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STEP 1

 薄暗い。オーディションにしては、狭い。聞いたことのない監督の映画。パイプ椅子。怪しさ満点だ。

 演技はしたことがない。カメラも苦手だ。何かに姿を残すこと。それ自体、嫌いだ。

 でも、映画が好き。そして微量の、目立ちたい願望。ヒーロー願望がある。


 誰もいない。一番乗りだ。気持ちが強すぎたみたいだ。シーンとしている。慎重に、パイプ椅子たちの中を行く。

『──ガシャン』

 スネに痛みが走る。スタッフの目線が、冷たい。

 スタッフが、かわいい。そう気付いたのは、彼女が笑ったときだ。

 苦笑いのような、吹き出し笑いだったのだが。空気が澄んできた。本当によかった。


 このオーディションだけで決まる。一回で決まる。椅子の座面の、前だけを使って座る。今にも、思い出し笑いをしそう。そんなスタッフが寄って来た。

「紙です」

「あっ、すみません」

 一度、つかみ損ねた。でも、二回目で紙の端をしっかり掴んだ。


 スタッフの瞳が、やけに輝いていた。紙のやや下の方に持ちかえた。そして、紙に目を通していった。


【出演者のすべての配役は、本日決定します。】

【台本は、現在まったくありません。】

【オーディションの演技を参考に、役自体を一から作ります。】

【そのため、方向性も全くの未定です。】

【配役などが決まり次第、台本を書く流れとなっております。】

【簡単ではありますが、知らさせていただきます。ご理解、よろしくお願いします。】


 初耳だ。しかし、心は穏やかだった。希望の光が、まばゆくなった気がする。相変わらず、部屋は暗いのだが。

『シューッパン──』

 小さな音がしている。すり足のスリッパ音がしている。オーディションの参加者だろう。ここは不気味に響く。


 参加者の姿が、ちらほらある。服の色は、様々だ。スリッパの音も様々だった。

 どこかの役には、入りたいものだ。一番映らない役でもいい。今の人の中では、地味の極みだから。


 ツヤツヤしたパンツ。その膝に、穴がある人が隣に座る。座っただけで、パイプ椅子が悲鳴のようなものを出した。

 荒っぽさがある。貧乏かオシャレか。そこは、どっちでもいい。


 この映画にギャラはない。まったくない。こういうものは、お金じゃない。だから、どうでもいい。

 映画は経験だ。タダで演技をする。そこから得る価値。そこには、すごいものがある。

 みんな、渡された紙を熱心に見ている。意欲を、ひしひし感じた。野望を、ガンガン感じた。


 ある者は、スマホで検索。ある者は、鏡で喋りを確認。ある者は、目を閉じて瞑想をしている。

 パイプ椅子は、すべて埋まった。素人のみのオーディション。だが、みんな美男美女ばかりだ。美しさが、溢れている。

 地味で暗い。だから、まわりに全然馴染めていない。空気は薄い。息が出来ない。息をするだけで、目立ちそうな気がしたから。


『ガチャッ──ギーッ──ドスン』

 扉の音がした。奥の方から聞こえた。緊張感を、ゴクリと呑み込む。

『コツッ、コツッ、コツッ──』

 足音は、一定のリズムで近づいてくる。そして、止まった。

 顔を上げる。そこには、ヒゲの男性がいた。30代後半くらいだろう。


「はい。監督の佐々木です。まあね、これは単館上映のね。C級映画なのでね。気楽にやってください」

 予想の声ではなかった。やや甘めの声をしていた。見掛けに引っ張られて、脳が追い付かなかった。

 その声が、緊張を切ってくれた感はある。でも、隠し包丁。飾り包丁程度だ。


 候補者の中では、一番弱い。そう自覚している。高所じゃないのに、震えている。みんなも、下に見ているに違いない。

 緊張体質。ノッポ。運動神経行方不明。ノミの心臓。もしもノミサイズなら、見合っている声量。数多の恐怖症。


 何も勝てない。でも、劣りはエンタメの世界では、光り輝くときがある。

 恥さらしにならないように、頑張る。短所はたくさんあるけど、それは同時に長所になる。

 自分らしく、ありのままやるしかない。それしかない。まっすぐ、監督に目線を向けていた。


「はい。では、四人一組で、適当に喋ってください。その会話で、決めますので」

 一番苦手。喋ることが、一番苦手。即興なら、尚更。

 セリフを覚えることも、苦手。もう、苦手の同率一位が100個はある。もっとあるかもしれない。


 みんな、まっすぐ前を見ている。目が泳いでいる人は、他にいない。首を左右に動かしている人も、いない。

 対人系が苦手。また、下を向いていた。自信を、掃除機で吸いとられたかのように。

 誰も、下を向いていない。ひとりだけ、下のフローリングの模様を見ている。ひとりだけ、その模様が脳裏に、焼き付いていた。


 何も決まってない世界。そんな場所では、変なことを言ってしまう癖がある。

 でも、やるしかない。空気が重くならなければいい。かわいいスタッフの方を見た。こっちを見ていた。そして笑顔で、うなずいていた。


 一流映画の主人公ではない。一流映画の主人公ではない。そう、心で繰り返す。

 見る人は、少ない。だから、落ち着け。そう、心に語りかけていた。

 ビカビカに輝きたくはない。ほわっと輝く。小さく果てる。それでいい。それが僕だから。

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