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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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104/124

第104話 シリウス・ネクロポリス

天音Side


 人は無意識化で夢を見る。無意識を意識した途端、夢は破綻する。


『…、動ける………』


 私は幾度となく夢に溺れた。城のバルコニーで幸せそうに笑い合う二人は此処には居ない。夢の中で私と云う個が形を保っていた。

 夢を夢だと自覚しているのは目の前の景色が今まで見た夢の中のどの景色よりも壮麗で、聡明であったから。


 遍く大自然と神話に類される幾つもの建物。私は堪らず駆け出した。何かに背を押されるように自分では制御出来ない衝動に駆られた。辿り着いた場所は矢張り知らない景色だったが妙に心が疼いた。


『もしかして…、学校?』


 自分の知る学校とは随分違って見えたが、背丈の良く似た子供達が真剣に一人の大人の話を聞いている。紛れもない学校の授業風景だ。内容は天文学についてだろうか。誰も自分を気にしないところを見るに抑、見えていないのだろう。


『違う。私が来たかったのはココじゃない、もう少し奥……』


 焦燥は治まる事を知らない。ぽっかり空いた二つの席へ近寄り、散らばる紙切れに手を触れた。瞬間、自分にしか見えない光に包まれ微かに目を瞑った。

 深く夢に溺れていく。何時の間にか授業は終わったようで生徒達は帰り支度をする。空いた席の隣にいた少年も色褪せた教本を纏めている。


『何故だろう……この人に誰かの面影を感じる…誰かは分からないけど、……』


 少しばかり不貞腐れたような横顔に既視感を覚え少年の後を追った。無論、少年に会った事もなければ話した事もない。夢の中で覚える既視感と云うのはどうにも気分が落ち着かなく、張り付いた焦燥感は拭えなかった。

 少年の行く先は私が行きたかった道でもある。次第に草花の匂いが濃くなり、少年は足を止めた。


 目の先には二人の男女が居た。背丈はそう変わりなく少年の学友であると直感した。一人は広げた本を顔に当て寝息を立てる男の子、一人は男の子を見つめて微笑んでいる女の子。女の子の方は少年に気付き緩く手を振るが、私が目を留めたのは端正な顔立ちではなくその衣服。


『あれは私の修行服…!?確か女神装束って……もしかして、あの子は女神様?、まさかね』


 少年は男の子の顔にかかる本を取っ払って横に座り込む。満開の花のような笑みを見せる女の子に対して少年は尚も不貞腐れていた。

 談笑の合間で寝息を立てていた男の子が不意に目を覚ます。淡い金糸が揺らり揺れて草の根に落ちた。特徴的な垂れ目と下睫毛が彼と世界を切り離し浮世離れさせる。


 仲の良い三人は暫し談笑していたが、


『此処は私の夢』

『えっ…』

『私の夢見。もう来てはいけないよ』

『待っ………ーー!?』


 瞬く間に眼前に現れたのは先程まで友人等と他愛ない会話をしていた女の子だった。風に靡く金髪と不自然に隠された目元の女の子は、私が見えているらしい。

 唇に細長い指を当て、笑顔のままに忠告する。意識が途切れる最後の瞬間、女性の唇が上下に動いた気がした。



"私の大切な人達に会ったら仲良くしてあげてね"

____ _ ____ _ ____ ____ _ ____ _ ____

 初めて夢の中の人物に現実の自分を視られた気分に陥り、夢見は非常に悪かった。呼吸するように目が覚めた天音は、何故か起きる気にはなれず屡々夢の続きを望んでいた。


「不思議な夢……女神装束を着て眠ってしまったからかな……」

(うっ…お腹も空いたしそろそろ起きなきゃ)


 リオンと出会う以前に彼の夢を見ていた天音は、夢の内容が現実に起こった出来事なのではと勘繰り、女神装束の袖を揺らした。

 幾ら逡巡しようとも夢以上の情報は得られず身体を清潔に保つ水浴びの後、朝食を貰いに水滴を拭った。



(今日も美味しかった……特にスコーンが)


 七幻刀の住処には雇われ人が居る。常駐している訳ではないが決まった時間に食事を作り配達する雇用者である。リゲルが天音の為に信用出来る人間を雇い、当初こそ申し訳なさそうにしていた天音だったが次第に胃袋を掴まれていった。

