STEP 3
室内の光景。それが、瞳に映っている。でもわざと、ぼやけさせた。
鮮明に映しすぎる。そうすると、僕はリアルというものに潰される。だから、無理矢理ふわっとさせた。
未だに、四角だった。四人で、向かい合ったままだった。緊張する。僕は石膏像かな。そう思うくらい、カチカチだった。
どこ見ていいか、分からない。だから、現実をぐにゃっとした。黒目の位置を変えて。わざと、ぐにゃっと。
楓さんのオシャレ靴。それには、ピントを合わせられた。唯一だ。光沢がすごい。でも、なんか見ていられる。
『コツン、コツン、コツン』
ずっとある。歩いている音がそこに。あの、かわいいスタッフだ。
最初からいる。淡い服色のスタッフ。ずっと、歩き回っている。不気味だ。
音の方を見る。微笑だった。こちらに、会釈をしてきた。初めて、えくぼを認識した。
向かい合ったとき、右側になるえくぼ。そっちの方が、やや深い。しっかりした、えくぼだ。
くぼみに、落ちること。それを連想した。してしまった。想像の中で。だから、掻き消した。
スタッフのかわいさ。ただそれだけを、抽出した。
合否の待ち時間。他の人はざわざわ。ノイズのように喋る。イケメン好きだとか、ライブ行くよとか。そんな単語が、耳に入ってきた。
僕に、話す者はない。ゆっくり、時は過ぎた。何度も何度も、座り直した。何度も何度も、喉を整えた。
『ガチャッ──ギーッ──ドスン』
扉の音が響く。緊張感を、小さく吸い込む。そして、大きく吐く。長く吐く。
『キキキーッ』
向かい合い状態から、直った。みんな、一斉に前を向いた。イスの音は、綺麗だった。緊張感ヒタヒタだ。
『コツッ、コツッ、コツッ──』
一定のリズム。そのまま、こちらに来る。それが、ピタッと止まった。静けさが生まれた。
監督だ。無表情をしている。みんなを、満遍なく見る。そして、ゆっくり口を開いた。
「一人目の合格は、君ね。君に合う物語が、降ってきてね」
佐々木監督の人差し指。それは、僕を指していた。僕だ。僕が、主人公みたいだ。
口が閉じなくなった。開かなくなる方がよかった。少しまぬけだから。
ポカンとしていた。自然と、口が開いちゃう。ホッチキス本体か、というくらいに。
楓さんが見ていた。こちらを見ていた。口パクで、なんか言っていた。グーを前に、突き出して。
ウイッスと言っている。そんな、唇に見える。無理っす、ではない。いい類いの行動だろう。笑っているから。
喉が、上手く動かなくなっていた。喉の動かし方まで、消えた。白くなった。
覚悟を決めた。人一倍努力をする。そして、小さく輝いてゆく。そう決めた。
やっと、しっかり聞こえてきた。まわりの音が。かなり、湧いていた。
盛り上がっている。そう思う。会場が、優しい音に包まれていた。
「それで、二人目は君ね。ふたりが、会話をしている感じ。その、なんともいえない感じが良くてね」
佐々木監督は、楓さんを指していた。息を吐いてしまった。それしか、出来なかった。
ふわっと、消えた。息は全て、どこかに行った。ここで息を吸ったら、ヤバい。
からっぽの肺に、入ってきちゃう。この部屋の、全ての緊張が。
楓さんが、こっちを見てる。四角で向かい合ってきた仲間の二人も、見ていた。
だいぶ前、パイプ椅子にぶつけた。そのスネが痛い。今になってだ。なんでだ。
「三人目が君で。四人目が君ね」
どんどん、決まってゆく。ただ、人差し指は、指されていない。
手のひらを、向けるタイプに変わっていた。なにか頂戴、みたいな手のひら。それを、合格者に向けていた。
僕の、次から変わった。手のひらタイプに。優しくなった。そして、どんどん、呼ばれていった。
呼ばれる度に、ノイズが散りゆく。ざわざわが美しく舞う。
「以上」
最後の『君』が発表された。10人目の『君』で、終わった。上顎の前歯あたりに、水分はない。
『コツッ、コツッ、コツッ──』
一定のリズムが、遠ざかる。静けさに、また入った。監督が、去ってゆく。
静けさに、靴音がよく響く。下を見ていた。前向きでも、後ろ向きでもない。下向きだ。でも、心はちゃんとあった。
『ガチャッ──ギーッ──ドスン』
ハテナの時間が続く。特に指示なく、空間にいた。
「よかったね。私たちが、メインぽいよ。ロックじゃない?」
「そうだね、ロックだね。general good girlのponponさんくらい、ですかね」
「すごいね。同じこと思ってた。そのくらいロックだよ」
『ガチャッ──ギーッ──ドスン』
ドアの音だ。監督だ。寸分狂いのない。そんな音の響きと、間合いだ。ドアに、アドリブはないらしい。
『コツッ、コツッ、コツッ──』
今から、何が始まるのだろう。足音が近づくにつれ、唾液も増えゆく。