第103話 ノーヴルとレグルス
『そうかライムも…』
『嗚呼…先に逝っちまった』
頼もしい味方戦力、近衛騎士団と再会し屡々思い出に浸っていたのだが彼等にも仕事はある。特にノーヴルは貯める癖があるので、名残惜しいがリオンは一旦の別れを告げた。
別れ際、リオンを呼び止めたリリックは同郷ライム・フロウの死を零した。アレン同様心が痛むが同時に、互いの生還を讃え合った。
「何時騎士団に連絡したんだ」
「ピヨピヨを見せた時だよ。あの時、騎士団に伝達しておきました!リオンも使ってみるか?」
「誰に何を」
「何でも良いさ。今日は天気が良いとか擦れ違った犬に懐かれたとか。ほらほらほら」
(拒否権ねぇな)
流れるような手付きで待ってましたと言わんばかりのシオンは小瓶から球体を取り出した。コロコロ掌で転がし当たり前のように差し出し、受け取らせる。
リオンには態々ピヨピヨを使ってまで連絡したい相手など居ない。分かった上でシオンは楽しんでいた。
「目を描けば遠くまで視認出来、嘴を描けばより正確に声が届き、足を生やせば足場に留まり、羽を生やせば風の気流にも負けない。ほらこんな具合に出来上がり!……うわっ話聞いてた?」
「小鳥じゃなくても良いだろ」
「良いけど……ソレは何か訊いても?」
「水龍だ。乗り心地の悪さまで再現出来た」
「確かに、……ンクク、ソレは乗り心地悪そうだね」
「おいこら人に作らせといて笑ってんじゃねぇぞ」
「アッハッハッだって余りに予想外でつい」
ある種の童唄のように口頭で説明しながら実際に実演してみせる。不器用なリオンでも同じスピードで完成する手本があれば間違えないだろうと考えていたが、隣に視線を移した瞬間甘い考えだったと気付かされた。
リオンの手に乗っていたのはお世辞にも小鳥とは言えない不形態生物だった。馬鹿はそもそも手本に習わないと、新しく得た知識を脳の隅っこに追いやり不形態生物の詳細を訊く。
「角折れだって再現したんだぞ」
「弱点なんだってね。霊獣の一角を失っても自由に暴れられるなんて凄い……ンク…フ」
「まだ笑ってんな。握り潰すぞコレ」
「わぁー待って待って、笑わないから」
「で、次は?」
「伝えたい事ピヨピヨに託して空に浮かばせる。そうすると自動で相手に向かってくれるって寸法さ。どうだ!面白いだろう?!」
「二度と使わんがな」
「そー固い事言うなよ。ボトル一本上げるから」
リオンの旅路は既にシオンは識っている。道中の霊獣と双龍についても例外なく知識として蓄えた。再現した姿を観察すれば己の知識欲も満たされると思い、じっと見つめる。
残念、余りに威厳のない緩ゆるっとした造形に霊獣で在る事も双龍の一角で在る事も忘れ腹を抱えた。
悪戯っ子の笑みを最後にシオンはピヨピヨを指先で弾いた。役目を与えられた通信小鳥は人の温もりを離れ一心に空を駆ける。リオンのピヨピヨはと言うと、不安定な体勢のまま空に昇ると運良く風の気流に乗り、フワフワ進んでいった。
気を良くしたシオンが小瓶を無理矢理手渡し、深呼吸を繰り返した。思い出し笑いをしては台無しだ。
「さて帰るか」
「その前に一つ、貸しだ。コレも受け取って」
「…?!これは、鞘?」
「大変だったんだぞ〜。似たような型探して造るの」
「シオンが造ったのか!?」
「何時までも布だけじゃ格好付かないだろう。あくまで仮だから早いとこ、そのバジル先生だっけ?に言った方が良いと思うよ」
「ありがとなシオン。借りは何時か返す」
「期待しないで待っておく」
出歩く目的が無いリオンは七幻刀の住処へとっとと帰ろうと、ピヨピヨが漂っていった方角に足先を向けたがシオンに呼び止められる。
今度は何だと若干警戒しつつ振り返ったリオンは直後に飛んできた細長い物体を既のところで掴む。逃げられぬよう先に品を渡すやり口に溜息が出そうになるが、指に掛かる感触が細長い物体の正体を見破る。
結時雨の鞘がぶっ壊れ、現在は応急処置として布を巻いたとの話はしたが、まさかシオンが代替品を探していたとは露知らずリオンは呆気に取られてしまった。よくよく思い出せばポスポロスには職人が集うと言っていた。奇しい品々を開発中のシオンが職人らと交流がない訳がない、ここは素直に礼を言おう。
「リオンは先に帰ってろよ。ぼくはやる事が残ってるから」
