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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
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6,

 6、


 一度、孝夫は家の中に入るが、おっと、と言い、もう一度外へ出た。玄関前にマイクがちょこんと座っている。妻が小屋から出してやったに違いない。

「このくそったれのバカ犬が」

そう言い、孝夫は腕を振り上げ、殴るジェスチャーをした。マイクは尻尾を足の間に垂らしてびくびくしながら庭の奥へ逃げていった。そんな様子を見て孝夫はげらげらと笑い声を上げた。家の廊下を歩いているとカレーの匂いがした。今日の夕飯はカレーか。その前にちょっと一服だ。居間に置いてあるタバコとライターを取りに行こうとしたら、どこかから「うぅ…」と唸っているような男の声がした。

「うぅ…」

また声がした。唸っているというよりも恍惚に浸っているような声。気味が悪い。

「うぅ…」

けっこう近くから聞こえてくる。井戸の底から響いてくる霊の声のように。

「うぅ…」

廊下の突き当りの部屋の戸が少し開いていて、声はそこから聞こえてくる。孝夫の娘の沙羅の部屋だ。娘の部屋でいったい、何が起きているというのか。沙羅はホラー映画でも観ているのだろうか。それとも…。まさか、男でも連れ込んで淫らな行為にでもふけっているのか。どうか、前者であってほしい。

「あっ…」

女の嗚咽のような声が上がる。それは紛れも無く、娘の声。孝夫は憤怒と嫌悪感を覚えながら、沙羅の部屋の少し開いた戸に触れた。そっと中を覗き込むと、なんとも素晴らしい光景が繰り広げられていた。28才にもなって、シルヴァニアファミリーのコレクションを並べた娘の部屋の棚を背景に、ベッドの上で裸で愛し合う男女。自分の娘と見知らぬ若い男。孝夫の望まない光景だった。

ガタンッと大きな音を立て、孝夫は沙羅の部屋の戸を開けた。

「何やってんだ、お前ら!俺様の家で!」

怒鳴る孝夫。

「いやああああああっ」

裸で恋人と愛し合っているところを父に見られた沙羅は驚いて悲鳴を上げ、思わず硬直した。

「おい、世間は今どういう状況だと思ってんだ、こら!政府は3密を避けろと言ってんだぞ。なのにお前らときたら、互いにぶちゅぶちゅ口づけして、こんな夜の早い時間からセックスに耽って、俺様の家にイカと塩素が混じったみてえな臭いまで漂わせやがって!馬鹿か!?」

男は何も言えず、とりあえず沙羅の体を離し、すっ裸で自分の“せがれ”を膨張させたまま、ただただぽっかりと口を開け、怒鳴る恋人の父親を見つめた。




 「いやあ、すまなかったな」

孝夫はアサヒの缶ビールをぐびぐび飲むと、先ほどとは打って変わって冷静な様子で居間のソファに腰掛け、突然怒鳴ったことを沙羅と彼女の恋人に詫びた。そして、2人を椅子に座らせ、麦茶と菓子を振舞った。

「とりあえず、まずは飲んで。落ち着いて、お父さん」

アルコールが唯一の精神安定剤である父に飲酒を促す沙羅。

「紹介遅くなってごめんね。この人は、私の彼氏の正樹くん」

父親譲りのとろんとした目つきの亀面で、胸も尻もぺちゃんこな痩せぎすの沙羅は隣に座る彼氏を父に紹介した。

「初めまして、田野正樹といいます」

沙羅と同い年の彼氏は礼儀正しくそう言い、孝夫に向かって頭を下げた。

「おう、仕事は何してんだ、正樹くん」

孝夫がその好青年に聞いた。

「レストランを経営してます。沙羅ちゃんが働いてる洋食レストランMahalo(マハロ)という店です」

「ああ、俺の娘の仕事場のオーナーなのか」

特に興味も無さそうにしゃがれ声で答えながらビールをぐびぐび飲む孝夫。缶1本を飲み干すと、ぷはぁっと息を吐いた。酒臭い不快な口臭が向かい合って座る沙羅と正樹の鼻を突き刺した。

「正樹くんはね、店を開く前は日比谷のホテルのレストランで料理長を務めてたんだよ」

と沙羅。

「はい、その経験を活かして今は玉寺町の国道127号沿いの海岸で店をやってます。あの辺りはリゾートっぽくて集客しやすいですし。ネットではいい口コミを沢山もらってますし、そのうち王様のブランチ辺りが取材にきてほしいなって思ってます。そしたら木更津辺りにMahalo2号店を開くつもりです!因みにMahalo(マハロ)って、ハワイの言葉で“ありがとう”っていう意味なんすよ!いずれは都内にも進出して…」

得意げに語る正樹に対し、孝夫は少々辟易した様子で眉間にしわを寄せていた。





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