 親睦を深めたい気持ちもあるが雇用者は寡黙な人で、中々上手く行かないのが最近の悩みである。


「そう言えば昨日言ってた"気を付けろ"って何の事だろう……。気を付けろって言ったり気負わなくていいって言ったり、真っ直ぐなのに言葉足らずって言うか、何と言うか……コッチの気持ちも考えてよ」


 昨日のピヨピヨとリオン本人の言葉、天音には何方も聞こえていた。長大息を吐いても内に溜った文句は消えてくれない。己の気持ちを考えての言葉だとは彼女自身も理解しているが、乙女心は何一つ伝わってないらしい。

 風ばかりが通り抜ける回廊で頬を膨らませた彼女は修行の為、急ぎ星幽の間へ向かう。


 また修行に身が入ってないとリゲルに言われるだろうか。そんな何気ない会話を想像していると不意に風が凪いだ。気にするほどの事象でも無いが、天音は気付けば立ち止まっていた。


(何この感じ……背筋が凍る…っ)

「だ、誰か居ますか…!?」


?「第六感とでも云うのかな。アスト感知も出来ないのに気配を察するとは」

「!」

(誰…ッ)

「〈法術 ポラリスハーツ〉」

「なっ!?貴方は一体……」

「その眼を潰してやりたいが今は止めておこう」


 異様な静寂は天音の心を惑わし、声を上げさせた。取り巻く"何か"を探して背後を見やるが空疎が広がっているばかりで何も無かった。自分の声に反応する者も居ない。勘違いかと安堵しようとして正面を向いた瞬間、"何か"の正体が居た。

 天音より幾分か背丈が低い少年が一人、彼女の目の前に現れる。フードを深く被っており表情は判別出来なかったが薄っすら口元が弧を描いていた。


 何者かと問う直前、少年が法術を発動させた。ポラリスハーツと呼んだソレは四つ角の星型で、十字を切るような円環が周りを囲んでいた。指先から放たれた四つ星が壁面に触れた途端、壁面がボロボロと崩れていった。まるで瞬時に材質変化させられ砂になってしまったようだ。

 少年の意図が分からず天音は思わず距離を取った。七幻刀の住処に侵入者が現れたとすれば彼女も自衛の術で対処しなくてはならない。


(どうしよう…杖がない状態で法術が上手く発動出来るかどうか……それに誰かを呼ぼうにも逃してくれる筈も無い……よね)

「貴方は誰ですか?」

「距離を取ったか。然し背を向けないのはリゲルの修行の賜物であるな」

(リゲルさんを知ってる……?)

「まさか、七幻刀の最後の一人、ですか?」

「そんなものになった覚えはないが、認識は間違っちゃいない」

「ならば何故、……ぐっー!?」

「さて。幼い女王様……()()()()()()()()

「カハッ…、…ツバ、サ…?」


 逃げ道も打開策もなければ会話で場を保たせる他無い。譬え本人の口が堅くとも口調や単語から得られる情報はある。現に天音がよく知る者の名を少年は吐いた。

 リゲルを知り、七幻刀の住処に出入りする少年の正体を追及しようとするが彼は一言で肯定し、天音の腹部に蹴りを入れた。


 思わぬ容赦無い攻撃に腹を押さえてヨロヨロと壁に凭れ掛かる。それでも目を合わせ続けて"彼を見上げた"。

 少年はふわりと飛んで見せ、猫背になった天音の背を超える。漆黒の外套は生やした翼に沿って伸びてゆき、不穏な影法師を生む。


「シリウス・ネクロポリス。幼き女王様に審判を下す者の名だ。よーっく覚えておくように」

「シリウス…」

(セイ)の心は深く傷付いた。王の一言で意図も簡単に砕き崩れた。ゆくゆく国を継ぐ者よ、真摯な解答を望む」


 酷薄の天使はシリウス・ネクロポリスと名乗り、壁に手を付き顔を近寄せた。自らを(セイ)と呼称し、薄ら笑みを浮かべる。

 天音は嘲笑するような表情で傷付いたと語るシリウスを何故か嘯いているとは思えず、ゴクリを息を呑んだ。深々と被っていたフードの下は、金髪金目で天使の様だと心ながらに感じ特徴的な下睫毛には何処か既視感を覚えていた。