「おう」
「…………最後に良いか」
「ん?」
「もしもの話、"全人類を敵に回しても為すべき目的が生まれたなら"、どうする」
「何だソレ……ナゾナゾか?」
「どう捉えてくれても構わない。きみの答えが聞きたい」
「…つってもなー……半分敵対視されてるようなもんだし、もし人類全員が敵に回ったとしても俺は変わらねぇよ。国の為に、守りたい奴の為に戦う」
「リオンにしては珍しい、模範解答だね」
「シオンはどうなんだ」
「ぼくは……」
暫し並んで歩いていたが、不意にシオンが立ち止まった。彼を追い越したところで、最後の質問と言われ向き直る。太陽の光を反射するモノクルが瞳の奥をひた隠し、笑っていた筈のシオンの感情が読み取れない。
反射から眼球を守ろうと右手で影を作ったが、気紛れな青空は太陽を雲に隠してしまった。
「ぼくは少し違うかな。喩え、望まぬ対立だとしても選択した時点で総ては論ずる間もなく終わってる」
「……シオンみたいのが点数取るんだろうな」
「そうかな。ぼくはリオンの解答の方が世界に合っていると、そう確信したよ」
もしもの世界で闇に溺れたらとシオンは問うて、リオンはそれでも光を見上げて藻掻くと答えた。本気では無いにしても本心である事には変わりない。リオンの解答を聞き満足したシオンは影法師を引き連れ、立ち去った。引き止めて悪かったと一声謝って。
―――――― ―――
―――
世界は瞬く間に遷ろう。刹那に切り取られた命も、仲間だと笑えていた期間も、刻が進めば等しく過去に成る。
リオンとシオンと別れた近衛騎士団の面々は其々の任務を熟す為、四方へ散った。路地に残っているのはノーヴルとレグルスのみ。
誰もの気配が消えたのを見計らいノーヴルが口火を切った。
「記憶を読んだご感想は?」
「感想もクソもねぇよ。大体あんたにも共有しただろ」
「釣れないなぁ。レグルスの感想が聞きたいと言ったら聞かせてくれるか?」
「クソだな。リオンの宿命にも、それを識るあんたにも苛ついて仕方ねぇ。だが、一番は良いように利用された自分に苛つく」
「レグルスは優しいからなぁ」
「アホ抜かせ」
既に、アスト能力記憶共有でリオンから読み取った記憶はノーヴルに共有してある。気長なノーヴルと短気なレグルスとでは得た記憶に対する感想も対義なようだ。
「叙任式から今日まで、あんたの思惑通りになったな」
「人聞きの悪い事言うなよ。俺は路の選択をしただけだ」
淡々とそれでいて眈々と、路を進む。時が未来を振り落とそうと躍起になろうとも彼等には効かないだろう。振り子のように未来と過去を行き来する記憶が路と成るから。
―――――― ―――
―回想―
『是非聞いてほしい。路に現れた客人の話と先の未来について…』
『そうだな。俺も訊きたい事、言いたい事、山ほどある。晩酌の肴にはちと苦えがな』
叙任式の夜。ノーヴルとレグルスは宵の月に盃を掲げた。月夜に映える乳白色の酒を煽った晩酌は、二人だけの記憶。
「百年か……それより先の未来で渡り人、霊族は復活すると予言を賜った」
「予言?バカ言っちゃいけねぇ。確かに霊族の封印は月が巡るごとに弱まってはいるが、それにしたって自然解凍はまだまだ先だ。第一あんたは戯言を信じたのか」
「自然で無かったとしたら?」
「まさか、人為的とでも言うつもりか!?アレは超級の法術に因るもの。何処の誰が解除出来んだ…!」
「そう。霊族の封印が解かれる事自体は然程問題じゃない。最も念頭に置くべきは事の顛末。俺は口下手さ、記憶を読むと良い」
「そうさせてもらう。あんたの巫山戯た思考ごと読んでやんよ〈法術 記憶共有〉」
叙任式が執り行われる前にノーヴルは霊族の復活を予兆していた。正確には予言者に耳打ちされた、だが何方でもレグルスにとっては関係ない。目の前で結論付けたのはノーヴルなのだから。
少しばかり訛りが混じる口調は、レグルスが動揺している証拠であった。無理も無い。一夜戦争の英雄が遺した産物、霊族の封印が人為的に解除される可能性について話そうと言うのだ。
口下手な男に促されるがまま、酒の肴に手を翳して法術を発動させた。月明かりに似た光源が彼の掌に集まり、軈て落ち着く。
「読めたか?」
「嗚呼、クソみたいな未来がな」
「確かな情報筋のマダムだった。さて、ご感想は?」
