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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
7/26

7,

7、


 孝夫と正樹が互いに自己紹介を終える頃には、孝夫は“出来上がって”いた。3本の缶ビールを飲み干し、すっかり饒舌になっていた。孝夫は一度、玄関から外へ出ていき、犬を抱えて戻ってきた。そのヨークシャーテリアはウー…ウー…と喉を鳴らしながら、下に降ろしてくれと言わんばかりに孝夫の腕の中でもがいている。明らかにこの犬は、この酔っぱらった親父のことを嫌っているな、と正樹は思った。

「ほーら、この子の目を見てください」

孝夫はヨークシャーテリアのマイクを正樹のそばへ差し出す。

「かわいいだろ?我が家の愛犬なんだ」

いつもいじめているくせによくそんなことが言えたものだ、と沙羅は心の中で言った。マイクは孝夫に抱っこされたまま、沙羅の隣に腰かけた見知らぬ男に向かってギャンッ、ギャンッ、と吠えたて、口から涎が飛び散った。正樹は顔にかかったマイクの涎を手で拭った。まるでゾンビ犬、ケルベロスのようだと正樹は思った。全く躾がなってない。

初対面にも関わらず、目の前でガボガボとビールを飲まれ、自己紹介をすれば、親父に嫌そうな顔をされて、しまいには犬に吠えられて、臭い涎を顔に引っかけられて、居心地が悪くなった正樹は

「あの、わんちゃんを…下に降ろしてあげたほうが?」

と言った。その冷静な口調には酒臭い親父に対し、反感が表れていた。

「おう、そうか」

案外、素直にそう言い、孝夫はマイクを下に降ろした。

「あと、もうちょっとその犬を静かにさせてもらえます?」

顔に嫌悪の色を浮かべ、腹を立てた様子で言う正樹。

「ああ」

孝夫はちょっぴり困ったようにしょんぼりしてマイクの頭を撫で始めた。

ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!吠えるのをやめないマイク。直接、口では言わなくても正樹のしかめっ面は“うるせえな、この犬め”と言っている。孝夫は顔で嫌悪を訴えてくる正樹のことが気に入らなかった。人んちに上がり込んで、娘とセックスして、茶と菓子でもてなしてやったのにこんな無礼な態度をとるとはけしからん。

「おい、人んちに上がり込んどいて…さっきから何だよ?その態度よう」

孝夫はそう言い、足元で依然として吠えたてているマイクをサッカーボールのように蹴り飛ばし、椅子に腰かけていた正樹の胸倉をつかんで立たせた。正樹の顔は一瞬で青ざめ、全身が凍り付いた。

「すいませんっ!すいませんしたっ…放してください」

自己紹介をしていたときの得意げな話し方と、つい数秒前まで怒って文句を言っていた正樹とはまるで別人のように裏返った声で正樹は懇願した。

「ちょっとお父さん、やめて!」

沙羅が正樹の胸倉を掴む父の腕に飛びついて引っ張った。孝夫はそんな沙羅の腹を蹴り、一瞬、右手を正樹から離し、娘の顔を殴打した。さらに沙羅は父に押し飛ばされて壁に背中をぶつけて倒れて、突っ伏したまま声を上げて泣き出した。

そんな光景を見た正樹は自分の股間から熱い物があふれ出し、ズボンがぐっしょりと濡れていくのを感じた。

「この野郎っ」

孝夫は怒鳴り、正樹を突き飛ばした。そして、居間から廊下に出ていき、物置部屋から木刀を取り出し、それを振り回し、廊下の壁のあちこちを叩き、ガンッ、ガンッ、と音を立てながら居間に戻ってきた。

「ひいいいいいッ…」

とビビる正樹に孝夫は木刀を突き付けた。そして、それを振り上げた。

「ああああああッ!!」

正樹が悲鳴を上げた。じょぼじょぼと出続ける正樹の小便が床を濡らす。

「本当に僕がこんな物を振り下ろすと思うかい?」

笑みを浮かべてそう言う孝夫。

「勘弁して下さい…」

ぶりぶりという音が鳴り響いた。正樹はうんこまでしてしまった。

その傍らでわんわん泣き続ける沙羅。

「ったく、うるせんだよ!」

孝夫は木刀で沙羅の背中をばしんっと音を立てて叩き、突っ伏したままでいる彼女の頭を蹴りつけた。

「痛いっ!正樹くん、助け…て」

泣いてしゃくり上げながら言う沙羅。

“今は無理だ”と正樹は心の中で言い、足元に出来た小便の水溜まりを残し、家を飛び出していった。大便臭をぷんぷん漂わせて。正樹は父から暴行を受ける恋人を助けてやるよりも小便で濡れて、うんこがついてしまった下着を取り換えるために家に帰ることを優先した。





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