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星映しの陣  作者: 汐田ますみ
七幻刀編

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第100話 一衣帯水

NO Side


 老君が独り、墓標に立っていた。辺りには墓標を囲む様に様々な品種の花や樹木が植えられていた。誰からも視えない、誰からも知られない秘密の花園が其処には在った。


 老君の添える献花は真っ白な百合の花束。穢れのない白百合は、影を落とす事すら憚られるほどに繊細で儚さを纏っていた。


 墓標に刻まれた名は―――。白百合の似合う人だった。花束から(はぐ)れた一輪の黒百合に影を落としてから、



 老君リゲル・ノースグレイは花園を去った。


―――

――――――

 時間軸は約半日前に遡る。


「やぁリオン来たな」

「おう」

「適当に座ってくれ」


 仮面舞踏会が幕を下ろし、皆が続々と修行の足掛かりを掴む中でリオンはシオンに呼び出された。元々積もる話はする予定だったのだ。特に予定もないリオンは了承し、指定された部屋への扉を開けた。


「ようこそ。ぼくの研究室へ!」

「研究室?」

「リゲル様にお願いして許可を頂いたんだ。どんな世界でもぼくは謎解きが大好きみたいでね。おっとと、ぼくの事は後回しにして……先ずはリオン、生きていてくれて良かった。…きみの話を聞かせてくれ」

「そうだな。俺も話さなきゃならねぇと思ってたところだ」


 扉を開けて飛び込んできたのは研究室と称した改造書斎。座る場所どころか、足の置き場所もないほど本棚からはみ出した資料が積み重なっていた。研究熱心な性格は相変わらずのようで安心感を覚える一方、何処か危うさを覚えた。…また倒れられたら困る。


 扉を閉めると窓の無い小部屋には外の明かりは一切入ってこず、消えかけの灯りを頼りに座る場所を確保する。乱雑に置かれた資料に目が行きがちだが、読んでも分からないだろうと自分で納得し目線をシオンに正した。

 先ずは、と改めて。シオンは声のトーンを落とした。互いが互いの背景を見据え、場は少しばかり重くなる。



 百年前の戦時、誰かからコピーしたアスト能力でシオンは断片的だが現状を伝えた。次にノーヴルの指示に従い、メトロジア城へとリオンは向かった。その先の話を無意識に伏せた瞼に乗せる。

 アレンの生死、カグヤの覚悟、宝玉・海神、転生した天音。様々な街での出会いと別れ、霊族やファントムの度重なる襲撃……。一息ではとても伝え切れない備忘録に無言の相槌を返す。


「話は、大体分かった。…薄々感じていたけど、カグヤのみならずアレンまで……!」

「俺は騎士長失格だ。カグヤを守れず、アレンも死んだ。だからといって何時までも感傷に浸るほど暇でもねぇ。シオン単刀直入に訊く。俺は何故狙われた?アースと対峙した時、カグヤは狙われていた。だから天音も狙われる。じゃあ俺は何の為に!」


「落ち着けって」

「落ち着いてる」

「はいはい。ぼくもね、リゲル様や自分でも調べてて…疑問に思っていたところだ。特別な力が宿る王族が狙われるのは理解出来る。対してリオンは狙われる理由がしっくり来ないんだ。王族を手中に収めるのに邪魔なら態々生け捕り、なんて命令は出さない。然し今と昔で変化があるとすれば、それは"宝玉"だ」

「!そうだ…ジャックって霊族が確かに宝玉と口にした…!!カグヤも霊族に宝玉を奪われたと言っていた」

「霊族の目的は天音の他に宝玉を揃える事にあるのかも知れない」


 七幻刀のシオンのならば或いは身に抱える疑念を払拭してくれる可能性があると信頼し全て打ち明けた。

 霊族王が黒鳶に命じたのはリオンと天音の生け捕り。百年前とは僅かに様相の違う動向に、動揺したのは事実だ。


 リオンの疑念に応えるように顎に手を当てていたシオンは一つの仮定に行き着く。"霊族は宝玉を揃えたいのでは?"と。突拍子も無い発想と思いたい所だが、思い起こされるのは、どれもこれも説得力を増すものばかり。

