ゴブンリンを退治して冒険者の宿でミルクを飲む運命 (3)
ゆるやかな短い斜面を登りきり、校門をくぐったところで敷地内を見渡すと、グラウンドに何匹かのゴブンリンがいた。
西の街道で遭遇したゴブンリンと『全く同じ』だ。遠距離から運命の力で圧し潰す。死んだことすら感じさせない。それが俺のジャスティス。その時、一種のひらめきが起きた。転生するまでの短い間とはいえ、全員が全員、同じやり方ではあの世で再開したときがっかりするかもしれない。修学旅行に思い出が必要なように、今生の冥土の土産に校内にいる残りの連中は、指でっぽうで1階から順に願いをこめササッと送ってやることにした。
「元気で転生しろよ」
口だけで行動が伴わなくては無責任だろう。事後の処理もかねて、かたっぱしから亡骸をぴよポンに送ってやる。
不思議なことに校内の各教室には時計があり、動いている。ただし、動いているだけで同じ時間帯を指しているわけではないので正確な時刻は分からない。外そうとしたが全く動かせず、指が痛くなった。廊下にある水道の蛇口をひねると水がでた。しかし、水質を疑い飲むのはやめておいた。勇気は、こんなところで無謀にも発揮する必要はないのだ。ハーレムも控えてるしな。
案外、どこも荒らされた形跡はなく、机も椅子も無事な姿でそろっていたりする教室もあった。いったい、何をして過ごしていたんだろう。掃除でもしてるんだろうか。そんなことを考えながら、ものの20分ほどですべてのゴブンリンを未来の俺の嫁の元へ送った。
「日が落ちるまでには時間があるはずだ。もう少しここで過ごしても大丈夫だろう」
転生した時間帯と、空の明るさからそう導き出し、目についた椅子に座って机に突っ伏した。別に変な臭いもしない、汚れてもいない。自分でも知らず知らずのうちに疲れがたまっていたのか、気持ちよくなってそのまま寝てしまった。
キーンコーンカーンコーン、起きると2時間ほど経っていた。何故か、雨が降っている気がして、窓の外に目をやったが、晴れていた。寝ぼけた頭で何を思ったのか、ふと校内に隠された宝があるのではないかという奇妙な直観に駆られ、廊下に出て校内を散策し始めた。10分ほど近場の教室やロッカーをのぞき込んでいるうちに、ガラスのない窓から差し込む光が次第に薄らいでいくのに気づき、不意に日没の迫りとともに焦りが込み上げてきた。それでもなぜか校内に何か貴重なものが隠されているという予感がぬぐえず、廊下をダッシュで駆け巡る。途中、校長室の存在を思い出し突進するも、残念ながらいくつかの小銭っぽい貨幣が見つかっただけだった。しかし、心の隅では妥当ではあるとどこか納得はしていた。
外に出た時、空は既に赤く染まっていた。「まずったなー。急いで帰らないと本当にまずい」そう思いつつも、なぜかゆっくり帰路につく。歩いていると、「明日また来て探せばよかった」と後悔が頭をよぎる。さらに、金を実際に受け取れるかどうかすら分かない事実に今更ながら気づき焦燥感が増す。おまけに喉の渇きまで感じ始めていた。
夕焼けに照らされる街道を道半ばまで走ってきたところで、急にふと、後ろから人の影が伸びてきた……気がした。振り返ると、40mほど離れたところから人がゆっくりと歩いているのが見えた。
「――そんなはずはない」
逆光のせいか、その姿はゆらゆらと揺れる影のようだった。さっきまで誰もいなかったはずだ。道は一つなのにどこから現れたんだろうか。そう思いながら眺めていると、その歩き方が奇妙だった。リズムは一定ながら、よたよたしている。それに、なにか意味不明な声をあげているような気がした。
「ひょっとして、森で怪我をした地元の住民かな?」
何となく不安になり、街まで逃げ帰れるよう道が安全か確認した後、再びその人物を見守った。すると不思議なことに、ある地点を越えると、声が急にはっきり認識できるようになった。
「うっううううウッふうぅううーんんんんんンンアアアアアワタァアアしいいいネガぁあああティーぶぶぶぶうぶぶなきぃイいいいィイィぶぅううんやぁああアアアアーポジぃティーぃいいいいいブううぶうううぶぶぶぶしぃいいいんきぃんんグゥゥウウウウううなレイぃいいジョォオオオオオ」それは、人のようではあったが、白い蛇のような肌をした、ところどころ顔の欠けた、うごめく黒い何かが全身にほとばしる――欠けた部分からはそれが噴き出る――異形の姿だった。
な、な、なななな、なんだ――――人なのか?!悪霊か、幽霊か、ゾンビか――!が、独り言というよりかは、うめき声にちかいものをあげながら歩いている。
「まだ距離には余裕がある!」
思考が駆け巡り、声をかけた方がいいのか、どこから現れたのか、速足で立ち去るべきなのか、スルーすべきなのかと思案が始まった。
次の瞬間、≪その生物のさらに後方で、光がはじけるようにしてまぶしく輝いた!≫と思ったら、同じ奴がもう一匹現れたではないか。
それどころか、そこらかしこでピカピカと、光も謎の生命体も湯水のごとく湧いてくる!!!
「ひょっとして魔法陣か何かか?!うおっ、まぶしっ!」
何がおきてるのか分からない――が、とにかく、ここにいてもしょうがない――!奴らが街へとたどり着く前に駆け込むつもりで逃げ出した。
「門が閉まってるとかないよな、まさかな?!早く帰りゃよかった!」