(セイ)のアスト能力は極点。星に触れた物を瞬時に極点に到達させる…。瞬く間に果実を腐らせ、水分を蒸発させ、人体を塵にする一国を落とす能力だ」

「っー!」

「怯えるもまた正なる反応。……だが、当時の王族は畏怖するどころか平然と戦時利用した。幼かった(セイ)は其の瞬間まで気付く事が出来なかった。コレが証拠……」


 アスト能力 極点。シリウスの証言通り何もかも彼の趣くままに極点に到達させてしまえる能力ならば、其れは余りにも強大で人の手に追える代物ではない。

 戦闘経験の無い天音でも十二分に脅威は伝わり、身体を竦ませた。警戒と言うより最早降参に近い態度を取ってしまい益々彼女は不利になる。


「五大宝玉。……」

「どうして貴方が宝玉の事を」

「それは(セイ)が神代の初代五大宝玉者だから。あの日から(セイ)の平穏は瓦解した」

「初代、……五大宝玉の所有者…!」

(ちょっと待って、宝玉って神話時代の代物でしょ…?!この人は神話時代から生きてるってこと?…そんな筈…は)


「信じるも信じぬも自由だが今から話す内容は事実、心して聴け。霊族を名乗る者共がメトロジアに対してクーデターを起こそうと言う時、(セイ)は招集を受けた。当然、拒否権など無い。其処には四人と一人が居た。そう世に云う"女神様と五人の英雄"……女神は(セイ)の幼馴染だった。

そうして行われたのが禁級の五大宝玉。王の一言で許可は為された。ほぼ命令だったがな。…そして幼い女王様も知っている通り、女神様は死んだ。王族の為の犠牲者とでも言おうか。其の血に問う。何故、彼女は死なねばならなかった。何故、女神などと肖り彼女を潰した…!?彼女は只の人間だった。人が人を殺しておいて何が平和だ!!!」


 指先で弾いたポラリスハーツが大気中の水分を極点に到達させ、氷の造形を造り出した。それはそれは見るも心を奪う造形美で、宝石の様な職人技巧の様な素敵な形であったがシリウスは造り出した其れを宝玉と呼ぶ。実際目にしたからこそ造れる宝玉に天音の心は未だ与えられた情報を整理し切れていなかった。

 続けざまに語るのは紛う事無き心情。見えない涙を流すシリウスは天音ではなく、天音の血筋に問うた。出様によっては即ポラリスハーツが喉元に迫ろう。


 天使の様な姿で幼馴染の女神を想い患う事、三千年。途方もない時間が王族への怒りとなって体現された。


「神話時代、どころか百年前の戦すら私には遠い存在……。宝玉の事も女神様の事も知ったのはつい最近。王族の血が決して誉められたものでないのも分かってるつもりです。だからこそ私に宿るのは"止める力"。暁月まで生き延びて国を変えます。私一人の力では成し得ない事も皆が居てくれるから出来る。……貴方の怒りは一生忘れません」