 次なる疑問点は、大方予想も付くだろう。


「何の為に、だ!?」

「それが分かったら苦労しないよ」


 "五大宝玉を揃えて何をするつもりだ"。リオンは仮定を真に受け険しい顔付きになるが、シオンは慣れた様子で華麗に受け流す。昔馴染の距離感に他愛ない世間話の一つや二つ挟みたくなるが、ココは堪え先へ進もう。


「他に疑問は?」

「疑問……、複合属性って聞いた事あるか?」

「複合…それって航海法術や風使いのような自然を核としたものではなくて、一人の人間が複数の属性を操るって事?」

「嗚呼、霊族とは関係ねぇが雪山で出会った奴が使ってた。アスト能力ともエトワールとも違う様子だった」

「ふむ。複合……複合…、ちょっと待ってて」


 己の経験談は余さず話したが、疑問はあるかと言われ懐に仕舞っていた会話を思い出す。雪山ドラグで出会い、別れた少年が複数属性を扱っていた。聞きそびれた真相をシオンに尋ねると何やら意味有りげに唸り始めた。


「確かこの辺に……あった!古代の賢者が遺したアストエネルギーに関する研究資料。複合属性についての記述があったはず」

「何語で書かれてんだコレ」

「古代語。リオンも目にした事くらいはあるだろ」

「?」


 本棚の上から二段目、左から十冊目の古本を取り出す。動物の皮で作られた表紙には四属性を表す紋とアストを表す星紋が描かれており、期待値はより高まる。紙の束に糸を通しただけの単純な物ではなく、処々に装飾や挿絵があったりと完成度の高い写本である事が窺える。

 然し、古代の文字をそのまま写した古本はリオンには到底理解に足らず、立ち上がって覗いたは良いものの、結局シオンの翻訳が待たれる始末。


「えーと……要約すると二種類の属性持ちは先天的に万に一つは有り得るだろう。然し、後天的に得ようなどとは思うなかれ。深淵に触れる故」

「つまり、何だ…?」

「後天的に複合属性を得ようとした場合、"アストエネルギーの深淵"に落とされる可能性があるって話だ。深淵の情景は人によって違うらしいから余り研究が進んでなくてね…そうか。宝玉を手に入れたお前は感じた事があるかも知れない」

「……まさか、…!」

(あん時の深海が深淵……?)

「覚えがあるんだね。深淵に落ち、這い上がれる確率は極めて少数と綴られている…。ホントよく無事だったな。リオンが会ったって言うその人も先天、後天の何方にしても凄い事だ。……彼は今、何処に?」

「さぁな」


 リオンの為に分かりやすく要約したが、結論を急ぐ彼は要領を得ないと言った表情で、催促する。端から見ると口論になりかねない火種にハラハラするがこの程度では無いも同然だ。


 話題は複合属性についてだが、アストエネルギーの深淵と宝玉の関係性を指摘され今度はリオンが唸る。ソレらが結び付く時、思い出されるのは"深く深海"。

 続けてシオンは深淵に落ちるのは今際の際が迫った時が多いと補足した。余り気に留めなかった深海の謎が解け、なるほどと納得した。疑問は言ってみるものだ。


「そっか。他に聞きたい事は?」

「今んとこは解決した」

「じゃ次はぼくの番だ」


 それまで部屋の灯りより明るかった表情がフッと掻き消え、二度瞬きを繰り返した。シオンの変化を察したリオンが息を呑むコンマ数秒前、シオンは口を開いた。


「騎士団と行動を共にしていたぼくは、停戦後に一旦騎士団から離れ七幻刀の門を叩いた。きみから知った情報と形見のモノクルが合ったお陰で無事、七幻刀の認められ仲間に入れた。そこで知ったのは、リオンとカグヤの話だ。…って本当は消えた二人の手掛かりを集めてたら七幻刀に行き着いただけなんだ」

「……」


「自分が如何に無知だったと知らされたよ。開闢の歪に眠る五大宝玉と王族の転生術……。そして二人の覚悟も」

「俺も後から知ったんだ。覚悟もクソもねぇよ」


「……。星の民は霊族の復活を予想出来ず、後手に回った。玉座を奪い返すにしても席に座る者が当時は居なかった。けど今は、天音が居る。玉座奪還に向けて、リゲル様は着実に準備してる……。それが七幻刀の目的であり、手段なんだ」

「俺の当初の目的は停戦破棄し、霊族に勝つ事だった。その為にリゲルの爺さんを捜していた。だが、放っといても霊族は来る上に妙な命令を受けていた。奴等は暁月を待つ。停戦破棄は、今じゃねぇよな……」