「正確な時期が不明瞭なのも、霊族の復活で戦が起こるのも、城が落ちるのも、何もかもクソだ。……防げねぇのか?予言とは備え防ぐ為の体系、だろう?!」
「俺達は其の日、霊族に加担する星の民によって妨害を受ける羽目になる」
「敵は複数人って事だな。それなら封印解除も、いや纏まった人数がアルカディア跡地に渡ればバカでも気付く。逆も然り」
「予言とは変えられぬ運命を受け入れる為の土台とマダムは言った。俺も妨害は避けられないと思っている。…………だが」
本人が忘却した過去、総てを知り得る力がレグルスのアスト能力だ。酒を一つ啜って、過去を視て未来を識った。
ノーヴルの記憶にはこう在る。"約百年の後、不自然に霊族は復活し戦が起こる。そして星の民は王と城を喪う。防げる者無し"。
受け入れられる筈が無い。余りに現実離れした確かな情報源とやらは質が悪い。然し、直後に濁流の如く流れ込んできたのはノーヴルの思考だった。彼の覚悟を視るのは二度目だ。未来を識り受け入れ、路を作る。忘れ難い出会いの時を思い出し、レグルスは話を進める決意を固めた。
「俺達の時代ではなく、子供達の時代で蘇る事実だけは今でも悔しいよ」
「おい……その為だけにあんなガキを騎士団長に任命したんじゃねぇだろうな」
「其の日、運命の渦中に居る可能性のある子だ。見守ってやろう」
「ガキのお守りは御免だ」
「そう言ってやるな。先の未来は繋がる。そう信じてるさ」
「……。ガキに一人に、下手したら世界の命運を賭ける事になるぞ。正気の沙汰じゃねぇな」
「一人じゃないさ。解ってるだろう」
「チッ。締まらねぇ」
偶発的ではなく明確な意志の元、リオンは騎士団団長に選ばれた。ノーヴルの記憶は、予言の行方は、未来の通りにしかならない。
叙任式の夜、元騎士団長と副団長は後味の忘れられない肴を何時までも噛んでいた。
―回想終了―
――――――
―――
そして現在軸。
(ドが付くほどお人好しのノーヴルだ。人を切り捨て、人を活かす選択は苦かっただろう。渦中に居られない己を悔いただろう)
「仲間が何人も殺られた。俺の家族も。アイツに賭けた結果がコレだ。まだ信じられるか?」
「信じるよ。何処までも。例えば記憶にあった宝玉……俺が器に成ろうとすれば恐らく自壊する。然しリオンは宝玉の力を手に入れても自壊するどころか制御しようとしている。格好つけさせてやれって」
「良いご身分なこった」
宝玉の器に自分は成れないと云う。謙遜でも無ければ嫌味でも無い。何を以てして器足らずと口にしたのかは、さておきレグルスはそれ以上追及する気にならず澄まし顔で青空を見上げた。
「俺等の護るべき王様は余りにも小さい。巫山戯た理由で騎士団に入団したランスをぶっ飛ばした後で、ファントム戦の策を練るぞ」
「血の気の多さは相変わらずだな」
理不尽に被害に遭う事が確定したランスを哀れむも、止めても利かなそうだと諦め半分にスコアリーズの方角へ足を向けた。
霊族と対峙するには、障壁となっている霊族信仰組織ファントムの対処を先に行わねば詰みとなる。七幻刀と共に、リオンとと共に近衛騎士団は存在する。
ゆくゆく、小さな王に忠義を誓う為に。
―――――― ―――
七幻刀の住処にて。
「ん?」
(今…何か声が聞こえたような??)
アストエネルギーを高め安定させる修行を行っていた天音は、不意に聞こえた物音に振り返った。折角の集中も途切れてしまったようで彼女の興味は物音に注がれた。
(いてて…足痺れたぁ……うぅ)
「あれ、物音近付いて来てる??」
特段、姿勢の指定はないが修行と言えば正座と言う固定概念に縛られた天音は何時ぞやの二の舞となっていた。屡々足を伸ばして休憩し、立ち上がった。今はリゲルは居ない、抜け出して物音を確かめるチャンスだ。
「なに…あれ?」
(飛んでる?いや空気を漂ってるだけかな)
ぽすぽすと壁に打たれながら何かが寄ってきた。危険物に自ら近付くような真似はしたくないが、危機感より好奇心が勝ってしまい謎の物体を掌に乗せた。
不形態生物のソレは天音の手に着地すると一息付くように、ぽすっと空気を漏らした。
(……キモかわいい…生物?んーでも違うような)
《天音》
「ひゃっ!?!」
《余り気負わなくて良い。無理するな》
「リオンの声……?」
(リオンの声……?!)