「答えになっていない。何故、幼馴染の生命(いのち)を摘み取り我が物顔で誇示したのだと言っている!貴様の覚悟など知れた事」

「っそれは、一国の王は国土に住まう者を戦力として見ていたから。でも騎士団とは違う、望まない者も戦力として数えるのが戦。だから……」

「自分はそうはならないと言いたいのか?」

「っ!誰かが傷付くのは見たくない…」

「甘いな。幼い女王様……大勢の民と一人の民、秤が傾くのは何方か一目瞭然。一人の民が亡国の危機を救えるのであれば尚更の事」

「それでも託された力を正しい方向で使えるように、その為の時間を注げるように、今此処に立ってます……!」


 天音には神話時代の暮らしなど想像出来ようもないがシリウスにとっては昨日の事のように思い起こせる暮らしだ。太古だから、現在とは価値観が違うからと嘘でも言えまい。

 乾いた唇が甘い言葉を吐き出す。幾ら王族の血筋であろうと、王道も覇道も今の天音に説いたところで玉座に座れる訳ではない。シリウスも知った上で意志を聞いていた。


「幼い女王様の思う正しい方向とは何処だ」

「貴方の中です」

「……」

「貴方だけではありません。一人一人の中に王道が示されてる。民の望む所に王が居て、王の願う所に民が居る。きっとそれが世情」

「なればこそ覚悟を見せてみろ」

「覚悟?」

「〈超法術 ポラリスハーツ〉触れてみろ、(セイ)が納得したと思うなれば示せ。塵と化すか、生き延びるか。情に訴えても無駄だ」

「私は…、……」


 王は、民が居て初めて王と呼ばれ囲われる。民の心に王が寄り添わねば神話戦争や一夜戦争、百年前の大戦にて甚大な被害が出る。シリウスのように彼の幼馴染のように、心傷を受ける無辜の民が溢れてしまう。

 王道とは王の道に非ず、王の征く道を王と共に進む民の道である。


 天音の言葉に覚悟を見出したシリウスは造形氷を粉砕し、新たな四つ星を出現させた。指先程度の大きさと舐めて掛かれるほど今の天音は世間知らずではない。超法術と確かに唱えていた。触れたら最後、痛みすら感じず塵と消えるだろう。唯一の王族だからと躊躇う理由はシリウスには無い。

 触れるか、触れぬか。天音が出した答えとは…


「!……触れるか。覚悟は済ませたと解釈しよう」

「ごめんなさい…覚悟なんて立派なものじゃなくて、貴方はきっと私に言いたい事が残ってると思ったから、だから殺さないと思いました。覚悟は簡単に決めてはいけないと考えたから……」

「ほぉ」


 四つ星を掴んでみせた。然し、それは覚悟の現れではなくシリウスが自分を殺さぬと言う他力な確証であった。審問の是非は無い。

 女神の衣を纏う赤眼の少女は天使の顔をまじまじ見つめた。心意気は十分だとでも言うように。


 一連の刹那を見届けたシリウスが不意に指先を自身の胸元に当てた。何をしようと画策しているのか考察する間もなく彼は両手を広げ、数多のポラリスハーツを出現させ酷薄とした笑みを浮かべた。


「止めてみせろ。止める力とやらで」

(ーー!間に合わなっ!?)

「〈法術 星落(メテオ)〉」


(誰、…!?)

「見飽きた重力操作、聞き飽きた老いぼれ声、リゲル・ノースグレイ。余計な口出しで邪魔立てするな」

「シリウス。些か過剰ではないか」

(今のはリゲルさんの法術…!ポラリスハーツだけが押し潰されてる)


 戦場では一秒の差が生死を分かつ。天音が間に合わないのを見越して止めろと無茶を立てるシリウス。結果はシリウスの不発に終わる。

 ポラリスハーツ発動直前、何者かが四つ星のみを地面へ叩き伏せた。救世主の君はリゲルだ。


 リゲルのアスト能力 重力操作。その名を冠する通り重力の全てを操る事が可能。現に、星落(メテオ)は重力操作で四つ星を不発に追い込み潰していた。天音とシリウスには一切の負担が掛からない為、単純な範囲技とは言えない。

 不服そうに翼を仕舞い、地面へ降り立ったシリウスがリゲルに喰ってかかる。同じ組織に属しているのだ。互いに思うところでもあるのだろう。


「天音様、怪我はございませんか」

「えっ…はい、大丈夫です」

「リゲル、王族に飼い殺しに遭う貴様が王族に与する訳が分からない。そうまでして尽くす道理が無い」

「子供じみた事を……。元の老体に戻らぬのも子供時代が忘れられないからか?それとも…」

「はーん…その様子、伝えてないな。貴様の過去と真実を」

「即刻、天音様から離れよ」

「嫌だと言ったら?」

「力尽くにでも」

(この二人……只の七幻刀の仲間って訳じゃなさそうだけど…)


 何処かギスギスした関係が垣間見えるリゲルとシリウスの様子に二人を交互に見やる天音。間に割って入れる度胸が自分にもあればと思う反面、リゲルの表情とシリウスの言い草に形容し難い寂しさを覚えるのは何故だろう。まるで秋の木枯らしに吹かれ、冷風が身体を擦り抜けた時の様な寂しさだ。