「もし大規模な抗争が起こりでもしたら被害は計り知れないしね。暁月までは大人しくする方が賢明だ」


 シオンの語る世界の色は灰被りで仄暗かった。アレンもリオンもカグヤも、昔馴染の友人が次々と行方知れずになり気が気じゃなかっただろう。彼の誇りは何事も突き詰めねば気が済まない貪欲な探究心にある。山積みの書物と描きかけの高度な図面がその証拠だ。

 調べた先で七幻刀に行き着き真実を知った胸中は、形見と言ったモノクルに触れる手付きで解る。


 シオンの語りに相槌を打つ感覚で、言葉を返す。時刻は既に人工の灯りを望む頃だが、二人を覆う空気は一向に晴れず宵闇もケラケラ嘲笑っていた。


「嗚呼……」

「そんな訳でぼくにも出来る事をやろうと思って、今はアストに関する研究をする傍らでファントムにも潜入中だ」

「ほぉー…。……は!?ファントムだと?」

(つか研究の序でって普通逆じゃねぇの?)

「霊族信仰組織ファントム。此処は厄介な組織でね……戦が起こった途端、潜んでいた組織の人達が星の民同士で殺し合う手引きをしていた。放っておくと更なる悪夢になりかねないから、ぼくが内部に探りを入れて情報を流しているんだ」

「そうか……。お前も大変そうだな」

「自分の為でもあるし、セイル君の為でもあるからね」

「セイルって、あのオカッパ頭の奴か?」

「…直ぐにでも分かるよ。彼の事は」


 大人しく籠もれと言われ、不満気味のリオンは歯切れの悪い相槌を最後に黙りこくってしまった。ある程度の情報交換を済ませるとシオンは当たり前のように当たり前じゃない自身の現状を伝えた。リオンも思わず水に流しかけたが直前で話のネタを持ち上げ、ぎょっと身を引いた。

 謂わば二重スパイの様な立ち位置に一度は顔を崩したが瞬きの間に直し、一つ一つの言葉を受け止める。有り難い話なのだが、何故か素直に礼を言えず視線を落とした。


「ってコトで、潜入に使えるかなって思って色々作ってみたんだよね。此処にある物は全部ぼくが集めた物か、ぼくが造った物の何方かさ!先ずは、…」

「おい」

「リオンの右横に有るのが"アストロラーベ"。ポスポロスには大勢の職人が集うから掘り出し物も多いんだ。その中でも気に入ってるのがコレだよ」

(こりゃ止まらねぇな)

「別名アスト収集器。きみも聞いた事くらいはあるだろう。大気中のアストを集める為の機器!魅力は何と言ってもその収集量が従来の物とは桁違いだってところだよ!!先端に取り付けた玻璃がアストを引き寄せるって誰が気付いたんだろうね。物は試しようだ!」

「大気中のアストは体内より少な過ぎて集められないって俺は聞いたけどな」

「そう!だからこそ興奮してるんだ!!世に出回ってないのが残念だ。流通すれば多少値も落ち着くのに……」


 一度呼吸を整えてから矢継ぎ早に語り始めたのは改造書斎に眠る宝物達の事。今の今までのは演技だったのかと思う程まるっきり饒舌に回る回る回る。翡翠の瞳が最初に捉えたのは"アスト収集器アストロラーベ"。止まらない解説にかつての面影が重なり、落としていた視線は自然に上がり苦笑いを見せた。

 態々立ち上がってアストロラーベの側に寄り、手振り羽振りで熱く語るシオン。彼に1の言葉を返せば余裕で10は返ってきそうな勢いに重い空気は何処吹く風だ。


「お次はぼくの作ったコチラ!ピヨピヨ」

「ピヨピヨ…」

「ボトルから取り出して、こうして形を整えてあげてアストに変換させた声を吹き込むとあっと言う間に通信小鳥の完成だ!遠くの人と連絡が取り合えるのは利点が大きいだろう?!コッチはマイマイ」


「マイマイ……」

「空気に気化させ、吸い込むと平衡感覚を狂わせる事が出来る優れ物だ。それからメロメロ」

「メロ……」

「これは一種の惚れ薬だけど効果は余り無くてね。まだまだ改善の余地あり!他にもリンリンは小爆発を起こせるし、ドクドクは人間の治癒力を麻痺させる効果がある。ん……どうした?変な顔して」

