立場の違うシエラとて同じ事。霊族の王は星の民の王族を渇望し、何かを成そうとしている。"何か"の正体は未だ不明瞭だがシエラの胸臆は確実に時を進んでいた。


「アルカディアに伝承されなかった五大宝玉を、アース様は何処で知り得たと思います?」

「……!霊族の封印を解いた星の民」

「えぇ。何者かがアース様に助言し、事を引き起こしたと私は考えます。暗影を伸ばす者は五大宝玉を所有する騎士長を捕らえたい、其れも霊族の手で。……調査して頂きたいのです。暗影の目的と、アース様の目的と合わせて」

「了解した。然し、仮に調査が完了しても俺達が再び相見える機会は……」

「二度と訪れないでしょう。ですから……たった一つ、決め事をしましょう」


 黒鳶は王に従い、敬愛し、差向けられたありとあらゆる思念から御身を守護する。王に暗影が迫ろうものなら全身全霊で対峙しなくてはならない。例えそれが王の思念を裏切る行為だとしても。

 生温かい湿度がシエラの口角を固定する。たった一度きりの密会は、月明かりの無い夜道を歩く不安定さと夜影を踏む不確実さを合わせたような緊迫感があった。


 二度とない、とは二度と生きて会えないとの含みを持たせるものであり、生死を懸ける覚悟を暗に物語っていた。

 最後の最後にシエラは"決め事"を耳打ちしレオナルドを見送った。姿が消えるまで瞬き一つせず。



「レオナルド様……私も伴に参りましょう」


 命の火を燃やして、進む。何時か来る日に灰燼を残さぬ様に。


―回想終了―

――――― ―――

―――


「ジャンヌ、これから話す事を良く聞け」


 シエラに触発され、レオナルドは身軽く身体を起こす。何時になく真剣な横顔に息をするのも忘れて、ジャンヌは師匠の姿を目に焼き付けた。記憶の最奥に残る様に。


「俺は単独で行動する」

「私は足手纏いですか」

「残念ながらそう言う事になる」

「……私が言い出した事です。レオナルドさんに其処まで背負わせる気は無かった……すみません…」

「辛気臭い顔が張り付いてるぞ。心配すんな」

「でも…!」

「俺の意志だ」

「!」


 ジャンヌは己の所為だと吐き出した。"毛色の違う鼠"にしたって抑のメトロジアへ渡航する時だって、何時だって自分の我儘をレオナルドに強いてしまった。彼の覚悟に後ろめたさを感じていると紫煙がフッと笑った。

 一歩目は人伝だったが、現在は自らの意志で歩を進めていると言って聞かせた。


「私には一体何が出来るのでしょうか……」

「そうだな…先ずはアスト感知を阻害するアイテムを手に入れろ。俺は調査を進める」

「…はい」


「それから、夜明けまでに戻らなければ――」

「…っ。はい、レオナルドさんが師匠で良かった。今までありがとうございました……!」

「だから辛気臭い顔が張り付いてるっての」

「すみません……」

「予線は張っておくが結果がどう転ぶかは誰にも解らない。気を引き締めていけよ〈法術 テレポート・アイ〉」


 夜明けまでに戻らなければ、と口を付いた。レオナルドは一夜の内に調査を進め結果と言う名の真実に辿り着こうと情念を固めた。

 であれば、ジャンヌから言える事など何も有りはしない。言えない唇を噛み締め言葉を飲み干した。感謝と謝罪の意を込めて、礼を告げるとレオナルドは困ったように眉を曲げ挨拶も無しにテレポート・アイを発動させた。


「私も出来る事から始めよう……!」


―――――― ――――――

―――

 某日メトロジア城にて。


「やぁ失礼するよ」

(何だコイツ!?何処から侵入した!?)

「……」


 謁見の間に酷薄の天使が舞い降りた。一秒前まで何事も起こる筈が無かった場に薄ら笑いを浮かべるシリウス・ネクロポリスが出現し、空気が貼り詰める。

 側近であるグライシスは驚嘆の声すら漏らせず両目を見開くが、玉座に居座るアースはシリウスを目の前にしても一切動じず麗美な瞳を一点に留めた。


「"ルネピス"……では無いな」

「貴様、何者だ!?アース様から離れろ!」

「霊族王、他愛もない話をしよう」

「何者かと訊いている!!」

「グライシス、良い」

「はっ然し……」

「退屈凌ぎにはなるだろう」


 突如現れた侵入者に対して、悠然とした態度を見せるアースは事も有ろうに侵入者と二人っきりになると宣言した。グライシスとしては素性の不明な相手、自分に気付かれず侵入可能な相手とアースを置いて下がるなど忠義に反すると苦言したが、王の一声の前では無意味な意見であった。

 侵入者シリウスから目を逸らさず、グライシスは扉を閉めた。万一の際に備え、警戒態勢を怠らず。


(セイ)の名はシリウス・ネクロポリス。非業の慈愛王…悲劇王アース・アルカディア、貴様を審問に掛ける」

「ほぉ。我を裁くか」

「霊族よ…先祖の罪は脈々と受け継がれているか」

「星の民こそ…我等に対する線超え、忘れた訳では有るまいな」

「クククっ面白い」


 厳格とした謁見の場で相反する二人が暗影を喰らい合う。水面下で蔓延る増悪が可笑しな邂逅に喉を鳴らし、ひっそりと監視を決め込む。


「霊族を名乗る者、嘘偽りなく(セイ)の問いに向き合い真摯な姿勢を見せてみよ。貴様等は何故、悲劇の根源となるクーデターを起こした。結果(セイ)は深く傷付き幼馴染は土に還った。貴様等とて同様、多くの同士を亡くす羽目になった」