「〈超法術 ポラリスハーツ〉」

「〈超法術 星落(メテオ)〉!」

「きゃぁっ!?天井が…!!!」


 そうこう表現する内にシリウスは天音に人差し指を向けた。指先には輝く金の四つ星、恐怖心を抱く間もなく四つ星のみ消失させたのはリゲルの法術。

 直後、木枯らしのような空気はシリウスが破壊した天井穴に吸い込まれ、外気と接触した。外へと躍り出る天使を追って賢者が飛び出す。


(…私の杖、何時の間に)

「天音!!!」

「リオン!とセイルくん」

(くん…!?)

「無事か?何が合った!?」

「私は平気。それよりリゲルさんとシリウスが」

「シリウス?」


 歪な天井穴を見つめていると、ふと己の正面に重力を感じる。リゲルとシリウスから目を逸らしたくはないが一瞬向き直ると其処には(エトワール)が宙に浮いていた。リゲルが用意したのだろう。彼の思いごと胸元に引き寄せ、一歩踏み出そうという時にリオンとセイルが此方に駆け寄るのを端に捉えた。

 知らず知らずの内に君呼び化した事実に狼狽えるセイルを余所目にリオンは天音の肩を掴み怪我の有無を確認する。


 平気だと言われホッとするが天音の様子は何時もとは微妙に酸味が混じっており、知らぬ者の名を口にした。天音も天音でシリウスの事をどう伝えるべきか悩んでいた。


―――


「三千年振りだな…ッ!こうして本気のリゲルと対峙するのは」

「変わっていないな。その飛翼も体格にそぐわぬ強過ぎるアスト量を放出する為の物」

「貴様は変わった。迷いが消えている」


 役目を放棄した漆黒の外套が主の真横を漂い、離れゆく。ようやっと見えたシリウスの純白の翼は単純に飛翔する為のものではなく、平均を多く上回るアスト量を調節し身体に悪影響を及ばさない為の姿である。

 シリウスの体質を知るリゲル、矢張り二人は旧知の仲以上の何かがあるに違いない。声は聞こえないが地上の天音も確信する頃だろう。


「〈ポラリスハーツ〉」

「〈星落(メテオ)〉」

「効かない」

「良い加減目を覚ませシリウス」

「旗色が悪くなると都合の良いように捏造し相手を牽制する手口、昔から気に入らない」

「千年前言うたであろう。死期を見誤るな、種を繋ぐ筆となるのが何れ死にゆく我等の宿命と」

「あぁ言ったさ。千年前、貴様が宝玉を譲り渡した時、唯一の繋ぎ目である宝玉を能無しの下等に寄越すなど有り得ない。其れは(セイ)と彼女に対する侮辱だと言った!」

「我等は生き過ぎた」

「生きる事を強制されたの間違いだ。訂正して、大人しく棺の選別でもしてろ」


 リゲルとシリウスはアスト能力的に相性が最悪だ。リゲルの重力操作は一気に相手を押し潰す強大さであるが、シリウスの極点で相殺されてしまう。逆も然りである。

 リゲルは重圧、シリウスは四つ星、互いに半径二メートル分のバリアを張り双方を寄せ付けない。勝機が有るとすれば何方かのバリアに穴が空いた時だろう。


 対話だって決着は付かない。三千年生きた人間など聞いた事もないが二人にとっては重要視する要素だ。シリウスの言説が正史であればリゲルは宝玉所有者になる。そして千年前、他者に譲り渡した事になる。

 一方、七幻刀の住処に穴が空いた事でリオン、天音、セイル以外の者達も集まってきた。


「宝玉…」

「スタファノ!」

「やっほ〜天音ちゃん」

「結界の中に居ても衝撃が伝わってきたよ。一人はリゲルのじ〜さんだとして、もう一人は誰だろうねぇ」

「七幻刀の最後の一人らしいです」

「!…なるほど」

「それよりスタファノ、奴等は何を話してる」

「それ訊く〜?まぁ良いけど。二人ともどうやら宝玉の使い手らしいよ。一人は手放したって言ってる」

「何!?」


 ネジ巻きイヤリングを丁寧に外し、事の成行きを聴くスタファノと眩しそうに目を細めるピオの二人は天音を見掛け、緩く手を振った。長耳がピクピク動くスタファノにリオンが手早く問う。彼自身も宝玉所有者だ。衝撃の事実を知りリゲルとシリウスを見上げる。