「はっ別に何でもねぇよ」

「何だか舐められてる気がするな…、よーし!こんなのはどうだ!?」


 ピヨピヨは通信用。マイマイは平衡覚を狂わす。メロメロは惚れ薬。リンリンは小爆発を引き起こす。ドクドクは治癒力の阻害。

 ファントム潜入用か、はたまた趣味か、理に適った効力を持たせたのは流石だが簡素なネーミングセンスは如何なものか。少量の鼻笑いにムッと不服を膨らませたシオンは、奥の棚から小箱を取り出しリオンに見せつけた。


「イヤイヤ。聴覚を調整する機器だ」

「聴覚を?」

「未完成だけどね!ピオさんに頼まれてたんだ。異常聴覚を失くす機器が出来ないかって。完成間近ってところまでは来てるけど最後の仕上げがハマらなくてさ」

「俺に手伝えってか?」

「淡白な奴だな。仲間の話だぞ」

「そりゃまぁ……手伝わねぇとは言ってないだろ」

「よし来た。契約成立な」


 桜花弁で覆われる前のイヤリングの名はイヤイヤ。拘りすら感じる語感にツッコむ気が失せたリオンは噛み合った歯車を澄ました顔で眺めていた。

 超聴力は戦闘に於いて役立つものであれど日常生活では寧ろ不便な不完全さなのだろうと、最初に察したのはスコアリーズに入る手前。ポスポロスは大鐘も鳴る。苦痛は一つでも多く失くした方が、と考えリオンは安々と同意した。


―――


「「はぁはぁ…」」

「完、成…」

「二度とテスターやるもんか……」


 日を跨ぎ夜明け後。リオンとシオンの間には完成された小型のネジ巻きイヤリングが小箱の上に置かれていた。然しながら二人の姿は爆発に巻き込まれたような乱れ方をしており、壮絶な仕上げだったのだろうと容易に想像出来る。


「"コメット"の調合がこんなに難しいとは…」

「俺の鼓膜、破壊する気か!?」

「助かったよ。良い被弾ぷりだ」

「お前なぁ…」

「ま、結果オーライってやつさ。助かった序でに直接本人に渡してきてほしいんだが、良いかい?交流の薄いぼくが渡すより断然効果があると思うな」

「しょうがねぇな」

「あぁ…先にピオさんの所に寄っていくと良い。見返り報酬が受け取れるかもね」

「…シオンは何か、…あ〜」

「その言葉を待っていたよ!見てくれっ」


 徹夜して製作したのが小さなイヤリングとは、何処かの誰かに聞かれたら笑われてしまうと一頻り二人で笑い合い、汗と煙に塗れたリオンは立ち上がった。

 側にはコメットと称した黒色鉱石が転がっており適当に幾つか拾い手渡す。ここで、油断したらしいリオンは聞かなくとも良い問い掛けをし、後悔する事になる。


「ふふんっ前払いで貰ったのは"ガーディアンの里 植物全集"………の一部だ!」

「……」

「何の意味があるかって顔だな!?意味はあるさ!ガーディアンの里の植物は特殊な効力が備わってる事が多いんだ。知りたくなるのは当然の話…ただ里は入りたくとも入れない上に市場に出回ってるのは全体の半分にも満たない!!だからぼくにとって植物全集は喉から手が出るほど欲しかったんだ」

「そーか、じゃ俺は行くぞ」

「まぁ待て。座っていけよ」

「その手には乗らねぇ!」

「例えばこの頁、九つの金色種について詳しく書かれてる。これによると金色種はアルカディアでも確認されているらしい。益々興味が唆られるだろ。それに最後の頁、"失われた古代種ロザリオ"これが何と言っても、………あれリオン、にっ逃げられた!?」


 早速、分厚い原典を捲り始めギョッと身を引くリオンだったが一瞬の内に背後を取られ、肩を叩かれる。視界に入る植物全集はタダでは読ませない暗号が施され、文字を見るだけでも気分が悪くなりそうだ。

 キラキラと純粋で楽しそうなシオンには悪いが、退散させて貰おう。文字列に視線を落とした瞬間、大股で出入り口に寄りシオン自身の声量に合わせ扉を開閉する。


 付き合ってられるか!

