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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
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5,

 5、


 月曜の午後。安房美船村駅のそばの住宅地の一角にあるたかお珠算塾(通称、そろばんたかお)の教室の窓から

「なんでこの計算の答えの十の位が5になるんだよ!

はぁ!?なんだよ、これ?

最初から全部やり直せ!願いましては、1円なり3円なり…

黙って泣いてんじゃねえよ、お前、生きてんのかよ?死んでんのか?

また同じ間違えしてるよ、こいつ… お前の脳ミソは蟹ミソだな」

赤城山孝夫が教え子たちに浴びせている怒声が響いている。

自宅の一部を教室として使っている孝夫の家の庭ではヨークシャーテリアのマイクがギャンギャンと耳障りな声で吠えたてている。

通りすがりのその辺の婆さんが「まったく、いつもうるさい馬鹿犬ね、躾がなってない」とぼやいていた。

「なんだと、このババァ!聞こえてんぞ」

授業中のそろばん教室の窓からハゲ頭の親父が顔を出し、怒鳴った。

「うわぁ」

婆さんはまるで妖怪でも見たかのように驚き、弱った足腰で精一杯足早にそこを去った。

ギャン、ギャン、ギャン。正気を失ったように通行人が通るたびに牙をむいて咆哮をあげる赤城山家の犬。玄関のドアがガチャッと音を立てて開き、頭のてっぺんが禿げて、目の周りや唇が紫色で、亀みたいな顔をした親父が出てきた。

挿絵(By みてみん)

いい年こいて耳にはピアスをつけて、一重まぶたの腫れぼったい垂れ目のその50才の醜悪な男、赤城山孝夫は

「うるせんだよ、このバカ犬!」

と怒鳴り、マイクの脇腹を蹴りつけた。キャンッ、と高い声で悲鳴を上げるマイク。体は茶色いが、ところどころに黒メッシュがあるそのヨークシャーテリアは怯えてぶるぶると体を震わせながらご主人様の顔を見上げる。孝夫は後ずさるマイクに近づいていき、マイクの目と目の間にデコピンを見舞いし、玄関前の小さな小屋に閉じ込めた。その木製の手作りの小屋の戸を閉め、その傍らに取り付けられた南京錠の鍵をかけた。

「ちょっと、そんなふうに閉じ込めたらかわいそうでしょ」

後ろからそう言う妻の声がした。家から出てきた赤城山明日香は犬をいじめる夫のそばへ行き、首を左右に振り、“やめて”と目で訴えた。孝夫はマイクを指さし、

「こいつは俺の所有物なんだから、俺がこいつをどうしようが勝手だろ」

と言い、妻の肩をどんと押し、教室に戻っていった。


 この日もまた4年生の河野悟というガキが学校で騒ぎ、同じ学年の可愛い可愛い女子生徒たちに迷惑をかけたそうだから、孝夫は一発ゲンコツをしてやった。普段は粋がっている生意気なガキが頭を押さえて泣くのを堪えている様は見ていて気分がいい。それから、出来の悪い6年生の高崎健斗というガキは下級生の子に向かって消しゴムの粕を投げていたから額をそろばんでぶっ叩いてやった。バチンッとなんとも気持ちの良い音だった。5級にもなるというのに、足し算の計算を間違えた3年生の佐久間剛にも一発ゲンコツを見舞ってやった。こんっ、と木魚を叩いたかのような音がした。あいつの脳ミソは蟹ミソどころではない。頭の中は空っぽだ。高崎美奈という5年生の女子生徒はまた授業に集中せずにジャニーズだか何かのタレントだか知らんが、女々しい顔をした美男の顔が載った下敷きをずっと見ていたから、授業に集中しろ!と怒鳴り、下敷きを没収して泣かしてやった。“推し”というやつか?孝夫は最近の若者言葉が大嫌いだった。

 たかお珠算塾の1日は、午後3時15分に始まる一部から、夜8時半に終わる六部まで。1日を終えた孝夫は教室を出て、上履きが乱雑に置かれた生徒たちの汚い下駄箱を見て舌打ちをして、自宅前の小道に出て夜気を思い切り吸い込んで、ふうっと吐いた。今日も沢山怒鳴って、沢山ゲンコツして、いい一日だった。そして、孝夫はそこで思い切り、ぶうっと音を立てて放屁をした。





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