 視認出来るギリの距離で戦闘を繰り広げる彼等の実力は衝撃と共に嫌でも伝わる。宝玉を所有していても可笑しくない戦闘力だ。


「アイニーさんは何か知ってます?」

「オレに訊くな。虫唾が走る」


 スタファノの声を聞く者は他にも居る。リュウシンとアイニーだ。ほんの些細な興味からリュウシンは彼に向き直るが何やら地雷を踏んでしまったらしい。不機嫌さが増幅している。



「リオン、一つお願いがあるの」


 曇りを知らない蒼天の空が天音の心に降りかかる。彼女の覚悟は決まった。


―――


「〈法術 裂星(リブラ)〉」

「グッ…」

(これは斥力…!?羽が引き裂かれる…!)

「地上に落ちろ極星」


 シリウスの四つ星鎧は非常に堅い。一つずつ潰したのであれば日が暮れてしまうと思考したリゲルは一点集中に切り替え、彼の翼に標準を合わせた。

 常人では見逃すほど小さな亀裂が生まれた瞬間、リゲルの法術が炸裂した。裂星(リブラ)は対象の物体と物体の間を重力操作によって引き裂く斥力のような法術である。


 裂星(リブラ)を翼に喰らったシリウスは一秒も経たずにポラリスハーツを増殖させ相殺しようとするが、一歩リゲルが速かった。アストの翼と言っても体内と直接繋がっているのだ。もがれる痛みは想像を絶するだろう。

 重力の支配下に置かれ、羽をもがれた天使は真っ逆さまに地上に墜落した。


「シリウス」

「油断したなリゲル〈迎撃法術 ポラリスハーツ〉!」

「ーっ!〈守護法術 星星の小槌(ミーティア)〉」


 防御は張っているだろうが硬い地面に墜ちたシリウスは無事ではない筈だ。側に寄り土煙が晴れるのを待つリゲルに、シリウスが逸った。勝利めいた不敵な言葉を刺し巨大化したポラリスハーツを出現させた。

 巨大な一撃では防がれるので、中から幾多の四つ星を生み出し世界に放った。極点に達した大気は氷結、または灼熱と成り地上に降り注ぐ。


 地上は七幻刀の住処に居る者達以外にも幾多の人間が居る。超広範囲技の迎撃に対し、超広範囲技の守護を発動した。星星の小槌(ミーティア)は流星群のように流れる重力の玉だ。広範囲に放ち、不特定多数の対象を見えない重力玉で守護する為に開発した術。


「今だ」

「〈超法術 キャンセラーダウン〉ー!!」


 三者三様にポラリスハーツを防ぎ、固唾を呑んていたリオンは天音に頼まれ見極めていた。彼女が最適で最高純度の法術が放てる瞬間を。超迎撃と超守護がせめぎ合う今こそ合図の時、天音の肩に手を乗せ短く息を吐き優しく頷く。

 リオンに頷き返し天音は超法術キャンセラーダウンを放った。地上に、上空に、エトワールを通して触れる全てに、止める力は作用する。


「な…ポラリスハーツが消えた」

「これこそが天音様の止める力」

「はぁはぁ…!つ、かれた……。シリウス、私は止める力を使って貴方を止めました。誰も貴方も傷付いてほしく、ないから!」

「てめぇが何モンで、天音に何を言ったのかは知らねぇが正面で示したものから逃げる訳ないよな。てめぇが始めた事から」


 超法術発動直後で貧血のような症状に見舞われた天音はフラフラと覚束ない。それでもシリウスの元へ一歩一歩進み、確実に距離を詰めていく。両目をグルグル回し倒れそうな時はリオンが支えた。アストを大量消費した天音はシリウスに向かって、文字通り身体を張って意志を示した。