「まるで神話に生きたような物言いだな」

「当然だろう。(セイ)は神話の英雄にして五大宝玉の所有者なのだから。返答次第では極星が動くぞ」

「……其れは其れは失礼した。では、其の地位と凶悪な能力に敬意を評し屡々付き合ってやろう」


 他愛もない話としつつ、議題は神話戦争の異義を唱えた。虎視眈々と台詞を回すシリウスは指先に極星を出現させた。言うまでもないポラリスハーツの威力を誇示する為、四つ星を跳ね飛ばし爛々とした灯りを消滅させた。

 尚も無表情を貫くアースは心にもない言葉でシリウスを称賛し、一段声帯を下げた。


「答えは"知らぬ"だ」

「……」

「大昔の人間の情緒など知った事か。我等霊族は在るべくして在る。答えを知りたいのなら神話に帰って初代霊族王に訊けば良かろう。結果的に霊族は敗北しメトロジアは星の民が統治するに留まった。以上だ。異存は認めぬぞ」

「であれば、言葉を変えよう。貴様…メトロジアで何をしている」

「何を、とは?」

「ハッ恍けるな。貴様の言葉を借りるなら線超えと言うやつだ。宝玉と暁月を利用してまで何を為そうと言う。神話や一夜の如く、戦になれば両国の被害は計り知れない。悲劇王が民に戦を強いるか」

「何を云う」


 本音か、はたまたシリウスの審問を躱す為か、傾きが何方に寄るにせよアースは淡白に答えた。回答が気に入られなければ四つ星は極点を迎え命が脅かされるが、畏れは瞬き一回分も感じてはいない様子だ。

 議題は初代霊族王から現霊族王の目的に移り変わり、アースは僅かに吐息を漏らした。薄っすらとした微笑を携え王は一声を放つ。


「霊族が星の民如きに劣るとでも?」

「その星の民如きに遅れを取った結果が今だろう」

「かつて、脆弱で若さ故に霊族に恥を負わせた事、素直に認めよう。然し我は目覚めた。そしてメトロジアの血筋を用いて星を起こす。それより後の時代は後の者が継ぐだろう」

「王の風上にも置けぬ奴だ。それとも優しさを振り撒いてなければ王の器に座れぬか」

「神話の英雄よ。一つ勘違いしているぞ」


 何方を見比べても一歩も譲らず、意味もなく言葉が散る。指先に乗せたポラリスハーツのみが無機質な光沢を齎し唯一の光源となる。

 他愛もない退屈凌ぎは、唯一の光源の消失が切っ掛けに終幕を迎えた。


()()()()()は我に有る」

「…ポラリスハーツを切り取るとは、花籠もりの宝玉が主に選ぶ訳だ」

「お褒めにあずかり恐悦至極。…だが、心にもない事を安安と口にするとは神話の英雄も随分老いた」

「其れは此方の台詞だ。空間支配権だと?なれば空間ごと極星を放つまで」

「……」

「……」


 アースの指先が玉座の肘掛けをトントンと叩くと四つ星の極光は失われ、ポラリスハーツは消滅した。空間支配権などと突拍子もない単語が飛び出すもシリウスは歯牙にも掛けず、再度ポラリスハーツを出現させた。

 一等光を増した四つ星はシリウスとアースの面を照らすが内なる闇には当たらず、暗影ばかりを伸ばす。


「覚えておくと良い弱輩者、貴様は生かされた命だ。王ではなく人として。生かされた意味を熟考し、慎ましく生に執着しろ。くれぐれも禁忌を犯すべからず」

「我が命に背けば、我の生を奪うか?」

「殺しはしない。何れ天罰が下るのみ」

「慈悲深き神話の英雄は星の民の味方のようだ」

「勘違いも甚だしい。星の民と霊族、両種族に天罰は下る。其れは一番星を計る(セイ)にのみ許された裁き…………」


 酷薄とした天使は悲劇王に猶予を残す。アースの思考に共感した訳でも同情した訳でもないが、"其の時"まで自らの手を汚す事を憚った。純白の翼を翻し、玉座の背に足を付けたシリウスは向かい合う形でアースに忠告を促した。効果の程は無きにしも非ずと言ったところか。


 審問を終えたシリウスが優雅に足を離し、消えていく。最後まで表情を崩さなかった両名は過ぎゆく時に目を瞑った。せめて渇望するメトロジアの血筋の居場所を零してから去ってほしいものだと、アースは月色の瞳を細めた。


「グライシス、入れ」

「はっ。アース様…奴は、侵入者は何者ですか」

「詰まらぬ男だ。気に留める必要もない」

(然し…生かしたではなく生かされた命、か。まるで総てを知った上で敢えて言葉に残した様だ…矢張り詰まらぬ)


 天使の羽根が濁った謁見の間に降り落ちたのを見届け、グライシスの入室を許可した。皆目一番アースの姿に異変がないか確認し無傷だと分かるや自己を殺し王に問う。

 アースが侵入者を真顔で弾く。王命が下りるのであればグライシスがそれ以上を知る権利は無い。


「グライシス、暁月まで時が持たぬ。判っているな」

「……はっ。性急に……」


 グライシスは恭しく腰を折った。その心に付いて溜まる(わだかま)りごと。何時までも頭を下げ続けた。



 暁月まで、時が迫る。

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