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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
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 あれは、去年の秋だった。マッチングアプリのペアーズや街コンで恋人探しを始めて半年ほど過ぎて、7,8人とデートをしたがなかなかいい相手は現れなかった。いかにも色んな男から声をかけられていそうな好色な女はあまり誠実じゃない人が多いし、恋活や婚活の場で女のほうから積極的にアプローチしてくるのは大抵おデブちゃんか30才を過ぎた年増のお姉さんであると相場は決まっている。自分にとって年齢もスペックもちょうどいい女性から「いいね!」をもらえることもあるが、ざらではない。実際に会ってみて当たり外れもある。正直、アプリにもパーティにも少々嫌気がさし始めていた頃だった。数日ぶりにペアーズにログインしてみたら、僕より4つ年下の24才の女性から足跡がついた。その人のトップ画像は一見、ほっそりとした可愛らしい感じな人だった。目のぱっちりとした顎の小さい、髪がセミロングで前髪がまっすぐぱっつんに切り揃えられたお洒落で明るそうな雰囲気の人。その人のページを開いて、自己紹介文とプロフィールを見た。美船から遠くない君津市に住んでいて、犬が好きでトイプードルを飼っていて、ゲームが趣味だそうだった。身長は153㎝。雑貨店で働いているらしい。僕は即座に「いいね!」を送った。その人こそが僕の彼女となる倉野由香だった。

 メッセージのやり取りでは互いの愛犬の画像を見せ合って、初めて会ったときの食事デートでは玉寺アーケード内にあるイタリアンのビストロで、2人で主に犬の話をして盛り上がった。僕の愛犬のクッキーと由香の愛犬のチョコくんが繋いでくれた出会いだと思い、僕はきっとこれが運命だと感じた。動物が大好きな由香は元々、獣医系の専門学校を出たそうだが、売れなかったペットたちは殺処分になることや、治療の実験体の犬たちは実験のためにわざと腕や足の骨を折られることなど、残酷な現実を知り、動物関連の仕事にはつかず、雑貨屋で働いているそうだった。

 アプリの画像のイメージとは違って、大人しくてあまり感情を表に出さない由香。デートを重ねてみると、沈黙でいる時間も多々あった。僕としてはもっと話がしたいんだけどなと思ったこともあったけど、あまりキーキー、キャーキャーうるさい女よりも彼女みたいに控えめな人のほうがいい。僕はそう思い、彼女のペースに合わせた。可愛い彼女が出来て、僕は幸せだった。初めのうちは。

出会って3カ月ほど過ぎた頃には由香のマイペースぶりにはほとほとうんざりし始めていた。ある日のデートで由香を君津市までレンタカーで迎えに行って、千葉の内房の海岸沿いの国道127号線をドライブした。本当は景色のいい館山市の房総フラワーラインや野島崎展望台の辺りまで行きたかったが、車を走らせて15分も経たないうちに

「酔ってきちゃった…」

と由香は胸の辺りを押さえてそう言った。車酔いするなら、僕がドライブに誘った時点でなぜそう伝えてくれないのか。仕方なく途中のコンビニの駐車場で停まって一休み。プランを変更して「今日は軽く地元を案内するよ」と僕は言った。「うん…ごめんね」とうつむく由香。鋸山を通り過ぎ、山のトンネルを抜け、美船市に着いた。こんな小さな町では見どころはそれほど多くない。学生街の西木町を通り、美船の森スポーツ公園の前を通り、東楓町にあるスコットランド風な時計塔の前を通り、冬でも緑が生い茂る楓沼のそばも通り、海岸沿いの国道127号線に戻ってきた。

「俺んちでお茶でもしない?コーヒーでも淹れるよ」

僕は由香を家に誘った。

「いい、いい」

彼女はあっさり断ってきた。

「え…なんで?由香は車に酔っちゃうし、このままドライブしてても行くところ無くない?」

「いい、いい!」

彼女の頑なな言い方に正直、腹が立ったが、僕はなんとか気持ちを押さえて冷静に

「どうして?」

と聞いた。

「家に行くのは…まだ早いかな」

そうか、まだ早いのか。由香にとって僕は初カレ。気持ちは分かるが。

「でも、俺たち秋に出会ってから、一緒に良い時間を重ねてきたじゃん。クリスマスだって、一緒にイクスピアリでイルミネーション見て、年越しそばも一緒に食べて…。もっと互いに距離を縮めてもいい頃合いじゃないかな」

「人の家に行くときは、事前に約束して何か差し入れとか持っていく。それが私のポリシー」

相変わらず声は小さいが、いつもよりもしっかりとした口調で言う由香。彼女は律儀なんだな、と思う反面、面倒くさい女だと思った。僕は一人暮らしであり、親がいる実家に招いた訳じゃないのに。それなりに時間を使って考えたデートプランが彼女の都合でぐだぐだになったのは事実。

「わかったよ。でも、言うべきことはちゃんと言ってほしいな。今日はドライブに行こうって言って会ったのに…。車酔いするなら、先にそれを知っときたかった。何も言ってくれないからデートで行く先、行く先で結局いつもこういうことになるんじゃん…」

大人になってからは極力レディーファーストを心がけていた僕は、初めて女性に文句を言った。

「わがまま言って卓くんに嫌われたくないから…」

由香はうつむいたままそう言った。

「別に嫌いにはならないけど」

由香はしくしく泣きだした。彼女への気持ちも冷めかかっていた僕は助手席で泣く彼女を抱きしめた。愛情ではなく、優しさで抱きしめた。


 2月の中旬に千葉ポートタワーで2人で夜景を見て、由香がゴディバのバレンタインチョコをくれた。その日の夜、初めて由香とホテルでベッドを共にした。内気な彼女は「終電で帰りたい」とのことでお泊りでは無かったが。僕は内心、いつも遠慮がちな彼女に興醒めてしまい、無理に彼女をもっと好きになろうとしていた。そんなだったからか、ベッドの上で“愛し合う”ことは上手くいかなかった。僕の“息子”は少しも由香の体を欲しがらなかったし、彼女も僕の“趣味”を理解してくれなかった。





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