(セイ)は三千年、世界を傍観した。何時の時代も星の民と霊族は睨み合って戦を続けていた。其れは神話戦争で駆り出された彼の者達に対する仇返し。止めると言うならば種族を超えた大いなる力が必要だ。その程度の力では到底成し得ない」

(そう、()()()()()を滅ぼした貴様等には土台無理な話。星の民と霊族のみが争い憎しみ合っている内は、それすら気付かない)


「消えちゃった…」

「天音様。シリウスに代わって陳謝致します。不徳をお赦しください」

「良いんです、……もう。シリウスはとても優しい人だと分かりましたから。きっと優しさを利用されて人を信じる事が出来なくなっただけだと、私は思います」

「其の深き御意、恐れ入ります」

「カグヤさんだって、カグヤさんのお父さんだって同じ事を、言った、と…思い…ま、…」

「アスト切れだな」


 打って変わって静謐となった蒼天を仰ぎ、シリウスは純白の翼を広げた。言葉の節々に棘があるのは否めないが、雲間に見える太陽のような粛々とした光をシリウスは運んで来たのだと天音は思わずにはいられなかった。太陽光こそが彼の心であり本心だ。曇り掛かってしまったのは、大切なものを王族や当時の世情に壊された故。

 飛び立って数秒後、蒼天に消えたシリウスは最後の最後まで心を明け渡す事は無かった。


 深々と謝罪を並べ立てるリゲルをやんわり否定しようとして、天音の身体は遂に限界を迎える。隣に居るリオンが支えていなければ今頃、地面に激突していただろう。先程までの論争と抗争が嘘のように呑気に寝息を立て始め、彼女を片手で担ぐリオンは呆れながらも(ねぎら)いの視線を落とした。


「爺さん」

「宝玉についてですね」

「嗚呼。霊族に奪われたのは二つ、俺の分とさっきのシリウスって奴が持ってる一つ、後一つは誰に渡した?」

「千年前、信頼の置ける家系に渡し現在はリオン様もよく知る人物に」

「ソイツは一体…?」

「その内、本人の口から伝え聞くでしょう。元宝玉所有者として一つ忠告を、宝玉はアストエネルギーの深淵に根を張ります。感情の隆起一つで人体を破壊しかねない…くれぐれも宝玉の手懐けは短時間に」

「言われなくても、解ってます。早いとこ使い熟さねぇとな」


 七幻刀の住処へと戻る手前、リオンは潰しておきたい疑問を吐き出した。リゲルも想定内の反応を見せ、淡々と言葉を紡いだ。リオンのよく知る人物とは味方か否か、余裕振る様子を見るに一先ずは脅威にならなそうだ。


 アストエネルギーの深淵は、致命傷になり得る損傷を受けた今際の際に到達する可能性のある空間だと何時か、シオンが語った。リオンの宝玉・海神が呼び覚まされるのは彼が意識を手放すほどの傷を負った時に限る。"アストエネルギーの深淵に根を張る"とは詰まりはそう言う事だ。危険極まりない宝玉の手懐けが進まないのも、そもそもの発動条件が深淵と隣り合わせだからである。

 刻一刻と迫る一線、越えれば霊族との一戦に挽いては数珠繋がりで大戦に発展しかねない。何時か来る日までに宝玉を手懐けてなければ宝玉を持つ霊族に勝てはしないだろう。


―――――― ――――――

―――

 何処でも無い空間でシリウスは飛翔していた。只管、居もしない大切な人を探す様に。


(太陽には近付けない。星には手が届かない。手に入らないものを遠くから見つめるから、人は其れを美しいと思う。神話時代、人は霊獣と出逢い生涯手にする事がなかった力に触れた)


 蒼天に唯一つ、極星在り。極星に手を伸ばし、羽根を散らせゆく。羽根は雲の様に重なり解けて消える。残された羽根ではとても極星は手に入りそうもない。


(まばゆ)い光は軈て人影に、人の手の中に収まり闇となる。貴様が希望の白星となるか、絶望の黒星となるか、暫し視させてもらう)


 目の前の星を守りたい。目の前の星が遠過ぎて、己では守れなかった。それだけなら悔いる程度で受け入れられたのに、目の前を遮る魔導が己を地に叩き落とした。



 星が遠退いた。

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