生物のようで生物でない、まるで空き時間に捏ね繰り回された非売品のような見た目に愛着が湧く手前で、唐突な空気の振動を感じる。不形態生物から発せられた音は紛れもない馴染み深い人物の音であり、声だった。
心臓が飛び出るほどの衝撃を喰らった天音は咄嗟に不形態生物を手放した。地面に落ちるのかとソワソワしたが、宙に留まった状態で声帯を続かせる。
「どう言う事?……はっ、まさか!」
(きっとそうに違いない)
「こんな姿になっちゃって……っ。でも大丈夫!譬え、リオンがよく分からない変な生き物になっちゃったとしても私は、私は、リオンを……!!」
「阿呆か」
「ひょわっ!?リオンが二人!?」
「お前なぁ……」
此の世界の理を天音は識らない。己が見聞きした世界はほんの一部だと理解している。故に他の人では思い付かないような奇抜な発想を信じ込んでしまう。もう一度不形態生物を掌に乗せて、彼女なりの意思を伝えようとしたが二人目のリオンが現れた。
否。本物のリオンである。彼の呆れ顔には非常に見覚えがある。度々向ける視線に己の勘違いが甚だ馬鹿らしくなり、目を泳がせた。
本物のリオンから不形態生物の正体を聞き、ようやっと天音は納得した。
「なーんだ!そう言う事ね。私もそうじゃないかなぁって思ってたよ!!」
「……」
「あっはっは……」
(この調子じゃ内容聞いてないな)
「天音、一応持っておけ。何があるか分からんからな」
「…。シオンに使い方教えてもらうね!」
「……おう」
明らかな虚偽に言及するのも面倒になり、適当に受け流して本題に入った。現状通信小鳥が必要なのは天音だ。七幻刀の住処に居る間は無問題だろうが一歩外に出たならそう安全とは言えない。自衛の術は一つでも多い方が天音も安心するだろう。
既に役目を終えたピヨピヨは消えてしまったが元となる小瓶は彼女の手に渡った。
「修行は順調か?」
「うんっ。少しずつだけど何か掴めそう」
「そうか」
「リオンはどう?確かセイルさんの修行を付けてるんだよね。リゲルさんから聞いたよ、ファントムに行ってしまった父親の事も」
「嗚呼。セイルの口から直接聞いた。俺の知ってるカイリとは何処か様子が違った。……確かめてやるさ。そして、セイルの前で確かめさせてやる。知らないままで過ごせる域はとっくに超えた」
「……っー!」
「どうかしたか?」
「ううん。何でもない。えへへ」
(覚悟の差が違う。私なんかとは比べ物にならないほどリオンは前線に立って戦うだけの覚悟が備わってる。…………格好良いぁ)
「………」
互いに忙しい日々を送り、同じ七幻刀の住処に居ながら会って話す機会はなかった。数日振りの会話だが、驚くほど言いたい事がスルリと飛び出した。リオンも天音も会話に花を咲かせる。
然し、花を咲かせるだけではいられない。掛ける言葉一枚で花は色を変えてしまう。相も変わらず意志の籠もった言の葉を噛むリオンを、天音は見上げた。
純粋な感情だった。覚悟とはそれに伴う行動があって初めて示されるものだ。幾度となく瞳に映した光景を思い起こし、線を細めて笑った。
何時もと変わらぬ笑みを向けられた。最後に見たのは何日前だろうか、旅をしていた頃は毎日見ていた様な気がする。数日振りの笑顔を新鮮に思うのは、きっと変わらないでいてくれたから。
「リオン!!!」
「ん、セイル?」
「やっと見つけた。……約束忘れてないだろうな!?」
「忘れねぇって。じゃ修行してくっか」
「行ってらっしゃ〜い。セイルさん頑張って!」
「天音様!?お見苦しいところ見せてしまい申し訳ございません」
「あわわっ畏まらないでください!私に敬意を見せても意味ないと思いますよ…!」
「そうはいきません。ボクは本来なら口を利くのもおこがましい立場ですので」
「安心しろ天音、コイツは締めとく」
「安心できないよ!?」
リオンと天音の前に姿を見せたのは怒り心頭のセイルだった。浅瀬の間に何時まで経っても来ず、修行を付ける取り付けを忘れたのではと彼は怒っていた。彼らしい愚直な怒りを受け流し、リオンは天音に別れを告げる。
恭しく跪くセイルを無理矢理立たせ、回廊の奥へと消えていくリオンを天音は名残惜しそうに見つめていた。
「言い忘れてたが」
「なに?」
「気を付けろ」
「外には出ないから大丈夫だよ」
「だからだ」
「?」
(さっきから天音を監視するような視線と殺気を感じる…。七幻刀か?それとも……)
不意に立ち止まった背中を不思議に思い、首を傾げていた天音は更に首を傾げる事になる。背中を向けられたまま意図も分からず、取り敢えず相槌を打った。七幻刀の住処で急襲を掛ける人間など何処に居よう。此処は、安全だ。
「…………」
天使の羽が一枚、ひらりと落ちた。