―――


「釣れない奴め」


 閉ざされた扉の先で、遠退く気配に愚痴を零す。爆発が起ころうとも傷一つ付かないモノクルを取り伸びをする。厚いレンズを拭く手前で何を思ったのか、片手に収まるサイズの黒色鉱石(コメット)を掲げた。


「数千年前に落ちた隕石から創られたと云われているコメット。……蓄光特性を利用した街灯の技術も素晴らしいが、隠された能力はまだある筈だ。…追求したい。何千年経とうとぼくの性格は一切変わらない」


 右目付近に持ち上げられたコメットは其の特性を遺憾なく発揮し、灯りの消えた部屋に微量な光を齎した。頼りなさげな蓄光が揺れ振れる前にシオンはモノクルを装着し直し、右目を覆った。


「リオンの話を聞くに彼は宝玉を使い熟してはいないようだ。自らの血を把握しておかないから、苦しむのだ」


 整然とした声音が無機質に広がる。昔々に貰い受けた古本を一等優しく撫でる。擦り切れるほど繰り返し捲った古本の表紙は無機質な幾何学模様。古代語と共に印された其れはシオンにとっての原典である。


――――――

―――


「やぁリオン戻ったか」

「どっか出掛けるのか?」

「コメットの補充とちょっとした野暮用にね。それより、……」


 時間軸は正常に戻り、時を刻む。ネジ巻きイヤリングを手渡し戻ってきたリオンはシオンの変化に疑問符を浮かべた。

 席を離れていた時間は然程無いが草臥れた普段着から一転して、早々と身形を整えたシオンは含みある野暮用と濁した。


「ぼくの居ない間に一つ頼まれてくれないか」

「今度は何だ」

「セイル君を鍛えてあげてほしいんだ。ぼくもリゲル様も忙しい。暇人なお前にピッタリだろう?」

「はっ?」

「彼も水属性だ。良い刺激になると信じてるよ。話は既に通してあるから心配するな」

「アイツ、俺を嫌ってなかったか……」

「ファントムが近々大きな動きを見せる」

「!」

「それまでにセイル君を頼むよ」

「ちょっと待て!?……」


 "相手の同意を得ずに自分勝手に囃し立てる"。聡明なシオンらしくない言い回しに違和感を覚え、彼の目を見るが片目から得られる情報など高が知れている。聡明な彼だからこそ瞳の奥底を上手く隠しているようで、先に目を逸らしたのはリオンだった。

 結局、反論も儘ならぬ内にシオンは出掛けて行ってしまった。


――― ―――

 浅瀬を再現した造りの特殊部屋に二人の男が居た。


「何故お前が此処に居る!?」

「知らねぇよ。俺だって頼まれなきゃ来ねぇって」


 七幻刀の最年少、セイルはリオンと向かい合って澄んだ青目を濁す。鬱陶しがる様子を再確認しマイナスな好感度具合に溜息が出そうになる。


「俺はお前を知らん。会った事もなければ名前を聞いた覚えもない。誰なんだ」

「バカにしに来たのか……それとも嘲笑いに来たのか……!?」

「話になんねぇな。俺を何時何処で知った」

「クソ親父から、何度も聞いた。親父の名は……"カイリ・フロート"……ッ!!」

「カイリ!?」


 血の滲んだ唇が震えていた。固く閉ざされていた真実をセイルは吐き出した。険しい面も、荒々しい語気も、諸々の作り上げられた尖さはリオンを前にした時、無意味となる。

 ツーンと鼻が痺れ、抑え込んだ心の垣根は浅瀬に水面を呼んだ。


 カイリ・フロート。其の名を聞いたのは騎士長となり初日の事。幼き頃、彼の力に衝撃を受けたのを思い出せる。彼は、自身を七幻刀と言った。探していたのだ。ずっと。

 父親の名を涙ながらに語ったセイルの顔が余りにも幼く見え、リオンは戸惑った。涙の訳を一瞬躊躇った。良からぬ事態だと察してしまった。


「そして……ッッ!〈航海法術 喫水波〉!」

「ーっ!?」


 航海法術もリオンの良く知る術だ。浅瀬の水がセイルの右手に収縮されてゆき、小さな渦巻きとなる。愚直な攻撃を避けずに盾変化で受け止めたのはセイルの言葉を待つ為。


「……カイリは、一人息子(オレ)を捨ててファントムに寝返った!!!」

「―――なん、だと……?」

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